転生したので前世の知識で生徒達と遊ぶことにする 作:popoponpon
ウトナピシュティムの本船のブリッジ。そこでは本船に対して発動されてしまった自爆シーケンスをどうにか解除するためにヒマリ達が奮戦していた。頼みの綱は、管制室に向かう先生とシロコとモルフォ。しかし、対策委員会が向かっているとはいえ、それもいつになるか。対策委員会が先生達の増援に、ゲーム開発部が全速力で本船に戻ってきているとはいえ、いずれも時間との勝負。それに、想定通りに事が進むとは誰も思えなかった。
『……アリスとケイ達が到着するまでに自爆シーケンスだけは解除しないといけないよ』
「わかっています。幸い、完全にハッキングされていないところだけは救いでしょう。おそらく先生と対策委員会、ゲーム開発部の攻略速度が速かったおかげです。そのおかげで向こうも裏で進めていた作業を完了させないままに送り出す必要が出てきた」
『部長、とりあえずハッキングをしている向こうとの接続を解除しましょう!』
『でもコタマ先輩、言う程簡単じゃない……!リアルタイムでアルゴリズムが書き換えられている!』
『いやいやいや!?ちょっと待って、このまま好き勝手されたら向こうだけ多次元に消えることも……』
ヴェリタスだけでなく、ヒマリもいつになく焦りを浮かべながら忙しなくキーボードを叩いていく。その中でマキがある可能性に気付き切羽詰まった声を上げる。そう、ウトナピシュティムの本船を掌握したということはプレナパテス側はいつでも二つの船の接続を解除し、アトラ・ハシースを消すことが可能になるということだ。だが、それを否定したのはウタハだった。ウタハの方でもヴェリタスのサポートに入ってるのかかなり険しい声音を上げながら、占領戦は決して無駄ではなかったことを口にする。
『いや、それはない!今のアトラ・ハシースは四つある次元エンジンを失ったことでただの演算装置の塊だ!今の状態で切り離せばそれこそ動くことができなくなる!』
『だから、次元エンジンの修復と虚妄のサンクトゥムの復活のためにこちらの演算装置を使う必要があったんですね!?』
『う、動ける部分が少なすぎる……!というか、どこにこんな演算処理を行える管制システムが……!?』
「ど、どうにもならないの!?」
「も、もう自爆シーケンスが行使されるまでの時間が残り半分に……!」
「っ……!」
たまらず、ユウカが悲鳴を上げる。その隣でアコも顔を青くしながら残るタイムリミットを呟き、他の面々もその表情が強張っていく。少しでも自由に使える部分を駆使し、ハッキングを食い止めているものの、このままではじり貧でしかない。
「ここまで、影も形もなかった新たな管制システムの存在。となれば、それがあるのは……」
「……ナラム・シンの玉座。今、先生達が到着した場所」
『……まさか、ここまでこの管制システムの存在を隠し通していたなんて』
「……やられましたね。これではこちらも切札を使うことができません」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるヒマリ。電子戦を挑もうにも、相手の防御が固すぎる。まずはこれをこじ開けなければ勝機はない。とにかく使える手は全て使うしかない、ウトナピシュティムの本船のオペレーター、カイザーの基地に残ったヴェリタスとエンジニア部、エリドゥのリオ、そしてミレニアムに残ったセミナー。そこまで考えて、
「……セミナー……?」
ぽつりと、呟きを漏らすのだった。
★
プレナパテスへと放たれた弾丸。それは、プレナパテスが直前にシロコから告げられた動くな、という警告を無視し、銃弾の痕が残るタブレットを取り出したことで放たれたものであった。しかしその攻撃は、
「……嘘。ありえない……弾が、逸れた……!?」
「弾が曲がるなんて、一体どうやって……」
プレナパテスに命中することなく、地面へと逸れていく。地面に次々と突き刺さった弾によって白煙が上がる中、プレナパテスが取り出したタブレットを、先生は冷や汗を流しながら見ていた。
「……プレナパテスが今、口にした起動パスワード……」
「知ってるんですか?」
「あれは……順番こそ違うけどシッテムの箱と同じパスワード……でも、なんで……シッテムの箱はここにあるのに……」
『そ、その通りです……シッテムの箱は二つとて同じものが存在するわけがありません。だけど、ここには存在しないものが存在しています!』
先生が手に持つシッテムの箱。そこからホログラムと共に現れたアロナが声を上げる。そう、本来であれば一つ、一人しか存在しないはずのもの。だが、二つ目のそれがあると証明するかのように、プレナパテスが持っている、シッテムの箱と思われるタブレットから白髪に黒いセーラー服を着た少女が現れる。一見、アロナに似ているようにも見えるが、その静かな雰囲気からしてまるで違う。さらに、その隣にワームホールが開き、ドレスのシロコとモルフォのヘイローを浮かべる光が現れる。
