超次元ゲイムネプテューヌ Origins Transition 作:シモツキ
次元の扉が開いていた事。その向こう側で、何か起きているらしい事。そこにイリゼ達がいる事。そして…エリナがその扉を潜っていた事。それ等全てを、俺は聞いた。信次元のイストワールが、俺の生きる次元のイストワールとコンタクトを取り、教えてくれた。俺がそれを知ったのは、エリナが行方不明になったんじゃないか、という話を聞いた少し後だった。
事情を聞いた俺は、信次元のイストワールと話し、そっちへ向かう事を決めた。エリナはしっかりしてるし、イリゼ達と合流出来ているなら大丈夫だとは思ったが、それでも皆の力になれる事があればと、信次元への扉を開いてもらった。
そうして俺はまた、信次元へと訪れた。思ってもみなかった形で、再び信次元の大地を踏んだ。
「よ、っと。悪いな、パーツは全て集めさせてもらったぜ?」
「マジか…けど、逆転こそがゲームだからな。まだまだこれからだ」
「その台詞、なんか単語が一つ抜けてないか…?」
広いフィールドでマシンを走らせ、動き回る。軽く笑いながら声を掛ければ、やる気に満ちた言葉が返ってくる。
だがここは、レース会場でも何かの大会の開催地でもなく、神生オデッセフィアの教会内。ここで俺は、ゲームをしていた。俺と同じく、状況を把握し信次元にやってきたグレイブとゲームで勝負していた。
「ふー…しかし、アレだな。仕方ないとはいえ、来てからずっとゲームしてるな……」
「だなー。けど、ほんとに仕方なくないか?今は次元を封鎖してるとかで、本当にやれる事なんてないし、急に何か起こるかもしれないから下手に出掛ける訳にもいかないしさ」
何度かこのゲームでの勝負をしたところで、俺は言う。俺の発言に対して、グレイブは軽い調子で答える。
今グレイブが言った通り、イリゼ達がいる次元は現在封鎖中で、こっちからやれる事はないという。ただ…そういう事情を抜きにしても、俺に何か出来る事があったかというと、正直かなり怪しい。我ながら、見切り発車で来てしまった感は否めない。
けど、今やれる事がないからって、この後もずっと何の役にも立たないとは限らない。そしてどんな事であろうと、力になれるのなら力になりたい。……そう、思っていた時。
「……うん?」
ふと感じた視線。グレイブからのものか?と初めは思ったが、何か違う気がする。けど、このリビングには俺とグレイブ以外にはいないし、窓の外に誰かいる…とかでもない。…と、いう事は……
「……あ」
「ぴぁっ!?」
「へ?」
振り向いた俺が見たのは、廊下への扉。よく見ればここに来た際ちゃんと閉めていた筈の扉は、いつの間にか少し開いていて……その隙間から、誰かが覗いていた。それに俺が気付いた瞬間、多分その覗いていた誰かが変な声を上げ、上がった声でグレイブも気付く。
「えぇ、と…どちら様ですか?」
「ふぁいっ!」
「ファイ?」
流石に困惑しながら問い掛けると、また変な声が返ってくる。それを聞いて、グレイブが名前なのかと勘違いする。…これ、不審者なんじゃないか?怪しいかどうかはともかくとして、反応は明らかに不審じゃないか?…と、若干警戒し始めた俺だが……次の瞬間、ゆっくりと扉が開く。謎の反応をしていた誰かが、恐る恐るといった具合に部屋の中へ入ってくる。そして、入ってきた人物の姿に、俺とグレイブは……仰天した。
『い…イリゼ!?』
白に近い黄色の髪に、碧色の瞳。姿を現したその女性は……間違いなく、イリゼ。だがイリゼは今、皆と共に別次元にいる筈で…俺は混乱する。
「こ、ここ、こっ…こんにちは…っ!」
「あ、こんにちは…って、いやいや…いやいやいや……」
「…イリゼ、だよな…?…あ…もしかして、別次元の……」
滅茶苦茶びくびくしながら挨拶するイリゼ(?)に、グレイブも困惑状態。そんな中、俺は目の前にいるイリゼらしき人物が、信次元とは別の次元のイリゼなのでは?…と思ったが、イリゼっぽい女性は首を横にぶんぶんと振る。それから、言う。
「ち、違い…ますっ。わ、私、は…オリゼ、です…!」
『オリゼ?』
「……あっ、そ、それも違くて…あぁいや、違わなくて…え、え、えと…えとえと…ふぇ……」
『えぇ……!?』
自分はオリゼだ、と名乗った女性…かと思いきや、それも違う、いや違っていないと主張が二転三転する。そして女性は更にわたわたとし…遂には泣きそうになってしまう。
まさかの展開で、流石に俺もグレイブも付いていけない。…が、かといって泣きそうなオリゼ?…を放置する事も出来ない。だから二人で何とか宥め、落ち着かせ……少しずつ聞いた情報を、整理する。
「えーっと、つまり…まずオリゼっていうのは、ニックネームっていうか、俺達の知ってるイリゼと区別する為の名前で……」
「オリゼは複製体じゃない原初の女神…イリゼやセイツ、それにイストワールを創り出した存在。だから本来は過去の人間…じゃない、女神だけど、この時代に復活?…出来るよう準備をしてて、それに必要な要素をイリゼ達が揃えた事で、少し前から今の信次元にいる…って事か?」
「そ、そう、です…!こ、こんなに早く、理解出来る…だなんて…カイトさん、も…グレイブさん、も…と、とっても優秀、です……っ!」
こくこくと、イリゼ改めオリゼは頷く。それから俺達へ、キラキラとした目を向ける。まさかこんな形で優秀だなんて言われるとは全く思っておらず、俺ははは…と苦笑する。
