超次元ゲイムネプテューヌ Origins Transition 作:シモツキ
瞬く間に広がっていった冷気と、この空間を塗り替えるように次々に現れ、立ち昇っていった氷柱。今の今まで形容し難い空間だったここは、魔法の力が支配する氷の領域に変わっていた。その領域に、私達も、フェニセクトも包まれていた。
それも、ただ氷柱が現れただけじゃない。氷の柱からは枝の様に更に氷が伸びて、その先には薔薇が咲く。一つ一つがまるで精密に掘られた氷の彫刻の様な、蒼白の薔薇に彩られた凍て付く園が、見渡す限りに広がっていた。
「これは……」
「…ディールちゃん、これってあの時の……」
初めにセイツがぽつりと呟き、次にイリゼが声を上げる。私もこの時、目の前に広がる光景に目を奪われていた。ここは異質な空間で、戦場で、フェニセクトもまだ現在だというのに、思わず動きを止めてしまう程、この氷の光景は綺麗で…美しい。
「違いますよ、イリゼさん。あれは、わたし一人の魔法でしたが……」
「これは、わたし達の魔法なんだから」
イリゼの言葉に、ディールとエストが答える。二人の言葉、特にエストの声には自信の感情が滲んでいるようで…直後、氷柱の一つが倒壊する。中程から溶けて、崩れ落ちる。
その音で、私は我に返る。そして次の瞬間、氷柱の一つを崩した炎は、フェニセクトは再び攻撃態勢を取り、火炎放射を放とうとする……けど。
「──させるかよ」
いつもよりも静かなアイの声。その声に呼応するように、アイ達の側に立つ複数の氷柱から氷の荊が急速に伸びる。荊同士が絡み合い、壁を作り…そこに薔薇が咲く。幾つもの氷の薔薇が花開き、火炎放射を受け止める。更に荊へ続くように、氷柱からは細い枝も伸びて襲い掛かる。フェニセクトは攻撃中断と同時に素早く後退して避けるけども、アイ達の追撃も早い。
回避するフェニセクトへ、その回避先へ向けて、一つ一つが槍の様に鋭利となった氷の枝が次々と迫る。樹を思わせる氷の柱がフェニセクトの回避先を狭めて、氷の木々から殺到する枝が、凄まじい勢いで追い詰めていく。
そして、それを…この氷の空間を操るのはアイ。視線が、腕の動きが、アイの意思が、自在に操っている。そのアイの声は、普段よりも落ち着きがあって……どこか、ネクストフォームのブランのよう。
「凄まじいわね…。…ところで、イヴ。今だったら……」
「…えぇ、そのつもりよ」
感嘆混じりなネプテューヌからの呼び掛けに頷き、私は走る。薄く張った氷を踏み締めながら駆け……転がっていた、バトルスーツを回収する。
即座に再装着、状態を確認。恐らく電撃はスーツの表面を通ってフェニセクトへと流れてくれている筈だけど、絶対大丈夫とはいえないし、炎にも晒されていたからどこかしらイカれている可能性はある。だから場合によってはスーツを使っての戦闘続行は諦めなきゃいけないかもしれない…思ったけど、幸い重要な部分はどこも生きていた。表面のセンサー類はかなり死んでるしカメラにもダメージがいってるから細かい作業をするのは困難、装甲ももうボロボロで今諸に攻撃を受けたらとても耐えられるとは思えないけど…まだ、やれる。
(…そうだ、そういえば……)
「愛月、この子もポケモン?」
「うん、そうだよ。この子はニンフィアのハートフル。強いけどすっごく人見知りだから、出てきてもらうかどうかはずっと迷ってて……だけどもう、迷っていられなかったからね」
「ひゅぃ、ひゅいぃぃ……」
「そう。ハートフル、格好良かった。良い子良い子」
氷の空間に印象を持っていかれているけど、その直前、三人を助けたのはあのポケモン。視線を向ければ、愛月はその子を抱えていて…イリスが、頭を撫でていた。
「…いやはや、本当に二人の魔法には驚かされるね。どうやら今回は、アイ君と分担した上でのようだけど」
「ここまで来ると、最早芸術だな。…青い薔薇の花言葉は、不可能であり奇跡…だったか」
「何落ち着いた様子で解説してるんですか貴方達は…行きますか?ピーシェ様」
「いこーっ!」
着実に追い詰めていく氷の猛攻。とはいえフェニセクトもやっぱり早いし、吐き出す炎は枝を溶かす。流石に柱はすぐに折る事も溶かす事も出来ないようだけど…性質的に、少し分が悪いように見える。
そう思った直後、ピーシェとビッキィが駆け抜けていく。ネプテューヌも、イリゼやセイツもそれに続く。柱を避け、枝を潜り、逆に蹴る事で素早い方向転換や加速をしながらフェニセクトを追う。
更にそれに合わせるように、新たな柱や枝が生まれる。足場として、方向転換の軸として、氷の空間が皆の動きを支援する。
「ゆりちゃん、だいじょーぶ?」
「スーツの方は危ないけど、私は大丈夫よ。…ありがとう、私の無茶な作戦に付き合ってくれて」
「いーのいーの、成功したんだから。…けど、やっぱり皆は凄いな…私はもうちょっと休まないと全力では動けないかも…」
影と連携してあれだけフェニセクトを翻弄していたんだから仕方ないわ、と私は返す。それに私も、この氷樹林…というか、氷柱林?…の中じゃ長距離射撃なんて出来ないし、今のバトルスーツの状態じゃ追えない。ここは無理して追うより、機動力のあるメンバーに任せた方が良い状況。
「ふッ!」
「えいやーッ!」
「天舞伍式・葵ッ!」
滑る気配を微塵も見せず、氷柱を足場に距離を詰めたビッキィが手裏剣を打つ。合わせるように、回り込んだピーシェが勢いそのままに飛び蹴りを仕掛ける。そのどちらも避けるフェニセクトだったけど、躱した先にいたのは、慣れた様子で氷柱やその枝の間を駆け抜けていたイリゼ。待ち構えていたイリゼの射出する多彩な武器が、フェニセクトの退路を塞いで……セイツへ繋げる。
「喰らうがいいわッ!」
足止めをするイリゼの下、そこへ剣を連結させた状態で滑り込むセイツ。足場に氷が張っている事を利用し、構えたまま真下に滑り込んだセイツは、そのまま不可視の一撃を撃ち込んで炸裂させる。更に上からは、怯んだフェニセクトへネプテューヌがエクスブレイドを叩き込む。さっきの雪辱を果たすように、二人の遠隔攻撃が上下からフェニセクトを突き刺し砕く。
「まずは一発…ッ!皆、まだまだここから……」
「いいや、もう十分だ」
攻め手を緩める事なく、ネプテューヌが追撃を仕掛けようとしたところで、再びアイが言う、直後、最初は防御の為に伸びた荊が今度はフェニセクトへと殺到し、四方八方からその巨体へと絡み付く。暴れるフェニセクトによって次々と引き千切られていくけれど、それ以上の速度へ新たな荊が捕らえていく。あっという間に、氷の荊がフェニセクトの全身を締め上げる。そして……
「ふん…逃がさねぇよ」
