超次元ゲイムネプテューヌ Origins Transition 作:シモツキ
ゆっくりと、息を吐く。自分の中で意識を切り替えるように。神経を研ぎ澄まし、全身に…指の先まで力を張り巡らせる。そして、片手で得物を構え…見据える。
「ど…どこからでも、掛かってきて…下さい」
おどおどとした、いつも通りの口調と、そんな様子からは想像出来ない程に寸分の隙もない…その雰囲気だけで、圧倒的な力と経験を有している事がひしひしと伝わる立ち姿。私とは対照的に、一切の構えを取らないオリゼ。
「…なら、行かせてもらうよ」
これで一体どう掛かって来いというのか。そんな思いをぐっと飲み込み、どう攻めるか考える。数瞬考え…やはり隙などない、攻め易い位置なんかないと結論を下す。
ならば、相手の隙に合わせて打ち込むのではなく、自分を主体に、距離や体勢、周りの環境なんかも踏まえた『今の自分』にとっての最善手を打つまで。それが上手くいくかどうかは分からない。分かるようなら、苦労はしない。
今一度、小さく息を吐いて気持ちを整える。ゆっくりと片足を前に出し、僅かに前傾姿勢を取り……地面を、蹴る。
「ふ……ッ!」
一跳びで距離を詰めての、袈裟懸け。ギリギリまで片手で振り、最後の最後で両手持ちに切り替える事による、最終加速での勢いの変化。全力で、本当に私は全力で打ち込み…斬撃は、空を斬る。比喩でも何でもない、本当に紙一重の、極限まで無駄を廃した動きでオリゼは躱し、避けた姿勢のまま私へ向けて斬り上げを放つ。
「──甘い」
「……ッ…!」
静かな、冷たさはなくひたすら落ち着いた声音と共に振り出された斬り上げを、横へ回転しながら躱す。出来る事なら、私も紙一重で躱してみせたかったけど…そんな余裕はなかった。体勢的にも、それを狙おうものなら恐らく躱しきれずに斬り伏せられていた。
「逃しません、よ…?」
着地から立て直す間もなく、バスタードソードの刺突が襲ってくる。それを私は自らのバスタードソードで打ち払うも、すぐに二撃目、三撃目の突きが迫る。
点の攻撃である刺突は、それ故に防御や迎撃が斬撃よりも難しい。だから私は、二撃目以降は左右に身体を振って回避をしつつ後ろへ跳ぶ。数度避け、躱しながらも引き付け…ここだと直感が叫んだ瞬間、クロスカウンターが如く刃を突き出す。回避と共に放った一撃は、オリゼへ向けて真っ直ぐ伸び…けれどそれも、オリゼには凌がれる。オリゼは前に倒れるような動きを取る事で私の刺突を潜り、そこから頭を跳ね上げたかと思えばそのまま手刀を打ち込んでくる。
「つ、ぁ…ッ!」
首を狙った手刀。対する私が取ったのは、無理矢理上体を逸らす事による回避。大きく身体が後ろに傾いた状態から、立て直さずにそのまま回る。左手だけを地面に突け、一回転して距離を取りつつ立て直す。一方オリゼは、今度は追撃をする事なくその場に留まり…剣が届く間合いより数歩開いた状態で、私達は見合う。
「…やっぱり、凄いね。初手だけは、何をどうやっても完全に読み切られる気しかしないよ」
「初手は、い、一番整った状態…ですから。一番整った状態、は…一番動きを、読み易い…もの、です」
照れる事も謙遜する事も、勿論自慢する事もなく、普通の事であるようにオリゼは返してくる。
初手は、一番整っているからこそ読み易い。…理屈としては、分かる。初手の後は攻撃にしろ移動にしろ、構え直さない限りは多かれ少なかれ姿勢が崩れている筈だし、消耗のない行動なんてない。普通に考えれば、姿勢が崩れていたり、ある程度消耗していたりした方が動きは読み易いと思えるけど、実際ざっくりとした読みならし易くなるものだけど、姿勢の崩れや体力の消耗は、一つ一つの動きから完璧さを奪う。言い換えるなら、本人にも予想出来ない不確定要素が増えていく。逆に言えば、初手はそういうものが最も少ない…謂わば一番狙った行動を狙った通り出来る瞬間だからこそ、動きを正確に読む事が出来る。読んだ通りに、相手が動く。
