今後の方針について、一人決意を固めた夕刻。伝えていた通り、軍議を行う。予定の時刻より少し早めに会議室に着くと、部隊長格の半数は既に集っていた。
モンテ将軍はいつもこのくらいのタイミングで会議予定場に現れるが、早く着いても所定の時刻になるまで会議を絶対に始めない。なので会議が始まるまで雑談がしたい者は早く来て、そうでないものは本当に直前に来る。企業勤めの一リーマン視点ではちょうどいいのだが、軍としてはかなり緩い気もする。その方針で慕われてもいるようだし、変えるほどでもないか。
「モンテ将軍!お疲れさまです」
「ご苦労。開始の時刻までは好きに過ごしていて構わない」
「はっ!」
挨拶への返事もそこそこに自分の席に着く。
隣席には黒ひげを蓄えた悪人面の男の姿があった。巨漢かつ筋肉質で、少なくとも初見のfeシリーズでこの顔が味方に出てきたら、まず裏切りを、次に成長率を疑ってかかるタイプだ。
彼の名はゼングという。原作には登場しない。三年前のデイン戦役にも従軍した経験がある。つまり蒼炎の軌跡の本編で主人公のアイクがベグニオンから貸与された軍勢の一員だった訳だ。槍を主装備とする騎兵で、本編のクラスでいうなら槍騎将だ。ユニット情報なんて見れないので、判断基準は装備しかないが。
デイン戦役終了後は、中央軍の縮小に伴いうちで世話になっている……ということだそう。階級としては俺の供回り、feシリーズでいう自軍ユニットの立ち位置だ。頼らせてもらおう。
「おうモンテ殿!今日も絶好調の渋顔ですな!」
性格はこの通り、豪放で物怖じがない。そして声がすごく大きい。モンテ将軍とも立場こそ違うが、友人のような関係だ。ちなみに渋顔については、鏡を見る限りぐうの音も出ないくらい事実の指摘だ。
「余計なお世話だ。戦の直前だが、特に変わりはないか」
「おうともよ!このゼングに限って、戦の前に変調するなど有り得ん!」
「頼もしい限りだ」
「してモンテ殿。貴殿の右腕といえばこの我輩以外にいるはずもないが、今日は左隣に誰か来たるのか?」
「ん、あぁ。件の公爵家の令嬢がな。末席に座らせる訳にもいかない」
「そういうことなら仕方がないですな!」
「ちなみに戦場にも出るそうだから、俺の傍につけておく。その方が守りやすいからな」
モンテ将軍はアーマー系、自分の鎧を確認しての判断になるが、ゲームのクラスでいうなら槍武将だ。下級職では化身したラグズ相手には戦えない所だったから、助かった。
「モンテ殿の鉄壁の守りの前には、あの手癖の悪い鷹共の鉤爪も形無しでしょうぞ!」
「だといいが。ゼングも、三年前の戦いにも参戦したその武勇、存分に振るってくれ」
「お任せあれ!そうそう三年前と言えば、我輩鴉の半獣とも戦ったことがありましてな、此度の戦でもその時のノウハウをバッチリ活かすつもりですぞ!」
三年前の鴉といえば、デインの四駿プラハ将軍が率いた鴉の傭兵のことか。同じ鳥翼族との戦だ、参考になるだろう。
サラッとラグズを半獣呼び、つまり差別感情を向けている件については容認するつもりだ。なんなら俺が半獣という言葉を使わねばいけないシーンもあるだろう。
ベグニオンはまだラグズ差別が根強い国だ。彼らに迎合し、最終的にはゼルギウスすら押しのけて、この方こそ我々の代弁者だとベグニオン兵に思ってもらう必要がある。そのための差別。原作履修者としては心苦しいが、生き残るための努力だ。
「ゼング殿に根こそぎ手柄を持っていかれぬよう、我々も奮起せねば……!」
ゼングの話を聞いて奮起する部隊長もいた。いい循環だ。あまりにも過熱するようなら、それを諌めることも将の務めだが、今回の作戦は慎重よりも大胆さが大事だ。これくらいのノリで行った方がいい。
「もも、申し訳ありません!!遅れました!!!」
雑談に興じていると、目を丸くしたフォレが会議室に現れる。開始の時間まで余裕を持ってきたつもりが、俺が先にいたので慌てて遅れたと言ってしまったといったところか。
「開始時刻はまだだ。遅れてはいないから安心してくれ」
「し、しかしモンテ将軍がいらっしゃいます」
「あぁ……うち独特の風習なんだが、会議はどれだけ参加者が集まっても開始時刻までは始めない」
