超次元ゲイムネプテューヌ Origins Transition 作:シモツキ
既にかなり長く続いている作品であり、本作のみで楽しむ…という事は難しいかもしれません。よって、これまでの作品を読む…のも大変だと思いますが、各作品の人物紹介を読むだけでも多少は分かると思いますので、初めての方はそちらを見て頂けると幸いです。
第一話 姉妹のひと時
私、イリゼの朝は早い。女神として多忙だから…という訳ではなく、休みでも早い。休みと言いつつ実際にはやるべき事が…という訳でもなく、本当に休みの日であっても、基本的には仕事の日と同じようにして起きる。……女神の立場上、休みであっても何かあればすぐ動けるようにしておく…という意識もあるにはあるけれど、それはまた別。
ともかく、私は朝早く起きる。理由は簡単。早く起きれば、その分一日の間に出来る事が増えるから。色々な事をやりたい…仕事のある日も完全な休みの日も、毎日を充実させたいからこそ…今日も今日とて早く起き、今日という日を始めている。
「ふんふ〜ん、ふふ〜ん♪」
鼻歌を歌いながら、ボウルと泡立て器で生地を掻き混ぜる。けれど別に、これは朝食じゃない。朝食は朝食で作るけど…今作っているのは、お菓子。
今し方、休みの日でも仕事の日と同じように…と語った私だけど、実は今日は、普段よりも更に早く起きている。今日はいつもより時間の掛かる、冷蔵庫でじっくり寝かせる必要のあるお菓子を作る予定だったから、早めに起きて、朝一からお菓子作りに勤しんでいる。
お菓子作りは、時間も手間も掛かる趣味。何を作るかにもよるけど、基本的な空いた時間でぱぱっとやったり、毎日少しずつ進めたり…って事が出来ない、お手軽とは言えない道楽。でも、自分の食べたいものを自分で作れる、好きなように出来るっていうのは魅力的だし…何より、お菓子作りは出来上がったものを誰かにあげる事が出来る。それで美味しいと言ってもらえたり、喜んでもらえたりしたのなら…嬉しくて、自然とまた作ろうって気持ちになる。だから私は、お菓子作りが好き。
「…ん、こんな感じかな。それじゃあ次は……」
ある程度お菓子の方が進んだところで、朝食作りの方に入る。私の趣味はお菓子作りであって、料理全般ではない…けど、ご飯を作るのも好きだし、だから早起きからの朝食作りだって私には何の苦でもない。
そうして私は朝食も作っていく。ある程度進んだところで私の姉の一人、今は私の…私達の国である神生オデッセフィアに来ているイストワールさんが起きてきて、食卓の準備をしてくれる。それからも順に起きてきて…というか、リビングに来て…私達は、皆で朝食を食べる。家族での食卓を囲み、皆でご飯を共にする…そんな何気ない、けれど私にとっては凄く幸せな時間を過ごす。
「はふぅ…。今日は、皆はどうするの?」
「勿論今日はのんびり過ごすわ。休みの日は、やっぱりちゃんと休まないとね」
「わたし達は買い物に出掛けるつもりです。ですよね?( ̄∀ ̄)」
朝食後、私はホットミルクでほっと一息(…駄洒落じゃないよ?)。私の問いに対して、私のもう一人の姉、セイツが軽く伸びをしながら答えてくれて、イストワールさんもそれに続く。そして、イストワールさんの視線を受けたもう一人が…こくりと、頷く。
「は、はいっ。今日は、イストワール…と、色んなところに…お出掛け、ですっ」
だとたどしく、何とも気弱そうな…でもその中に、楽しみだという感情も籠っている声。私にとっては、何よりも身近で、馴染み深い──もう一人の私、オリゼの声。言葉と共にはにかむオリゼへ、イストワールさんも微笑みを返して…そんなオリゼの膝の上、仲良く乗っかったライヌちゃんとるーちゃんも鳴く。
「ぬらっ!」
「ちるぅ!」
「あはは、ライヌちゃんとるーちゃんも答えてくれてありがとね」
ひんやりぷにぷになライヌちゃんと、ふんわりもこもこなるーちゃんをそれぞれに撫でるオリゼは、見るからに心地良さそう。相手がもう一人の私なだけあって、るーちゃんだけじゃなく、ライヌちゃんも膝の上でまったりのんびり。
勿論、ライヌちゃん達が何と答えたのかは分からない。そもそも私の問いに対する答えかどうかすら不明。でも、私は答えてくれたんだと思ったし、ありがとうという私の言葉にライヌちゃんもるーちゃんも喜んでくれたように見えた。だから、それでいい。
「…う、う〜……」
『……?オリゼ(さん)?』
「わ、私もライヌさん、と…るーちゃんさん、の言葉が分かるように、なりたい…です……」
「あ、あー…いや別に、私も分かってる訳じゃないよ?だけどほら、感じるものって…あるでしょ?」
