「カッチカッチ」
「鳴らないねぇ」
「ならないの〜」
とある朝、僕たちはペルシャネコファミリーの家に来ていた。
「これで…どうかな…」
メトロノームの針を付け直し、指で弾いた。
すると、小君のいい音を立てて針が揺れ始めた。
「あらっ!直りましたか…?」
「はい!なんとか直りました…!」
ペルシャネコのお姉さんは嬉しそうに飛び跳ねた。
「ありがとう…!」
そんな会話をしていると、エレベーターでお父さんが降りてきた。
「おっ、いいリズムだね!」
エレベーターを降りると、軽快にステップを踏みながら僕達に近づいてきた。
「うん!バッチリずれてない!」
「お父さんが言うなら大丈夫ね…!これで街に持っていけるわ〜!」
「街…ですか…?」
「そうなの!私、もうすぐ街にお引越しするの…!」
「ライラがいないと、寂しくなるなぁ」
「大丈夫よお父さん、たまに帰るからね!それに、お兄ちゃんとお姉ちゃんもいるから…!」
「そうだね…!それまでにお父さんも新しい技、覚えちゃおうかな!」
僕とリンネアは自転車にまたがった。
「では、また何かあれば…!」
「うん!ありがとうございました!」
自転車で走り出し、僕たちはマーケットに向かった。
「なにかうの〜?」
「食材と、ペンチの調子が悪くって、そろそろ買い替えかなぁ」
「わかった〜」
涼しい風を浴びながら、自転車は駆けていった。
「こんにちは〜」
「あらブルースくん、いらっしゃいませ〜」
店に入ると、マシュマロネズミのビアンカさんが出迎えてくれた。
「ビアンカさん、ペンチってありますかね…」
「ペンチかぁ…工具はあんまり売れないから、置いてないのよね〜」
「そうですよねぇ…」
リンネアが奥の棚からハサミを持ってきた。
「これは〜?」
「ありがとね、でもこれだと固いものに負けちゃうんだ…」
「きたえたらいいの〜」
「そういう事ではないんだなぁ…」
「あっ!」
ビアンカさんが声を上げる、何かを閃いたようだ。
「街に道具屋さんがあったはずよ…!」
「街…ですか…?」
「そう!ブルースくんはまだ行ったことない…?」
「そうですね、街はまだ…」
「ならちょうどいいかもしれないわね!バスも出てるから、ぜひ行っておいで!」
「確かに…ありがとうございます…!」
「おでかけなの…?」
「うん、おでかけだね」
「おでかけいこ〜」
「うん!行こ〜!」
僕たちは勢いよく自転車に跨った。
「ブルースくん!?他に買うものないの!?」
「あっ…そうでした…」
僕たちは食材を揃えてから、自転車で風車小屋へと帰宅した。
明日に備えて、今晩は早めに布団へと入った。
「リンネアは街で何が見たい…?」
「キラキラみたい〜」
「そうだね、宝石店とかにも行こうか」
その夜、僕は目を覚ますと再び病院にいた。
ベッドに横たわる僕の様子を、医師と看護師が見つめていた。
「もう4ヶ月ですね…」
「誰も面会にも現れない…職場にも連絡はしたが、取り合ってはくれなかったようだな…」
「でも、今すぐ治療をやめるわけには…」
「もって後2ヶ月といったところだろう。それまでは我々が…」
後2ヶ月…?
