「ルカン殿が、タ、タナス公。気でも触れたか」
狼狽した様子のヘッツェルに、オリヴァーは続けざまに言葉をかける。
「考えても見てくだされ。今ラグズ連合と戦争しているのは、元はといえばあの醜き男が、私の小鳥たちの虐殺など扇動したからではありませぬか」
「それはそうだが……いや、鷺の民はおぬしの小鳥ではないが……」
「今や元老院のほとんどが代替わりし、23年前に直接その件に関わった者はおろか、現役だった者ですら数えるほど。かく言う私も、当時は議員ですらなかった齢二十歳の美少年であった。だというのに、未だに元老院の罪だと一絡げに言われるのはあんまりではないですかな?」
確かにセリノス虐殺=元老院が悪いという言い分は、23年前からメンツが変わっていなかったなら通るだろう。そこら辺は原作で追及されなかったが、少なくともこの世界ではセリオラ、テルグム公やオリヴァーが語るように入れ替わりが起きているようだ。自浄作用を見せろ、という指摘については、今この現場で起きている光景がそれだ。
「あの麗しき白鷺王子を、あれだけ丹念に世話したヘッツェル殿が、心からあの男に賛同しているとはどうしても思えぬのです」
「……確かに、ルカン殿のやり方はいつも強引だ。だがそれは、元老院という組織や、ひいてはベグニオンを守るためにも繋がっていて……」
「美の守護者として、美しき小鳥たちを犠牲にした選択を私は許せぬのです。ヘッツェル殿がルカンの下を離れれば、ルカンはみすぼらしい裸の王と化すでしょう」
オリヴァーの発言は無思慮すぎるが、原作で起きていた神使派VS反神使の元老院という構図そのものを変えるという案は、アリだ。
要は敵方の元老院という大雑把な括りから、ルカンとそれに付き従ういわば『ルカン派』と言うべき層のみを敵とし、神使を一旦の神輿にした反ルカン派を結集。神使派VS反神使派というイデオロギー的な対立から、セリノス虐殺の責任を問う反ルカン派VSルカン派という構図に矮小化する。
こうするとヘッツェルが助かるハードルは一気に下がる。神使派にヘッツェルだけが寝返るとなるとあれこれと許してもらわねばならないことが多いが、このチャートなら一時的にルカンの暴走を静観した者も多く仲間に含むことになる。
対外的な罪であるセリノス虐殺の件で情状酌量を貰えば、内向きな罪は複数人で減刑を交渉できる。政治的後ろ盾のセフェランを欠いたサナキ相手なら、ある程度有耶無耶にしてしまうことも不可能ではないだろう。
欠点はこれをすると、戦後依然として元老院はその力を強く残すことになる。サナキが十分に実権を握れず、世界の平和は遠のくかもしれない。そもそも反ルカン派として立った元老院議員にメスは入らず、汚職体質にはノータッチになる。
あとは原作では影も形もないオリチャーなので、クリミア、ラグズ連合側の出方が変わる可能性がある。ここはサナキの和平交渉能力と、原作味方勢の大らかさに期待するしかない。
「今や軍を掌握しつつあるという、モンテ殿はどう考える?」
オリヴァーが都合よくこちらに話を振ってくる。
俺の意見はこうだ。"動くべきは今じゃない"。
「今、我々はラグズ連合と戦争をしています。元老院としては一致団結し、半獣どもを国境まで追いやる必要があるでしょう」
理由としてまず一つ。ラグズ連合との戦争はまだ続いている。ゼルギウスの策によって、ラグズ連合の戦力は未だ交戦可能な状態で残存している。連合を背に対ルカン戦を始めたら、背後を襲われる可能性がある。これが決着するまでは絶対に内輪揉めすべきではない。
「それにルカン殿に歯向かう大義がない以上、反ルカンの一点で立ち上がる者は、そう多くはないでしょう」
「ふむ……」
第二に大義がない。ルカンに反感を持っている者自体はこれまで少なからずいたが、それらを束ねるための大義名分がない。が、これはキルヴァスからサナキを返してもらえばすぐにでも整う。
そのためにも、さらなる仲間集めが必要だ。軍内は現状安定しつつあるが、聖竜騎士団を始め、まだ元老院派は根強い。反ルカン派VSルカン派の対立軸を持ち込めば、そのうちいくつかはこちら側に取り込めるはずだ。あとは……ここまで仲間外れの神使親衛隊と連携を始めたいか。
「ほ、ほれオリヴァー殿。モンテもそう言っておるのだ。今聞いたことは忘れてやるから、悪いことを考えるでない」
……ここで裏切り者を即殺せず、見逃すというあたりが本当にヘッツェルらしいと思う。政治家には向いていない。元老院は聖職者が務める、つまり聖職者の資格がいる訳だが、逆効果の選出基準ではなかろうか。
