超次元ゲイムネプテューヌ Origins Transition 作:シモツキ
神生オデッセフィアは、新興国でありながら、一から作り上げた国ではない。浮遊大陸に残された、塗り替えられた街と、オリゼ…私ではない私、もう一人のオリジンハートへの信仰を引き継ぐ形で始まった、言うなれば土台がある程度作られた状態から発足した国。ある種それはズルいスタートダッシュではあるけども、私はそれを悪いとは思わない。だって国は、皆の為のものだから。皆の暮らしが、生活が良いものになるのなら、そこに悪と呼ばれるようなものなんてない。
でも、全ての事に土台があった訳でもない。街は存在していても、それは例外なく昔の時代のものだったから、通信網は一つ一つ築いていかなければならなかったし、経済の流れなんかは初めかなりガタガタだった。今だって、まだ安心出来る程安定している訳ではない上、これに関しては女神として…政府として動くのもかなりの慎重さが必要になる。
そして、一から形にしていかなければならなかったのは、軍事もそう。国を、暮らしを豊かにすると共に、それを守る力を構築していく事も重要で、それは本来女神の務めではあるけど私達だけじゃとても出来ない事で…だからこそ、軍事力の確保と拡大には力を注いできた。これまでもそうだったし…まだこれからも、必要になる。
「──家族の為、友の為、己が目的や信念の為…それぞれの思いを抱いて、君達はこの道を選んだのだろう。君達も知っての通り、今ある平和は多くの戦いを経た上にある。平和とは、与えられるものではなく、自らが…自分達が掴んでいくものだ。それを忘れてしまえば、安寧にも綻びが生じ……そして恐らく、これからも数多くの戦いが生まれるだろう。遥か未来には、崩れる事のない、永遠の平和があるのかもしれないが、私はそんな未来を夢物語だとは微塵も思わないが、そんな未来が訪れるのは今ではない。今はまだ、力が必要だ。守る力が、貫く力が……君達という、力が」
多くの人が、多くの瞳が私を見つめる。その視線を受けながら、私は言葉を紡いでいく。
「これから君達は、更に研鑽を積むと共に、それぞれの形で、人々を…神生オデッセフィアを守る事になる。その中で、苦労や苦悩、何より危険を感じる事があるだろう。一度や二度ではなく、幾度も感じる…そうなってしまうかもしれない。されどそれについて、覚悟の有無を今更問う事などしない。君達の心にそれがある事など、確かめるまでもないのだから。だがもし、その覚悟が今後揺らいでしまったとしたら、心が別の道を望むようになったとしたら……それもまた、間違いではない。私は君達の在り方を、縛りたくはない。だからこそ、迷いが生まれた時は、自らの心の声をよく聞いてほしい。私はそこで、心の叫びを押し殺す事よりも、その声に耳を傾けられる者こそが、精神の強さを持った人間であると思っている」
語りながら、私はゆっくりと見回す。真剣に聞いてくれている者、ぼうっと聞いている者、反応はそれぞれだけど…それでいい。集団に向けて個人が話しているのなら、その時点で退屈になってしまいがちなもの。頑張らなくてはならないのは、話す側であって…だから私は、更に熱を込める。言葉に、思いを込める。
「君達は、国民の盾であり、神生オデッセフィアの剣となる。私と共に、守護の一翼を担ってくれる事を期待している。だが、忘れないでほしい。君達もまた、神生オデッセフィアの国民の一人であり…私が守りたい、愛する人々の一人なのだと。だから、自分を蔑ろにしないでほしい。どうか、自分自身の事も守ってほしい。そして……これからも、私と共に歩んでほしい」
そうして私は、私の言葉を締め括った。私の伝えたい事、分かっていてほしい事…そういうものを、詰め込んだ言葉を。
返ってくるのは、数多くの拍手。その拍手に包まれながら、私は演台を降りる。私からの…新たに神生オデッセフィア国防軍へと入隊する人達への女神としての言葉を終える。
「ありがとうございました。それでは……」
私が先に戻ったところで、司会が次の行程へと進める。式は滞りなく進んでいく。
