超次元ゲイムネプテューヌ Origins Transition 作:シモツキ
私にとって、ディールちゃんは初めて出会った別次元の女神。それ以前にも別次元から来た人とは出会ったり友達になれてたりはしたけど、信次元じゃない場所で出会った…という意味であれば、やっぱりディールちゃんが最初。それ以降もまた想定外の形で再会したり、時には信次元に招いたりして、結構交流を重ねてきた。
だから私には、時間こそ多くはないけど会えた時には毎回濃密な経験をしてる…って意味でディールちゃんとは長い付き合いだって自負があるし、それなりにディールちゃんの事も知っている、理解していると思っていた。…思って、いたんだけど……。
「ディールちゃん、隣…いいかな?」
砂浜に座っていた、女の子。彼女に、ディールちゃんに声を掛ける。私の呼び掛けに、ディールちゃんはくるりと振り向いて……目を丸くした後、私の事をじっと見つめる。
「…え、っと…ディールちゃん?」
「……いえ、何でも…ありませんよ」
呼び掛けたのはこっちとはいえ、いきなりじっと見つめられて私が困惑していると、少しの間を経てディールちゃんは答えてくれる。…けど今、何か変だったような…。
「何でもないなら良いけど…ディールちゃんは、何してたの?」
「んー…夜風に当たりたかった、ってところです。イリゼさん、こそコップを持ってどうかしたんですか?」
問われた私は、コップに入れたジュースについて話し、片方渡す。隣に座って、一緒に飲む。
この次元の事、時間の事を知った私達は、ショックを受けた。色々思うところもあって、ふとディールちゃんを見つけた私は、話がしたくてここに来た。
でも、内容が内容だから、切り出すタイミングは見計らいたいところ。そう私が思っていると、私より先に、ディールちゃんが話を振ってくる。
「イリゼさん、静かな夜…って良いですよね。心が落ち着きますし、余計な賑やかさが削がれた後みたいな感じがありますし」
「…分からない事はないかな。私は、賑やかなのも好きだけどね」
「ですよね、そうだと思いました。でも、本当に闇夜って素敵なものなんですよ。こんなに暗くて、静かな場所では……何かが出てきそうな雰囲気があるんですから」
「な、何か……?」
そう言って、くすりと笑うディールちゃん。な、何だろう…今の言葉からは、凄く含みを感じる…ディールちゃんは、一体何を言いたいの…?
「ところで…ここって、まるで無人島ですよね」
「まるで…っていうか、本当に無人島じゃない?勿論、隅から隅まで、完璧に調べ尽くしたかって言われると怪しいけど……」
「でも、その割には設備が現代的ですし、埃を被っていたりもしませんよね?無人島、人のいた気配、そもそも成り立ちからして不明…イリゼさんは、こう聞いて何を連想します?」
「…推理物、とか……?」
「そうですよね。まるで、推理物とか──ホラー物とかの舞台にぴったりですよね」
…確かに、それはそう。こういう外界との繋がりが絶たれた環境は、ホラー系の舞台の定番。けど、そんな事を言われても、話が弾んだりはしない。理由?そんなの…ホラー系なんて、大の苦手だからに決まってる。
「そ、そうだね。けど私達の置かれてる状況は、ホラーっていうよりやっぱり推理物の要素の方が強いんじゃないかなー…?」
「まあ、それもそうかもしれませんね。…だけど…想像する事は、大切ですよ?想像して、思い浮かべてみて下さい。静かに、ゆっくり……」
「でぃ、ディールちゃん…?」
こっちを見たディールちゃんの、私を見つめる瞳。特別おかしな事を言っている訳でも、妙な表情をしている訳でもない。だけど何故か、今の私には心がざわつくような感覚があって、ディールちゃんの言葉につられるように、私はこの島であり得そうな事を想像してしまって……
「……っ!?」
その、次の瞬間だった。どこかから、微かに…だけど確かに、金属と金属がぶつかり合うような音が聞こえてきたのは。
「い、今のって……」
「…………」
「…ディールちゃん…?」
「あ…はい、わたしにも聞こえていました。お互い聞こえているんですから、気のせいなんかじゃないですし…確かめた方が、いいですよね?」
「う…け、けど、気にする必要もない音って可能性も……」
「じゃあ……もし今のが、誰かが助けを求める音だったらどうします?」
「…それは……」
再度見つめられ、私は言葉に詰まる。…声を出し続けるのは大変なもの。だから災害時には、声を出して助けを求めるより、何かを叩いて、その音で場所を伝える方が良い。そしてもし、これもそういう音だったのなら……無視なんて、出来る訳がない。
「…分かった。た、確かめに…いこうか」
「ふふ、イリゼさんならそう言うと思いました。じゃあ、行きましょうか」
ぱっと立ち上がったディールちゃんは、私へ向けて小さく微笑む。その表情は、どことなく楽しそうで…そんなディールちゃんに連れられるように、私は砂浜から森林へと入っていく。
「ここも、昼と夜とじゃ雰囲気が大違いですよね。何が出てくると思います?」
「な、何か出てくる前提なの…?」
「その方が、面白そうでしょう?」
「そ、そうかな……」
薄暗い…どころかがっつり暗い森林の中を、臆する事なく進むディールちゃん。勿論私だって、普段ならなんて事ないに決まってるけど…ディールちゃんの言葉でちょっと想像をしちゃって、しかもその直後に妙な音が聞こえたものだから、どうにも身構えてしまう。……み、身構えてるだけだよ?怖がってる訳じゃないからね…!?
