転生したので前世の知識で生徒達と遊ぶことにする 作:popoponpon
「……はぁ」
シャーレのビル。それを見上げながら、臙脂色の髪の少女が面倒臭そうに溜息を吐く。丈が長く、袖が余っている黒いコートや制帽といっただらしない服装をした彼女は、日差しに眩しさを感じるように手を当てる。
(先生を味方につけろ、とは言いますがね……マコト先輩。先生は生徒の味方であってもゲヘナの味方じゃないんですからいい加減諦めてほしいものです。まあ、合法的にサボれるので、わざわざ鉄道を乗り継いで来る必要がある点を除けばそこまで悪くはないのですが)
彼女の名は棗イロハ。ゲヘナ学園に通う二年生で万魔殿に所属する生徒だ。エデン条約の調印式においてはマコトや後輩のイブキを始めとする他の万魔殿の生徒と共に飛行船に乗り込んでトリニティに向かった、ところまではよかったのだがそこでアリウスによって積み込まれていた爆薬で飛行船が落とされてしまったのだ。幸いにも死者はゼロ、主だった被害はマコトの髪だったことや、アリウスの一件についてバレる時はトリニティとゲヘナ、一緒に共倒れしましょうね(意訳)をナギサに突きつけられたことでさすがのマコトも大人しくならざる(当社比)を得なくなっていたようだった。そんな現状を打開するために打ち出した策。それが、先生を篭絡するというもの。その役目をイロハが受け持つこととなったのだが。肝心のイロハの篭絡へのモチベーションは著しく低いままであった。
(だって篭絡するには難易度が高すぎますし……仮にそういう気が百歩譲って私にあったとしても、そもそも万魔殿が仕掛けるのは遅すぎるんですよ)
既に先生が来てから季節が一つは過ぎているのだ。先生を呼んだ連邦生徒会は除くとして、一応最初のサンクトゥムタワー奪還作戦に風紀委員会のチナツが参加していたという実績はあれど、既に生徒との交流という点においてゲヘナ学園は明らかに出遅れていると言っていい。というかこの点においてミレニアムサイエンススクールが異常なまでに強すぎるのだ。
(まあ、ゲーム開発部には普通に興味あるんですがね)
イロハはゲームが好きだ。そして先生もゲームやアニメが好きであるというのは半分公然の秘密と化しており、そういう意味もあってかミレニアムのゲーム開発部との親交もあるという。なのでイロハの興味や目的も、先生よりもゲーム開発部の方に向けられており、前回シャーレの当番として訪れた際に何気なく話を振ってみたところ、当番のスケジュールを調整しておこうか?と先生から振られたことで今日の組み合わせが成立したのだ。
(コンスタントに良ゲーを出し続けるインディーゲームサークル……以前はクソゲー一本で勝負してるのかとも言われていましたが、ミレニアムプライスを境に一気に質が別人レベルで良くなったと。イブキとも遊べそうなゲームについても話ができそうですし、楽しみです)
最早目的が先生ではなくなっているが、どうせマコトには口八丁で適当に誤魔化すのでどうでもいい。目的の人物に会いにシャーレのオフィスに入ったイロハだったが、そこで目にしたのは、
「先生。随分育てているようですけどこれで横取りですよ?」
「あっ待って待ってモルフォ、それは殺生だよ……」
「待ちません。いやあ、これがマンカラの醍醐味ですね」
マンカラと呼ばれる謎のアナログゲームをしている先生とモルフォの姿であった。
★
マンカラ。それは6×2の計12個の穴と、左右に大きな二つの溝があるボードとおはじきやビー玉などを使用して行われるゲームである。穴は手前の六つと奥の六つでそれぞれ自分と相手の陣地となり、溝は、手前側の六つを陣地にするプレイヤーは右の溝を、左の溝は相手の陣地となる。まず、12個の穴にそれぞれ4個ずつビー玉を入れておき、石を反時計回りに移動させ、自分の溝に多くの石を集めたプレイヤーが勝利となるシンプルなゲームだ。
「……ゲーム開発部はこんなものも作っているんですか?」
「いや、これは私が買ってきたものだよ。偶然見つけてね、懐かしくて買っちゃったんだ」
自己紹介を終え、マンカラの説明を聞いていたイロハがモルフォに質問すると、それに先生が答える。モルフォ自身何が線引きとなってキヴォトスに存在しているのかどうかはまだわからないのだが、トランプや麻雀、ドミノといった前世から見ても歴史がある程度以上に深いアナログゲームなどは普通にこのキヴォトスにあるのだと解釈している。実際、マンカラそのものは覚えている知識が正しければ紀元前4000年に遡るとまで言われており、世界最古のゲームの一つとまで言われているレベルなのだ。
「成程……かなりシンプルそうですが」
「ルールはシンプルなんだけど、だからこそ奥深くて楽しいんだよね。特に横取りっていう要素がね……」
「ああ、さっき先生が情けなく命乞いをしていた……」
