転生したので前世の知識で生徒達と遊ぶことにする 作:popoponpon
始まりと異変
外壁もボロボロと化した建物。そこの一室を申し訳程度に机やホワイトボードなどで彩っただけの部屋。そこには、幾つかの写真があり、そこには七人の少女が笑顔で笑う姿があった。しかし、写真立て自体にヒビが入っており、まともに顔を確認できるのは三人程度であった。
「……」
そこに、小さくない怪我をした少女がいた。額には片目を覆う形で包帯が巻かれており、血の気も薄い。虚ろな目をした少女は、手を震わせながら書置きとして残されていた、一枚の手紙を見つめていた。数文程度、少女へ向けて書かれた内容であった。
『―――先輩、お元気で』
「……やだ……やだぁ……一人に、しないで……」
その末尾に書かれた内容を読んだ少女の口から、小さな嗚咽が漏れる。弾かれたように砂漠へと飛び出した彼女は、涙を流しながら必死で、その書置きの主の名前を叫ぶ。叫んで、叫んで探し続ける。
……そして遂に、砂漠の中でその死体を発見した。
「……ここに、いたんだね……ここ、に……う、うあぁぁ……」
それを見た少女は、力なく崩れ落ち、慟哭するのだった。
★
「……んん?」
「あ、起きましたか?モルフォ」
「……ふぁ……ああ、そういえば昨日は夜通しで色々詰めてそのまま寝てたんだっけ……で、この状況は……?」
時刻は既に昼前になっていた。以前セールだった時に面白半分で買った蝶のサナギをモチーフにしたというユニークな見た目の寝袋に潜り込んで寝ていたモルフォは、目を覚ましてぼんやりとした意識のまま周囲の状況を把握していく。相当深く眠っていたのだろう、アリスやケイがモルフォに寄りかかっていたり、二人とモルフォを挟むようにユズとミドリがちょこんと座っていた。その上でトキに膝枕されていたり、部屋の中にもコトリやヒビキ、マキがいてモモイと共にゲームで盛り上がっているという中々騒がしい光景が広がっていた。ちなみにコユキもおり、彼女は遠慮なくモルフォの腹に乗っていたので、
「……にはははは!?ちょっと急にくすぐるのはどうなんですか!?」
「人のお腹に勝手に乗ってる人がいう台詞じゃないのでは?」
とりあえずコユキをくすぐりながら無理矢理引き剥がす。軽く寄りかかってるだけだったり近くにいるだけの他の面々とはさすがに図々しさが違いすぎたのである意味仕方のないことだ。
「あ、モルフォおはよー」
「おはよう、皆」
「そういえばモルフォ、今日の朝リオ会長とユウカ先輩とネル先輩が連邦生徒会に行ったのって知ってますか?」
「知るわけないでしょ……今起きたばっかなんだけど」
寝袋から出てくるモルフォに、笑いすぎたのか涙目になりながら聞いてくるコユキ。さすがにモルフォ自身知っているわけがないだろうと呆れながら寝袋を放り投げる。それを受け取ったコユキがその柔らかさを体感するように寝袋を興味深そうに触る様子を見ていると、マキが話を引き継いでいく。
「これはまだ調査中なんだけどね、キヴォトス中から謎のエネルギーが観測されたんだよね。六ヶ所だったかな?しかもその内の二つは廃墟とエリドゥの近くからだって。ただ、それ以上のことはまだわかんないし、なんか起こってるわけでもないからとりあえずエネルギーが出た所にAMASを向かわせてデータ収集が終わるまでは一旦置いとくって感じ?そんな時に連邦生徒会が緊急招集したんだって」
「えー連邦生徒会がー?」
本当でござるかー?と思わず懐疑的な視線をマキに向けるモルフォ。先生が働きかけたおかげとはいえ連邦生徒会がちゃんと有事に対して動いていることに最早感激さえ覚えるレベルだ。
「まあ、連邦生徒会が私たち以上に何か知っているとはとても思えないけど……」
「でも先生なら何か知っている可能性はありますからね!まあ私達はそれまでドンと構えておけばいいと思いますよ―――あ、そこもらいますよ!」
「うわ、コトリそれはない!?」
「……ふーん、万が一があるからリオ会長も行ったって感じかあ……なーんも起こらないといいけどね」
コユキを抱き寄せ、にははーと笑う彼女から寝袋を回収して折り畳みながら呟き、ゲーム画面の方に視線を向けるのだった。
★
「……シロコが行方不明?」
