科学で恋は証明されているが実験は行われる。   作:ゆっくりシン

4 / 5
第4話 心拍数の変化を恋だと感じるならスポーツ選手は恋多き人生だと思う。

 昼休み時間、久我は机に突っ伏していた。

 結局、ゲームセンターから部室へ戻り、レポート作成と言う名の苦行を行った久我が学校の敷地を出れたのは二二時を越えてからだった。

 顧問の平塚からはぐちぐち文句を言われ、帰宅すれば帰りが遅いと怒られ、飯・風呂・課題プリントとやっている間に当然の事ながら日を跨いだ。

 つまるところ、今の久我は完全に睡眠不足になっていた。

 

 食後は眠くなる。

 

 これ自体は誰もが経験した事のある現象であろう。

 ただ、今日に関してはそれだけではない。四時間目の授業が体育だったのだ。

 

 睡眠不足+運動での疲労+満腹=めっちゃ眠い。

 

 とても分かりやすい公式だ。小学生以下の子供だって理解できる。

 久我が一切尊敬できる場所が見出(みいだ)せない先輩である新見が長々しく語る理論よりも分かりやすいだろう。

 机に突っ伏した状態でうとうとしていると、突然その頭にチョップがヒットした。痛くはなかったが、せっかく意識が微睡の中へ落ちそうだったのにそれが妨害された。

 眠気を消された久我は、不機嫌である事を隠さずしっかりと顔に『絶賛不機嫌』と浮かべた状態で顔を上げる。そこには、一人のクラスメイトが居た。

 

「よう、眠そうだな」

 

「眠いんだよ、寝させてくれ」

 

「俺も眠いのにお前だけ寝るのは許さん」

 

「えぇ……」

 

 久我に対して理不尽な事を言った少年は『纐纈(こうけつ)勝輝(まさき)』。クラスメイトの一人であり、今現在に置いて最も仲の良い同級生である。

 

「休み時間に眠るぐらいいいだろ。邪魔しないでくれよ」

 

「食後に寝ると牛になるぞ~。……ってのは、ジョーダンとして、お前さ、ヤっただろ?」

 

 勝輝の言葉に久我は首をかしげる。

 お前は何を言っているんだ。という言葉しか浮かんでこない。

 やった? 何を? 目の前のアホが何を言いたいのかが分からず困惑していると、話が通じていない事に気付いたのか、勝輝は言葉を続けた。

 

「昨日俺見たんだよ。お前があの先輩とゲーセンデートした上で夜の街へ消えてくところを。……お前、ヤったな?」

 

「ぶふぇふぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!」

 

 噴き出した。思いっきり噴き出した。ついでに僅かばかり残っていた眠気も吹き飛んだ。

 久我を夢へと誘っていた睡魔は走って逃げて行った。その速さは凄まじく、地平線の先へと消えて見えなくなっただろう。

 

「あそこら辺はラブホがあったよなぁ~。……どうせ夜遅くまで肉がぶつかる音をリズミカルに響かせてたんだろ」

 

「シてねぇよ! とんでもない誤解してんじゃねぇ!!」

 

 久我は必死になって否定するが、勝輝がそれを信じているようには見えない。

 何とかしてこのアホの言い分を引っ込めさせてしまわないと、何を言いふらされるか分かったモノではない。ただでさえ前日に校門前でのゴタゴタがあったのだ。

 これ以上、奇異の目で見られる可能性は消しておきたい。その気持ちでいっぱいであった。

 

「お、お前は逆になんであの時間にゲーセン前通ってて、寝不足なんだよ。お前もそう言う事してたんじゃないか?」

 

 無理やりな言い掛かりであった。

 ラブホ意外にも色々な施設・店が多いのでそちらへ用事があった可能性の方が明らかに高いのだが、今は取り合えず何とかして黙らせる必要があった。

 

「俺は夜遅くまでちょっと単身でヤバイ組織の施設に潜入して段ボール被って隠れたりしながら世界救ってきただけだよ」

 

「夜遅くまでメタ〇ギアやってただけかよ……」

 

 責める手立てを失った、と久我は頭を抱える。

 残念な事に、勝輝がなんで駅前に居たのかについての説明を一切していない部分には気付いていなかった。

 もしもそこにツッコミを入れられたのなら何かが変わったかもしれないが、ゲーム話のせいで久我はそこまで切り込めなかった。

 あぁ、変な噂流されてしまう。と久我が先々の不安を覚えだしたのと同時に勝輝が何気ない口調で、

 