今、ここで行われているのは、軍の入隊式。ここに集まっているのは、新たに軍の一員となってくれる人達で…けれど、全員が全員新人という訳じゃない。まだまだ人手不足なうちの軍は隊員を随時募集中だから、入隊式を待ってもらって…なんて事はしていないし、ギルドでの依頼でそれなりに実積があったり、或いはそれこそ他国の軍に所属していた経歴のある移住者であったりの即戦力足りうる人材であれば尚更大歓迎な訳。だから出席しているのは若者が中心ではあるけれど、そうではない人も少なからずいる。ある程度高い地位で入隊する事になった人にも参加をしてもらっている。
更に、入隊式に参加しているのは、本職として軍人の道を歩むと決めた人だけ…って訳でもない。
「今回も、良い顔をした人達が集まってるわね。これもイリゼの人徳ならぬ、神徳かしら」
「どうだろうね。私云々じゃなくて、国や周りの人を愛する気持ちで決めてくれた人も多いだろうし…セイツの神徳かもしれないよ?」
「ふふ、だとしたらお互い、無様な姿は見せられないわね」
隣に座る、私と同じく女神の姿をしているセイツと小声でやり取りを交わす。どうだろうね…とはぐらかしはしたけど、実際のところ、軍への志望理由として『女神様の為』という思いを持ってくれる人は少なくない。それは神生オデッセフィアだけじゃなくて、どの国もそう。四ヶ国で軍が復活すると決まった時、再発足する事になった軍へ集まってくれた最初期の人達なんて特に、そういう信仰心を持った人が殆どだったというのは私も聞いている。
女神の力になりたい、女神を守りたい…そう思ってくれる人達がいる事は、本当に嬉しいしありがたい。軍人になれば女神と対面出来たり、一緒に何かする事が出来るかも…それ位のある種軽い気持ちを抱いている人もいるけど、私はそれも構わないと思っている。悪意的な動機ならともかく、そうでないなら…そしてそれが頑張る活力になるのなら、動機に良いも悪いもないと、私は思う。
ただ、強く深い信仰心を持ってくれている人は、危険を厭わない…私達女神の為ならば、と命を投げ出してしまう可能性も孕んでいるからこそ、信頼出来るけど気を付けなきゃいけない。自分を蔑ろにするなと、自分自身を守れと私が言ったのは、そういう人達に自分を顧みてもらう為。軍人は、軍人に私達が望むのは、私達と共に守る事であって、私達を守る事では断じてないと、全員に分かってもらう為でもある。
(良い顔をした人達が、これからもそういう顔でいられる軍に、国にしていく。迷いや躊躇いを…後悔を抱かせる事のないように、私達が真理を示す。きっと皆が今、心に抱く誇りや信念を、守り続ける。…それを、再認識する為の式典でもあるんだ、これは)
私は皆を幸せにする。軍人は、戦いを生業にする職業だけど、死と隣り合わせの人生になんかさせない。死を縁遠い存在にしてみせる。…これは、理想論?綺麗事?──馬鹿馬鹿しい。死を許容し、それを仕方のない事だと…多少は受け入れなければいけないものだと認める事の方が、いやそれこそが、間違っている。一切の人の死を許容せず、それを断ち切る事こそが、女神の目指すべき…果たすべき形だと、私は心から思っている。理想から逃げ、綺麗でないものに甘えるなんて…オリジンハートの歩む道ではない。
だから私は、今ここにいる皆の姿を目に焼き付ける。その面持ちを、しっかりと記憶に刻む。そんな皆を、皆の思いと未来を……守る為に。
*
一つの式典に、私とセイツが…神生オデッセフィアの女神二人が、同時に出席する事は多くない。大規模且つ非常に重要な式典でない限りは、女神が出席するとなっても、私かセイツのどちらか一人だけ…というのが基本になる。出来る限り多くの式典に参加したいとは思うけど…やっぱり、式典と私達二人の都合を片っ端から合わせるっていうのは、中々に難しいものがあるし。
ただ、それは一人でも良いから…二人で出席する必要はないから、という事が前提になる。そして、今回の式典に私やセイツがどちらかではなく、両方出席しているのは……私達が、二人共出る必要がある、その意味があるという事。
「少しだけ、予定より時間が押してるわね…イリゼ、まだ大丈夫?」
「勿論。それに時間が押した要因の一つは、今回の入隊者が過去一だから…それを思えば、そう悪い事でもないよ」
入隊式が終わり、参列者が退席していく。その姿を眺めながら、私達も席を移動する。確かに少し時間が遅れてはいるけど…少しなら遅れても大丈夫なように、初めから予定を組んでいる。というより、この後の予定は、最悪後日に回しても良いものにしてある。…この後にもまだ、重要な式が…必ず出席しなきゃいけない式典があるから。
「それではこれより、叙勲式及び、特別昇格式を行います」
