転生したので前世の知識で生徒達と遊ぶことにする 作:popoponpon
「……これは一体?」
「ん?ああそれは……トリニティの学園祭に出る時に使おうと思ってたんだが」
「トリニティの学園祭?」
「そう。厳密にはトリニティ謝肉祭なんだがね……まあ学園祭でいいんじゃないかな。ミレニアムEXPOみたいなものだよ」
「なるほど」
エンジニア部にメンテナンスを依頼してた武器を取りにいっていたモルフォ。そこでエンジニア部の部室に見慣れないMP3プレーヤーが目に入る。自爆でもするのかと思いながら見ていたが、ここでウタハから飛び出してきたのはトリニティの学園祭の話だった。
「それでMP3プレーヤーなんて何に使うんです?放送機材を頼まれたとか?」
「違うさ。アイドルコンテストというものがあってね……」
「アイ……ドル?」
学園祭はわかる。MP3プレーヤーも、休憩中に使ったりするのには使うだろうというのも理解できる範囲だ。しかしアイドルコンテストはちょっとピンとこない。ステージの上でバンドをやってるようなものだろうかとモルフォが首を傾げていると、
「なんと他学園からの飛び入り参加が可能らしい。そこで私が出てみようと思ってね」
「そうだったんですか。応援しますよ」
そのアイドルコンテストとやらにウタハは出ることを決めたらしい。ヒビキを見ると和服を見繕っており、どうやらウタハはそれを着用する気のようだ。アイドルなのに和服?と内心首を傾げる。もしかして演歌でも歌うのだろうか、服には似合うだろうがアイドルの歌かと言われると少し微妙な気はする。
「そういえばモルフォは歌ったりしないの?」
「確かもう一人の方は歌ってましたよね?」
「んー?まあ……でも私あんな上手に歌えないし」
と、ヒビキとコトリがもう一人のモルフォの事を思い出し尋ねる。モルフォはヘッドフォンを撫でながら苦笑しつつ自分が歌うのは無理だと言う。
「それに、仮に歌えたとしてもウタハ先輩が出るのに私が出るわけにはいかないでしょ。学園の枠ってそれぞれ一つじゃないの?」
「まあ、一応そうはなっているが……興味があるなら一緒に出ても私は構わないよ。二人も誘ってはみたんだが演歌はちょっと……なんて言われてしまってね。カラオケでなら歌うのに」
「人前で歌うのはちょっと……」
「コスプレして出て行くだけならいいけどそこに歌を加えるのは……」
「衣装でちょっとだけ思ってはいましたけど本当に演歌歌うんですか……逆に凄い気になる」
「ふふ、楽しみにしてくれたまえ」
一応誘ってはみるが、モルフォの反応を見るにそこまで歌うことに乗り気ではないことはわかったのか、ウタハもすぐに諦めることにする。そしてMP3プレーヤーの方を見ると、
「ああそうだ。モルフォ、これはどうだい?」
「このMP3プレーヤーってなんなんですか?」
手で乗るぐらいに小さいMP3プレーヤーを持ってモルフォに渡してくる。こうしてみると予想よりも小さいが、エンジニア部の事だ、音質などの性能面は確かなのだろう。しかし、今のウタハの話を聞いているとウタハが使用するために作ったのではないだろうかとモルフォはつい考える。だがその答えはすぐにウタハが口にしてくれた。
「ヘッドフォンの時と同じで脳波で音楽を再生する機能を入れようと思ってね……そうすれば、アドリブで歌ってもぴったりの音楽を奏でられると思ったんだ。ただ……」
「ただ?」
「毎回変わるせいでこれは使えないと思ってね……それならちゃんと一曲作ってそれを歌えるようにした方が絶対いいと思ったんだ……」
「まあとりあえず歌おうで初めてのやつ歌ったってカラオケで90点越えはできませんからね」
思い描いた歌は出してくれる。しかし出したところで一発限りの歌を歌いこなせるかというと今回お出ししたい歌の方向性とはちょっと違ってくる。そのせいで泣く泣くお蔵入りになってしまったようだ。
「まあ、そこら辺の機能は雷ちゃんに別の形で入れているから安心してくれ。これはモルフォに使ってもらった方が有効利用してもらえるだろうさ」
