ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第十六話 原作の壊れる音

 ソゼ峠での戦闘は、ベグニオン側の勝利に終わった。ガリアの大将スクリミルが瀕死の重傷を負ったことにより、獣牙兵の士気は崩壊。副官のライが辛うじてセリオラ城まで撤退させる。

 

 一方我らがベグニオン軍も、ゼルギウスの指令によりそれを追討することはなく、ガドゥス城に帰還した。帰ってからは前回と同じく戦後処理。夕方には終わったのが幸いだった。

 

「また一つ白星を増やしたな。モンテ将軍」

 

 廊下ですれ違ったルソードに声をかけられた。先の戦では、ルソードは後方に配置していたから、鷹の民と多少戦闘したくらいだ。

 

「皆のお陰だ。君はどうだった、手柄は立てられたか」

「鳥翼の首三本といったところだ。今日は我が剣がよく冴えた」

 

 後方のフェニキス兵は、弓兵が寄せた段階ですぐに退いたそうだから、接敵した時間はかなり短かった。彼の得物はキルソード、ゲーム的には必殺がよく出る剣だから、それに値する致命の一撃を引きまくったんだろう。

 

「ま、今後とも頼むよ」

「了解だ。一匹でも多く、半獣を屠ってみせよう」

 

 そういってご機嫌で去っていくルソードの背中を見ながら、吐き出しそうになった溜め息を飲み込む。

 

 ラグズ連合との戦いは峠を越えた。

 

 原作ではここから、ラグズ連合は鳥翼族も含めてガリアへの撤退を開始する。俺たちベグニオン軍はそれを追うのだが、結局追いつくことはなく、連合がカウク溶岩窟へと逃げ込んだことで追討も停止する。

 

 その後はなんやかんやを経て、神使親衛隊の隊長シグルーンが皇帝サナキを連れて、帝国軍の下に現れる。あとは帝国軍がそのまま皇帝軍となり、ラグズ連合と和解し、元老院とそれに組するデイン王国との戦いに赴くこととなる。

 

 で、俺の計画だが。当初からずっと俺は皇帝軍方に組するプランで考えている。別に悪役を貫き通すつもりは微塵もないんですよ。

 

 今までラグズ連合に対してガチで挑んでいたのは、武名を上げるためと、そうしないと自分や部下の身が危なかったからだ。ガチでやったせいで鷹王に睨まれたりもしたけど。

 

 まぁつまり、今まで軍内の最右翼としてやっていた俺の立場を、サナキがやってくるまでに中道くらいにまで修正しないといけない。俺個人だけではなく、俺がここまで頑張って生かしてきたセリオラ・テルグム両公爵の私兵団、ノーズやロンブローゾといった将校も、内心はどうであれ皇帝軍に引き込む必要がある。

 

 そこで難しいのが、ルソードのように反ラグズ感情を持つ兵たちをどう納得させるか。皇帝軍になるにあたり、これまで敵だったラグズ連合は味方になるのだ。上手く転身出来なければ、今まで築いてきた基盤が全て崩れる。というか原作はどうやってそこら辺納得させたんだよ。あ、だから原作ではベグニオン勢はミカヤにぶっ潰されたのか。

 

 傭兵ならその場で契約を切ればいいと思うが、ルソードに関してだけは、直接ゼングの死因になってるからあんまり手放したくないんだよな。たぶん手放すと彼はデインに帰り、例のデインによる奇襲時に再会することとなる。もちろんあの戦場を選ばないために全力を尽くすが、出来なかった場合の保険として持っておきたい。

 

 ……ちなみに、鷹王からのヘイトが凄まじいことになっている件については、予定通りなら皇帝軍がラグズ連合と和解する際、俺以上に恨まれてる奴が一緒に仲間になるはずである。ソイツと連携して謝り倒して、なんとか許してもらう他ない。最悪戦後だったら、俺単体ならどうなってもいいし……

 

「はぁ……考えることが多くてやんなっちゃうね」

 

 どうしたもんかなと悩んでいると、一番悩みのなさそうな人を見かけた。

 