ただまあ、理屈としては理解出来ても、それを実現するのは難しい…なんてレベルじゃない。それこそ相手の微かな動きや身体の傾き、視線やら何やらも過不足なく読み取り行動を予測しなきゃいけない訳で…正直まだ私には、真似出来る気がしない。
「…でも、正確に読めるのはあくまで初手だけ。完全に見切って、回避と反撃に繋げたからこその流れも、仕切り直しの形になった今はほぼ存在しない。そうでしょう?」
「そ、そう、ですね。…だけど、それだけ…です」
流石のオリゼも、全ての動きを正確に読める訳じゃない。初手を読むのに特化してる訳じゃなく、初手なら正確に読めて、それ以外も恐らく私と同等以上に読めるんだろうけども…だとしても、その初手読みとそこから続く流れを凌いだ以上、オリゼのアドバンテージは間違いなく一つなくなった。
にも関わらず、オリゼはそれだけの事だと平然と返す。ブラフ?虚勢?…まさか。オリゼにとっては、本当に「それだけ」なんだ。それだけで済ませられる自信が、経験が、オリゼにはあるんだ。
(さて、どうする?技術や経験値は今もオリゼの方が上だろうけど、単純な身体能力ならお互い人としての姿な以上、大した差はない筈。だったら──)
シンプルなパワーやスピード勝負になれば、そしてそれで互角の戦いになれば、オリゼはきっと焦る。優位な筈の、自分の方が強い筈の相手と互角だなんて状況で、動揺しない人なんていない。だから突くべき状況はそこ…と考えていた時、先と同様構えていなかったオリゼの身体が小さく動く。動いたと思った次の瞬間には、地を蹴り距離を詰めてくる。
「……ッ!これは、さっきの……!」
「良い一撃だったと…思い、ますよ?」
踏み込みからの袈裟懸け。片手持ちと見せかけて、振りの途中…それもかなりギリギリのところから両手持ちに切り替えてくる、巧みな…と表現するのは恥ずかしいけど…斬撃。それは、紛れもない……私が初手として放った一撃。
オリゼが行ったのは、その完全再現。だから、巧みと表現するのは恥ずい…というのはさておき、一度しか、それも勝負の中でしか見せていない動きをこうもあっさり再現されるというのは、凄く悔しいし、感情を掻き乱される。おまけに、唯一の違う点…完璧に紙一重で躱したオリゼと違って、私はバスタードソードを掲げての防御をせざるを得なかった点が、更に私の自尊心を揺さ振ってくる。
そして、私は痛感する。…これが、相手の調子を崩す『私』の戦法か、と。私がこれまで戦ってきた相手も、こういう気持ちになっていたのかと。
「やって、くれるね…ッ!」
だったらこっちもオリゼの動きを真似してみせようか。…一瞬浮かんだその考えを、私は振り払う。それは悪手、私だったら上手く引っ掛かってくれたと内心でほくそ笑んでしまうような、まんまと乗せられている思考。…自分の戦法だからこそ分かる。この戦い方を相手にする上で重要なのは、調子を崩されようと自分を見失わない事。変に相手の事を考えず、自分の土俵に留まる事。
その為に私は、両足で踏ん張り押し返す。そこからすぐさま上段斬りで反撃…と見せかけて、柄から話した左手で手刀…というのもブラフで、左腕を後ろに引き付け掌底を打ち込む。二段階の陽動と、そこに手刀を…一見さっきのオリゼの真似をしているようにも思える動きを混ぜた、頭をフル回転させてのお返しを叩き込む。それにオリゼは、目を見開き…けれど躱す。二つブラフを入れた分生まれてしまった掌底までの猶予を無駄にせず、しっかりバックステップを行ったオリゼに躱されてしまう。
「なら…ッ!」
