転生したので前世の知識で生徒達と遊ぶことにする 作:popoponpon
嵐の前の静けさと調印式
そこには、異形の存在が三つあった。一つの大きな円形の机を取り囲む三つの人物。その内の一人は黒い靄のような顔をしており、スーツを纏っている。もう一人はタキシードを着た、マネキンのような顔を二つ持つ人物。シルクハットを被った人のシルエットが描かれた絵画を持つ、首のないスーツの人物。三人が、これから起こるであろう出来事に感心を寄せるように互いに顔を見合っていた。
「もうすぐ……でしたか。マダムは……今日は欠席のようですね。かの地の……どこへ向かっているのやら……クックッ、今は触れないでおきましょうか」
スーツの人物が声を発する。その声に反応するように、タキシードの人物が言葉を続ける。
「その時が来れば、私も古聖堂に向かうことになる……今回、あくまで主体となるのはマダムだが」
「そういうこったぁ!」
タキシードの人物に続けて、絵画を持つ男が大きな声を上げる。タキシードの人物は自身の言った言葉について少々不本意、といった様子だったのだが。
「私としては、件の名も無き神々の王女の目覚めの方にも興味があったのだが……」
「ああ、そちらと直接は関係していないのですが……マダムもいない今が丁度いいでしょう」
タキシードの人物が零した、ミレニアムで起こった名も無き神々の王女に纏わる一連の事件についての関心。それを聞いて、タイミングを見計らっていたかのようにスーツの男が再び口を開く。
「それよりも以前、暁のホルスにどうやら叡智を授けた者がいるようで」
「……ふむ」
「アビドスとは閉鎖的で荒廃した地。そこに生きる者は環境によって視野を狭くされ、知恵を学ぶ機会を失ってしまう。それ故にその思考は流れるように我々の望むところへと向かってしまう……はずでした。まるで、新たな風が吹き込まれたかのように……夢から目を覚ました、とも言えますか」
「夢を見ていた少女が現実に返り咲いたと」
「ええ……ふふ、この時。彼女は何を見たと思いますか?私は……夢の中を漂う蝶を見たのではないかと考えていますよ。詩的ではありますがね」
「そういうこったぁ!」
このスーツの男こそ、黒服。アビドスでの戦いが終わった後、先生と話し、ホシノ達から完全に手を引くように取り決められた人物であった。そのため、黒服がアビドスに対し何かをすることはもうしない。彼女達への関与もだ。しかし、彼女達に影響が出ない範囲であれば動いてもそれは契約に違反することではない。故に黒服は、何があったのかをずっと調べていたのだ。
「……胡蝶の夢、と?」
「ええ……調べれば調べるほど、興味深いものが出てきました。マエストロ、あなたなら私よりも強い興味を抱くと思いますよ?何せ彼女は、キヴォトスの外にある様々な娯楽に通じており、それを生み出せるそうで」
「!」
黒服の言葉に、マエストロと呼ばれたタキシードの男が強く反応する。やはりと黒服も少し楽しそうに頷きながら、自分が調べた内容について報告し始める。
「しかし、キヴォトスの外にあるものに形を与え、この地に再現した……と一言で言うにはそれはあまりに難しいでしょう。いかに彼女がそういった技術や知見に比較的優れているであろうミレニアムサイエンススクールの生徒であったとはいえね……しかし、それを解決する方法がある。夢という不確定なもの、迷い込んだものに正しき形を与える……私が見るに、彼女が持つであろう名は……」
「―――モルペウス」
黒服の言葉に、興奮した様子を隠し切れず、マエストロがその名を口にする。マエストロの言葉に黒服が正解だと言わんばかりに頷くと、
「夢とは不確かなものです。現実であっても夢の中にいるような者にもまた、無意識にその効果が作用したのでしょう。神秘については彼女はこのキヴォトスでも群を抜いていますからね、当然モルペウスの力もその他の生徒達よりも受け取りやすいのでしょう」
「……面白い。モルペウスの力を意識してかいないか、大勢の心を、思考を魅了する娯楽という形で出力するとは。ともすれば、我らの知り得ぬ芸術すらも生み出せるということ……成程、これはマダムに触れさせてはいけないな。芸術とは他者の干渉による変化もまた大事ではあるが、自主性を重んじることも重視されるべき。可能であれば、望まぬ方向へと進まぬ限りは見守るべきやもしれん……マダムは確実に私にとってよからぬ可能性に至るだろうからな」
