ベグニオン軍は数日をかけて、王都メリオルに到着する。サナキ、セフェランをクリミア王宮に預け、軍は進軍を再開。メリオルの北東部に位置するフェリーレ領へと入った。
フェリーレ領。かつてクリミア女王エリンシアに対し、あまりに弱腰であるとしてクーデターを実行したフェリーレ公ルドベックがかつて治めた土地だ。事情があるとはいえ、クリミアが結局彼が危惧した通りに復活したデインに攻められ、ラグズ連合やベグニオンに助けを求めたと彼が知ったらどう思うのだろうか。そもそも存命なのかね彼は。
フェリーレ領は一面の平野が広がっており、進軍を妨げるような要害はあまりない。平原を両断するような街道を進むと、城塞が見えてくる。王宮騎士団に対し事前に伝令を送り、この城塞で落ちあうよう取り付けていたのだが……
そんなことを考えていると、城塞から水色の髪をした鎧姿の青年が姿を現す。
「お初にお目にかかります。ベグニオン帝国中央軍の指揮を執っています、モンテです」
こちらの挨拶に、向こうが名乗りを返す。
「クリミア王宮騎士団団長、ジョフレです。援軍、誠に感謝申し上げます」
ジョフレ騎士団長。蒼炎の軌跡、暁の女神双方に登場した原作キャラ。蒼炎の軌跡では終盤加入のため空気寄りだが、暁の女神ではエリンシアとのフラグをすっかり忘れた某蒼炎の勇者に代わり、エリンシアとペアエンドのある男である。
そんな彼と王宮騎士団だが、どうやらデイン軍相手には数が足らず、散発的な襲撃で遅滞戦術を繰り広げるくらいしか出来ていないとの報告が入っている。というのも軍量、軍質共にかなり違う。
王宮騎士団は5,000相当。騎兵がかなり多いものの、それは歩兵の割合が少ないことを意味する。飛行兵もマーシャという天馬騎士(原作キャラ)が一人いる程度。一方のデイン軍は総兵数15,000。重歩兵を中心に、弓兵、魔道兵なども備え、更には竜騎士団すらも擁している。
歩兵が足りないために地上での殴り合いは出来ず、騎兵突撃は敵陣を突き崩すには至らない。散発的に奇襲しようにも、敵の飛行兵により襲撃のタイミングは読まれる。そういった戦をしていたために、俺たちの合流までは直接的な戦闘は控えていたという。
これはジョフレ将軍が悪いというより、クリミアに三年前の戦争のトラウマが残っているのもあるだろう。三年前のクリミアは、アシュナード王による侵攻に対し成す術もなく蹂躙され、王都が陥落。挙句国王ラモンや、次期王であった王弟レニングなどの主要な王族はことごとく殺されるという目に遭う。まぁレニングは生きてたんだけど。
で、要は彼らはすごく防御的な思考になっているということだ。王都メリオルには各地から招集したクリミア兵10,000が詰めており、ジョフレ率いる野戦軍はどちらかというと威力偵察みたいなもんだ。
ベグニオン軍全員を城塞内に収容できる状態にはないため、敷地内に陣を敷く。兵たちに休息を取らせている間にも、王宮騎士団を合わせた作戦会議だ。再度偵察させたところ、デイン軍はデルブレー領を突破し、この城塞の東の草原に陣を構えているらしい。
「デイン軍は平野に陣を構え、正面から我々を迎え撃つ構えですな」
ロンブローゾがそう口にする。その見解については、俺も概ね同意するところだ。ただ……
「ふむ……なにか勝算があるのだろうか」
うーん。確かにベグニオンの増援を考えれば、いたずらに城塞に攻撃を仕掛けるなどはしたくないはずだが、かといって規模に勝るベグニオン軍と平地で野戦というのも、決して楽な戦にはならないはずだ。何か狙いがあるかもしれない。
「ジョフレ将軍。デイン軍と交戦した貴殿の意見を伺いたいです」
こういう時は交戦経験がある人に頼ろう。敵将の傾向くらい聞ければ御の字だ。
「……敵は精強で士気も旺盛です。特に前線の重歩兵は騎兵の突撃にも怯えず、よく訓練されていました」