「…ふぇ…か、感じるもの…も、よく分からない…です…。わ、わた、私は…それも全然、分からなく、て……」
「うわわっ、待った待ったオリゼ!私はオリゼよりずっとライヌちゃん達と察してたから、そのおかげで分かるのかなっ!うん、きっとそう!だよね二人共っ!」
と、少し良い気持ちになっていたのも束の間、予想外の方向からオリゼが泣きそうになった事で私は慌ててフォローに入る。イストワールさんとセイツ、二人に同意を求め、当然オリゼの事を…とにかくメンタルが弱くて、毎日何かしらの事で泣いてしまうその精神性をよーく理解している二人は、速攻頷きを返してくれる。分からなくても仕方ない、オリゼが悪い訳じゃないという流れを作り上げ…何とかオリゼが大泣きしてしまう事態は回避した。…せ、セーフ……。
「こ、こほん。じゃあ、イリゼはどうするの?というか、甘い匂いがしてるし…やっぱりお菓子作り?」
「んー、半分正解…ってところかな。確かにお菓子作りはするけど、もうある程度進んだ状態なんだよね。だから私も、お菓子作りしつつ今日はのんびり…って感じかな」
「んふふ、じゃあわたしと同じね。オリゼとイストワールは二人で出掛けるんだし、わたし達もわたし達で仲良くゆっくりしましょ?」
「ふふ、そうだね。お菓子の方は夜に出すつもりだから、皆期待してて」
肩を揺らして笑うセイツに、私も笑みを返す。まだ完成していないから断言は出来ないけど、今のところお菓子の方は上手くいってるし、きっと夜には甘くて美味しいスイーツを皆に振る舞う事が出来る。それを思うだけで、今からちょっと楽しみになる。
休みの日を、どう過ごすかは自由。趣味に勤しんでもいいし、セイツみたいに徹頭徹尾のんびりするのも、オリゼやイストワールさんみたいに出掛けるのも…充実していれば、充実したと思えれば、なんだって正解。特に私達女神は、平時も有事も割と毎日濃度や密度のがっつりとした日々を送っているんだから……時には特別感のない休みを過ごすのだって、いいよね。
*
「…って思ったけどさ…特別感のない休みを過ごすのだって、とは確かに思っていたけどさ……」
話していた通り、オリゼとイストワールさんが出掛けてから数刻。二人は外で食べるからって事で、セイツにも同意を得た上で簡単な内容にすると決めた昼食の準備をぱぱっとして、綺麗好きなるーちゃんが自分の翼で常日頃から清掃してくれてるおかげで普段はあまりやる必要のない掃除も簡単にやって、よーしここからお昼ご飯まではゆっくり過ごすぞ、と思いながら私はまたリビングへと来た。
ここまでは、何も問題はない。ついでに言うと、リビングに来た私が見たものも、決して問題があった訳ではない。別段何か、問題があった訳ではないんだけど……。
「あ、イリゼ。イリゼもやっと、ゆっくりしに来たの?」
見た目は大きいクッション、座る事は勿論寝る事も出来る…そして何より、一度身体を預けたら立ち上がるのが中々に億劫になってしまう、ある意味で危険(?)な家具、所謂人を駄目にするソファことビーズソファへと寝転がり、脇に空になったコップを置いたまま、更にはTVも点けたままで、持ち上げた漫画を読んでいるセイツ。…確かに今日はお休み。休みの日なんだから、どう過ごそうがそれぞれの自由。それは本当にそうなんだけど……幾ら何でも流石にちょっとだらけ過ぎている自分の姉の姿に、私は何とも言えない気持ちだった。
「…取り敢えず、TVは……」
「聞いてるわよ?」
「き、聞いてるだけならラジオでも良くない…?」
「ラジオでTV番組はやってないじゃない。それに、気になった時は見てもいるわ」
あっけらかんと、セイツは漫画を読みつつ返してくる。…明確に間違っている訳ではないから、言い返すに言い返せない。確かに気になるのがTV番組ならラジオじゃ代替は出来ないし、実際私もながら見はよくする。でも、でもね。はっきり間違ってる訳じゃなくても、それはちょっと…って言いたくなる時ってあると思うの。あると思うっていうか、あるの。姉だからこそ、言わざるを得ないの。
「セイツ…ちょっと、だらけ過ぎじゃない?」
「え?違うわよ?イリゼ」
「…違う?え、じゃあ別にだらけてる訳じゃないの?」
「まさか。ちょっとじゃなくて…しっかりだらけてるのよ」
「そっち!?ちょっ、開き直らないでくれる!?」
「わたしは事実を事実として述べたまでだけど?」
「それを開き直ってるって言うの!」
更にあっけらかんと返すセイツに、私は食い気味に突っ込む…けれど、言われてもセイツはどこ吹く風。くっ…と、というか……!