「うん、アビドスにカイザーの出入りがどうも多くなってきちゃってねぇ~、そんな中でシロコちゃんが様子を見に行くとかいって連絡とれなくなっちゃうし、それでこれっていくら何でもタイミングが良すぎるでしょ~?ま、調べるならミレニアムの方が得意そうだし、先生もいるし?リオちゃんがこっち来るなら私も来た方がいいかと思ってね」
「……えっと、それだと今回の招集は目的じゃない気が……」
「いやまあ連邦生徒会だし……リンちゃんなりに頑張ってるのはわかるけどさ。とはいえ、さすがにこれで先生が来ないのは予想できなかったかなぁ」
D.U.地区にあるカフェの個室。緊急招集を受け、キヴォトス中の学園から首脳陣が訪れていた。ミレニアムからはリオとユウカ、そして念のためにと護衛として連れてきたネル。ゲヘナからはマコトやイブキ、イロハといった万魔殿が。トリニティからはティーパーティーの三人にミネやサクラコといった他派閥のトップ。アビドスからはホシノ、レッドウィンターからはチェリノやマリナと面子だけで言うなら錚々たる顔ぶれが揃っていた。しかし、そこに先生の姿はなく、そのことについて当然各所から詰められるものの、リンら連邦生徒会も詳細は把握できていないようで、結果としてまともに会議や話し合いにすらならず、そのまま解散となってしまっていた。
とはいえ、ホシノとしては連邦生徒会が招集した会議そのものは正直どうでもよく、用があったのはリオ、そして先生であった。しかし、先生が行方を眩ませた、という話を聞いて悪い意味である確信を抱いていた。
「シロコちゃんと先生……無関係だと思う?」
「……確証がないからあまり口にはしたくないけれど……状況証拠だけ見れば関連性は十分に疑えるわね」
「で、どうするんだ?」
「あの、一度シャーレに行ってみませんか?先生が会議に出なかったってことは何か緊急の依頼を受けたっていう可能性も考えられますし……いや、さすがにこれは苦しいかな……?」
シロコと先生、このタイミングで二人が行方不明になるのはいくら何でも作為的な何かを感じざるを得ない。これを知れただけわざわざD.U.地区に赴いた価値自体はあったと言っていいだろう。ひとまずシャーレに向かい、何か手がかりがないか探さないかというユウカの発言に従い、四人はシャーレのビルへ向かうのだが。
「……あれー?開かないな……」
「どうなってんだ?いつもならシャーレの部員ならすぐに開くだろ?」
「……私も駄目みたいですね……」
そこには完全に閉ざされたシャーレの扉があった。ホシノ、ネル、ユウカが学生証を通して認証を試してみるも全滅。普段なら開放されているはずなのに、と。顎に手を当てながらリオが考え込んでいると、ふとその視界に連邦生徒会の制服を着た少女達が車の近くで黄昏ている様子が入り込む。
「……あなた達、連邦生徒会の生徒よね。なんでここにいるのかしら」
「……え?えっと……その、私達は今回の招集のために先生を迎えに来たんですが……」
「その先生がいなくて……でも、シャーレからヘリで飛んでいったので、先生もそれで会議に向かったのかと……」
その言葉に、思わずホシノとリオは顔を見合わせる。連邦生徒会からわざわざ迎えを出すぐらいには大事な案件だったらしい。だというのに、先生は既に別の手段でここを発っていたという。それで行方不明になったということは、
「うへぇ、裏切者かぁ。まさかカイザーと連邦生徒会が繋がってるとか言わないよねぇ」
「カイザーとヴァルキューレは繋がっているという話はあったけれど……」
「え?マジ?」
ホシノの言葉通り、連邦生徒会内に裏切者がいると見ていいだろう。今回の招集の事を知り、リン達が迎えを寄越すことを知り、その前に自分の手の者を手配。先に先生を連れだし、そのまま拉致してしまったと考えていいだろう。
「……シャーレから飛んでいったヘリの行き先がわかればいいんだけどねぇ」
「ヘリの行き先だけで済めばいいけどな……そっから車に移動したりしてたら面倒だぞ。どうするんだ、調べるか?」
「その価値はありそうね。今回の異変、エネルギーの反応自体はキヴォトス中に起こっている。本当に大事件になるというならミレニアムとアビドスだけでどうにかなる問題じゃない……先生がいなければ私達はまともに音頭を取ることもできない」
