探索者が英雄へと至るまで 作:名もなき探索者
「おーい、朝だぞ。早く起きな」
「起きろ〜!!」
「朝だぞ!」
スパーンという気持ちのいい音と共に篠宮玲の私室の障子が勢いよく開けられる。
紫の長髪を棚引かせ、真っ白な割烹着を着た女性は両手を腰に当てながら玲を見下ろす。その横に中学生ほどの背丈の少女が2人立っている。
「んみゅ」
突然部屋に溢れる光に気づいたのか、玲から呻き声のようなものが漏れる。ピッタリと閉じられていた瞼がゆっくりと開かれ、その紺碧の瞳をあらわにする。数秒間パチパチと瞬きする玲は、漸く彼女の姿を捉えたのかのっそりと布団から這い出る。
「おはよう。火伊那さん、義妹達よ」
「ああ、おはよう。今日は入学式なんだろう?しっかりと朝ごはんを食べていくんだよ」
「おはよー、義兄ちゃん!!」
「義兄ちゃん起きた!…お爺ちゃん起こしに行こ!!」
「行こ行こ!」
筒美火伊那。ヒーロー名、レディナガン。公安所属で闇夜に紛れて不穏分子を正義の名の下に粛清していたヒーロー。所謂、『
発端は、筒美火伊那の父親であり篠宮玲の祖父である筒美鎬によるもの。筒美火伊那の現状を知り怒り狂った筒美鎬は無個性ながら公安へと単身乗り込み、公安局長との安心安全な
2人の義妹は玲が旅行に行くたびに関わってしまう邪神召喚などの生贄であった子達だ。因習村を滅ぼしたり、黒幕を倒したりすると稀によくある戸籍もなくこの村では生きていけない少女であり、玲はその少女と関わってしまうと同情して拾ってきてしまう。結果、今では5人の義妹ができてしまった。因みに玲と当の義妹しか知らないのだが、義妹は人であったり神であったり化け物であったりする。
「わかりました」
「ちょ、ばっ、あんた!着替えるなら言いなさい!」
「いや、叔母さんに見られても減るもんじゃ」
チッ、と着替えるための上半身裸になった玲の鼻先を銃弾が掠める。紫色の銃弾。それは筒美火伊那の〝個性〟によって作られるものだ。
恐る恐る首を向けると、案の定〝個性〟を発動した火伊那の姿を見る。その額には青筋が出ており、怒っているだろうと容易に理解できる。
「
「い、いや。俺が言ってるのは親類関係の方の叔母であって」
2発目が今度は頭頂部を掠める。ハラリと髪の毛が畳に落ちる。
「だから、
「わかったよ。火伊那ちゃん」
「はぁ。もうそれでいいわ」
今日この日、玲は心に留めることになる。『女性を怒らせたら怖い』と。
「あ、そうそう。今年から私も雄英に教員として勤めることになるから」
「は?」
◇
現在時刻午前7時。
玲は火伊那の運転するスポーツカーの助手席に乗っていた。新品の制服に身を包み、これからの高校生活に心を躍らせている様子……ではなく、何を面倒くさがったのかブレザーを脱ぎ、ネクタイを緩めてシャツの第一ボタンを外した草臥れたサラリーマンのような様子になっている。
「そういや、無個性なのによくヒーロー科受かったね。合格通知とかで何か言われなかったの?」
左手でハンドルを握り、右腕を開け放った窓の縁により掛けた火伊那がそう質問する。
スマートフォンを取り出し適当な電子新聞を流し読みしていた玲は、スマホから顔を上げる。
「言われたよ。無個性なのに凄いとか、無個性がここまで得点取ることは歴史上なかったとか、無個性がヒーロー科の訓練についていけないとか、色々。齧歯類の先生は俺を励まそうとか鼓舞しようとしてたみたいだけど、まぁ、見下されてる感じが強かったかな。マジョリティが無意識にマイノリティを差別するみたいな感じ」
「あぁ…」
なんともないように話す玲とは対照的に火伊那は右手を頭に当てて空を仰ぎ見る。
「大丈夫大丈夫。気にしてないし。というか受かっただけマシでしょ」
昨今、〝個性〟を理由に無個性を不合格にしたり、そもそも受けられないようにしたりするところは多い。それと比べてもちゃんと結果を元に合格にしてくれた雄英はやはりヒーローを育成するのにぴったりの高校なのだろう。
「玲がそれでいいならいいけど。困ったことがあればいつでもいいな。私も一応教師なんだから」
「ん。わかってるよ」
「ならよし。……あ、何組だっけ?」
「A組。一応次席だし」
「凄いじゃん。それじゃあ、玲より点数低い人は無個性に負けたのか。笑えるね」