その後はどうなるか…
僕は、消えるのだろうか…
「ブルース〜」
「あぁっ…もう朝か…」
悪い夢のせいか、全身が強張り固まってしまった。
重たい体を動かし、出かける支度を整えた。
街にはシルバニア村からバスが出ている。
「バスきたよ〜」
リンネアが指を刺した方から、2階建ての赤いバスがやってきた。
「上もあるんだね」
「うえがいい〜」
リンネアと2人で2階席に上がると、後から猫の兄妹がやってきた。
「乗りまーす!!」
「まってまって〜!」
息を切らし、なんとか下の階に乗り込んだ。
それにしても、どこかで見覚えがある様な…
「発車しまーす!」
元気なチワワの運転手さんの掛け声で、バスは街に向けて出発した。
「景色が綺麗だね…!」
2階から眺める山々、どんどんと後ろに飛んでいく左右の風景に僕もリンネアも見入ってしまった。
しばらくすると、バスは終点に到着した。
「さぁ、まずは用事を済ませちゃおうか」
僕たちはビアンカさんから貰った地図を見ながら、道具屋さんに向かった。
「ここだね」
木造の店の中に入ると、壁一面に様々な道具が飾られていた。
「あっ、いらっしゃい!」
カウンターには、僕と同じ年頃のくるみリスのお兄さんが出迎えてくれた。
「こんにちは…店長のラルフさんいますか…?」
「あっ、僕がラルフだよ〜」
「えっ…あなたが店長さん!?」
「うん」
「この道具…全部作ったんですか…?」
「まあね〜。お父さんが楽になるもの作ってたら、こんなになっちゃって」
「すごい…!」
「まぁゆっくり見てってよ。気になるのがあったらひょひょいって取るからさ」
リンネアは接着剤の入った小瓶を眺めていた。
「キラキラ…!」
「お嬢ちゃん、割らないように気をつけて持ってね〜」
ペンチのコーナーを見上げると、そこだけで数十種類の様々なものが壁にかかっていた。
「あの、青い持ち手のやつを…」
「おっけ〜、ちょっと待ってね〜」
そう言うと、カウンター横の柱をよじ登り、天井の梁を伝ってペンチの前まで移った。
「これだね、ヨシっ」
僕が選んだものを手に取ると、真下に落下し、床に着地した。
「どうぞ〜」
手渡されたペンチはとても軽く、でもしっかり硬い素材で出来ていた。
手触りも良く動きもなめらかだった。
「使いやすそう…これください…!」
「ありがとうございまーす!」
会計を済ませて、ペンチを受け取った。
「まいど〜」
「ありがとうございました!」
「いえいえ〜、そういえば…」
ラルフさんは僕の後ろに目をやった。
「お嬢ちゃん、どこ行っちゃったの?」
「えっ…えぇ〜っ!?」
その頃、リンネアは1人で街を散策していた。
「キラキラみるの〜」
トラムとすれ違い交差点を曲がると、そこには一軒の店が現れた。
「あったの〜!」
リンネアが駆け込んだのは、デパートの宝石コーナーだった。
すっかり見惚れた彼女は、ショーケースに並ぶアクセサリーを横から順番に眺めていく。
「あかキラキラ…ぴんくキラキラ…みどりキラキラ…」
細長いショーケースの奥には、一際輝く宝石の指輪が飾られていた。
「あおキラキラ…!!」
リンネアが目を輝かせながら近づいた。
「わぁ…!」
「わぁ…!」
ふと声がしたので横を向くと、リンネアと同じくらいの赤ちゃんがたっていた。
「だれ…?」
「アビーだよ〜」
「わたし、リンネアだよ〜」
隣にいたのは、ベレー帽を被ったシマネコの赤ちゃんだった。
そんな時、ショコラうさぎのお姉さんが2人に声をかけてきた。
「あら、可愛いお客さんが2人も〜」
「こにちわ〜」
「ちわ〜」
「うふふっ、こんにちは。お父さんとお母さんは一緒かしら…?」
「うーん」
「いない〜」
「あらら…それは大変…!」
