ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第二十二話 束の間の安らぎ

 ミカヤたちは会議が終わると、すぐにセリオラ城を発った。彼女たちの帰りを待つ兵たちがいる、至極当然の判断である。

 

 ……不調には見えなかったな。

 

 原作のミカヤは、この辺りで体調不良の兆候を見せていた。戦争が激化する11章辺りでは、彼女の力に靄がかかったようになり、倒れるまでの事態になる。

 

 今日会った彼女は、少なくとも目に見えて疲れているとか、衰弱しているとかいった様子はなかった。デインとラグズ連合との衝突が小規模に終わって、負の気が少なかったとかだろうか?

 

 漆黒の騎士の身バレもそうだが、原作知識はそろそろ当てにならないフェーズに入ってきたんだろう。とはいえ当てにはならなくとも、差異を分析し、連鎖的に何が起こるかを予測するのは依然有効だ。

 

 ぼんやりと考えながら、城の外に出て空気を吸う。

 

 セリオラ城は平野にポツンと建てられた城だ。土塁や堀もなければ、城下町が広がるということもない。城内も大して広くもないので、ガドゥス城の時と違い、多くの兵は野営することとなる。

 

 見ればこの平野にも、ラグズたちが城の近くに野営地を築いた跡が残っていた。その上に今度はベグニオン兵が、慣れた様子で天幕を立てていく。

 

「そういや俺たち、中央軍に天幕作って待ってて貰ったこともあったよな」

「リバン河のときだな。懐かしい……あん時は徹夜だったから、沁みたよなぁ」

 

 作業中の兵たちが世間話をしている。のどかな光景だ。進捗に遅れが出そうなら注意するが、特に問題はなさそうなので目を瞑ることにした。

 

 野営地作りから少し離れた所では、トラヴィーユがいた。騎竜を低空にスライドさせ、手に持った斧を勢いそのまま、ぶつけるように振る。

 

 対するルソードは、普段手に持つ剣を鞘に収めたまま、飄々と避けていた。力関係としては、トラヴィーユの練習にルソードが付き合っているといったところか。

 

「精が出るな。トラヴィーユ」

 

 声をかけると、トラヴィーユは一旦攻撃を停止し、騎竜から降りた。

 

「モンテ将軍が会議をしている間、ジルさんに戦い方を教えてもらったんだ」

「へぇ、親切な話もあったもんだな」

「最初は世間話だったんだけど、リバン河の戦いで会った黒い竜騎士の……ハールって人の話をしたら盛り上がってさ」

「へぇ……」

 

 ハールと会ってたのか。知らなかったな。敵として会ったんだったら、よく生き残れたものだ。

 

「私はトラヴィーユ少年の、切られ役の人形といったところだ」

「……全ッ然当たらないけど」

 

 だろうな。あれは100度振って1、2度当たれば上等といった具合だろう。

 

「付き合わせて悪いな、ルソード」

「なに。貰うものは貰っているのだから、何かしらは貢献せねば示しがつかぬ」

 

 そう語るルソードだが、その表情は固い。ラメールが加入してから、といったほうがいいか。

 

「……将軍。直接話す機会があれば、これは言おうと思っていたのだが……

半獣を使うというのは百歩譲っていい。ただ鴉は止めておけ。アレは国王から末端まで信ずるに足らん」

 

「鴉って、あの黒い羽の人?」

 

 俺が答える前に、トラヴィーユから疑問の声が上がった。

 

「そうか。トラヴィーユは入れ違いだったから、ラメールの化身した所を見たことがないのか」

「うん」

「話しかけてみたらいい。ベオクに普通に話すように話しかけたら、普通に返してくれるぞ」

 

 実際、ラメールは鏡のように分かりやすい。否定的な態度で接すれば否定的に返ってくるし、好意的な態度で接されたとき、それを無碍にすることが出来ない。唯一誤魔化されたり、はぐらかされると露骨に動揺を見せるという点も含めて、素直な性分だと思う。

 

 何か言いたげなルソードに向き直る。

 

