ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第二話 侵攻前夜

 船は未明に出港した。日の出とほぼ同時位にフェニキス島が見える距離まで接近する予定になっている。

 

 これはフェニキス方の哨戒の目を潜るのが目的だ。鳥翼族は夜目が効かないというそこそこ大きな弱点があるから、夜に海に繰り出すということはまずやらない。

 

 ……はずなんだけどな。

 

 甲板には鴉の民の女、ラメールの姿があった。器用なもので、手すりに腰かけ、足を海の方に放り出しながら夜空を眺めている。

 

 黒髪と黒翼が、月明かりに照らされて煌めきを放っていた。見惚れるほどに美しかった。

 

「ラメール」

「……!」

 

 俺が話しかけると、ラメールは視線をこちらに向ける。

 

「少し話さないか」

「……最低限にして」

 

 無理もないことだが、ラメールの態度は刺々しい。

 

「今回の仕事、気が乗らないか」

「……当たり前でしょ」

 

 彼女はたぶん、普通のラグズの感性を持っているのだろう。自分たちを迫害するニンゲンを敵視している。それなのに王の命令で、同じ鳥翼族の同胞を裏切る作戦の片棒を担がされている。こんなところだろうか。

 

 ……血の誓約の件を、鴉王ネサラに届ける伝書鳩としては合格だろう。ネサラはラグズを裏切る理由を、原作通りなら「キルヴァス王国が成り上がるため」と説明しているはず。そのお題目に心から賛同している者に、この件を話しても仕方がない。

 

 この船の搭乗員はヘッツェル私兵団が主体。彼らには朝まで身体を休めるよう告げているから、今甲板にいるのは航行に必要な最低限の人数だ。

 

「鴉王が、なぜニンゲンの味方をするか。知りたくないか」

「……!? なにか知っているの!?」

「この戦いが終わって、陸に帰れたら教えよう。戦場で危なくなったら俺を盾にすればいい」

「……『俺の盾になれ』とかではなく?」

「あいにく、鎧込みなら俺の方が固い」

 

 俺の言葉に、ラメールは目を丸くしていた。ちなみに固いというのはステータスが見えるとかではない。モンテ将軍の、今世を一武人として生きてきた男の洞察眼だ。彼によるとラメールは、ラグズの中では決して実戦慣れした人材ではないようだ。Lv一桁といったところか。

 

「上陸後、ラメールには俺の供回りとして指示に従ってもらう」

 

 万全を期す上で、ラグズの膂力と鳥翼族の翼を有効活用しない手はない。今回の戦いではガンガン使わせてもらう。

 

「化身した鷹の民は、ベオクの兵士とは比にならない程に素早い。が、鴉の民はその更に上を行く。働いてもらう理由には十分だ」

「……さっきからあなたの口ぶり、今までとは別人みたい。それが本心?」

「さぁ。本心か、建前か。そもそも本当の心なんて、どこにもないかもしれない」

「……」

「とにかく、気が乗らない仕事なんかで死ぬな」

 

 それだけ言い残して立ち去ることにした。最後にかけた言葉は自分自身にも当てはまる。未来を変えるため、こんなところで死ぬ訳にはいかない。

 

 

 

 

 朝日が水平線から顔を出した頃、遠景に岩肌を捉えた。船は予定通りに進めたようだ。

 

「ラメール、先導を頼む」

「……了解」

 

 ラメールを船の先導に向かわせ、島の方を眺めていると、声をかけられた。

 

「将軍、おはようございまーす」

 

 ニコニコと笑みを浮かべる、茶色の髪の女性。司祭特有の白衣に身を包んではいるが、それでもなお抑えきれない大人の色気に満ちている。ただその頬は赤く、どこか酒臭い。そして麗しき司祭には似つかわしくない、巨大な水袋を腰に下げている。

 

「シェリー、お前戦闘前に飲んだのか……」

 

 彼女の名はシェリー。原作にはいない。供回りの杖使いでいわゆる回復役なのだが、もう見ての通りいつも酔っていると言っても過言じゃない。

 