「まあ……もしかしたらヘッドフォンと似た使い方はできるかもしれませんからね」
使う機会があるかどうかはわからないが、もし音楽を自由に聞けるとしたらもう一人の自分が早く目覚めるための助けになるかもしれない。とりあえず使うだけ使ってみようと思いながらMP3プレーヤーをウタハから受け取る。と、スマホに着信が入り画面を見る。
「……?アヤネ?」
そこには何故かアヤネの名前が表示されており、モルフォは何事かと考えながらエンジニア部の部室を出ると、スマホを耳に当てる。
「もしもし、アヤネ?どうしたの?」
『あ……ごめんねモルフォちゃん、いきなり電話しちゃって』
「ああ、気にしないで?どうせこっちも暇してたし」
『それで、えっと……急な話かもしれないけど、モルフォちゃんってトリニティで謝肉祭……学園祭が行われるのは知ってる?』
「?知ってるけど……」
もしかしてシロコ*テラーやユメの身に何かがあったのだろうかと少し警戒しながらアヤネの言葉を待っていたモルフォだったが、アヤネが話題として出したのはなんとトリニティの学園祭であった。先程ウタハと話していたためタイムリーではあるが、何故アヤネがそれをモルフォに話したのか。
『あ、そうなんだ。じゃあ、アイドルコンテストのことは……?』
「まあ知ってるけど……それがどうかした?」
『えっと、その……凄く言いづらいんだけど……モルフォちゃんに出てもらえたらいいなって』
「あー……もうウタハ先輩が出る気だからそれは……」
『あ、違うの』
「え?」
アヤネの用件はアイドルコンテストのようだ。だが、アイドルコンテストについては既に先客がいるのでモルフォが出ることはできない。だからモルフォに出てもらいたいアヤネには悪いが断らせてもらおうと考えていると、アヤネはそういうわけではないのだと言う。これにはモルフォの方が困惑してしまう。
『えっと……凄く頼みにくいんだけど……!もう一人のモルフォちゃんの代わりにアビドスの生徒として出てほしいの、ユメ先輩のために……』
「……はい?」
そして、アヤネの発言にモルフォの困惑はさらに強まってしまうのだった。
★
シロコ*テラーにすぐに事情を聞くため、彼女に電話したモルフォはシャーレに移動させられていた。そこにはモルフォの他にもアヤネやセリカ、ホシノ、ノノミの姿があった。先生も見守る中、モルフォはシロコとユメの姿が見えないことに気付く。
「あれ、シロコさんは?」
「ユメ先輩を一人にさせないために留守番してもらってるから安心していいよ~」
「な、成程……」
シロコとユメの姿が見えないが、どうやら二人は校舎の方にいるようだ。先ほどのアヤネの発言といい、ユメに今は聞かれたくない話なのだろうか。
「……えーと、それで……つまりどういうことなんです?なんでもう一人の私がこっちにいるのにアビドスの生徒に……」
「ん……戻ってきた時の居場所のためにいつでも転入の手続きができるように準備してる」
「は、はぁ……しかしまた何故私が歌うことに……?まあ、髪の毛なんてカツラでも付けとけば誤魔化せますが……」
「ウィッグですよ?カツラだと完全に別物になっちゃいます」
ちょっと微妙そうな顔をするモルフォ。別にエントリー自体にあれこれ言うわけではない。しかし、自分が出る理由が正直なところもう一人の自分の代わりに出てほしい、なんて言われても色々と困る。歌唱力的な意味で。
「でも何故私を出そうと?最初に言っておきますけど私、そこまで歌えるわけじゃありませんよ?もう一人の私未満なのは約束します」
「あはは……そうなっちゃうよねぇ……えーと、シロコちゃん?」
「ん。私達の世界のモルフォがネットアイドルをやってた話は知ってるよね」
「ええ」
「……だから、ユメを元気づけるために三人の歌を聞かせたいと思った」
「三人?」
おそらくはシロコ*テラーが発起人なのだろう。ホシノがシロコ*テラーを見ると、シロコ*テラーは頷いて説明を始めるのだが、さすがにこれでは唐突すぎたのかノノミが補足を入れる。