炎を吐き、溶かす事でフェニセクトが拘束から逃れようとする最中、アイは腕を持ち上げ、拳を握る。その瞬間、フェニセクトを捕らえる荊が煌めき……無数の棘が、杭の様に貫く。
それまでは、激しく暴れていたフェニセクト。それが、全身を刺し貫く薔薇の棘によって、完全に押さえ付けられていた。あのフェニセクトが、今はその身を震わせる事しか出来なくなっていた。
「…圧巻ね…女神様三人の束ねられた力、素晴らしいとしか言いようがないわ……」
「うん…これがディールとエスト、それにアイの……」
恐らく全身を貫かれようとも、フェニセクトは再生する。現に、普通ならもう絶命していなくちゃおかしい状態なのに、今も逃れようと動いている。動いているけど、もう荊は一本たりとも砕ける事なく……エリナとルナが、呟く。そして、拳を握り締めたまま、アイはゆっくりと息を吐き…告げる。
「ああ。これが、ウチ等の……ブランちゃん大好き同盟の力だ」
『…えぇー……』
徹頭徹尾静かなままの、いっそ冷ややかさすらあるアイの発した、何とも締まらない感じの言葉。そのアイの左右後方に立つ、杖を足下に突き立てているディールとエストは、物凄く困惑したような顔をしていた。…どうしたのよ、アイ……。
「アイ、アイ。イリスも、ブラン好き。なので、イリスも入れてほしい」
「いやイリスちゃん、今のを真に受けなくていいから……」
「今のはアイさんが勝手に言ってるだけだからね…?」
「……?ディールとエストは、ブラン、好きじゃない?」
『そういう訳じゃ……』
自分も、とイリスが言い出した事で、更に空気は変な感じに。ただ、そういう空気が発生した事、出来た事自体は、フェニセクトを完全に封じ込める事が出来たからで……
「……!全員、まだ気を抜くのは早いぞ……!」
……けれど、その見立ては甘かった。聞こえた影の言葉に、私も皆も振り向き…そして、目にする。拘束され、動く事の出来なくなったフェニセクトの巨体が、炎に包まれ始める姿を。
「……っ!これって……」
「ちっ……」
思い出すのは、一度目の戦い。あの時にも、追い詰められたフェニセクトはこの姿となっていた。全身を炎で包み、巨大な火球そのものとなる事で、攻撃を完全にシャットアウトしていた。
炎熱に焼かれ、溶かされ、氷の荊が崩れ始める。直後にアイは舌を打ち、腕を振るって新たな荊をフェニセクトへと走らせるけど、溶解は止まらない。少しずつ、でも着実に、拘束が綻びていく。
「なんて火力…水遁が通用しない……!」
「やってくれるじゃねぇか…だったらこっちも、徹底的にやってやるよ。ディール、エスト、もう無理なんて言わねーよな?」
「トーゼンじゃない!あっちがわたし達の氷を溶かそうってなら、その炎ごと凍らせてやるわ!」
「うん…!シェアエナジーを集中させます、アイさんはこのまま制御を…!」
「……任せとけ」
ディールとエストが意気込む。三人の足下に広がる魔法陣がその輝きを増し、この氷の空間を彩る薔薇が更に芽吹いて花開く。そうして荊に、拘束に持ち直しの兆しが見え始める。
これなら、何とかなるんじゃないか。一瞬私はそう思った。…けど、何か違和感がある。私の中で、何かが引っ掛かる。
(…やっぱり、アイの様子が気になるわね…。…と、いうか……息が、白い…?)
集中している様子のアイの口から漏れるのは、白い吐息。そこかしこに氷の柱があるんだから、段々寒くなってくるのは当然…とも思ったけど、皆はまだそこまで寒そうには見えない。それに、静かなアイっていうのがどうしても気になる。上手く言葉には出来ないけど、私の中ではずっと違和感が蟠っていて……直感的に、残ったセンサーの殆どをサーモグラフィー機能へと特化させる。そして…気付く。
「な……ッ!?アイ、貴女…何をやってるの…!?」
『え……?』
その瞬間、ぴくりと肩を震わせるアイ。驚いたような顔をするディールとエスト。その反応で、状況を理解した私は……言う。
「貴女、体温が異常な位下がってるじゃない…!…まさか、この魔法って……」
「……!そ、そんな訳ないわ!…ない、けど……」
「わたし達の想定していなかった事が起きてる可能性は、否定出来ない…よね。とにかく今は、一旦止めて……」
「…馬鹿言うんじゃねぇよ。今止めたら…フェニセクトが、また暴れ出すだろうが……」
この魔法にはリスクが、反動とでも言うべきものがあるんじゃないか。その不安を抱く中、二人は魔法を止めようとする。止めようとしたけれど、それに他でもないアイが待ったをかける。
「ディールも、エストも、ウチなら…って思ってくれたみてーだが…流石にウチもぶっつけ本番で、二人の本気の魔法を制御しきるのは無理な気がしたからな…けど、失敗する訳にもいかねぇから、二人の魔法を、これがどんなものなのかを『身体』で理解する為に、ちっとばかし体感してる…ただ、そんだけの話だ。だから、二人の責任じゃねーし…気にするような事でもねーよ」
「気にするようなって…そんな訳ないよシノちゃん!こんなの、冷えてるなんてレベルじゃない…!身体が内側から凍結し始めてるようなものだよ…!?」
「……っ…!エスちゃん、やっぱり……」
「だから、駄目だっつってんだろ…。…こういう言い方をすると、イリゼを意識してるみてーで癪だが…今のウチよりヤバい状態でもイリゼは踏ん張ってやがったんだ。だったら…イリゼに出来て、ウチに出来ない道理はねーだろうが……」
「む、無茶苦茶な事を……!」
確かに前の戦いでイリゼは、腹部を抉られた状態から十分に回復していないにも関わらず、無理矢理戦線復帰しようとした事があった。でもあれだってまともな判断じゃないし、状態だって色々違うし、本当に無茶苦茶な事を言っているとしか思えない。
ただでも、幸いディールとエストにそれを支持するような気配はない。二人の魔法の影響であるなら、二人がアイの制止を突っ撥ねて止めればいいだけの事。フェニセクトの問題があるのは確かだけど、どう考えてもこれは中止一択で……
「──見事だ、赤薔薇の女神。その不屈の精神は、尊ばれるべきもの。無下になど、この私が出来るものか」
ふわりと、イリゼがアイ達の前にゆっくりと降り立つ。そして、威風と共に言葉を紡ぎ…小さく笑う。
「イリゼ…もしかしてイリゼは、アイさんに止める必要はない、って言いたいの……?」
「無論。アイの…女神の言葉は、それだけの意味と重さがあるものだからね」
「…それは看過出来ないわ。私だって、アイの意思を無下にするつもりはないわ。だけど、それとこれとは話が別……」