「!?まさか……あれが私……?」
「肯定。砂狼シロコ。別時間軸の同一存在」
「……別時間軸の同一存在……?」
「……未来の私ってわけではないんだ。話には聞いていたけど、やっぱり別世界ってこと……?」
別世界軸の同一存在。そう聞くと少々ややこしいようには聞こえるが、つまりは並行世界における砂狼シロコ、ということなのだろう。そう考えればすぐに理解できる。そして、このシロコが別時間軸の存在ということは、シッテムの箱から現れた彼女は―――
「それじゃあ君は……アロナ?」
「一部肯定。このシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOSのA.R.O.N.Aです」
『ええ!?別時間軸の同一存在ってことは……いや、だとしてもおかしいです!どうしてシッテムの箱のメインOSがここに!?そんなこと、何かチートや改造でもしない限り……』
「回答。それは、ここが状態の共存を維持しているアトラ・ハシースの箱舟の内部であるためです。このナラム・シンの玉座は、次元、時間、実在の有無が確定されずに混ざり合う、混沌の領域。私が教室を有しない今、先生がこの場所を歪曲したからここにいるのです。チートではありません」
「……?回答って何に……?」
『まさか、私の声が先生だけでなくあなたにも聞こえる……!?』
A.R.O.N.A.と名乗った少女の発言にモルフォは困惑する。しかし、今のやり取りから、アロナの声は彼女にだけ聞こえるということが判明したと言っていい。
『先生、気を付けてください。もし彼女も同じシッテムの箱のメインOSなら、相互干渉が可能なはずです!』
「肯定。ですが、私はあくまで、シッテムの箱の所有者である先生を助け、サポートするだけの存在。先生、ご命令を」
困惑するモルフォだったが、次なるA.R.O.N.A.の言葉で、今度はモルフォだけでなくシロコも、そして先生も目を見開きプレナパテスを見ることになる。そもそもだ。シッテムの箱の所有者足り得るのはたった一人だけ。それはすなわち、
「……プレナパテスは、私……」
「一部肯定。対象が先生と同一存在であることを確認。しかし……一部差異が存在します」
『そ、そうです……先生。今、私の方でもプレナパテスの生体情報を確認してみましたが……確かに一致します……外見こそ変わりましたが、プレナパテスは別の時間軸の、先生です……』
プレナパテスが先生であることの証明である。それは、A.R.O.N.A.とアロナ、その両名からも裏付けが得られてしまう。しかし、アロナの表情は浮かない。
『ですが……プレナパテス……いえ、あの時間軸の先生は……既に……生きていません……』
「っ、プレナパテスが生きていない……!?でも、さっきシッテムの箱を取り出して……」
何故なら、既にプレナパテスは死んでいるからだ。だが、それではどうやって死んだはずのプレナパテスは動いているというのか。
「……先生は私が殺した」
「「!?」」
その答えは、もう一人のシロコによって告げられた。その淡々とした答えに、シロコとモルフォは思わず冷や汗を流す。
「……でも、モルフォがその魂を繋ぎ止めた。だけど、身体はもう駄目だった。そして先生は、色彩の嚮導者になった」
「……私が、繋ぎ止めた……?」
先生の脳裏に、セイアから伝えられた、モルフォの姿を思い出す。そして自分が見た夢を踏まえると。が、その考察をする時間は残念ながら与えてはもらえなかった。
「そして嚮導者となった先生は私をここに連れてきたの。世界を終焉に導くという、私の運命を実現させるために。そのために……私と一緒に死神になる覚悟で彼女は来てくれた」
そう言うもう一人のシロコの後ろから、青いヘイローを浮かべた光が現れる。まさか、これが別世界の自分だというのか。それに気付いたモルフォが驚いた表情になる。
「……そんな。あなたが、私?」
これが自分だと言うのなら、なぜ自分は光だけになっているのか。体すらない、シロコの姿が変わってしまったことといい、並行世界では一体何があったというのか。
「これが、並行世界の私なの?なんでこんな姿に……私が、先生を……世界を、滅亡させ……」
「っ、シロコさん!落ち着いて―――」
「ふざけないで!そんなの、信じない!!」
「シロコさん!」
「シロコ!?」
と、もう一人のシロコから告げられた言葉に激高し、シロコがもう一人のシロコに襲い掛かる。滅茶苦茶に駆け出し、アサルトライフルの弾丸を正確に叩き込んでいく。しかしもう一人のシロコは慣れた様子でそれを回避していく。