「えっと、今回の学園祭でアイドルコンテストがあることを知って、これは出るしかないと……で、誰が出るかって話でユメ先輩がアヤネちゃんとセリカちゃんを推したんです」
「その理由がユメ先輩の元いた世界だと世界が終わる前は短い時間だったけど私達もモルフォちゃんと一緒にネットアイドルをやってたみたいで……」
(……モルフォもアヤネも大怪我しててやれてたの本当に短い時間だったんだけどね……ただ、暗い事ばっかりだったから怪我なんてないんだってぐらい一気に明るくしようって二人が提案してくれたんだけど……)
「それで、ユメ先輩がもしモルフォちゃんもいたら……って」
「……そういうことですか……ふぅ……」
「ただ、やっぱりモルフォちゃんも困っちゃうでしょ?いきなり代わりにって言われても。だからまぁ、無理なら無理って言ってもらっても……」
深いため息を吐く。ユメに三人が再び揃った姿を見せたいと思い、シロコ*テラーはこの事を考えたのだろう。本来ならここに立つべきなのはもう一人のモルフォなのだろうが、彼女が目覚めず、かつトリニティの学園祭が訪れてしまったが故にこのような策を取るしかなかったのだろう。もう一人の代わりに、というのはこういう意味のようだ。
「いえ。他人事だけど他人事ではありませんし……ただ誘われただけなら断りましたがそういうことなら……大丈夫、なんですかね?」
「うん、大丈夫だよ。元々キヴォトスには学園間を越えてバンドを組んでたりしている人達も多いからね。そういった人たちの事を考慮して学園や所属は問わないことになってるからね。だからシロコ達はこう言ってるけどモルフォはミレニアムの生徒として出ることになるね」
「成程」
ここで先生のほうに視線を向けると、先生も笑って答える。それを聞いてモルフォも頷くと、
「他の皆にとりあえず話をしてみます。まあ、出る予定なんてないでしょうから大丈夫だとは思いますけどね」
「そっか……ああよかった。もし断られたらどうしようって思ってたから……」
「本当にね……提案した理由が理由だからちょっとあれなのよね……」
「あ、はは……ま、まぁその時はおじさんがどうにかしておくつもりだったから……」
前向きに検討することにするのだった。そしてモルフォ、セリカ、アヤネによるアイドル計画が始まりを告げるのだった。
★
それからは学園祭へ向けて忙しい日々が始まった。
『見てください!これがもう一人のシロコちゃんの話を元にデザインした三人の衣装です!モルフォちゃんにはこちらのウィッグも!』
満面の笑みで衣装を用意してきたノノミに衣装を着せられ、三人で微調整などをしたり。
『……大変だね、トリニティの学園祭でアイドルって。というかトリニティってそんなことやるんだ』
『まあこうなったからには最後まで楽しませてもらいますよ』
『歌のことなんて全然わからないけど、まあ頑張って』
思った以上に歌うのが久しぶりすぎて今回三人で歌う楽曲を試しに歌ってみたら予想以上に歌えなかったので少しずるいが夢の中で練習したり。
『昨日より良くなってる……』
夢の中で少し離れたところで歌ってると一日一回か二回ぐらいはアヤメが確認しにきたり。
『マリーも歌うの?』
『はい!それで衣装について相談を……でも、何故モルフォさんがここに?ミレニアムの生徒ですよね?』
『私がもう一人いてその代理として……』
『え、えっと?』
同じくアイドルコンテストに出ることになったマリーがアビドスを訪れ、衣装などについてノノミに相談しにきたり。
『ねえ……最近セリカちゃんとアヤネちゃん学校来てないけど大丈夫?怪我とか……』
『あー、それは大丈夫大丈夫』
『ん……ちょっとした用事でシャーレに行ってるだけ。後数日ぐらいしたら落ち着いてくるはず』
『そう、だからユメ先輩は気にしなくていい』
『そ、それよりユメ先輩!ちょっと色々聞きたいことがあるんですけど……あ、ホシノ先輩、ちょっとユメ先輩借りますね!』
