科学で恋は証明されているが実験は行われる。 作:ゆっくりシン
新見莉央という人間はとても変わり者である。
わずか数日の関わりの間に久我が結論付けた内容であった。
「さて、今回の実験を始めるとしようか」
そう言いながら新見がチョークを滑らせて黒板に文字を書いていく。
教科書に乗せられそうな程に読みやすい字をサッサと黒板へ刻んでいく姿はまだ見慣れない。
「デート、という物を知っているかい?」
「多分知らないのは先輩だけですね」
「心外だなぁ、知っているに決まっているじゃないか。デート、正確に発音するならdate。……日付、という意味の英語だが、そこから転じて逢い引きについても指す言葉になった物さ。デートの大まかな定義とは要するに『日付や場所を定めて異性と会う事』だとされているね。まぁ、同性カップル等の例でもデートと呼ぶために一概に『異性と会う事』だとはできないが、今は長くなるのでそこら辺は除外するとしよう。さて、ここで重要になってくるのは、
「俺もそこら辺は分かってるので次に話を進めましょう……」
「ふむ……。それもそうだね。じゃあ、本題へ入るとしよう」
新見が再度黒板にチョークを走らせる。
それを見ながら久我は小さくため息を吐いた。
この先輩の変人具合に拍車をかける事、それがこの長ったらしい話だ。一について説明するために一〇の情報を流して来る。
一応、新見なりの知識のズレや差を埋める気遣いであるという事は感じられてはいるものの、どうしてもそれが話を冗長にさせて本題から遠ざかる原因になってしまっている。
その為、久我が話に割り込んで先へと促す必要が出てきている。
「デートをしよう、助手くん」
「デートって、具体的には何を……?」
「駅前のゲームセンターに行こうと思っている。『
「何度か言った事はありますが……」
「そこに行こうじゃないか。この書物によれば、ゲームセンターデートなるモノがあるらしい。男女二人で共に同じ行為をする事で互いへの共感性を高めるのだろう」
そう言って新見が掲げたのは一つの恋愛小説であった。
久我にも見覚えのあるその作品は、ゲームセンターにある格闘ゲームで顔も知らないまま競い合っていた男女がお互いの正体を知らないまま出会い、ゲーム内では罵り合いながら、リアルでは楽しいゲーセンライフを送って仲を深めていくという内容だったハズだ。
スゥーっと、久我は小さく息を吸って、吐いた。そして、
(恋愛小説に影響されるのは果たして実験なのだろうか)
そんな言葉を飲み込む。
口に出せば確実にまた長い話が始まるのだから。面倒ごとは避けて通るべきである。
☆
さて、ここで久我にはある問題が発生した。
今すぐにでも解決しなければならない程、あまりにも大きくあまりにも恥ずかしい大問題が。
普段ならここで脳をフル回転させて打開策を考えた所だろうが、考えるよりも早く今の状況を何とかしないと行けなくなる。
「あの、先輩。少しよろしいでしょうか……?」
「おや、何かあったかい?」
「今まさにその何かがあるんですよぉ!」
久我の口から悲鳴とも取れる悲痛な言葉が漏れる。
簡単に今現在、久我が陥っている状況を説明するならば『腕に抱き着かれている』である。
外履きに履き替えて、さぁゲームセンターへ直行してさっさと面倒な先輩の興味関心を終わらせて帰るぞー、と心の中で意気込んでいた所にいきなり抱き着かれたのだ。
さも当然である、という顔で抱き着いて来たのだ。
その時の気分はまさに宇宙猫。事態を理解するまでに数秒かかった。
久我だって一応は健全な男子高校生、しっかり思春期真っ只中を突っ走っている。抱き着かれ、腕に当たる柔らかい触感には当然反応してしまうし、ぶっちゃけ心臓がはち切れそうな程に脈打ち始めている。
だからこそこの状況から脱しないといけない。無論、ドキドキするから、だけが理由ではない。
現在は放課後とはいえ、部活で残っている生徒もいれば、友達との雑談に興じていて帰宅が少し遅れている生徒だっている。つまり、まだ周りには結構な数の同級生やら先輩やらが居るのだ。
つまるところ、めっちゃ目立っている。
凄いくらい目立っている。視線が結構集まっている。指も差されている。オイちょっとそこ写真撮るな。
羞恥心、という物をしっかりと持っている久我にとってこの状況はまさに拷問のソレである。誰か助けて、ヒーロー!!! なんて叫びたい。叫んだ方がもっと恥ずかしいので叫んだりはしないが。
「と、とりあえず放して下さい!」
「? なんでかな? これも実験だよ? 恋人と言うものはこのように抱き着て歩くものなのだろう? この書籍に書かれていた」
取り出された本の表紙には『ドキッ! 恋人とすべき100の事!!』と書かれていた。……確実に怪しい商材のソレである。
この人本当に頭いいのだろうか、という疑問と疑念が浮かんでくるが、それを指摘するよりも前にやる事がある。
「とにかく、離して下さいよ! そう言うのは恋人同士がする事であって“あくまでの部活動で同じ研究をしているだけの仲”でする事じゃないですって!!」
久我は少し大きい声で言った。
なるべく周りに聞こえるような形で、少しわざとらしく。
願わくば周囲から向けられる視線が少しでも変わり、そして少しでも変な誤解が広まる事を防がれるように・・・。
周囲への意識を向けていると、すっと新見が力を緩めた。
「確かに、君の指摘も一理あるね。今回の目的はあくまでもゲームセンター、そちらを優先させようという君の提案に乗るとしよう」
