ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第三章 ラグズ連合追討戦
第十七話 黒を灰に


 自室に戻ってみると、フォレとラメールが談笑をしていた。どうやらわだかまりは無事、解消されたらしい。二人は俺に気づくと談笑を一旦止め、こちらを向いた。

 

「久しぶり……というほどでもないわね」

「こっちは色々あったから、久方ぶりという感じがするな……フォレ。すまないが、席を外してくれないか」

「分かりました」

 

 フォレはすぐに立ち上がると、ラメールの方を向いて

 

「また後で」

 

 とだけ言って、退室していった。ずいぶん仲良くなったものだ。

 

「さて。鴉王からの伝言だろう? 聞かせてくれないか」

「……一つ目、『この度はソゼ峠での戦勝、大変めでたい。この調子でガリア国境まで追い落としてやれ』」

 

 ……なるほどなるほど。

 

「二つ目、『宝探しは無事終わったから、お仲間集めをしといてくれ』」

 

 宝探し……つまり、皇帝は回収出来たということか。滅茶苦茶仕事が早い。もっとかかると思ってたんだが……でも原作では恐らく神使親衛隊が単独で救出してるんだよな。ダーティーな荒事はキルヴァスに分があるか。

 

 で、お仲間集めときた。要は皇帝側につく将兵をなるべく増やしておけということだろう。今の中央軍はまだ、元老院系の勢力が根強い。

 

 俺も出世してそこそこ顔が利くようになったが、心情や立場に関わらず、元老院派から神使派に裏切らせられるほどのカリスマは持ち合わせてない。というか多分、そんな都合のいいものは手に入らないだろう。

 

 俺に出来ることといえば調整くらい。利を示し、懐に入り、時には威を借りて、一人でも多くの将兵にその選択を納得してもらうことだ。

 

 ガリア国境付近まで、ラグズ連合を追いやった辺りというのは、キルヴァス側の都合だろう。なるべくラグズ連合に優勢を取った状態で、和平がしたいという意味だと思われる。

 

 今回の戦争でベグニオン側についた以上、ベグニオンが敗戦すればキルヴァスも敗戦国になる。今回の戦争については白紙和平で終わって、それから元老院を倒しに行きたいはずだ。とはいえキルヴァス単独では、ラグズ連合からすれば裏切り者だし、国力的に取りつく島もない。強くて健在なベグニオン軍をバックに和平交渉がしたい、というのは、民のことを考えるなら当然だろう。

 

 原作ではその辺曖昧だったから、ベグニオンとラグズ連合の同盟締結後も、ティバーンがゼルギウスを『俺の獲物』呼びしたり、スクリミルがネサラを攻撃しようとしたり、まぁ色々あった。ピシッと線引きしておくに越したことはない。ちなみに俺やゼルギウスの命についても、ベグニオン帝国とラグズ連合が和平後に仕掛けられたら"要人暗殺"になってしまうので多少はマシになる……はずである。

 

「他には?」

「次で最後。これも一言一句そのまま……『よくもやってくれたなこの野郎。一度も二度も変わらんから、ラメールは好きに使ってくれ』……ってさ」

 

 うん、キルヴァス兵で鷹の民を直接攻撃したのは印象悪かったよね。ともあれキルヴァスが皇帝を手土産に単独講和して、ラグズ連合が皇帝を人質にする最悪のルートはなくなったみたいだ。

 

「……怒ってた?」

「ちょっとだけ」

「ま、しょうがないな」

 

 飛行兵は便利だからな。ただラメールを戦場で今後使うかといわれると、ちょっと扱い所が難しい。

 

 フェニキス時代の俺は言ってしまえば前線指揮官だったが、今や俺も万単位の兵を操る総大将クラス。一兵への指示出しに終始するよりも、かつての俺のような前線の指揮官を上手く操ることで軍全体の勝利を目指すことが肝要だ。おまけに軍はベオク主体。人の目も多い中でラグズを使うというのはウケが悪い。

 

