忘却のアウロラ ―神託都市と星骸の契約者―   作:無名

6 / 6
第6話 星暦書の影

 零層で結界爆発を止めてから三日。

 九条廉とルーシェ=ヴァンデルは、スラム奥で摘発した記憶晶コンテナを解錠し、内部の搬送ラベルを調べていた。銘板には“行政監査局・教育再編部”の刻印。そして転送先は第三層《公文書処理局》とある。

 「行政――つまり評議会の出先機関だ」廉が眉をひそめた。

 ルーシェは端末でラベルの魔術署名を分解する。「発送担当は“階層適性指導課”。表向きは奨学金支援部局よ。下層の子どもから買い上げた記憶を“教育用サンプル”扱いで吸い上げてる」

 「星霧濃度で才能を測って序列化する、と言っていた教育制度か」

 「実際は“低階層は低魔力だから劣等”というデータを星暦書に上書きする材料よ。改訂で“差別”を“天啓”に塗り替える」

 廉は拳を握った。「じゃあ星暦書の改訂履歴を暴けば根拠が崩れる。真の写本を探すしかない」

 

 評議会の著作物《星暦書》は都市の教典。改訂の痕跡は厳重に秘匿される。真相を掴むには、上層行政区の資料塔《ポルタ・メモリア》に忍び込み、改訂写本を直接確保するしかなかった。

 ルーシェは頷き、胸元のペンダントを握った。「私は母を救えなかった。でも、この街の子どもが未来を奪われるのは止めたい。行くわよ、ポルタへ」

 

 

 

 第三層北端、《ポルタ・メモリア》。塔は七層都市の情報を吸い上げる“静脈”とも呼ばれ、外来者の立ち入りは配送トンネルに限られる。

 ルーシェはスラムで世話になる医療ギルドに借りた配送証票を偽装し、廉ともども荷役作業服へ着替えた。(ここでの容姿描写は軽く手首のホログラムと銀髪のみ)

 「搬入物は医療用保冷箱。内容は空っぽ、代わりに《カリスト》と無線写影水晶を詰めたわ」

 廉は頷き、胸に忍ばせた資格証の偽造データを起動する。「監視水晶の校正波形は三十秒しかもたない。そちらの解析眼で補正を続けてくれ」

 「任せて。鼓動合わせで同期を取るわ」

 

 搬入口ゲート。魔術走査ルーンが白く瞬き、二人を透過。解析眼の干渉で波形が緑に変わり、守衛は無関心に通した。

 塔内部は回廊を取り巻く書庫が環状に連なり、上層へ緩やかに螺旋を描く。壁は星霧防染ガラスで装飾され、淡青の照明が紙埃を揺らす。

 「五層外郭に“改訂写本閲覧室”がある。そこから天藍書庫への鍵を奪う。監視は視覚式だけだからカメラアイを欺けばいい」

 

 ルーシェが解析眼で結界署名を複写し、閲覧室ドアを開く。机上のホロ端末にカード鍵が浮かび、彼女が素早くデータを抜き取ろうとした――が、その瞬間、塔全体の照明が一段落ちた。

 「非常波形?」廉が周囲を見回す。

 警報は鳴らないが、空調の星霧流が妙に重くなる。

 「誰かが上層で結界を改ざん中。内部警戒が自動昇格したんだわ……」

 

 廊下の曲がり角に騎士団の白銀外套が現れる前に、二人は書庫通風パネルを外しダクトへ潜った。内壁には魔術湿度で発光する苔が生え、狭い空間を青く染める。

 「警備が増えてる。昨夜の零層騒ぎが影響したか」

 「急ぐわよ。二分で天藍まで」

 

 

 

 円形大聖堂に似た最上層《天藍書庫》。吹き抜けの中心に鎖で固定された黒革の巨書――《星暦書・改訂天啓版》。廉は装飾台の封鎖結界をカリストの柄でなぞり、星霧振動で鍵紋を破った。

 ページを開くと、文字列が読み手の魔力で日本語へ変換される。ルーシェがホログラム端末を走らせ、写影スキャンを開始。

 

 〈星霧は天の秩序。濃きは高みで宿り、薄きは低きに流る。ゆえに富める者は上に、貧しき者は下に留まるは理〉

 次ページには、千年前の《落星》を“貪欲な下層民が星骸を盗んだ罰”と記述。さらに後刷りの別インクで“保持者は再臨の鍵”と附記されていた。

 「原文にない一句だわ。書体も年代も違う」

 「差別を正当化し、保持者を悪魔化する追加行。神託評議会自身が改竄した証拠だ」

 

 廉は改訂履歴欄に注目した。年月日の符号を辿ると、千年前以前の行に最新魔術水準のフォントが混じる。

 解析眼が異物を赤でマークし、ルーシェが息を吞む。「偽装を多層で重ねてる。でも隠しきれない痕跡がある」

 「都市全層へ流した電子写本には、この行は隠しレイヤーで埋めているはずだ」

 

 スキャンが75%に達したとき、書庫のアーチ扉が重く開いた。白銀外套の斥候が二名。彼らは侵入者を確認し警報符を掲げた。

 「急ぐぞ!」廉が叫び、カリストを銃形態で構える。

 

 

 

 筆頭騎士エリオット・グレイは、斥候の報を受け即座に天藍書庫へ赴いた。

 光円板の下、廉はルーシェを庇うように立ち、星霧弾を一射して斥候の魔術盾を破砕。だがカリストの封匣が限界に達し、脳髄を圧迫する鈍痛が走る。

 〈負荷率93%。次弾で記憶損壊危険〉

 (ここで倒れるわけには……!)