「あ、はは……」
自分の手番が来たら、自分の穴を一つ選び、その中からビー玉を全て掴む。その後、反時計回りに、相手のゴールとなる溝を飛ばす形で一個ずつビー玉を落としていく。自分のゴールを越えた先にある相手の穴にもビー玉を落としていき、これを繰り返して片方のプレイヤーの穴から全てのビー玉がなくなるまで続けていく。その後、自分の穴にあるビー玉は全てゴールへと移動した上でお互いが手に入れたビー玉の数を比べて多い方が勝ちとなる。
さらに、このゲームには横取りという要素がある。これは、移動した最後の石が、空の穴に入った上で向かい側にある相手の穴にビー玉があれば、最後に入れた穴と、向かい側の穴、両方のビー玉を総取りできるというルールであり、これで一気にビー玉の数を稼ぐことが可能となる。そのため、いかにして相手の横取りを防ぎながら、こちらは横取りを狙いにいくのかが大事になってくるのだ。
「ふーむ……ちょっとやらせてみてもらっても?」
「いいですよ」
話を聞いてマンカラに興味が湧いてきたのだろう、ちらと先生に視線を向け、先生が頷いたのを確認してイロハは席に座りボードに向き合う。反対側にモルフォが座り、ビー玉を配置し直していく。そして準備が終わると、
「では先手はどうぞ」
「わかりました」
先手を貰ったモルフォがビー玉を動かしていく。最初の一手は最後のビー玉を自分のゴールへと置くことで、もう一つのルールが発動する。
「最後のビー玉がゴールに入ったのでもう一回ビー玉を動かしますね」
「ふむ、こういうことになると……」
このもう一回ビー玉を動かせるルールを使い、一気に二回、三回と動かすことも可能となる。これもまた、マンカラでは大事な要素だ。もう一回の行動を得たモルフォは別のビー玉を掴んで移動をしていくと、手番を受け取ったイロハはまずモルフォがやったように自分も最後のビー玉をゴールに落とすように動かした後にもう一回手番を得る。その後、お互いに横取りが発生しないように注意しながら、一個ずつ自分のゴールにビー玉を動かしていく。
(ここは……どう動かしたものですか)
しかし、ある程度進んだところでイロハは気付く。まだまだビー玉は残っているが、個数を比べてみるとモルフォの方が数が多い。横取りで大量得点を許すと巻き返すのが難しいと判断し、極力横取りが発生しないようにビー玉の数を調整していたのだが、そのせいで自分のゴールにビー玉を落とせない手番もそこそこあり、その間に着実にビー玉をモルフォが稼いでいたせいで差が生まれてしまったのだ。
(……と、なると……やれやれ。あまり頭は使いたくないんですがね……でも、こういうので使うのは楽しいからいいんですが)
ここまでのモルフォの行動を踏まえてどう動くか考え直す。相手はこちらが守りの姿勢を見せているのを見て、それに付け込む形で着実なアドバンテージを稼ぎにいっている。であれば、こちらが攻勢に出れは当然その対応を変えざるを得ない。そこに付け込む隙を見出すために、敢えて迂闊な手を打つことにする。
「……」
それは、横取りのチャンスをわざと生み出すということ。しかし、それを見たモルフォは訝し気な表情を浮かべてしまう。
(やはり気付きますよね……武闘派集団でもあるゲーム開発部の指揮官であるあなたなら。さて、この餌にどう食いついてくるのか……)
(ここで横取りはできるけど、それをしたら次の手番でこちらの穴に溜まっているビー玉を奪われることになる……そうなると損害はこっちの方が大きい。でも、ここでその奪い合いをしても一応こっちのビー玉の合計数は相手より上になるはず。まだこちらが有利ではある……けど)
イロハが狙っているのはおそらく、モルフォの譲歩。ここでわざと横取りをさせることでビー玉の差を埋めつつも、モルフォに大胆な一手を打たせるハードルを下げようとしているのだ。ではここで、安定を取って横取りを避ける方向性で睨み合いを続ける方に舵を取ったらどうなるか。
(その場合、また睨み合いが続く……いや、そうなったら……こう考えると……)
「っ」
ある程度考えていき、そして取るべき行動を決定する。そしてモルフォが打ち出したのは、横取りを狙わず、逆にこちらの横取りを防ぎつつゴールにビー玉を一個ずつ落としていくという堅実な守りを優先した一手であった。それを見たイロハも少し考え込んだ様子を見せてしまう。
「……」
相手がこちらの横取りに付き合うつもりがないという選択を取ってしまった以上、餌を見せつけてモルフォを釣るということはできない。かといって迂闊に挑発を繰り返せば、致命的な隙を晒してしまうことにもなってしまい、そういった盤面を晒してしまえばモルフォは容赦なくそこを狙って奪ってくるだろう。
(やれやれ……これは序盤を間違えましたかね……いや、これは?)