 夕日に照らされているお陰か、頬の紅潮は隠されている。彼女は窓際にぼぉっと立ちながら、沈みゆく夕日を眺めていた。遠くを眺めるその横顔は、深窓の令嬢という形容がよく当てはまる。

 

 シェリーは、先の戦で俺の未来視の結果を覆した。正しくはジャンクが、ではあるが。だとしたら今、未来視を使ってみたらどうなるのだろうか。

 

 彼女の方を見ながら、死を意識する。

 

 ……特になにも起こらない。

 

 前はこれでいけたはずなんだけど、今回は見れなかったな。

 

「……も〜。そんなに見つめられたら、照れちゃいますよ〜?」

 

 彼女を見ている間に、向こうも俺に気づいていた。

 

「よく生き残れたもんだと噛みしめてたんだ」

「そうですね〜」

 

 のほほんと相槌を打つシェリー。声色から酒は入っているようだと推測がつく。

 

 そうだ。せっかくの機会だから、ちょっと気になってたことを聞いてみようか。彼女の異様な酒癖について。

 

「……シェリー。その酒癖なんだが、なにか理由でもあるのか?」

「理由……?」

「その……奇人変人を演じて、権力争いから遠ざかるとか。望まぬ縁談を回避するためとか」

 

 なんかこう、そういうギャップや意外性みたいなのがあるんじゃないかと思っていたんだが……

 

「ぷっ、あははっ。そんなのありませんよ。お酒が美味しいからです。私も貴族の女です、お話があったらちゃんと受けますよ〜?」

 

 ……つまりただの理由なきアル中ってこと!?

 

「はは……こんな酒浸りの縁談を決めるなんて、ヘッツェル様も頭を抱えてるだろうなぁ」

「ふふっ……あら?」

 

 シェリーが俺の後ろを覗き込んだので、俺も振り返ってみるが誰もいなかった。

 

「今、フォレちゃんがいたような……」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 フォレは気づくと城の庭まで飛び出していた。トクトクと高鳴る胸にぐっと手を押し当てる。

 

(どうして逃げ出しちゃったんだろ……)

 

 なんてことはないはずだった。モンテとシェリーが会話している姿を遠目に見ただけ。ただその二人が微笑み合う姿が、フォレの目にはとてもお似合いに見えて、いてもたってもいられなくなったのだった。

 

(どうして、あの二人が一緒にいたら……胸が苦しいんだろ)

 

 それにここ最近、フォレはモンテの傍で甲斐甲斐しく働いていた。将軍の役に立ちたいと大泣きして以降、モンテは戦闘以外にも幅広い仕事を振っている。軍内で"モンテの副官"という表現をすれば、十中八九彼女が思い浮かべられる状態であり、彼女自身もその状況に得も言われぬ充足感を感じている。

 

 一方で、モンテの軍内での立場が格段に向上し、今やゼルギウス将軍に次ぐポジションになったことで、彼自身が元老院議員のご機嫌取りや、元老院派閥の将軍との会合などに参加することも多くなった。モンテはそういった場にフォレを連れていくことを極力しなかったため、最近は別行動をとることも多くなっている。フェニキス島から中央軍合流まではほとんどべったりだったことから、寂しさを感じていたのも事実だ。

 

(お役に立てたら嬉しくて、一緒にいられないと寂しくて、他の女の人と一緒にいると苦しくて……?)

 

 引っかかることがあったら言語化をする、彼女がモンテから教わったことだ。生真面目な彼女にとっては実践しやすく、時に毒となる行為だ。

 

 彼女が結論に達するのに、そう時間はかからなかった。

 

(……それは……それは、恋なのではないでしょうか!? 私!?)