とはいえ驚かせた、多少なりとも揺さ振りを掛けられた事は事実な筈。ならばその流れを逃すまいと、私は大きく踏み込み連撃。片手持ちと両手持ちを細かく切り替え、更に片手持ちの時も左と右とで持つ手を切り替えて、変則的に攻め立てる。勿論、剣撃だけじゃない。殴打も蹴撃も、頭突きやタックル、果ては合ってるかどうかも分からないなんちゃってバリツなんかも駆使して、全力で攻めて攻めて攻めまくる。けど……。
「ほっ、はっ、でぇいッ!」
「……ふッ!」
両手持ちから片手持ちに切り替え、敢えて大振りな攻撃を二回仕掛けてからの、両手持ちのコンパクトな斬撃。大振りから最短距離の斬撃に切り替える事で刃が届くまでの時間差を生み出しつつ、コンパクトにした分の威力低下は両手持ちにする事で補う。
普通なら、多かれ少なかれ誰でもこれに翻弄される。本命の三撃目を放つ前にカウンターを打ち込まれたり、防御に徹する事で余裕を持って対応したり、或いはそもそも距離を取って近接戦自体をキャンセルしたりと、防ぐ手立てはあるけども、それ等はどれも私の戦法そのものが成立してなかったり、翻弄された上での動きだったりと、真正面から打ち破られてる訳じゃない。私の戦法は、そういうもの。相手が乗ってくるか、乗せられるかが私にとっての勝負であって、乗ってきたなら後は私の土俵。余程の実力差がない限り、相手の土俵で戦うのがどれだけ不利且つ悪手であるかなんて、誰にでも分かる事。
…なのに、それなのに、オリゼはそれをしてみせる。大振りの二連撃は軽快なステップと体捌きで避け、三撃目には自身もバスタードソードを振って打ち合いの形を取ってくる。私の動きに乗って、真正面から対応して…その上で、きっちり切り抜け反撃してくる。
(オリゼには、通用しない…?…いや、違う…オリゼにだって、先入観や思い込み、無意識の思考は絶対に存在してる、していない訳がない…。だから恐らく、これは……)
「──分かり、ますよ?イリゼは、私の複製体で…イリゼを創り出したのは、私…なんですから」
「……っ…だよね…!」
そう。オリゼに私の戦法が通用しない訳じゃない。読まれているのは戦法じゃなくて、私そのもの。そして戦法だろうと私の思考や動きそのものだろうと、読まれてしまえば同じ事。思い込みや誤解をさせた上でそれを裏切る、予想から外れた動きを取る事で翻弄していく以上、正しく読まれてしまえば機能なんてする筈がない。
それにもう一つ。私はこの勝負の中、駆け引きの中で、オリゼについてある事に気付いた。
「こんな程度じゃ、私には…届きません、よ…?イリゼは、私の複製体…なんですから、分かります…よね?」
半身になり、レイピアの様にオリゼはバスタードソードを振るう。かと思えば次の瞬間には両手持ちとなり、重い一撃を打ち込んでくる。振り抜いた直後に左手を離しつつ後ろ蹴りに移行し、躱してもそれを見越していたが如く一回転して回転斬りに繋げてくる。いつの間にか両手持ちに戻っていて、すぐにまた片手持ちで素早く攻撃を私へ重ねる。
多分殆どの人には、私の動きとオリゼの動きは、どっちも同じに見えると思う。だけど違う。全く違う。私はバスタードソードを、片手持ちと両手持ちという性質の違う使い方を適宜切り替える事で両立出来る、その点を活かして相手を翻弄する為の主体として扱っているけど、オリゼはただ単に、片手持ちの方が強くなるタイミングでは片手持ちに、両手持ちの方が有効的になる瞬間では両手持ちに、そうやってその場その場でのベストを実現出来る武器としてバスタードソードを使っている。私の動きは変則的に攻める事を主眼に置いているけど、オリゼは純粋に『強い』動きをしているだけ。ある種真っ直ぐな戦い方を、変幻自在に行っているだけ。
だからオリゼには、相手を翻弄しようという様子がない。私の動きを再現してきたみたいに、全くない訳ではないけど…恐らくそれは、無意識的なもの。その程度容易に再現出来る、と示す為だけのもの。まあでも、それについて驚きはない。むしろしっくりくる。だってオリゼは、オデッセフィアを守り導いた原初の女神は、圧倒的な強者だったんだから。翻弄なんていう策を講じなくとも、真っ向から何もかも捩じ伏せ打ち倒せるだけの力があったんだから。