 こんな軍規のぐの字も無いような人間だが、なんとヘッツェルの親戚筋のため邪険にする訳にも行かず、かといって通常の神官部隊に組み込む訳にもいかないのでモンテの判断で供回りとしていた。幸い、酔っていても杖使いとしての腕は一流らしい。本当かよ。

 

「残念でした~、これはただの船酔いで〜す」

「鼻の先まで真っ赤になる船酔いがあるか、水貰ってこい」

「は〜い」

 

 意外にもしっかりとした歩様で去っていくシェリー。酒の件さえなければ、性格も明るいし、あからさまなラグズ差別みたいなこともしない欠点のない人なのだが……

 

「ふぁ〜……大将おはようございます」

 

 続いての訪ね人は、ゴーグルのようなものを付けた青髪の大男。といっても顔までゴツい訳でもない、シュッとした顔立ちの好青年だ。格好は本編で言うところの勇士のそれだが、斧は持たず、背には弩のみを携えている。

 

 彼はジャンク。原作には登場しない。身体は頑丈だが生粋の鍛錬嫌い。それもあって弩を愛用し、弩の改造や威力の向上に執念を燃やしている。楽をするために苦労を惜しまないタイプだ。

 

「眠そうだな、ジャンク」

「事実上の徹夜です……船の揺れが気になって全然眠れませんでした」

「連れ出して悪かったな」

「いえいえ。あのフェニキスの鷹の民相手に実戦データが取れるのですから、このくらいはしますよ」

 

 ジャンクはフェニキス、キルヴァスからほど近い港町でクロスボウの研究をする、ちょっとした町の有名人、つまり民間人だ。今回の作戦でクロスボウの知見がほしかった、前世の記憶を取り戻す前のモンテ将軍がその足でスカウトに行き、自身の供回りとした。

 

「そういえばジャンク。この戦いが終わったら、我々は中央軍と合流のために進軍するが……君はどうする」

「次はガリアですよね。お供したいです」

「あぁ、それは嬉しい申し出だが……」

「ガリアの、獣牙族の死体がほしいんですよね。化身後の。皮や肉の強度から必要になる矢の推力を求めて猫や虎を有効に貫通するクロスボウの研究と……あと炎魔法が特段効きがいい理由もぜひ探求してみたいです。矢に魔力的作用を組み込むのは失敗しましたがそれに類似する作用を物理的に再現すれば鳥翼族だけでなく獣牙族にすら特効武器に」

「分かった、分かった。意気軒昂なのは大変よい」

 

 こいつ原作にいなくてよかった……原作のマッドサイエンティスト、イズカに片足突っ込んでるだろ。日常会話ではその異常性が露呈しない辺り、なおタチが悪い。

 

「ただ今回は船旅だから、鳥翼族の死体は船に持ち込ません。不衛生だ」

「勿論心得てます。ちゃんと現地の空き時間にやります」

「……空き時間とは?」

「……睡眠」

「ちゃんと寝なさい」

「ぜ、善処します」

 

 ……つくづく一癖ある面子だな。

 

「いやー!みな良い意味で普段通り、平常心ですな!」

 

 一癖あるのがもう一人いた。

 

「そういうゼングも普段と変わらんな」

「憎き半獣どもの根城を前に、このゼング!燃え滾っておりますぞ!」

「……ゼング、三年前にあのアイクの下にいたんだろう。半獣嫌いには少し厳しい環境じゃなかったか?」

「そういえばモンテ殿に話したことはありませんでしたな!」

 

「我輩の父は船乗りをしておったのですが、フェニキスの鷹共の海賊行為が始まって、食っていけなくなりましてな」

 

 今から20年前、セリノスの森で鷺の民がベグニオン人に大量虐殺された。

 

 鷺の民が先代の神使を暗殺したという噂が流布されたことがきっかけだが、実はこの時先代神使を暗殺したのは元老院であり、噂を流したのも元老院。つまり元老院が、鷺の民に自身の罪を擦り付けたのだ。

 

 蒼炎の軌跡、暁の女神二作のほぼ全ての戦争を裏で操った黒幕エルランが闇堕ちしたきっかけでもあるこの事件。 フェニキス王国は鳥翼族の同胞を虐殺したベグニオンに抗議の意味を込め、ベグニオン船のみを狙った海賊行為を始め、国の貧しさから無差別に海賊行為をやっていた鴉の民と共に『船のない海賊』の異名で呼ばれるまでになった。