「取り敢えずセイツ、話をしてるんだからもうちょっと姿勢を正そうよ!ほら、スタンドアップ!」
「ザ・ヴァンガード?」
「違う!…はぁ…セイツってさ、オンオフの差が激しいっていうか、オフの時はほんとだらけるよね……」
惚けるのに加えてふざけまでしたら、もうどうしようもない。これ以上は言っても更にからかわれるだけだ、と私は額を押さえ…代わりに呟く。
そう。オフの時、セイツは結構だらけるタイプ。流石にネプテューヌ程ではない…というか最近は多少変わったっぽいとはいえ、オンオフ関係なくだらけるネプテューヌと同列とかではないにせよ、この通りがっつりだらける。オフなんだから、ほんと問題はないんだけど…今でもまだ、オンオフの激しさに私は慣れない。
「わたしからすれば、イリゼはオフでもしっかりし過ぎだと思うけどね。そもそもイリゼは、女神にとって休みは何の為にあると思ってるの?」
「へ?…女神が働き詰めだと、職員の皆が気兼ねなく休めないし、生活スタイルの差から世間一般の感覚と自分の感性が乖離しちゃって、国民の皆への理解から遠ざかっちゃうから?」
「当たらずとも遠からず、それは働き続ける訳にはいかない理由であって、休みそのものの理由とは言い切れないわね」
肩を竦め、身体を起こしたかと思えば、ふっと真面目な顔をするセイツ。それから発した問いに私が答えると、セイツは手の甲で髪を払って続ける。
「いい?イリゼ。女神が休むのは、常に最高のパフォーマンスを発揮する為よ。オフの時、それも信仰してくれる人達が見ていない時であれば、しっかりしててもだらけていても、皆の幸福度や満足度には影響しない。だけど休みに十分休めなかったら、ほんの僅かでも疲れを取りきれずにいたら、それが巡り巡って皆の満足に悪影響を及ぼす…かもしれない。そうなったら、イリゼも皆に申し訳ないって思うわよね?」
「…それは、うん……」
「だから、わたしは皆の為に、その可能性を極限まで減らすの。人は仕事の為に生きてる訳でもなければ、仕事の為に休みがある訳でもないけど…女神は、人の為に存在している。休みだって、人の為により良い仕事が出来るよう取る。そして、それでほんのちょっぴりでも、皆が幸せになれば、それが自分にとっても幸せ…それこそが女神ってものでしょ」
「セイツ……」
まるでそれまでのだらけが嘘だったかのような、真剣さに満ちたセイツの言葉。…いや、違う。その言葉の通りなら、だらけていたのも本当の事。けれどセイツは見据えていた。きちんと意味を持たせていた。だらける事、のんびりする事…その先にある、女神の務めを、在り方を。
私は、そこまで考えていただろうか。…ううん、考えていない。私は休みの日の過ごし方において、セイツよりしっかりしていたのかもしれないけど…私はただ、何となくそうしていただけ。心においては、間違いなくセイツの方がしっかりしている。そして、そんなセイツだからこそ、心から信頼出来る。やっぱりセイツは、私にとって尊敬出来るお姉ちゃ──
「…って事を頭の片隅に置いておくだけ置いておいて、わたしはだらけたいからだらけてるわ」
「ずこーっ!」
って心に響いた私の感動を返してくれないかなぁセイツぅぅぅぅううううううッ!すっ転んじゃったじゃん!ずっこけた上に、自分で「ずこーっ!」って言っちゃったじゃん!もおぉぉッ!!
