ガドゥス城を拠点として三日が経った。その間、偵察に出した飛行兵と鷹の民とで多少の小競り合いこそ散発したものの、ベグニオン帝国軍、ラグズ連合双方に目立った動きはない。
『敵が勢いづいているため、正面から取り組むのは得策ではない』というゼルギウスの考えからきた方針だ。これは原作でも同じことを言っている。
で、困ったのは俺だった。元老院側の人間からは散々進軍をせっつかれるが、相手は原作の戦いの舞台であるソゼ峠に陣を敷いている様子。道は細く、大軍の利は活かしづらい。
そしてなにより、こちらの補給路は生きている。が、相手はそうはいかない。ガリア本国はリバン河を挟んで遠く離れており、本国からの補給はままならない。周辺から徴発がしたければ、それなりの規模の兵隊を町に動かす必要があるが、既にそれも近隣の町に伝令を置いて対策済み。
よって連合はむしろ、ソゼ峠に釘付けにされているという状況だ。このまま睨み合っていれば、状況はこちらに利する。峠の獣は多少減るかもしれないが、些末なことだ。
(原作みたく後退禁止!なんて言われない限りはな)
原作では元老院議員から、後退禁止とのご命令を下されたゼルギウスが事態を動かすのだが、俺が有力公爵家を一生懸命あやしつつ、利を説くことでどうにか納得させていた。
よし!今日も一日、オジサマたちのご機嫌を取るためがんばるぞい!
「やぁモンテ殿。今日はテルグム公とセリオラ公、どちらのご機嫌取りに向かわれるのかな?」
一人決意を固めている所に声をかけてきた、七三分けの紫髪が特徴の男。
「暇なら手伝ってくれんか、ロンブローゾ殿」
「あいにくセリオラ公爵には出禁を言い渡されておりましてな。そのせいかテルグム公爵の覚えも悪く、お会いして貰えぬのですよ……私が貴殿の立場なら、我先にと兵を率いて出陣するのですがな」
普通こういう台詞は、戦を知らない者の強がりなんだが、君は原作で有言実行したからな……
しかしこのロンブローゾという男、先の戦闘での失敗をまったく懲りていない。このまま放っておいたら、どこかから兵を引っ張ってきて原作通りの敗退をしても不思議ではない。
……今のうちにコミュニケーションを取っておいたほうがいいか。これから使いたいならなおさらだ。
「時にロンブローゾ殿。戦いにもっとも必要なのは、なんだと思う?」
「ふむ。やはり戦いは数こそが全てと心得ますが」
「ならば我先に出陣するとはおかしな話だ。今この軍のほとんどはゼルギウスに従う。それに背くとなると、必然的に寡兵となってしまうだろう」
これはちょうど、俺が取り組んでいることと重なる部分がある。自分の使える兵、顔を知っている兵を何人増やすか。将兵からの信頼が集まるほど、自然と発言権は増していき、出来ることは増えていく。
ロンブローゾは俺の言葉にむっとして、不機嫌を露わにした。
「ならばどうするのです。貴殿もゼルギウスの言いなりになるのですかな?」
「まさか。今待機しているのは、この状況についてゼルギウスと意見が一致したからに過ぎない。進軍が正しいときが来れば、その時はきちんと進言するとも」
「……もし進言が受け入れられなかったら?」
「その時は数の力で押す。頭に血が昇った議員たちや、君みたいなゼルギウスに反感を持つ将、あとは進軍の正しさに頷いてくれた神使派の将がいれば、それも使う」
「……そのような、絵空事を」
「立場よりも道理を優先する浮動票は存外多い。君に欠けている視点だ。数の力と口では言いつつ、数を集めて束ねる労力を嫌い、思い通りになる自分の力の範疇でのみ戦おうとしている」
対立する勢力がお互いを数として認めず、協調を諦めて各個撃破される。別にベグニオンが特別腐ってるとかでもなく、どこにでもある話だ。