「…と、いうか…よく考えたら、私達二人で探す必要はないよね…?二人で探すには広過ぎるし、万が一の事を思えば皆も呼んだ方が……」
「でも、時間的にもう寝てる人がいるかもしれませんよね?音が聞こえたのは事実でも、実際は全くの勘違いだった…って可能性もありますし、まずはわたし達で確認だけする方が無難だと思いませんか?」
「…なんかディールちゃん、私を何かしらの方向に誘導しようとしてない……?」
「…………。…あ、イリゼさん、あっちに何かありそうな気がします」
「今の間は何!?何でここにきていきなり目を合わせてくれなくなったの!?」
やっぱり何か企んでる!?私を森林の奥に連れ込もうとしてる!?…と私は戦慄。しかも何が恐ろしいって、この突っ込みに対する反応がない。途端に黙り込み、数歩先を行くディールちゃんの背中はやたら不気味で……そのディールちゃんは、ふっ…と急に立ち止まる。
「……わたしがどうしてこういう態度を取るのか、分からないんですか?分かりませんか?」
「あ、や、その…えっと……」
感情の読めない声で、背中を向けたまま言うディールちゃんの問いに、私はたじろいでしまう。そして私がまごつく中、底知れない何かを感じさせる雰囲気を纏ったディールちゃんはゆっくりと振り返り……
「…そんなの、イリゼさんともう少し二人で話したいな、と思ったからに決まってるじゃないですか」
「…ディールちゃん……」
「にこにこ(こんな言葉で手放しに信用して安心しちゃうなんて、ほんとちょろいですね、イリゼさんは)」
「──って、今の発言らしきものは何なの!?なんかひっくり返ってた気がするんだけど、どういう芸当!?」
「わぁ、鋭いですねイリゼさん。ある意味本質を突いてますよ?」
「何の話!?」
……やっぱりディールちゃんはディールちゃんだ、と思った直後にこれだった。時々ディールちゃんは私をからかってくるけど、今回はとんでもない一発と追撃だった。
(…それに、嘘っぽくないのがズルいんだよもう……!)
からかう為だけの言葉ではなく、二人で話したいという気持ちは本物。振り向いた瞬間の表情からは、そんな風に感じられて…だから私は嘆息をしつつ、再びディールちゃんの隣で歩く。
「…因みに、あっちに何かありそうっていうのは本当?それともただの出まかせなの?」
「それは、行ってみれば分かります」
「…本当に?」
「嘘だと思うなら、明日またここに来て下さい。本当かどうかお答えしますよ」
「な、何で明日…?今教えてよ、っていうか今分からなきゃ意味ないでしょ……」
更にからかわれながら、私達は探索を続ける。けど…今のところ、何もない。森林に入る前に聞こえた微かな音も、今は聞こえない。
こうなってくると、本当に勘違いだった可能性も現実味を帯びてくる。助けを求める人はいなかった、って事ならむしろその方がいいんだけど…ここからどうしたものかな…。
「それはそうと、イリゼさん。なんだか少し、肌寒く感じませんか?」
「へっ?…いや、そんな事……」
ない。そう言おうとした瞬間、首筋に感じたぞくりとした冷気。反射的に私は振り向く…けど、そこには何もなければ、誰もいない。
(き、気のせい…な訳ないよね…?…風…?でも、風だとしたらピンポイント過ぎるような……)
背後のみならず、ぐるりと一周見回して見ても、やっぱり何もない。それらしき存在がいないからこそ、むしろ余計に私の心は動揺し……次の瞬間、近くの茂みがガサガサと揺れる。
「……っ!?」
「…何もありませんね。小動物でもいたのかもです」
「そ、そうだね…きっとそう、だよね……ぴぁっ!?」
そうだ、きっとそうに決まっている…と思った直後、別の茂みが音を鳴らす。何かが移動しているように、連鎖的に揺れる場所が移っていく。しかもそれは、段々と私達の背後へ回り込むように動いていき……不意に、消える。さっきまでの異変が嘘だったかのように、再び森林を静寂が包む。
「な、何が…今のって、一体何が……」
「不思議ですね。もしかすると、小動物じゃなくて、助けを求める人でもなくて…イリゼさんと『わたし』以外にも、誰かいるのかもしれません」
「だ、誰か…?って、いうか…ディールちゃん、さっきからやけに冷静じゃない……?」
「そうですか?この位普通ですよ?…それとも…ひょっとしてイリゼさん、怖いんですか?」
「んな…っ!?し、失礼な!そんな訳じゃん!そんな事ある訳ないじゃん!私を誰だと思ってるのディールちゃん!斉藤さんだよ!?」
「いや、斉藤さんではないでしょう……」
薄く笑うディールちゃんからの、怖いんですか?…という言葉。それにテンパりながら慌てて返した結果、なんだか変な事を言ってしまった。うん、そうだ…なんで私間違えたんだろう……。
「でも、安心しました。怖くないなら、大丈夫ですよね?まだ、行けますよね?」
「も、勿論!まだまだいけるよ、ディールちゃんこそ覚悟はいい!?」
「どうしてタックルを決め技にしてそうな人の言い方をするのかは分かりませんけど、覚悟はありますよ?じゃあ、気を取り直していきましょうか」
「あっ、ちょっ……!」
ずんずんと歩いていくディールちゃん。私の事を置いていきそうなその歩みに再び慌てながら、私はすぐに追い掛ける。
そしてそこからも、異変は続く。風が吹いてもいない筈なのに草木が揺れて、段々と本当に肌寒く感じるようになって、私の中でも上手く言葉に出来ない『違和感』のようなものが見え隠れしていて…なのに、はっきりした事が掴めない。
「…んー……」
「…ディールちゃん…?今度は、どうしたの…?」
「薄々分かっていたんですけど…イリゼさんって、本当に魔法に関しては使うのも使われるのもからっきしなんですね。ひょっとして、ブランさんより苦手だったり?」
「ど、どうして今そんな事……」
「深い意味はありませんよ。でも、大の苦手なら、それをカバー出来るわたしと仲良くしたいと思うのも自然ですよね」
からかうでも真面目に話すでもない、本当にただ雑談として言うような、ディールちゃんの声音。それを聞いた私は、一度立ち止まり……言う。
「…違うよ、ディールちゃん。確かに私は魔法が苦手…どころか全然使える気がしないけど、それとこれとは関係ない。私はディールちゃんが魔法使いとして優秀だからじゃなくて、ディールちゃんが友達だから…楽しい事も嬉しい事も沢山共有したいと思うから、仲良くしたいんだよ」
「……ふふ。そうでしたね。イリゼさんは、そういう人…じゃなくて、女神ですもんね」
「そうだよ。…というか、分かってて訊いたよね?」
「それはどうでしょう?でも…今の言葉を聞けて、嬉しかったです。嬉しかったので……」
今更そんな事言う?…と私が尋ねると、何のつもりかディールちゃんははぐらかす。だけどその表情は柔らかで……柔らかかったけれど、そこからディールちゃんは静かに俯く。
その瞬間、更に感じる寒さが増す。明らかに何かおかしい、と私が動揺にも似た感情を抱く中、背後に気配が…強烈な『何か』の存在感が現れる。
何かがある。何ががいる。背中どころか全身に悪寒が走り、息が詰まる。振り返りたくないと私の心は思っているのに、意識が、身体が、引き摺り込まれるように『それ』へ向けて振り返ってしまう。そして振り返った先、背後の空間、そこには私の隣にいる筈のディールちゃんで……でも、本当に?本当に、ディールちゃん?なら、一体私の隣にいるのは誰?隣にいるのが本物ならば、このディールちゃんは──。
「お礼に貴女の事、もっと──怖ガラセテアゲルノダワ」
「ーーーーッッ!!?!?!?」
ぐにゃり、と歪む少女の顔。口は裂けたように吊り上がり、髪は化粧が解けるように、化けの皮が剥がれるように、黒紫の色へと変わる。そして瞳が、目が、こちらを見ている虚な眼が、昏い青へと染まっていく。
まあ、でも…うん。私には分かる。ディールちゃんだよ、ディールちゃん。ディールちゃんは、ディールちゃんだからね。…本当に?本当にディールちゃん?…うん、そうだよディールちゃんだよ。むしろディールちゃん以外の何者なのって話だよ。…なら、私の隣にいるのは?私の隣にいるのが本物なら、このディールちゃんは?……ディールちゃんは、ディールちゃんだって。たとえ髪の色がおかしくなっても、血の様に真っ赤な口が笑みの形で広がっていても、瞳の奥が深淵の様に何も見えなくても、ディールちゃんはディールちゃんディールちゃんディールちゃんディールちゃぅあああああああああああッ!!?