「まあその結果があれだからねぇ……」
先程の会議を思い出し、呆れたような表情をホシノは浮かべる。とはいえ、これでやるべきことは決まったといっていいだろう。
「じゃあ一旦戻るしかないねぇ……シロコちゃんと先生がいる可能性も考えなきゃ」
「ええ、そっちの方はヴェリタスでも調べられないでしょうからそちらに任せるわ」
ミレニアムでは探すことのできないアビドスは地元民のホシノとアビドスの面々が、そしてヴェリタスのハッキングが届くD.U.地区はリオ達が。お互いに動き方を定め、それぞれ帰路へと向かうのだった。
★
「……先生が攫われた!?」
「かもしれないって話よ。とはいえ……」
ネル達がミレニアムに戻ってすぐ。すぐにセミナー、C&C、特異現象捜査部、ゲーム開発部が招集される。メンバーが集められてすぐにユウカから告げられた言葉に、D.U.に向かった面々とヒマリ以外の全員が驚きを露わにする。
「今、ヴェリタスにシャーレやその周辺の監視カメラを確認させてもらってるところです。とはいえシャーレについては……どうも完全にネットワークが隔離されているようで侵入すらできなくなっているようですが」
「……隔離?」
ヒマリから告げられた言葉にケイが眉を顰める。この場にいるケイはアリスと分離している状態だ。別に戦闘するわけではなく、話し合いに出るだけなのでこれでも問題ないという判断から、元の身体に戻ることなく出席している。
「……ええ、先生がシャーレのネットワークを隔離する理由はまずありえませんからね。つまり誰かが今回の異変に気付き、シャーレのネットワークに侵入するのを恐れているということです」
「じゃあ、やっぱり先生は攫われたということでしょうか?であれば、救出クエストですね」
「……でも、誰がそんなことやるんですかねー?先生を攫うなんてやったら後が面倒なことにしかならないのに」
「……ちょっと面倒という話ではありませんが、まあコユキちゃんの言う通りではありますね」
そして、ヒマリの指摘したシャーレの孤立化。それを先生がする理由は全くなく、間違いなく犯人がいるということだろう。しかし、そうなるとコユキが指摘したような疑問も生まれる。その懸念を承知の上で先生を攫う存在がとてもいるようには思えない。
「……ということは、生徒ではない……?」
「その可能性は高そうですよ」
ノアにそう返しながら、ヒマリがヴェリタスが入手したある映像をモニターに表示させる。そこには、シャーレの屋上から飛び立つヘリが映っていた。
「ヘリ?あれで先生は移動してたの?」
「お姉ちゃん、あの校章は確かヴァルキューレだよ……あれ?ヴァルキューレが先生を移動させてたのになんでいなくなるの?」
「……まさか、墜落しちゃったの……?」
「先生が墜落に巻き込まれたとなれば間違いなく大事になりそうだが」
そのヘリにはなんと、ヴァルキューレの校章が。それなら問題なく連邦生徒会についてもおかしくないはずだ。となればアクシデントがあったのかとモモイ達は考えるが、カリンはその可能性は低いと指摘する。それに同意するようにアカネも口を開く。
「はい。先ほどのヒマリ先輩の発言を踏まえると、このヘリはおそらく偽装ではないかと」
「ええ、その通りです」
さらに映像は切り替わっていく。そして、ヘリがどこかの厳重そうな施設へ着陸しようと高度を下げ、ヘリの内部もガラス越しに確認できるようになると、そこにはなんと見覚えのある武装したロボット達が乗っていた。
「あれって、カイザーじゃ……」
「ヴァルキューレではありませんね」
モルフォの呟きに同意するようにトキが頷く。その様子を見ながら、ヒマリは彼らの正体について言及していく。
「今は違いますが、ちょっと前までカイザーはヴァルキューレとの癒着がありましたからね。ヴァルキューレの備品を用意して偽装することは簡単だったのでしょう」
「じゃあ先生を助けに行こっか!」
「ま、こんなことやって黙っていられるわけもねえしな。リオ、それでいいだろ」
「ちょっと待ってもらえるかしら」
それがカイザーであることがわかり、先生を誘拐したのはカイザーグループであることが確定する。そして、ヘリが到着した建物からは車両なども出ていないのも確認でき、先生はそこにいることも明らかになる。で、あればC&Cがさっさと先生を救い、改めて謎のエネルギー異変についての話を聞くべきだ。そう思ったのだが、
