【草稿】-烙印の傷跡-はじまりの賛美歌   作:なりちかてる

8 / 8
第8話 アリエスさんって、人気者なんですね

 それから——夕里菜《ゆりな》は、アリエスが用意してくれた制服に着替えると、工匠《こうしょう》科へと向かうことにした。

 制服は、ネイビーブルーとオレンジのチェックの入ったスカートとワイシャツ、それに、鮮やかな紅色の大きなリボンで、アリサや郁歌《ふみか》が身につけていたものと、同じものだった。

 

「それでは、千砂《ちさ》センセ。私がいないからって、煙草を吸っちゃダメですからね。どこに隠しているのか、知りませんけど、見つけたら、バケツの水、頭からかぶってもらいますからね」

「はいはい。早く戻ってきてよ。これ、ひとりで片づけるの、どう考えても無理なんだからさぁ」

「千砂センセ……自業自得って言葉、知ってます?」

「あーもう! わかったから」

 しっし、と千砂が追い払うような仕草をした。

 

 アリエスは肩をすくめると、「さ、夕里菜さま。行きましょう」と、腕を掴んだ。

 大きな部屋を出ていく。

 

 引き戸を開けると、外は廊下だった。

 すぐ側に窓があり、ガラスの向こうに風景が広がっている。

 

 夕里菜は窓まで近づくと、そこから外を覗いてみた。

 水彩画で描いたような、薄い雲と青い空、さらに、雪を被った草原と大地、森と山々が写った。

 どれも、見覚えのない風景だ。

 

 さらに、空を見上げてみると、太陽はふたつ、あった。

 大きな太陽のすぐ隣で、見落としてしまいそうなぐらい、小さな太陽が輝いている。

 双子の太陽、というよりも、親娘《おやこ》と呼んであげたほうが、ぴったりかもしれない。

 

 青空には、天をまっぷたつに横切る形で、白い帯状のものが、地平線からまっすぐに伸びている。

 そして、雲の間にぽっかりと、三つほど月が白い影のように、浮かんでいる。

 

「月が三つもある……」

「正確には、五つですわ」

 アリエスが、囁いた。

 

「え……五つ、ですか?」

「はい。月と共に、四つの種族たちが、このメディシアン世界へと渡ってきた、という説もありますわね」

「あの空を横切る帯状のものは?」

「リングです」

「リング? リングって、土星とかにある、あの輪《リング》ですか」

「その通りです。たまに、リングから流れ星が落ちてくるので、とっても綺麗ですわよ」

 

 ——流れ星って、隕石のことだよね。落ちてくるって、大丈夫なのかな……。

 まだ、ここが未来の地球である、という実感はないが、夕里菜が暮らしてきていた日本とは、まったく違う世界であることは、明らかだった。

 

 ふたりは、窓の側を離れて、長い廊下を歩いていった。

 廊下では、数人の生徒たちとすれ違ったが、ほぼ、すべての相手がアリエスに声をかけてきた。

 

「あれ? アリエスちゃんじゃない。千砂先生はどうしたの?」

「アリエス先輩。お勤め、ご苦労さまですっ」

「大佐! クレメンス大佐! おはようございます!」

 

 アリエスだけでなく、夕里菜にも声をかけてくる人もいた。

「あれ、新入りさん」

「わ! もしかして、これから学園長と面会ですか」

「ルーキーさん、ルーキーさん。もし、参加する小隊《ランス》で悩んでいたら、いつでも歓迎しますよ」

 

 生徒たちに囲まれながら、夕里菜はふと、自分が指輪をしたままであることに気づいた。

 ——そう言えば、アリサさんから、指輪を預かったままだった……。

 小剣とメダルはなかったが、指輪だけは、右手の小指に嵌められたままだった。

 

「アリサさんと郁歌《ふみか》さんも、この学園にいらっしゃるのですよね」

 夕里菜がふたりの名前を口にすると、生徒たちはぴたっと、お喋りを止めた。

「アリサ……ですか。ええ、いらっしゃいますが……今日はまだ、見ておりません」

 