「○☆◆▽●%〒★◇+$#〆◎▲◆ーー!!!」
「えっ?ちょっ──きゃああああぁぁぁぁっ!?」
私は走る。走る。走る。走って逃げる。自分でもよく分からない内にディールちゃんの手を引っ掴み、ただただ闇雲にひたすら走る。その間際、その直前、ディールちゃんの様な『ナニカ』の姿が、霞の様に掻き消え…たんだけどぉおおおおおおぉぉッ!?なんで!?なんでなんでぇぇぇぇっ!?やっぱりあれなの!?霊的な何か!?見えちゃいけない的な何か!?おで始まってばに続いてけで終わるアレ!?そういう系のやつに会っちゃった系ですっごくヤバい系ぎゃああああああああッ!?いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁああああッ!!
「ひぃッ!?し、視界がブレて…離してッ!離してほしいのだわ──へぶぅッ!?」
逃げる。逃げる。逃げるったら逃げる。枝をへし折り木を薙ぎ倒し、段差を飛び越え動物か何かを吹っ飛ばし、全力疾走で崖を駆け登り駆け降りる。何か斜め後ろから声が聞こえるけど、ちょいちょい鈍い音がしてるけど…気にしてなんて、いられない。駆けて、駆けて、ひたすらひたすら駆け続けて……私は、力尽きた。
「はぁ…はぁ…な、なんか……この島を、二周半位…した、気がする……」
砂浜に、私は脱力してへたり込む。幾ら女神といったって、無尽蔵に体力がある訳じゃない。平時ならともかく、滅茶苦茶無茶苦茶に走り回れば、体力なんて当然尽きる。おまけに色んな所を走って色んなものにぶつかった…気がするから、身体はボロボロ。だけど全力で走り回って疲れきったおかげで、大分冷静になる事が出来た。今ならちゃんと頭も働いているし、さっきまでの思考が大分おかしな事になっていたのも自覚している。
(…けど、さっきのは一体……)
幾ら何でも、あれが見間違いや目の錯覚、なんて事はない筈。それに変質したとはいえ、ディールちゃんの姿をしていたというのも凄く気になる。だから私は、この件についてディールちゃんに訊こうとし……
「って、うわぁああああぁッ!?でぃ、ディールちゃんが全身モザイクかけなきゃ不味そうな状態になってるぅぅぅぅううううッ!?」
……振り向いた時、そこにいたディールちゃんはとてもお見せする事の出来ないような姿になっていた。
「だ、だだ大丈夫!?大丈夫じゃないよねぇ!?い、一体誰がこんな事……」
「…ひ…酷いの、だわ…岩に、頭から叩き付けられて…そのまま突っ切るのが、二連続で起きた辺りから…意識と、記憶が……」
(私のせいだったぁああああぁぁぁぁぁぁっ!?)