間一髪のところでフェニセクトを止めたポケモン、ハートフルを両手で抱えた愛月からの問いに、イリゼは軽く肩を揺らして言う。
言いたい事は分かる。同じ女神だからこその思いが、イリゼにはあるのかもしれない。だとしても、私には見えている。アイの状態が、危険な状況が。だから了承する事なんて……そう、思った時だった。
「待った、イヴ。私だって別に、とことんまでやり続けろって言うつもりはないよ。そうなる前に、フェニセクトを仕留めればいいんだから」
「仕留める…って、もしや爆弾の事を言ってる訳?今のフェニセクトは、完全に火の玉状態なのよ?そこに爆弾を投げたって、直撃なんてする訳……」
「私には、私達には、あれを突破する方法がある。……そうでしょ?茜」
「え?……あ…!」
私の反論を制止し、エストの問いも言い切らせる事なく、イリゼは言葉を返す。それと共に、視線を茜に送り……数瞬の間を経て、茜は目を見開く。
「…イリゼ、勝算はあるんだな?」
「あるよ。私は、そう思っている」
迷いなくイリゼが答える。沈黙が生まれる。完璧で確実な策なら、もっと早い段階で提案をしていた筈、そうじゃないって事は失敗のリスクも孕んだ作戦である筈。…だけど、分かっている。フェニセクトを何とかしなければ、私達に勝利はないって。ただの無茶なら止めるけど…勝機があるなら、賭けてみるべきだって。
「…ウチをダシに、格好付けてんじゃねーよ、イリゼ」
「悪いね。でも…そういうアイだから、私は負けたくないんだよ」
「……うっせ、お互い様だっての」
顔を突き合わせたイリゼとアイの、小声のやり取り。次の瞬間、再び荊がフェニセクトへと殺到する。拘束を溶かしきろうとするフェニセクトを、力で…気力で真っ向から押さえ込む。
その次の瞬間、イリゼと茜が動く。エストから爆弾を受け取ったイリゼが、更にそれを茜へ渡し、二人で共に突進をする。
「全く…自分の身体まで凍結って、どこぞの死神みたいな事してるんじゃないわよ」
「…………」
「……え?ちょ、ちょっと…アイ…!?」
「なんだよ、集中してーんだから静かにしてくれ」
「あ、危ない状態なんだから突然黙らないでくれない…!?」
せめて少しでも楽になるように、とアイを支えようとしたところでぎょっとした私。絶対わざと黙っていたアイに、私は恨みを込めて睨み…視線を、突進していく二人へ向ける。
氷柱の間を駆け抜けていく二人に対し、フェニセクトは炎を纏ったまま火球を放つ。撃ち込まれた火球は二人に迫り…弾ける。セイツ達の攻撃が、次々と放たれる火球を悉く叩き落とす。
「どういう策かは分からないけど……」
「任せます!イリゼさん!茜さん!」
「露払いはしたわ、決めなさいッ!」
火球が炸裂する。水遁が消し去る。エクスブレイドが両断する。イリゼ達との距離がどんどん詰まる中、フェニセクトは火炎放射に切り替え…それをルナとエリナの電撃が切り裂く。
皆の支援が切り開いた道、その先のフェニセクトへと飛び込む二人。もうフェニセクトは眼前。方法があると言っていたイリゼだけど…まだその素振りは、全く見せない。
(方法って…まさか、強引に突破するつもり……!?)
そんな訳ない、そんな訳がない…けど、絶対ないとまでは言い切れない。イリゼだったらやりかねないと、皆程はイリゼとの付き合いが長くないからこそ、一瞬私は思ってしまう。もしもそうなら、それは策でもなんでもない。無謀でしかない。
だけど、違う。イリゼは茜を名指しし、茜は何かに気付いていた。そして、フェニセクトを包む炎へと二人が触れる……その時。
「いくよ、茜!」
「うん!」
飛び込むような体勢で、イリゼは女神化を解く。続く形で、茜が纏っていた鎧も消える。そして、無防備となった二人の身体を包むのは……純白の、エプロン。
『──え?』
『あ……!』
全く意味の分からない行為に、光景に、一瞬ぽかんとなる。水着の上から纏ったエプロン、それは果てしなく不可解な姿で……だけど次の瞬間、私が見たのは、それ以上に不可解な光景。水着エプロン姿になったイリゼがフェニセクトへ突っ込み──まるで何かに守られているかのように、炎がイリゼへ触れる事なく弾かれる。
「これで……ッ!」
「終わりだよッ!」
そのまま炎を弾いて突っ切ったイリゼは、フェニセクトの下顎を掴み、突貫の勢いを乗せてこじ開ける。そして同じように突っ込んだ、同じように炎を弾いた茜は腕を振り抜き……こじ開けられた口内へ、爆弾を放り込む。
刹那の空白。口内に、フェニセクトの体内に消えていく爆弾。恐らく誰もがその光景に釘付けになり……そして、爆ぜる。フェニセクトが、内側から炸裂し…吹き飛ぶ。
「……っ…結局また、ウチはお膳立て…ッスかね…」
「……!アイ……」
バラバラに、粉微塵になるフェニセクト。それを見やりながら、アイが呟く。いよいよ限界だったのか、安心したからなのかは分からないけど、アイも人の姿に戻り…その身体を、支え直す。
ほぼ同時に、花弁が散るようにして消えていく氷の空間。これも、アイの力が抜けたからなのか、ディールとエストが魔法を解いたからなのかは分からないけども、もし後者ならばそれは当然の事。これ以上魔法を維持すれば、本当にアイがどうなるか分かったものじゃないんだから。
「…や、やった…これで……!」
背後から聞こえる、愛月の声。…そう。間違いなく、フェニセクトは吹き飛んだ。爆炎が包み込む前に、確かにそれを私は見た。そしてイリゼと茜、炎を突っ切りフェニセクトへ引導を渡した二人もまた、炎と氷が混ざり合うような爆裂の内側から……
『あ"あ"あ"あ"ぁ"づぅいぃぃぃぃぃぃッ!!』
『いや燃えてるぅううううぅぅぅぅッ!?』
火だるまになって、現れた。純白だったエプロンは、真っ赤になって燃えていた。
「ちょっ、イリゼー!?茜ー!?」
「さっきまでの炎を弾いていたのはなんだったんですか!?え、耐久限界か何か!?」
「あ、あっちもヤバいけどこっちも大分不味いわよ…!?ディール、エスト、アイを何とか出来る…!?」
「何とか出来るならもうやってるわ…!でも……」
「アイさんの身体の内側には、まだわたし達の魔法が残ってるんです…!だから、下手に炎魔法とかで温めようとすると、一体どんな反応をするか……」
絶叫しながら走り回るイリゼと茜の姿に、ルナとビッキィが慌てふためく。二人も勿論危険な状態。だけどアイも…冷えていく一方のアイの体温も、下降が止まらない。
このままじゃ、三人共ただじゃ済まない。一刻も早く手を打たなきゃいけないのに、魔法ではどうしようもない。消火すればいい。温めればいい。言葉にすれば簡単だけど、私にはどうする事も……
(……いや、まだ手はある…!)