自分の言葉が否定されたからか、それとも図星を突かれたからか。ロンブローゾは顔を真っ赤にしてこちらに突っかかってくる。
「……モンテ殿。貴殿は、爵位はお持ちでしたかな」
「伯爵位は持っている」
「……伯爵風情がっ! 自分の立場を、なんだと思っている!!」
「その言葉、セリオラ公の前で言ってみたらどうだ。伯爵如きに私を預けるなど何事だ!……とな。なんなら私から公に伝えておこうか」
「なッ!?」
「コーエン家としても、ただでさえ次期公爵がやらかして、どう弁明したものか頭を悩ませていることだろう。セリオラ公は怒り狂っている。どうにか宥めすかしたい所に、火に油を注ぐような真似をする者を……果たして現当主は、後継として認めるだろうか」
「貴様……ッ! セリオラ公や、ましてや我が家の名を出すなど、卑怯だぞ!」
「先に君が言ったろう。戦いは数だと。戦いとは主導権を握り、囲んで棒で叩くのだ。戦争も権力争いも変わらん。君も爵位を継ぐ前に覚えておくといい」
どうにか矛先を躱そうとしたら、めっちゃ悪役貴族みたいなムーブになってしまった。言ってることはガキの喧嘩レベルだが、これを実際にやると彼はいよいよ挽回出来なくなる。コネクションの力って怖い。叩かれる側にならないよう気を付けないといけないね。
「……ロンブローゾ。なにも君と喧嘩がしたい訳ではない。むしろ、君の名誉挽回の機会をどうにか作ってやりたいと心から思っている」
「私の……名誉……」
「だからひとまず、俺に使われてくれ」
「……」
ロンブローゾは押し黙ってしまった。その後少しばかりなにかを考えて、ぽつぽつと言葉を発し始める。
「……時にモンテ殿。先の物言いからして、軍略には自信がお有りなようだが……」
「まぁ、そうだな」
モンテ将軍+現代人の一般常識レベルしかないけどね。ただモンテ将軍は割と真面目な人だったので、現地の知識が役に立つ事も多い。
「……このロンブローゾに、軍略を教示する機会を与えてもよいですぞ」
「勉強する気があるなら、いくらでも教える」
「クク……よい心がけですな。……いずれ貴殿をも、あごで使えるようになってみせましょうぞ」
きたない風花雪月始まったな。これじゃフォドラの暁風じゃなくて、テリウスの木枯らしだ。
そんなことはさておき、これで言うことを聞いてくれる&やる気を出してくれたのはすごく嬉しい。俺を超えようという心意気大いに結構。真っ当な将軍なんて何人いてもいいんだから!
「た、たた、大変じゃぁ〜!!!」
ロンブローゾと歴史的和解を果たしたちょうどそのタイミングで、セリオラ公爵が慌てふためきながら訪ねてきた。
「如何がなさいましたか。公爵様」
「モンテ!今すぐ出撃して、半獣どもを倒すのじゃ!」
「なにか状況が変わりましたか?」
「奴ら、私が泣く泣く城に置いてきた調度品を売り払っておるらしい! これ以上被害を広げぬよう、一刻も早く出撃するのじゃ! 奴らを討ち取るまで帰って来るでないぞ!!!」
なるほど。鷹の民はあえて使わず、こうやって戦場におびき寄せるか。これはセネリオの策っぽいな。なんかギリギリやりそうな感じがある。
近隣の町には確かに兵を配置しているから、たぶん一緒に従軍している商人たちに売ったな。流石に行商を全部弾けなんて命令は出していないから、彼ら経由で取引をしている可能性はある。
どうやら戦いの舞台は、原作通りソゼ峠になりそうだ。原作通り、勝ちを収められたらいいが。
その後の動きは早かった。今回の被害者であるセリオラ公、それと同じ憂き目に遭うリスクがあるテルグム公を伴い、ゼルギウスに事の仔細を説明。ゼルギウスは想定と異なり、すぐに出撃を決定する。
兵の集合などを部隊長らに任せつつ、作戦会議の場を設けた。事態が事態だからと、セリオラ公も同席すると言って聞かず、公も参加することとなった。