震える声で、微かに呟くディールちゃん。まさかの自分が原因だった事に戦慄する私。そして私がおろおろとする中、ディールちゃんは自分で自分に治癒魔法を掛ける。
「うぅ…幾ら恐怖していたからって、あんな暴挙に出るなんて常軌を逸しているわ…正気を疑うのだわ……」
「ご、ごめんディールちゃん…。…って、あれ…?さっきから、何か口調が……」
「あ……。…口調の一つや二つ、おかしくもなりますよ。誰かさんに物理的に振り回されて、それどころじゃない事態になっていたんですから」
「ほ、ほんとにごめん…でも、そっか…別に打ち解けてくれた結果とか、そういう訳じゃないんだね……」
「仮にそうだとしても、こんな目に遭った直後に敬語を止めようとは思いませんよ…」
それもそうかと思いながらも、ほんのり残念な気持ちを私は抱く。そんなやり取りをしている内に、ディールちゃんは自分の治癒を完遂させていて…だとしても、血の跡が凄い…水着だったからまだ洗い流せば済むけど、もし普通の服だったら…うん、明日それを見た皆が阿鼻叫喚になるの確実だよね……。
「…でも…本当に、さっきのディールちゃん?…っぽい子はなんだったんだろう…すぐに消えちゃってたし、ま、まさか本当に……」
「お、落ち着いて下さいイリゼさん。ゆっくり、ゆーっくり深呼吸して……お願いだからまたわたしの手を掴もうとしないで下さい…!」
後退るディールちゃんから本気の拒否を向けられて、改めて私は冷静になる。そして私は……考えない、事にした。もう、これ以上考えない。それでいい、それがいいんだ。うん。
「よーっし、もう気にしないぞー!さっき見たものは全部、記憶から消えて終わりだ!デリートエンド!」
「…ふっ、ふふっ……」
「うぇ?ディールちゃん?」
「怖がって、強がって、頭のネジがすっ飛んで、それなのにずっとわたしの事を気にしてて……イリゼさんって、本当に素敵な女神ですよね」
「…え、と…それって、馬鹿にしてる…?」
「違いますよ。これからも是非、仲良くして
「それならいいけど……うん?」
今の言い方は、何かおかしかったような。そう感じる私の前で、立ち上がったディールちゃんは施設がある方へ向けて歩き出す…と思いきや、数歩進んだところで、その歩みを止める。そして、くるりと軽やかに振り返り……夜風に髪を靡かせながら、言う。
「それから…またワタシとも、沢山お喋りをしてほしいのだわ♪」
意図の読めない、よく分からない、ディールちゃんの言葉。だけど私は、その言葉に一瞬ぽかんとした後…自然にこくりと頷くのだった。
*
世の中、予想していなかった事、予想出来なかった事なんて、幾らでもある。意識していないだけで、偶然なんて至る所に存在している。その多くは回避なんて出来ないもので、良い方向に転がるか、悪い方向に転がるかも、起こってみなければ分からない。
わたし達に出来るのは、その偶然に気付くかどうかだけ。そして気付いたのなら、後は伸るか反るか。ぶつかった偶然に……全力で向き合うか、否か。
「こほん。…そろそろ姿を見せてくれてもいいんじゃないかしら?」
背後へ、後ろの空間に向けて、わたしは声を発する。もう気付いている、全て分かっている…そんな風を装った態度と言い方で、振り返る事なくアクションを起こす。
だけど当然、確証なんてない。ただ、可能性はゼロではないと思ったから、試しに言うだけ言ってみただけの事。結果、当たり前のようにわたしのアクションに対する反応なんて何もない……
「──あはっ、流石はセイツおねーさん。完全に気配を消してたつもりだったのに…まさか、気付かれちゃうなんてねッ!」
「……ッ!?」
……なんて、事はなかった。発される声。鋭い気迫。反射的に振り向き抜剣したわたしの得物へと響くのは…斬撃の重み。
「やるぅ。姉妹揃って不意打ちを防ぐなんて、ほんと流石はおねーさんのおねーさんね」
「え、エストちゃん…!?」
飛び込むようにして剣を振るっていたのは、背後からわたしに斬り掛かってきたのは…エストちゃん。わたしが呼び掛けるつもりだった相手とは違う、全く想定外の展開。
何やら愉快そうなエストちゃんを、腕を振り抜き押し返す。エストちゃんは堪える事なくひらりと跳んで、床に降りると構え直す。
「…どういうつもりかしら」
「うん?ワタシ…ううん、わたしの事は気付いていたんじゃなかったの?」
「…………。…わたしが訊いているのは動機よ」
実はノリで言ってみただけ…という事は当然隠して、エストちゃんをじっと見つめる。これが平手で叩いてきただけとかならまだ冗談で済ませる事も出来るけど…刃を持ち出してきた以上、そうはいかない。
「動機?そんなの、セイツおねーさんと手合わせしてみたかったからに決まってるじゃない」
「本当に、それだけ?」
「信じてくれないの?ひっどーい、わたしはセイツおねーさんが最低限反応はしてくれるだろうと思って打ち込んだのに」
「…手合わせがしたいだけなら、正々堂々挑めばいい話でしょう?違う?」
おどけた態度のエストちゃんへ、わたしは警戒を解く事なく更に問う。信じるっていうのは、それに足る理由があってこそ。その理由が、疑いようのない要素をきっちり揃えた上で漸く…ってレベルで厳しい人もいれば、その時の表情や声だけで十分だと判断する人もいるし、わたしは信じる基準が緩い人の事を甘いとは思わない…むしろそれも強さの一つだとは思っているけど、常に無条件で、手放しで信じる事が、正しいとまでは考えていない。
そしてその点において、いきなり不意打ちをかましてきた上に、今もやる気満々なエストちゃんは、仲間である事を加味しても…まだちょっと信じられない。もう少し、話を聞かせてほしい。
そんなわたしの思考が伝わったのか、エストちゃんはふぅ…と一つ息を吐く。それから軽く肩を竦めて…言う。
「知ってるかどうか分からないけど、『わたし』って、おねーさんと初めて会った時も、同じような事をしたのよね。で、そのまま一戦交えた訳」
「…だから、イリゼの姉であるわたしにも、同じ形で勝負を仕掛けたかったって事?」
「そういう事。セイツおねーさんも強い事は間違いないんだから、手合わせしてみたいと思うのは当然な事でしょ?どうせやるなら、そういう趣向を凝らした方が面白いでしょ?どう?理解した?納得出来た?」