「一つ懸念点があるわ。この詳細の分からないエネルギー反応……それが牙を剥いた時のためにもこちらにも対抗するための用意は必要よ。特にミレニアムはエリドゥと廃墟にそれぞれ反応が出ているのだから」
リオはキヴォトス中で発生した謎のエネルギー反応について言及する。それは、ミレニアムの近くにも発生しており、ネルを筆頭としたC&Cには可能であれば万が一に備えてほしいという思いもあった。
「用意してえのはわかるが、それがどう危険かわからねえのにか?だったらさくっと先生を助けりゃいいだろ」
「それも大事だけど……何故カイザーが先生を攫ったのか、そこら辺も探りたいわ。それなら…… C&Cじゃなくてゲーム開発部に任せたいの」
「えっ」
当然ネルが異を唱えるも、ここでリオが選択肢としてゲーム開発部をあげたことでモルフォ達は驚きの表情を浮かべてしまう。他の面々の視線がゲーム開発部に向けられる中、少し考えて徐々に納得する者も現れ始める。
「……確かに、今の皆さんなら……」
「まあ、実力としては……カイザーとは何回かやりあってるわけだし」
「うーん、いいんじゃない?」
「結局戦力を分けるのは変わんねえしな……ならどっちが行ってもいいか。あたしとしちゃあ確実に暴れられそうな方がいいんだが」
「えっと……モルフォ達はそれでいいの?」
「まあ……信頼されてるのは悪い事じゃないし、先生が心配なのは確かだし……」
「なんか結構やばいみたいなら戦うしかないのかな……?」
ユウカがゲーム開発部を心配するように声をかける。とはいえ、可能ならばC&Cよりはゲーム開発部に向かってもらいたいのもまた、ユウカの本音。C&Cを派遣して好き勝手に暴れてもらい、D.U.地区の建物などを破壊されては面倒。であれば、ゲーム開発部に任せた方が被害は軽微だ。モモイやミドリも少し複雑そうな表情を一瞬浮かべていたが、もうやるしかないと覚悟を決めて頷き合う。
「……決まりだね」
「そういうことだけど……行ってくれるかしら?」
「わかりました。そういうことなら早速行ってきますよ。先生が攫われたと言われちゃ私達も黙ってはいられませんからね」
そして、ゲーム開発部の六人はセミナーの指示を快諾するように首を縦に振るのだった。
★
「―――失礼、少々遅れました。皆さんお集まりのようで」
ゲマトリア達が再び一堂に会する。エデン条約の調印式、その後のアリウスの一件の後に初めてフルメンバーが揃っての会議となる。その場にいた、全員の視線がベアトリーチェを一瞥してから黒服が進行を務めるように口を開く。
「少々前のことになりますが。無名の司祭の遺産が観測されました」
「……」
黒服の言葉にベアトリーチェが露骨に眉を潜める。そのことから、ベアトリーチェも自分がこの会議に復帰するのを黒服達は待っていたのだと理解する。無名の司祭の遺産とは、端的に言うならばキヴォトス以前に存在していた世界の主が持つ、現在のキヴォトスの技術を凌駕する超科学だ。それは、先の一件でベアトリーチェが使用した巡航ミサイルなどがそれにあたる。
「名も無き神とそれを崇拝する無名の司祭。彼らはキヴォトスの神秘の下に堆積し、痕跡だけが残るはずだった存在です。淘汰された旧き人は、遺産を見るに現代のキヴォトスに対して友好的ではなかったのでしょう」
名も無き神とは所謂太古の昔より存在する神秘や恐怖。自然を模った形で顕現するとされている彼らを崇拝していたのが無名の司祭たち。どこかへと姿を消した彼らだが、ベアトリーチェがそれを用いたように、技術そのものはまだこの地に残されている。
「さて、今回観測されたのはそんな凡庸なものではありません」
「箱舟が観測されました。一瞬ですが」
「……?観測とは、知覚される概念なのか?物体ではなく、現象であると?」
黒服の言葉を引き継いだのはゴルコンダ。そして、そのゴルコンダに対し、マエストロが質問をしていく。
「……成程、確かに興味深い質問ですね。私も箱舟とは実在する物質と考えていましたが……」