(強いな、本当に強い。だけど私も、原初の女神だ。なら、もう一人の私に出来て、私に出来ない筈はない。届かない道理はない)
下段への刺突、そこから更に踏み込んでの斬り上げを刀身の根元で受け止める。持ち手に近い位置で受け止める事により、両手での斬り上げを片手で止める。当然片手で止めた直後にオリゼも片手へと切り替え、空いたもう一方の腕での攻撃に移ろうとしてくる…けど、たった一瞬だとしても、先に動けるのは先に片手となっていた私の方。
その一瞬を利用して、ハイキック。止めている斬り上げを支えにする事で、頭を蹴り飛ばす軌道の一撃を放つ。オリゼはそれを、身体を後ろに晒す事で、その場からは動かず体勢のみを変える事で凌ごうとする。それは躱した直後に反撃を行う、回避の先を見据えた動きで…これならばと、私は確信する。その確信と共に、私は後ろ蹴りを…そのままハイキックを振り抜くと共に、身体を捻る事で逆脚での追撃をオリゼへ放つ。
威力はハイキックからの遠心力で、追撃への円滑な移行はハイキック時に逆脚ではなく斬り上げを受け止めた手と刃を支えにする事で実現した後ろ蹴り。私の二の矢にオリゼは驚き、それでも後ろに傾いた状態を利用し半ば倒れるように跳ぶ事で後ろ蹴りも躱してくるけど、もうこうなれば即座の反撃には繋げられない。そして私の攻撃も、まだ終わりじゃない。
「逃がしは、しないッ!」
回転しきった上での着地。片膝立ちでの接地。膝と足の指先で地面に触れた瞬間、バネの様に身体を跳ね上げ、立たせていた膝を突き出す形で飛び膝蹴り。もう一度後ろに跳ぶ事で、最早殆ど身体が横になりつつもそれすらオリゼは避けてくる…けど、躱された私は両手を突き出し、今度は掌で地面に触れると共に身体を振って一回転。倒立前面の要領で、今度こそ捉えてみせると踵落としを叩き込む。
喰らい付きに喰らい付いた、足技四連撃。全力全開の、四度の蹴撃。四度目の踵落としで、遂に私は届かせる。防御はされた、後方宙返りからの着地と共に交差させた両腕で阻まれはしたけども、確かな衝撃がオリゼに届く。
「…これは、読めなかったでしょう?」
すぐさま押し返してくるオリゼには抗わず、それを利用して私は立て直す。突き出された拳での突きを左手で打ち払い、片手持ちのバスタードソードで数度斬撃。そこからは両手持ちに切り替えて、豪快な動きでオリゼを攻める。
今、私の中にあるもの。それは、これならば通用するという確信。私の動きは、オリゼに読まれる。私の動きじゃ、オリゼの想定を超えられない。だから私は、トレースする。オリゼの知らない動きを、私じゃない動きを。片手持ちはノワールの、両手持ちはネプテューヌの、そして足技は勿論……っとッ!
「まだ、甘い…です。そ、そんな荒い動きじゃ、驚きはしても…脅威じゃ、ありません」
「分かってるよ、だから脅威になるまで…積み、上げる…ッ!」
縦に振った両手持ちでの斬撃を、オリゼは刀身で滑らせ逸らす。直後にオリゼは振り抜いた状態の私の剣を強く叩き、衝撃で地面にめり込ませると共に自身は反動を利用しまた斬り上げを仕掛けてくる。私はそれを身体を半身にする事で避けて、荒々しくも鋭い…ジャッジ・ザ・ハードのそれを意識した殴打をオリゼへと打つ。
オリゼの言う通り、一つ一つの動きは荒い。記憶を頼りにそれっぽい動きをしているだけなんだから、質も動きのバリエーションも数段劣る。幾ら読めなくても、そんな攻撃じゃオリゼになんて通用しない。
だから私は、質を数で、組み合わせで補う。一つ一つは単なる劣化版でも、組み合わせて独自の動きに昇華すれば、それも一つの技になる。
(どこまでやれる?どこまでいける?…分からない、分からないから…目一杯試す…ッ!)