「さがしにいこ〜」
「いこ〜」
リンネア達はデパートからスタスタと出ていってしまった。
「行っちゃったわ…」
その頃、僕は街を駆け回っていた。
「リンネア…!おーい!」
噴水広場に到着すると、1人の女の子が叫んでいた。
「アビ〜!どこ〜!」
その姿を見つめていると、彼女と目が合った。
すると、息を切らしながら僕に近づいてきた。
「あの、妹のアビーを知りませんか…?私と同じシマネコの赤ちゃんで…早くママ達のところに帰らなきゃ…」
「実は…僕もハスキーの赤ちゃんを探してて…」
「そうなんですか…?」
僕たちは落ち着いて話そうと、広場のベンチに座った。
「綺麗な虫さん達に見惚れてたら、いつの間にいなくなっちゃって…」
「そうなんだ…僕も道具に夢中になってたら…」
女の子はとても不安げに俯いていた。
「そうだ、良ければ一緒に探しませんか…?」
「えっ…いいんですか…?」
「はい!もしかしたら、あの子たちも一緒にいるかもしれないですし…!」
「わぁ…!ありがとうございます…!」
僕たちは広場を後にして、捜索を始めた。
「私、アプリコットと言います。妹はアビーと言って」
「アプリコットちゃんか…僕はブルース、赤ちゃんの名前はリンネアです」
「なるほど、リンネアちゃんは妹ですか…?」
「あっ、いや…」
改めて考えたが、確かに僕にとってリンネアは何なのだろうか。
「ちょっと、色々あって…」
「そうなんですか…好きなものとか、ありますか…?」
「あの子は…キラキラしたものが好きで、特に宝石とか…」
「宝石なら…お兄ちゃんのお友達のところに…」
僕らが捜索を始めた頃、リンネアとアビーは公園に来ていた。
「むしさんいるの〜」
「むしさんキラキラ〜」
2人は草むらで虫を探していると…
「ついにジャングルをでました…!」
茂みを掻き分けて出てきたのは、ラテネコの赤ちゃんだった。
「あ、リンネアしってる〜」
僕たちはデパートの宝石屋さんを訪ねた。
「フレアお姉ちゃん、こんにちは〜」
「あら!アプリコットちゃんじゃない!」
僕たちはフレアさんに事情を話した。
「そうだったの…ごめんなさい、大きくなってたからアビーちゃんだとは気がつかなくって…」
「大丈夫だよ〜」
「でも、確かにハスキーの女の子と一緒に出て行ったわ…!」
僕とアプリコットは目を合わせた。
「やっぱり一緒にいるんだ…」
フレアさんにお礼を言って店を後にすると、見覚えのある男の子が周囲を見回していた。
「どこかぁ…いつの間に…」
「あれっ…」
よく見ると、保育園で妹を見送っていたお兄ちゃんだった。
「君、おひさま保育園の…」
「えっ!?」
彼は目を輝かせて僕に駆け寄った。
「メイベルを知ってるんですか!?」
「あっと…この前、僕も保育園にお邪魔して…」
「なるほど…!あの…実は…」
公園では、リンネア達が集まっていた。
「あ!リンネアちゃんだ!」
「ほいくえんのこだよね〜」
「メイベルっていうの!よろしくね!」
「よろしく〜」
メイベルは立ち上がり、お尻の土を払った。
「メイベルはなにしてるの〜?」
リンネアの質問に、彼女は固まった。
「おにいちゃんと…はぐれちゃった…」
「みんないっしょだね〜」
アビーは笑みを浮かべながら2人を見た。
「それなら、たんけんたいをつくろ!」
メイベルは帽子の紐をキュッと絞めた。
「じゃあ…おにいちゃん、おねえちゃんをさがしに、たんけんたい!しゅつど〜!!」
「お〜」
「お〜」
僕たちはラテネコのミックの話を聞いた。2人でキャンプ道具を選んでいる途中ではぐれてしまったらしい。
ここは最年長の僕が引っ張ってあげなくては。
「とりあえず、聞き込みをしてみようか…」