「ふふっ、今良い事言ったでしょ?」
「最後にそれを台無しにするようなオチがあったけどねっ!そもそも良い事言ったって自分から言っちゃう時点で台無しだけどねっ!」
「まあ、それを主眼にしていないだけで、頭の片隅にある事は事実よ。それとも、イリゼはもっと真面目でしっかり者の姉が良かった?」
「そういう訳じゃないけども…っていうか、真面目でしっかり者の姉ならイストワールさんで間に合ってるというか、セイツにそれと同等レベルの事を望めるとは初めから思っていないというか……」
「それはそれで悲しいわね…確かにわたしも、イストワールを超えられる気はしないけど……」
ちゃんと仕事の時や有事はしっかりしてるし、頼りになる事も分かってる。けれど比較対象にイストワールさんがいる以上、その方向で『姉らしさ』を出そうとするのは無謀というもの。
…とまあ、ここまでセイツの態度ばかりに言及してたけど、何もだらけているのは態度だけじゃない。朝食の時の寝巻きから着替えた今の服装も、Tシャツにショートパンツにいつものカチューシャっていう、本当に最低限の格好。しかも何故か、一体どういうセンスなのか、Tシャツには「ご当地」の文字。
「…何そのTシャツ」
「ご当地Tシャツよ?」
「ご当地Tシャツってそういうものじゃないと思うんだけど!?」
いやご当地Tシャツって、その地ならではの柄だったり、イラストがプリントされてるような服の事だよね!?間違ってもご当地ってそのまま書いてあるTシャツの事じゃないよね!?売れないよ!?後者だとしたら、商品としての魅力が致命的に足りないよ!?…と、全力で突っ込む私。それはもう突っ込む、突っ込まざるを得ない。というか、これをスルーするようなら、それはもう信次元の女神じゃない。
「な、なんでそんなものを…というか、どこでそんなものを……」
「それはほら、あれよ。神としてのよしみで、某バカンス中の目覚めた人から……」
「物凄い方向の繋がりからそんないつ着たらいいのか分からないようなものを仕入れないでくれる!?っていうか、普通に嘘だよねぇ!?ほんとになんなの!?何がどうしたら、それを手に入れる事になるの!?」
「うっ…み、見つけた瞬間は面白いって思ったのよ…。でも、冷静になって考えると、ほんといつ着たらいいのか分からないし、これ着て外出るのは流石に恥ずかしいしで、使い道があんまりにもなくて……」
「だから勿体なさから外に出る予定のない今日着てみただけって事なら、最初からそう言ってよ……」
蓋を開けてみれば、実際には何ともしょうもない理由。見つけた時、買った時点では良い買い物したって思ったけど、後になって考えてみると…っていうのは、誰にでもある事だけど…それを目の当たりにすると、しかもそれが姉だってなると、物凄く微妙な心境になるものなんだね……。
「こ、こほんっ。それはいいのよ、それは。それよりもわたしは、イリゼを待ってたんだから」
「うぇ?私を待ってた?」
「えぇ。仲良くゆっくりしましょ、って朝言ったでしょ?」
「あー、そういえば…」
「だからほら、イリゼイリゼ」
確かに言っていた、と私が思い出す中、セイツはちょいちょいと手招きしてくる。そして私が近付くと、セイツはにこりと笑い…直後、私の手首を掴んでソファへと引き摺り込んでくる。
「うわっ!?」
ぼふんっ、とソファにダイブする私。柔らかいソファなだけあって、全く痛みはなかったけど、だとしてもいきなり引っ張られたら驚くというもの。だから私は抗議をしようとし……
「んふふっ、捕まえた♪今日はこれから、たっぷり一緒にのんびりしてもらうからね?」
「…んもう、セイツってば……」
同じようにまた寝転がり、私の方を向いてセイツは微笑む。すぐ側で、もう少しで鼻先が触れそうな位の近くで、楽しそうにセイツは笑う。そんな顔をされちゃったら、もう怒る気になんてなれないもので…仕方ないなぁ、と私は横向きになったまま軽く肩を竦めるのだった。
「…それで、セイツは何をする気なの?」