ジョフレ将軍の言いぶりからして、どうも敵は守勢で敵の突撃を凌ぐ方面に意識を向けているらしい。能動的に敵を殲滅するとか、そういうことはそこまで考えていないのだろうか。
「ならば重歩兵と治癒の杖で押し合いでもしますかな」
ロンブローゾの提案は、半分ありで半分なしといったところ。前者は相手とこちらの重歩兵の質が同じであれば、物資の差と兵数差でじりじりと押していける。欠点はとてつもなく時間がかかり、最悪の場合何度か仕切り直しを挟むことになるだろう。
「そうか。なら私はフラゲルで吉報を待つから、ロンブローゾ将軍に指揮を執ってもらおうかな」
「……それは勘弁願いたい。そんな不毛な戦をするとなれば、大義なき遠征に付き合わされた兵達の士気が崩壊するでしょう」
今回の作戦、ベグニオンに大義はない。長丁場になれば士気が崩壊しかねないだろう。時間がかかる作戦は却下だ。
「冗談だ。敵陣に騎兵突撃を捻じ込んで、歩兵と飛行兵で乱戦に持ち込む。一戦で決着をつけるぞ」
俺がそう言うと、参列するベグニオンの将軍たちからは声が上がった。無論騎兵突撃を叩き込むのも決して楽勝ではないのだが、皆早く帰りたいよね。なんとか成立させられるよう頑張ろう。
「……ラグズ連合軍の援軍は待たぬのですか?」
そこでジョフレから、彼ら視点では当然の質問が飛んでくる。
「我々はまだラグズ連合との和平が成立していない身分です。それに鴉王もいますから、ラグズとの共闘はむしろ支障が出ると考えます」
そういう事情で、俺はベグニオン単独(と鴉王)でバサッと決着付けてしまった方がいいと考えている。逆になんでクリミアはラグズ連合とベグニオンとかいう、戦争中の国双方に援軍要請投げてんだろって話になるが……まぁなんというか。まかり通ってしまうのだ。ラグズ連合とサナキの性質的に。
その後は各将軍に、今回の作戦内容を伝達する。今回の作戦は飛行兵、特に聖竜騎士団の機動力が鍵となる。聖天馬騎士団は防空に回ってもらうが、これもまた大役だ。聖天馬騎士団の団長シグルーンはサナキの護衛のため席を外しており、タニス副長が指揮を執ることとなっている。
「タニス副団長。敵の竜騎士団との直接戦闘はおおむね一任することとなる。大役だが、任せるぞ」
「承知しました」
「ザック団長。此度の戦はただの戦ではない。ルカン無き後の新秩序に、聖竜騎士団の居場所を残すための戦いだと心得てくれ。武功さえ上げてくれれば政治面では私が全面的にフォローしよう」
「……ははっ!」
「鴉王におかれましては、聖天馬騎士団に助力していただきたい」
「いいだろう……ところでこれは、傭兵契約の部類に入るよな」
ネサラがにやりと口元を歪めた。金取るってのかよ……ってのはまぁ別にいいけど。
「陛下にお伺いを立てるくらいのことはしますが、欲をかいた結果、くれぐれも本命の方を取り消されないように」
「あの皇帝なら飲む、心配はしてないさ。それよりこのキルヴァス王自ら出陣するんだ、たんまり用意しといてくれ」
「はぁ……」
キルヴァスがここまでがめついのは、どれもこれもキルヴァスが貧乏なのが悪い……とされている。一応ね。
フェニキス島から分離したという生い立ちと、初代国王がベグニオンに血の誓約を結ばされて以降ずっとベグニオンの下僕という歴史から、少なくとも豊かな土地を治められていないことは容易に想像できる。で、その結果が無差別な海賊行為や、アシュナード率いるデイン軍との傭兵契約だ。
逆説的に貧乏さえ解決すれば、ある程度抑制できる問題ではあると思うんだが……どうしようかな。案はいくつか思いつくが、サナキの承諾を得る必要はある。
まぁそれは後の課題として置いておいて、目の前の戦争に集中しよう。