移動と準備が完了した事で、司会が進行を始める。ここまでは、文字通り入隊した人達は向けた式典。そしてここからは、既に入隊している…軍人として、大きな成果や実績を挙げた人達へ向けた式典。
「各受勲者にはオリジンハート様、レジストハート様より叙勲が行われます。名前を呼ばれた隊員は壇上に上がって下さい」
私とセイツが壇上の中央へ移動したところで、慣れた様子の司会に続き、軍の高官が叙勲対象者を呼んでいく。一人ずつ、呼ばれた軍人が壇上に登り、並び…全員並んだところで、先頭の一人が私の前へ。
真っ直ぐに見つめ、同じように真っ直ぐな瞳を受け取る。まずは名前を呼び、そこから受勲者への祝辞の言葉を述べていく。それは世の中の多くの授賞式や何かの記念を祝う式と同様、決まった言葉を紡いでいくものではあるけど…形は過去のものと同じでも、言葉に込める思いは同じじゃない。毎回毎回別の、一人一人違う思いを、目の前の一人に向けた気持ちを、声に乗せる。でなければ、叙勲は形だけの、ただやる必要のある事だからやっているというだけのものになってしまうし…そうではないからこそ、決まった言葉だけで私は終わらせない。
「──受勲おめでとう、大佐。君の指揮官としての、一個人ではなく将としての才覚や精神は、神生オデッセフィアにとっての得難いものだ。大佐ならばきっと、将官となる事も不可能ではないだろう。…無論、君が望むならば、だが」
「はっ。微力ながらも女神様の力となる事が出来るよう、今後も尽力させて頂きます」
「ふふ、それは楽しみだ。…だが、一つだけ訂正させてもらおうか。君の力は、微力ではない。無論それが、自らを卑下する意思から発されたものではないとは分かっているが…それでも言わせてほしい。君の能力も、君の擁する部隊の実力も、私や神生オデッセフィアにとっては大きな力だ。故に…私は頼もしいと思っている」
そう言って私が笑みを浮かべれば、大佐は目を丸くする。それから数拍の間を経て…大佐も微かな笑みを見せた。ここまでは純度100%の厳格さ、真面目さを顔に浮かべていた彼が、初めてその表情を崩した。…セイツじゃないけど、こういう感情の揺れ動きを感じられるのは、嬉しい。私の言葉に感じるものが、響くものがあったんだって思えると…凄く、充実感がある。
「凄いわね、大尉。この勲章を受けるのはこれで二回目でしょう?わたしも貴女の武勲はよく聞いているし…というより、貴女とは戦場で翼を並べた事もあるのよ?覚えているかしら?」
「えぇ、勿論。レジストハート様にもう一度この勲章を頂きたくて、今日まで頑張ってきました。昇進よりも、レジストハート様に祝って頂ける事の方がアタシにとっては勲章です。ですので、次にまた受勲する事があったら、その時もレジストハート様にお願いしたいです」
「ふふふっ。そういう自分を全く偽らないところ、わたしは好きよ。でも…もしそこまでわたしを思ってくれるのなら、もう少し昇進にも意欲を持ったらどうかしら?知っているとは思うけど、もう一つ階級を上げて佐官になれば、違う形でもまた貴女を祝えるんだから」
最初の叙勲を終えたところで、次の叙勲へ入る。そちらはセイツが担当し、私と同じように一人一人へ違う言葉を掛けていく。
叙勲の内容も、一律で同じという訳ではない。個人としての活躍、集団としての活躍、戦場以外での活躍…色々な活躍の形があるからこそ、叙勲の種類も複数ある。そして私もセイツも、叙勲を受ける人の事は予めよく聞いていて…だからそれぞれへ向けた言葉を掛けられる。…尤も、叙勲を受けるレベルの人の活躍であれば自然と耳にも入ってくるし、セイツが言ったように戦場で共に戦った…なんて場合も結構あったりする。
そして私は、こうして祝える事が嬉しい。全員が全員、祝ってもらえる事を望んでいる訳ではないんだろうけど…活躍は、成果は、評価されるべきもの。その評価をただの称賛だけでなく、こうして形を持って祝うというのは、本当に大事であると思う。
「いやはや、大したものだよ中尉。中尉という階級で、この勲章を受けるのは君が初めてだ。無論、まだ神生オデッセフィアは歴史の浅い国ではあるが…だとしても、中尉として初めて受勲したという記録は残り続ける。君の、名前と共にね」
「こ、光栄ですっ。き、記録に残るというのは、まだいまいち実感がない…いや、受勲自体も全然実感ないんですけど、自分の様なものがだなんて、本当に光栄で……」