 

 ここまでは原作でもあった話だ。

 

「我輩は口減らしに兵役に出るほかなかったのです。最初の休暇で帰省をしてみれば、一家は離散。父は海賊に身をやつしていたらしく、しばらくして軍に捕まり処刑されたとの報を聞いたのです」

「食えなくなった船乗りが海賊に、か」

「うむ。軍には人間の海賊ばかりではなく、半獣の方をどうにかしてくれと思ったものですな!」

「それはもっともだ」

 

 とはいっても、鳥翼のラグズを捕らえるのは簡単なことではない。翼で船から10mも離れられれば、撃ち落とすことはできても捕まえることはできなくなる。俊敏で小回りも効く。中世の兵士にドローンを捕らえろと言っているようなものだ。人間が駆る帆船を捕らえるのとは比較にならない。

 

 だから、楽に手柄を上げられる人間の海賊ばかりを捕らえるのは理にかなっている。たとえその海賊が、海が貧しくなったがために、やむなくその選択肢を選ばざるを得なかっただけだとしても。

 

「三年前、同じ釜の飯を食ろうた獣牙のラグズは、話してみれば気の良い連中でござった!……なれど鷹と鴉は言うなれば父の仇!憎しみを棄てるというのは容易ではござらぬ!」

「ラグズは良いが、鳥翼は別。か……」

 

 全ての元凶は元老院なのだから、鳥翼族の行いは正当な抗議だ。許さなければならない……なんて思考をしろという方が無茶だろう。抗議の仕方に海賊という暴力行為を選んだのはフェニキスだ。それにここからセリノスの森は遠い、恐らくゼングの父は鷺の民の虐殺に直接関わっていない。

 

 全体を見ればベオクがラグズを迫害しているからといって、ベオクが悪でラグズが善と断ずるのは短絡的だ。同じ大陸に住みながら、お互いを傷つけ合っている。

 

「……すまないな、ゼング」

「なにを謝ることがあるんですかな!我輩が勝手に喋っただけですぞ!」

「それもあるが、今回の戦ではラメールにも戦わせる。戦列を並べるからには協力してもらう……だから、謝った」

「んん……?あぁ!戦場では敵は敵、味方は味方!我輩そのくらいの分別はありますぞ!」

「……それもそうか。頼りにしているぞ、ゼング」

「おうとも!」

 

 本当に頼りになる男である。なんなら原作の流れになっても、そのまま成す術なく死ぬようには思えない。

 

 ……ふと思う。あのフラッシュバックは、意図的に見れないのだろうか。確かあのときは、死んでしまうのかどうかを考えながらフォレの顔を見たはずだ。

 

 人の死ぬ未来を確認しておきたいとは我ながら悪趣味とは思うが、やってみようか――

 

 

 

 怒号が響き渡る峡谷。赤と白の鎧を纏った死骸が散乱する、地獄のような光景。

 

 フォレの時と同じ戦場だ。中央軍に合流して戦い抜いたのち、皇帝軍としてデインと戦っている最中、デインの奇襲を受けたのだろう。

 

 ただ状況は少し違う。相変わらず矢は無差別に降り注いでいるが、落石は止んでいる。皇帝軍は崖上のデイン軍に迫るべく、比較的傾斜の緩い坂へと殺到。デイン軍もそれを食い止めているような状態だ。

 

「おおおおおっ!!!」

 

 視界の主、ゼングが吠える。既に何本かの矢を受け、血を吐きながらも槍を振るい、対峙するデイン兵を蹴散らしていく。

 

 ゼングが次に攻撃を仕掛けようとしたのは男の剣士……原作のクラスで言うところの剣豪だ。12章のデインに剣豪なんていたかと思ったが、そもそも戦場の有様がゲームと全然違うのだから野暮だろう。

 

 剣豪は手に持ったキルソード、ゲームでは必殺が出やすい特徴の剣を構え、ゼングを迎え撃つ姿勢だ。

 