「確かに…色んな人に聞いてみましょう…!」
僕たちは早速、街のみんなから情報を集めた。
「あの〜…」
僕はベンチで黄昏れるダルメシアンのお兄さんに声をかけた。
「ここら辺で赤ちゃんだけで歩く子を見かけませんでしたか…?」
「ごめんね、そんな子たちは見ていないなぁ」
「そうですか…ありがとうございました…!」
「どういたしまして、もしかしたら、メイプルさんなら詳しいかもね」
「メイプルさんですか…?」
「あぁ、トラムの運転手さ」
その頃、リンネア達3人はとある服屋さんに来ていた。
「ねこさんマーク、きっとねこさんにくわしいはず!」
「たしかに〜」
「でも、リンネアはオオカミさんだよ〜」
「リンネアちゃんはイヌだとおもう。とりあえずはいってみよう!」
メイベルが扉を開けると、カランと音が鳴った。
「いらっしゃ〜い…あら、赤ちゃん達…?」
中にいたのは猫ではなく、ショコラうさぎの女性だった。
「ねこさんじゃない…!」
「さっきのおねーさんだ〜」
「ほんとだ、おねーさん〜」
リンネアとアビーの言葉に、女性は首を傾げた。
「私、今日会ったかしら…?」
「デパートの〜」
「キラキラのおみせ〜」
2人の言葉に、うさぎの女性は気がついた。
「あ〜、フレアと勘違いしちゃったのね」
そんなやり取りをしていると、奥からシルクねこのお姉さんが現れた。
「ステラさ〜ん、こっちのデザインはどうでしょう…?」
彼女はリンネア達と目を合わせた。
「ティファニーちゃん、可愛いお客さん達が来てるわよ〜」
「あっ!ねこさんだ!」
メイベルの声に、リンネアとアビーも続いた。
「ねこさんだ〜」
「ねこさんだ〜」
「ステラさん…この子達は…?」
「もしかしたら、迷子ちゃんかもしれないわね」
「それは大変…!何とかしてあげなきゃ…!」
僕らはトラムの運転手をしているメイプルさんを訪ねた。
「う〜ん、赤ちゃん3人組は見かけなかったなぁ」
「そうですか…」
「あ、そうだ!さっき君に似たハスキーの赤ちゃんがトラムとすれ違ったのを見たよ!」
「本当ですか!?」
「まあまあ、落ち着いて」
前のめりになる僕をアプリコットちゃんがなだめた。
僕はメイプルさんに聞き返した。
「その子、どっちの方に行きましたか…?」
「確か…公園の方に向かって行ったかな…」
「公園…ありがとうございます…!」
「いいえ〜、お気をつけてね〜」
その頃、リンネア達はティファニーの案内で街を歩いていた。
「それで、お兄ちゃん達とはぐれちゃったのね」
「そうなんです!」
「なるほどねぇ…あら、アビーちゃんってもしかして、シェーンくんの?」
「そうだよ〜」
「そうだったのね!私たちが村にいた時はあんなに小さかったのに、大きくなったのね!」
「シェーン?だれぇ?」
「かっこいいの〜」
リンネアはアビーの返事にあまりピンと来ていなかった。
「おねえちゃんもシェーンかっこいいの〜?」
「それは…確かにかっこいいところもあるかなぁ…」
「リンネアちゃん!いいにくそうなので、このはなしはやめよう!」
「はい〜」
僕たち3人は公園の方へと向かった。
辺りを見回してみたが、リンネア達の姿が見当たらなかった。
「うぅ…メイベル…」
ミックは俯き、木の根本に座り込んでしまった。
「僕がいけなかったんだ…2人で大丈夫ってママに言ったから…」
そう言うと、彼の目には涙が浮かんだ。
「大丈夫だよ…きっと見つかるって…」
「今ごろ寂しくて泣いてるかもしれないし…僕がしっかりしてないから…!」
ミックの言葉は僕に深く刺さった。いつかの自分を見たような、そんな感覚だった。
気づくと、僕は彼を抱きしめていた。