「それはそう。結果見た時、ジジイと穀潰しとで爆笑してた」
「はははっ、それは最高だね」
いつしか2人の会話に花が咲き、これまでの暗い雰囲気など無くなっていた。
それから数十分車に揺られていると、漸く雄英高校の門が見えてきた。火伊那は車を走らせ正門ではなく車両専用の門を潜る。
「ここまでね。じゃあ、入学式頑張ってね」
火伊那の車から降り、玲は校舎へと歩いていく。いつの間にかネクタイはちゃんと絞められ、ブレザーも皺のないように着用している。新たな出会いに胸を高鳴らせながら一歩を踏み出す。
「忘れ物だぞ。ほら、日本刀」
「ん、ありがと。………………なんでいんの?」
隣には先日、勝手に家に上がり込んで飯を食っていた所謂乞食が立っている。無駄に顔がよく、このヒロアカの世界でもトップクラスの顔の良さである。そいつは何故か雄英の制服を着込み、玲の隣で登校する女子生徒に笑顔を振る舞っている。
「どうやって入ったとかは知らんが、さっさと出てけ。どうせその服も作りもんだろ」
「そんなわけないじゃないか。僕だって真面目に受験したんだよ」
結果:ガッツリ嘘ついてるね。もう、心の底から嘘だよ
「嘘つき乙。さっさと出てって。てか、あの穀潰しなんでこいつの手綱握ってないんだよ。あいつ旧神だろ」
「ふっ、ノーデンスと私は時には敵対関係、時には協力関係なのさ」
「そっか、じゃあな」
「ねぇ!!無視しないでよ」
「しっし。俺、お前のために貴重な魔力使って門の創造使いたくないからさっさと帰れ。てか、土に還れ」
「えぇえええ。酷くない!?…まあいいや、おちょくれたし帰るね。じゃあね」
場を荒らすだけ荒らした男は空中に魔法陣を描くとそこに現れた空間の裂け目に入り消えていく。後には日本刀を手に持った玲がただ1人残される。玲は手に持っている日本刀を見つめると数秒の沈黙の末ため息を吐く。
「あいつ、日本刀押し付けて帰って行きやがった。どうしようこれ……あ、刃はちゃんと潰されてる」
鞘から抜くと陽光に照らされ鈍く光る刀身が露わになる。刃の部分に指を這わせると指に傷はできずその刃が潰され傷をつけないようになっていることがわかる。
「これなら持っててもいいかぁ」
鞘を佩き、普段の要領で刀を振るう。2、3回振るうと慣れた手つきで刀を鞘にしまう。
「うん、あいつが持ってきたもののくせにちゃんとできてる」
一度頷くと玲は模造刀を持って校舎へと向かう。今度は誰にも邪魔されなかった。
◇
校舎内はバリアフリーに特化されたデザイン。これは異形系の〝個性〟の人にも配慮しているからだろう。なにせ、この学校のトップである校長が齧歯類なのだから。鼠が〝個性〟を手にした結果がここの校長。今や世界長者番付にも名を残すほどの人物だ。
「なんでネズミですら個性を持てるのに、個性を持たない人間ができるんだろうね」
ふと口から出た自虐に玲は吹き出した。
「HAHAHA!!それはこの私ですらわからないね!!」
足元から声が聞こえた。この特徴的な笑い方、言わずもがなこの学校の校長である根津校長だ。
玲はその姿を捉えると根津校長と視線を合わせるためにその場にしゃがみ込む。
「おはようございます。根津校長。今年入学する篠宮玲です」
「知っているよ!!無個性ながらヒーロー科に入学した逸材。尤も、入学許可を出したのがこの私だからね!」
結果:なんなんでしょうね、この生き物
ネズミのようなクマのようなその体躯。見た感じネズミなので齧歯類とするが、齧歯類校長は片手をあげてマスコットのように話す。
「そっすか。………あ、これあげます。なんかいいところの模造刀みたいなものです」
「HAHA!!粗大ゴミを押し付けられたみたいだけど、頂けるのなら貰うよ!」
根津校長がそう言うと何処からともなくロボットが走ってきて玲の渡した模造刀を回収していく。
「篠宮くん、もう少しで予鈴がなるよ。早く行ったほうがいいんじゃないかな?」
「え、マジすか」
「マジだよ。あと5分くらいかな」
「うわっ、本当だ。それじゃあ、ありがとうございました!!」