必要以上に考えず、直感を頼りに次々と繰り出す。本当は私本来の動きを混ぜて、噛み合わせの悪い部分は私自身の動きで上手く埋める事で完成度を上げたいところだけど、オリゼからすればその瞬間が攻める隙になってしまうから、ぐっと堪えて攻防を続ける。
厳しい戦い。でも苦しさはない。意味のある勝負だと、価値ある戦闘だと、分かっているから。
「そこッ、だぁぁぁぁああああッ!」
「……──!」
幾度も幾度も得物を振るい、手脚を振り、斬って打って斬り結んだ末の、明確な隙。始めは寸分もなかった、攻め込むチャンス。直感的に、私は跳んで掌底を放つ。
本能的に選んだ、私本来の技。決して大きくはない隙を活かす為には私本来の攻撃が最適だったし、ここまで徹底的に私のではない技を使ってきたからこそ、知らない技が続いた中で不意に来る知っている技は、逆にオリゼの意表を突く事になったかもしれない。そういう点を踏まえても尚、オリゼの知る攻撃をするのは早計だったか、ひょっとすると隙も私を誘い込む為の意図的なものだったのだろうか…そんな風にも私は思う。どちらかなんて、オリゼ本人に訊くしかない。時に結果すらも、正誤の証明にはなりはしない。
突き出した掌底が、オリゼを掠める。回避と引き換えに、オリゼは姿勢を崩し…だというのに、半ば転ぶように姿勢を崩した状態からオリゼは私の襟を掴んでくる。身体を捻り、私に背中を向けるようにし、片手での背負い投げへと繋げてくる。避けられた私は投げ飛ばされ…私とオリゼは、ほぼ同時に身体を打つ。
「ぐっ…!」
投げられた形にはなったものの、無理せず受け身を取る事でダメージを最小限に抑える。その上で飛ばされた勢いを利用し、身体を跳ね上げ即座に立て直す。片膝立ちとなり、左手を地面に突け、右手でバスタードソードを横へ流すようにして構える。
そうして私が構え直した時、オリゼはもう立っていた。転ぶのすらどうにかして回避したのかと思う程、涼しい顔で私に視線を向けていた。…全く…強い、強いな…本当に。
「…………」
「…………」
視線と視線がぶつかり合う。気を張った状態、いつでも次の動きに移れる姿勢で向き合ったまま、数秒の時が過ぎ…オリゼはふぅ、と息を吐く。
「…こ、ここまでにしましょう、か」
終わりにしようという言葉と共に、バスタードソードを降ろすオリゼ。既にさっきまでの雰囲気はなく…でも私は、ちょっと食い下がる。
「…私は、まだやれるよ?やれるっていうか、むしろここからが本当の勝負というか……」
「駄目、です。きょ、今日のお仕事があるんです…から、それを疎かにする事は…許し、ません」
「…はーい」
そう言われてしまえば仕方ない、と私も構えを解いて立ち上がる。身体や服に付いた土を払い……オリゼとの模擬戦を、終える。
事の発端は、朝に教会の庭で素振りをするオリゼを見かけた事。洗練された太刀筋を見せるオリゼを眺めている内に、私は鍛錬を兼ねたオリゼとの模擬戦をしてみたくなって…そこから勝負が始まった。
「お疲れ様、二人共」
『へ?…あ……』
急に掛けられた声に振り向けば、そこにいたのはセイツ。傍らにはお盆に置かれた冷茶があって、私達はいつの間にかセイツが見ていた事を知る。
「驚いたわ。通り掛かったら、二人が本格的に勝負をしてたんだもの」
「ほ、本格的なんてそんな…。ほんの、軽い手合わせ…ですよね…?」
「ほんの軽い、ね…言ってくれるなぁ…」
こっちは本気だったのに…と私が肩を竦めれば、セイツも苦笑し小さく頷く。一方でオリゼは、きょとんとした顔を見せる。さっきまでのオリゼが手を抜いていたとは思えないし、あくまで言葉の綾、捉え方の問題なんだろうけど…これについて深く考えるのは、なんだか悲しくなりそうだし止めようかな…。
「まあでも、良い訓練になったよ、オリゼ。人の姿のまま手合わせする事で、選択肢が限られる中での立ち回りも色々と考えられたし」
「そういえば、前からオリゼは朝に鍛錬してるわよね。女神としての姿になれない今でも、少しでも戦えるように…って事?」
「い、いえ。…あ、いや…そうなの、かも……?」
『……?』
「え、えと…前と今は、考えが違う…というか、前はモンスター相手に幾らでも戦う、機会がありました…けど、今は…現代は、オデッセフィアの頃に比べれば…その機会は、少ない…ので……」