「……まあ、そういう事なら一応は理解──」
「なら、戦闘続行ねッ!」
言い切る暇もなく、再びエストちゃんは突っ込んでくる。一目で容赦ないと分かるような、捻りを加えた刺突を打ち込んできて…咄嗟にわたしは、後ろに跳びつつ下段で二振りの得物を交差。そこから大きく振り上げて、交差させた刃で刺突を跳ね上げる。
「ちょっと、まだ受けるとは言ってないんだけど!?」
「おねーさんは、付き合ってくれたわよ?今と違って、本当に初対面だったわたしに対してもねッ!それなのにセイツおねーさんは付き合う気がないだなんて、お姉ちゃんの割に意外と器は小さいのかしら?」
「……っ、安い挑発を…。……でも…ッ!」
防がれた直後に後方宙返りを行う事で弾かれた時の力を逃した様子のエストちゃんは、続けて連撃を放ってくる。それをわたしは、左の剣で捌いていき…振りが大きくなった瞬間、それに合わせて右の剣を振り出す。斬撃同士を打ち合わせ、攻撃を弾く。
「こうも一方的に言いたい事言われて、やりたい事やられて、それで何もしないっていうのは癪なのよね。だから…相手してあげるわ。本気でね」
「そうこなくっちゃ!」
左剣の峰を肩に乗せ、右剣の斬っ先をエストちゃんへと向ける。わたしがやる気を見せた事で、エストちゃんは笑みを浮かべ…三度、エストちゃんは仕掛けてくる。
「ちょっ、ここ施設内よ!?外に出てから仕切り直すって発想は……」
「そんなの詰まんないでしょ?大丈夫、施設ごと吹っ飛ばすような真似はしないわ」
「全く、本当にやりたい放題ね…ッ!」
エストちゃんに矛を収めるつもりはない。そして反撃をせずにいつまでも凌いでられる程、エストちゃんは柔じゃない。だからわたしは腹を括り…自ら打って出る。
さっきと同じように、エストちゃんの攻撃に合わせてわたしも右剣を振るう。でも今度は敢えて打ち負け、攻撃の勢いを削ぎつつ身体を右向きに回す。その回転を利用し、左剣による横薙ぎで返す。
「っとと、やっぱり左右どっちからでも攻防が出来るのが、二刀流の強みよね。あぁいや、正確には二刀流じゃなくて双剣かしら?」
「へぇ、よく分かってるじゃない。エストちゃんこそ、そのスタイルは屋内戦闘だから?」
今エストちゃんが振るっているのは、よく使っている大剣じゃなくて片手剣。小さい身体を活かすように、エストちゃんは決して広い訳でもない廊下を飛び跳ね動き回る。狭い場所では、ほんの少しの体格差や武器のサイズが大きな影響を及ぼす訳で、わたしは後手に回らされる。
でも、エストちゃんが言った通り、こっちの得物の強みは対応力。両手にそれぞれ剣を持っているからこそ、手数で攻める事も、攻撃と防御を並行して行う事も、複数方向からの攻撃を武器で同時に受ける事も出来る。片手持ち故に攻防どちらも軽くなりがちではあるけど…それは立ち回りで、技術でカバーすれば良いだけの事。…まあ、わたしの得物の連結剣は、ただの双剣なんかじゃないんだけども。
(…けど、気になるわね。片手剣一本で戦っているのは、常に片手をフリーにして双剣とは別の対応力を実現してるノワールと同じスタイルなのか、それとも某黒の剣士みたいに二刀流を隠し持っているのか、それとも……)
二振りの剣できっちり防ぎ、反撃に繋げる。向こうが軽快さで攻めてくるなら、こっちはカウンターで立ち回る……と見せかけて、反撃を避ける為にエストちゃんが大きくバックステップを掛けた瞬間に、わたしは踏み込む。左右の剣で一気に攻勢を仕掛けて、今度はエストちゃんを後手に回らせる。片手剣で出せるパワーはそこまで大きくないんだから、細かい連続攻撃で圧を掛ける。
そうしながら、わたしは考える。まさか思い付きで片手剣スタイルをしてる訳じゃないだろうし、片手が空いている事には何か意図がある筈。でも何か意図があろうとも、やらせなければいいだけの事。だからわたしは何度も斬り掛かった上で、左剣による上段斬りを放つ。それを片手剣で弾かれたところで、右剣による斬り上げを返し…それもエストちゃんは弾いてくる。わたしの打ち込みが軽いのを見抜いて、同じく軽い力で弾く事ですぐ右剣での斬撃にも対応してきた。
流石はディールちゃん。だけどわたしだって、二度も同じ手が通用しない事は見抜いていた。だから右剣も弾かれた上で、本命の左剣を、軽い力で返されたからこそすぐに立て直せた左からの袈裟懸けを叩き込み……
「──残念、そう簡単には通させてあーげないッ!」
それも、弾かれる。斬撃が届く直前、エストちゃんは片手剣を大剣に変化させ、その長さと幅広さでガードしてきた。
更にそこから、大剣の腹をこっちに向けたまま振って、わたしを押し返す。まさか大剣に切り替えてくるとは思っていなかったわたしは面食らい…その隙に片手剣に戻したエストちゃんは、空いた右手を開いた状態で向けてくる。その手から、突風が吹いてわたしを襲う。
「くっ…ただの突風なんて、案外甘いじゃない……!」
「んーん、今は確実に動きを止めたかっただけ。別に手心を加えた訳じゃないから、安心してッ!」
接近と同時に放たれる、かち上げるような斬り上げを、二本同時の防御で受ける。攻撃そのものは防げたけど、ギリギリだったせいで上手く防御態勢が取れず衝撃の負荷を逃がせない。
それを誤魔化すべく、左剣で片手剣を逸らしながら右剣で反撃。より素早く、威力二の次の連打に見せかけた攻勢を掛けて手の痺れを隠す。上手く騙されてくれたのか、別に考えがあるのかは分からないけど、エストちゃんは回避と防御を織り交ぜてわたしの攻撃を凌いでいく。剣と剣のぶつかる金属音が、何度も響く。
「そこッ!」
「おわっと、危ない危ない。危うく壁とセイツおねーさんのキックにサンドイッチされるところだったわ」
「よく見えてるわね…ッ!」
左右どちらも逆手持ちに切り替えて、更にコンパクトな攻撃を仕掛ける。短いステップを重ねて避けていたエストちゃんへ、踏み切るようにしてハイキックを打ち込んだけど、それも横に跳んで躱される。直後に返された斬撃はしゃがんで避け、次の攻撃で斬り結ぶ。