その瞬間、私の頭に浮かんだ一つの方法。上手くいくかどうか…それを考えている時間はない。だから私は…アイを、担ぐ。
「へ…?…ちょっ、何して……」
「身構えて頂戴、アイ。──茜!イリゼ!」
「ちょッ、ぉぉぉぉおおおおッ!!?」
有無を言わさず、私は跳躍。一気に加速し、身体を捻り…バトルスーツのフルパワーで、担いだアイをぶん投げる。
投げ放った先、そこにいるのはイリゼと茜。私の叫びに二人は反応し…飛んできたアイを、飛び付くように受け止める。そのまま二人でアイに抱き着き、三人纏めてごろごろと転がる。
「ひ……ッ!?な、何してんスか二人共…!鬱陶しいから離れ…ふぁ……」
「むりっ!だってすっごくあっついもん!うぅぅ…うぅ……」
「私も無理!アイだって身体があったまるんだから我慢してッ!…うぁ……」
もがくアイを、二人は更に強く抱き締める。その内三人の表情が、少しずつ緩んでいく。…なんか凄く気の抜ける光景だけど…勿論私は、ふざけてやった訳じゃない。
「ほぅ、それぞれ逆の状態のイリゼさん達を密着させる事で、双方の解決を図った訳か…大したものだね」
「そんなコーラから炭酸抜いたような評価をされても…ともかく三人は大人しくしていなさい。後は……」
ズェピアに言葉を返しながら、ある場所を見やる。ついさっきまでは、一面氷に包まれていた空間……その空間の中で、唯一変わっていなかった場所を。そして、そこで孤軍奮闘を続けていた、ワイトのドリフティングスノーリペアを。
*
ここでの戦いは、劇的だった。こちらの攻撃は一切通用しない。飛んでくる攻撃は防御出来ない。訳が分からない事が多い中での理不尽な状況は、勝ち目なんてない…そうとしか思えないようなものだった。
それが今、変わってきている。攻撃を届かせる手段があって、流れは確かに変化してきていて…フェニセクトに対しても、一人一人の力じゃない、女神様だけの強さじゃない…皆の連携の力が、効いていった。疑似台風や島全体へ吹雪を届ける時もそうだったけど、それ以上に直接的な連携を、皆とする事が出来たのも……少しずつ、自分が皆の輪に入れているような気がして、嬉しかった。それに、あの氷の空間は、本当に美しかった。女神様の作り出す、絶対の領域……静かで、けれど荘厳で、神々しいと心から思った。
…後、少し。後少しで、あまりに遠いと思っていた…辿り着く事なんて出来ないと思っていた勝利に、手が届く。夢でも希望的観測でもない現実が…確かにここには、ある。
「すみません、皆様がフェニセクトを足止めしている間に、仕留める事が出来れば良かったのですが……」
「問題ないわ、ワイト。貴方が手を抜いていた訳じゃない事も、倒しても倒しても巨大猪が復活してきてる事も、ちゃんと見えていたもの…!」
完全に氷の空間が消え去った後の、スピーカー越しのワイトの声。それに、レジストハート様が答える。その通り、何度も巨大猪は復活し、何度もワイトは倒していた。仕留める事が出来なかった、とは言うけれど、同時にそれは退く事なくその場に留まり続けてくれていたとも言えると思う。
「セイツの言う通りだ。そして、フェニセクトは討たれた。勿論、その巨大猪の様に完全にやられた状態からでも復活する可能性は考えなければならない、が……」
「少なくとも今は、フェニセクトを排除出来てる。そして、自分達には倒せない巨大猪だけど…足止めする作戦を、今思い付いたわ」
「流石パープルハート様…!その作戦というのは……」
凛々しく自信に満ちた、パープルハート様の声。やっぱりパープルハート様は凄い。その思いに私が胸を打たれる中、パープルハート様は…微笑む。
「えぇ。その巨大猪にも多分自分達の攻撃は通用しない。だけど自分達を無視する訳じゃないだろうし、攻撃を受ければ吹っ飛ぶけど、無理に防御しようとしなければ致命傷にはならない…って事は、セイツやズェピアの例で分かってる。だから……突貫するわよ!大怪我しない程度に!」
『……えぇ…?』
……いや、うん…こ、これも女神様の強さを存分に活かす為の作戦…よね…!状況を分析し、これまでの結果から導き出された、よく考えられた策よね…!…多分……。
「いいわ、行くわよネプテューヌ!」
「よーし、ぴぃも……」
「ちょっ、ストップですピーシェ様!流石にこれはアレですから!ここで行ったら、脳筋認定されますから!」
「…のうりん?」
「農業系学園ラブコメディーの話なんかしてません!」
脳筋、と言い切ったビッキィは、飛ぼうとしたイエローハート様を引き止める。けど、ビッキィ…幾ら何でもそんな正直に……じゃなかった、敬意のない言い方をしなくても…。
と、思っている間にパープルハート様とレジストハート様は飛び立ってしまう。即断即決で突撃していき…ワイトは機体を反転させる。スラスターを吹かして巨大猪の突進を回避すると、絵日記帳へ向けて突っ込んでいく。
その背後へ、すぐさま迫る巨大猪。位置が見えているのか、ドリフティングスノーリペアは躱すように軌道を変えて…次の瞬間、巨大猪を猛追していたパープルハート様達が追い抜く。
「初見じゃ散々追い回されたけど、女神化していれば機動力はわたし達が上よッ!」
「ほぉら、そんなに突進したいなら付き合ってあげるわ!」
それぞれに武器を構えた状態で、パープルハート様達は眼前へ。追い抜いた直後に振り向いている以上、距離なんてない。今の時点でもう、回避は不可能で…だけどそもそも、お二人に避けるつもりなんてない。真正面から受けるつもりだと、パープルハート様達の動きを見れば分かる。そして次の瞬間、巨大猪の突進がお二人に直撃……
『……あれっ?』
……しなかった。ギリギリのギリギリ、お二人を掠めるように巨大猪はカーブし、ドリフティングスノーリペアを追い掛ける。パープルハート様も、レジストハート様も…放置される。ぽつーんと。ぽっつーん、と。