「はは、そう緊張しなくてもいい。…と、言われても緊張してしまう気持ちは、私も理解している。だが…もう少し、胸を張る事は出来るかな?君は幸運でも偶然でもなく、君自身の力で、その実績で、この栄冠に輝いたのだ。だからどうか、胸を張り…君がこの勲章に相応しい人間なのだと、皆に見せてほしい」
私の手で勲章を胸元に直接付けながら、私は話す。大きな活躍を挙げた人だからって、誰もが自信や余裕を持っている訳じゃない。こんな風に、緊張してしまっている人も当然いる。でも今話した通り、叙勲をするのはそれに見合うだけのの成果を上げてくれたから、それに相応しい人間だからな訳で…私の思いが伝わったのか、それとも単に女神からの言葉に従ったって事なのかは分からない。けれど彼は、少しだけ…でも確かに、胸を張ってくれた。
いつか彼が、もっと自然に、もっと堂々と胸を張れる日が来てくれる事を私は望む。……緊張でガチガチな彼の感情を見て、表面上は何とか平静を装いながらも、恐らく内心では心踊っているセイツの事は極力考えないようにしながら。…緊張なり喜びなり、とにかく叙勲の時って皆強い感情を抱いている場合が多いから、セイツからしたら楽しくて仕方がない時間なんだよね…女神として、ちゃんとすべき事はしてるし見せちゃいけない姿は見せてないからいいけど…って、守護女神は私の方とはいえ、なんで妹の私が姉の事を心配してるんだろう……。
(…胸を張る…思えば私も、昔はきっと胸を張れていなかったんだろうな……)
ぼんやりと、私は回顧する。自然と胸を張る為に必要なのは、自信。自分を信じる気持ち。でも昔の私は、自分が何者なのかも分からず記憶喪失であると思っていたから…やっぱり、自分に自信が持てなかった。だけど、自分に記憶がなくても、元から存在しなくても、私には友達や仲間がいて、信仰してくれる人も出来て、自分の信念や道を築く事も出来ていって…いつの間にか、私は自信を持っていた。胸を張って、これが私だと誇れていた。
そんな事も思いながら、私はセイツと共に叙勲をしていった。叙勲をしていく内に、なんだか私も誇らしい気持ちになっていった。そうして叙勲式は終わり……もう一つの式、特別昇格式へと移る。
「続きまして、特別昇格式を行います。名前を呼ばれた隊員は、女神様の前へお並び下さい」
叙勲式と同様に、対象となる隊員が順に呼ばれていく。まずは、将官…つまり、准将以上の階級に昇進した軍人が、私達の前に立つ。そして、壇上に用意された席へ座り直した私の前に……腰から抜いたバスタードソードを差し出す。
それは、神生オデッセフィア国防軍の士官…准尉以上の階級となった人に贈る、一種の証の様な物。鋳造によって造り上げる量産品で、素材も純神生オデッセフィア産とはいえコスト的には比較的安価な物を使った合金という、基本的には儀礼用で戦闘用としても一応は使えるといった程度の物ではあるけれど、形に関しては私が監修し、貸与ではなく完全な供与として扱っている代物。私が監修したバスタードソードだけじゃなく、セイツが監修した双剣(一応連結出来るようにもなっている)もあって、士官になった軍人にはどちらが良いかを選んでもらっている。
そして、それを今差し出してもらったのには、勿論意味がある。私はこれから、このバスタードソードにある事を施す。
「少将、何と彫ればいいかな?」
「我等の勝利の為に、栄光の為に。…そう彫って頂けますか?」
リクエストを聞いた私は、こくりと頷く。バスタードソードをテーブルへ用意された固定器具へと装着し…シェアエナジーの圧縮で、ペンの様な棒を作る。それを握り、刀身の根元…主となる合金に挟まれる形で中央に位置する柔らかい金属部分へと、求められた通りの言葉を彫っていく。
これが、特別昇格式のメイン。佐官になった時と将官になった時のそれぞれで、私とセイツは特別昇格式として供与した剣に望む言葉を彫っている。初めは全員同じ、一律で供与される剣が、昇進によって女神からの言葉が彫られた、唯一無二の剣に変わる…軍人の中には私達を深く信仰してくれてる人も多いからこそ、こういう形で励みになるよう行っている。
「こんなものかな。…ところで少将、私には朧げながらこの言葉に覚えがあるのだが……」
「はい。神生オデッセフィア及び軍の発足初期にプラネテューヌと行った模擬戦、その中で女神様が仰った言葉です」