翌朝、兵達を広場に集める。兵たちの様子はどこか緩慢だ。進軍ペースを緩めたお陰か疲れこそ残っていないが、相変わらず大義のない戦に半信半疑といった様子。相手がラグズなら半獣狩りとして褒賞が出るが、デインがラグズ兵を用いるなどと言うことは、"なりそこない"でも用いない限りない。クリミアなんて知るか、いい加減家に帰らせろという本音が聞こえてきそうなくらいだ。
なにせ彼らのほとんどは、リバン河で敗戦し、ガドゥス領から遥々フラゲルまで行軍している。秋から冬にかけて、一つの季節をかけて広大なベグニオン北部を徒歩で制したといえば、彼らの心境は自ずと察せられる。
とはいえここで士気に欠けたがために負けられては困る。むしろこの一戦を完璧に成し遂げることこそが、ベグニオンにとってもっとも流血が少ない未来を手に入れるために必要なことだ。ここで兵力差を大きく開けておけば、デイン側としても再侵攻を渋る理由になるだろう。
「――兵士諸君!」
俺が声をかけると、兵達はぴんと背を張る。
「ここまで長旅ご苦労だった! 長ったらしい演説は求めていないだろうから、諸君らに求める最低限のことを伝える――とっととデイン軍をぶっ飛ばしてベグニオンに帰るぞ! 上官の指示をよく聞き、各々の力を存分に振るえ!!!」
俺が一息に言いきったのち。ぽつぽつと零れていた声が重なり、やがて地鳴りのように響き渡るまで至る。
兵の士気を維持することは成功したみたいだ。まぁ帰れるかはサナキの匙加減なんだけど、ともかくこの戦を上手く片付けるぞ。
◇◇◇
見渡す限りの草原に伸びる街道を占領するように、黒鎧を纏う兵士たちが布陣する。フェリーレ領にまで進駐したデイン軍。それを率いる将軍は黒い重装を纏った、薄い銀髪の中年の男である。彼がいる陣に伝令兵が駆け込んだ。
「将軍! ベグニオン軍がこちらに接近してきています!」
「そうか。部隊長らに伝令を送り、兵たちを配置につかせろ……あぁ、敵は天馬騎士団と竜騎士団を擁する。弓兵と魔道兵は、平時より前に布陣させるよう伝えてくれ」
「はっ!」
総大将の指示を得て、伝令はすぐさま陣地を立ち去って行った。一人になった将軍はひとりごちる。
「ベグニオンめ……我らが暁の巫女を攫ったクリミアに与するとは、どういう了見なのだ……」
『デインの重鎮イズカ、そして暁の巫女までもがクリミアに攫われた』。少なくともクリミア国境に布陣した貴族たちは、その噂を完全に信じている、あるいは利用しているといった様子だった。彼はその中でも前者だった。
デイン解放軍を事実上率い、窮地を幾度となく切り抜けてきた暁の巫女。その存在は英雄譚の枠を超え、もはや神話のようであった。デイン軍は彼女の為なら死地に向かうことが出来る。戦争を続けられる。それほどまでのカリスマとして祭り上げられている。その点において、セフェランの読みは正確だった。
(……敵は聖竜騎士団、聖天馬騎士団を擁している。騎兵突撃だけではなく、空からの強襲にも気を配らねば)
ベグニオンの出方を想定する将軍。彼は遥かに実力で上回るベグニオン軍相手に完勝するつもりは毛頭もなかった。
(ともかく敵の攻勢を挫き、持久戦に持ち込む。ベグニオンは大義なき戦、長距離遠征に疲弊しているはず。時間はこちらに味方する)
彼はデイン人らしくラグズを過小評価しているが、ベグニオンの士気に関する読みは概ね思惑を読めているといってよかった。クリミアという保護国のために出兵を強いられるベグニオンに対し、デインにはミカヤ奪還という大義名分がある。士気の差は歴然であり、兵力で上回る相手であろうとも付け入るスキはあると読んだ。
思索を巡らせる将軍の下に、先ほどとは異なる伝令兵が駆け込んできた。かなり慌てた様子である。
「マイエル将軍!」
「どうした」
「敵の聖竜騎士団が、低空飛行で我らが右翼に進出! どうやら歩兵を空輸しようとしているみたいです!」
それは将軍――マイエル将軍にとって、想定外の一手だった。