「でしたらせめて、モンテ殿と共に従軍することくらいは認めてくれますな?」
そして間髪入れず、流れるようなドアインザフェイス。天然でやってるならもう彼は、そういう星の下に生まれてるのだと思うしかない。
「だからそれとこれとは……」
「もちろん、この私の美しさをそのまま晒してしまったら、兵たちにも何処のやんごとなきお方なのかと勘ぐられてしまうやもしれませぬ。きちんと変装し、流れの詩人という体にしましょうとも」
「いや、だからな」
「おっと、身分を隠すならば名も考えねば……流れの詩人、イーグレットなどどうだろう。中々優雅な響きではありませぬか」
「……モンテよ」
「はっ」
「……これは私がいくら言っても聞かぬ。負担をかけてすまぬが、頼めるか?」
確かに負担になるが、それ以上にサナキがクリミアに亡命してくるタイミングで、なるべく近くにいてもらった方が良い。メリットは十分ある話だ。
「その前にいくつか確認しておきたい事があります」
「申してみよ」
「オリヴァー様生存の件、どなたが知っていますか?」
ヘッツェルは少し考え……
「ルカン殿と私、バルテロメ公、ヌミダ公、この館の兵隊、それと今タナス公領を代理で治めている政務官くらいだ」
バルテロメが知っているのはありがたい。いつ敵対的に転ぶか分からないバルテロメ相手に、要らん隠し事をしながら立ち回るのは厄介だ。それをしなくていいのはありがたい。
それはそれとして、一つ気になったことがある。
「タナス公領の政務官?」
「……ルカン殿は、タナス公の生存を発表されたくなければ、収入の一部を渡すようにと脅しておるのだ」
「なるほど。あくまで貴族の代理の立場だから、主君が戻れば実権を失うという訳ですか」
ルカンの汚職の一環か。しかしこれは使える情報だ。決起するタイミングでオリヴァーを直接送り込めば、タナス公爵領は掌握できるかもしれない。ルカンとしては有事の兵隊として確保しつつ、甘い汁を吸うつもりだったんだろうが……オリヴァーの自我の強さを見誤ったな。
「承知しました。タナス公の件は、なんとかしてみましょう」
「すまぬが頼む……。バルテロメの件も、私では止められなんだ。面倒をかけてばかりだな……」
「顔をお上げください、ヘッツェル様。このくらいならお安いご用です」
「……私は帝都に戻るゆえ、なにかあればそちらに使いを出してくれ」
「ははっ」
そうしてヘッツェルは、リワープの杖で去っていった。
「わしは旅の支度をしてくるため、少々待っておれ」
「オリヴァー様。せっかくですから兵も連れていきましょう。置いていってはかわいそうです」
「おぉそれもそうだな。そなたから説明しておいてくれ」
そう言い残して、鼻歌を歌いながら退室していくオリヴァー。いや俺から話すのか。言うことを聞いてくれるなら別にいいけど。
その後は供回りとオリヴァーの私兵に今回の件を説明。私兵長は存外物分かりのいい人で、顛末を話すと二つ返事で従軍に同意してくれた。私兵団は100に満たない数だが、なんと三年前にオリヴァーの下で働いていた兵の生き残りだという。
つまりセリノスの森の土地勘がある人たちだ。これは地味に大きな補強点と言えるだろう。セリノスの森は危険な森ではないのだが、そもそも森を大軍で行軍するのが危険だ。原作では特に対策なしに進軍できていたが、万一に備えるのはいいことだ。
それと大きな補強点としてもう一つ。それはオリヴァー当人だ。当人の光魔法の腕は勿論だが、リワープの杖がある。これを使えば、国内貴族との連携をほとんど最速で取れるといっていい革新的な道具だ。
ここで真っ先に思い浮かぶのは、リワープの杖を使ったルカン暗殺チャートだ。ルカンを暗殺し、血の誓約書をかっぱらってデイン王国を誓約から解放する。
ただ俺はもう一つのルカン失脚チャート……ありったけの元老院議員を搔き集め、ルカンを元老院から追放し、誓約の行使を出来なくする。こっちの方が確実だと考えている。
デイン王国を血の誓約から救うという目的は似通っているが、違いは安全性だ。ルカンの暗殺というのは意外と難易度が高い。
リワープの杖でルカンに肉薄した上で、彼がその時リワープの杖を持っていたら即座に逃げられる。瞬殺するしかないが、彼は光魔法の最強魔法、レクスオーラを使えるほどに高位の神官……ゲーム的に言うなら聖者という最上級職に類するらしい。えぇ……原作は女神の加護で強化されてたとかじゃないの?