「……」
「世界を滅亡させて、先生を殺す!?そんなわけない!!先生を殺して、あなたの存在の道具として利用?私がそんなことするわけない!!その光がモルフォ!?そんなのありえない!モルフォは強い!ヘイローを破壊する爆弾を喰らったこともあったけどこうして生きている!そんな彼女がこうなるわけが―――!?」
「―――黙れ」
シロコの言葉を聞き、何かが気に障ったのだろう。怒りながらも、狙いだけは冷静だった。だが、その猛攻は白煙の中で眼前に迫ったもう一人のシロコに突きつけられたアサルトライフルによって黙らされてしまう。
「シロコさん!!」
モルフォがシロコを助けるためにもう一人のシロコへ向かって走る。しかしもう一人のシロコは手元にワームホールを出現させ、そこから黒いショットガンを取り出すと、そこから二発の弾丸を放つ。
「この―――!」
一発は掻い潜り回避、しかし二発目は避けられないと判断、先の交戦で盾で受ければ動きを止められてしまうことを受け、今度はショットガンを振り抜いて弾を受け止める。このまま一回転しながら機動力を可能な限り削がずに接近、そのまま攻撃に転じてシロコを救おうという算段だった。しかし、
「うわ!?」
「モルフォ!!」
弾の威力を打ち返すことができず、そのまま引きずられるように吹き飛ばされてしまい、地面を転がっていく。しかし、シロコが動くことはできない。
「あなたがいくら否定したところで、これは既に定められたこと。あなたはそうなる。この世界に存在する以上、そう定められているの」
そしてもう一人のシロコが瞳の奥に若干の怒りを滲ませながらも無常に告げると、シロコの全身にアサルトライフルの弾丸を叩き込む。全身を攻撃され、吹き飛ばされるシロコ。痛みに悶える彼女を見下ろしながら、シロコはワームホールの中にショットガンを戻す。
「ごほっ、う、うぅ……」
「それが、砂狼シロコという存在の運命。世界を死に導く神。それが、私達の本質。そして、あなたの本質も同じ。本来、私がもたらす死に対し、あなたは甘い夢を見させるのが役目だと思っている。だけどこの世界の人々は夢を捨てた。あのまま足掻かなければ、虚妄のサンクトゥムは死の間際に甘い夢を見せたはずだろうに」
「シロコ、モルフォ……!」
痛みに苦しみながらも、どうにか立ち上がろうとするシロコ。しかし、あまりにもダメージが大きいのか、未だに呼吸は荒い。
「私はあなたより強い。あなたにはない事を経験し、知らないことを知っている。この差は埋まらない。そして、あなた達二人よりも強い」
「っ……あなたはどうしてそんな……」
「プレナパテスの計画にとって、私達はどんな変数になるのか想定できなかった。世界を終焉に導く崇高は、一つの世界に一つしか存在できない。私がこの世界で安定して活動するためには、同一存在であるあなたを、この世界に存在しない状態にしなければならなかった。だから先にあなたを誘拐し、実在と非実在が混ざり合ったこの箱舟に閉じ込めたの。ここに来たモルフォを閉じ込めたのは念のための保険。また地上に降りる時にモルフォを伴うことになる可能性もあったから」
もう一人のシロコが圧倒的な強さを持っていることはすぐにわかった。だが、だからこそ何故自分を攫ったのか分からない。そんな彼女の疑問は、もう一人の自分だからだろう、すぐに理解して答え合わせをしながら、同情の視線を送る。おそらくは彼女なりの、死者への手向けのつもりなのだろう。
「でもそれ以上に……私はあなたに同情するよ、シロコ。ここで、誰にも知られずに終焉を迎えられたら良かったのに。そうすれば、あなたは自身の愛する者達の死を知らずに消えられた。モルフォが殺されることも、先生が死ぬところを見ることもない。だけど、こんなことをしたから、あなたはまた、苦しむことになる」
「……」
シロコが悔しそうに俯く。今のままでは最悪だ。オペレーター陣も大混乱。シロコもダメージを負い、精神的にもう一人のシロコに負かされそうになっている。下手な言葉では逆効果になる状況。そして、モルフォもまた、あのシロコに勝つビジョンが全く見えなかった。アサルトライフルの方は威力はシロコが持っているものと差はないようだが、それ以上に厄介なのがあのショットガンだ。弾を二発しか装填できないようだが、その威力は既に身を以て味わっている。他の仲間たちがいれば、抗う手段も見つけられただろう。だが、今の状況ではあまりにも足りない。プレナパテスを止めるためにここに来たのに、ここまできて。悔しそうにモルフォの両手が強く握りしめられたその時だった。モルフォのヘッドフォンに声が聞こえてくる。
『モルフォ!聞こえますか!!』
(アリス!?)