「そんなことないよ…!だって、メイベルちゃんをこんなに心配してあげてるじゃないか…」
「うぅ…」
「諦めずに探そう…」
アプリコットも彼の頭を優しく撫でた。
「みんなでお家に帰ろう…?」
「うん…」
そんな僕たちを、誰かが遠くから見ていた。
「ねぇ、あの子たちじゃない?」
「ほんとね、お〜い!」
声をかけてきたのは、キャラメルイヌとマシュマロネズミのお姉さんだった。
「こんにちは…」
「どうも〜」
「あなた達、誰か探してる?」
「はい…」
「やっぱりね!ちょっとついてきて!」
2人に案内されたのは、とあるレストランだった。
「いらっしゃいませ!」
「ませ〜」
「ませ〜」
リンネア達は店内でお客さんをお出迎えしていた。
「おにいちゃんとおねえちゃんをさがしてます!」
「ま〜す」
「ま〜す」
その姿を見たミックは、メイベルの元へ飛び出した。
「メイベル…!」
メイベルも駆け寄る兄の姿に気づいた。
「おにいちゃん…!」
彼は妹を抱きしめて涙を流した。
「ごめんね…!怖かったよね…!」
「ううん、たのしかったよ!」
僕もリンネアに歩み寄った。
「リンネア!」
「あ、みつけたの〜」
僕は両手でリンネアを抱き抱えた。
「リンネアが見つかったんでしょ…!」
「そうかもね〜」
「もう勝手にどっか行っちゃだめだよ…」
「ごめんね〜」
アプリコットも妹のアビーの頭を撫でた。
「お家に帰ろ…?」
「うん、おうちかえる〜」
覚えのある言葉に、彼女も思わず微笑んでしまった。
「誰かにそっくりね」
「そんなことないよ〜」
僕はリンネアを抱っこしたまま、レストランの店長さんに挨拶をした。
キッチンにいたのはカールミミネコのお兄さんだった。
「あの、リンネアをありがとうございました…!」
「いえいえ、僕はただ友人に頼まれただけで…」
「お友達ですか…?」
「はい、同じネコの友達なんです」
「そうなんですね…お友達にもお礼をお伝えください…!」
「わかりました、伝えておきます」
彼が軽く会釈をしたので、僕も深く頭を下げた。
お礼をし、僕たちはレストランを後にした。
街はすっかり夕焼けに照らされていた。
「ブルースさん、一緒に探してくれてありがとうございました」
アプリコットは僕にお礼を言ってくれた。
「ううん、僕も2人がいて心強かったよ…ありがとう…」
「ブルースさんがいなかったら見つかってなかったです…!!」
ミックも僕の手を取って上下に揺らした。
「まあまあ、落ち着いて…」
「ほんとに…本当にぃ…!」
「あぁ、おにいちゃんったら…!」
思わず大泣きするミックにメイベルがハンカチを渡してあげた。
彼を横目に、アプリコットが僕にとある紙を手渡した。
「あの、これ受け取ってください」
「これは…?」
チケットのようなものには、船の絵と文字が書かれていた。
「シーサイド、クルーザーボート…?」
「お兄ちゃんが見習いで働いてる船の招待券です。よかったら行ってみてください…!」
「ありがとう…リンネアと一緒に行ってみるね…!」
アプリコットは家族と車で帰るようで、噴水でお別れをした。
帰りのバスではラテネコ兄弟と乗り合わせた。
「2人はキャンプ道具を買いに来たんだっけ…?」
「はい!今度2人でキャンプをしようと思って…!」
「おにいちゃんとテントにとまったり、たんけんしたりするの!」
「リンネアもキャンプするの〜」
「リンネアちゃんもこんど、いっしょにしようね!」
「じゃあ、その時は2人にリードしてもらわなきゃね」
「うん!頑張ります!」
「おにいちゃん、げんきになってよかった…!」
みんなで話を弾ませながら、バスはあっという間にシルバニア村に到着した。
リンネアを先に寝付かせた後、僕は1人で道具の整理を始めた。