「あぁ、やはり私が過去に言った言葉か。…君は、国民としても軍人としても一番初めから神生オデッセフィアに加わってくれていたね。君程の人材ならば、どの国でも歓迎される事だろう。だが、それを踏まえた上で言わせてほしい。…これからも、私と神生オデッセフィアの力になってくれるかな?」
「勿論です。女神様が、それを望んで下さるなら」
固定器具から外し、反対側…彼女が佐官となった時に彫った言葉を数秒の間眺めた後に、私はバスタードソードを返す。返却と共に、彼女へ問い…彼女は朗らかに笑ってくれた。流石は将官なだけあって、その面持ちは余裕が伺えるものだった。
とまあこのように、彫る言葉は私(かセイツ)が実際に言った言葉や、本人の座右の銘、或いはこっちにお任せというパターンが多い。ただ当然、そうじゃないパターンもそこそこあって……
「少佐への昇進おめでとう。貴方はどんな言葉を彫ってほしいのかしら?」
「では、滅の一文字で」
「滅って…貴方、別の戦闘組織に入ろうとしてない…?しかもなんで悪鬼滅殺じゃなくて、滅一文字の方なのよ……」
「…すみません、冗談です……」
隣から聞こえてくる、呆れ気味な突っ込み声。こんな風に、どこかで見覚えのある言葉だったり、或いはちょっとネタに走ったりと、毎回特別昇格式の時はここまでよりも少し緩めの雰囲気がある。
ただまあ、それも理解出来なくはない。だってこれ、やってるのはサイン会みたいなものなんだから。それに叙勲と違って、昇進はある程度自分事として考えられる(勿論将官だけじゃなく、佐官だって容易になれるものではないけど)からか、きっちり準備や心構えが出来た状態の人も多くて、皆にはこの場を楽しんでもらえてるんじゃないかと私は思う。
「宜しくお願いします、イリゼ様っ」
「うん?…あ……」
意識を目の前に戻し、次の軍人と…と思ったところで、私は気付く。その次の軍人が、誰であるのかに。別に比較する訳でも、順序を付ける訳でもないけど……ここまでで一番、見覚えがある事に。
女神は基本的に、女神としての名前で呼ばれる。親しい間柄の場合はそうでもないけど、少なくともこういう公的な場では、女神様やハート、或いはシスターとしての呼称で呼ばれるのが殆ど。でも彼女は、私をイリゼ様と呼んだ。それが何故なのかも、私は知っている。彼女はそっちの方が慣れていて、これまでもそうして呼んできたのだと…私は覚えている。
「そっか、そうだったね。…初めは本当に素人だった、自分でも腕っぷしだけが取り柄だって言ってた貴女が、遂に佐官なんて感慨深いな。…大変でしょ?佐官ともなれば、個人の強ささえあれば良い訳じゃないんだから」
「ほんとですよ…あたし、指揮官なんて柄じゃないのに…何とかなりませんか?」
「流石にそれは無理かな。組織で立場が上がるって事は、人の上に立つって事でもあるんだし。…まあ、今よりもっと、今より更に力を示す事が出来れば、或いは…って話でもあるけどね」
「そ、それこそほんとに無理ですって。…親衛隊特権で何とかなったりは……」
「ふふっ、なりません」
頼み込むようにじっと見つめてくる彼女へ、私は微笑みながら返す。これまでと違って、女神としての口調ではなく、普段の口調で彼女と話す。
私は彼女の事を、前から…建国するより更に前から知っている。何度も言葉を交わした事がある。だって、彼女はずっと前から私を信仰してくれてる人の一人…皆が親衛隊を自称していた人達の一人なんだから。
「…それに、指揮能力は経験なしで身に付けられるものじゃない。ましてや軍が、個人としての実力はあっても指揮能力のない者を佐官に昇進させたりはしない。だから…次に貴女に必要なのは、自分を振り返る事じゃないかな。本当に、自分に指揮官なんて務まらないのか…ってね」
「イリゼ様……」
「…こほん。それじゃあ、何を彫ってほしいか教えてくれる?」
「…分かりました。では……イリゼ様の、サインで」
「さ、サイン?…まぁ、良いけども……」
親衛隊として前から私の事を知ってくれている彼女だから、言葉も昔私が言った何かかな、と思っていた私だけど、リクエストされたのはまさかのサイン。これじゃサイン会みたいだよ…という突っ込みはぐっと堪え、私は受け取ったバスタードソードに自分のサインを彫っていく。……自分のサインがある理由?それはほら、そういうのが必要になる活動もしてる訳だし…ね。
「よし、っと。これでどう?」
