ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第四十話 一蹴

 聖竜騎士団は一団となって、地上付近を低空飛行する。その鞍には歩兵や魔道兵、重装兵などが相乗りしていたり、矢筒や分解したシューターの資材など、色とりどりの物資が積載されている。

 

 そしてその直上には、天馬たちの一団とネサラ率いる数体の鴉のラグズの姿があった。竜騎士団と比べるとはるか上空を行く彼らは、竜騎士たちのように兵員を輸送していることはなく、いつでも臨戦態勢に入れるよう、精神を研ぎ澄ませていた。

 

 今回の作戦に投入されたのは、地上兵1,200、聖竜騎士団2,000、聖天馬騎士団1,000。飛行兵の多くが投じられている。

 

 モンテの立案した作戦はシンプルだ。飛行兵で歩兵を高速で運搬し、側面攻撃の構えを取る。敵が迎撃のために兵を割こうとすれば、その隙間めがけて騎兵突撃を投げ込む。敵が何もしてこないようであれば、そのまま飛行兵と連携し、側面攻撃で敵の重装兵を回避して乱戦へと持ち込む。

 

 言うは易しの典型のような作戦であった。飛行兵のみで敵の側面に回り込むならいざ知らず、兵隊を輸送するとなれば、輸送中の竜騎士のパフォーマンスは格段に落ちる。そこを敵の竜騎士などに攻撃されてはひとたまりもない。

 

 無論、歩兵を輸送する意義はある。弓兵がいれば飛行兵が嫌う魔導士や弓兵に抗うこともできるし、治癒の杖を用いる神官がいれば飛行兵を始めとした、部隊全体の損耗率を下げることが出来る。槍兵や重装兵がいれば、竜騎士が前線を張らずとも地上の敵から後衛職を護ることが出来るし、飛行兵は空中からの攻撃に集中できる。

 

「しかし敵近くで兵の輸送とは。モンテ将軍はずいぶん危険な仕事を我々にさせますね」

 

 一人の竜騎士が、草原の遥か向こうに見える敵軍に視線をやりながらぼやいた。彼は竜騎士団の先頭を進むザックの二番手を進む、騎士団のナンバーツーにあたる人物だ。側近のぼやきに、ザックが答えた。

 

「見晴らしがよい戦場であるから、完全に無理筋という訳でもあるまい」

 

 騎士団が帯同する歩兵を降ろすまでの隙を、敵が突ける状況ではこの手は使えない。本来ならばもう少し彼我の距離を取り、敵部隊との接敵前に終わらせておけば更に効果的だったのだが、今回はあくまで実験的な側面が強いためにこういった運用となっていた。

 

「空の相手は天馬騎士共がやってくれるようじゃしな」

「それも気に食わないですね。積載量の差というのは分かっていますが、我々より天馬騎士の実力を買っているようではないですか」

 

 輸送中、敵の竜騎士に襲われるリスクについて、モンテは飛行兵の仕事を『輸送隊』、『防空隊』とはっきり分割した。天馬騎士と竜騎士は"飛行兵"という括りで扱われ、分散運用気味に扱われがちなテリウスの既存の軍学からはかなりズレた発想だった。モンテの中身が『ヘリコプター』と『戦闘機』という存在を知っており、戦闘機で制空権を取ってヘリコプターを運用するという発想を持っていたことが理由である。

 

 実は会議中、モンテは防空隊を竜騎士と天馬騎士団の混成で組織する案も提示していた。しかし指揮権問題や、両騎士団の不仲を理由に取り下げていた。ザックはその会議に参加していたときの、少し残念そうなモンテ将軍の顔を覚えていた。

 

「わかった、わかった。今度は聖竜騎士団からも、空中戦に何騎か出せぬか上奏しておく。おぬしのことも言っておくよ」

「えっ、いや。別に私自身がどうという話では……」

「そうじゃろ。わしら、もう20年もそうやって生きてきたんじゃ。今更騎士面するのもしんどいじゃろ」

 

 ザックの限りなく意識の低い言葉に、側近の男は返す言葉がなかった。

 

「ルカンが失脚し、元老院を穏健派のアニムス公が取った今。神使に過去の罪で投獄されんだけで奇跡じゃ。戦争中は大人しくして、戦後は恐らく一番の出世頭のモンテ将軍に食わしてもらう。それがよい」

「モンテ将軍ですか……信用に足る人物ですか?」

「すでに一度、わしを庇うために神使に物申してくれたことがある」

「本当ですか……?」

「うむ……そろそろ所定の位置じゃ。降ろすぞ」

 

 ザックが号令を出すと、竜騎士団は続々と地上へと降り立っていく。その頃上空では、敵の竜騎士と聖天馬騎士団、そしてネサラ率いる少数の鴉兵が戦闘に入ろうとしていた。

 

 ザックの騎竜が地上に降りると、鞍に相乗りしていた大柄の青年は立ち上がってさっさと降りる。愛用のクロスボウを背負った彼――ジャンクは、ザックに対してぺこりと頭を下げた。

 

「配達どうも。うちの大将が無茶言ってすみませんね」

 

 ジャンクはそれだけ言うと、すぐに視線を他の竜騎士へとやる。続々と竜騎士から降りてくる兵たちは、事前の打ち合わせ通りの陣形を作るため、迅速に行動していた。しかし一部の弓兵はそれには参加せず、飛竜に括り付けられていた資材へと手を伸ばしている。

 

「弓隊は集まってシューター組み立てよっか」

 

 ジャンク自身もすぐにその作業に合流し、弓兵では重くて運べないような部品を一人で持ち運ぶ。その風景が少々呑気に映ったためか、ザックがつい口を開いた。

 