「だから、二人で仲良くゆっくりするのよ」
「…………」
「…………」
「……え、ノープランって事?」
「…まあ、実を言えば…うん」
まさかと思って尋ねれば、セイツは若干目を逸らしつつ何も考えてなかったと認める。…ほんと、今日のセイツは普段に輪を掛けてだらけてる…。
「えぇっと…あ、そうだ。そういえばわたし達って、あんまりゲームで対戦した事なかったわよね?」
「あー、そういえばそうだね。…やる?」
「やりたいから、わたしは言ったのよ」
そう言って、セイツは不敵な笑みを浮かべる。それは紛れもなく、セイツからの挑発。そして休みの日であろうと、相手が姉であろうと、挑発された以上…女神として、軽く流す訳にはいかない。
何のゲームで勝負をするか。それを決めた上で、ハードを用意。ぱぱっとゲームの準備を整え、私達はソファへ座り直す。
「あ、もうセイツは寝っ転がらないんだ」
「対戦する以上、当然狙うのは勝利だもの。それより、何か勝った方へのご褒美とか、負けた方への罰ゲームとかも決める?」
「ううん、要らないと思う。だって…そんなもの用意しなくたって、私は本気で勝ちに行くつもりだもん」
「確かにそれもそうね。じゃあ、いざ尋常に……」
「勝負!」
「……って言いつつ、まだステージ選択が終わってないんだけどね」
「そういう事は言わなくていいの…!活字媒体な以上、そういう事は言わなきゃ分からないんだから…!」
キャラを選び、ステージも選択し、ロードの為に画面が暗転。僅かな間の静寂、戦場においても往々にして訪れる静けさがリビングを包み…光の戻った、私とセイツのキャラが向き合った画面に勝負開始の文字が浮かび上がった次の瞬間、私とセイツのバトルは……格ゲー勝負は幕を開ける。
『……ッ!』
素早く、鋭く、コマンドを打ち込む。私は仕掛け、それを読んでいたセイツは回避からのカウンターを放つ。ガードし、反撃に繋げ、セイツも更に凌いできて…互いのキャラクター、その体力が少しずつ削れる。
「へぇ、やるわねイリゼ。あんまりこのゲームをやってるところ見ないから、楽に勝てると思ったけど…どうやら認識を改める必要がありそうだわ」
「やるわねも何も、このゲームを買ったのは私だよ?けど、セイツこそかなりやり込んでるみたいじゃん…!」
視線も意識もゲームに向けつつ、セイツと軽く言葉を交わす。その間も当然指を走らせ、コントローラーを操作し、キャラを動かす。攻め、防ぎ、仕掛け、躱す。
序盤はお互い余裕がある上、私もセイツも小手調べをしていたからか、ほぼ互角だった。けれど、次第に均衡が崩れ始める。少しずつだけど、戦況はセイツの方へ傾いていく。
(くッ…分かってる、分かってるけど対応しきれない…!)
ミスは、私もセイツもない。女神の姿でなくても女神の動体視力や反射神経は常人を大きく超えている訳だから、普通の人を想定して作っているゲームにおいて、見えないや反応出来ない…って事はそうそうない。
でも、操作上のミスはなくても、判断のミス…読みや駆け引きの失敗はある。そして本物の戦場と同じように、ある程度の経験や実力を持っている相手を前にミスを犯せば、それが単発で終わる事はない。そこから更に付け込まれる、切り崩されるのが格ゲーの常で…本当の戦いと違って、やれる事にも動ける範囲にも大きな制限があるのが、ゲームってもの。私は全力で喰らい付くけど、負けるものかと粘るけど、傾きつつある戦況を覆す事は出来ず……私のキャラは、沈む。
「ふぅ、まずは一勝っと。勿論まだやるわよね?」
「…勿論。こういうゲームって、一戦やってはい満足、なんて事はまずないでしょ?」
完敗じゃないからこそ、心の中に滲む悔しさ。それを堪えて私は答え、すぐにセイツと再戦に入る。二度、三度、四度と続け……だけど、勝てない。どの勝負も善戦は出来ていたけど、後一歩だったけど…その一歩が届かず、私は負ける。
「くッ……」
「ふふん、残念だったわねイリゼ。貴女が上手い、強いのは間違いないけど…わたしはそれ以上って事よ。だってわたしは、お姉ちゃんだもの」