 

 フォレ=サルモー20歳、遅咲きの初恋を自覚した晩秋の夕暮れであった。

 

 

 

「……だからラグズを通すわけにはいかんと言ってるだろう!」

 

 城門の方から聞こえてきた声に意識を引き戻されたフォレ。城門に向かうと、門番の二人が見合いながらうんうんと唸っていた。

 

「どうしたんですか?」

「あぁフォレ様! この者が、モンテ将軍にお会いしたいと……」

「鴉のラグズが、いったいなんの用だ……?」

 

 鴉のラグズという言葉に、まさかと思ったフォレは、門の向こうの人物を確認する。間違いなくその人であった。

 

「す、すいません! その人通してあげてください! 確かにモンテ将軍と一緒に戦った人です!」

「そ、そうなのですか」

「モンテ将軍の副官がそういうなら、そうなんだろう」

「……くれぐれも、厄介ごとだけは勘弁してくださいよ? ゼルギウス将軍には、我々の方から話を通しておきますが……」

 

 渋々といった様子だが、門番が門を開く。

 

 彼女のトレードマークである長く美しい黒髪が、夕陽に照らされて煌めいていた。彼女……ラメールは、よほど足止めを食ったのだろう。一つ溜め息を吐いてから、フォレを見る。

 

「助かった。あなた、いつの間にか副官になったのね」

「ラメールさん、どうして……?」

「王から伝言を預かって来た。モンテ将軍に会える?」

「案内します。ついてきてください」

 

 二人はガドゥス城内に入る。時折すれ違う兵からは視線を投げかけられるも、ラグズが帝国軍の陣地を歩いていて、これといった問題が起こる気配はなかった。フォレの顔が軍内でそれなりに利くことの証である。

 

 廊下を歩いている間、二人は無言だった。別れ際のやり取りもそうだが二人は決して仲が良かったわけではない。少なくともラメールから世間話を振るような、そんな関係ではなかった。

 

 廊下を歩いているうちに、たまたま人通りが途切れたタイミングでフォレが切り出した。

 

「……ラ、ラメールさん。あの」

「なに?」

「……以前はその……酷いこと、沢山言ってごめんなさい。ど、どこから謝ればいいのか。わからないくらいなんですけど」

 

 フォレが深々と頭を下げたことに、ラメールは目を見開く。彼女から見たフォレは、ベグニオンの貴族の出という肩書にしてはかなりマシとはいえ、それなりにプライドもあり、そう簡単に謝罪するイメージがなかったからだ。

 

「鴉ってだけで罵詈雑言は言われ慣れてるから、気にしないでいい」

「……ごめんなさい」

 

 フォレがもう一度頭を下げる。その表情を見て、どうも彼女は真剣に謝罪する気持ちがあるのだということを、ラメールは汲み取った。

 

「……私も悪かったわ」

「え?」

「売り言葉に買い言葉で、貴方の好きなお酒とか、将軍の悪口言ったでしょ」

「そ、それは……もう気にしないでいいです。私が悪かったんですから」

「ならお互いさまってことで、それで手打ちにしましょう」

 

 そこで会話が途切れ、また沈黙が流れる。先に根を上げたのはフォレの方だった。

 

「あの。ラメールさん」

「その、さんっていうの。付けなくていい。慣れないから」

「……ラメール」

「うん、それでいい」

 

 ラメールは口元を少し緩め、微笑んだ。フォレの前では初めてのことだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ベグニオン帝国軍とラグズ連合との戦況報告は、帝都シエネにも届いていた。戦争序盤はラグズ連合の連戦連勝、更にはリバン河までも越えられ、敗戦の気運が燻り始めるほどだった貴族たちにとって、今回のソゼ峠での勝利は朗報であった。

 

 貴族たちの間で、そのソゼ峠の軍勢を事実上率いていた人物に焦点が当たり始めるのも自然なことだった。今までベグニオン軍は、総司令官ゼルギウスのカリスマによって辛うじて成立していたことは、政治的に敵対する元老院派閥ですら認めるところだった。ところが今回のソゼ峠で軍を率いたのは、ゼルギウスではなかったのだ。

 

 彼……モンテ将軍の歩んだ道程は、貴族たちの間で持ちきりとなる。アニムス公の私兵団を率いてフェニキス島を焦土化し、テルグム公爵軍を率いては戦闘自体は敗北だったもののリバン河で多くの半獣を倒し、今回のソゼ峠ではセリオラ公爵の意向に沿うような突撃策を敢行して『なおかつ勝利した』こと。

 

 彗星のごとく現れた、半獣に対して容赦をせず、全軍を指揮可能な用兵能力を持つ元老院側の将の存在は、元老院派にとっても想定外だった。元老院の一部が次のような考えに至るのも、当然の帰結だったと言えよう。