「…巨大猪は、驚異度を判別してるみたいね」
『そんな冷静に分析しないで!?』
イヴの呟きにお二人がショックを受ける中、どんどんドリフティングスノーリペアと巨大猪の距離は詰まっていく。接近に対し、もう一度反転して巨大猪と機体を正対させたワイトは、ライフルでの射撃を撃ち込んで…けどそれは、数発で止まる。
「……ッ…ビッキィさん!すまないが、マガジンの交換を頼みたい!」
「あ、了解です!」
弾切れを起こしたライフルを手離し、腰の部分に装着されていたマガジンも落として、代わりに頭部の武装で撃つ。ただ、それも牽制みたいで、すぐに小刻みな動きで突進を凌ぐ動きに移る。
要請を受けて、ビッキィは走る。なら、私は?…私だって、ただ見ている訳にはいかない…!
(もし本当に脅威度を判断してるなら、マガジン交換をするビッキィに狙いを変えてくる可能性もある…だとしたら、必要なのは……)
「…エリナさん?一体何を……」
「注意の拡散、か。効果の程は分からないが…試す価値はあるな」
突進から次の突進までの一瞬を突く形で、魔法を撃ち込む。威力より範囲を、強さより見た目の派手さを優先して、連続で放つ。その狙いは、影が分析した通り。そして、言葉と共に影は射撃で、首を傾げていたルナも魔法で続いてくれる。
更に、イヴとズェピアも続く。正直、さっきの電撃でもうガス欠になりそうな位消耗して、今も大して回復していないから、皆が続いてくれた助かった。さっきのパープルハート様へ即応じていたレジストハート様もそうだけど…この連携力が、やっぱり皆の強みだと思う。
「びっきぃ、ぴぃもやれることある?」
「それならピーシェ様はライフルを持ち上げて下さい!そこにわたしが嵌め込んで……あ。…あ!」
「……?」
隙を見て視線を向けてみれば、ビッキィとイエローハート様は正にマガジン交換を行うところ。その最中、落とした時にどこが破損していたのか、マガジンから弾が一発落ちて…それを見たビッキィは、大きな声を上げる。更にその直後、叫ぶ。
「──ワイトさん!そのまま絵日記帳へ仕掛けて下さい!巨大猪は…わたしが止めますッ!」
「何を…?…いや……」
ビッキィの、突然の言葉。それに一度は困惑の声を出すワイトだったけど、それを信じるという事なのか、また絵日記帳へ向かっていく。当然巨大猪は、そこへ迫る。
まさか、ビッキィも身体を張って足止めを?一瞬そう思いはしたけど、幾ら何でもそれはない筈。だとしたら、どうするのか。私達の攻撃は何も通用しない、それこそ目眩しや注意を引く位の事しか出来ないのに、どうするつもりなのか。それを考えている間にも巨大猪は加速し、今にもぶつかりそうな距離にまで迫った…その時だった。爆ぜるような音と共に、何かが高速で駆け抜け、巨大猪に直撃したのは。
「よしッ!これならッ!」
「これ、けってもいーの?それなら……」
反射的に振り向く私。その私が目にしたのは、脚を振り抜いた格好のビッキィと、マガジンから弾丸を引っ張り出すイエローハート様の姿。そして、イエローハート様は弾丸を放り投げ…後ろ蹴り。後部に衝撃を受けた弾丸はさっきと同じ音を鳴らし、凄まじい勢いで飛ぶ。死角から攻撃を受けてよろけた巨大猪を、その弾丸が…二発目が叩く。
「け、蹴ってる…?弾丸を、蹴って
「あはっ、その発想はなかったわね。折角だし、わたし達も行く?わたしとディーちゃん、イリスちゃんに愛月で、丁度六人だし。まあ、あれはピストルじゃなくてライフルだけど」
「イリス、やってみたい。頑張る」
「ちょっ、イリスちゃん!?」
「あわわ、イリスちゃんが本気にしちゃった…!?」
「うっそぉ…待った待ったイリスちゃん!冗談だから!後、わたしもディーちゃんもかなり消耗してて、あそこまで強く蹴れる気がしないから!」
後方の、どこか気の抜けるようなやり取り。そのやり取りが行われる中でも、ビッキィとイエローハート様は次から次へと弾丸を蹴り飛ばしていく。二人の蹴り放つタイミングは絶妙で、本来の射撃の様な連射力はないけれど、着実に巨大猪をその場に食い止めて……いや、違う。ただ止めているんじゃなくて、どんどんダメージを与え、弱らせている。
「次行きますよ、ピーシェ様!」
「んっと、つぎはあそこかな。じゃあ……」
『せーのッ!』
がくり、と巨大猪が大きくよろけた瞬間、ビッキィが更に一発の弾丸を放る。そして、跳んだ二人は左右から同時に脚を振り抜き、弾丸を蹴り抜く。二人の蹴撃の力が乗った弾丸は、凄まじい速度で空を切り……巨大猪の胴を貫く。
横転する巨大猪。痙攣する巨体。そこからの追撃は、ない。今なら一気に仕留めるチャンスなのに、と一度は思ったけども、すぐに気付く。これはチャンスを無駄にしてるんじゃなくて、わざと追撃しないんだと。倒しても復活してくるからこそ、わざと弱らせた状態で止めているんだと。
「ありがとうございます、皆さん…!今度こそ、これで…決める……ッ!」
そして遂に、ドリフティングスノーが絵日記帳へ肉薄。飛んでくる物は、どれも装甲に弾かれて散る。もう邪魔をする巨大猪はいない。私も皆も固唾を飲んで見つめる中、ドリフティングスノーリペアはショットガンを構え……発射。拡散しながら飛ぶ弾丸が絵日記帳を捉えて、その表紙やページをズタズタにする。
『……──っ!』
着弾の寸前、また空間は変化しそうになっていた。だけど僅かに、本当に僅かにワイトの方が早かった。これまで何度仕掛けても、届かなかった絵日記帳が…今度こそ本当に、撃ち抜かれた。
息を呑む。遂にやったんだって、届いたんだって、鳥肌が立つ。撃った位置で止まる事なく駆け抜けたドリフティングスノーの背後で、絵日記帳は崩れ始める。少しずつ、撃ち抜かれた場所から紙切れとなって消えていき……
(……え?)