因みに、オリゼが現代に現れたのは二度目らしい。一度目については、詳しくは知らないが、前に信次元に来た時イリゼが話してくれたような気もするし、その中でオリゼの名前も出た気がする。更にいうと、復活…というのも分かり易い表現で言うならであって、厳密には違うというか、もっと色々複雑なんだとか。…と、いうか……。
「俺達、名乗ったっけ?」
「あ…お、お二人の事、は…ほ、他の皆さんの事と、一緒に…イリゼ達、から…聞いて、いたんです」
「へぇー、そうだったのか。じゃあ、オリゼは何してたんだ?」
「お、おもてなし…ですっ。こ、こうして来てくれた、お二人…に、おもてなし、を…しようと、思ってて……あのっ、な、何かしてほしい事…あり、ますか…?」
俺も気になっていた事をグレイブが訊く。おもてなしを考えていたのだと、オリゼは答える。ただ、具体的な事は考えなかったらしく、内容についてはこっちに丸投げ。
「してほしい事かぁ…いきなり言われても思い付かないんだよなぁ。カイトは何かあるか?」
「俺も正直、急には……あ」
思い付かない。グレイブ同様に、俺もそう言おうとした。浮かばないのもそうだし、オリゼはなんというか幼い感じがあって、おもてなしをさせる事への抵抗もちょっとあった……が、言い切る前に一つ思い付く。やってもらいたいではなく、やりたい事なら…ある。
「…なあ、オリゼ。それじゃあ…俺と手合わせ、してくれないか?」
「うぇ…?て、手合わせ…です、か…?」
「ああ。イリゼとセイツにも、手合わせをしてもらった事があるんだ。オリゼがイリゼ達の親みたいなものだってなら…勿論、強いんだろ?」
自分の中で期待が広がるのを感じながら、俺は頼む。オリゼが戦う姿なんて見た事ないが、きっと弱い筈がない。そう思って、俺は頼み……けれどオリゼは、首を横に振った。
「ご、ごめん…なさい。本当、に…申し訳ない、ですけど…そ、そういう、怪我をさせてしまう…かも、しれないのは……」
「大丈夫だ。怪我をしてもそんなのは俺のせいだし、それだってきっと一つの経験になる。だから……」
「駄目、です。だ、だとしても…め、女神が、人を傷付ける…なんて…あってはいけない、事…なん、です」
それは駄目だと言い切るオリゼ。話し方は変わらない…が、これまでとは段違いの強い意思を、今のオリゼからは感じる。
こうも断られてしまうと、俺としては無理強い出来ない。でも正直、凄く残念でもあって……そんな中、今度はグレイブが口を開いた。
「…じゃ、こんなのはどうだ?制限時間を決めて、その間オリゼは防御と回避に徹する。そのオリゼに一撃与えられたらカイトの勝ちで、時間一杯まで持ち堪えられたらオリゼの勝ち…これならカイトに怪我させちまう事なんてないだろ?」
「ああ、それなら…けど出来れば、普通の手合わせがしたいんだよな……」
「いやいや、考えてみろってカイト。守りに徹してる女神の防御を突き崩す…これって、普通の手合わせとは別の意味で凄ぇ難しい勝負になると思うぜ?」
提案されたのは勝負内容の変更。それを受けた俺は少し考え…首肯。確かにグレイブの言う通り、これはこれで良い経験になりそうな気がする。そしてオリゼの方も、暫く黙り込んだ末…今度はオリゼも頷いてくれる。
そうと決まれば、早速行動。俺はオリゼやグレイブと共に、教会の敷地内にある裏庭…みたいな場所に移り、そこでオリゼと向かい合う。
「それじゃあグレイブ、時間の方任せた」
「あいよー。二人の勝負をじっくりと見させてもらうぜ?」
「応。オリゼも、宜しく頼む」
「は、はい。ど、どこからでも…掛かって、来て…下さい」
大剣を構えながら言えば、オリゼもバスタードソードを握る。俺が動き出した瞬間から、勝負はスタート。普段なら、相手の出方も気にしなきゃいけないところだが…今回はルール上、それを気にする必要はない。
「なあ、オリゼ。俺はイリゼにもセイツにも、女神の姿で戦ってもらったんだ。だからオリゼも、女神の姿で…本気で戦ってくれないか?」
「あ…そ、その、すみません。わ、私…今は、女神化する事が、出来なくて…。うぅ…ご、ごめんなさい……」
「っと、そうなのか。えーと、それなら仕方ないし、気にしないでくれ」
しゅんとするオリゼへ、すぐにフォロー。女神の姿のオリゼと戦えないのは残念だが、無理な事に拘ったって仕方ない。だから俺は気持ちを切り替え、小さく息を吐く。
ぱっと見、オリゼから強烈な気配、威圧感の様なものは感じない。隙がない構え方でもない…どころか、そもそもまず構えてもいない。けどそれは何か狙いがあるのだろうと考え…大剣の柄を強く握ると共に、俺は地面を蹴る。
「いくぞ、オリゼッ!」
一気に突っ込み距離を詰める。大剣を振り上げ、真正面から上段斬り。避けるか、防ぐか。避けるなら、どう避けるか。さっき会ったばかりのオリゼの力を、まだ俺は全く知らない。だからこそ、最初の一撃は小細工無しの、俺の力を真っ直ぐぶつける一発を選んだ。
振り抜いた大剣。斬撃が触れる直前、オリゼが選んだのは回避。それも、ただ避けたんじゃない。本当に紙一重の、無駄な動きなんて1mmもないんじゃないかと思う程の僅かな動きで、オリゼは俺の初撃を凌ぐ。
「やるな、なら次は──」
振り上げ、峰での打撃を打ち込む。そこから連続攻撃に繋げる。そう、俺は考えていた。だが…大剣が、動かない。持ち上がらない。
一体どういう事なのか。地面に食い込み過ぎたのか。一瞬俺は、そう思った。けど、違う。大剣が持ち上がらない事で、反射的に俺は視線を落とし…そうして、気付いた。オリゼが、大剣の峰を踏み付けている事に。