誰もそんな提案してねぇよ。その言葉は何とか飲み込む。
面倒ごとは何としてでも避ける事が何よりも優先されるべき事項なのだ。
☆
さて、ゲームセンターに付いたのは良いが一つ問題があった。
金、である。
ゲームセンターで遊ぶにはどうしてもお金が必要になる。一回一〇〇円で何曲か遊ばせてくれる音ゲーがある一方で、一プレイ一〇〇円がデフォルトのゲームなんて大量に存在している。
ここはゲームで遊ぶところであり、財布から金を失わせていくところでもあるのだ。
「言っておきますけど、俺そんなに持ち金ないですからね・・・」
「そこは安心したまえ。これは研究の一環であり、また、これは部活動である」
「はぁ……?」
「つまり、部費が使えるのだよ!」
久我はそっと視線を上に向けた。
あぁ、駄目だこの人は。色々と頭のネジが外れている……。
そんな言葉が浮かんでくる。流石にゲームセンターで遊ぶお金に部費を使うのは駄目だ。色々と駄目だ。発覚したら久我にも被害が及びかねない。
瞬時に判断する。将来的に見て最も安全かつ大事にならないやり方を。
「俺が出しますよ。その、小遣いも出たばかりですし……」
「何を言っているだい? 助手くんが出さなくってもたっぷりの部費が……」
「いいから! 先輩の研究への出資みたいなもんですから! ささ、早く何かゲームしましょう!!」
身銭を切る事を決めた。そして、強引に押し切った。
これなら久我の財布へのダメージは甚大ではあるモノの、部費に手を出してそれが発覚した際に起こるであろう面倒事に比べたらかすり傷でしかない。
先々に降りかかる不幸を回避できるのだとしたらこの出費は安い、そんな判断だった。
「ふむ……。まぁ、助手くんがそう言うのなら乗らせてもらうよ」
新見からすれば久我の言葉は不服ではあったモノの、久我があまりにグイグイと押してきた為、押し切られてしまったのだ。
普段は自分の事情を相手に押し付けてグイグイと行く側であった新見にとって、これは初めての出来事だった。
久我は色々なゲーム台のある方へと新見を誘導しながらそっと財布の中身を確認する。野口英世と北里柴三郎の顔を複数確認してそっと息を吐き、嫌な事実を横目に現実を逃避する。
そう、このゲームセンターの両替機はまだ野口英世にしか対応していないのだった……。
そして、嫌な汗がつたう中、久我のお財布ダイエットが始まった。
クレーンゲームでは、新見はクレーンアームが緩い事に文句を言いまくり、最終体に久我がぬいぐるみを取る事になった。使用金額は一〇〇〇円。五〇〇円投入で六回。の計十二回中、新見八回・久我四回という内訳である。
レースゲームでは、久我の圧倒的なドライブテクニックに新見は完敗。新見がハンドルを切る度になんか甘い嬌声を上げていた為、久我は一秒でも早くゴールしてその空間から逃げる為に全力を尽くした。使用金額は二〇〇円。
格ゲーでは、第一ラウンドこそ久我が取ったものの、第二ラウンドからは新見がキャラの動かし方を学習した為に大苦戦。あと一歩の所で敗北し、二ポイント先取されてしまった。使用金額は八〇〇円。新見が小説の影響か複数回のプレイを希望したのだ。
シューティングゲームでは、新見が弾を外しまくりゾンビに食い殺されていた。が、二回、三回と繰り返していく内に精度が上がって行き、最終的には七回目のトライでクリアとなった。「的が出てくる場所やタイミングは一定だった。それなら後は記憶力の問題だよ」とは新見談。使用金額は七〇〇円。
ゲームもプレイすれば多少は疲れるものだ。久我と新見は設置されている椅子に座って息を吐く。
さて、僅か四つの台を巡っただけで久我の財布から二七〇〇円が消えた。
その財布からは北里柴三郎が二人顔を見せている。手持の総弾数は残り三〇〇円。
久我は隣でくまのぬいぐるみを抱いている新見を横目に財布の中身と睨め合っていた。
そう、ここに来て久我は最終手段の『店員に泣きついて北里柴三郎を両替してもらう作戦』に打って出るかどうかで思考を回しているのだ。
弾数がなくなった瞬間に部費に手を出されて将来的に詰むか、今この場で恥を飲むか。
ぐるぐると思考が脳内を駆け巡ぐらせていると新見がすっと立ち上がり、そしてクルリと振り向いて言った。
「ありがとう、助手くん。おかげで良いデータを得られたよ」
新見の言葉に久我はホッと胸を撫で下ろす。
そして、その次の言葉で一瞬呼吸を忘れた。
「さて、今日の出来事を早速レポートに纏めようじゃないか」
「………………は?」
「おや? 何を驚いた顔をしているんだい? これは実験・研究だよ? しっかりと次に繋げる為にもレポートを書くのは当然じゃないか」
言っている事は正しい、正しいのだが、久我の頬を嫌な汗が流れた。
「あの、それって……」
「当然、キミにも書いて貰うとも。私一人のデータだけでは不十分だからね。……研究に置いて二人だけのデータと言うのも良いとは言えないのだけど、私一人のデータだけよりはずっと良い。さぁ、部室に戻ろうじゃないか。このデータは私たちの記憶が頼りなのだ。記憶が鮮明な内に外部へデータとして出力しなければいけないからね」
久我はそっと外を見る。
空はもう暗く、街灯が街を照らしている。
面倒事を避けた先に合ったのはまた別の面倒事であった。
久我はただ、逃げたい気持ちを抑え、学校へと向かって歩く新見の後ろをトボトボと付いていくのだった。