 ……これどうなるんだ。ゲームでは普通に戦いになるが、この世界では突進してくる騎兵に剣一本で立ち向かえるのか。そんなことを考えた刹那、ゼングの視界から剣豪が消えた。

 

 噴き出す鮮血で、視界が塗り潰される。袈裟に深々と斬られたらしく、視界が消えるまでほとんど時間はかからなかった――

 

 

 

 

 

「……」

「モンテ殿、どうかされたか!立ち眩みか?」

「……問題ない。心配かけたな」

 

 どうも今回は、少しバランスを崩しただけで済んだようだ。しかしゼングを倒したあの剣豪、恐ろしく強かったが、もしやあれがこの世界における剣士の一般的な水準なんだろうか。少なくともネームドでないことは確認できたが……。

 

 ……まぁデインと戦うのは当分先の話だ。今は目の前のことに集中しよう。

 

「将軍」

 

 ラメールがこちらに飛んできた。

 

「そろそろ接岸する」

「よし……総員準備は済んでいるな!」

 

 俺の号令に反応するように雄叫びがあがった。

 

 

 

 

 

「ヘッツェル軍出撃!!俺に続けぇ!!」

 

 フェニキス城攻略に用いる軍勢が陸に揃ったと同時、号令と共に一気呵成に駆け上がる。しかしこの猛将仕草は、自分でやっていておかしな気分になるな。

 

 フェニキス城は山の上にあるが、ラメールから人の足でも進める経路を伝えられている。だから本当に後は計画通りに進行するだけだ。森を抜け、山を登る。

 

 俺の隣を走っているのはフォレだ。華奢な見かけによらず体力はあるのか、俺と変わらない速度でついてこれている。

 

「手に持っているのは風魔法か?」

「はい!鳥翼族は風属性に弱いので!」

「炎の方は持ってるか?」

「そちらが本職なので、一応持ってますが……」

「炎でも倒せそうなら炎魔法も使うといい、そっちは次の戦で使うからな」

 

 次の戦、つまり中央軍と合流してからの対ラグズ連合戦だ。相手には鷹の民もいるが、ラグズ連合を構成する大半の兵はガリア王国の獣牙族。鳥翼族に風魔法が特効なように、獣牙族には炎魔法が特効だ。

 

 これはゲーム的な話になるが、同じ武器種を沢山使うと武器レベルが上がり、威力が向上したり、強力な武器を使えるようになる。炎魔法の武器レベルを上げておけということを言っている。

 

 まぁこの世界にゲーム的な仕様がどれくらい反映されているのかは分からないから、武器レベルの件は無駄かもしれない。ただそれを抜きにしても、動く的に炎魔法を当てる練習はしておいて損しないだろう。

 

「相手の状態を見て使い分けられるようになれ……そういうことですね。了解しました!」

 

 あ、そっちは考えてなかった。原作は相手のHP見えるし、モンテ将軍も見れば相手の体力の目星くらい大体つくから、皆ある程度分かるものだと思っていた。ちゃんと個々の力量で差が付く分野なのか。

 

 

 

 そのままの勢いで進軍を続けるうちに、森を構成する木々がまばらになり、代わりに傾斜がついてきた。行く道の遥か遠く、小粒のようではあるが砦のようなものの姿を確認できた。あれがフェニキス城で間違いあるまい。

 

 ベオクの目で視認出来るまでに迫った。つまり向こうからも、こちらを視認出来るということだ。

 

 城の方から続々と押し寄せる敵影。ざっと3桁はいるだろうか。その一つ一つが、人ほどの身長を持ち、翼長に至っては人の背丈の3倍はある大鷹だ。飛行スピード、衝突力は言うに及ばず。急降下と共に振りかざされる鋭利な鉤爪の威力は容易く人の命を奪えるもの。

 

 ラグズは他にも猫や虎、狼、獅子、鴉、竜なんかがいるが、化身したラグズはどれも人間サイズかそれを大きく超える体躯で、獣の膂力を、人間並の知性で振るってくる。剣だの槍だの片手にこんなのと戦わなければいけないベオクの悲哀を感じざるを得ない。

 

 ……とはいえ泣き言を言っても仕方がない。がんばろう。

 

「総員戦闘態勢に入れ!敵兵が来るぞ!」

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