「……!…はは、凄ぇな……!」
しっかりと地面を踏み締め、思い切り振り上げる。その瞬間オリゼは足を離し、軽いステップで後ろに下がる。
直接見るまで、俺は大剣を踏まれている事に気が付かなかった。まるでオリゼの体勢が崩れていなかった事と、多分オリゼの視線で…プレッシャーとも違う、気配とでも言うべき見えない力に意識を引き付けられて、気付く事が出来なかった。…もう、この時点で分かる。オリゼの強さが、その実力の深さが。
「か、カイトさん…も、凄い…です。い、今の攻撃は…きっと、並のモンスターなら、余裕で一刀両断…していた、筈…です」
「だといいな。ふ……ッ!」
再び距離を詰め、今度は横薙ぎ。それもオリゼは難なく躱す。さっきのに比べれば(それでも無駄なんて全然ないが)普通の回避で、そこへ俺は追撃していく。袈裟懸け、斬り上げ、刺突に脚を狙った斬撃と、次々仕掛ける。その全てを、オリゼはひらりひらりと躱してしまう。…そういや、勝負が始まるまではおどおどしてたのに、始まった瞬間からすっとそういう雰囲気が消えたっていうか、今は落ち着き払ってるな…。
「まだまだ…ッ!」
「はい…!ま、まだまだ…見せて、下さい…!」
跳び上がり、再びの上段斬りを叩き付ける。バックステップで避けたオリゼを見据え、フルスイングの回転斬りへと動きを繋げる。やっぱりそれもオリゼは避けるが…そこで俺は、点火。大剣の刃から炎を噴出、リーチを大きく伸ばす事で、オリゼが避けた先を捉える。そして遂に、漸くオリゼは俺の攻撃を剣で受ける。
「でぇい!」
「……!」
そのまま振り抜き、オリゼを防御状態のまま跳ね飛ばす。しっかり防いでいたオリゼは着地も難なくこなしていて、当然ダメージなんてない…が、だとしてもこれは一歩前進だ。これまでは全て回避で済ませていたオリゼに、バスタードソードでの防御をさせられたんだから。
(このまま攻める、攻め立てる…ッ!)
大剣から左手を離し、着地したオリゼへ向ける。火球を撃ち込みながら、再びオリゼへと突っ込んでいく。
オリゼは逃げない。火球を全てその場で斬り払い、俺の接近を待っている。そして俺の突進からの刺突を、俺を跳び越える形の跳躍で躱す。だったら、と俺は振り向きながら横薙ぎを放ち、立て続けに斬撃を繰り出す。オリゼに逃げるつもりがないなら、俺の攻撃を全て受けきって勝つつもりなら…ぶち破ってやろうじゃねぇか。
「はぁああああぁぁぁぁッ!」
炎を纏わせた刃の連続攻撃。振って、振り抜いて、斬りまくる。威力は十分、当然重さもある。それでもオリゼは動じない。俺の連撃、そこに込めた力をバスタードソードでの逸らしと細かなステップで悉く逃がして、全て完全にシャットアウトしてくる。その動きの中では、片手持ちのバスタードソードで凌いでくる瞬間もあって…マジかよと、内心俺は冷や汗をかく。
だけどまだ、俺の攻撃は途切れていない。何度も何度も振るい、少しずつ俺の姿勢が崩れていき、いよいよ完全に逸らされた大剣を引き戻せず斬っ先が地面に突き刺さった瞬間…俺は、大剣を離す。ぴくり、とオリゼが眉を動かす中、俺は両手の拳を握り締め、殴打を打ち込む。
「今のは…最初から、ね、狙って…いたん、ですか…?さ、最初から、切り替えるつもり…だったんです、か…?」
「いいや、勢いだ…ッ!」
「その判断、素晴らしい…です…!そ、その思い切りの、良さは…な、中々、実現出来るものでは…ない、ですから…!」
インファイト戦を仕掛ける俺に対し、オリゼは嬉しそうに褒めてくる。褒めながらも、左手でバスタードソードを持ったまま右手一本で俺の両手の打撃を捌く。一発たりとも受け止める事はなく、その場で打撃を全て受け流してくる。
「拳で無理なら…ッ!」
ストレートの一撃を逸らされた時の勢いを使って、水平の回し蹴り。後方宙返りでオリゼは躱し、俺は地面に刺さったままだった大剣を構え直す。腕にいつもの重さが戻り…また一つ、気付く。
(…関節が、どこも痛くない?…おいおい、マジか……)
散々逸らされ軌道を変えられた俺の打撃。普通だったら、手首や肘の関節にも結構な負荷がかかって痛めてる筈だが…今はそれを、全く感じない。それは、一体何故か。…そんなの、オリゼが俺の関節に負荷がかからないように、触れる位置や逸らす角度まで正確に見切っていたから以外にあり得ない。
もしこれが敵なら、舐められてると思ったかもしれない。だがオリゼからそんな雰囲気は一切感じないし、おかげでまだまだ剣を振れる。だから俺はその気遣いに感謝をしつつ、更に仕掛ける。制限時間があるんだから、ゆっくりなんてしていられない。そうして俺は、手抜きゼロで攻め続け……痛感する。俺とオリゼの間にある、圧倒的な実力の差を。
「はぁ…はぁッ……!」
「だ、大丈夫…です、か……?」
いつの間にか上がっていた息。オリゼからは、心配の声と視線を向けられる。そしてそのオリゼは…未だ、余裕そのもの。
「落ち着けー、カイト。オリゼは別に、凄い動きとかしてないぞー」
「言ってくれるな、グレイブ…。一体これのどこか、凄い動きとかしてないって──」
タイムキーパーをしているグレイブからの、軽い調子の呼び掛け。それに俺は言葉を返そうとし……ふと、心の中で立ち止まる。
本当か?本当にそうか?オリゼは凄い動きをしてる。そこに圧倒的な差がある…そう思っている俺の認識は、本当に正しいか?