どっち?と私達が首を傾げる中、オリゼは回答を翻したその理由を口にする。要は、オデッセフィアの時代にはしょっちゃうモンスターを討伐していた…つまり技術を鍛える機会もあれば、腕が鈍るような暇もなかったけど、今はそうでもないという事。勿論現代だってモンスターは沢山いるけど、特に生活圏に現れる訳でもなければ、被害を発生させる訳でもないモンスターまで片っ端から討伐していれば、不必要に環境へ影響を与える事になるし、クエストという形で問題を起こしているモンスターを討伐する事を生業にしてる人もいる訳だから、やたらめったら狩るのは私としても遠慮をしてほしいところ。そして当然、人の生業の邪魔をする事を、オリゼが良しとする訳もなく…ある意味これも、オリゼの現代への適応…なのかもしれない。
「というか、少し意外だったわ。今はともかく、本来のオリゼなら技術なんか磨かなくたって、大概の脅威は排除出来るでしょ?」
「ぁ…はい。わ、私も前は、そう思っていたん、ですけど…その限りじゃ、ない存在と戦う事があって…それからは、技術も磨く、事に…したんです。…あの出来損ないも、技術を磨いていなければ…もう少し、あそこにいた人達を、不安にさせて…しまっていたと、思います…」
「確かに、力だけはある恩知らずの愚物みたいなのの事を思えば、今ある力で十分だと考える事は賢明じゃないわね。…因みに、その限りじゃない存在っていうのは……」
「…犯罪神、です」
『……!』
侮蔑に満ちた二人の言い方に若干置いてけぼりとなった中、不意打ちの様に…全く予想しなかった形で発される、犯罪神の名。当然私もセイツもそれに驚き…けど、決しておかしな話じゃない。犯罪神は、歴史上何度も倒され、或いは封印されながらも、その度に不滅の…負のシェアエナジーを糧とするが故に、完全消滅はさせられない脅威として復活し、人の安全を脅かしてきた。犯罪神の存在は、信次元の歩みと切り離せないと言っても過言じゃないし…だからこそ、オデッセフィアの時代に現れても、何も変な事はない。…でも、そうなるとオリゼはあの犯罪神を(巨大な化物の姿で終わったのか、真の姿にまでなったかは分からないけど)一人で、それも話からして碌に技術を磨いていなかった段階で倒したって事になる訳で…いやほんと、レベルが違い過ぎる…。
「オリゼも犯罪神と戦った事あったんだ…。…でも、そっか…それを考えると、もし犯罪神との戦闘経験がなかったら、目覚めたばかりの私の技能は、大きく変わっていた…というか、大幅に落ちてた可能性があるのか……」
「イリゼだけじゃなくて、わたしもね。っていうか、基本わたしとイリゼの技は名前が違うだけで内容はほぼ同じって、ちょっと手抜きじゃない?」
「ほぇ…?な、内容…変える必要、あるんですか…?」
「まぁ、隠し芸じゃないんだから内容変える必要あるかって言われたら、ないよー…って話だけど」
「…………」
「…………」
「…な、中に戻って温かいもの飲もうか……」
「そ、そうです…ね……」
「詰まらないなら詰まらないって言って!そんな変な気遣いしないで!?」
ちびちび飲んでいた冷茶を置いて庭から戻ろうとする私達の背中に、セイツの悲痛な声が飛んでくる。…別に気遣ったとかじゃなくて、触れないでおこうと思っただけなんだけど…まぁ、いいや…うん。
「…こほん。取り敢えず、今日も一日頑張ろっか。ここであんまりのんびりしてたら、途中で切り上げた意味がなくなっちゃうしね」
忘れちゃいけないのは、今日は休みではなく普通に仕事の日だって事。まだ続けたかったところを不完全燃焼で終わらせたんだから、しっかり仕事が出来なきゃ何の為に切り上げたんだって話になる。それに、そうでなくとも神生オデッセフィアはまだまだ発展途上。毎日の積み重ねをしなきゃ、現状維持どころか四大国家との差はすぐに開いちゃうんだから、今日も頑張ろう。そう思い、私は冷茶をぐっと飲み干すのだった。
「ところでイリゼ、今日の朝食の準備は……」
「あ……」
*
机や画面に向かっての仕事に、直接顔を合わせての仕事に、出向いての仕事。今日も多様な仕事をこなし、お昼には職員の人達との交流を兼ねてご飯を共にし、今後の予定も確認して…あっという間ではないけれど、一日が過ぎていく。