ここに来るまでには、障害物…という程ではないけど幾つか物もあった。わたしもエストちゃんも、上手い事それを躱す形で剣を振り、回避行動を取っていた。その上でわたしと真っ向から斬り合えているんだか、本当にエストちゃんは凄い。……けど。
「エストちゃん、これが遊びの一環なら別にいいけど、そうじゃないなら一つ言っておくわ」
「ん、なーに?」
「貴女の動きも太刀筋も大したものだけど……勝てないわよ?わたしには」
「……へぇ?」
逆手持ちの右剣と片手剣でせめぎ合いながら、わたしはエストちゃんの右手を、恐らくエストちゃんはわたしの左剣を警戒しながら、その状態でわたしは言う。エストちゃんはぴくりと眉を動かし…再びわたしは口を開く。
「だって、そうでしょう?わたしは接近戦を主体とする女神で、エストちゃんは本来遠距離戦を主体とする女神。よく鍛えているようだけど、遠距離主体のベースがあって、それも保ったまま近距離戦も…なんてスタイルじゃ、当然わたしとは積み重ねに差が出てくる。わたしとエストちゃんじゃ、接近戦の歴史が違う」
「確かにね。でもそれは、同じ次元で、同じだけの時間を重ねてきた場合でしょ?時間の流れが違う次元もあれば、積み重ねた時間が同じだったとしても、その内容に違いがあれば…どう?」
「そういう事じゃないわ。それはその通りだけど、わたしが言っているのは意地の差よ。要は、エストちゃんなら接近戦が通用しなくても、遠距離戦に切り替えればいいだけでしょう?こっちが本領だって言えるでしょう?でも、わたしは違う。わたしは…接近戦で負けたら、それはもう言い訳のしようがないって事よッ!」
強く踏み込み、無理矢理押し切る。早期にエストちゃんが退いた事でわたしは前のめりになるけど、そこからわたしは逆立ちになり、更に回転して踵落としへと繋げる。それも回避されたけど、元からカウンターをさせない為だけの攻撃だったから問題なし。そのまま回転で立ったわたしは、尚も攻める。
「意地って…セイツおねーさん、なーんかちょっとわたしを軽んじてない?わたしも一応あるのよね、伊達に接近戦の腕を鍛えてきた訳じゃないって意地が…ッ!」
「だとしても、そんなのわたしには及ばないわ。だから、弱いとは言わなかったでしょ?ただ、わたしには勝てないって言っただけで」
「ふぅん…つまりアレね?わたしを挑発してる訳ね?それなら…乗ってあげるッ!ほぉらッ!」
どんどん前に出る。一撃一撃に強い力を込める。もう腕の痺れは引いているからこうして攻めても大丈夫。勿論そういう攻め方は体力の消耗が激しくなるけども、当然それも織り込み済み。それと共に、わたしはエストちゃんを煽り……次の瞬間、エストちゃんもまた強引に反撃をしてくる。片手剣とは思えない威力の攻撃を、次々と放ってくる。
手加減…とまでは言わないにせよ、ここまではまだ余力を残して残していたのだと思わされる、怒涛の攻撃。重いし速い、その上狙いもしっかりしている。これこそが自分の実力だと示すような、誇示するようなエストちゃんの勢い。それにわたしは後退を余儀無くされ、捩じ込むような袈裟懸けを右剣で受けた次の瞬間には、剣を腕ごと弾かれる。相当な力を乗せていただろうに、一方のエストちゃんはすぐさま動きを整え、もう一撃振るってくる。
表情に浮かぶのは笑み。どうだとばかりの嬉々とした顔。それをわたしは、真正面からはっきりと見据えて……受け流す。左の剣で、文字通り流れるように、滑らかに。
「な……ッ!?」
「せぇいッ!」
目を見開くエストちゃんの片手剣を、そのまま左剣で押さえ込む。同時に床を蹴り…至近距離から、飛び膝蹴りを叩き込む。全力を込めたわたしの蹴りは、エストちゃんを跳ね飛ばし…そのまま廊下から食堂へ、更には食堂を突っ切り外へ。
「……やるじゃない、エストちゃん」
くるりと後方宙返りを掛け、砂浜に降り立つ。対するエストちゃんも、砂浜に両足で跡を残しながらも、膝を突く事なく止まる。その表情に、大きなダメージを受けた様子はない。
わたしの飛び膝蹴りが当たる直前、エストちゃんは右手を割り込ませ、その掌で受け止めていた。さっきのわたしと同じかそれ以上の衝撃は与えられたと思うけど…直撃のダメージには程遠い。
「…セイツおねーさん、さっきのは何?ただの技量の差…なんかじゃないでしょ?」
「理解が早いわね。…強化魔法、って言うのかしら?エストちゃん、攻撃する時にそういう魔法使ってるでしょ?…それが、わたしとエストちゃんとの差よ」
「魔法で強化した力なんて、本物の力には及ばないとでも?」
「まさか。単に、エストちゃんはやらなくちゃいけない事が一つ多いってだけの話よ。エストちゃん位の実力者なら、集中せずともその強化魔法を使えるのかもしれないけど…たとえ無意識レベルだとしても、エストちゃんは思考のリソースを追加で割く必要がある。わたしと同じ土俵に立つ為には、ほんの僅かにだけど余分な事をしなくちゃいけなくなる。勿論、大概の相手なら気にならない程度の事だろうけど……」
「一瞬が勝敗を分けるようなレベルの戦いじゃ、相手が超一流の実力者だったら、その『余計な負担』が生み出す鈍りを見切られる事もある…って訳ね。ははぁ、成る程成る程…勉強になったわ、セイツおねーさん」
そういう事ね、とエストちゃんは受け止める。エストちゃんからすれば、得意な魔法を活用した戦法の欠点を突き付けられた形な筈なのに、こうも冷静に受け止められる辺りに、経験の深さを感じられる。見た目は小さい女の子なのに、全く以って侮れない。
それに、さっきの飛び膝蹴りを最低限のダメージで凌がれたのも痛い。余裕たっぷりに語ってみせはしたけど、今言った欠点は、そうほいほいと狙えるものじゃない。煽った上で何とか一発分引き出せた程度なんだから、意識すれば直せる短所じゃないにしても、もう一度狙うのは至難の業。
「ところでセイツおねーさん、わたしを外に蹴っ飛ばして良かったのかしら?」
「それに関しては、まぁ失敗ね。エストちゃんからすれば、好都合だったんだろう…け、ど……」
そう。わたし達は今、外にいる。屋外という事は、エストちゃんはこれまでより格段に攻撃魔法を使い易くなっただろうし、距離を取って遠距離戦に移る事だって出来る。わたしも得物を振り易くなったとはいえ、有利不利で言えば中の方が……と、そこまで考えたところで、わたしは気付いた。エストちゃんが、愉快そうな笑みを浮かべている事に。
