ヘッツェルのリワープでフラゲルの執務室に戻る。その後を追うように、サナキとセフェランが転移してきた。ルカンもそうだが、敵方がリワープの杖を持っているのは険しい。とはいえルカンと違い、セフェランはそもそも女神の加護のせいで物理的に傷つけられず、寿命も無限大なので最悪粘り勝ちをされかねないという最悪すぎる相手だ。改心して……くれないかなぁ。
「では、私は親衛隊の皆さんを転移させていきます」
「うむ。頼むぞ」
セフェランが再度転移する。途中までサナキを運んでいた親衛隊の面々を順次転移させる手筈らしい。普通に考えて、神使親衛隊の役割が一時的に果たせなくなるという状況を親衛隊が納得するはずもない。セフェランの信用あってのやり方だ。
いくらセフェランが人類滅亡を企んでいるとはいえ、直接サナキを謀殺するということはしないだろう。彼の力を継いでいるミカヤのことを死んでいると思っている今、サナキは残された直接の子孫にあたる。自分で手を下すことは望まないだろう。
……そういえばセフェラン、俺とサナキを二人にしているが、彼としては問題ない認識なんだろうか。
そんなことを考えていると、執務室の扉が開いた。
入ってきたのはフォレだ。かなり焦っている様子である。
「モンテ将軍、お戻りでしたか!」
「どうした、なにかあったか?」
「デインの一軍がオルベリス大橋を突破し、クリミア王宮を目指しています! 我々にもクリミアから救援要請が来ています!」
ルカンの追放から、ルカンが血の誓約の制御を出来なくなるまでの間にある僅かなラグがある。一、二度の衝突があるとは以前にも予想していたが、オルべリス大橋……デイン-クリミア国境にある巨大な橋を突破してくるとは。かなり大胆な作戦だ。
「なっ、デインじゃと!? なぜデインがまたクリミアを攻めるのだ!」
驚愕しているサナキ。デインが血の誓約でルカンの言いなりとなっていたことを知っているから、俺はスムーズにデインをどう撃退しようかと考えていたが、サナキは知らないからな。国のトップがいる以上、ここで俺が独断で救援に応えると判断するわけにもいかないし、どうしようかな。
ゼルギウスから血の誓約について聞いていると言って、サナキを納得させるか。いやだがしかし、デインの血の誓約は、セフェランを失脚させうる可能性を秘めた札でもある。セフェランと直接やり取りをしているはずのイズカを確保して自供を得れば、直接セフェランへの攻撃が可能になる……かもしれない。
……血の誓約については一旦伏せて、とりあえず指揮権についてお伺いを立てることにしよう。
「陛下。ここで即座に動かない場合、デインとベグニオンはグルだとラグズ連合に詰められた際、言い訳に苦慮します」
「理由を質すのは、まず攻めてきた軍を押し返してから……ということか?」
「ご理解いただきありがとうございます。この場にいないゼルギウス将軍に代わり、中央軍の総指揮権をください」
「……分かった。対デインの総指揮を、おぬしに一任する」
よし。これで指揮権は一旦俺が握れたから、後は淡々と進めていく。まず、この話を持ってきたフォレに声をかける。
「侵攻してきたデイン軍の兵数等の情報は?」
「先方からきているのは救援の要請だけです」
「ひとまずトラヴィーユだけ先に飛ばしてくれ。敵の兵数、部隊編成がほしい。あとはクリミアに伝令を送って、救援を送る旨と敵情報の共有を申し出てくれ。あと半刻後に作戦会議をするから、各将軍に伝令を飛ばしておいて」
「分かりました」
フォレが退室する。色々任せたが、彼女は自分の判断で仕事を人に割り振るくらいの要領の良さはある。公的な仕事は振っていい。
あとはキルヴァスに助太刀を頼むかだが……
クリミアのことだから、救援要請はラグズ連合にも送っていることだろう。デイン一国を押し留めるならばフラゲルに詰めている中央軍で十分なところに、ラグズ連合の助太刀があれば戦力過剰だ。そもそもキルヴァスの兵隊は今、キルヴァス島にいる。今からでは間に合うまい。
よし。キルヴァスには話だけ通して、あとはネサラに判断してもらおう。
あとはデインが動いたということで、ルソードに以前言っていた"仕事"を振る。彼にはデインに侵入してもらい、内情の調査を行ってもらうつもりだ。デイン人であり、デインでの傭兵経験が豊富な彼は信用されやすいだろう。あの国は未だ、アシュナード以来の実力主義を引っ張っている所もあるし、そもそも兵が圧倒的に足りないはずだ。
こちらから出せる条件としては、ラグズ連合がデインとの戦に参加した場合はそれ相手に本気で戦っていいというもの。そしてルソードから齎された情報をもとに、必ずデインの滅亡を防ぐというものだ。
……で、その交渉に行きたいのだが、サナキを一人置いていくわけにはいかない。セフェランが次に転移させてくるとしたら親衛隊隊長のシグルーンだが、天馬もろとも転移させねばならないだろうから、執務室に直接転移はしてこないだろう。少々時間がかかるか……