「これまでの偵察から、敵はソゼ峠に陣を張っていることが分かっています。ソゼ峠は三方を山で囲まれた地形。正面から挑めば、みすみす包囲を許すことになります」
ゼルギウスの隣に控えるルベールが、将軍たちに向かって状況を説明する。
将軍の反応は様々だ。真剣に話を聞く者はやはり親ゼルギウス派が多い。反対に元老院派は、あまり聞く気が無い様子で、態度も露骨に悪い。そして……
「ルベールめ、日和おってからに……」
そう呟くセリオラ公のフラストレーションは、いよいよ頂点に達しようとしていた。これ以上溜め込めば、何を言い出すか分かったものではない。
「よって、まずは連合側の陣形を崩す必要が……」
「その必要はありません」
「モ、モンテ将軍?」
「その程度の包囲、正面から突破すればよいのです」
なので早々と、そう宣言する。
「ゼルギウス将軍の部隊を先頭に、敵中央を食い破ってから両翼に対処すればいい。違いますか」
別にセリオラ公に媚を売って、無理な作戦を提言している訳ではない。
そもそも三方から翼包囲なんていうのは、兵力が圧倒的に優勢なときに行うもの。正面を突き崩されれば両翼は分断され、あとは各個撃破できる。
ラグズ連合は確かに、一兵ごとの戦力はベオクの軍勢と比較にならないほど強力だ。だが兵力的にはむしろ劣勢である。包囲は下策で、むしろ狭い地形を生かして正面から突進したほうが効果的だろう。
原作はティバーン率いる鷹の民がベグニオン軍を釣り出していたため、奇襲攻撃……釣り野伏的な要素が強かったのだろう。いやそれはそれで、スクリミル将軍の傍に杖でワープしたゼルギウスが、どうやってその位置情報を知ったのかという話になっていくが……
ともかく今回は状況が違う。互いの位置は把握できており、むしろ敵側はソゼ峠で戦いたいと言っているようなものだ。セネリオがどんな策を考えているかは見えないが、下手に小細工をして機を逸するより、最大限有効な手を取りつつ搦手への警戒はしておくくらいが好ましい。
「流石はモンテ将軍、よいことを言うではないか! ルベールよ、何を半獣相手に恐れることがあろうか。早く出発せんか!」
一応ちゃんと利があってこれを勧めているのだが、セリオラ公に追認されると、なんか下策を打った気分にさせられるんだよなぁ。
「しかしそれでは……!」
ルベールが反論しようとしたところを、ゼルギウスが手で制して立ち上がる。
「確かに敵の兵数はこちらよりも下だ。ならば正面に専心し、包囲を打ち破るべしという意見には一理ある」
よかった。ゼルギウスはちゃんと分かってくれたみたいだな。
「此度はモンテ将軍の案を採択しよう。ただし、直接軍を率いるのは貴殿だ。モンテ将軍」
「……えっ」
えっ、嘘でしょ。
「陣の正面には、敵方の将スクリミルが構えるだろう。彼が立っている限り、ガリア兵の士気を打ち破ることはできない。よって私が、リワープの杖で彼の下へ行き、一騎打ちを申し出る」
あ、あー。どきっとした。要は原作でやったことをやるだけか。
「私が決着を付けるまで、モンテ将軍が軍勢を率いてくれ。方針は貴殿の考えた通りで問題ない」
……まぁ確かに、今回の包囲突破は敵の中央を打ち破るのが大事だ。相手の中央にゼルギウスを放り込んで統制が乱せれば、そのままこちらの包囲突破が通りやすくなる。
ただなんで俺に全軍を率いさせるんだ。軍のナンバー2はどうした。いや彼だと元老院系の将兵と連携が取れないからだろうが、一応相手の立場を立てておく必要はあるか。
「……総司令の副官たるルベール殿が適任では?」
「ルベールは私の供に付ける。他、一個中隊規模を私と共に移動させ、一騎打ちが終わるまでの間、妨害を阻む」
ルベールってこの戦いのとき、ゼルギウスの傍にいたっけ。じゃあ原作は、誰が残りの軍を率いてたんだ……