「…………」
「で、どうする?まだ続けても良いし、終わりにしてもいいわ。それか、別のゲームにしても……」
「──ちょっと、待って」
連戦の後でも、まだセイツは余裕を見せる。私だって別に疲弊してる訳じゃないけども、私は敗者で、セイツは勝者。その間には、心の状態において圧倒的な開きがある。
だけど…そんなものは、関係ない。ましてや、諦める理由になんてならない。私はセイツに待ってと言い、袖を捲り、ブラウスの首元を結んだリボンと共に緩める。そして靴下も脱いで……
「…って、靴下は元から履いてないんだった……」
「…どうやら、本当に本気モードみたいね」
面白くなりそうだ、とばかりに薄く笑うセイツ。その笑みには、負ける事なんて微塵も考えていない、正に勝者の余裕が浮かんでいる。…ならば、私は力尽くでそれを変えて見せるまで。セイツは私の姉で、その強さは十分に知っている…だからこそ、これ以上負けたくなんかない。
「先に言っておくね。次の勝負は…私が、勝つ」
「……!いいわ、その心の中で燃え上がる闘志、凄く良いわっ!でも…わたしだって、まだまだ連勝を重ねるつもりなんだからね?」
仕切り直すように、交錯する視線。そうして再びコントローラーを持ち、ロードの間にゆっくりと息を吐き…勝負、再開。
「先手必勝ッ!」
「その動きはさっきも見たわッ!」
「なんのッ!」
「てぇいッ!」
声を上げ、気合いと共にコマンドを打ち込む。自分と相手、それぞれのキャラの一挙手一投足の全てを把握し、常にベストの選択をし続ける。
ここまで私は負けてきた。だけど全てが後一歩。遠い一歩ではあるけれども、セイツからしたってここまでのは全て薄氷の勝利。何か一つ、ほんの僅かにでも狂いがあれば、それだけで瓦解するような危ういもの。そしてその狂いをもたらす変化が…私には、ある。
「そこぉッ!」
「甘いわ!その攻撃で押し切りたかったんでしょうけど、この程度じゃ──」
「勝てないと思っているからこそ、この攻撃があるッ!」
「なッ……わたしがイリゼに、負ける…ッ!?」
勝利を確信した、カウンターの体勢に入ったセイツが、次の瞬間見せた驚愕。そこに叩き込むのは、セイツの予想を超えた私の攻撃。ここまで私もセイツも相手の行動を読み、何手も先を考えてきたからこその…お互い幅はあれど『想定内』の内から抜けていなかったが故の、想定外に対する明確な動揺。
そして初戦と同じように、一度傾いた流れはそう簡単には変わらない。ほぼ互角である事が、何も無しに逆転する事を不可能にし……決着。
「…ふー、ぅ。まずは一勝…返させてもらったよ」
再びゆっくりと吐息を漏らし、さっきの意趣返しの様に軽く口角を上げて言う。セイツの顔は見ない。見なくたって、今どんな表情をしてるか容易に想像出来るから。
一体何が勝利の鍵になったのか。何が変わったのか。…それは、私とセイツ、それぞれの意識。袖を捲り、リボンと首元を緩めた事で、これまで以上の本気、全力全開モードになった『つもり』の私と、そうなったんだろうと『思ってる』セイツ…その二つが組み合わさる事で、お互いの無意識に僅かな変化が生じた。実際のパフォーマンスが向上したかどうかは関係ない。意識の変化で思考も、それによる予測や想定も僅かながら連鎖的に変化する事で…ギリギリ勝っていたセイツという状況を、変えるに至った。
「…そうね、今のは負けたわ。だけど…ここまで連敗しておいて、まさか一回勝っただけで完全に逆転したなんて思ってないわよね?」
「まさか。そう思ってないからこその、『まずは』だもん」
それだけ言って、また勝負。再び…というか全ての回において私達は接戦となり、けれどまた私が勝つ。反撃の狼煙の様に、私が二連勝し…続く勝負では、セイツにやられる。そこからは、互いに勝って負けてを繰り返す、完全な一進一退となっていく。
「よっしまたわたしの勝ち!大分迫られてはきたけど、まだまだ合計の勝利数ならわたしの方がずっと上よ?」
