ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第四章 和平会談編
第三十一話 政変


 夕刻に差し掛かり、野営地の設営に取り掛かっていたベグニオン帝国軍本隊。その喧騒から少し離れたところで作業の完了を待つバルテロメの下に、彼の腹心であるセルゲイが、ある知らせを持ってきた。

 

「バルテロメ様。神使親衛隊から、将兵を武装解除し、すべて広場に集めるようにと指示がありました」

 

 セルゲイの報せに、バルテロメは不機嫌を露わにする。

 

「なんでそんな命令に従う必要があるのですか? 親衛隊如きに、そんな権限はないでしょう」

「それはごもっともですが……何もない、ということもありますまい」

 

 バルテロメは思索する。神使親衛隊が兵を集めて一体何をしようというのか。

 

 目的がバルテロメに対する攻撃だとすれば、あまりに拙い手だ。この場にいる兵士の中には、元老院の私兵も多くいる。バルテロメの私兵団は勿論、ガドゥス公やテルグム公、セリオラ公の私兵もそれなりに生き残っているのだ。

 

 女神の代弁者である神使が直接命じるのであればいざしらず、親衛隊がそう言ったからなんて理由で、自身を排除しようとするはずもない。バルテロメは特に深い考えもなく、兵を集めるように指示を出した。

 

 

 

 広場に兵を集めた後の出来事は、高を括っていたバルテロメの鼻っ面をへし折るようなものだった。

 

「これより神使様が参られる!! お出ましを平伏して待て!」

 

 神使親衛隊の副隊長、タニスが兵たちの前で一喝する。

 

「なっ!? そんなはずは……!」

 

 愕然とするバルテロメ。神使が行方不明という情報は彼も持っていたが、少なくとも親衛隊が下手人でないというのが元老院の結論だったはずだった。

 

 バルテロメは脳裏にルカンの顔を浮かべ、耄碌爺めと内心で毒づく。そんな彼をよそに、親衛隊隊長の鞍に乗った、紫髪の少女が兵たちの前に姿を現すのだった。

 

「おおっ……! あのお姿、間違いない!」

「神使様だ! 神使様がお見えになられた!」

 

 兵たちからは歓声が上がる。元老院に雇われている私兵もベグニオン人だ。女神の名代であり、信仰の象徴たる神使に悪感情を抱く者などほとんどいない。

 

 天馬の鞍を降りたサナキは、バルテロメを睨みつけながら周囲の兵に声をかけた。

 

「……皆のもの。長く心配をかけたな」

 

 どっと歓声が沸く。この場の民意については明らかであった。

 

「わたしがこの場に現れたのは、他でもない……女神の御意志に逆らい、罪を犯した者がいるからじゃ。此度の戦はわたしが望んだものではない。わたしを亡き者とし、ベグニオンを支配しようと目論む不心得者たち……ガドゥス公ルカンを中心とする、一部の元老院議員たちが画策したこと」

 

 サナキの告発に、兵たちは動揺を隠せずざわめいた。

 

「元老院が、神使様を……?」

「そんな馬鹿なことが、起こり得るものか……?」

 

「すべて相違あるまいな? バルテロメ議員」

 

 追及されたバルテロメは、後ろにのけぞりながらも吠えた。

 

「う、嘘だッ! 虚言です! 皆のもの、騙されてはなりません! これは神使を名乗る偽物、本物の神使さまは、重い病気で臥せってらっしゃるのだ!」

「これは異なことを申されますこと。では我々神使親衛隊も、すべてが偽物であると仰られるのですか?」

「お、お、おまえたち…! おまえたちの策謀だっ! 偽神使を擁して元老院を陥れ……ベグニオンを乗っ取ろうとする、そういう企みなのだっ!」

 

 バルテロメはそう反論するも、周囲の兵士の反応は芳しくない。サナキは神使の威光を用いたい元老院のプロパガンダのために、常日頃からバルコニー越しに姿を見せるなどしている。そのため帝都に住まう人間ならば、サナキの様相や声は分かるのである。この場にいる大半の兵士が、サナキのことを本物の神使で間違いないと判断していた。

 

「……バ、バルテロメ様! これは旗色が悪いですよ!」

 

 バルテロメの傍に控えていたセルゲイが、悲鳴のような声を上げた。

 

「……そんなことは分かっています! 私はリワープの杖で帝都に帰りますから、貴方達は自力で帰りなさい!」

「バルテロメ様ぁ!?」

 

 セルゲイの声を全て聞き終えるより早く、バルテロメはその場から姿を消した。

 