それなり以上に固い敵を、単身で確実に瞬殺できて、ベグニオンのど真ん中に放り込むことに政治的問題がないとなると、候補はゼルギウスくらいに絞られる。
そのゼルギウスはセフェランの部下であり、セフェランはルカンを使って大陸全土を戦争に巻き込みたがっている黒幕だ。断られる可能性どころか、暗殺で決着を狙っていることを悟られるのもまずい。最悪、ルカンの護衛に漆黒の騎士がつく羽目になる。
ルカンの暗殺はハイリスクだ。やるなら入念に計画を練り、時を見計らう必要がある。人員もゼルギウス以外から候補を選ぶことになる。イメージ的には火消しなら楽勝やろwwwみたいな気もするが、いざやってみたら思いの他ルカンが固くて失敗しました、なんてことになったら大変だ。しかもそもそも原作からして、今頃彼は別の仕事をしている。
一方で失脚チャート。詳しいやり方や必要な人数は当然の権利のように原作には出ていなかったから、法案を確認する必要がある。が、一度必要人数が集まってしまえば失敗する可能性が無いのが素晴らしい。
以前ちらっとこの案を思いついたときは、元老院を掌握するというすごく壮大な仕事が必要だと思っていたが、ルカンVS反ルカンという構図に落とし込めば、こちらに引き込める議員はいるだろう。事前にある程度集めておき、後はルカン相手に蜂起したタイミングで、日和見勢に「これはルカンもう駄目だわ」と思わせるだけの戦力を整えておく。そのための根回しに、リワープの杖は効力を発揮してくれるだろう。
長々と考えたが、要はルカン暗殺チャートよりも失脚チャートの方が確実だから、基本失脚チャートで進めたいってこと。どう足掻いても不可能なら暗殺チャートに切り替えるが、暗殺の成功率は決して高くないというのは留意しておきたい。
そんなこんなで、オリヴァーたちを伴ってテルグム城へと帰還した訳だが……
「私はさすらいの詩人イーグレットである」
テルグム公の前でそう宣言するオリヴァー。その出で立ちは派手な色の三角帽子に派手なマント。おまけにマントの色もその下の服の色も、議員時代にオリヴァーが普段身に着けていたものそのままなため、見る人が見ればすぐピンと来る。というかそもそも顔が特徴的すぎるので、分かる人は一発で分かるのだが。
「は、はー……。なるほど、そういうことなのか」
テルグム公もそちら側の人間だった。当然の反応である。
「テルグム公、何卒お察しください……賠償については、然るべき時に払うという意思は示してくれました。領収書だけ残しておいてください」
「うむ……まぁ、こうなった以上、怒るにも怒れぬな……」
テルグム公は大人の対応を見せてくれた。よかったよかった、これでひとまず山賊問題は解決だ。
ほっと一息ついたのも束の間、部屋の扉がノックされる。入室してきたのはルベールだった。
「モンテ将軍。お戻りになられていました……か……」
ルベールの視線が、面白いようにオリヴァーへと吸い寄せられる。明らかに困惑した様子で、俺とオリヴァーの顔を二度、三度見比べた。死んでたと思ってた人間が、変な格好して何食わぬ顔でほっつき歩いていたら誰だってそうする。
「タ、タナス公爵……?」
「ルベール将軍。詮索はお控えください」
「は、はい」
「それで何用でしょうか」
「ゼルギウス将軍率いる本隊が到着しました」
ようやく到着したか。これでやっと、セリノスの森へ進軍する手筈を整える段階だ。
三日の停戦を満了したのが主因だが、あまりに進軍が遅すぎる。これはもしかすると、ラグズ連合はカウク洞窟を使わず抜け道で帰るかもな。それはそれでラグズ連合の余力が残るので悪くないし、俺たちもカウク洞窟に兵を捨てずに済む。両面良しだ。
問題はその後、軍が森を越え、エルツ山脈……ガリア王国との国境に辿り着いてからだ。そこから本当の、ベグニオン帝国軍の受難が、バルテロメの本格的なやらかしが始まる。
◇◇◇
デイン王国王都ネヴァサ。独立後の復興に勤しむ町には活気が満ちていた。その中心にそびえるデイン王城の一室に、ミカヤは呼び出された。