「確かにね。だけどセイツ、それでいいの?これまでの結果を盾にするなんて、女神らしくないと思わない?」
「たった今負けておいてよく言うわね、イリゼ。でも、貴女の言う通りよ。だからここから「ちるちる!」した方が真の勝者としようじゃない!」
「へぇ…いいね、乗った!だけどさっき負けたとはいえ、流れは私にこそある。先に「ぬらぬら!」するのは私の方だよ!」
「……ちるちる?」
「……ぬらぬら?」
やってやられて勝って負けて、そんな状況になった事で更に私達はヒートアップ。軽く煽り合いつつ一層の勝負を交わそうとし……うん?…となる。私もセイツも、小首を傾げ…次の瞬間、ぷにぷにとふわふわ、二つの感覚が飛び込んでくる。
「ぬらっら、ぬらぬー?」
「ちるっ。ちるるぅ〜」
「わっ…そっか、ライヌちゃんとるーちゃんだったんだね。えっと…ごめんね?今私はちょっと忙しいから、ライヌちゃんもるーちゃんも離れてて──」
「さあ次の勝負よ!」
「ちょっと!?」
さっき見た時には、別の場所で仲良く遊んでいたライヌちゃんとるーちゃん。そのライヌちゃん達がいつの間にかリビングに来ていて、ライヌちゃんは私の膝の上に、るーちゃんは特等席である私の頭の上に乗っかってくる。それ自体は別に良い。無邪気にくっ付いてくるライヌちゃんとるーちゃんはどっちも凄く可愛くて、そんな姿にいつだって私は癒されている。けれど今は真剣勝負の真っ最中、ライヌちゃん達に構っている余裕もなければ、ライヌちゃん達のちょっとした動きが操作に…ひいては勝敗に関わり得る程の状況な訳で、私は退いてくれるよう頼む……けど、あろう事かセイツは退くよりも前にステージを決定してバトル開始にしてしまう。
当然の様に、セイツはすぐさま仕掛けてくる。膝上にライヌちゃん、頭上にるーちゃんの状態で私は応戦するも、言うまでもなく明らかに不利。
「ズルい、ズルいって!あーもうっ!」
「不満なら、メニュー画面を開いたっていいのよ?それをするのは禁止、って最初に決めたルールも、先にズルをしたのはわたしなんだからね」
「こ、このぉ…!」
言い訳は立つでしょう?とばかりにセイツは言ってくる。一見譲歩してくれているようで、その実メニュー画面を開いて一旦止めるという真っ当な対応を、私のプライドを刺激する事で封殺してくる。そしてその図式に気付いてしまった以上、私は止める事が出来ず…再び、敗北。
「るっちっち〜。ちる?」
「あっはっは、完璧な勝利ね!るーちゃんも『この女神凄いよ!流石イリゼのお姉さん!』って言ってるわ!」
「言ってないでしょ絶対に!ぐっ…ライヌちゃんるーちゃん、あっちに行ってて……」
「ぬららぁ…♪」
「…って言える訳ないじゃん可愛いんだもん…!」
すりすりと私のお腹にくっ付くライヌちゃんを見て、私の心は余裕で陥落。セイツが手心を加えてくれる筈もなく、そこから再度私は連敗。不可抗力とはいえ、ライヌちゃんとるーちゃんの可愛さを前に無理矢理退かす事なんて不可能とはいえ、続く敗北に私の心はどんどん傷付……
「ぬらーぬら?ぬららっ、ぬーぬぅ!」
「ちちる〜るっちちる〜♪」
「…はふぅ……」
……く事なく、むしろなんだか充実感があった。膝の上、厳密に言えば太腿の上から私を見上げ、話し掛けてくるライヌちゃんと、私の頭の上で小さく揺れながら、気分良さそうに歌うるーちゃん。その姿に心は癒され、連敗の事なんてそんなに気にならなくなっていた。…いや別に、負けてもいいやって思ってる訳じゃないけどね?悔しいし勝ちたいけど、それはそれとしてほっこりしてる…的な感じで。
「…………」
「…セイツ?」
「…ふ、ふん。連敗してるのに気楽な調子なんて、随分と余裕たっぷりじゃない。そんな調子じゃ、もっと連敗スコアが伸びちゃうわよ?」
(…この反応、もしかして……)
そこでふと気付く、セイツの変化。さっきから、やけにちらちらと感じる視線。何事かと思えば、セイツは連勝してる割に上機嫌って感じじゃなくて…その反応から、私はある事を思い付く。そしてすぐさま実行に移す。