黒服はカイザーグループにアビドス砂漠を調査させていた。黒服がアビドスで活動していたもう一つの理由がこれだ。ホシノや生徒達のことは先生の手前諦めることにしたが、それ以外に関してはそうではない。砂漠に箱舟が埋まっていると、そう仮定してカイザーに探させていたのだが、ゴルコンダが言うそれは別物であった。
「シャーレの出現から始まる一連の流れ、そして無名の司祭の遺産である箱舟の観測。計画通りであれば起こり得ることがない事態。遠い未来でさえ、いえ、訪れることすらない現象であったともいえるでしょう。ですが、制御不能の変数によって、私達が迎えた現在は……あまりにも元の計画から逸脱してしまったのです。それだけではありません」
そこで、全員の視線が再びベアトリーチェへと向けられる。その視線には、ベアトリーチェがアツコを生贄として行った儀式によって色彩と接触したことが原因である。そう言わんばかりの言葉が込められていた。
「色彩はここを発見してしまった。ベアトリーチェ、貴下が行った儀式のせいでな。あれが招く狂乱はわかっていたはずだろう」
ベアトリーチェは色彩の力を利用して自らを偉大なる者に仕立て上げようとしていた。それは揺るぎない事実であり、そのためだけに色彩という恐ろしい存在を利用しようとした。それはあまりにも愚かな行為だと。そうマエストロは語る。
「口の利き方に気を付けなさい、木偶。芸術家というのは、己の作品は偉大であることを願うのに、他者の願望は見下すのですね。嗚呼、そのような傲慢さこそが本質なのでしょうか?」
「ベアトリーチェ、落ち着いてください」
「デカルコマニー。あなたも同じですよ。あなたのその虚像と非在の隠喩……絵画なんぞに喋らせることで表現しているとでも?私から見れば、サーカスにいる道化師となんら変わらないように思うのですが」
「……皆さん、大人になりましょう。ベアトリーチェは色彩を利用しようとしていただけであって、キヴォトスに呼び寄せる予定ではなかったはずです」
だが、それに対するベアトリーチェの言葉はあまりにも傲慢で、そして侮蔑的なものであった。これにはマエストロはもちろん、ゴルコンダもデカルコマニーも口を閉じてしまう。ただし、その感情はベアトリーチェに何も言い返せない、というものではない。黒服もだが、既に冷めてしまったというべきか。そして何より、ベアトリーチェはまだ気付くことすらできていない。
―――これまで、ゲマトリアの同士として最低限の礼節の証として呼ばれていた通称、マダムの名でとっくに呼ばれなくなっていることに。だからこそ、ベアトリーチェは信頼を回復する必要があったのだ。だが、それにすら気付かず、そして先生に負けたことで思考に余裕を失った彼女は、転がり落ちていく。自ら破滅への道に。
「シャーレの先生。全てはあの男が現れてから起こったこと、全ての元凶こそがかの存在であり、一刻も早く始末するべきだったのです」
「……ここが学園都市という概念で存在する限り、先生の存在はこちらを凌駕して当然です。それこそがこの物語のジャンルであり、この世界のルール。わたくし達がこの世界に留まる限り、ルールに逆らうことなど……」
「物語の作法など、どうでもよいでしょうに!」
「「「「……」」」」
「分かりました。私が皆さんに解を示して差し上げます。全てを一度に解決できる究極の解を」
「……ふむ」
本当にそんなものが、一発逆転ができる秘策があるというのなら是非お聞かせ願おうか。そう言わんばかりになげやり気味に黒服が相槌を打つ。とはいえ、これまでの流れからして、どうせ碌なものではないのだろう。そもそも、マエストロは色彩がここを発見したと言っていたが、厳密には、黒服の知る限りそれは夢の中で起きた出来事なのだ。こちら側で発見されたかどうかまでは現時点では定かではない。それだけはさすがにベアトリーチェ本人も理解できているはずだ。となれば、それ以外の事に対する彼女なりの解決策なのだろう。そう、思っていた。いや、思いたかったというべきか。
「色彩は既にここに向かっています。私が伝えましたから」
ベアトリーチェの考えることは単純だ。色彩を使い、全てを消し去る。キヴォトスすらも。ゲマトリアの面々がこの地に求め、探求を続けていたその全てを無に帰する。その果てに、ベアトリーチェの求めるそれはある。