「……ご苦労だったね、ミカヤ」
穏やかそうな青髪の青年が、ミカヤに声をかける。王らしくない雰囲気を纏う男の名はペレアス。現デイン国王である。
「ペレアス王……申し訳ございません。ラグズ連合を止めること、叶いませんでした」
「……暁の巫女に出来なかったのなら、仕方ないよ」
ペレアスは作り笑いで答えた。ミカヤは読心の力を持つが、心を読むまでもない。ペレアスのそれは、紛れもなく嘘をついている人間のしぐさだ。
「ペレアス王。私は、相手が何を考えているか分かるのです」
「……うん。知っている」
「この場には私とあなたしかいません。どうか本当のことを話してくださいませんか。ベグニオンとの間に、いったい何があったんですか……!」
ミカヤにかつてないほど力強く詰められたペレアスは逡巡し、息を飲む。耐えられなくなったペレアスは、ミカヤから視線を逸らし、ぽつぽつと零し始めた。
「……すまない。すまない……ミカヤ……」
ペレアスの口から一つずつ語られた言葉は、ミカヤにとって驚愕の連続だった。
デイン王国とベグニオン帝国元老院との間に結ばれた血の誓約。相手の国の国民を事実上人質に取ることが出来る、法外な呪い。ペレアスはその呪いを結ばされたこと。
ペレアスを旗印に、ミカヤがデイン解放軍を率いていた頃。イズカという重臣がいた。先王アシュナードの時代からデイン王家に仕え、ラグズを『なりそこない』という、常時化身状態にする非人道的な薬品の開発を主導していた男だ。彼は孤児院で暮らしていたペレアスに、アシュナードの妃であるアムリタを引き合わせ、彼らが親子であると、ペレアスに先王の遺児であることを伝えた。
そのイズカがデイン解放後、元老院から提示された書類にしきりに血判を押すよう催促した。その書類こそ血の誓約書である。
ペレアス、そしてミカヤは知る由もないことだが、イズカはセフェランが用意した人材だった。セフェランはデインを復活させて戦乱に巻き込むために、デイン先王に仕えていたイズカを拾い上げた。そして彼に、『アシュナードの隠し子としてでっちあげるのに矛盾のない若者』を探させたのだ。
イズカはそのオーダーを完璧にクリアした。先王と髪の色が同じ。年齢に矛盾がなく、額に精霊の護符がある青年を見つけ出した。おまけに彼は孤児であり、出自については幾らでも誤魔化しがきく、そんな青年を王子として祭り上げたのだ。
デインが復活し、血の誓約を元老院と結ぶところまで、すべてがセフェランの謀略である。
ペレアスから血の誓約について聞かされたミカヤは、沈痛な面持ちで口を開く。
「……元老院に逆らえない事情は分かりました。イズカ殿のことも……」
「……ミカヤ……くっ……ぅ……僕は……僕は、なんてことを……」
その場に崩れ落ち、嗚咽を漏らすペレアス。ミカヤはそんな彼にやさしく手を添えた。
「騙されたことが分かってから、ずっとおひとりで耐えてこられたんですよね」
「そんな……僕に、優しい言葉をかけないでくれ……!」
「……この話について、助けを求められないでしょうか」
「え……?」
顔を上げたペレアスに、ミカヤは毅然と答えた。
「ベグニオンの将から、ゼルギウス総司令と直通の連絡経路を提案されています。ゼルギウス総司令とその主ペルシス公はラグズ連合との和平を望んでいて、元老院と対立しています」
「し、しかしそれは……」
「勿論バレたら大変なことになるでしょう。ですが元老院としても、貴重な兵力をそう簡単に手放したくないはずです」
「……」
「……少なくとも、この選択の未来に破滅のイメージはありません。価値はあるのではないかと、そう思います」
ペレアスはしばし考え込んだ後、顔を上げる。
「……ミカヤ、すまない。頼めるかな」
「わかりました……失礼します」
ミカヤが去り、一人部屋に残されたペレアス。彼は彼女が出て行った扉をまじまじと見つめながら、呟いた。
「……君は、本当にすごいな……ミカヤ……」
様々な感情がないまぜになったそんなつぶやきは、誰に聞かれるでもなく溶けていった。