その、次の瞬間だった。視界の端で、この空間の一部も崩れたのは。崩れたというか、無くなったというか、そこが何も無いナニカになって……直後、まるでゲームが壊れたような音が響き渡る。
『……ッ!!?』
耳をつんざくような轟音。自然に発生する訳がない、異常な激音。その音に思わず耳を塞ぐ中、更に複数の箇所が消失する。壊れる。割れる。そして…不意に、音が消失する。今度は全ての音が消え、静寂が包む。
「一体、何が……」
「分からないわ…けど、これはまるで外の亀裂…ううん、多分それ以上の……」
無意識の内に零れた声に応えてくれたのはイヴ。思えば確かに、亀裂も空間そのものが壊れたような光景だった。…でも、まだそれは何となく、見て理解する事が出来た。だけどこれは、今は違う。分からない。ただただ、ナニカとしか言えないような、見つめると頭が働かなくなるような、そもそも何をしているノカもワかラナクナル……
「……ッ…!…まさか……」
聞こえた影の声にはっとする。その影が見ているのは、今も崩れつつある絵日記帳で…その絵日記帳から紙切れになった末端が消える度に、空間も消えている。だとしたら、もしかしたら、これは……。
「…えっ?わっ、わわわわっ!?」
「ルナ!?くッ……!」
突如聞こえたルナの悲鳴。驚き振り向けは、ルナがバランスを崩して転落する。元々ここに、はっきり見える足場はなかった。だけど確かに踏む事が、立つ事も歩く事も出来るようにはなっていて…なのにそれが、消えていた。間一髪、レジストハート様が間に合い助けていたけども…異常は、それだけじゃない。
草原だった空間が消えてなくなる。代わりに大きな家のような物が現れ…だと思ったらすぐに消えて、今度はステージが、洞穴の様な場所が、砂浜が現れて、どれも消えて現れてを繰り返す。この空間に辿り着く前にもあった現象のようなものが起きて…その内に、混ざり合う。ごちゃごちゃに、ぐちゃぐちゃになって、その状態で広がっていく。広がりながらも、形容出来ない消失も続く。
壊れる。壊れていく。…そうとしか、言いようがなかった。誰もがそれに圧倒されて…動けなかった。
「……間違って、いたの…?もし、絵日記帳が破壊しちゃいけないものだったとしたら…ここで、終わりなの……?」
弱音を吐いている場合じゃない…なんて事は、頭では分かっている。分かっていたけど、気付けば私はそう言っていた。絵日記帳の破壊が鍵だと思っていたから、後一歩だと思っていたからこそ、それが根本から覆った現実が、私の心に絶望となって押し寄せる。今目の前で起きている異常が、力や強さではどうしようもない、この空間の…次元の崩壊そのものだって、本能的に理解してしまう。
足が震える。身体に力が入らなくなる。戦いに身を置いている以上、危険とは隣り合わせだって分かっていた筈なのに、あまりにも大き過ぎる、絶対的な『終わり』が迫る中では、私の抱いていた覚悟なんて無意味だと思い知らされる。あまりにも、あまりにも、結局はただの人でしかない私なんて、小さく矮小で……
「──まだ、終わりじゃないわ!」
そんな時、だった。その瞬間だった。パープルハート様の声が、響いたのは。
「まだ終わりなんかじゃないわ、エリナちゃん。確かに、どうしようもないような状況よ。自分だって、どうにかする方法なんて欠片も思い付かないわ。だけど、違う。人間が、力ある人が終わるのは、どうしようもない時じゃない。本当に終わるのは、諦めた時……未来を描く事が出来なくなった時よ!」
「…パープル、ハート様……」
「だからまだ、自分は終わっていない。まだ、自分は諦めていないもの。まだ未来を描けるもの。エリナちゃんはどう?皆はどう?もしまだ、ほんの少しでも、心に勇気があるのなら、諦めない思いがあるのなら……」
心に届く、パープルハート様の声。響き渡る、パープルハート様の思い。パープルハート様自身、具体案がある訳ではないと言っていた。ただ諦めていないだけ…そう言われたら、きっと認めるしかないのだろうと、私にも分かる。……だけど…それなのに、パープルハート様の声は、思いは、私の心を包んでくれる。絶望という闇を光で照らしてくれるように、強く強く響いていて…もう一つの、声が上がる。
「……クク、ハハハハハハ!嗚呼、そうか、そういう事か!漸く分かった、漸く得心がいった!」
「えっ…ずぇ、ズェピアさん……?」
「いや、驚かせてしまって申し訳ないネプテューヌ君。…だが、その通りだ。我々が行うべきは、諦める事でも…そして、刻まれた過去を否定する事でもない。過去に囚われ、歩む事を恐れる者に示すべきは──進みたいと、思える未来。そうだろう?諸君」
いきなりの笑い声にぎょっとする中、ズェピアが私達に問い掛けてくる。微妙に具体的じゃない、含みのある言い方。けど…分かる。絵日記帳。繰り返される内容。夏休み。そして、描きたい未来。だとすれば…可能性は、まだ残っている。まだ…終わりじゃないのかもしれない。
「…でも、絵日記帳ってまだ大丈夫なの…?もう、ボロボロなんじゃ……」
「いいや、大丈夫だ愛月君。流石にただの絵日記帳じゃないからか、まだ大部分は残っている。まだ…書く余裕は、ある筈だ」
「……?…あ…イリス、分かった。つまり、絵日記帳に書けばいい。…でも、それはいい事?日記は、その日にあった事を書くもの。やっていない事を書くのは、嘘ではない?」
「いいのよイリスちゃん!わたしとディーちゃんが許してあげるわ!」
「えっと…書いた事を、今度ちゃんとやればいいんだよ。そうしたら、ちょっと先に書いただけで、嘘にはならないでしょ?」
「おお…エストとディールが言うなら、安心。イリス、やる」
言うが早いか、イリスが走る。さっきのやり取りで前に出ていたのが功を奏して、すぐにイリスは絵日記の近くまでくる。その最中、イリスが走っていた場所も崩れ始めて、頭から転んでいたけど、すぐに立ち上がってまた走る。絵日記帳の前に、イリスは辿り着く。