(…いいや、違ぇ……)
そうだ。グレイブの言う通り、最初から今までずっと、オリゼは凄い動きなんてしていない。イリゼやセイツの様に、こっちの調子を狂わせてきてる訳でもない。見せてきたのは全部、基本的な動きだけで…それだけで、オリゼは強いんだ。特殊な能力とか技術とかじゃなく……ただただ純粋に、シンプルに、レベルが桁違いなんだ。
これまで強い存在ってのは沢山見てきた。イリゼやセイツだってそう、女神は皆強かった。でもその強さは、パワーやスピード、駆け引きや超常の能力…そういう、すぐに分かる強さだった。ぱっと見で理解出来る力だった。だけどオリゼの力は違う。磨いて磨いて磨き抜いた、誰にでもある力の極致で……しかも今のオリゼは、女神としての姿じゃない。防御と回避に専念していて、その強さの一部しか出していない。それでも、ここまで強いんだ。こうも別格なんだ。あぁ、全く…勝てる気がしない。
「……けど」
「……?」
ゆっくりと、構え直す。大きく息を吸って吐く。相手は、オリゼは、あまりに強大。これまでに感じた事のない強さがあって、こんなオリゼの守勢を崩すなんて、無茶もいいところ。だけど、だからこそ……
(俺は今、一方的に攻撃が出来る。こんなに強い、こんなに凄いオリゼを相手に、時間一杯まで思う存分攻撃を試す事が出来るんだ。こんなチャンス、滅多にあるもんか…!)
自分が笑みを浮かべている事が分かる。別に勝利を諦めた訳じゃない。けどこの勝負で、間違いなく俺は勝敗とは別のものが得られる。また一つ、強さへの道が見える気がする。そう思うと…ワクワクして仕方がない。
「これならどうだよ、オリゼッ!」
大剣を担ぐような姿勢で後ろに向け、炎を噴出して飛び出す。ブーストを掛けて接近し、そこから斜めに叩き付ける。オリゼがひらりと躱した瞬間、大剣に纏わせていた炎を弾けさせて、火炎を周囲に撒き散らす。
最低限の動きで回避したオリゼからすれば、目の前で炎が膨張したように見えている筈。だというのに、やっぱりオリゼは動じない。火炎が届くより先に飛び退いて、すぐ俺に視線を送ってくる。次はどうする?何を見せてくれる?…そんな瞳が、俺を見る。
「全然ビビらないし慌てないな、オリゼは…!こうなると、何とかして驚かせてやりたいもんだ…!」
「お、驚いては、いますよ…?は、話は、聞いていましたが…けど、聞いていた以上の…強さ、です、から…!」
身体全体を使って、連続で大剣を振り抜く。無理のある体勢から、強引に仕掛けてみる。普通の勝負なら、きっと大きな隙を晒すからやれない動き。それも、今なら試せる。本当に駄目か、意外といける動きなのかを確かめられる。
オリゼの動きは正確。多分、全部の防御や回避が正解だったり、その瞬間の最善だったりを形にしている。だから参考になる。俺の攻撃に対する『正しい対処』がどんなものか見せてくれるから、それを見る事で俺の攻撃がどんなものなのか見つめ直せる。
次々と思い付く。ならこれはどうだ、こうしてみたらどうなるか…そんな風に、ぽんぽん浮かんでいく。そしてオリゼは、そうして浮かんだものを片っ端から試させてくれる。…って、これじゃあまるで勝負じゃなくて特訓だな。
(ミスティックドライブ…いや、今はその時じゃねぇ。多分今は、この雑念が…とにかく片っ端から試してみよう、思い付いたのをやってみようって気持ちの方が重要だ。だから……)
連続での回転斬りで、駒の様に回る。当然オリゼは回避する…と思いきや、下からバスタードソードを挟み込んできて、大剣の軌道を逸らされる。結果遠心力で回転自体が大きく崩れて、よろける形で止まってしまう。
くらくらする中、歯を食い縛って耐える。出来ればもっと試してみたい。けど、もう大分体力を消耗しているから、幾らでもは試せない。だからせめて…やれる限りは、試してみせる。
「でりゃあッ!」
更に何度か斬り付け、凌がれたところで、俺は大剣を地面に突き立てる。そこから扇状に、オリゼへ向けて炎を走らせる。
対してオリゼは、後方へ跳躍して避ける。もしバスタードソードの一振りで走る炎を両断されたらどうしようかと思ったが、流石にそこまではしてこなかった。
そのオリゼへ向けて、俺は走る。地面を蹴って、全力疾走。オリゼが着地するより先に、俺は着地地点へと飛び込んで、力一杯オリゼへ大剣を振り上げる。重い一撃をオリゼへと振り出し、両手持ちのバスタードソードでそれを受けたオリゼを再び空へ跳ね飛ばす。
(やっぱり流石のオリゼも、空中でジャンプしたり軽くいなしたりは出来ないんだな。…もう、避けられないぜ?さぁ、どう凌いでくれるよ、オリゼ…ッ!)