 

 総司令ゼルギウスを格下げ、あるいは適当に処刑して、代わりにモンテを中央軍総司令とする。

 

 穿った見方をすれば、リバン河で兵を率いたゼルギウスは負け、ソゼ峠で兵を率いたモンテは勝った。そう形容出来なくもないことから、この案は元老院の内部で支持を集めつつあった……のだが、とある大物がそれを突っぱねることで、案の実現は頓挫していた。

 

「なぜですかガドゥス公、どうしてゼルギウスを庇うのです!?」

 

 三人の元老院議員が、ガドゥス公の元を訪れていた。

 

 ガドゥス公ルカン。ベグニオン帝国元老院副議長。原作では過去から現在に至るまで暗躍し、20年前の先代神使ミサハの暗殺、セリノスの虐殺の扇動、デイン王との血の誓約の締結に、皇帝サナキの幽閉、宰相セフェランの投獄……ベグニオンで起こった数々の凶事を主導した悪そのものである。

 

 モンテの総司令昇格を否定したのは、そのルカンだった。ルカンは心底つまらなさそうに、目前の議員らに侮蔑のまなざしを送る。

 

「馬鹿ものめ。誰がセフェランの狗など庇うものか。ガリア王にでもぶつけて、死ぬまで戦わせればよいわ」

「ではなぜ……」

「モンテはヘッツェル殿の子飼いだ。その者を頂点に立てては、この戦は元老院の勝利ではなく、ヘッツェル殿の勝利だ」

 

 ルカンがモンテ総司令案を拒んだのは、彼の猜疑心からだった。

 

「ヘッツェル殿は小心者であるから、今は私が一喝すれば言うことを聞く。が、それでも自分の派閥を持つ程度の影響力はある。それが軍や神使派まで抱き込んでは、権力の均衡が壊れるのがなぜ分からぬのか」

「は、はは……」

「し、しかしですな……ゼルギウスが総司令のままでは、それこそセフェランの勝利になるのでは」

「そうならんために投獄したのだろうが。セフェランの命を我らが握っている間はゼルギウスも逆らわん。戦争の趨勢がはっきりしてからセフェランを始末して、ゼルギウスの処遇はそれからでいい」

 

 そもそもセフェランを投獄するというシナリオを描いたのもルカンであった。セフェランを投獄し、神使派のゼルギウスを元老院の意のままに操るというのが、モンテがいない場合……つまり原作のシナリオだ。

 

「……しかし貴様らが、毎日私の下を訪ねてくるというのも鬱陶しい。誰か適当な議員を総大将として立て、ゼルギウスを降格させる……という筋書きであれば、認めてやらんでもない」

「て、適当でございますか……?」

「うむ。なるべくヘッツェル殿から遠く、モンテに抱き込まれん者はおらんか」 

 

「クルベア公バルテロメ様など如何でしょう」

 

 議員の一人の提案に、ルカンは少し考えたが、首を縦に振った。

 

「……まぁ悪くはあるまい。こちらも喧しい奴がいなくなって清々するといったもの。その方針で進めよ」

「は、ははぁ……!」

「失礼いたします……!」

 

 びくびくと怯えながらそそくさと退散する議員たち。彼らの背中を見送ったルカンは眉間に指を押し当てて、深く嘆息した。

 

「……馬鹿どもめ。元老院派などと嘯いても、結局私がおらねば何も出来ない凡夫ばかり」

 

 ぼやいたルカンの下に、今度は兵士が一人現れる。その動揺っぷりは尋常ではなく、滝のように汗を流し、荒く息を吐いている。

 

「し、失礼いたします。神使様の件で火急のご報告に上がりました」

 

 ルカンは無言のまま、傍らに置いていたリワープの杖を振る。瞬間、辺りの景色がルカンが普段使う執務室ではなく、四方を壁に囲まれた扉のない部屋へと切り替わった。

 

「話せ」

「はっ。神使様が……何者かに攫われました」

 

「そうか。神使が攫われた……攫われただとォ!?!?」

 

 ルカンの絶叫が、部屋の中を反響した。

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