「…うん?でも…待ってイリス、貴女どうやって絵日記帳に書くつもり?書くものがなくちゃ何も……」
「ペン、出てきた。書こうと思ったら、出た」
「そ、そう。よく分からないけど、それなら良かっ──イリスッ!」
理由は謎だけど、書く事に支障はない。私は問い、答えを受け…それが判明した直後、イリスの周囲に多数の物体が現れる。空間同様、現れてすぐに幾つかは消失したけど、消えなかったものはそのままイリスへ襲い掛かる。その時イリスはもう絵日記帳へ書き始めていて、明らかに攻撃には気付いていなくて……だけど当たる寸前に、飛び込んだドリフティングスノーリペアが防御。攻撃を全て装甲で受け止め…機体が、ぐらつく。
「ぐッ、これは……!」
「衝撃が入った…?まさか、これまでと性質が変わっているの……?」
「そのようです、ネプテューヌ様…こうなると、後何発受け止められるか……」
イリスが無事だった事に安堵する間もなく、すぐにまた多数の物体が出現。再びワイトが機体で受け止めている間も、次々と物体が出現する。ぐらつき、バランスが崩れ、イリスへの守りに隙が生まれ……次の瞬間、飛来する前の物体が複数の光線に横から撃たれて落下する。
「…性質が変わっているなら、こちらの攻撃も通用しない、という状態も変化している可能性があると思って撃ったが…どうやらビンゴだったようだな」
「影さん…!だったら、わたしも!」
「ぴぃも!」
光線に続いて、黒い飛翔体がそれぞれ別の飛び方をしながら周囲の物体を撃っていく。その攻撃が示した事実を前に、ビッキィとイエローハート様が、パープルハート様達も、皆もワイトの加勢に向かっていく。
勿論、私もそう。走りながら、攻撃の手は足りている…というより、一ヶ所に集まっての攻撃が重なり過ぎるとお互いの邪魔になる気がしたから、魔法で障壁を張り、迎撃ではなく防御で守る事を選ぶ。
「今度こそ、今度こそ最後のもう一踏ん張りだよ!頑張って、フロスト!ファング!ハートフル!」
「私達も頑張ろう、
『Yes,master。……ですが今の流れだと、私もボールから出てきて戦う感じに聞こえるので、今後は流れも意識して頂けると嬉しいです』
「……使うなら、今ね。皆、シェアリングフィールドを展開するわ!」
落としても落としても、防いでも防いでも叩き込まれる攻撃の乱打を、全員で凌ぐ。皆消耗している中で、それでも力を合わせて踏み留まる。
その中で、イヴの声が響く。次の瞬間、周囲の空間が塗り替わる。シェアリングフィールド…初めて聞く言葉だけど、女神様達の動きが良くなった事で、それがどういうものなのか、何となく私は理解する。
「でも、どうしてこんなにも攻撃が…貴方の見立てならむしろ、攻撃なんてこない筈じゃないかしら…ッ!」
「いいやエリナ君、たとえ希望を示されたとしても、未来へ歩むのは怖いもの。だからこその、防衛反応…いや、拒絶反応とでも言うべきだろう。だが……」
「…不思議。絵日記帳、ぼんやり光ってる。書く度に、ちょっとずつ光る」
絵日記帳が、光を発している。それがどういう事なのかは分からないけど、変化である事は間違いない。そしてそれは、期待を抱かせてくれるもので……けれどイリスの言葉には、続きがあった。
「……困った。イリス、ここで会った事を、ロムとラム達に話す事書いた。他にも書いた。だけどもう、思い付かない。書きたい事、ない」
その言葉で、私は根本的な問題…何を書くかという点が、漠然としていた事を思い出す。書かなくちゃいけないのは、これからの事。未来の事。それは、ちゃんと覚えていればただそれを記入すればいいだけの過去の事よりずっと難しくて……
「──なら、私のやりたい事も書いてくれるかな?私はまた、皆を信次元に呼びたい。また皆と、私の国で色んな事をしたい…ってね」
そんな中、二つの斬撃と、蹴撃が浮かぶ物体を吹き飛ばす。私の前に、三人が…再び女神の姿となったオリジンハート様とローズハート様、それに茜が降り立つ。
「……!イリゼ!アイ!茜!もう大丈夫なの!?」
「まだすっげぇ寒ぃ!」
『まだすっごく熱い!』
「そ、そうなのね…だけどイリゼの案にはわたしも賛成よ。わたしも皆と神生オデッセフィアで過ごしたいって、それからエリナとデートもしたいって書いてくれるかしら?」
「分かった。イリゼとセイツのしたい事も、書く。皆も、したい事ある?イリス、それも聞きたい。イリス、皆のやりたい事…一緒に、書きたい」
一人で思い付かないなら、一人じゃ限界なら、皆のやりたい事を書けばいい。皆の描きたい未来で、絵日記帳を埋めていけばいい。それに、イリスの書きたいという思いに、皆が応じる。それぞれの未来を、言葉にする。
「ウチは…アレだな。今回も色々苦労してんだ、終わったところでぱーっと祝勝会でもやりたいわな…ッ!」
「せーちゃんはデートかぁ…んふふー、私もデートしたいな!勿論えー君と砂浜デート!」
「…まあ、いいんじゃないか?だが俺は、涼しいところでのんびりしたいものだ。ただゆっくりと、時の流れを感じるのも悪くない」
「あ、わたしも涼しいところで過ごしたいです。…でも…錬金術も、本当にちょっと研究してみたい…かな」
「錬金術もそうだけど、やっぱり思いっきり遊びたくない?遊ぶついでに、誰かと手合わせもしたいしねッ!」
やりたい事は、人それぞれ。具体的にやりたい事がある人もいれば、何となくの人もいる。それは、当然の事。やりたいって思いに、その形に、こうでなきゃ駄目…なんて決まりはないんだから。
「んっと、んっと…ぴぃもあそびたい!ゲームして、おかしたべて…そとでもあそびたい!」
「わたしは、ここでは食べられないようなものを食べたいですね。出来れば、バイキングとかで!」