「ありがとうございますっ!これで私は、まだまだ頑張れます!」
「またちゃんと戦える?後十年は戦える?」
「はいっ!」
「そ、そっか…(突っ込んでほしかったな……)」
完全にボケをスルーされる形になってしまったけれど、彼女は本気である事がひしひしと伝わってくる表情で頷いてくれたものだから、もう言い出すに言い出せない。こういう時、他の皆なら上手く返せたのかもしれないけど…うぅ、経験不足が祟るなぁ…。……ボケる経験の不足って何よ、私は芸人じゃなくて女神でしょ、って話でもあるけれど…。
「…じゃあ、これからも頑張ってね、少佐。貴女の事も、皆の事も…私は、見てるから」
なんかちょっと変な心境になっちゃったけど、私は前から信仰してくれている、自分なりの形で私の力になろうとしてくれている彼女の躍進が嬉しいし…勿論、親衛隊として集まってくれていた皆の事も覚えている。教会に勤めてくれている人や、自分の長所を活かせるところでその力を発揮してる人もいるし…今の生活に大事なものがあるからと、神生オデッセフィアには来ていない人だっている。だけど皆、それぞれの場所、それぞれの形で頑張っていて…そんな皆の事を、私は愛おしく思っている。
そうして私とセイツは全員のバスタードソードと双剣に文字を掘り、特別昇格式も終わりを迎える。表彰における以下同文、の様に二人目以降は略したりせず、全員にきちんと言葉や文字を贈っているから、結構な時間が掛かったけど…凄く、充実した時間だった。セイツもきっとそうだろうし、叙勲や昇進に至った皆もそう思ってくれたのなら…本当に、嬉しい。
「わたしは、わたし達は、皆の活躍を、積み重ねてきた実績を、心から誇りに思うわ。それと共に、皆が更なる躍進をする事を、周囲のの手本や目標となり、より多くの人が輝かしい道を歩める事を、願っているわ。これまでも、これからも…そして、いつまでも」
式の最後を締め括るのは、セイツの言葉。セイツの言葉に私は深く頷いて、それが私達女神の思いだと示して、皆を見つめる。
これからここにいる皆が、セイツの言ったような道を歩めるかどうかなんて分からない。だけど今、皆はその目にそれぞれの意思を、それぞれの希望を宿している。それが消えない限り、どんな形になるかは分からなくても、きっとこれからも築けるものがあるだろうし…それが出来るよう、私達も頑張る。女神も頑張る、人も頑張る…そうして共に歩んでいくのが、今の信次元なんだから。
*
最初から最後まで、式典は大した問題もなく終了した。少しばかり時間は遅れてしまったけど、それだって許容範囲内。式典の後の疲労感も、内容のおかげで心地良い。
「ふー…お疲れ様、セイツ」
「えぇ、お互いお疲れ様」
舞台から控え室へ移動し、ほっと一息。ドレスを皺にしないように、気を付けながらソファに座る。ドレスって、綺麗だし良い服だけど、どうしたって動き辛いんだよね…元からそういうのを二の次にした服なんだから、当たり前ではあるんだけど。
「でもほんと、沢山の人が入隊してくれて助かるわね。人を守るのが女神の本懐とはいえ、わたしもイリゼも、オリゼみたいに一人で何もかも守れる訳じゃないし」
「だね。人が増えれば、前から軍にいる皆の負担も減るだろうし、入隊した皆が長く続けられるように、軍の環境改善も意識しないと」
「そうね。ところでイリゼ、気付いた?今回加入してくれた準軍人の中に、ギルドで高ランクのチームがいた事」
「あ、それってもしかして……」
あの人達の事?と私は思い出しつつ問えば、そうだとセイツは首肯する。それからありがたい事だよね、と私達は揃って肩を揺らす。
準軍人。それは、くろめ達との戦いの末に起きた、負のシェアの城の暴走へ信次元の総力を上げて対抗した時の事を機に考案され、後に神生オデッセフィア含む各国で始まった制度の一つ。その名の通り、準軍人は正規の軍人とは違う立場の存在で、平時から軍人としての職務を担う正規軍人とは違って、準軍人は女神や教会からの要請がない限り…つまり、かなりの有事や定期的に行っている能力テスト以外では、各々自由に生活する事が出来るし、当然別の仕事に就く事も出来る。