『モルフォ!こちらはウトナピシュティムの本船に到着しました!無事なら返事を!』
(ケイ……)
『モルフォちゃん!こっちもすぐに終わらせてそっちに行くからね!』
(……ミドリ)
『私達、信じてるから。モルフォは最後まで諦めないって。だって、まだタイムアウトもしてないし、体力だって残ってるんだから』
(ユズ)
『私達、全員で生きて帰るためにここに来たんだからね!ここで本当に死んだら駄目だからね!』
「……モモイ」
「?」
それは、ゲーム開発部からの通信だった。そうだ、もう一人のシロコのあまりの強さに威圧されてしまっていたが、そもそも自分達は何のためにここに来たというのか。そして、戦っているのは自分達だけではないのだ。それぞれの場所で、皆が未来を掴み取るまでに戦っているのだ。ならその最前線にいる自分達が負けるわけにはいかない。モルフォは一度深呼吸をすると、真剣にもう一人のシロコを睨みつつも、笑みを浮かべる。
「っ!なんで笑ってるの……!そんな顔、見た事……」
「……やっぱり。お前は私がミレニアムの制服を着ている事に疑問を持っていた。それだけじゃない、お前の理論に則るなら、私が動けるようにするために私も攫う必要があったはず。なのにその行動に出たのはこの箱舟に入ってから」
「そうか……!モルフォ、セイアから聞いた話だけど、おそらく向こうのモルフォはミレニアムの生徒じゃない!アビドスの生徒だ!!だからプレナパテスは、アビドスにモルフォがいなかったからこの世界にいないと判断したんだ!」
先生からすれば真実かどうかはまだわからず、あくまで考察の範囲でしかないが、ここはハッタリをかますべきだと判断したようだ。それに、大事なのは並行世界のモルフォがミレニアムの生徒ではないという事実なのだから。
「シロコさん、立ってください!私達にはあるはずです!シロコが経験していないことが!私達の思い出と経験は、私達だけのものです!」
「……!そう、だったね……ごめん、モルフォ」
モルフォの言葉を聞いて、はっとなったようにシロコが顔を上げる。そしてもう一人のシロコを睨みつける。
「……だから何?私が辿る結末は……」
「そうだよね。世界を死に導くのが私の役目であり本質である……それは間違っていないのかもしれない。だけど。私はそうはならない」
「なるよ」
「ならない。私はその未来を選ぶから」
「私が選べるわけが……!」
シロコのその言葉は、滅亡への使者となった自分を否定するかのようにも見えたのだろう。憤るもう一人のシロコもまたシロコを睨みつける。だが、シロコは迷いのない目でもう一人の自分を射抜く。
「選べるよ。私も、モルフォも、誰も一人じゃない。ここにはいなくても皆がいる。皆が私を助けに来てくれたように、離れていても私達は繋がってる。そう、絆でね。だから……諦めない。私達は、皆であなた達に勝つよ」
「……!!」
ギリ、と歯ぎしりをするもう一人のシロコ。苦虫を噛み潰したような表情を見せ、手を震わせる。しかし、そこで突然、A.R.O.N.Aの顔に驚きが浮かぶ。
「!?何が……」
「……虚妄のサンクトゥム停止……?さらにセキュリティが、突破された……?先ほどまでハッキングを食い止めることで精いっぱいだったはず……?少なくとも、あちら側でこれを短時間で突破できる人材は―――」
それは、先生達にとって状況の好転を告げるものであった。電子戦で圧倒的な優位を誇っていたA.R.O.N.A。その絶対性に陰りが見え始めていたのだ。
★
『……多次元解釈の抑制機能。通常は安定に使われるものだけど……それを応用すればウトナピシュティムの本船の抑えられていた部分の機能は止められる。ウトナピシュティムが止まれば、虚妄のサンクトゥムに送られるエネルギー供給、アトラ・ハシースの次元エンジン修復、その全てに影響が出てくる』
「成程……これで自爆シーケンスも止められるというわけですね」
「でも、これだけだと一時的じゃない!?」
「確かに、このままではあのA.R.O.N.AというOSがまた活動を……」
A.R.O.N.Aが異変に気付くほんの少し前のブリッジ。そこではリオの一手によってこの窮地に一つの光明が生まれていた。しかし、それだけではまだ一時しのぎ。モモカとアユムが指摘している通りだ。だが、