「そういうこったぁ!」
マダムと呼んだ人物がいない場で何故触れたのかを理解する。生徒に危害を加えようとすれば先生と敵対することにも繋がる。黒服としてはモルペウスと呼んだ少女への興味を持ちつつも、先生と事を表立っては構えたくないという思惑が感じ取れる。そしてマエストロは黒服の話を聞いたうえで、彼女の能力の指向性に納得したように頷く。それは、マダムという人物がその能力を知れば、彼女にとって都合がいいようにその能力を歪めさせようとする。そう確信していたからこその反応であった。
★
「……うわぁ、めっちゃ盛り上がってる」
「まあ、エデン条約の調印式だしね」
トリニティ。正義実現委員会が会場の警備のために見回りを強化したりしている中、モルフォ達は会場から少し離れた場所にあるカフェに座りながら、多くの人が移動している様子を見ていた。
「でも、なんか意外かも。お姉ちゃんから調印式を見に行かないって提案するなんて」
「確かに。別に中継でも見れたのに」
「あー……なんかさ。これも使えそうじゃない?ほら、これまでバチバチに仲が悪かった二つの国が条約を経て握手!みたいな展開とか王道じゃん!」
ココアを飲みながら、まあ確かに……と同意するように頷く。それに、ここに足を運んできたのはモモイが言っていることもそうだが、トリニティやゲヘナにも友人がそこそこいるというのもあり、それなりに関心は生まれていた。それも、現地にゲーム開発部として赴くきっかけになったといえる。
「ユウカ先輩とノア先輩に扱かれてすっかり立派になって……」
「うんうん、確かに誤字は減ったよね」
「いや、酷くない!?」
一応事実だけどさー!?と複雑な叫びをあげるモモイを見ながら、モルフォも中継に映ってる警備に当たっていた正義実現委員会を見る。また、視線を動かしてみると、そこにはゲヘナの治安を守っている風紀委員会の姿もあった。
(……大丈夫かな……大丈夫か。セイアさんは何も言わなかったし、仮に何かあっても正義実現委員会とか風紀委員会でどうにかなる範囲なんだろうし)
夢の中でセイアと共に遊ぶことも多いが、その中でエデン条約の調印式についての話をセイアはほとんどしてはいなかった。つまり、何も問題が起こらないか、起こっても十分どうにかなるような小競り合いの範囲でしかないのだろう。或いは、そもそもセイアがその未来を見ていないか。どう転んでも、問題ないだろうと楽観的に考えながら、カップに口を付ける。
「そういえば、先生って調印式の会場にいるんだよね?」
「確か……他にもあそこにはトリニティもゲヘナも色んな人がいるんだよね」
「写真とか撮れたら映えそうだね……撮ったらやばそうだから私達はいかないけど……」
「クロノスは……まあクロノスだし、一応そういう学校だからね」
「……」
ゲーム開発部は談笑しながら、調印式が始まるのを待っている。モルフォが隣の席を見ると、アリスとケイが入れ替わりながら軽食を楽しんでいる姿があった。
(……第一回公会議、か)
話をしながらも、モルフォはスマホのライブ配信を見ていく。そこではクロノスのライブ映像が流れており、褐色肌に金髪のマイクを構えた少女、川流シノンがマイクを片手にハキハキとした声でリポートを進めていた。その中で、トリニティに関する情報を述べていたのでそれについてもしっかりと聞き取っていく。
『さて、今回古聖堂が会場として選ばれた理由なのですが、なんと意外なことにゲヘナ首脳部からの提案なのだそうです!かつて、トリニティの第一回公会議が開催された歴史的な場所だから……と思いきや、大きなイベントなのだから大きくて権威のある場所が良い、とのことで!成程これはわかりやすい!』
ユーモアを交えながらどんどん話を続けていくシノン。話はゲヘナが会場を指定したことから第一回公会議についてへと変わっていく。
『先程申し上げた第一回公会議、そこで定められた戒律は当時のユスティナ聖徒会という強力な集団が守り続けたと言われています。シスターフッドが調印式に参加しているのもそれが原因なのかもしれませんね。何せシスターフッドは歴史の中で消えたユスティナ聖徒会の後身を自任すると言われていますからね―――』