空中のオリゼへ火球を一発。それを防御させた上で、俺は再び走る。さっきはギリギリ間に合う程度の跳躍だったが、今は違う。十分落下するまでの時間はあるし、今の火球で多少なりとも姿勢を崩せている。仕掛ける時間は、十分にある。
走りながら、炎を刃へと充填。燃え上がらせながら、走り込む。狙いは、下から坂巻く火炎での攻撃。空中のオリゼに、それを避ける手段はない筈。防御だって、バスタードソード一本で出来る訳がない。普通だったら、対処のしようがない状況。けど…きっとオリゼなら、対処してくる。防いでくる。変な話だが、そういう期待を俺はしている。だからこそ俺は躊躇う事なく、力も一切抜く事なく、オリゼの真下へと突っ込み……
「──そこ…ッ!」
「つぁ……ッ!?」
後一歩、いや二歩でここだ、って位置へ到達する、その時だった。オリゼが瞬時に腕を振り抜き、バスタードソードを投げ放ったのは。それが地面に突き刺さり、思わず俺は急ブレーキを掛けてしまったのは。
急ブレーキとそこからの立て直し、更に一度オリゼから外してしまった視線を向け直すので発生した、数秒のタイムロス。その数秒で、オリゼは着地する。やられた、と俺は思いながらも、俺は次の動きに移ろうとし……
「──そこまで!時間だ、二人共!」
はっきりよく通る、グレイブの声が響く。それは、制限時間一杯を…終了を示す合図。その声が聞こえた瞬間、オリゼは動きを止め……俺もまた、足を止める。
「……っ…ここで、タイムアップか…」
「お疲れ、二人共。結構見応えのある勝負だったぜ」
息を吐く。大剣を降ろす。グレイブがこっちに歩いてくる中、俺もオリゼへと近付いていく。
色々言いたい事、話したい事はある。けど、まず最初に言うべき事は一つ。
「…凄かったよ、オリゼ。俺の負け──」
「──か、感動…しました…ッ!」
『へ?』
言うまでもなく、俺の負け。それを伝えようとした瞬間、オリゼが被せるように言う。それも、目を輝かせて。俺にぐっと顔を近付けて。
「す、凄いです、凄いです、ほんとにほんとにっ、聞いていた以上です…!あのあのあのっ、炎は沢山鍛錬して、身に付けた…ものですか…!?そ、それとも、才能ですか…!?」
「えー、っと…自分でもどうして使えるようになったのかは分からないし、そういう意味では多分才能だな。勿論、今はもっと強く、もっと色んな形で使えるように鍛錬もしてるが……」
「素晴らしい、です…!さ、才能は、人が秘めた大きな力の、一つです…!それが、こ、こんなにも強いものなのも素晴らしい、ですし、才能の強さに満足する事なく、更に磨こうとする姿勢も立派…そのものです…!しかも、それを特別な事のように、思っていないのも…高潔な精神がなければ、出来ません…!」
「お、おう……」
オリゼから放たれる、怒涛のべた褒め。あくまで才能ありきだ、と答えた時には多少クールダウンするかと思ったが…これが全然止まらない。あ、多分これどっちだったとしても熱量変わらなかったんだろうなと、なんか瞬間的に分かった。
「そ、それに…私、感じました…!カイトさんの、真っ直ぐさを…!燃えるような、ひたむきさを…!心の、強さを…!そこです、カイトさん一番の力は、き、きっとそこです…!そこ、なん、です…!」
「……だってよ?いやぁ、良かったなカイト。褒められまくりじゃん」
「ぐ、グレイブさんの時間管理も、完璧…でした…!しょ、勝負において、一瞬は軽いものじゃ、ありません…!勝敗が変わるのは、一瞬…です…!それを、深く理解しているからこその、時間管理…だったん、です…よね…!」
「……あー…うん、そういう事だ。そうそう、凄いだろー」
更に俺は褒められた。しかもなんか、グレイブまで褒められていた。絶対グレイブはそんなつもりじゃなかっただろうに、グレイブの返しにオリゼは何回も頷いていた。…けど、心の強さか…そういう感じの事、イリゼにもセイツにも言われたな……。
「…ありがとう、オリゼ。こっちこそ、オリゼの強さには感動しかねぇよ。それに、この勝負で俺は沢山の事を学ばせてもらった。経験させてもらった。だから……俺はもっと、強くなる。強くなって、この勝負がどれだけ価値のあるものだったか、示してみせる」
「……っ!…なれます、なります…なるに、決まってます…!こ、こんなにも、強く気高い心の持ち主が、強くなれない筈がない…!だ、だから…期待、します…!強くなれる事、じゃないです…今日みたいに、また私が想像していた以上に、強くなれる事に…です…!」
「あはは…そこまで言われちゃ、流石にちょっとプレッシャーだな。…でも、期待されるのは嫌じゃない。だから…その期待を思いっきり跳び越えてみせるさ。…その時は、俺のリベンジを受けてくれるか?」
「うぇ…?…あ、ち、違います…っ!こ、この勝負は、私の負けです…!だ、だって私、防御と回避だけってルール、破っちゃいました、から…!」
「へ?いやいや、そんな事はないだろ。確かに最後にオリゼはバスタードソードを投げてたけど、あれどう考えても俺に当たる位置じゃなかっただろ?言ってみれば、攻撃的な防御…って感じなんだし、せいぜい白寄りのグレーとかだと思うぜ?」
「か、カイトさん…やっぱりカイトさんは、凄く謙虚…です…!そ、そういうところにも、気高さが感じられます……!」
(うーん…取り敢えず褒める方向なんだな……)
称賛されてるんだから嫌な気持ちはしない…が、これにはちょっと苦笑してしまう。イリゼとセイツ…それにイストワールの親なだけあって、やっぱりオリゼも中々個性的なんだなぁとも思う。
ただまあ…なんであれ、俺は負けた。負けたけど、本当にこれは多くのものを得られる勝負だった。イリゼやセイツの時とはまた違う形で、凄く晴れやかな気持ちがある。だからこそ……今オリゼに言った通り、更に俺は強くなってみせる。
*
手合わせの中で見たオリゼの動きは、特別派手だったり驚かせてくれるものだったりした訳じゃないのに、凄かった。流石イリゼ達の親だよな、って俺は思った。出来れば俺も、バトルしてみたいところだったが……まあ、それは無理だし仕方ない。