その上で重要なのが、準軍人としての活動がなくても給与が発生するという事。これが準軍人になる最大のメリットで、ある程度生活に自由が利いて、且つ戦闘にも慣れている人…特に普段から戦闘を生業にしていて、でもその性質上収入が安定しない「ギルドの依頼で生計を立てている人(の中でも割とランクの高い人)」との親和性が凄く高い。というより、そういう人達を有事に素早く戦力として頼りにしたいからこそ、この制度は発足したという面が大きい。勿論それだけが狙いじゃなくて、多額ではないとはいえ給与が発生する事と、定期的に行うテストに合格するには継続して自分を鍛える必要がある事から、一種の社会福祉としての側面もあったり、尚且つ準軍人として高い実力や実績を挙げた人には正規軍人としての道もある…というか、軍の側からスカウトを掛ける事で、正規軍の質の向上も狙えるという、『上手くいけば』色んな方面で大きな成果を見込める政策。そしてそれは、
「…でも実際、本当に覚悟がある…その覚悟が苦難を乗り越えられる程のものであるのは、一体どれ位なのかな……」
本当に、多くの人が新たな軍人や準軍人になってくれて良かった。そう思っているのは事実だけど…同時に私には、不安もある。
今、皆の心にある覚悟が偽りのものだとは思っていない。だけど、今は平和な時期。まだくろめ達による一連の騒動や、犯罪組織との戦いが古い過去の出来事になった訳じゃないし、マジェコンヌさんによるあれやこれやだって同じ事ではあるけども、新規の軍人や準軍人の中には、実際の戦闘を経験してない人だって少なくないだろうし、戦闘経験があったとしても、窮地や危機的状況に陥った事のない人は恐らくいる。そういう人達が、もし辛い戦いに直面する事になったとしたら、その時戦い続ける事が出来るかどうか…それは本当に分からない。今のところ上手くいっているのも、そういう苦境が遠ざかっている時期だからというのは確実にある。
私は別に、そこで心が折れてしまう事を悪いとは思わない。誰しも向き不向きがあるし、そもそも人を守るのは女神の務めである以上、その負担を軽減してくれる皆には感謝以外ある筈がない。だけどやっぱり国の長としては、それはそれとして現実的に考えなきゃいけない部分があって……
「こーら、そこで思考を止めないの。イリゼの危惧はその通りだけど…そこを何とかするのも、わたし達の務めでしょ?」
「…それは、そうだけども……」
全くもう、と軽く胸を揺らしながら言うセイツ。それは本当にそう。だからうちは勿論、どの国でも一般の立ち入りを禁止している場所や地域のモンスター討伐を軍に行ってもらう際、そこで実際の戦闘を経験してもらって心を鍛えたり、私達が慰問をする事で…或いはコンサートを行う事でそれを励みにしてもらったりと、色々サポートはしているんだけど、やっぱり不安は拭いきれない。
こういう不安も、昔は感じる事なんてなかった。建国し、国の長になったからこそ感じるようになった不安の一つで、だからこそ女神として真に皆と並ぶ事が出来たとも思ってるんだけど…本当に、難しい。そして、私を不安を感じ取ったのか、或いは表情から伝わったのか、セイツは小さく息を吐き…更に言う。
「それに、考えなきゃいけない事は沢山あるわよ?多くの人が入隊してくれた事はありがたいけど、その分お金が…特に準軍人の分は大きい負担になってくるし、税金なんて貰う方も出ていく方も課題ばっかりなんだから。──冗談抜きに、ミス一つで神生オデッセフィアは崩れるわよ。そのミス一つで一気に…って事はなくても、連鎖的に崩れていく事は十分あり得る。それ位まだ、うちの国は土台も骨組みもぐらぐらだって事は、分かってるわよね?」
ゆっくりと私の正面に回りながら、セイツははっきりと言い切る。一度そうなってしまえば、私やセイツが…女神がどんなに頑張っても挽回出来ないような事態は容易に発生し得ると、私に突き付けてくる。
…何も、否定は出来ない。だって、その通りだから。結局のところ、私は国の運営においてはまだまだ未熟で、それはセイツだってそう。イストワールさんやオリゼは力を貸してくれるけど、イストワールさんは当然プラネテューヌの教祖でもあるから常に助けてくれる訳じゃないし…オリゼには、頼りきりには絶対になれない。そうなってしまったら、私は皆がオリゼに見せた、今の女神の在り方…今の女神と人との形を否定する事になるんだから。
女神としても、国としても、ネプテューヌ達とは、四ヶ国とは大きな開きがある。国力や強みの話だけじゃなくて、苦難を乗り越えたり、求心力が落ちてしまった時の踏み留まる力だったりも、まだまだ歴然とした差が存在する。それが事実で、現実。私達が直視し、覚悟しなくちゃいけないもの。