「サナキ様!」
そう考えていた矢先だった。シグルーンが執務室に飛び込んでくる。屋敷の表に天馬を留めてすぐに来たのだろう。セフェランの姿がなかったのは、おそらく他の隊員を順次転移させているからだ。当然他の隊員も天馬諸共の転移となる。
「サナキ様、なにやら屋敷内が慌ただしい様子でしたが、なにかあったのですか?」
「……デインが国境を破り、クリミアへと攻め入った。我がベグニオンにも救援要請が来ておる」
「そんな……! いったいどうしてそのようなことを……」
「……その理由を問うのは、ひとまず相手の攻め手を凌ぎ、国境際まで追い出してからじゃ」
ひとまずシグルーンが来てくれたから、サナキの身柄についてはお任せするとしよう。
「皇帝陛下。私は少々席を外す用事がありますので、失礼いたします。この部屋は自由にお使いください」
「うむ。頼むぞ、モンテ将軍」
一礼して執務室を後にする。久しぶりの戦争、モンテ将軍としては本業だ。気を引き締めてかかろう。
◇◇◇
『ミカヤを消す』ことを指示されたゼルギウス。彼は苦悩した末、ミカヤを『表舞台から一時的に消す』ことを選択した。主の意図を汲みつつ、ミカヤも生かしたいという苦肉の策であった。彼は漆黒の騎士に扮し、彼女の前に現れた。そしてこう告げたのだった。
『私の主は、そなたを消すように命じた。しかし消し方に指定があった訳ではない。どうか一時、身を隠してくれないだろうか』
ミカヤが困惑するのも無理はなかった。漆黒の騎士の"主"の存在、自分を消せという命令、絶対的な実力者たる彼らしくない懇願。
ミカヤはかつて、流れの占い師として生きていく糧を得ていた。例え読心の異能がその漆黒の鎧に阻まれようとも、彼の声色に葛藤があることは簡単に分かった。おまけに漆黒の騎士は、彼女の窮地に現れてはその命を救ってきた。だから彼女は強く抵抗できず、困惑を残しつつも彼と共に転移したのだった。
しかし彼女は自分自身の価値を見誤っていた。まさか自分が攫われた程度で、それが国家間の戦の動機になるとは露ほども考えていなかったのだ。
デイン国内の某所。山奥にポツンと立つ山小屋に、似つかわしくない漆黒の鎧と銀髪の乙女の姿があった。
「……粗末な小屋ですまぬが、しばらくこの小屋に身を隠してくれ。当座の食料と水はあそこに用意してある」
とはいえ季節は冬。小屋の外は一面が雪に覆われており、屋内も凍えるように寒い。ゼルギウスは暖炉に近寄った。ミカヤはそれに気づき、暖炉を見て一言。
「あ。先に灰を掻き出さないとダメですね……」
「……裏手に物置があった。恐らくそこだろう」
「ちょっと待ってください」
ミカヤは正面の入り口から外へ出た。ゼルギウスもそれを止めずに彼女に続く。ミカヤは裏手の物置から道具を取ってくると、手際よく暖炉の掃除を始める。ゼルギウスが持ってきた薪を受け取り、これまた手際よく火を付けた。
暖炉の傍らに椅子を置き、ぼおっと揺らめく炎を眺めるミカヤ。ゼルギウスはそれを少し離れたところから見ていた。
「……どうしてわたしを救ってくださったのですか?」
ミカヤの問いに、ゼルギウスは答えない。
「ついこの前からペレアス王に仕えるようになって、初めて分かるようになりました。たとえ自分の意志に反した命令だとしても、それに背くことは主君の信頼を損なってしまいます。私への信頼はもちろん、命令を下した主君の信頼をもです」
ミカヤの脳裏に浮かぶのは、ラグズ連合との交戦のためにベグニオンに派兵した時のことだった。
彼女は一般的なデイン人と異なり、ラグズに対して差別感情を持たない。むしろデインを解放する戦いの中で、砂漠の向こうからやってきた狼のラグズたちや白鷺王子ラフィエル、サザの友人であるトパックと共に助太刀に来てくれたラグズたちとの縁もあることで、好意的な印象を持っているくらいだ。
そんな彼女がベグニオン派兵を好ましく思うはずもなく、おまけに半獣狩りに歓喜する自国の兵士たちの姿に辟易とすることもあった。それでも彼女は、未だ立場が盤石とは言えないペレアス王のために、デインの安定のために軍を率いた。
「最初にお会いした時も、リバン河でお会いした時も。命じられて来られたものとばかり思っていました。でも今回は違う。主君の命に背いてでも、わたしを救いたい理由があったのですか……?」
柔和な声色だが、毅然とした問いかけ。ゼルギウスは一つ、大きく息を吐いた。
「……そなたと私が、同じだからだ」
「同じ……?」
それだけ言い残し、ゼルギウスは小屋の戸に手をかけた。彼はこの山小屋を用いることを決めていたため、予め錠は外からかけられるようにしていた。
「……また来る。どうかくれぐれも、ここを逃げ出そうとはしないでくれ」
それだけ言い残し小屋を出るゼルギウス。かちりと施錠の音が響いた。