「いえ!欲しいのはこのほんの少しの時間です!こちらから打って出ます、奴の守りを打ち崩します!ノア!コユキを!!」
「コユキ!?いや、コユキなら!」
『コユキちゃん、手が足りないので皆を助けるためにお願いしますね』
『ちょっと私もハッキングに加わらなきゃいけないぐらいって本当に忙しいですね!?まあでも……皆が帰ってこないと嫌ですし、やってやりますよー!』
通信の向こうからコユキの状況を理解しているのかいないのか、軽快な声が聞こえてくる。この切羽詰まった状況だからこそ、今はその明るささえもありがたい。さらにそこに、
「到着しました!」
「アリス!」
「あの、船は大丈夫なんですか?」
「―――ええ。道は開けました。ほんの僅か、こちらが守り切った主導権。これでアトラ・ハシース側に致命的な一手を送り込みます。デコイプログラム、アトラ・ハシースに送信!」
コユキがこじ開けた脆弱性を突いて、リオが作っていたあるプログラムをアトラ・ハシースに送り込む。次の瞬間、ウトナピシュティムの本船が突然警報を鳴らし始める。
「!?な、なにこれ!?」
「いや、この音は……」
「ええ、ウトナピシュティムの本船が名も無き神々の王女が向こうのアトラ・ハシースにあると認識しました。この機能は、ウトナピシュティムの本船が機能のほぼ全てを失っても発動されるものです。九割九分大破してもなお、相手を喰らおうとする決戦兵器……ウトナピシュティムの本船自身が脅威度の高い物を消そうとしていくとなれば、その標的は勿論―――」
『っ!?攻撃プログラムがシッテムの箱に干渉……対抗します。攻撃プログラム、削除しました』
A.R.O.N.A自身は名も無き神々の王女ではない。しかし、アトラ・ハシースには名も無き神々の王女がいるという誤情報を得たとなれば、その中で脅威度の高いものから処理していく。その矛先として選ばれるのは当然、管制システムである彼女からとなる。だが、彼女とてシッテムの箱のOS。向こうでも多少の攻防があったらしいが、A.R.O.N.Aは無事にそのプログラムを処理したようだ。今のウトナピシュティムの本船には完全な意味で攻撃性能がない。ただの巨大な演算装置と化してしまった。だが。
「―――さて。このプログラムを削除しましたね?ふふ、本命の一手というのは……何個も用意しておくものですよ。特に、一つの手への対処は、次なる一手への布石になるように……!」
『―――今です!』
「リオ!アリス達に……勇者の力を!」
これこそが当初の狙いであった。このウトナピシュティムの本船に存在する爆弾を最初から放置する気は毛頭ない。力を使わずにいることで発動していなかったとしても、いつアリスとケイに牙を剥くのか分からないのだから。そして、プレナパテスとの戦いは一筋縄ではいかないこともわかっていた。A.R.O.N.Aという隠し札の存在は予想外ではあったが、いずれにせよウトナピシュティムの本船が持つ名も無き神々の王女の力に対する攻撃プログラム。それを逆に利用して相手に被害を与えるという当初のプランは実行された。しかし、これはそれだけのものではない。更なる攻勢への布石だ。
「やるんだね、アリス……!」
「この力が、この世界を、皆を救う光に……!」
『……こほん』
少しだけ、恥ずかしそうに咳払いをする声がリオから漏れる。だが、これは必要なプロセスだ。その後、息を吸ったリオは、できる限り声量を上げて、声を張り上げるようにそれを宣言する。
『プロトコル「アトラ・ハシース」!発動、承認!!』
『アトラ・ハシース!セーフティデバイス、リリーヴ!!』
「―――コネクト!!」
リオ、そしてケイの言葉と共に、アリスが両手を前に突き出し、ウトナピシュティムの本船のキーボードに当てる。目が光を帯び、その周囲をオーラのようなものが漂い始める。その様子を見て、ゲーム開発部、そしてオペレーター陣が息を呑む。
「これが、名も無き神々の王女……ミレニアムが無力化、いえ改心させたという力……」
『ウトナピシュティムの本船よ!』
「アトラ・ハシースの箱舟よ!」
『「光に……なれええええええ!!」』
アリスと、ウトナピシュティムの本船から聞こえてくるケイの声。二人の叫びと共に、空に浮かぶアトラ・ハシースの箱舟とウトナピシュティムの本船は金色の光に包まれ、輝きを放つのだった。