で、そんなオリゼとの勝負を終えたカイトは、いい汗をかいたから…って事で、シャワーを浴びに行った。俺はどうしようか、と思って考えていたら、いつの間にかオリゼはいなくなっていた。じゃあ、そのオリゼはどこに行ったのか、と思って探しているのが…今現在。
「どこ行ったのかねぇ…急用でもう外に出てるって事なら、探したって見つかる訳ないけど……ん?」
適当に廊下を歩いていたところで、聞こえてきたのは小刻みな軽い音。どこからかと思って耳を澄ませば、それはさっきまでいたリビングの方から鳴っている。そして、リビングへと入ってみた結果は……ビンゴ。リビングの中…ではないが、そこから繋がる台所に、オリゼはいた。
「ふぇ…ふぇぇぇぇ……」
……なんでだかさっぱり分からないが、立ったままぽろぽろと涙を流した状態で。
「お、おおぅ…どうしたどうしたオリゼ、何があった?」
「ぁ、ぐ、グレイブ…さん…う、うぇっ、うぇえぇぇ……!」
「…あー……っと、そうだ」
俺の呼び掛けに気付いたオリゼだが、泣き止む様子はない。俺もポケモンならともかく、人間…じゃないや、女神の慰め方なんて全然分からない。
けどそこで、俺はある事を思い付く。そしてそれを試すべく、あるポケモンをボールから呼び出す。
「ルーレ、突然だがオリゼ…あの女の人を慰めてやってくれないか?どうももっと小さい頃のルーレと同じで、泣き虫みたいなんだ」
「りる〜!…りりる?」
ちょこんと軽やかに出てきて床に降りたのは、青くてまん丸な体に、同じく球体の尻尾を持つ、水ねずみポケモンのルーレことマリル。あの女の人、と言って俺がオリゼの事を示すと、ルーレは床からオリゼを見上げ…オリゼの方も、ルーレに気付く。
「……!わ、わ…わぁぁ……っ!」
みるみる内に表情が明るくなっていったオリゼは、ぱっとルーレの側まで移る。そうしてルーレと見つめ合い…今度は俺の方を見る。
「あ、あのっ、こ…この子って……」
「ルーレだ。種類は違うが、るーちゃんと同じポケモンだぞ」
「さ、触ってみても…い、いいです、か…!?」
「それは、ルーレに訊かなきゃだな。ルーレ、オリゼと触れ合ってもいいか?」
「りるー、りーる〜」
「はは、いいってよ」
ふりふりと小さな手を振って、ルーレはオリゼへと鳴く。許可を得られたオリゼは、恐る恐るといった様子でルーレに触れ…それから両腕でぎゅっと抱く。
「ぷ、ぷにぷにです…!ひんやり、すべすべ…です…!ぬいぐるみさんみたいで、可愛い……あ…!ご、ごめんなさいルーレ、さん…!わ、私はオリゼ…ですっ……!」
「りるるー!るりりる、りりるー!」
「良かったなー、仲良くなれそうで。……あ、でも、ルーレ…っていうかマリルはちょっと独特の匂いがするポケモンだから、そこは気を付けた方がいいぞ」
「……?」
抱っこ状態から腕を伸ばし、その状態でぺこんとオリゼは頭を下げて自己紹介。返答を受けて嬉しそうにするオリゼへ、俺は一応一つ豆知識を伝え……最初の疑問を、ぶつける。
「ところでオリゼ、さっきはなんで泣いてたんだ?」
「…あ…そ、それはその…お、お料理に、失敗…しちゃって……」
「失敗?…って、これがか?」
ふっと表情を曇らせながらの、オリゼの回答。ちらりと台所の方を見てみれば、確かにそこには料理が…カツ丼があった。
でも別に、失敗しているようには見えない。近くへ行って嗅いでみたが、匂いも何もおかしくない。
「…これ、どこが失敗なんだ?普通に美味そうだぞ?」
「あ、ありがとう、ございます…で、でも、駄目なんです…全然違う、んです……」
「そうかなぁ…うーん……」
どこからどう見ても失敗したようには見えないカツ丼。だがオリゼは駄目だと言う。違うと言う。となると…これはあれか?実はオリゼは超料理が得意で、『普通』程度の出来じゃ失敗したも同然とかそういう……
「ぐすっ…ど、どうして…どうして、クッキーを作ろうと…お、思ったのに…いつの間にか、カツ丼に……」
「……へ?」
それが聞こえた瞬間、俺の思考は停止した。一瞬、マジで何を言っているのか理解出来なかった。…く、クッキー…?クッキーを作ろうとして…カツ丼……?
「…クッキーって…あの、クッキーか……?」
「は、はい…あ、あの、クッキー…です……」
「や、野生の爆弾の方じゃない、クッキーか……?」
「お、お菓子のクッキー、です……」
あまりに意味が分からな過ぎて、変な質問をしてしまう俺。…駄目だ、分からん。もしかして…っていうのが、一個も思い付かねぇ……。
「(……うん、アレだな。多分これ、考えて分かる事じゃねぇや…)…なあオリゼ、もう一回作ってみてくれないか?俺もちょっとは料理出来るし、何か失敗の原因が分かるかもしれないんだ」
「…い、いいんですか…?ぐ、グレイブさん、お忙しかったり…は……」
「最初俺はカイトとゲームしてたんだ、忙しい訳ないだろ?それに…もしクッキーが出来たら、ルーレにも食べさせてやりたいしな」
分からない。だから気になる。このままじゃ、もやもやしちゃって仕方がない。そう思って、俺はもう一度作ってもらう事にする。
こくり、と頷いたオリゼは、台所に戻って手を洗う。俺とルーレも後を追い、床からじゃ見えないもんな…とルーレを抱えて、オリゼの調理を見始める。
「よ、宜しくお願いします、グレイブさん…!や、優しいグレイブさんの気持ちに応えられるよう、が、頑張り…ます……っ!」
「いや、そんな意気込まなくてもいいんだけどなぁ…」
こうやって一度目も張り切ってたから失敗したんじゃね?と思った俺だが、幾ら張り切ったって、クッキーがカツ丼になる訳がない。絶対理由は別にある。
そう思いながら、観察する事十数分。材料も、それを混ぜるのも、生地にしていくのも、今のところ変な点は一つもない。
「…これで、良し…。え、えと…こ、この次は、生地をちょっと、冷蔵庫で寝かせ、ます」