仕事を終えた後も、やる事はある。夕食の準備をしたり、それ以外の家事をしたり、毎日やる事は盛り沢山。だけど別に、辛くはない。仕事は大変だけど充実してるし、家事は基本ルウィーみたいに人を雇って頼んでしまえばいいものを、私の意思でやってる訳だし…何より日々の疲れ、その日一日程度の疲労なんて、ライヌちゃんとるーちゃんと戯れればすぐにすっきり癒される。今日も一日、良い子で過ごして偉いね〜、と言いながらぎゅっとすれば、それだけでもう心が和む。
「ね、イリゼ。ちょっと相談があるんだけど」
「わっ…えっと、何?」
リビングのソファに座り、携帯端末で来期の番組情報をチェックしていたところで、背後から声を掛けられる。…というか、ソファを挟んでセイツにバックハグをされる。
「む…そこはもうちょっと驚くなり、照れるなりしてくれなきゃ詰まらないじゃない…」
「いやそんな事言われても…セイツ的には不服だろうけど、少しずつ慣れ始めてきてるし……」
「…つまり、もっと過激な事をすればいいの?」
「そうなると多分私、反射的に『変態!』って言っちゃうよ…?」
「うっ…それは嫌ね……」
私だって姉を変態呼ばわりはあんまりしたくないんだから、とセイツに釘を刺しておく。…これで『いやもうこの際、蔑む感情も良い…!それはそれでゾクゾクするぅ…♪』とか、某TS忍者とか双子忍者の姉みたいな事言われたら、いよいよ本当に妹として精神的なダメージが凄い事になるから、そうならなくて本当に良かった。
「で、相談っていうのは?」
「あぁうん。次の休みに、わたしとも手合わせしてみない?」
「セイツと?」
具体的に内容を想像していた訳じゃない…けど、セイツの返答を私は少し意外に思う。まさかそんな事を言われるなんて、と目を瞬かせる。
「えぇ。予定は空いてる?」
「空いてるけど…手合わせなんて、どうして?」
「どう、って…理由を説明する必要、ある?」
「あぁ……」
なんでまた…と一度は思ったものの、セイツの声音と雰囲気で理解する。何の事はない。ただ単に、セイツの心に火が点いたんだ。私とオリゼの手合わせ…それを見て、セイツの女神としての心に。
「…いいよ。考えてみたら、セイツと手合わせなんてした事なかったし…今が、その時なのかも」
「いや、誘ったわたしが言うのもあれだけど、割とノリは買い物に付き合って、位の感じよ…?それをそんな、大きい出来事みたいに言われちゃうと、プレッシャーというか、もっと『ここぞ』ってタイミングにしなきゃいけない感じが……」
「そ、それはまぁ、確かに…。…というか、その『ここぞ』ってタイミングって、具体的には…?」
「うー、ん…皇庁が襲撃されて、憎悪に燃え上がった時?」
「最悪なタイミングじゃん!お互いこんな形で戦いたくなかったって思うタイミングじゃん!私絶対嫌だよ!?」
「まあ、冗談なんだけどね」
「うん、冗談なんだろうとは思ってたけどね…」
確かにちょっと、私はセイツとの手合わせを大仰に捉えていたかもしれない。だけど姉との手合わせなんて、特別…とまでは言わずとも、さらっと流したくないのも事実。私自身、女神としての戦いへの熱意がある事は自覚してるし…きっとセイツとの勝負は、心が燃え上がるものになると思う。ここぞってタイミングがあるなら、その時の方が当然良い。
だけどそんなタイミングがあるとは限らない。むしろ、今がその時なのかもしれない。思えば私がこれまで手合わせしてきた相手も、毎回ここぞってタイミングだった訳でもないし…ね。
「…じゃあ、約束だよ。次の休みに、私と、セイツで」
「ふふっ。じゃあ…行けたら行くわね」
「なんで遊びに行くノリなの!?しかもそれ、行く気ない人が言うやつだし!」
バックハグを退かし、立ち上がると共に振り向いて言う私。そんな私に返ってきたのは…変なボケ。誘ってきたのに、このボケ。それに私は突っ込み…まあでも今から闘志を燃やしても仕方ないか、と笑うセイツに軽く嘆息をするのだった。
*
休日。頭に残るような仕事は前日までにしっかりばっちり終わらせ、いつもより少し長めに寝た上での、朝。私とセイツは、見届け人をしてくれるというオリゼと共に神生オデッセフィアの生活圏外へと移動をした。オリゼとの手合わせと違って、ここまで移動したのは…お互い女神の姿で、戦うつもりだから。