「っとまぁ、冗談は置いといて」

 

 と言い出した。

 久我の世界が止まった。勝輝の言葉を脳が理解するまで、おおよそ最高にハイな吸血鬼が可能な停止時間と同じくらい止まった。

 そしてありえない存在(もの)を見るような目で勝輝を凝視する。

 

「………………は?」

 

「どうせ、新見さんの興味関心に振り回されてるんだろ?」

 

「知り合いなの……?」

 

「いんや、直接のかかわりは無いよ。知り合いの知り合いってだけ」

 

 勝輝はそう言ってケラケラと笑う。

 どこに笑う要素が合ったのかと久我が眉を顰めると、勝輝は心底おかしそうな口調で言う。

 

「さっきまでの焦った顔、めっちゃ面白かったぜ。は~~、オモロ」

 

「……イイ性格してるな、オマエ」

 

「よく言われる」

 

 勝輝はそれだけを言うと、もうこれ以上話す事は無いと言わんばかりに手をひらひらとさせてから教室を出て行った。

 結局、何が言いたかったのか、何がしたかったのか分からないまま、睡眠を阻害されただけで終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「吊り橋効果という物を知っているかい?」

 

 第三理科室の扉を開けると同時にそんな言葉が久我の耳を通過する。

 後ろ手に扉を閉めながら、耳に届いた言葉の意味を思案する。

 

『吊り橋効果』。言葉だけなら聞いた事があった。

 逆に言えば、言葉だけしか知らない。

 

「それって、なんですか……?」

 

 つい、そう聞いてしまった。

 聞いて失敗だと気が付いたが、それは後の祭りであった。

 

「吊り橋効果というのは、カナダのある心理学者が一九七〇年代に発表した理論で、『吊り橋を渡っている際に感じる恐怖感による心拍数の増加を恋愛感情であると勘違いしてしまった』というものだ。この理論を提唱するにあたって行われた実験は三回行われており、それを元に作られた説ではあるが、一般的に浸透しているのは第一実験の内容だけで、第二・第三実験の方はあまり取り上げられることはないね。ちなみに、懐疑的意見も多く、私もその一人だったりする。この実験において重要になるのは『異性と接触している際に、恐怖心による心拍数の増加を相手への恋愛感情であると勘違いした』という部分だ。極論、こんなの実験の為に用意した異性が所謂『美形』だったらほとんどの相手がドキッとするだろう? つまり、あの理論は恐怖心の心拍数上昇と、恋愛感情による心拍数の上昇を明確に分けることができていないのだよ。心拍数が上昇したから錯覚したのではなく、単純に『お? 目の前のメスめっちゃ良いな』という生物的本能いよる心拍数上昇だった確率を捨てきれていないどころか、その可能性の方が明らかに高いのだ。そうなると提唱された説そのものの信頼性はあまり無いと言って良いだろう」

 

「……懐疑的であるのなら、なんで話に出したんですか?」

 

「懐疑的だからこそ検証する価値があるんじゃないか」

 

 何を言ってるんだキミは、という目で見られ久我はそれ以上何かを言う気を失う。

 新見は至極真面目であり、別にふざけている訳ではない。学問に置いて、否定したいのであれば否定の為の実験・検証が必要になる。

『誰がやろうと同じ条件で同じ事をすれば同じ結果になる』事が科学において重要になる。『1+1=2』という当たり前の先にあるのが理論なのだ。

 それ故に、一つの理論や学説に対して疑問点があるのなら、懐疑的であるのなら、可能な限りの実験・検証を行い、否定もしくは不確定要素がある事を示す説を証明しなければいけない。

 新見は気が済むまで止まらないだろうという事を察し、久我は気持ちを切り替える。助手としてさっさとやる事やって帰る。それが現状に置いて最も重要な事だ。

 

「……所で、その吊り橋はどうするんですか?」

 

 久我の質問、それはもっともな物であった。

 そもそもの話として、この街に吊り橋なんて物は無い。もしも吊り橋効果を検証するために今から電車で移動するなんて言われた日には、久我は全力でこの場から逃げる気でいた。

 目の前でどこか自慢げな顔をしている面倒な先輩(新見)がどんな発言をするのか身構えていると、新見は突然クルリと回れ右をして教室の奥へと向かう。

 無言のままその背中を追いかけると、教室の奥、少し広いスペースのある場所に見覚えのない物が設置されていた。

 

 ベルト状の長い縄(?)が左右を謎のポールでピンと張られている何か。・・・っというか綱渡りのソレである。

 