「はは、であれば私は皆に紅茶を淹れたいかな。それぞれの好みに合わせた一杯を用意出来れば理想的だね」
「自分もゲームをしたいわね。心ゆくまで、眠くなるまでゲームをする…ふふ、想像するだけで楽しみになるわ」
大きな事、壮大な事ばかりじゃない。むしろ皆が語るのは、ちょっとした事。些細な願い、些細な望み…でも、分かる。そういう何気ない事が、その日一日の活力になったり、明日への期待にもなるって、私は知っている。
「やりたい事…うん、やっぱりグレイブへの自慢話かなぁ。へっへっへ、絶対聞いたら悔しがるような事が色々あったもんなー」
「私はゆっくり休みたいなぁ。ゆっくり休んだ後に、皆とお喋り出来たら嬉しいかも」
「取り敢えず、私は軍に連絡をしたい…というよりしなくてはいけませんね。そのついでに、ここでの事を女神様達に話すというのも、悪くないかもしれないな」
「やっぱり私は…スーツの改良をしたいわね。また、色々とアイデアが浮かんでいるところだし」
話す事のトーンもまた、人それぞれ。だとしても、皆明るい。語る言葉に、心に、明るさが…楽しみだって思いが、込められている。その思いがきっと…進みたいという、気持ちに繋がる。
後少し。きっと、後一押し。皆それぞれのやりたい事を語って、イリスは書いた。残るは…私一人。
「エリナも、ある?」
「私は……」
ここまで来て、私だけ言わない…なんてつもりはない。だから私も、言おうとして……だけどその前に、その直前に聞こえてきたのは、イリスの呻き声。
「な……ッ!?」
反射的に振り向く。そんな馬鹿なと振り向いて…私は、私が張っていた防御の内側にも、物体が現れていた事に気付く。
蹲るイリス。再び現れる複数の物体。あまりに距離が近過ぎる。咄嗟に防御から剣で叩き落とそうとしたけど、間に合わない。私が刃を向けた時点で、もう物体はイリスに……
『──させないッ!』
その瞬間煌めいた、二つの刃。パープルハート様とオリジンハート様…より強い力を感じる姿に変わったお二人が、物体を一瞬で両断する。続けてオリジンハート様が、イリスを保護し……パープルハート様が、言う。
「エリナちゃん、貴女は自分が守るわ。だから……書いて頂戴!貴女の、やりたい事を!貴女の、描きたい未来を!」
「……っ!」
依然としてすぐ側に現れる物体を悉く捌きながら、パープルハート様が告げる。最後の一人の思いは、私の未来は、私自身で書くのだと。
確かに、今のイリスに書かせる訳にはいかない。皆も迎撃で手一杯で、私の事であれば、私自身が書くのが一番いいっていうのは当たり前の事。だから、私はイリスが落としたペンを拾う。イリスの代わりに、絵日記帳の前に立つ。
「…凄い光…これなら、きっと……」
皆の思いを書き込んだ絵日記帳は、今や強く輝いていた。きっと、皆の望む未来が輝きになっていた。そして、偶然か必然かは分からないけど、開いているのは最後のページ。最後の一枚。
きっと、これで終わる。私が書けば、私の思いも届けば…未来は、開く。私の望みで、私次第で、皆の未来も……
(…終わらせて、しまうかもしれない…?もしも、私の望みが、皆の様に届かなかったら…その時は、全部…全部……)
輝く絵日記帳。けれどもう、今にも完全に崩れそうな程、ズタズタになっている。これじゃ、書き直す時間はない。書き直せるのかどうかも分からない。もし、書いても駄目だったら…皆の繋いでくれた可能性が、失われてしまう。
思い付いていた事はある。でも、それで本当に良いのか。それが届いてくれるのか。…そう思ってしまったから、不安になる。不安で、不安で、堪らなくなって……だけど。
「──ぁ」
呼ばれた訳じゃない。でも、吸い寄せられるように私は顔を上げた。顔を上げて…私は見た。皆の背中を。戦う姿を。
誰も、パープルハート様の言葉に異を唱えなかった。私へ託すという選択を、全員が肯定していた。それは何故か。勿論それは、パープルハート様を信じているから。けど、それだけじゃない。皆…私の事も、信じてくれている。ここで初めて出会った私を、まだ皆との積み重ねの少ない私を…皆は仲間として、受け入れてくれている。
ここにいるのは、皆凄い人達。力であったり、在り方であったり、それぞれではあるけど、皆凄くて……その上で、皆が皆を信じていた。だから、皆には繋がりの力があった。そんな皆が、私を信じてくれている。そこにある輪に、私も入れてくれている。だから、だから、私は……
──私もパープルハート様と、皆と、未来を描きたい…!もっともっと……皆と思い出を、作りたい!
「お願い…届いて……ッ!」
思いのままに、心のままに……願いのままに、私は書いた。書ききった。その瞬間、絵日記帳には一層の輝きが、光が灯った。強い光に包まれて、その光は溢れ出した。そして、未来を描く思いが生み出した光が──全てを包み込む。
今回のパロディ解説
・「〜〜どこぞの死神〜〜」
BLEACHに登場するキャラの一人、朽木ルキアの事。ディールとエスト、それに人の姿のアイとは、スタイル的な意味で共通点がありますね。後、どちらも『神』ですし。
・「ほぅ〜〜大したものだね」、「そんなコーラから炭酸抜いた〜〜」
グラップラー刃牙に登場する、とあるモブキャラの一人の名台詞の事。ズェピアはこれまでの描写的に解説役もしっくりくるので、こういう台詞も違和感なくやれる気がします。
・「…のうりん?」、「農業系学園ラブコメディー」
のうりんの事。脳筋とのうりん、って言葉として凄く似てますよね。勿論作中ではボケとして扱っていますが、実際戦闘中とかなら聞き間違えてもおかしくないかと思います。
・「〜〜六人だし。まあ、あれはピストル〜〜」
ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風に登場する