「…ねぇ、ライヌちゃん、るーちゃん。何だかセイツも、ライヌちゃんるーちゃんと遊びたいみたいなの。セイツのところ、行ってくれる?」
「な……っ!?わ、わたしは別にそんな事……」
「ぬらら?ぬら〜」
「ちるるっ!」
「ふふ、ライヌちゃん達は遊びたいみたいだよ?」
「あっ、ちょっ……!」
私の言葉…というより意思が伝わったのか、ライヌちゃんはぴょこんと跳ねてセイツの膝の上に移り、るーちゃんもふわりと飛んでセイツの頭の上…ではなく、肩に乗る。るーちゃんが頭の上に乗りたがるのは、私の場合のみ…っていう私の密かな自慢はさておき、ライヌちゃん達はセイツの下に行ってくれる。
当然、そうなった事にセイツは動揺。その隙に私はゲームをスタートさせ、完全に状況を逆転させた上でセイツを圧倒。自分もやっておきながら憤慨するセイツをスルーして、私は連勝をもぎ取っていく。
そうした結果、どうなったか。セイツがキレたか。…勿論、そんな事はない。セイツがどうなったかっていうと……
「も、もう…!ライヌちゃんもるーちゃんも、遊びたがりなんだから……♪」
全く以って予想通り、満更でもなさそうな顔をしていた。ぷにぷにとふわふわの感触に、癒されていた。…まぁ、当然だけどね。だってライヌちゃんとるーちゃんだしっ。
「はい、これでまた私の勝利っと。…で、どうする?まだこのままやるか、それともライヌちゃんとるーちゃんに退いてもらってから、改めて勝負を再開するか」
「し、強かになったわねイリゼ…。…いいわ、ここは一度──」
このままなら総勝利数でも追い付き追い越す事が出来そうだけど、それで勝っても嬉しくない。その思いで私はセイツへと提案し、セイツも応じ、私達は退いていてもらうべくコントローラーの代わりにライヌちゃんとるーちゃんを抱き上げて……
「ぬらぁ?ぬぬっら、ぬらぬらぬ〜♪」
「ちーるるっ!ちるっち、ちるちっちる〜♪」
「…………」
「…………」
『もぉーっ!ほんとにほんとに、可愛いんだからーー♪』
勝負続行でも、一旦退いてもらうでもない、第三の選択肢…むしろゲームの方を中断し、とことんライヌちゃん、るーちゃんと遊ぶ事を選ぶのだった。
*
「い、イストワール。今日、は…一緒に、お出掛けしてくれて…ありがとう、ござい…ますっ。とっても楽しい、お出掛け…でした」
「感謝なんて必要ありませんよ。家族なんですから(´・∀・`)」
「えへへ…。そ、それなら…今度は、イリゼと、セイツも一緒に…行きたい、ですっ」
「そうですね。お二人もきっと、賛成してくれ……あ(゚o゚」
そうして時刻は夕暮れ、教会へと戻ってきたオリゼとイストワール。こちらもこちらで充実した一日を過ごせた様子の二人が、リビングへと入ったところで目にしたのは……
「すぅ…すぅ……」
「くぅ…くぅ……」
『…ふふっ』
引っ付くようにして眠る、ライヌちゃんとるーちゃん…その両者を間に挟む形で身体を軽く丸め、ビーズソファで同じように向き合って寝息を立てる、イリゼとセイツの姿だった。
今回のパロディ解説
・「ザ・ヴァンガード?」
ヴァンガードシリーズのアニメにおける、一部キャラの使う言い回しの一つのパロディ。本作最初のパロネタですが、このパロディについては前にもシリーズのどこかでやった気がします。
・「〜〜某バカンス中の目覚めた人〜〜」
・「〜〜わたしがイリゼに、負ける…ッ!?」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズに登場するキャラの一人、マクギリス・ファリドの台詞の一つのパロディ。一応書いておきますが、やっているのはガンダムの対戦ゲームではありません。……多分。
・「〜〜この女神凄いよ!流石イリゼのお姉さん!〜〜」
∀ガンダムに登場するキャラの一人、ギム・ギンガナムの名台詞の一つのパロディ。イリゼもセイツも人を守り導く女神なので、勿論月光蝶を呼んだりはしません。