 いきなり視界に入ったソレに久我は口をあんぐりと開けてしまった。

 色々とツッコミを入れたい所はある。めっちゃある。その上で久我の口は自然とその言葉を選択していた。

 

「なんですかコレ」

 

「スラックライン。……綱渡り、と言った方が分かりやすいかな? スポーツ競技としても行われているね」

 

「……なんですかこの左右のポール。こんなのあった記憶ありませんよ」

 

「これの為に設置した」

 

 何を堂々ととんでもない事を言い出しているんだコイツは。そんな言葉が喉ギリギリまで出かけた。口蓋垂(こうがいすい)――――俗に言うのであれば『喉ちんこ』と呼ばれる口内の組織に『何を堂々と』が触れたが全力でゴクリと飲み込んだ。

 ジッと床から生えているポールを眺める。

 床にボルトで固定されているのではなく、まるで今までずっとあったかのように床から生えている。

 合成樹脂製の床に加工をしたような跡は見られない。まるで、この教室が完成した頃からあったかのような風格すら感じる。

 しかし、先ほどの新見の発言からして、そんな訳がない事は明白なのだ。それ故に目の前の状況に困惑するしかないのだ。

 

「あの、これってどうやって……?」

 

「さぁ、実験を開始しようか」

 

 久我の言葉をスルーして、新見はいそいそと実験の準備を始めた。

 机の上に置いてあったノートパソコンを開き、素早くキーボードを叩いた。

 そして、ゴソゴソと普段本を詰め込んでいるバッグの中を漁り、取り出した物を久我に投げ渡す。

 

「ほら、助手くんもこれを付けるんだ。これで心拍数の変化を記録する」

 

「おっとっとっと……」

 

 突然の事に一瞬反応が遅れ、落としそうになってしまったが何とか受け取る。

 

「これって、『Melon Watch(メーロンウォッチ)』……?」

 

「そう。それが私とキミの心拍数の変化をこのパソコンに通信して記録する。この時の心拍数の変動による心理的変化が見られるかが、実験内容になる」

 

「はぁ……」

 

 久我は受け取ったメーロンウォッチを左手首につける。

 新見が言わなかった事と、久我が詳しくなかった為にそれ以上話が広がる事は無かったが、久我が渡されたのは最新モデルの高性能機である。

 最も、例えそれに気づいて聞いたとしてもそこまで話が広がる事が無いだろう。

 

「まぁ、この実験において必要なのは私の心理的変化だ。念のためにキミにも付けて貰ったが、あまり必要性はないだろう」

 

 新見はそう言うとふわりと白衣を翻しながらポール近くに設置された踏み台に乗る。

 

「さて、とりあえず助手くんはそこに立っているだけでいい」

 

 そっと張られたベルトに左足をかける。

 靴裏が平面に設置するのを確認してから、そっと台から足を離して体を支える平面から不安定なベルトに体重を預けた。

 ガクガクと不安定に揺れながらも新見はなんとか両足をベルトの上に設置させる。

 傍から見ているだけで心配になるほどにプルプルと震えている。久我の脳内に危険アラートが成り出す程度には心配になる光景がそこにあった。

 

「おっ、くっ……。これは、中々……」

 

 それでも新見は不安定ながらもベルトの上に立ち、静かに久我の方へと視線を向ける。

 

「こ、れは……、確かに、心臓がバクバクと脈打っているっ……! こういう感覚を恋の感情と、錯覚するというのか……!」

 

「慣れないことしてるからってだけじゃないですかね……」

 

 不安定に震えながらも新見の視線は久我の方へと向いている。

 傍から見れば明らかに滑稽に思えるような光景だが、ベルト上で必死にバランスを取っている者のみ大真面目にやっている。ベルトに乗っていない方は早く終われとしか思っていない。

 

「んっ……、ふ、くぅ。……あっ」

 

 たっぷり三〇秒、新見はベルトの上で久我を見つめていたが、グラリとそのバランスを崩した。

 そもそも、新見はインドア系の人間である。スポーツなんぞ学校教育の中でしかしておらず、こんな不安定な足場に立つなんて事自体が無謀も良い所だったのだ。

 新見の視界がぐるりと回転し、身体を浮遊感が襲う。反射的に目瞑り、衝撃に備えて身構える。

 ズダン、と低く鈍い音が室内に鳴る。

 

「っ゛あ……」

 