「……言いたいことはわかるが、あの女はそんな器用な生き方できないだろうさ」

「ふむ……」

「なぁ、ルソード……というか、デインはなんでラグズを差別するんだ?」

 

 トラヴィーユの疑問に、ルソードは淡々と答え始める。

 

「私個人の感情は『戦場で色々あったから』、としか言えないな」

「俺もゼングから伝え聞いた話しか知らんが、国王率いる傭兵部隊が丸ごと寝返りってのは、確かにそれくらい言われて当然だ」

「うむ。しかも碌に戦いもせず、金だけ盗っていった。アレと戦列を並べるのは金輪際有り得ん」

 

 反論の余地がないが、放っておくとキルヴァス合流後に間違いなく敵対することになる。うーん困った。

 

 対策としては、キルヴァスが合流したら血の誓約について教えるとか。一応キルヴァスは合流後も、ルカンを倒して血の誓約書を破棄するまで、皇帝の下で血の誓約に縛られるんで、とりあえず今回だけは安心……とでも言ってみるか。

 

「デイン人全体の感情については……そもそも国の成り立ちが、反ラグス思想の強い元老院議員が、諸侯を引き連れて独立した国だ。上はさもありなんといった具合だが……下はというと、そもそもラグズに会ったことがないという者も多い」

「会ったことがなくても差別するのか?」

「自分は会ってなくても知人は会ったことがあるなんて事例は腐るほどある。やれ半獣に家畜を食われただの、国境を越えてきた半獣に殺されただの、デインではよく耳にする話だ」

「ラグズ国家と距離があるから、出くわすラグズはベグニオンからの逃亡奴隷くらい、ということだな。それは良い印象にはならんだろうな……」

 

 難民が国境を越えてきて治安が悪化、現地住民との衝突ばかりが都市部に伝わる……うん。少なくとも現代人が説教できることは何もないな。

 

 ……そういえば、トラヴィーユは一体なぜデインという単位でこの話を振ったのだろう。

 

「……ところでトラヴィーユ。先の口ぶりだと、デイン人の知り合いがいるのか?」

「二年前くらいに引っ越してきた人でさ。俺が訓練生になる前に、操竜を教えてもらったんだ。その人自体はベグニオン人らしいんだけど、奥さんはデイン人なんだ。で、その奥さんが大の半獣嫌いで……」

 

 俺とルソードは顔を見合わせた。デインに身を寄せたベグニオンの竜騎士というプロフィールを聞けば、否応なしにシハラムのフィザット隊を連想する。

 

 そういえばハールが、シグルーンにシハラム亡き後の生き残りを預けたというエピソードがあったな。こんなところに繋がるとは思わなかったけど。いやはや、テリウス大陸は狭いなぁ。

 

「……トラヴィーユ」

「ん?」

「もしかしたらその人にずっと師事したほうが、訓練生になるより戦士としては強かったかもしれん」

「……ええーっ!?!?」

 

 トラヴィーユの驚愕の声が、草原に響き渡った。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 同じ頃。セリオラ城の一室に、フォレ、ラメール、シェリーの三人が集まっていた。彼女たちが囲むテーブルには三段のスタンドが置かれ、色とりどり菓子が並べられている。

 

「というわけで〜、ラメールちゃんおかえりなさいの会で〜す」

 

 今回のお茶会を手配したシェリーが音頭を取った。シェリーはラメールが帰ってきてから、このような場を設けたいとは思っていたものの、ラグズへの偏見が強いガドゥス城では思うようにはいかなかった。そこで今度はセリオラ公に打診したところ、彼が許可したという流れである。

 

「へぇ……ベオクの言うお茶会って、こういう感じなのね」

「本当はお作法みたいなのもあるけど、今日は内輪の会なので気にしなくて大丈夫ですよ~」

 

 喋っているうちに、給仕が紅茶を注ぎ、菓子の乗った皿を出していく。どの給仕も格式に沿った流麗な所作でそれらをこなしていくために、社交行事慣れしていないラメールは思わず背筋を伸ばした。

 

(ここまで気合の入ったお茶会もなかなか無いと思いますけど……)

 