「これで、全ては解決します。世界の滅亡、そして創成の権限の所有。それこそが偉大なる存在になるための唯一の方法……色彩とは解釈されず、理解されず、疎通されず、ただ到来するだけの不吉な光。不可解な概念……それこそが、あの先生を消し去る方法」
「何という体たらく。理性を失ったか、ベアトリーチェ」
しかし、それは最早方便でしかないことは誰の目から見ても明らかだ。ベアトリーチェは、先生を殺すことを決めた。そのためだけに色彩を呼んだ。世界を創成し直すという大それた目的とて、所詮は後付けでしかないのだろうと、この場にいる誰もが気付いていた。何せそれは、銃弾一発をうまく使えば殺せる相手を、大量破壊兵器で街ごと吹き飛ばすような暴挙だ。これまで、アリウスを利用して崇高に至ろうと、曲りなりにキヴォトスという地を利用していたからこそゲマトリア足り得た彼女は、そのキヴォトスを滅ぼすという手段を行使する決断をしたことでその大義すら失っていた。
「どうやら、自らの憎悪に呑み込まれてしまったようですね……とても残念です。ゲマトリアは探究者であり、求道者。狂気こそ、我々が打破すべき宿敵であったのですが……ベアトリーチェ、あなたはゲマトリアの資格を失いました」
「口を慎みなさい……!私には色彩の力が宿っているのですよ。あなた方があれほど恐れていた狂気の力が……!」
「そのようですね。ゴルコンダ、彼女を送り届けてください」
そんな彼らを、ベアトリーチェは一蹴する。所詮ゲマトリアの連中など、戦闘においては自分の下でしかない。それは、先日の一件でゴルコンダが先生に告げた言葉の通りに。だが。
「はい。楽しい時間でしたよ……マダム」
「!?ぐあああああああ!?」
ベアトリーチェはここに長く来ていなさすぎた。その間に、既に黒服達は彼女に対する対策を用意し終えていたのだ。元同士と成り果てた女に対する最期の挨拶をゴルコンダが告げると共に、ベアトリーチェは甲高い悲鳴を上げる。どこかへ引き込まれようとする彼女は、その手をゴルコンダ達へと伸ばそうとする。
「ふむ、ヘイロー破壊の爆弾より確実ですね」
「神秘は解析できないからこその神秘ですが、彼女はわかりやすい存在なので」
「こういうことですよ、ベアトリーチェ。我々に色彩への対抗手段がないと本当に思っていたのですか?既に準備はしていましたよ。あなたが色彩と接触した時からね」
「そういうこったぁ!!」
だがその手が届くことはなく、ベアトリーチェはこの世界から消滅してしまう。一転して静かとなったその沈黙を、ゴルコンダが崩す。
「残念です。神たらんと声を上げるエキストラは、いずれこうなる運命にあることを知らなかったのでしょうか?嗚呼、彼女に詩歌への造詣があったのなら……」
「狂気に染まった彼女がどんな怪物へ変貌を遂げるのか……それ自体は気にはなるが、このままでは更なる厄災に転じていただろう」
「また席が空いてしまいましたね。次の人員については、後程議論するといたしましょう」
それを皮切りに彼らはベアトリーチェのこともそこそこに、彼女が遺してしまったそれについて話し始める。その議題は、キヴォトスで観測された六つのエネルギー。色彩と関連が深いであろうそれは、色彩の到来まで時間がないことを意味している。それに備え、黒服達は各々が用意できるだけの戦力を確認していた。
「……忍び寄ってくる色彩、復活目前の無名の司祭。どちらにも、備えておかねばなりません。時間は残されていませんが……」
しかし、用意できる戦力はあまりにも心もとない。せめてもう少し時間があれば、ベアトリーチェの凶行がもう少し後であればと思わずにはいられない。しかし、それを悔やんだところでどうにもならない。
「キヴォトス中の幾多の神秘が消えてゆくのですね」
「……その明滅も、私達の探求であったとしましょう……ん?」
ゴルコンダの零した言葉に、訪れる結果は受け入れるしかないと半ば諦めたかのように言葉を返す黒服。直後。他の誰もいないはずの空間にワームホールのような穴が開かれる。そこから、漆黒のドレスに身を包んだ少女が現れる。狼の耳と腰まで伸ばした銀髪を揺らし、冷たい目を向ける彼女は、無言で黒いアサルトライフルをゲマトリアへ向けるのだった。