 軍内の偵察や伝令ならトラヴィーユに任せた方がいいし、やはりネサラとの連絡係としての役割がいちばん大事だ。それかあるいは……ヘッツェルとの連絡にも使うか? ベグニオン軍という組織から隔絶している彼女なら、軍内部に要らぬ漏洩をすることはない。ここからアニムス領は陸路だと遠いが、センペル湖を縦に突っ切れるならば話は変わる。

 

 まぁ何に使うにしても、今晩はゆっくりしてもらうことにしよう。部屋を用意する必要があるが、ここはガドゥス城。ラグズ一人で歩かせると面倒なことになるかもしれない。

 

「すまないが、ラグズ一人で歩かせるのは」

「あまりよくない、でしょ。フォレの部屋に泊めさせてもらうから、心配ないわ」

「いつのまにそんなに仲良くなったんだ……?」

「まぁ、色々とね」

 

 そうぼかされると気になるんだが……知らぬが花ということもあるのか。あるのか?

 

 少し悶々としていると、コンコンと扉が鳴った。

 

「こんばんは~。シェリーで~す」

「なにかあったか?」

「モンテ将軍に来客ですよ~」

「来客……? 問題ない、入ってきてくれ」

 

 そう言うと扉が開き、シェリーがまず入ってきた。シェリーはラメールを見つけるや否や、満面の笑みで距離を詰める。

 

「あら、ラメールちゃん~! おかえりなさ~い!」

「うっ、酒臭」

 

 で、来客はというと……これまた意外な人物だった。

 

「ヘッツェル様……」

 

 手に見たこともない杖を持ったヘッツェルは、穏やかな微笑みを湛えながらこちらの手を握る。

 

「おぉモンテよ。お主の武勲は帝都まで届いておる、ずいぶん活躍したようだな……」

「運が向いただけですよ。それでヘッツェル様、こんな場所にいったい何のご用で……」

「うむ……」

 

 ちらりとシェリーたちの方を見たヘッツェル。あまり他人に聞かれたくない話のようだ。

 

「少し場所を変えたい。この場を離れるが、よいか」

「えぇ、あまり長くならないようでしたら問題ないはずです……シェリー。誰か来たら離席中だと伝えてくれ」

「は~い」

 

 シェリーの間延びした返事がすべて聞こえるよりも早く、周囲の景色が一瞬にして切り替わる。過去に何度か訪れていた、ヘッツェルの居城にある執務室だ。

 

 その手に持ってるのがリワープの杖か。すごいねこれ、今は一部の元老院議員の手にしか渡っていないだろうが、実用化されると本当に世界が変わりそう。瞬間移動が存在する前提のドクトリン考えなきゃいけないの嫌だな、現代の軍学者でも匙投げるんじゃないか。

 

「……それでヘッツェル様。ご用件は」

「うむ……そうだな。用件はだな、どこから話せばよいか……」

 

 ヘッツェルは歯切れの悪いことを口にしながら、ゆっくり思考を練っているようだった。

 

「……モンテよ」

「はっ」

「私たち元老院は、遠からず処刑されるであろう」

「は……」

 

「私たちはまた一つ……罪を重ねた。幼き神使様を幽閉し、セフェラン殿を虚偽の罪で投獄したのだ」

 

 知ってる。ちなみに俺はまだ、それ込みでヘッツェルを生き残らせる道を考えてる。

 

「ところが先日、何者かがマナイルに入り、神使様をお救いしたのだ。神使親衛隊がそれを為したのかとも思ったが、どうもシグルーン殿ですら、全容を把握できておらぬらしい……」

 

 ……あの、鴉王。俺は情報の信ぴょう性が欲しかったらシグルーンと連絡を取って、と付け加えたと思うんですが。シグルーンと協力したくない理由が何かあったのか。ともかく犯人と親衛隊が無関係であることが、かえって元老院側を攪乱することに繋がっているみたいだ。ファインプレーということでいいのか?