「そうなのですか?」
「決めた時刻より早く始めては、時間を決めた意味がないからな」
「それはそうですが……」
「あぁそうそう、君の席はここね」
フォレは部隊長たちから好奇の眼差しを浴びながら、俺の隣の空席に座った。
「おぉご令嬢殿!我輩はゼングと申す!」
「……フォレです。あと、令嬢殿って呼び方は止めてください」
「承知仕ったフォレ殿!」
「……意外と物分かりがいいんですね」
俺を挟んでのやり取りを聞いていると、一人の衛兵が慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
「何事か」
「モンテ将軍、アニムス公ヘッツェル様がお越しです」
アニムス公ヘッツェル。元老院議員の一人で、作中にも登場する。とにかく気の小さい老人で、副議長ルカンに常に怯えながら付き従っている。立ち位置的には悪のナンバー2のように見えて、徹底した従犯なのはちょっと珍しい。
モンテ将軍は彼の私兵団を率いる立場だ。似たようなポジションの原作キャラには、ルカンの兵を率いるルベール将軍や、ヌミダのデイン駐屯軍を率いたジェルド将軍がいる。
私兵団の長が将軍?と思うが、モンテ将軍は中央軍にも籍を置いている。原作では言及がなかった部分だが、中央軍総司令官のゼルギウスすら元老院議長のセフェランに忠誠を誓うシーンがあるし、そこら辺の線引きがガッチガチではないんだろう。
それにしても、そのヘッツェルが一体何の用なんだろうか。
そんなことを考えていると、ヘッツェルその人が現れる。よぼよぼの老人だが、意識ははっきりとしている。歩様も定かだ。
ヘッツェルの登場に、全員が起立する。勿論俺もだ。
「そんなに畏まらずともよい、楽にしておくれ」
「ヘッツェル様。帝都で何かありましたか」
「いや……此度の作戦について、わしも聴こうと思っただけだ。土産話を持っていけば、ルカン殿の癇癪も多少は収まるだろうと思ってな……」
……そうか。確かにここまで、ベグニオンはラグズ連合に押される一方だったから、原作のルカンの性格を考えれば確かに癇癪を起こしていそうだ。
「承知しました。誰か、ヘッツェル様の椅子を」
軍議を傍聴されるということで、とりあえず椅子を用意させる。
予想外の来客で少しばたばたしながらも、会議の開始時刻になった。事前に来て雑談に興じていた者たちも口を閉じ、独特の沈黙が場を支配する。
開始時刻だが、一つ空席があった。フォレの隣の席だ。
「……本当に遅刻してる人がいる……」
微かな声でフォレが呟いた、ちょうどそのタイミングだった。
会議室の扉が開かれ、背中に黒い翼が生えた女性が現れる。腰に届くほどに長い黒髪は文字通り濡鴉色。すらっとしたモデル体型だが、顔つきは垂れ目で可愛らしい。クール美人と可愛さの絶妙な調和とでも形容しようか。
彼女はラメール。原作には登場しない。キルヴァス王国の鴉の民で、鴉王ネサラの指示でここにいる。今回の作戦では上陸可能な岸への先導をしてくれることになっている。彼女抜きで本作戦は成り立たない。
「……」
ラメールは目を伏せた状態で、無言のままフォレの隣の席に着いた。周囲の眼差しは冷たいが、馴れ合いができる間柄ではないし、直前に来るのは止むを得ない気がする。
ともあれこれで役者は揃った。ヘッツェルをこれ以上待たせるのもよくない。
「これより軍議を始める」
俺の一言で場の空気が一気に引き締まる。ちょっとだけ気分がいい。
「挨拶は省略させてもらう。この度皆に集まってもらったのは、本作戦の直前確認のためだ。
まず本作戦の目的は、フェニキス王国の焦土化。機能不全化だ。鷹王とその配下が留守をしている間に、当該地の生産能力を解体する」
「もうちょっと簡単な言葉で言ってくれぬものか……」
ゼングがぼやく。
「簡単に言うと、フェニキス王国に鷹の民が当分住めないようにするのが今回の目的だ」
「お、その説明なら分かりましたぞ。かたじけない、モンテ殿」
「構わない。理解してくれるのが何においても大事だ」
「現在鷹王率いる一軍は、キルヴァスの偽計によりゼルギウス将軍率いるベグニオン帝国中央軍に向かって進軍中だ。しばらくの間、足止めを買って出てくれている。