玲は根津校長と別れると勢いよく走る。廊下の壁に『廊下を走るな』という張り紙を見つけるもガン無視して走る。玲は走らねばならない。あと5分で予鈴がなってしまう。高校初日に遅刻など残りの3年間馬鹿にされるに決まっている。本来だったらもっと早くに教室についてクラスメイトと談笑をするつもりだった。どれもこれもあん畜生が悪い。いらない模造刀を渡してきやがって。あいつはうちに飯をせびりに来ては何も支払うことなく帰っていく。穀潰しでさえ競馬で儲けた金を家に入れるのに。考えれば考えるほど玲の怒りのボルテージは上がっていく。
「be cool、be cool。俺は冷静、俺は冷静。よし」
ヒーロー科1年A組の居室の扉の前で玲は深呼吸をする。そして、キッと目を見開くと勢いよく扉を開け放つ。
「おはよう!!」「お前ら、お友達ごっこがしたけりゃ別のとこに行け」
声が被った。推定クラスメイトは驚いたような様子で玲ともう1人を見つめていた。
同時に、哀愁を漂わせるように予鈴のチャイムが鳴った。
◇
今朝、玲と声が被ったのがこのクラスの担任の相澤消太らしい。
現在は入学式をほっぽり出してグラウンドに立っている。体育館では入学式が行われているのだろう。担任が言うには「校風が自由ってことは、教師のやり方も自由ってことだ」などと舐めたことを言っていたが、「自由ってのはそう言うことじゃない」と思った玲であった。
「あ、耳郎。おひさ」
「久しぶり!篠宮くんも合格してたんだ。…よかった。知り合いがいなくて困ってたんだよね」
「俺は知り合いと言えるレベルじゃないと思うけどね」
「それはそうだけど!話したことがある人って重要じゃん」
相澤が説明を続ける中、ヒソヒソと玲は耳郎響香と喋る。相澤は個性ありの体力テストだとか個性禁止の体力テストが不合理だとか言っているが玲にはどうでもいいし関係ない。
故に、その後名前を突然呼ばれ時はひどく驚いた。
「と言うわけで、今年の首席の爆豪。あと、次席の篠宮。前に出ろ」
「けっ」
「…え、俺も?」
「えぇ!?あんた次席なの!?」
「そだよ」
前に出ると相澤がボールを手渡してくる。普通のソフトボールではなくメカメカしいボール。手触りは普通のボールだが内部に何かしらの機械が入っているのが見える。
「2人とも、中学の時のソフトボール投げの記録は?」
「ちっ、67m」
「120m」
「は?篠宮、個性なしでか?」
「そりゃまぁ。当たり前」
「そうか。なら爆豪、個性使って投げてみろ」
「なんで、俺呼ばれたんですか?」
「ああ、主席と次席なんだが。点数が1、2点しか違わなかったからだ」
「はぁ!?」
爆豪が凄まじい形相で玲を睨みつける。見たところ、自分が一番じゃなきゃいけない傲慢気質な男らしいので当然だろう。
「と言うか、先生なら知ってるんじゃないんですか?個性のこと」
「あー、普通に失念していた。爆豪とほぼ同じポイントを試験で取ってたからな」
「とか言いつつ、俺のことを発破にしようとか言う魂胆じゃ」
「どうだかな」
玲と相澤が話している後ろで「死ねぇ!!!!!!」などと言う到底掛け声とは思えない掛け声が聞こえる。当たり前だが、爆豪がソフトボールを投げる時の掛け声である。本当にそれで力がこもるのか甚だ疑問だが、当人がいいのならそれでいいだろう。それはそれとして爆豪の結果は705mだった。
約10倍か。結構飛ぶんだな。
「次は篠宮だ。本気で投げろ」
「いや、うん。120m超えるかなー。あの時めっちゃ運良かっただけだし……(全技能クリティカル)」
門の創造で遠くに行かせはするけど、テレポートの類だから記録出るんかな。うーん。
ソフトボールを投げる円の中に足を踏み入れる。ボールを片手で握り力を込める。ミシミシとボールから異音が鳴り響くが気にしない。気にしないったら気にしない。足を大きく振り上げ斜め45°を目標に腕を振り抜く。
STR値を基準に飛距離を算出 STR【40】 結果:150m
「おぉ、結構飛んだ!!やっぱり日頃の筋トレは効果があるよな」
「おぉ!!爆豪よりは飛んでないけどすげえ!!」
「個性を使った感じがなかったけど、増強系か?」
先程の爆豪のやつよりも飛ばなかったはずなのだが、何故か爆豪よりも周りに人が集まる。これも人徳なんだろうと考えると感慨深いものがある。
「いや、増強系じゃない」
「へぇ…それじゃあ、俺みたいにこういうのに向かない個性なんだな」