 

「……きっと女神さまの思し召しだ。神使様が死ぬべきではなく、私たちの罪は裁かれるべきだと。女神さまはそう仰っているのだ。だからな、モンテよ」

 

 ヘッツェルが俺の肩に手をかけた。

 

「……もし、もしも神使様が現れ、我らに罪ありと。そう申されたときは……お主は軍をすべて連れて、神使様にお味方してくれ。この老いぼれは捨て置くのだ……」

 

 そんなに肩を震わせるなら、『助けて』と一言でも言えばいいのに。本音としてはそう言いたい思いでいっぱいだろうに。

 

「ヘッツェル様……」

「よかった。本当によかった……神使様が、本来はあのような、過酷な使命を背負う立場にはなかった幼子が、謀殺されるなど……あっては……あっては、ならぬというのに……」

 

 涙を流すヘッツェルを前に、胸の中に張り裂けんばかりの感情が迸る。昂ぶらずともいい。分かってるとも、現世のモンテ将軍。

 

 ヘッツェル様を裏切って皇帝に寝返るなどありえん。何もかもをしくじり、彼を皇帝軍に引き込めなかったとして。その時はこの命尽きるまで、正の使徒でもなんでも率いてやる。

 

 この方に仕える者として。そして君の名と人生を借りている者として。なんとしてもヘッツェル様は救おう。例え黒を灰色に染めてでも。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 キルヴァス王城はフェニキス城と同じく無骨な作りであるが、一部の部屋はベオクの王城さながらの意匠が凝らされている。三年前にはタナス公が訪れたこともあるように、高貴な身分のベオクの商売相手が訪ねることもあるためだ。貧しいキルヴァスに、そんな調度品を買い集める国力などない。言ってしまえば盗品で出来た部屋だ。

 

 そんな部屋にベグニオン皇帝……サナキは通された。

 

 紫髪の、齢13の少女は事実上の拉致に遭いながらも泰然と椅子に腰かけ、その拉致の実行犯たる鴉王ネサラは、その眼前でうやうやしく頭を垂れる。

 

「この部屋はお気に召しませんか、皇帝陛下」

「……普段の言葉遣いと態度でよい。そなたのそれには……誠意が感じられぬ」

「ではお言葉に甘えて」

 

 すっと立ち上がるネサラ。彼の背が高いために、椅子に座るサナキを見下ろす格好になる。だがサナキは臆することはなく、言葉を紡いだ。

 

「……まず、わたしの命を救ったことについて、礼を言う。あのままじゃったら、わたしは殺されておったじゃろう」

「ま。あの程度だったら、親衛隊隊長でもその内助けられただろうけどな。ただこっちには、先に神使を確保したい理由があった」

「……なんじゃと?」

 

「要件を率直に言おう。ベグニオン帝国と我が国キルヴァスとの間に結ばれた、血の誓約の破棄を求める」

 

 そう言ってネサラは袖をまくり、右手首を見せつける。そこには血の誓約の紋様が刻まれていた。それを見せつけられたサナキの反応は……少なくとも、ネサラが考えていたそれとは異なっていたのは確かだ。

 

「その血の誓約とは、なんじゃ?」

「……なんだと?」

「鴉王。なにか禍々しい呪いに、我がベグニオンが関与しておるのか?」

 

 信じられないものを見たような目でサナキを睨むネサラに、サナキは無邪気とも形容できるような問いを投げかけ続ける。

 

 どうも本当に、サナキが血の誓約について知らないようだと察したネサラは、その解説を始めた。誓約を結んだ前史から、その効果、サナキに従っている限り制約からは逃れられるという抜け道。そして血の誓約の存在によって、自分たちが如何にベグニオンの下僕として行使され、ラグズの同胞を裏切ってきたか。語って、語って、それでも結局はネサラが聞き及んだ範囲でしかない。

 

 すべてを聞いたサナキは顔面蒼白となる。

 

「……信じられぬ。そのような、おぞましい呪いを、我がベグニオンが」

「大方、元老院によって代々口封じされていたんだろうな。事実上自分たちだけが、キルヴァスを意のままに操れるように」

 

 誰が結んだか、誰が箝口令を敷いて、誰がどう行使してきたのか。キルヴァス王国は、テリウス大陸では歴史の浅い部類に入る国家ではあるものの、記録を遡れぬことにはもはやその罪を問うことすら出来ない。元老院の誰か、としか言えない有様だ。

 