「まさか……」
ぽつりと漏れたわたしの呟きで、エストちゃんは更に笑みを深める。…間違いない。これは偶然じゃなくて、偶々戦っている内に移動しちゃったんじゃなくて……意図的に、エストちゃんは移動したんだと。わたしと戦いながら、上手く誘導していたんだと。
「…ほんと、侮れないわね」
「ちょっとはわたしの力、分かってくれた?」
「えぇ、だけど…まだまだこんなものじゃないんでしょ?」
「まぁね、それはセイツおねーさんもでしょうけど。…じゃあ、ここからは…もっと激しくやり合いましょッ!」
言うが早いか、エストちゃんの左右に魔法陣が浮かび上がる。そこから氷の刃が、次々とわたしへ向けて飛んでくる。
わたしはそれを、弧を描くような動きで走って躱す。それと共に、距離を詰める。エストちゃんは下がると思いきや、むしろ突っ込んできて…また、斬り結ぶ。一瞬拮抗し、直後にわたしの斜め十字斬りがエストちゃんを押し退け…退きながらエストちゃんは、右手を振り上げる。すぐさまわたしの頭上に氷塊が形成されて、勢い良く落ちてくる。
「早速使いまくってくるわね、攻撃魔法…!」
「だって、どうせなら派手に戦いたいじゃない!手段を選んで勝てる程、セイツおねーさんは楽な相手じゃないし…それに、格好良いでしょ?魔法剣士って!」
「楽しそうね、エストちゃん!まあ、わたしもだけどッ!」
横跳びで避けて再度距離を詰めようとすれば、今度は火球や電撃を撃ち込んでくる。種類の違う、動きも速度も違う攻撃を織り交ぜて、わたしの接近を阻んでくる……と思いきや、今度はエストちゃんから接近。身体を捻り、跳んだの回転斬りを放ってくる。
ならばとわたしは大きく跳躍。これまでは天井があるせいで出来なかった、真上への回避を行い…空中で、二振りの柄尻を連結。刃が互い違いになる双刃刀形態に切り替え、急降下からの振り下ろしを返す。
「その形状の剣、犯罪神を思い出すからあんまり好きじゃないのよね…ッ!動きも読み辛いし!」
「あれと違って、こっちは片刃の剣なんだけどね…ッ!」
この形態ならではの流れるような連撃で、エストちゃんに防御を強いらせる。きっと、エストちゃんなら分かっている筈。この武器の、わたしの強みの一つは、ここから瞬時に分解させられる…つまり、即座に双剣状態という全く違うスタイルに切り替えられるって事。だからエストちゃんはきっちり防ぐ立ち回りをしているようだし…再び後ろに大きく跳ぶ。その瞬間を逃さず、わたしは連結剣をブーメランの様に投げ放つ。
「ふぅん、今度はそうやって仕掛けるのね!」
身を屈め、迫る連結剣を潜るような前転で回避したエストちゃんは、当然武器を手放したわたしへ近接攻撃を仕掛けてくる。わたしは敢えて距離を詰め、武器ではなくそれを持つ手を払う形で防御していく。そしてちらりとエストちゃんの背後を見て…大きくバックステップ。同時に右手を突き出して……次の瞬間、エストちゃんはサイドステップ。後ろから飛んできた連結剣をもう一度躱す。そうして連結剣は回転しながらわたしの突き出した手元へと戻り……それをわたしは、スルーする。
これは予想外だったようで、一瞬エストちゃんの動きが止まる。その隙を突くようにわたしは肉薄し、拳を振り上げ……砂浜を、蹴り上げる。砂煙を、巻き上げる。
(貰った、これで…ッ!)
少しばかり卑怯な一手だけど、それもエストちゃんを強者と認めているからこそ。回避をするか、それとも下手に動かず防御を固めるか。何れせよ、わたしはエストちゃんの次の動きに合わせて的確な攻撃が出来る。これはここまでで一番のチャンスで……
「──んなッ!?」
そう、思った直後だった。エストちゃんを襲っていた大量の砂を突き抜ける形で、氷の刃が飛んできたのは。更には強風が吹き荒れ、その砂がわたしに降り掛かってきたのは。
氷の刃に気を取られて動きが鈍ったわたしは、砂煙を諸に受ける。強風に煽られた分、身体にぶつかっただけの砂は細かなダメージを与えてくる。そして何より、視界を潰された。痛いし…見えない。
チャンスが一瞬にしてピンチに変わる。不味い。非常に不味い。──だけど。
「……ッ、ぁああああああッ!」
「きゃっ……!?」
目が見えなくなった。重要な感覚器官が一つ機能しなくなった。でもわたしは、直感でエストちゃんの位置を大体でも捉え…感じた通りに肉薄していたエストちゃんを捕縛。そのままフロントスープレックスで投げ飛ばす。
「いったぁ…目潰しを喰らったのに投げてくるとか、半端ないわね……」
「そっちこそ、よく投げられる寸前に近距離から一発打ち込めたわね……」
痛みに堪え、何度も瞬きをして視界を回復させる。腹部にも痛みを感じながら、わたしはエストちゃんと視線を交わらせ…ゆっくりと立ち上がる。
「でも…いいわ、それ位の驚きがあった方が楽しいもの!いいわ、本当に良いわセイツおねーさん!だから……」
「……!」
嬉々とした表情のエストちゃん。次の瞬間、エストちゃんが見せたのは…シェアエナジーの光。
咄嗟に、反射的に…つられるように、わたしもまた力を解放する。エストちゃんを追って、女神化をする。そしてわたし達は、女神の姿で向かい合う。
「…正気?エストちゃん」
「もっちろん。嫌なら別に、セイツおねーさんは人の姿のままでいいわよ?」
「冗談はよして頂戴。こっちだっていい加減、昂ってるんだから」
「あははっ、そうよね♪それじゃあ……」
『勝負ッ!』
わたしもエストちゃんも、刃を構え直す。互いを見据え、全神経を研ぎ澄ます。そしてわたし達は、殆ど同時に砂浜を蹴り……
「ひぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
『うぇッ!?へぶぅっ!?』
……その、次の瞬間だった。凄まじい勢いで、信じられない速度で何かが突進してきて、激突寸前だったわたしとエストちゃんをすっ飛ばしたのは。更には姿を確認するより前に、あっという間に駆け抜けていったのは。
「い、今のは…一体……」
尻餅を付いたわたしは、壁の様になった砂煙を見やりながら呟く。その声には、聞き覚えがある気がするんだけど…ほ、ほんとに何なの…?何だったの……?