練習のために学園からいなくなりがちになってきたセリカとアヤネの事を疑問に思い始めたユメを皆で誤魔化したり。
『モルフォ、話は聞いたよ。君もなるんだね、アイドルに……!』
『なんかすみません、ウタハ先輩の方は蹴っちゃったのに』
『構わないさ、そちらにも事情があったのだろう?それよりそのMP3プレーヤー、使ってみたかな?』
『あ、すみませんまだです。なんかこう、これを使ってあれをやろうみたいなのが出てこなくて』
『そうか……まあ、その機会があったら是非使ってくれると嬉しいな。それよりも、私の出る時のグループ名はアイドルマイスターでいこうと思うんだがどうかな?』
『着物なのに横文字でいくんですか……?後なんかどっかで聞いたことある……』
ウタハに一緒にアイドルコンテストに出ないのに出ることになったことを謝ったりMP3プレーヤーの事を聞かれたり。
『アリス聞きました!モルフォがアイドルになると!』
『モルフォちゃん歌えたの!?』
『歌えるようになってるところー』
『えーと……とりあえず当日応援に行くよ』
『よし、サイリウム買いに行こうサイリウム!』
『確か当日会場で売っていたような……?』
モモイ達が話を聞いて盛り上がり、法被やらサイリウムやらの小道具を揃え始めたり。
そんなこんなで、遂に学園祭当日。学園祭は二日に渡って行われ、アイドルコンテストが行われるのは二日目。そのため、最初の日はモルフォ達も特訓を休みにして学園祭を巡り楽しんでいた。
「これがトリニティの学園祭かぁ~」
「いろんな学園の人たちが来ていますね!ミレニアムEXPOの時はトリニティの人達だけでしたが……」
「確かに私達以外にもいるなぁ……あれは百鬼夜行の制服か……」
屋台で食事を楽しんだり、学内を巡ったり。そんな中、ゲーム開発部はある教室の前に来ていた。
「……お化け屋敷カフェ?」
「お化けとカフェですか?」
「……」
お化け屋敷カフェ。単語だけ聞くならお化けに扮した店員達の経営するカフェといったところだろうか。モルフォ達は顔を見合わせて中に入ると、
「……」
「「「うわああああ!?」」」
「おうふ」
一人の少女が立っていた。ホッケーマスクのような仮面とツナギを身に着け、バットを持つ少女。体や顔、服などにはチョコミントのペイントが返り血のようについており、モルフォ達が入ってきたところとは別の扉から数人の少女達が驚いて逃げ出してしまう程の恐怖を見せていた。
「うわっ!なんですかこれは!モンスターです!!」
『……確かにこれは凄いですね』
「そもそも本物の怪異をこっちは見てるのに今更怖がらなくても……えっと、アイリでいいんだよね?そのコスプレ」
「あっ、わかりました?でも……なんで皆逃げちゃうんでしょうね?私はただ立ってるだけなのに……」
その正体はなんと、アイリであった。恰好から見て、そういえば有名な映画に出てくる連続殺人鬼にこんなのいなかったっけと考えていたモルフォだったが、返り血ペイントなどは確かに衣装を際立たせており、これなら慣れていない人は逃げてもおかしくないなと感じる。
「さあ……恐怖に耐性がなかったのかもね」
「あ、アイリちゃんなの?あー怖かった……」
「怪異はなんか気味悪さみたいなのがあったけどこういうの見ると直接的に怖いって感じではなかったんだね……」
「というか最強一角ライオンGがね……」
ゲーム開発部の中だとキヴォトスにおける妖怪の印象として最強一角ライオンGに完全に塗り潰されていた。教室の中を見渡せば、客としているのは百鬼夜行の生徒ばかり。先程逃げ出した生徒も思い返せばトリニティの制服を着ていたような気がする。
「あんたたちも最強一角ライオンって知ってるの?なんか私達……全然怖がってもらえなかったのよ、妖怪ってロボットでは?とか妖怪って恰好いいものでは?とかなんか凄い事皆言ってくるし……本場の百鬼夜行ってそんなことになってるの?」
「……黙秘権を行使します」