 その機を逃さず、指示を出したのはゼルギウスだった。

 

「クルベア私兵団を捕縛せよ。抵抗の意思のない者は、速やかにその場に伏すように」

 

 冷たく言い放つゼルギウスを前に、ほとんどのクルベア公私兵は即座にその場に伏した。残る少数はその場を逃げようとするも、武装解除されているため呆気なく捕らえられる。それを確認したゼルギウスは、神使に向き直り、膝を付いた。

 

「……神使様。お戻り、心よりお待ちしておりました」

「うむ……」

 

 サナキが頷く。すでに様々な疑惑が浮上しているゼルギウスに対し、サナキはこの場で追及することはしなかった。彼女の胸中はいざ知らず、周囲から一斉に歓声が上がる。

 

「わたしはシグルーンと共にメリオルへ向かう。そなたは軍を率い、フラゲルへ戻るのだ」

「はっ」

 

 ゼルギウスは深々と頭を下げる。

 

「……神使様。その後の動きについてですが、私はセフェラン様を救うため、単身帝都に戻りたく存じます」

「そうじゃな。その間、軍の指揮はモンテに任せる。そなたはセフェランの救出に専念せよ」

 

 ゼルギウスは再度頭を下げた後、立ち上がると、周囲の兵に指示を出すのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 クリミアから逃げ帰ってきたバルテロメから齎された情報に対し、ルカンは機敏に動いた。聴衆を集め、陽が沈む前には演説の準備を整えた。

 

「皆も知っての通り、神使様は重い病に臥せっている。であるというのに、不届きにも神使を名乗る女がクリミアに現れた」

 

 ルカンの演説に対する聴衆の関心は、そこそこだ。表向きでは元老院は神使の政を補佐する役割である。軽んじられている訳ではないのだが、幼き神使と麗しき宰相というコンビには敵わない。

 

「女はこう語ったそうだ。『此度の戦は望んだものではない』……一時は領地深くまで侵攻され、諸君らの息子たちが、今なお遠方で国を守るために戦っているというのにだ!」

 

 それでもルカンの語る内容は、聴衆の興味を引くものであった。一時は帝都に半獣が雪崩れ込んでくる、そんな噂すら広がったほどに悪化していた戦況が覆った今、大衆心理がラグズ連合相手に強気になるのも無理はなかった。

 

「そもそも今回の戦は、半獣共が突如として国境を破り侵攻してきたことによって起こった! 半獣におもねり、国を守る軍を軽んじる! そのようなものが、女神に愛されしベグニオンの皇帝であるはずもない!」

 

 演説に浮かされた何人かの聴衆が、そうだそうだと賛同の声を上げる。そもそもサナキが、ラグズとの融和を望む思想を持っていることを知る者はあまり多くない。

 

「クリミアに現れた神使は偽物だ! 宰相と共謀し、元老院や国家を欺いた涜神の徒である!」

 

 ルカンの演説に、聴衆が声を上げた。

 

 

 

 演説が終わった頃には、日は完全に沈んでいた。

 

 ルカンは演説とその準備のために発生した残務を片付けるため、シエネにあるルカン邸の執務室にいた。重要度の低い仕事くらい、自派閥のものに任せられればよかったのだが、彼は自身の派閥の議員の能力を信用していなかった。

 

(小娘がのこのこ出てきたのは良かったが、はてさてどうしたものか……)

 

 仕事を進めながら思索を巡らせていた、そんなルカンの下に、血相を変えた元老院議員が転がりこんできた。

 

「ル、ルカン様!」

「どうした」

「ヘッツェル様が、ヘッツェル様が……」

 

 ルカンがヘッツェルという名前を聞いて、ふと思う。今日は彼の顔を見ていないと。ヘッツェルはルカンと常に一緒に動いているわけではないし、ルカンが強引に進めたことを後になって明かすようなことも少なくない。会わない日があっても違和感はなかったからこそ、議員の放った次の言葉が、ルカンに大きな衝撃を与えた。

 

「ヘッツェル様ご謀反! タナス公と連名で声明を発表、『クリミアに亡命した神使と、不当な罪で投獄された宰相を支持する』と発表し、私兵団を帝都に向けているとのことです!!!」

 

 ルカンは数秒、息もせずに硬直した。続いて彼にしては珍しく、動揺を隠せない様子で議員へと詰め寄る。

 