 

 エリオットは静かに剣を抜いた。剣身を縁取る青燐が書庫の霧を吸い、周囲の星霧流を意のままに束ねる。

 「君たちが何を手にしても、星霧の理は覆らない」

 「理じゃない、操作された歴史だ!」廉は息を絞り出す。

 

 戦闘は瞬時に始まった。エリオットの剣閃が重力を歪め、床の瑠璃片が吹き飛ぶ。廉は防御に徹し、ルーシェはスキャンを止めず解析眼で敵の魔術波形を追う。

 「右肘の後ろ。剣速を稼ぐため動きが一瞬硬直!」

 廉は槍を逆手に取り、推進流で体を捻って突きを合わせる――が、エリオットは剣を半歩引いてかわし、逆袈裟に斬り上げる。廉の肩口が裂け、血が散った。

 

 (持たない!)

 刹那、ルーシェがスキャン端末を星暦書から離し、床へ滑らせた。写影率は82%。彼女は飛ぶように聖壇の照明管へ駆け、解析眼で配線経路を読み、結界制御盤へ素手を突っ込んだ。電撃が走る。

 「制御灯のクォーツを逆位相にする。三秒だけ霧流が乱れるから、跳んで!」

 彼女の手の平が焦げる。光円板が一つ暗転し、星霧が渦潮のように逆流した。

 

 廉はほとんど反射でカリストを最大展開し、衝撃波に身を乗せてラピスの床を滑る。剣閃が背後を掠め、瑠璃片が煙を上げる。

 霧流の乱れがエリオットの魔術制御を狂わせた隙に、ルーシェは端末を抱えて非常梯子へ飛び込んだ。廉も続き、カリストを楯に階段を転げ落ちる。

 

 書庫上部で、エリオットの剣が再び光を放つ。「逃げても同じだ。真理は層構造だ。我らは因子の連鎖を断つ」

 「真理を覆う鎧は、いつか錆びる!」ルーシェが叫ぶ。

 

 梯子を滑り降り、五層閲覧フロアへ飛び出す。巡回守衛が待ち構え、魔術槍を構える。廉はカリストを短銃形態に変え、封匣限界を越える覚悟でトリガーを絞った――

 しかし、その瞬間カリストが自動停止を宣言し、銃身を冷却モードへ固定した。〈使用者記憶破壊の危険を優先回避〉

 ルーシェが前へ躍り出る。「なら私が!」

 彼女は解析眼で槍の魔術波形を読んで逆算、足裏の床符号を打ち直して槍陣の力場を歪める。守衛の結界が自壊し、二人の間に道が開けた。

 

 走る、走る――上層エレベータシャフト脇の保守パイプへ身を滑らせ、外壁の非常足場へ降りる。鉄網の下は夜景と星霧の深海だった。

 「写本は?!」廉が息を切らす。

 「本文82%、改訂欄は完全転写!」ルーシェの声に震えと昂揚が混ざる。手の平は火傷で赤く腫れ、胸元の鼓動がつなぎ布を上下させていた。

 

 頭上で塔の警報灯が回り、空を巡察艇が滑る。騎士団の封鎖が迫る前に、二人は足場を伝って隣接ビルの空調棟へ跳び移った。

 

 

 

 

 第三層南端、廃ドームの屋根裏。

 夜明け前、廉は包帯だらけの肩越しに転写写本を読み返した。星暦書のページは端末上で赤く染まり、改竄マーカーがまるで血管のように走る。

 「これが階層差別の“根拠”を作った改訂……」

 「神託評議会にとっては経典。けど証拠が公になれば都市の力学は崩れる」ルーシェの目は静かに燃えていた。

 廉はゆっくり頷く。「残り18%の欠落はどうする?」

 「宝物庫にある原初写本。《星霧律草稿》が鍵。そこへ入るには上層貴族の協力が要る」

 彼女は小さく息を整えた。「私の古い友人――テスラ家の末席、ベイルなら道を開けるはず」

 「ベイル?」

 「技術バカの貴族坊ちゃんよ。次は貴族街潜入。彼を説得して一緒に禁書を奪う」

 

 薄紫の空。塔心から落ちる星霧は夜よりも青く、都市層の照明が一本ずつ消えていく。

 廉はカリストを撫で、胸の空洞を確かめた。封匣にはまだサンドイッチの味の欠片が眠っている――帰る日まで守らせてみせる。

 記憶、星霧、書き換えられた歴史。

 すべてを抱え、二人は夜明けを迎えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。