 ——なんだろう……雰囲気が変わったように感じる。

 誰も、夕里菜と視線を合わせず、会話の内容を逸らそうとしているようだった。

 

 アリエスは、「はいはい。夕里菜さまとは、これからは、あなたたちのほうが、ずっと親しくなる機会があるのでしょうから、また後程、交流をお願いしますわ」と、生徒たちをあしらった。

 再び、夕里菜とアリエスは、廊下を無言で進んだ。

 

「……そうでしたか。夕里菜さまと招魂獣を討伐したのは、アリサさまの小隊だったのですね」

「はい」

「アリサさまについては……生徒たちの間で、あまりよろしくない噂が流れているようです。その真偽については、私から申すことはありません。もし、関心がありましたら、夕里菜さまご自身でお調べになられたほうがいいと思います」

 

 夕里菜は、右手の指輪を見た。

 ——アリサと会話をしたが、風変わりではあったけど、そんなに悪い人物には、まったく思えなかった。

 どんな噂なんだろう……。

 興味はあったが、彼女が、この学園にいることは確かなので、また、話をする機会はあるのだろう。

 

 廊下を抜け、生徒たちがたくさんいるロビーのような場所を抜け、渡り廊下のようなところを通過して、人通りの少ないエリアへとやって来た。

 夕里菜がポッドで目覚めてから、千砂のいる大きな部屋まで歩いた区画と、何となく似ている。

 壁や床などは殺風景で、空調や照明はあるものの、窓は少ない。

 

「夕里菜さま。ここが、工匠区ですわ。アリアンフロッドとして、戦果をあげたのなら、ここへ来ることも多くなると思いますから、よく覚えておくといいでしょう」

「工匠区……ということは、製造に関連する、ということでしょうか」

「そちらの施設もありますが……ここは、武器や防具を呪工《エンチャント》したり、素材を加工したり、回復アイテムを購入などする場所が多いですわね」

 

 アリエスが、脚を止めた。

「ここですわ。まずは、夕里菜さまの斬奸刀《アビスブレイカー》の製作の依頼と、エーテル・リンケージを用意してもらいましょう」

 廊下の途中だが、壁には目立たないが、ボタンがあった。

 アリエスが、それを押した。

 

『あっ……はい。今、手が離せないので……入ってきて、ください……』

 声が聞こえてきて、アリエスが扉に手をかけた。

 扉は、壁と一体化していて、わかりづらいのだが、把手を掴むと、ゆっくりとスライドしていった。

 開口部が、現われる。

 

 ——まるで、SF映画に登場する、宇宙船みたい……。

 なかに、踏み込んでいく。

 

「彩夢《あやむ》さま、どこですか」

「こっち……こっちです。今、剣を鍛造しているところなので、奥まで来て、ください……」

 扉の向こうは、結構、大きな部屋だった。

 部屋というか——工場の作業用の施設みたいだった。

 あちこちに、大型の機械が設置されていて、稼働しているものもあれば、停止しているものもあった。

 

「剣を鍛えている……ということは、こっちですわね」

 アリエスは、カウンターのような長いL字型のテーブルの中に入り、その奥にある扉を開けた。

 そこは、小部屋になっていて、壁のところには様々な武器がかけられていた。

 大きな剣や槍、戦闘用の斧や石弓、ライフルのようなものも、見えている。

 

 一方の壁の一部だけが、ガラスになっていて、その向こうで、何かが眩しい光を放っていた。

 その壁の手前に、制服姿の女性がこちらに背中を向けて、立っていた。

 結び目の尖端が背の中程まで届くくらい、長い黒髪をポニーテールにして、まとめている。

 

「今、集中しているようです。しばらく、見学しましょう」

 アリエスが、彩夢ではなく、夕里菜に小声で言った。

 妙に色っぽい仕草で、唇に指を当ててみせる。

 夕里菜はうなずき、彩夢の背中を見守った。

 

 彩夢は、かなり集中しているようだ。

 こちらを振り返りもせず、じっとガラス窓の向こうを見つめたまま、何かの操作をしている。

 壁の向こうでは、時々、大きな音が聞こえてきていた。

 金属と金属をぶつけているような音で、一時的に会話が出来なくなるくらいの騒音だった。

 ずっと、続いているのではないが、ここにいたら、耳がおかしくなりそうなくらいだ。

 