ここからビー玉を一個ずつ確保する流れでやっていくと絶対にモルフォには勝てない。となると、このままお互いにちまちまビー玉をゴールに入れていくだけの単調なゲームになっていくと思われたイロハだったが、手を穴に入れようとしたところで止まってしまう。モルフォがその様子をじっと見つめている中、イロハは思考を展開していく。
(……いや、まだ手はある……横取りをさせないようにしつつ、こちらにビー玉を溜める方法が)
そして思い付いた方法は、ビー玉をゴールに入れて連続行動を確保しつつ、イロハの陣営に存在する穴にビー玉を溜め込んでいくこと。それをするために、モルフォの方からビー玉をどんどん消していくのだ。
(……これは)
「?」
その様子を見ていた先生はピンときていないようだが、モルフォはイロハが何をしようとしているのかに気付いていた。そうなると、モルフォとしてもまた行動の変化を求められることになる。
「中々やりますね……」
「そちらこそ。やっぱりゲーム開発部だけあってこういうのはお手の物ですか」
「そういうわけではないと思いますけどね……まあ、このゲームはルールは単純ですし、その分理解もしやすいと思います」
「ふむ、それは感じますね……ところでゲーム開発部の新作の体験版ですが」
「ああ、やってくれたんですか?ありがとうございます」
モルフォもこちらのビー玉を無くし、行動できなくなるせいでイロハにビー玉の総取りをされないようにするためにこちらにもビー玉を溜め始めることを重点とした動きを取っていく。そんな形で差が縮まっては元に戻ってを繰り返す傍ら、世間話にも花を咲かせ始めていく。
「ええ、大きな借金を背負った主人公が借金の取り立てに来た少女と一緒に店を経営しその利益で借金を返済していく。品物は店で仕入れることもできますが冒険者を雇ってダンジョンに行って取ってくることもできましたか」
「ええ、今は体験版なので序盤の内容だけになってますね」
「他にも要素が?」
「そこは答えられませんね」
モルフォの返答に純粋にゲーム内容に期待していたのだろう、少しだけ残念そうに肩を落としつつも、むしろ気持ちとしては余計に楽しみになったのか笑みを浮かべる。
「他にもキャラが増えそうなのは楽しみですね。クセのない剣士と耐久力は低いけど速度に秀でた盗賊以外にも出てきそうですし、イブキにも勧めやすそうですし」
「イブキ?」
イロハの手番が終わり、モルフォもビー玉を動かしながらイロハが口にした少女の名に反応する。
「ええ、可愛い後輩ですよ、ふふ」
そう得意げに語るイロハ。見るからに上機嫌そうなその様子を見るに、アリスの面倒を焼いたりする感覚なのだろうとモルフォも理解する。そういう意味で言えばコユキやケイも該当する気はする。まあコユキに関してはアリスやケイのそれとは少し違う気もするが。
「私としてはパン……いえ、私個人はあなた達と付き合いたいと思ってるんですがね。もしかしたらゲームの情報を先取りできるかもしれませんし」
「あっ、そういうのはやってないのでSNSのアカウントフォローをしてくれれば助かります」
「硬いですね。まあゲームに携わっているんですからそれぐらいやってもらった方が私としてはありがたいですが」
「データぶっこ抜いたらその時は……まあ、仕留めにいきますよ」
「肝に銘じておきます」
ゲーム開発部の次回作に期待を寄せている身としてはちゃんとしてくれているのは寧ろ高評価だ。とはいえモルフォのこの返答からして既に一回やられているのだろう。そうなれば全力でゲーム開発部が牙を剥くとなれば、元からそういうつもりがなかったとはいえイロハもこう頷かざるを得ない。というかこういうことを平気でやるからこそゲーム開発部は武闘派組織なのかもしれない。