この話は初耳だ。エデン条約が締結されるとどうなるかについては知っているが、それに関わる組織にもそのような背景があったとは。シスターフッドという組織の名は初めて聞いたが、後でセイアと会ったら聞いてみるのもいいかもしれない。
「……そういえばヒフミさん達もどこかで集まって駄弁ってるのかな」
「!ヒフミさん達に会いに行きましょう!皆で集まったらきっと楽しいです!」
ゲーム開発部の六人でこうして過ごすのも楽しいが、折角ならもっと皆で集まってみたいと言うアリスの言葉に頷く一行。と、その時だった。
「……ん?」
「どうしたの?アリス?」
「あ、いえ……何か変な感じが……」
「「「「変な感じ?」」」」
アリスが変な感じがしたのだと言う。モルフォが机の上に置いたスマホに映るライブ中継では古聖堂にナギサが到着。その後、ヒナも車に乗って古聖堂へと到着した様子が映っていた。その映像も視界の隅に収めながら、アリスが何の異変を捉えたのかとモルフォ達は訝しみながら首を傾げるのだった。
★
『―――と、いうわけで……』
調印式についていつものように面白おかしく、根も葉もない噂や疑惑などを織り交ぜながらの偏向報道をかましていくクロノス。スマホでもライブ映像を見ることはできるが、当然テレビでは生放送をやっている。普段であればこういった放送で役に立つものなど精々が天気予報ぐらいで事件などはわざわざクロノスから情報を得る必要性は薄いのだが。
「……随分とまぁ賑わってんな。お祭り騒ぎじゃねえか」
珍しく、クロノスの報道を見ながらネルが呟く。古聖堂を映す中継映像にはトリニティ、ゲヘナ両校の生徒達が真剣な表情のまま立っており、両校のそれぞれの組織の人員やトップが到着したという話もされていく中、クロノスが会場ではない別の場所へカメラを向けると、そこには浮足立っているトリニティの生徒達もいるのが確認できる。
「会場周辺は厳重な警備が敷かれているらしく、今回の関係者及びシャーレの先生以外には入ることすらできないようになっているらしいですね」
「この中を潜入してみるのもまた一興では?」
アカネの事前に知り得た情報を聞いて飛び出したトキの洒落にならない提案に思わず顔に手を当てるカリン。そもそも、何故こうしてC&Cが一ヶ所に集まって駄弁りながら中継を見ているのかというと。調印式の日にまで任務を入れて動く必要もない、即ちミレニアムは今日は静かにするというセミナーのアピールのために一日休むことになったためである。それでもいつでも動けるように、との通達はされていた。それ故にエージェントの五人がこうして部室に集まり、やることがなくなってしまったから自分達を閉じ込める原因となった調印式の中継でも見てやろうということになったのだ。
「さすがにそんなことをしたら洒落にならないからやめよう……?」
と、トキの言葉に返した後にカリンはある違和感に気付く。こういう時、こんな提案がされようものなら悪ノリしてくるであろうアスナがやけに大人しい。一体どうしたのかとカリンがアスナの方を見ると、アスナは何故か武器や道具の手入れやチェックを念入りにしていた。
「……アスナ先輩?」
「アスナ、お前どうした?さっきからずーっと手入ればっかやっててよ」
「……すっごーい嫌な予感がするんだよね」
「……急に任務が入るって事か?」
「さあ?」
いつもの勘という奴なのだろう。理由はわからないが武器をいつでも使えるようにしなくちゃいけない。そう、アスナは思っている。ということは、C&Cがすぐにでも動かなきゃいけない出来事が起こるというのか。ネルが考え始めていると、アカネがふと気付いたように口を開く。
「そういえば今日は珍しく静かですね。エンジニア部とかも特に騒ぎを起こしている様子もないですし」
「確か、今日はエリドゥで何かをしていると聞いたが……まあ、セミナーとかは大人しくしているんだろう」
ミレニアムの学校内は静かになっており、普段の様子とは大違いであった。これもC&Cと同じくセミナーから静かにするように、何かをするならエリドゥの方に行ってくれと言われていたからだった。中には今日は外で過ごそう、という人もいるのだろう。
「……この調印式、もしかしてまともに終わらないのか?」
「そういえば……資料になるからとゲーム開発部が調印式を見にトリニティに行くと言っていましたが……」
「……は?」