「ヘッツェル殿が……? いや、まさか。そんなはずはない。何かの間違いではないか」

「事実です! ヘッツェル殿は『セリノスの虐殺について責任追及を逃れようとしたルカンと、彼に付き従う一部の議員が主導し、神使や宰相を幽閉しようとした』と公表!」

「私に付き従う議員だと!? それは、それはヘッツェル殿自身のことではないか!!!」

「ひぃっ!?」

 

 かつてないほどに激昂するルカンに、議員は震え上がる。

 

 そうこうしている内にも、次々に伝令がルカンの執務室に集まってきていた。

 

「ルカン様! ペルシス公領にて臣下たちが軍を挙げ、クルベア公爵領に進軍を開始!」

「報告です! セリオラ公、テルグム公が、ガドゥス城へ軍を進めているとのこと!」

 

 ルカンの脳内で、選択肢が次々と剥落していく。特に致命的なのはガドゥス城への進駐だ。自国領に逃げることと、血の誓約で意のままに操れるデインから支援を引っ張るという選択肢を一度に潰されている。

 

「サルモー公爵家がアニムス公家との連帯を表明、私兵をアニムス公に拠出した模様!」

「他の貴族や元老院議員も、次々とアニムス公の動きに連動しつつあります!」

 

 刻一刻と悪くなっていく状況、ヘッツェルの想定外の裏切り。動悸を起こしながら、辛うじて絞り出した。

 

「……シエネに動かせる兵力は?」

「中央軍はほぼ出払っており、数百の守備隊のみです……その守備隊も、我々に味方するかどうかは……」

 

 対する反ルカン派の中で、もっとも兵力が多いのはタナス公だ。大貴族でありながら対ラグズ連合に兵を拠出せず、予備兵力として残してあったかの国の兵力は1万を数える。そして指揮を執るのは間違いなく、前線指揮の経験を持つオリヴァー。

 

(動きが早すぎる……! あのヘッツェル殿が、ここまで大胆な策を思いつくとは考えられん……! まさかオリヴァーが、この絵を描いたとでもいうのか……!?)

 

 だとしたらオリヴァーを生かすという選択は、最悪の選択だったということになる。ただ彼には人望がない。少なくとも彼個人に、ヘッツェルをルカンから引きはがすような真似ができるはずがない。

 

 ルカンは最後まで、つい最近になって頭角を現してきていたアニムス公の将を思い浮かべることはなかった。

 

 モンテは大まかな枠組みを作ったにすぎない。彼の計画の内にあったのは、オリヴァーを除けば、個人的に友誼を結んできたセリオラ公、テルグム公。そしてフォレの実家であるサルモー公と、主が投獄されたペルシス公爵の残された臣下たち。そして数も規模も少ないが、神使派とされている一部の議員くらいだ。

 

 その他の日和見勢やルカン派についてはほとんどノータッチで、事が起きたタイミングで寝返ってくることはあるだろう程度に見ていた。

 

 ただ事の重大さにより巻き起こったパニックが、モンテですら予想外の大物の離反を招いた。

 

「た、大変です! ヌミダ公が、守備隊を伴って、この別邸へと押しかけてきています!」

「なっ、はぁ!? なぜヌミダ如きが、わしに歯向かうのだ!?」

「分かりません! ただかなり錯乱している様子で、屋敷の前で『ルカンの身柄を渡せ』としきりに叫んでいます!!!」

 

 ヌミダ公はデイン復活以前にデインの総督を務めていた人物だ。当地での無法な統治がバレそうになると、事態の後処理をルカンに丸投げするような、能力の足りないゴマ擦り貴族である。そんな彼にも一つだけ取り柄があった。保身に走るときだけは、素早く、大胆に、損失を気にせず動くことが出来た。もっともそれが事態を打開できるかは別問題である。

 

「救いようのない大馬鹿者め……! たかが私の首一つで、生き残れるはずがないだろうがッ……!!!」

 

 ヘッツェルの、そしてそれに便乗した元老院議員たちの動きから、ルカンは自身の運命を理解していた。

 

 つまり議員たちは、ルカンと一部の議員を生贄にして、自分たちだけ助かろうというのだ。

 

 神使の名を持ち出し、如何に正統性を主張しようと、結局はそれだけである。ルカンは二十年もの間、無能であったり、従属的な議員を引っ張り、元老院という組織を動かしてきた。生贄としてはこれ以上ない存在だ。

 

「ル、ルカン様、どちらへ」

 

 ルカンはリワープの杖を手に、歯ぎしりする。

 

「私はデインに行く。こんな所で終わってなるものか……!」

 

 その双眸に燃え滾る怒りを灯しながら、ルカンはデインへと飛んだ。

 

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