「いや何があったの!?」
「ふふ……ロックだね」
「いやロックは違うと思うけど……」
「その発言はロックされています!」
「うまいこと言わなくていいのよ!ほらナツがまた調子に乗ってる!」
ゲーム開発部の姿を見て、狼人間……ではなく耳のせいもありキャットガールのような恰好になって怖さよりも可愛さが全面に押し出されてしまったカズサ、可愛らしいフランケンのような恰好をしたナツにミイラ男ならぬミイラ女となったヨシミら放課後スイーツ部の面々が立っていた。一応はカフェということでジュースとお菓子を注文しながらも百鬼夜行の面々からの受けについて話していると、
「……ん?」
「どうしたの?」
モモトークにメッセージが入る。それはセイアからのメッセージで、この後時間が取れるから会えないかというものであった。
「うん、セイアさんからこの後会えないかって。会場の舞台裏を見たくないかだってさ」
「舞台裏……ああ、そういうことですか。行ってきたらどうですか?」
「ん?皆来ないの?」
「だって私達エントリーしてるわけじゃないし……」
そしてセイアから、明日使う会場を先に下見してみないかというメッセージも送られていた。それを知り、ケイ達もモルフォに同行するのはやめた方がよさそうだと考える。
「舞台裏も気にはなるけど、それよりどこに何の店があるのか気になるし?」
「モルフォが戻ってくるまでにおすすめできそうな店とか見つけておくね?」
「そう?まあそういうことなら……っと。じゃあ行ってくるよ」
そうなるに至った理由はもう一つ、明日はコンテストのこともあり店を巡ることができなくなるかもしれないという懸念があったからだ。モルフォは皆に店の物色を任せ、セイアに会いに席を立ち、自分の分の代金を机の上に置いて教室を出て行く。そして残されたカズサ達だったが、ここでカズサが記憶の片隅からふと思い出すのだった。
「……確か……えっと、その人ってティーパーティーの人じゃなかったっけ……?」
「す、スルーして!!」
★
「しかし参加者を見て驚いたよ。まさか君がアビドスの生徒達と一緒に参加していたなんてね」
「まあ、色々ありまして」
「そこはわかっているとも。先生からも話は聞いているからね、ふふ、君の歌声が楽しみだよ」
「あんまりハードルを上げないでもらえると助かるんですがね……まあ、一緒に頑張ってくれるセリカとアヤネのためにもやれるだけはやりますよ」
ゲーム開発部から別れ、セイアが待つステージの近くの通路に向かう。人の気配はなかったが、一人で待っていたセイアを見つけると、セイアはモルフォを伴って会場へと入っていく。
「さて、どうかな?このステージは」
「でかいですね……」
そして直接目で見る形で下見ができてよかったとモルフォは思う。明日これをいきなり見せられたら写真などでわかってはいたとしてもやはり衝撃は隠せなかっただろうから。それだけの巨大なステージに敷き詰められた観客席があったのだ。
「……ここに立って、歌うんですね」
「ああ、そうだとも。そうだ、折角だし一曲歌ってみないかい?」
「一曲って……本番は今じゃないじゃないですか」
「それもそうか。ならその時を楽しみにしているよ」
いきなりソロで歌うことを要求されても困る。モルフォが苦笑するとセイアも笑みを浮かべる。
「ちなみにこれがマイクさ」
「なんか素人でも見てわかるぐらいには凄い品質とか良さそうですね……」
マイクを見て感心したような声を漏らす。随分と本格的な設備を整えたものだと感心しながらマイクを見ていたが、ふと手が滑ってマイクを落としかけ、慌ててそれを手と自分の身体で挟むようにして落下を防ぎ、掴み直す。
「あっぶ!?」
「!?だ、大丈夫かい?」
「あ、は、はい……あーびっくりした……」
直後、ポケットにマイクを押し付けるような形になってしまったが故なのか、その中にあったMP3プレーヤーが起動してしまうが、モルフォはそれに気付いていない。そして改めてマイクを握り、ステージを見渡した瞬間。