「へーい。てか、別に手順の説明はしてくれなくていいぞ?」
「わ、分かりました。じゃあ、これで……」
生地をラップで包み、冷蔵庫へ入れるオリゼ。そうしてオリゼはタイマーをセット…しようとしたところで、何故か冷蔵庫を開ける。理由を訊いたら、なんでも包み方が甘かった気がする…んだとか。
こんな感じで、オリゼは変な事をするどころか、むしろ丁寧にやっている。それなのに失敗なんてレベルじゃない激変をするのは何故なのか。未だそれが分からない中、オリゼは冷蔵庫の中からお浸しっぽい野菜の料理を取り出し……
『……!?』
ぎょっとした。それはもうぎょっとした。俺やオリゼは勿論、生地を入れるのを見ていたルーレもびっくりとしていた。いや、いやいやいや…流石にこれは違うだろう!多分間違って隣の物を取っちゃっただけ(それでも十分おかしいが。お浸しは皿に乗ってるし)だろう!…と思って俺は冷蔵庫の中を速攻で見てみたが、中にクッキーの生地はない。
「うっそだろオイ…まさかこの冷蔵庫、勝手に等価交換をする機能があったりとかするのか……?」
「そ、そんな事はない筈です…うぅ…や、やっぱりまた……」
(やっぱりって…これまでにも同じような失敗をしてきてるのかよ……)
今起きているのは何かヤバい事なんじゃないか…とすら思いながら、俺はもう一回作ってもらう事にする。このままじゃ終われない。気になるどころか、もうここで終わったら怖過ぎる。
「すぅ…はぁ……」
「さっきも思ったんだが、そんな力んでやる事じゃないと思うぞ?ほら、リラックスしようぜリラックス」
「り、リラックス…リラックス……」
「りーるりる〜!」
「…えへへぇ……」
じーっとルーレを見つめ、笑顔になったルーレを見てオリゼも表情がふにゃっとなる。…なんか、オリゼってちょっと幼い感じあるんだよな…イリゼ達の親な筈なのに。
まあ、それはさておきリラックス出来たオリゼの、三度目の挑戦。今度もまた、ちゃんと作り始める。ボウルで材料を混ぜていく。やっぱり、オリゼのやってる事自体は至って普通。
「……あっ…た、卵…」
「卵か?それならさっき冷蔵庫にあったと思うが……」
出してた分を使い切っちまったのか、と俺はルーレを片手で抱えたまま、冷蔵庫を開けて卵のパックを取り出す。するといつの間にかオリゼも側にまで来ていて、ただ卵を出しただけなのにぺこぺこと何度も俺に感謝してくる。そして新たに取り出した卵を手に、オリゼは調理に戻り……
「あ、あぁっ……!?」
(こ…今度は卵スープになってるだと……!?)
目を離した隙に、また違う料理になっていた。…いや、目を離した隙にってなんだよ…オリゼの料理は生き物か何かかよ…。っていうか、卵が足りねぇってなったのに、卵メインの料理が出来てるって、一体どこか調達したんだ…。…いや、カツ丼もお浸しも材料がどっから出てきた問題はあるけども……。
「…もう、逆に凄くね?これ、ある意味才能っていうか、特殊能力じゃね……?」
「……う、ぅ…」
「け、けど、やっぱり狙ったもんを作るのが料理だもんなー!うん、そうだよなー!」
「るーり!りるりるりー!」
凄い勢いでオリゼの目に涙が溜まっていくのを見て、俺とルーレは慌ててフォロー。何とか今度は泣かずにいてくれたが…一体ここからどうすればいいのか。これはどうにかなるものなのか。
「…あ、そうだ。ちょっと一回、クッキー以外の物を試してみないか?」
「く、クッキー以外の…もの、です…か……?」
「例えば、チーズリゾットとかどうよ?それなら冷蔵庫の中に入ってたもので作れそうだし、キャンプで何回も作ってるから俺が簡単な作り方を教えてやれるしさ」
なんかひたすら繰り返しても成功する気がしないしその前に材料が尽きる気がした俺は、料理変更を提案。するとオリゼは目をぱちくりとさせ、それから俺に訊いてくる。
「きゃ、キャンプ…そういえば、イリゼ達…から、グレイブさんと、愛月さん…は、色んなところへ旅をしてる…って聞いた事が、あり
…ます。い、いつも、お二人で…旅をして、いるん…です…?」
「そうだぞ?勿論ポケモン達も一緒に、だけどな」
「す…凄い…ですっ!ま、まだ小さいのに、色んなところに旅を、だなんて、とっても凄い事…です…!知識も、準備も、何より勇気もあるから、それが出来るん…です、よね…!しかも、そ、その中でお料理も…するのは、もっと凄くて、偉いです…!とってもとっても、しっかりしてるん…ですね……!」
目を見開いて、さっきカイトへしていたように凄い勢いで褒めてくるオリゼ。普通だったら「子供扱いすんな!」…と言い返したくなるところだが…オリゼからは、そういう雰囲気が一切感じられない。本当に凄いと思ってるのが伝わってくるもんだから、言葉だけじゃなくて拍手も滅茶苦茶してくるから、なんだか反応に困ってしまう。…なんか俺、さっきからオリゼに振り回されっ放しだな…オリゼも自分の料理に振り回されてるけど…。
「…こほん。とにかくチーズリゾットやってみようぜ。まずは材料の準備だ」
「そ、それなら必要なものを、教えて下さい…!わ、私は教わる側です、から…グレイブさんの、手を煩わせる…事は、しません…!」
このいちいち大袈裟な感じもちょっと慣れてきたなぁと思いながら、俺はオリゼの言う通りにする。チーズに米に、ベーコンに胡椒に…と一つずつ材料を言っていき、オリゼはそれを取り出してくる。
そうしてオリゼは材料を並べていくが、一度に全部持ってきたものだから、コンソメの箱を落っことしてしまう。まあでもこれがお皿とか割れるようなものじゃなくて良かった。そんな風に俺は思い、すぐにしゃがんで拾い上げるオリゼの事を何気なく見た、一瞬調理台から目を離していた──次の瞬間。
「…………」
「…………」
……チーズリゾットの為の食材を並べていた場所には、ビスケットがあった。…なんで…なんでここに来てクッキーにぐっと近付くんだよぉ…!てか、まだ何もやってねぇじゃん…まだ材料置いただけじゃん……!