 潰れたカエルが出すようなくぐもった声がした。だが、それは新見の口から発せられたものではない。

 確かに落下の衝撃はあった。だが、それは新見の脳が予想したものよりも軽微なものだ。

 何が起こったのかを確認するために、新見は恐る恐る瞼を開いた。

 

「っ!? 助手くん!!?」

 

 新見の視界が捉えたのは、自らの体をクッションにして新見を抱き留めた久我の姿だった。

 そう、新見がバランスを崩した瞬間に、咄嗟に久我が助けに飛び出していたのだ。

 

「って、ぇ……」

 

「だ、大丈夫かい!? 怪我とかはっ……!!」

 

 歯を食いしばり痛みを堪える久我の姿に、流石の新見も焦りを露にする。

 対する久我は別の意味で焦りを露にする。

 

「ま、まずどいて下さい!」

 

 久我が新見を抱き留めて自らの体をクッションとしたという事は、傍から見れば久我の上に新見が乗っているように見える状態という事である。

 新見が乗っている。つまり、久我には押し付けられているのだ。

 

 たわわに実ったその胸部装甲が。

 

 何度でも言うが、久我も健全な男子高校生である。そして、羞恥心だってしっかり持っている。

 この状況は心臓に悪い。色々な意味で、だ。

 それだけでなく顔が近い。凄く近い。マジで近い。近すぎる。

 久我の脳は強制的に新見とのキスを思い出して勝手に熱くなろうとしている。収まれバカ、と叫びたくなる気持ちを必死に抑えて平常心を何とか取り繕う。

 

「す、すまない……」

 

 そんな久我の心境を新見は分からない。でも、流石に言われれば退く。

 新見が退いた事で久我は上半身を起こす。

 

「いてて……」

 

「け、怪我とかはしていないか?」

 

「多分、大丈夫です……。それよりも」

 

 久我は何処か呆れたような声色で言葉を続ける。

 

「吊り橋効果、でしたっけ? こんなのでそれを再現できるとはやっぱり思えませんよ。それに、慣れないことして危ない目に合ってたら駄目なんじゃないですか?」

 

「それは、……本当にすまない」

 

 珍しくシュンと縮こまって落ち込んでいる姿を前に、久我も言葉を詰まらせる。

 久我は自分が何を言ってもなんやかんやいつものようにハッキリとした物言いをするものとばかり思っていたのだ。それもあり、少し湧き上がっていた怒りの感情もスンッと小さくなる。

 

「……、危険な実験は止めて下さいね」

 

「……善処する」

 

「それで、これからどうするんですか……?」

 

「今日はこれで終わりとしよう……」

 

 すくっ、と新見は立ち上がり襟を正す。

 

「助手くんは保健室で怪我が無いかしっかり見て貰って、何か違和感があればすぐに病院へ罹るように」

 

「わかりました……」

 

 久我は荷物を持つと「失礼します」とだけ呟いて実験室を退室する。

 それを見送ってから新見は膝を曲げてその場で丸くなる。

 

「あ~~~~、これは、駄目か……」

 

 自然と声が漏れた。

 基本的に自分本位で他人の気持ちに疎い新見からしても、今回の件は大きな失敗であった。

 自分の興味心のままに暴走する悪い癖は自覚しているつもりだったが、今回はそれが酷い方向へと向かった。

 

『恋』の実験とずっと否定的に思っていた『吊り橋効果』に関する実験。

 

 同時にこれを行える事に気付き、それを試してみたくなった。それ故に歯止めが効かず、安全性を度外視してしまったのだ。

 深くため息を吐く。

 この実験は失敗だろう。しかも、完全な大失敗だ。

 それだけでなく、今後の実験も恐らくは継続不可能になった。

 もう久我はここに訪れないだろう事をひしひしと感じる。そもそも、久我は新見が強制的に入部させただけで、科学的な事への興味関心という物は持っていない。

 無理やり付き合わされていた上で危険な目に合ったのだ。「つき合ってられんわ」と見限られて当然と言える。

 

 そっと、メーロンウォッチの計測した心拍数のデータへ視線を移す。

 ずっと平坦だった心拍数の以上な変動がしっかりと記録として残っている。

 

 実験は失敗だ。

 

 否定するハズの実験データに一例ではあるが肯定するデータができてしまった。

 完全に再現をしていない以上、この僅かな例を元に否定意見をひっくり返す事は出来ないが、きっぱりと否定もできなくなった。

 

 もう一度、溜息を吐く。先ほどよりも深いため息を。

 静まり返った室内にその音は響く事もなく、ただ寂しく消えて行った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。