「……ありがと、セイツ。セイツが姉で…敢えてそういう厳しい事を言ってくれるお姉ちゃんで、私は嬉しいよ」
「ふふ、そうでしょう?…なんて言ってみたけど、わたしは姉として助言してるつもりなんてないわよ。わたしだって、同じものを背負ってるんだから。…ううん、違うわね。実際には守護女神の立場を妹のイリゼに担わせていて、しかもわたしは神次元の女神でもある…なんて言って中途半端な立場をしている以上、むしろわたしはズルいのよ。この話において、わたしは良いお姉ちゃんなんかじゃないのよ」
「……っ、セイツそれは……!」
違う。そう言おうとした私の唇に、セイツは人差し指を当てる。そうする事で、私を黙らせる。
そもそも建国したいと思ったのは私。オリゼへの信仰も背負うと決めたのは、それを背負えるのは、複製体である私自身。それにセイツは協力してくれていて、両方の次元の女神っていうのも私の立場とは別の大変さがある筈で、だからズルくなんてないし、セイツは良いお姉ちゃんだって…そう言いたかったけど、言えなかった。
だけど、セイツが私を黙らせたのは、後ろ向きな思いによるものじゃなかった。そう示すように、セイツは私にウインクをし…再び口を開く。
「だけど、神生オデッセフィアを…国民や、わたしを信仰してくれる人達を思う気持ちは本物よ。これは誰にも…イリゼにだって、絶対負けてなんかいないわ。だからわたしは、皆を、皆の生きる神生オデッセフィアを守る為なら、なんだってする。この身も、心も、懸けられるもの全て懸けて、わたしは皆を幸せに導く。神生オデッセフィアを失敗だったなんて、誰にも思わせない。後悔なんて、誰にもさせない」
「セイツ……」
「だからね、イリゼ。無理するなとは言わないわ。一つや二つ無理しなくっちゃ、わたしやイリゼの望む未来は掴めないんだから。そういう道を歩んでいるんだから…せめて、一緒に無理しましょ?無理を二人で分かち合って、背負い合って…皆に笑顔でいてもらいましょ?」
セイツが浮かべる、柔らかな笑み。私とならば、きっと出来る。そんな信頼が伝わってくる、私と共に神生オデッセフィアを守る女神の…私のお姉ちゃんの、真っ直ぐな微笑み。
…一体これの、そういうセイツの、どこがズルくて、良いお姉ちゃんなんかじゃないのか。セイツもイストワールさんも、私の最高の姉なのに、どこを卑下する必要があるのか。…そう思いながら、私は頷く。頷き…私も、笑う。
「そうだね、セイツ。だけど…私とセイツが二人で無理しても、やっぱり足りないと思う。だから私とセイツとで、精一杯無理して…オリゼにも、イストワールさんにも、皆にも力を借りよう?そうして築き上げていくのが、進んでいくのが──私達の神生オデッセフィアなのだから」
立ち上がり、セイツの手を握りながら答える私の言葉に、セイツは目を丸くする。丸くして…それからセイツもまた、頷いてくれる。セイツと共に、私は決意を引き締める。
まだまだ、まだまだ、私達にも神生オデッセフィアにも足りないものがある。必要なものは沢山ある。それはすぐには手に入らない、長い時間を掛けて積み重ねていくしかないもので、瓦解の危機はいつだってある。安定も盤石も、今は遥か彼方にしかない。だけどそこへ辿り着くには、一歩一歩進んでいくしかない訳で…それでも確かに、進む為の力はある。手を伸ばせば、伸ばした手を握ってくれる人達がいる。だから……私は、私達は、頑張るんだ。頑張っていくんだ。
今回のパロディ解説
・「〜〜別の戦闘組織〜〜滅一文字〜〜」
鬼滅の刃における用語の一つ、鬼殺隊及び、登場する武器の一つ(一種)である日輪刀に刻まれた文字の事。作中ではセイツが突っ込みましたが、もし本当に彫られたらどうするつもりだったんでしょうね。
・「またちゃんと戦える?〜〜」
ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、キラ・ヤマトの名台詞の一つのパロディ。元ネタに照らし合わせるなら、舞い降りるバスタードソード…でしょうか。彼女がこれを得たのはもっと前ですけど。
・「〜〜後十年は戦える?」
機動戦士ガンダムに登場するキャラの一人、マ・クベの代名詞的な台詞の一つのパロディ。イリゼのサイン一つで十年分の活力が得られるなら、それはそれで凄いですよね。