と、わたしがぽかんとする中、少しずつ砂煙は晴れていく。そうして砂煙が完全に収まった結果、その向こう側にいたエストちゃんの姿が見えてきた…エストちゃんも、わたし同様尻餅を付いていた。目をぱちくりとさせていた。そんなエストちゃんと、わたしは目が合い……
「…ぷっ、あははははははっ!何!?今のは何!?あははははははははっ!」
エストちゃんは、脚をばたつかせて大笑いしていた。思わずわたしは目を剥き…それから同じように頬が緩んでしまう程、楽しそうに笑っていた。
「ふー、ふー…あー…笑った。ある意味ここまでで、一番びっくりする出来事よね」
「ふふっ、そうね。まさかこんな形で横槍を入らられるとは、思ってもみなかったわ」
「ほんとよねー。…ふぅ…なんか、思いっきり笑ったら満足しちゃった。セイツおねーさん、今回はここまでにしない?」
「え、いいの?」
「いいも何も、こんなところで無駄にシェアエナジー消耗出来る状況じゃないでしょ?」
「先に女神化したのは自分なのに…!?」
あっけらかんと言い切るエストちゃんに、わたしは愕然とする。そんなわたしを尻目に、エストちゃんはさっさと女神化を解いてしまう。その何とも…というかさっきからずっと見せているマイペースな調子に、わたしは思わず脱力し……同じように、女神化を解く。
「ありがと、セイツおねーさん。おかげで楽しい時間が過ごせたわ」
「…まあ、一応どう致しまして、とは言っておくわ。わたしも結構楽しかったし。…けど、ほんとに不意打ちは止めてね?」
「ごめんなさーい。でもうん、ほんとに楽しかったわ。楽しかったし……ちょっとはわたしの強さ、分かってくれた?」
「それは……別にこんな事をしなくたって、エストちゃんの強さはよく分かっているつもりよ。仲間としても…同じ女神としても」
「ふふん、それなら良し。…けど、それは
「えぇ、エストちゃんの……うん?」
今の表現は、何かおかしかったような。そう思うわたしの前で、エストちゃんは跳ねるように立ち上がる。ぱんぱん、と身体に付いた砂を払い、わたしの方へ歩いてくる。そして愉快そうな…本当に楽しそうな笑みを浮かべ、わたしに手を差し出しながら…言う。
「だから…今度はもっと、もっともっと本気でワタシと遊んでね?」
額面通りとは違う、何か別の意図がありそうな言葉。だけどわたしは、それでもわたしは笑みを返し…エストちゃんの手を掴むのだった。
*
「うー、酷い目に遭った……」
「そう?わたしは中々楽しかったわ。…最初は酷い目に遭ったとも言えるけど」
身体を起こし、早速嘆く。隣のセイツは、災難だったわね…という感じで軽く返してくる。
ここは、神生オデッセフィアの教会内。その一角、仮想世界形成装置が設置された部屋。
「っていうか、その様子だとわたし達はそれぞれ別のシミュレーション空間にいたのかしら」
「それは…どうなんだろう。同じシミュレーション内でも、その空間が広くて出くわさなかっただけ…ってパターンもあると思うし」
シミュレーションのログを細かく確認していけば恐らく分かると思うけど…と思いつつ、私はセイツの言葉に返す。
不安定で不完全な次元での騒動を終えて、私達は戻ってこれた。今は皆も、信次元にいて…今回の出来事も中々良い情報になりそうだと思って、私とセイツは『記憶』という情報を仮想世界形成装置へ入れる事を決めた。私達のデータを、今回の経験を踏まえたものに更新しようとした。
でも、ただ記憶を読み取ってもらうだけじゃ面白くない。という事で、敢えてランダム性のある設定で仮想空間を形成し、そこで無意識化でのデータ読み取り…要は夢を見ているような状態にしつつデータを更新しようってなった。その結果、私はあの次元における「もしも」的な経験をしていて……今回これをやっていたのは、私とセイツだけじゃない。
「うー、ん……?」
「むむむ……」
聞こえてきたのは、唸るような声。そちらに目を向ければ、ディールちゃんとエストちゃんが…偶然話を聞いて、エストちゃんがディールちゃんを誘う形で一緒にやる事になった二人が、怪訝そうな顔をしていた。
そんな二人は、何故か表情が宜しくない。そして一体どうしたのかと私が聞けば、二人は顔を見合わせ…その理由を、口にする。
『…なんか、何も覚えてないん(ですけど・だけど)……』
『え?』
怪訝そうな面持ちのまま、声を揃って言う二人。それを聞いた私は、セイツと共に驚く。だって今回は、仮想空間での記憶をそのまま保持出来る仕様にしていたんだから。現に私達は、ちゃんと覚えているんだから。
これは、何かのバグか。それとも二人の方に、何か問題があったのか。それは今の時点じゃ、全く以って分からない事であり……釈然としない様子の二人は、これまた示し合わせたように、二人同時に首を傾げるのだった。
今回のパロディ解説
・「〜〜明日またここに〜〜お答えしますよ」
美味しんぼの主人公、山岡士郎の代名詞的な台詞の一つのパロディ。この台詞を知っている方は多いと思いますが、実はこんな感じの台詞を何度も言っている事については知っているでしょうか。
・「〜〜私を誰だと〜〜斉藤さんだよ!?」
お笑いコンビ、トレンディエンジェルの斉藤司さんの代名詞的なギャグの一つ事。当たり前ですが、イリゼの苗字が斉藤という訳ではありません。そしてこの台詞、グレンラガンのあの台詞を彷彿としますね。
・「〜〜タックルを決め技にしてそうな人〜〜」
プロレスラー、辻陽太さんの事。覚悟はいい!?…に対しての反応ですね。因みにこれ、同じく覚悟関係の台詞として、ブチャラティのパロディをする案もありました。
・「〜〜消えて終わりだ!デリートエンド!」
ヴァンガードシリーズに登場するキャラの一人、伊吹コウジの台詞の一つのパロディ。記憶や繋がりを大事にしてるイリゼがそれを吹き飛ばしてる頃の伊吹の台詞を言うのは、何かちょっと皮肉めいてますね。
・〜〜某黒の剣士
ソードアート・オンラインシリーズの主人公、キリト(桐ヶ谷和人)の事。黒がイメージカラーで基本は片手剣…というと、ネプテューヌシリーズならノワールがまず思い付きますね。