「まあ、これで歌うのもそれはそれでワクワクしてきますね。こいつも同じことを思ってくれればい……い……?」
「……モルフォ?」
一瞬、マイクを握ったままのモルフォの腕がだらんと下げられる。そして目から光が消えて閉じられていき、右に握ったままのマイクが上へとあげられる。モルフォの身に起こった異変、それにセイアも気付き、冷や汗を浮かべる。直後、モルフォであってモルフォでない気配にセイアは気付く。
「……待て。モルフォ、まさか君は……歌をキーワードに一時的な目覚めを……」
そして、モルフォのヘイローが一瞬、青い光を放つと同時にモルフォは光の無い目を開く。
「歌いたい……」
「……歌いたい?」
「……会話を、している?まさか、彼女と―――」
「何を歌えば……いいの……?」
「知らない……歌いたいものを歌えばいい気がする」
「……今の私の歌は……?……ああ……これ、いいかも……歌おう……」
★
「それにしても……凄い人がたくさんいるわね」
「過去に一回来たきりだったけど、あの時は状況が状況じゃなかったもんね」
「「……」」
「えっと、二人とも大丈夫ですか?」
「あ、いや……凄い平和だなって」
モルフォがセイアに会いに行っていた頃、アビドスの生徒達は途中で出会った先生と共に学園祭を回っていた。だが、やはりというべきかユメとシロコ*テラーが驚いたように時折トリニティの建物などを見ることもあった。
「あ、あれ見て」
「確か……アリウスの制服だったような」
「うん、アリウスの子達も何人か屋台の食べ物を食べに来ているんだ。アリウスの子達は美味しいものが大好きだからね」
「ん……美味しいご飯が嫌いな人はいない」
「まあね~」
ワイワイ騒ぎながら学園祭を楽しんでいた、その時だった。
「……あれ?ゲーム開発部の皆だ」
「本当だ……おーい!」
「あ、アビドスの皆さんと先生にエンカウントしました!!」
どこか挙動不審になっているコタマとゲーム開発部と先生達は出会う。先生が手を振ると、モモイ達も気付いて駆け寄ってくる。それからすぐにモルフォがいないことに気付くも、セイアに呼ばれて一人離れていることに気付く。
「さすがティーパーティーの知り合いがいるって違うねぇ」
「あはは……ん?あれって、セイア?」
「え?」
近くの休憩スペースに移動しながらお互いに色々話をしていた時だった。遠くからセイアがこちらに歩いてくるのがわかる。その表情は少し険しく、先生とゲーム開発部、そしてアビドスの生徒達の姿を見つけると少し安心したように近づいてくる。
「セイア?モルフォが一緒じゃないの?」
「先生。実はな……いや、私もはっきりとそうだという確信があるわけじゃないんだが」
「何かあったんです?」
「……もう一人のモルフォが、目を覚ましたかもしれない」
「「え!?」」
セイアの告げた言葉に、ユメとシロコ*テラーが驚いたような声を上げる。だがセイアは歯切れが悪い。
「彼女にステージを見せたら、歌に反応して目を覚ました……ように見えた。だが、一曲歌ってそのまま意識を失ってしまったんだ」
『「……」』
「今、ミネに任せて医務室に連れて行っているところだが、直接伝えておいたほうがいいと思ってね」
「そっか、歌ってどんなものを?」
「……
そう言うとセイアはスマホを取り出して再生を始める。慌てて録音を開始したのだろう、歌い始めは入っていないが、普段のよりも声音が柔らかいモルフォの声が聞こえてくる。
「「……!!」」
そのトーンを聞き、シロコ*テラーとユメの目が見開かれる。起動されていたMP3プレーヤーがモルフォの脳波を読み取り、勝手に再生した曲。その歌を聞き、その場にいた面々は黙り込んでしまう。
(モルフォちゃんが、歌って……?)
(この歌い方……初めて聞いたかも)
モルフォが歌っている姿はこれまでセリカやアヤネと歌っている時のものとはまるで違う。だが、流れたその歌声は、どこか悲しげで、そして力強く聞こえた気がした。