我々がやるべきことは、彼らが住んでいる住居に火を付け、フェニキス城は守備隊を蹂躙したのち、その防衛機能を大きく削ること。可能なら森もある程度焼き、採集や狩猟を難しくする」
しっかし自分で言っていて残酷な作戦だなぁ。彼らが農耕民族でないから、畑を焼くフェーズがないだけまだマシか。
「これを鷹王率いる一軍がやってくる前に完遂し、町に帰還するまでしないといけない。船での往復に二日、現地での作戦活動に二日が限界だと考えてくれ、なんならもっと早く切り上げる可能性もある」
「……よろしいでしょうか」
「なんだいフォレ」
「鷹王がフェニキス島侵攻を知れるタイミングは、当地からの伝令が届いたときのはずです。猶予はもう少しあるのでは?」
あ、しまった。ゼルギウスがフェニキス侵攻のことバラすのは原作知識か。辻褄合わせしないとな、えーっとえーっと……
「ベグニオン中央軍には中央軍で、北方軍との合流という大仕事がある。むしろベグニオンにとってはそっちが本命、こっちの作戦はついでだ。
いつまでも鷹王と戦っている訳にはいかないから、ある程度のタイミングで鷹王を退かせるため、ゼルギウス将軍からフェニキス島のことを伝えるだろう。だから猶予はあまりない」
ふー、こんなところか。ほとんどラグ無しで、違和感なく話せたはずだ。
「……これで回答になっただろうか」
「はい……すみません、出過ぎた発言でした」
「いや、積極的な姿勢はむしろ好ましい。指摘があれば遠慮なくしてくれ」
「今回の作戦に参加するのはヘッツェル様の私兵1000に、中央軍3000。それといくつかの海賊団に声をかけている。我々アニムス公私兵部隊はフェニキス城の攻略、中央軍は右翼軍、左翼軍の二手に分かれて住居の破壊を担当する。
中央軍は守備隊との交戦などで進軍が遅れそうな場合、破壊の度合いに拘らず作戦領域全体の踏破を優先してくれ。本格的な破壊は後詰めの海賊に任せるくらいで構わない。
ヘッツェル様の私兵団はフェニキス城の攻略だ。数で強攻して制圧後、破壊できる城壁は破壊しつつ地図作成を行う」
「で、恩賞の件だが……」
言葉として発した途端、一部の者の目の色が変わったような気がした。
「討伐数は部隊単位で管理すること。化身したラグズを撃破した隊には、撃破数に応じてベグニオンから報酬が出る」
「……それは、化身していない半獣を倒しても勲功にならないということでしょうか」
誰かが発したそんな問い。
ラグズは化身までに一定時間を要し、戦闘中に化身が解けることもある都合、実は戦えないラグズを見分けるのはすごく難しい。命乞いをされながら時間を稼がれ、突然化身して襲いかかられたら、普通の兵士はひとたまりもないのだ。
だからラグズは化身前を叩くのが、一般兵にとっての常道なのだが……出ないものは出ないとしか答えようがない。ここは最終手段に出よう。
チラリと傍聴しているヘッツェルに視線を送ると、ヘッツェルは意図を理解したのか、首を縦に振ってくれた。
「……確かに帝国からは出ぬが、化身していないラグズの分は、わしの懐から幾らか出そう。兵たちには必要な報酬だ」
「おお!」
「さすがヘッツェル様……!」
湧き上がる歓声。いやマジで、ヘッツェル様々である。持つべきものはデカい財布だ。
「ヘッツェル様、ご配慮ありがとうございます」
ただこれは若干問題のある処置でもある。
「ただし、化身できない老人や女子どもは無闇に殺すな。逃げる者は逃がしてやること。これはゼルギウス将軍の指令だ。逆らうなら軍規違反と同じである」
これは原作にもあったゼルギウスからの指令だ。ぶっちゃけ老人でも化身できるラグズのユニットも作中にいるし、それこそラグズの女ユニットなんて幾らでもいるのにどう判断しろと、命令を受ける側になって思う。
皆も同じ心持ちらしく、先ほどとは打って変わって消沈している。ここは工夫のしどころだな、よし。
「だが化身できるかできないかの見分けは難しい。ゆえに、逃げろと警告を出し、逃げ出さなかった者は倒してよいこととする」
これで事実上、「警告は出したが逃げなかった」で誰でも殺せるようになった。部隊長らもそのことは分かっているのか、大半は面持ちが明るくなっている。