 貴族の出であるフォレは、口にはしないまでもこの会の力の入り方に驚愕していた。

 

 紅茶に使われる茶葉のブランド。菓子のラインナップ。食器類の格式。給仕の質。内輪の、それも出席者にラグズを含むような茶会としては格別の対応といってもよかった。セリオラ公が優しかったという訳ではない、彼もラグズは嫌いだ。

 

(お爺さまにはお伝えしないといけませんね~)

 

 シェリーもそれは分かっている。この城の主が、アニムス家のご令嬢と、アムニス公派閥の公爵家のご令嬢を手厚くもてなしたというのは政治的メッセージになる。こうした小さな縁の積み重ねが、上流階級の連帯を生み、派閥を形作っていく。合理主義からは隔絶していく。

 

 それはそれとして、今回の会を素直に楽しもうと思っていたシェリーは、給仕にあるお願いをしていた。給仕がブランデーのボトルを持って現れると、シェリーの紅茶に注ぎ入れる。

 

「もうちょっと、もう一滴入れましょう~」

「え、紅茶になにを」

「ブランデー割りですよ〜。二人もします~?」

「……でしたら、いただきます」

「……私は遠慮するわ」

 

 一度茶会が始まれば、その後は和やかな雰囲気で進行する。話す内容もお互いの近況だ。フォレ達が参加した戦争の話になった辺りでモンテ将軍の話題になった。

 

「それにしても、モンテ将軍はずいぶん出世したのね」

「いつの間にかゼルギウス将軍の右腕になってましたからね。元老院側なのに」

「ベオクの政治って不思議。ラグズは全部腕っぷしで決めるから……まぁそれはそれで、思うところはあるけれど」

 

 まさか自分の目の前にあるケーキ一つすら政治の道具だとは思わず、ラメールはケーキを口に運んだ。

 

「この分だとモンテ将軍、戦後はすごい数のお見合い申し込まれちゃいそうですね〜」

 

 シェリーのそんな何気ない一言に、フォレは思わず口に含んだ紅茶を噴き出しそうになる。

 

「あ、あの人未婚なんだ。というか何歳なの」

「私と同じくらいだから、27、28くらい〜?」

「それ本当? 30半ばだと思ってた」

 

 雑談を続けていた二人はそこで、黙り込んでしまったフォレに気づく。

 

「……フォレ? え、まさか」

「あらら〜」

 

 顔を紅潮させるフォレを前に、察するなというのが無理な話だった。

 

「その……好きになったきっかけとかあるの?」

「……最初はいつも気にかけてくれて、戦場ではいつでも守ってくれたし、優しい言葉もくれて。気づいたら、その。気になってて」

「……意外と惚れっぽい所あるのね」

 

 ラメールの言葉を全く否定できず、俯くフォレだった。

 

「ならフォレちゃん、この戦争中に頑張らないとですね〜」

「せ、戦争中にそんなこと、浮ついてるって思われるんじゃ」

「……戦後になったら、彼の婚姻は政治の道具になるってことでしょ。もうなってるかもしれないけれど」

「サルモー家がお見合い話を持っていったらそのまま押しきれると思うけど、ヘッツェルお爺さまの判断次第ですかね〜」

「……お父様がんばってー……は、望み薄ですね……」

 

 サルモー家は家格としては公爵家だが、公爵兼元老院の有力議員であるヘッツェルには敵わない。そもそもサルモー家がヘッツェルの派閥だからこそ、フォレはモンテの指揮下に来たのである。無論サルモー家にも、年頃の娘が部下としてモンテの下についているというアドバンテージはあるし、お見合い話を持ち掛ける可能性はあるのだが、さすがに派閥の主を差し置いて動くことはない。

 

「ところでアニムス家で未婚の女性って、シェリー以外にいるの」

「ん〜。いるけど、一番大きい子で6歳だったかな〜……」

「つまり、フォレがこの戦争中にモンテ将軍を陥落させないと、彼はこの酒カスの面倒を見ることになると」

「可能性はありますね〜」

「ひぇ……」

 

 フォレは小さく声を漏らすことしかできなかった。

 

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