赤髪のクラスメイトが自身の腕を出してビキビキと硬化させながら話す。他のクラスメイトもそれを聞いて納得したように頷く。
彼らは一つ勘違いをしているのだろう。玲はなんともないように告げる。
「いや、無個性。(脳内に変な声が聞こえることはあるけど証明できないから)経歴上は完璧に無個性さ。いえーい」
「え、」
クラスメイトのほとんどは口をあんぐりさせて驚いている。例外として爆豪や轟は各々「けっ」と言わんばかりの表情や複雑そうな表情をしている。
「えぇぇ〜!?!?本当に無個性なの!?」
「おう。個性持ちか確認するための小指も普通だぞ」
「個性なくてもヒーロー科に入学できるのかよ!?」
「はっはっは、そこの金髪。俺が不合格だったら首席と推薦組以外全員不合格だぜ」
「くっ、お前次席だったか」
「どうやってロボットの試験クリアしたの!?」
「そこの透明子ちゃん。君だってどうせ拳とかキックとかで壊しただろう?それと同じさ」
「え、あんた。空中の瓦礫とか使って高く飛んでたじゃん。あれも素の身体能力ってこと?」
「うん。コツは自分の体重を消すようにジャンプすること。そしたら、空中の葉っぱを伝ってもいけるよ」
「ええ…」
「お前ら、そこまでにしとけ。残りは放課後にでもやっとけばいい。時間の無駄だ。………これでわかったな。お前らは本気で個性を使って試験ができるんだ。喜ばしいことだろう?あとは、そこの無個性の篠宮は今現在お前らより上だ。入試結果が雄弁に語っている。個性というアドバンテージを持っているんだ。精々、勝てるように頑張れよ。…あ、あと。この個性把握テストで最下位だったやつは除籍処分だからな」
「うわぁ、俺のことだしに使ってるよ。あの先生」
「除籍処分の方に驚こうよ」
◇
結果一覧
・50m走
「あ、金髪くん。よろしく。…っあ!!俺は篠宮玲だから」
「俺は上鳴電気だ。よろしくな」
「それじゃあいくぞ。よーい、スタート!!」
5秒00
「あ、普通だ」
「普通だな」
「5秒か。普通だね」
「いや待て!コンマ以下00はやばくね」
・握力
「えぇっと、こうやって握って」
ギリッ
580kgf
「え、ゴリラ?」
「ゴリラは400〜500kgfが平均ですわ」
「ゴリラ以上ってこと?」
「やっぱり筋トレは偉大だな」
「いやいやいやいや、筋トレがどうこうじゃないよ!?障子くんでさえ腕3本使ってようやく540kgfだよ!?あ、ほら。障子くん自信無くしてるじゃん!!」
「俺はまだまだなのか…」
・反復横跳び
「ふんふんふんふん」
60回
「普通だ」
「普通だな」
「普通だね」
「あ、後ろでブドウ頭の子が気持ち悪い動きしてる」
・長座体前屈
「曲がれー、俺の体!!」
55cm
「まあ、それもそうか」
「人型の宿命だね」
「これに関しては個性あっても異形じゃない限りどうしようもないよ」
・ハンドボール投げ
割愛
・立ち幅跳び
「風が俺を呼んでいる」
「あ、こいつ。空中で2段ジャンプしなかったか!?」
「やり直し。次やったら全部最下位な」
4m(砂場超え)
「脚力だけで超えるのかよ」
「なら、2段ジャンプいらなかったんじゃ」
・持久走
「うわ、バイクとか狡っ」
「個性の範疇ですわ」
「そうなんですか。お嬢様。あ、これレンジでチンした午後の紅茶です」
「どこから取り出したんですの!?」
「なんであいつバイクに並走してんの?」
3分25秒
◇
「はい。というわけで結果だ」
相澤先生が端末からホログラムを出して見せてくる。
玲の名前は5位の横に書かれている。
「うわぁ、5位かよ。低いなぁ」
「低くないけど!?篠宮、あんたで低いんだったらウチの18位はなんなの!?」
「え、いや。ミジンコ?」
「あんたねぇー!!」
「それじゃあ、最下位の除籍だが………あれは嘘だ。合理的虚偽、君たちを本気にさせるためのものだ」
「よかった〜」
「それはそうですわ。一教師に除籍権限なんてあるわけないですわ」
「ふ〜ん」
結果:嘘つきですね
「まあいいか。最下位じゃないし」
「なんかいった?篠宮」
「なにも。……あ、そうだ。俺のこと名前で呼んで。苗字じゃムズムズするんだよね。いい?響香ちゃん」
「ちゃん付けすんなし!…わかったよ。玲」
「みんなも、名前で呼んでね!!」