「……ただ少なくとも、この誓約を盾にキルヴァスを強請った奴が、元老院には二人現役で在籍している」

「二人……それは誰か」

「ガドゥス公ルカン、そしてアニムス公ヘッツェル」

 

 サナキはルカンの名が出たとたん、眉をしかめた。

 

「ルカンはキルヴァスに、ラグズ連合を裏切ることを要求した。ティバーン率いるフェニキス軍をベグニオン中央軍にぶつけさせ、その隙にフェニキスを焼き払う手伝いをさせることをな」

「……奴らしい、醜悪なやり口じゃ。鳥翼同士で争わせ、憎ませ合うのを興じようというのじゃろう」

「そしてヘッツェルだが、フェニキス島の情報を寄越せと言ってきた。フェニキス島に船で揚陸出来る岸がないかという切り口だった。俺は配下を一人預けて、そいつに船を先導させた」

「……ヘッツェル」

 

 アニムス公ヘッツェル。ルカンの傍に付き従いながらも、サナキに対して敬う姿勢を見せていた古参の議員。サナキもその姿勢には、欲にまみれた元老院にあってまだ信じられると思っていたのだが、彼は20年以上議員を続けている。先代神使ミサハ暗殺、そしてセリノスの虐殺に関わっていないはずもない。そして今回のサナキ幽閉・セフェラン投獄事件だ。もはやルカンの罪に加担していないという言い訳は、通用しない。

 

「ただこの話には続きがあってな……その時預けた配下が、あんたが軟禁されているって情報を貰ってきた。盗み聞いたんじゃなくて、意図的に漏らしてきた訳だ」

「……状況を鑑みるに、ヘッツェルはわたしを生かそうとしたというのか?」

「さてな。そこまでは本人に聞かないと分からないが……罪滅ぼしのつもりなら、お門違いだろうさ」

「うむ……あくまでわたしを救ったのは内々の話。セリノスの虐殺に関わったことは外交の話じゃ。然るべき裁きがあって当然であろう」

 

 神使を救ったからセリノスの虐殺は無罪、などというのは道理が通らない。仮にそれを言ったなら、今度はサナキが、個人的な恩情で虐殺実行犯を擁護した者として批難の対象になってしまう。

 

「……鴉王。その誓約を解く方法は分かっておるのか」

「誓約書を物理的に処分すればいい。が、あんたは持っていないんだろう?」

「うむ。おそらく……いや、確実にルカンじゃろう。猜疑心の強い奴のことじゃ。そんな重要なもの、肌身離さず持っているに違いない」

 

 サナキはネサラに向き直り、強く宣言する。

 

「鴉王。この戦が終わった暁には、必ずや血の誓約は破棄する。同時にラグズたちと国交を正常化できるよう助力することを約束しよう」

 

 それはネサラにとって、喉から手が出るほど欲しかった言葉だった。そしてその言葉が、ベオクらしい嘘偽りや腹芸などではないことも、ネサラは肌で感じ取ることが出来た。

 

「でしたら陛下」

「安い芝居はやめるのじゃ」

「……ラグズ連合と国交を正常化させるってのが本当なら、しばらくここで大人しくしていてくれないか。今、ベグニオンは決して優勢とまでは言えない。このままだと今回の戦争について、ベグニオンとうちは敗戦国になる」

「……ベグニオン軍は苦戦しておるのか」

「潮目は変わりつつある。ゼルギウスはガリアの大将を倒したし、他にもヘッツェルの部下のモンテという将が、それなりに出来るようだ。賠償まではいいから、白紙和平くらいに出来たらありがたいんだが」

「のぅ、鴉王よ」

「なにか?」

 

「そもそも血の誓約以前に、そんな小狡いことを言っているから同胞たるラグズに嫌われるのではないか……?」

 

 幼い少女のそんな言葉に、ネサラは返す言葉もないのだった。

 

 鷺、鷹、鴉。元々一つの国で暮らしていた鳥翼族が離れて暮らすようになったのは、それぞれの気質の違いからだ。ラグズの同胞だ、鳥翼の同胞だと言っても、近づきすぎれば火傷をする。鴉の民の難儀な性分なのだった。

 

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