「ここまで来てから言うのもあれだけど…仮想空間内でやる、って事も出来たよね」
「あー、まぁね。でもこの手合わせは、仮想のものじゃなくて…自分の身体で、自分の全てでやりたいでしょ?」
肩を竦めるセイツに、それもそうだねと首肯をする。…今更確認するような事は、他にはない。既に私とセイツは程良く距離を取っていて、移動の時点で女神化もしていたから…後はもう、始めるのみ。
「…オリゼ。念の為、出来るだけ離れていてくれるかしら?手合わせとはいえ…ううん。手合わせだからこそ、目の前の勝負に集中したいの」
「わ、分かってます。私も、勝負の邪魔は…したく、ありません…から」
オリゼが十分に離れてくれたのを確認してから、ゆっくりと構える。セイツもまた、私を見据える。
「…何か、言う事はある?」
「そうだね、なら……真っ向から、全力で、全身全霊で…原初の女神の複製体にして、神生オデッセフィアが守護女神たる私の力を見せてみせよう、レジストハート」
「言うじゃない。だったらわたしも、全力全開で、本気で、真正面から……二つの次元の女神にして、真なる道を切り開く人々の象徴たるわたしの力を感じさせてあげるわ、オリジンハート」
口調を切り替える…という意識すらなく、自然と口を衝いた言葉。それにセイツは小さく笑い、応じるようにして返す。…それが、戦いの前の最後の言葉。それ以上はない。これ以上は、もう要らない。
この場を包む静寂。おあつらえ向きに、何一つとして物音のしない空間。その静寂の中、私は…そしてセイツも集中力を限界まで高め、力と心を滾らせる。そして微かな風が吹き、どこからか飛んできた葉がふわりと地面に落ちた瞬間──私とセイツは、同時に動く。
『……ッッ!』
無言の、それでいて全力の突進。私は刃を振り被り、振り下ろす。真っ直ぐに初撃を、一太刀を叩き込む。一瞬で…いや、それよりも短い間でセイツとの距離は詰まり、私の長剣と、セイツの双剣形態の連結剣が、激突する。
「──真巓解放・貞淑」
「──天舞陸式・皐月」
互いに、相手の放った技の名前を口にする。偶然か、それとも必然か、お互い選んだのは同種の技。…いいや、これは偶然ではなく…恐らく必然。互いに万全の状態且つ、地形を初めとする状況に置いても有利不利のない、全く公平だったからこそ…由来を同じくするが故戦い方も似ている私達が、初撃にこれを選ぶのは、自然な事。そして、威力も速度も精度も互角。オリゼ以外で第三者が見ていたなら、示し合わせていた事をきっと疑う程の…よく出来た、最初の衝突。
「さぁ、ここからよイリゼ」
「ああ、ここからだセイツ」
『ここから……勝負ッ!』
強く力を込め、斬り結び押し合い、同時に離れる。素早く着地し、次なる一手を即座に打つ。そうして、私とセイツの手合わせは、初めての勝負は…幕を開ける。
今回のパロディ解説
・〜〜バリツ〜〜
シャーロック・ホームズシリーズに登場する架空の武術の事。ただ、ホームズの武術として、シリーズ以外でも登場したりしますね。後、前にもパロネタとして出した気がします。
・(〜〜もう一人の私に〜〜出来ない筈がない。〜〜)
機動戦士ガンダムSEEDに登場するキャラの一人、ラウ・ル・クルーゼの台詞の一つのパロディ。複製体であるイリゼは、ある種クローンみたいなものですよね。このパロネタも前にやった覚えがあります。
・〜〜某TS忍者〜〜
ニートくノ一となぜか同棲生活はじめましたに登場するキャラの一人、百地彩夢の事。TS、ドM、レズ等、かなり彼女はキャラクターが濃いですね。この作品の中でも抜きん出てるのではないでしょうか。
・〜〜双子忍者の姉〜〜
閃乱カグラシリーズに登場するキャラの一人、両奈の事。ドMキャラは色々と(それこそネプテューヌシリーズでも)いますが、上状況のネタと合わせ、忍者繋がりという感じで彼女が思い浮かびました。
・「〜〜皇庁が襲撃〜〜燃え上がった時?」
キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦における、展開の一つの事。実際姉妹模擬戦はここぞというタイミングでとも思いましたが、それがいつあるか分からないので、今回やる事にしました。