「そろそろ洗ってあげなきゃな」
黙々と作業をしていると、ふと力が抜け、ペンチが手から滑り落ちた。
「えっ…」
急に体が動かなくなり、僕は音を立ててその場に倒れた。
焦りからか、息が上がり、呼吸が苦しくなっていく。
「もう…近いのかな…」
しばらく目を閉じて深呼吸をした。
少しずつ感覚が戻り、ゆっくりと起き上がった。
「ダメだ…」
ふらつく体を引っ張りながら、僕は家を出た。
たどり着いたのはあの時と同じ場所だった。
1人で作業をしていたアヴリルさんがノックの音で玄関を開けた。
「あら、こんな時間に誰が…」
「こんばんは…」
安心して脱力した僕を、彼女は支えてくれた。
「ブルースくん!?どうしたのよ…!」
「ごめんなさい…急に寂しくなって…」
「そうなのね…とりあえず上がって…!」
僕はテーブルの前に座った。
アヴリルさんがお茶を2杯入れ、僕の向かいに座った。
「何かあったの…?」
「僕…もうすぐ死ぬんです…」
「それって…」
「最近少しずつ思い出してきたんです…向こうの世界のこと…」
体が力み、手が震えた。
向かいに座っていたアヴリルさんは隣へ移ると、僕の背中を撫でてくれた。
「無理に言う必要はないわ…」
「はい…でも…」
「うん…」
息を吸い、ゆっくりと吐いてから話を続けた。
「僕は別の世界で生きてて…今も身体は向こうにあるんです…向こうの世界の僕が、そろそろ限界で…」
「そうなの…」
「戻りたくないです…向こうには家族もいないし…仕事も辛いし…何よりアヴリルさん達やシルバニア村にいるのが楽しくて…向こうに戻るくらいなら、このまま1日でも長くこっちにいて…そのまま…!!」
僕が言葉を吐こうとした時、アヴリルさんは僕を強く抱きしめた。
「もう…それ以上はやめましょう…」
「うっ…あぁっ…」
子どものように僕は泣いた、そんな僕をアヴリルさんは優しく撫でてくれた。
「今まで誰にも甘えられなかったのね…辛かったわね…」
僕はひとしきり泣いた。
どれくらいの時間が経ったかは覚えていなかった。
彼女は、少し落ち着き涙を拭う僕に言った。
「たまに夢を見るの、どこか違う世界の夢を。そこではハイデンやポーリーン、それに私達も誰かと一緒に遊んでいるのよ。お家で過ごしたり、車に乗ったりね…」
「それって…」
「向こうに戻っても、あなたとは繋がっていられる気がするわ」
向かい合い、アヴリルさんは僕の目を見ながら頬にそっと触れた。
「あなたは正真正銘のハスキーファミリーなんだから…離れていても、家族でしょ…?」
「家族…」
「ひとりじゃないわ、いつでもそばにいる」
まっすぐな言葉と眼差しは、たしかに僕の心を温めてくれた。
「リンネアちゃんも心配するわ。もう少し落ち着いたら戻ってあげて」
「そうですね…」
僕はググッと残りのお茶を飲んだ。
「ありがとうございました。少し楽になった気がします…」
「気にしないで、また寂しくなったらおいでね…」
僕は風車小屋へと戻った。
リンネアを起こさないよう、そっと玄関を開けて入る。
「寝てるかな…」
リンネアは布団で寝ていた。
僕も道具を片付けていると…
「これは…」
テーブルには昼間に貰ったチケットが置かれていた。
「こんな場所に置いたっけ…?」
チケットに書かれた船を見た時に、ふと懐かしさを感じた。
「明日…行ってみようかな…」
そう決めると、灯を消し、眠りについた。
その頃、シーサイド村にて…
うさぎのおじいさんが灯台から星空を見上げていた。
「もう5年か…」
そう呟くと、1つの星を指差した。
「君らしい明るい星だ。そこから見ているのかな…」
彼の部屋に置かれた写真には、風車小屋が写っていた…
つづく…