(もしイブキがゲーム開発部に興味を持って、マコト先輩がリリース前にゲームを買わせてもらおうとか言い出したら……その時は風紀委員会に〆てもらいますか……)
ヒナもゲーム開発部に目をかけているし、ゲーム開発部がリリースするゲームについてはプレイ時間は取れずともチェックはしているはずだ。万が一こういった事態が起こったらゲーム開発部がマコトの首を取りに来る前にヒナも巻き込んでケジメをつけてもらうべきか。そう考えながら、連続行動の権利を得て次のビー玉を動かしていく。
(……この二人、凄いな……)
その様子を見ながら、先生はというと感心していた。このゲームはシンプルだが、一度考え込むとかなり思考力を奪われていくのだ。だというのにイロハもモルフォも世間話をしながらもちゃんとマンカラの方も手を抜かずに真剣勝負を繰り広げている。それだけ、ゲームに慣れているということもだが、普段からマルチタスクに似た能力が鍛えられているのだろう。イロハはマコトの相手を、モルフォは普段の業務などで。
「……」
(……おっと)
そこで二人の言葉が止まる。そしてモルフォは穴に手を入れようとしてその仕草が止まる。モルフォが動かそうとしているビー玉は、どう動かしても次のイロハの手番で横取りをされてしまう位置にあった。ここまで続けてきたことで残るビー玉も残り僅かになってしまったが、これを取られても大丈夫かどうか考える。しかし、お互いにビー玉を取りすぎたことで短時間でその個数を完全に把握することが困難な状態になっていた。
「……こうなると仕方ないですね、後はなるようになるしかないですか」
「の、ようですね。では、それを取らせてもらいます」
この後、どう話を展開できるか考えたが、ここから打てる手はそう多くない。残り僅かなビー玉を、イロハが横取りを含めて多めに取る形で全てのビー玉を回収し、イロハの陣営の穴にビー玉が残らなくなったことでモルフォもまだ穴に入っていないビー玉を全て回収していく。
「さて、これで全てのビー玉がなくなったわけですが……」
「じゃあ数えていきますか」
「ええ」
数え間違いが起こらないようにお互いに一個ずつ、同時にビー玉を取り出していく。一個、二個、少しずつ減っていくビー玉。10、20個とビー玉が取り除かれていき、お互いに手に入れたビー玉の総数が明らかになるにつれて、先生は二人がどれくらいの数を手に入れたのか確認できるようになる。その数は、なんとお互いに24個。つまり、引き分けであった。
「……引き分けですか」
「最後の横取りが効いたようですね。ふう、中々楽しいゲームでした。後で買ってみましょうか」
「私も楽しかったですよ、イロハさん」
勝負は引き分けたが、イロハも気に入ったようで、後で探すことを決める。マンカラを通じて仲良く遊んでいた二人を微笑ましく見ていた先生だったが、丁度いい時間になったのに合わせて二人にそろそろシャーレの当番の作業を促す事にする。
「それじゃあ、そろそろ当番の方に入ってもらえるかな?」
「あ、もうそんな時間ですか?」
「……先生、私と一戦やりませんか?」
「イロハさん、後にしましょう」
「……」
そこに待ったをかけたのはモルフォ。イロハの両手を握りながらにっこりと笑いかける。その笑みを見て、イロハは悟る。この子はこういう感じで他の部員を引っ張ってきていたのだろうと。
「こういうのはやること全部やって何も縛るものがない状態で自由にやるのが一番開放感があって楽しいんですよ」
「……まあ、一理ありますので今回は従っておくことにしましょう」
「じゃあ二人ともお願い。大丈夫、三人でやれば早く終わるから、そうしたら一緒に遊ぼうか」
モルフォの示す楽しさもわかるので、今日はそれでいいかと彼女に付き合うようにイロハは書類に向き直るのだった。