「…なんでだ…何が起こってるんだ…一体これはなんだっていうんだ……」
材料を伝えただけで、教えてもいない内からある意味終わった料理を前に、俺は頭を抱え…るのはルーレが腕の中にいて無理だったから、がっくりと項垂れる。俺もなんだかんだ、色んな経験をしてきた。ヤバい事、あり得ない事、信じられないような事も、沢山見てきた。けど、こんなの経験した事ねぇよ…愛月はよく俺を無茶苦茶だとか言うが、絶対からの方が無茶苦茶だって……。
「ごめん、なさい…ごめんなさい、グレイブさん…!こ、こんなに付き合って、くれている…のに、わ、私は失敗…ばっかり、で……」
「謝るなよオリゼ…オリゼの方が辛いだろ、これは……」
どう考えてもこれは、見てるだけな俺より実際やってる、その結果何故か変化してるオリゼの方が辛い筈。だから俺は、また泣きそうなオリゼの事を励まそうとし…そこでリビングの方から声がした。
「お、ここにいたんだな二人共。…って、これ…どうしたんだ?」
「こ、これは…お二人に、食べて…もらい、たくて…。で、でも……」
「へぇ、そうだったのか。美味そうじゃん、食べてもいいか?」
「…カイト、美味そうだけどそれは、クッキーとチーズリゾットを作ろうとした結果だぞ」
「……はい?」
シャワーを済ませて、さっきの俺の様に探していたっぽいカイトが台所にやってくる。そのカイトに事情を説明すると、カイトは暫くの間ぽかんとしていた。何言ってんだ?って顔だった。そりゃそうだよな、俺だってカイトの立場なら多分そういう反応するわ。
「…なんつーか…オリゼはほんと、色んな意味で凄いな…。…じゃ、頂きます」
「へ?く、食うのか?」
「ああ。だって、美味そうな事には変わりないだろ?俺、さっきの勝負で大分お腹が空いててさ」
「…カイトも大分凄いな……」
あっさりと、美味そうだから食べると答えるカイト。それに俺は呆れた…が、言われてみればその通り。しかもよく考えたら、カツ丼にお浸し、卵スープにビスケットと、なんか良い具合に定食+αって感じになっている。何より…オリゼは真面目に作っていた。真剣に、俺達の為にやってくれてた。なら……。
「…カイト、俺にもちょっとくれないか?後、ビスケットだけでいいからルーレ…あ、このポケモンの事な?…にもあげたいんだ」
「いいぞ?俺達に、って事で作ってくれたなら、俺一人で食べるのも悪いしな」
「…い、いいんです、か…?た、食べて…くれるん、です…か……?」
『勿論』
驚くオリゼへ、深く頷く。全く、俺とした事がこの程度で振り回されて食べようとしてなかったなんて…どうやら俺も、まだまだだぜ。
「グレイブ、さん…カイト、さん…う、嬉しい…です…っ!あ…ありがとう、ございます…ありがとう、ござい…ます…っ!」
「いやいや、そんな大袈裟に言わなくたっていいって。俺もグレイブも、ただ食べるだけなんだしさ」
「そうだぜオリゼ。てか、ありがとうは作ってもらった俺達が言う台詞だしなー」
料理を半分ずつに分け、箸や飲み物と一緒にリビングへと持っていく。そうして俺達は手を合わせ、食事の挨拶。俺もカイトもまずはカツ丼を食べ…飲み込む。
「…普通に、美味いな」
「だよな。うん、他の料理もちゃんと美味い」
先に俺が、次にカイトが感想を言う。本当に、見た目だけじゃなくて味や食感も普通だった。本来作ろうとしていたものを知らなければ、最後まで何も気になる事なく食べていたであろう内容だった。…だからこそ、一層「なんでこうなった…」…って気持ちが湧いてくるが…もう今は気にしない。気にしない事にする。
「…そういやカイト。俺、さっきからずっと、なんか頭に引っ掛かるってか、なーんか気になる感じがあるんだが……」
「グレイブもか?俺も、何か忘れてるような気がするんだよな……」
上手く言葉に出来ない、なんかあったような…としか言えない感覚。カイトも同じようなものを感じていたっぽいが、結局分からず、これも気にしない事に決める。
考えれば考える程奇妙な、オリゼの料理。最後まで謎な、意味不明なチェンジ。けど、まぁ…美味いものを食べられたのは事実だし、これもその内笑い話になる…かもな。
……そうして後々、俺達は別次元から戻ってきたイリゼ達を迎えた。再会して、向こうでの話を聞いた。聞いたんだが…その中で俺は、そして多分カイトも、こう思った。──オリゼの料理も、錬金術なんじゃね?と。
今回のパロディ解説
・「〜〜逆転こそがゲーム〜〜」
デュエル・マスターズのCMにて使われたフレーズの一つのパロディ。抜けているのは「カード」というワードです。因みに作中で二人がやってるゲームも、パロネタ…というか元ネタ有りです。
・「〜〜勝敗が変わるのは、一瞬〜〜」
プロレスラー、YOSHI-HASHIこと吉橋伸雄さんの代名詞のパロディ。前にもパロネタにさせてもらった覚えがあります。内容的に、結構使い勝手が良いんですよね。
・「〜〜野生の爆弾〜〜クッキー〜〜」
お笑いコンビ、野性爆弾及びそのメンバーの一人である、くっきー!こと川島邦裕さんの事。くっきー!さんの方を作ろうとしていたら、それは最早マッドサイエンティストですね。