 時間にして、十分くらいだろうか。

 作業が終わったようだ。

「よしっ! さぁさぁ、はじめるよー」

 無邪気に言うと、壁から突き出しているレバーを倒した。

 壁に嵌め込まれている機械の正面のゲートが開き、熱風が吹きつけてくる。

 

 彩夢は、ゲートからスライドしてきた台にじっと、視線を注いでいた。

 夕里菜たちを見ることもなく、そもそも、気づいてすらいないようだ。

 

 彩夢は背がすらっとしていて、夕里菜よりも頭ひとつぶん、高いだろうか。

 スタイルもよく、出るべきところは、しっかりと出ている。

 質素な制服の上からでも、それはわかった。

 ——羨ましい……。

 つい、嫉妬の混じった眼差しでじっと、全身を眺め見てしまう。

 

 少し、俯かせ気味の顔立ちは、嬉々としているのに、どこか、陰りのようなものを感じさせた。

 何となく、近寄りがたい雰囲気をまとっていた。

 

 スライドしてきた台の上には、剣が載せられていた。

 長さは、人の背丈ぐらいはある。

 夕里菜なら、背負ったとしても、剣の尖端が地面に届いてしまうだろう。

 今は、剣は赤熱しており、熱気を感じた。

 触れたら、火傷をするだけじゃ、すまないだろう。

 

 よく見ると、剣の表面には、妙な図柄のようなものが刻まれている。

 彩夢が、その図柄を横目で眺めながら、片手でデバイスの画面に器用に触れている。

 と——図柄が、指の動きに合わせて、変化した。

 

 デバイスを通して、何らかの方法で赤熱した剣に干渉しているのだろう。

 図柄は、円や四角形、三角形とライン、文字などの組み合わせなのだけど、それが、ぐるりと移動したり、文字が反転したり、図形が消えて、新しいものが現われたりしている。

 

「さぁ、終わった。あとは実際に、呪工《エンチャント》の結果がどう結びつくか、なんだけど……えっ」

 彩夢が、こちらに気づいたようだった。

 びっくりした表情で、夕里菜の顔をじっと見つめている。




「はじまりの賛美歌」第08話、更改しました。
内容は、如何だったでしょうか。

登場人物の名字を修正しました。
夕里菜、霧島→紅林
千砂、妙高→七海
アリエス、フレッチャー→クレメンス

前は、艦これの艦娘の名前を使っていたのですが……烙印の傷跡は、なりちかさんが読んだり視聴したマンガやアニメ、小説などにインスパイアされているので、そちらの登場人物の名前を借りることにしました。
あ……このキャラの名字って、あれじゃない? と思いましたら、コメントしてくださいませー。

小説の舞台の世界ですが……実は、太陽はふたつ、月は5つ、さらにリングまであります(O_O)
太陽がふたつあるのは、『戦闘妖精雪風』の惑星フェアリィから、月が5つあるのは、ジャック・ヴァンスの『5つの月が昇る時』、リングがあるのは……何となく、ですww

リングについては、Youtubeで、もし地球に土星のリングがあったら……という内容の動画をあっぷされている方がいたので、そちらから、アイディアを頂いてしまいました。
土星のリングも、時代が経過していくと、いつかはなくなってしまうそうですね。
地球の月も、小説『タイムマシン』では地球に衝突する描写がありましたが、実際はその逆で、遠心力によって離れていってしまうようです。
夜空に月がない世界……なんて、想像できないですね!
『宝石泥棒』という小説では、異星人によって奪われた月を取り戻す物語でしたが、そんな世界では暮らしたくないですね。

まぁ、自分で書いていて、ナンですけど、この未来の地球も、私は住みたくないですけどね!
リングがどうして、未来の地球にあるのか……は、考えないといけないのですが、まぁ、保留とさせてくださいませ(^_^;)

評価などはご随意に。
読者のあなたが、また私の小説を読みたい、と思っていただけるだけで、充分なご褒美と思います。

では、機会がありましたら、また。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。