ネルの呟きを聞き、トキがゲーム開発部の予定を思い出す。そこまでは考えすぎだろうとネルとトキも言いたかったものの、アスナの直感のことを知っており、そのアスナが明らかに戦いにいく前提で準備をしていることを踏まえると、どうにも妄想が過ぎる、と言い切ることはできなかった。と、
「!?あれは!?」
「うごっ!?」
中継映像に映っていたそれを見て、アカネが驚いたように身を乗り出し、画面を食い入るように見る。アカネが身を乗り出したことでネルの頭部がアカネの胸に潰されることになるがそんなことをアカネが気にする余裕もなく、文句を言おうと口を開きかけたネルもそれを見て、言葉を失ってしまう。
「……なんで、ミサイルが―――!?」
「あの大きさ……まずい!!」
トリニティの空を飛行するミサイル。それは、一直線に古聖堂へと突き刺さり、直後。カメラが大きく揺れ、爆音と共に吹き飛び、閃光が画面を埋め尽くす。それから、中継が中断されたのは間もなくであった。
「「「「「……」」」」」
何の情報も得られなくなってしまった画面。それを見る五人は言葉を失ったまま目を見開いており、その顔を冷や汗が流れるのだった。
★
空は灰色の雲に包まれていた。炎が至る所で吹き上がり、廃墟と化した古聖堂。そこにいた多くの者達が埋もれ、その安否すらもわからない中、空は先ほどまでの青空が嘘かのように煙によって作られた雲が覆い、昼なのに薄暗い景色を作り出していた。古聖堂だけではなく、それを中心としてボロボロになった街並みが広がり、瓦礫が散乱していた。そんな中でも、次なる爆発音が轟き、さらには戦闘が起こっているのか銃撃音すら聞こえてくる。その鉄火場の中に居たのは、白装束にガスマスクを付けた少女達。見たことのない服装、制服の少女達を前に、傷だらけの黒い制服に身を包んだ正義実現委員会と風紀委員会の少女達を攻撃していく。
(……遂に、来てしまったか)
景色は、暗転する。そこにいたのは、先生を連れて逃げる空崎ヒナの姿。だが、彼女自身も大怪我を負っており、その背後では満身創痍となった身体を引きずるように、謎の敵と戦う正義実現委員会達の姿があった。ヒナの前にも、その謎のシスター服を纏った集団らが立ちはだかり、執拗に先生を攻撃し始める。それらを、先生が隠れ、ヒナが迎撃していく形で敵を退けていく。
(……これが、普段のコンディションであったのなら。或いは、奴らにこの特異性がなかったのなら。話は変わっていただろう。だが……この運命は変えられない。分岐点は……その先だ)
しかし、そのシスター服の集団は、倒しても倒してもその数を減らすことがない。倒して少しずつ前進。そして現れた集団の相手をする。その繰り返しでどうにか、目的地へ着実に一歩一歩、足を進めていくヒナと先生。しかし、そこに絶望を象徴するかのように、四人の少女が現れる。ヒナと彼女達の交戦が始まり、そして―――
(……は?)
その光景が、歪んだ。景色に鱗粉がまぶされたかのように、光の点滅が無数に巻き起こり、一瞬視界がぶれる。直後、四人の少女がヒナと戦っていたその光景が、四人の少女と見覚えのある少女と相対していたのが、五人の少女へと置き換わっていた。
(待て、なんで―――)
戦いの光景が続く。そして、四人の少女達の中でリーダーとみられる少女が、一つの爆弾を放り投げる。それは、最悪の結果をもたらし―――
「!?」
直後、景色が暗転し、セイアはティーパーティーのテラス席で目を覚ます。冷や汗を流し、動悸が激しくなっていく。手を震えさせながら今見た夢のことを考えていた。もし、あの景色が移り変わってしまった運命だとしたら。だとしたらまずい。そう考えるも、何も方法が出てこない。
「……駄目だ。彼女が眠らなければ、この事は伝えられない……もし、今から目を覚ましてミネに探してもらう……?いや、無理だ……!目を覚ますことができたとして、伝えられたとして、もう人手も時間も足りない……」
既に状況は詰んでいた。どうしてこんなことになってしまったのか。考えられることはただ一つ。
「……私が、調印式の日に起こることを、彼女に伝えていなかったから……?」
唯一、導き出されたその呟きに、後悔の中でセイアは呟くしかないのだった。そして同時に祈る。これまでも運命を変えてきた彼女なら、今回もまた、ここから運命を変えてくれることを。