人道的措置と実被害を天秤にかけたわけだが、これで後はフェニキスの民間人の逃走能力と、親ゼルギウス派のリベラル的良心にかける他なくなった。原作でもある程度は生き残ったみたいだし、無事生き残ってくれ〜
その後の軍議は各々の配属、配置の最終確認や略奪行為の規定など、まぁつつがなく終わることができた。
「これにて軍議を終了する。各員、今夜未明の出立を前に準備を忘れぬように」
「はっ!」
軍議の終了を告げて皆を解散させる。ぞろぞろと退出していく中、ヘッツェルがこちらに来た。
「ヘッツェル様、報酬の件、大変ありがたく存じます」
「よいよい、お前には難しい戦をさせるのだ。これくらいはせねばな……」
ご理解いただけましたか。というのは冗談半分だが、実際難しい戦だ。やることはシンプルだが時間制限があるのと、万が一デスエンカするとその時点でリカバリーが効かない。
「……と、そうだ。お主に渡すものがある」
そう言うとヘッツェルは、懐から一冊の書物を取り出した。
「これは守護というスキルの書。これでフォレ殿をしっかり護るのだ」
「ありがとうございます。必ずやご期待に添えてみせます」
守護というスキルのゲーム上の仕様は、幸運%で支援関係がある隣接した味方に仕掛けられた戦闘を肩代わりする効果だ。フォレと支援関係……つまりある程度の仲がなければ、効果がない。
ひとまず取得はしておいて、フォレとはコミュニケーションを取って関係を構築していくのがいいだろう。フェニキス戦には間に合わないだろうが、この後中央軍に合流してからの戦いで役に立つこともあろう。
「うむ……フェニキス島から戻ったら、そのまま中央軍と合流するのだな?」
「そのつもりです。いつまでも中央軍の兵を借りていられません」
「そうか、であれば補給物資はそのまま中央軍に届けた方がよいか」
「……いえ。合流までにいくつか町を経由するので、そのうちの何処かでお願いします。ゼルギウス将軍は公明正大な人ですが、中央軍すべてがそうとも限らないですから」
「そうだな、それもそうだ……」
「予定の経路を共有しておきます」
「ふむ……であればこの町はどうだ。まだわしの影響下だ。手出しは出来んだろう」
「……なにからなにまで、ありがとうございます」
……その後、去っていくヘッツェルの背中を見ながら思う。
本当に申し訳ない……何がって、こんなに良くしてくれる上官を、今後の展開次第で裏切らないといけないことが本当に悲しい。
今頭の中で思い描いている今後のシナリオはこうだ。
フェニキスを攻略したのち、中央軍に合流。反ラグズ派閥としてゼルギウスと対立しつつ、中央軍の兵の過半を掌握。ゼルギウスがセフェランを救うために単身シエネに向かったあとは、皇帝軍のベグニオン兵を率いる立場としての発言権を得る。後は原作で奇襲を受ける戦場を回避し、神の裁きが起こるまでをつつがなく進める。
その過程……皇帝に与したタイミングで、元老院と縁を切るのがもっとも手っ取り早く俺たちが生き残る方法だ。つまりヘッツェルとは手を切るということ。
ただなぁ、今世のモンテ将軍はこれまで散々ヘッツェルに良くして貰っていたらしい。ヘッツェルは気が弱いためにルカンに逆らえず悪事に加担したが、自分の庇護下の者にはとても優しかった。原作でも奴隷商に捕らわれた白鷺王子ラフィエルを哀れに思い、大枚はたいて購入して、体調が戻れば森に返すと約束するエピソードがある。少なくとも、野心や物欲とは無縁の人物だ。
……気が引ける。自分の今の人格は、前世の方にかなり引っ張られているのは自覚しているが、ことヘッツェルに関してはむしろ今世の心情に強く引っ張られている。彼を切り捨てるという選択肢を脳裏に浮かべる度に、得も言えぬ呵責が沸々と湧いてくるのだ。
……どうにかして元老院からヘッツェルだけでも引き抜けないだろうか。とりあえず皇帝軍に降ってくれれば、後は口八丁で押し込んで命だけでも助けられるかもしれない。こちらの精神安定のためだ、それくらいの労力は払う。というかオリヴァーが許されるならヘッツェルも許されていいだろ。
まぁ、ヘッツェルのことは後でどうするか考えよう。まずは目前のことだ。