「……シューターの空輸、現地組み立てか。間に合うのか?」

「別に完成しなくてもいいんですよ。相手が慌ててこっちに来たら作戦成功なので」

 

 シューターを組み立て始めてから、わずか数分のことだった。空中の戦いは激しさを増し、輸送兵の降下が着実に進む中、敵陣の様子を確認していた竜騎士から、全体にいきわたるように知らせが入った。

 

「……敵地上兵、仕掛けてきました!」

 

 その知らせが入ってくるとすぐに、ジャンクは手元の作業を止め、一緒に組み立てを行っていた弓兵たちに声をかける。

 

「はい、シューター組立て中止。射撃体勢に入るよ」

 

 一緒に作業を行っていた弓兵達は立ち上がり、にこやかにクロスボウを手に取った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 時は少し遡り、飛行兵の交戦が始まった頃。デイン軍を率いるマイエル将軍は、本陣から上空を見上げていた。

 

(ちっ、天馬騎士団に混じるあの鴉……ただ者ではないな)

 

 戦局は劣勢だった。ベグニオンの聖天馬騎士団とデインの竜騎士団の数の差はほぼ互角。一騎同士の実力も遜色ない。しかしデイン側はベグニオン竜騎士を追討したジルが行方不明になっているほか、聖天馬騎士団側には精鋭である神使親衛隊や、鴉王ネサラの存在がある。

 

 聖天馬騎士団に竜騎士を阻まれた以上、聖竜騎士団に兵を輸送されることを阻害することは難しい。騎兵と歩兵を中心とした快速部隊を向かわせこそしているが、聖竜騎士団側が遠くで兵を降ろせば、一瞬の隙を突くのは難しくなる。

 

「輸送された敵歩兵の数は?」

「約1,000程度かと」

(……竜騎士と合わせて3,000程度。神官もいるだろうから、決して軽んじられる頭数ではない。しかし、増援を送れるほど余裕が……!)

 

 増援を送るか否か、思索を巡らせるマイエルの下に伝令が飛び込んできた。

 

「伝令! ベグニオン軍動きました。重装兵を先頭とし、こちらに肉薄しています!」

「来たか!」

 

 敵側面への展開成功を確認し、中央軍は満を持しての前進を開始した。対するデイン軍は、前線の重装兵こそ万全だが、竜騎士、騎兵という突破力に優れた兵が不足し、攻め手に欠ける状態でこれを迎え撃つことになる。

 

(……重装兵同士のぶつかり合いになるのは分かっていた。さて、持ちこたえるが……問題は騎兵の動向だ。どう出る。敵の飛行兵の多くは別動隊に費やされているから、問題は騎兵だ。ここを凌げば……!)

「……今ここで気を付けるべきは、騎兵による包囲と分断! 右翼に弓兵、魔道兵を多く配備し、防ぐ!」

「はっ!」

 

「諸君! ここが勝負の時だ! 我らの奮戦で、暁の巫女を救い出すのだッ!!!」

「「オオオオオオォォォッ!!!」」

 

 マイエル将軍の激励に、軍勢は地鳴りのような声を上げた。

 

 やがてすぐに、重装兵の盾と槍が弾き合う音と喧騒が戦場に響き渡る。傷ついた重装兵は神官により治癒され、弓兵や魔道兵が牽制し合う。前線が膠着するまで、そう時間はかからなかった。

 

 それでもその均衡は決して長続きしなかった。

 

「――伝令! 敵が、敵騎兵が、我が軍の左翼に回り込み、包囲の構えを見せています!!!」

 

 

 予想は出来ていたことだった。右翼に回りこまれれば、敵の別動隊を迎撃する部隊との連絡が寸断されてしまう。だから右翼に注力する訳だが、そうなれば敵は左翼へ攻撃を集中するに決まっている。

 

 

「左翼軍の戦況は?」

「王宮騎士団を中心とした部隊に突撃を仕掛けられ、現在は殆ど乱戦状態です!」

(くっ……! 持ちこたえられんか!!!)

 

 マイエル将軍の判断は早かった。

 

「……撤退! 全軍に撤退を命じよ! 我々はデルブレー城まで撤退する!」

 

 マイエル将軍の立場からすれば、クリミア方面軍の壊滅、それだけは避けねばならない。本国の援軍も無限に頼めるような状況下ではない中、彼の判断は決して間違っていない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 敵の撤退が始まったとの報告が本陣に入ってきた。万事上手くいったようでなによりだ。

 

 今回の戦闘は常に主導権がこちらにあった。戦力で劣る敵は平原で穴熊を決め込むしかできない。これで敵にアシュナードみたいな一騎当千の化け物がいるなら話は違ったのだが、生憎そういうこともなく。そうなればこちらの動きに対応するように兵を配分するしかないし、こちらの打つ手全てに対応するのは不可能だ。

 

 ベグニオン軍を率いていて思うのだが、常々敵の立場に同情を禁じ得ない。今回の戦争で、敵の飛行兵はこちらの三分の一程度しかいない。騎兵に至っては、こちらには王宮騎士団がいるからもっと少ない。重装兵は確かに同数程度揃えられていたが、それでも同数程度だ。そして歩兵の数ですら、こちらが大きく勝っている。

 

 だからこちらも竜騎士による歩兵の機動のような、実験的な手を打つ"余裕"があったのだ。ただこの余裕から得られたデータは、これからの戦を更に楽にしてくれるはずだと信じている。

 

「……しかし敵も呆気ない撤退ですな。もう少し粘ると思ったのですが」

 

 傍に控えていたロンブローゾがそんな調子のいいことを言った。

 

「いや、撤退のタイミングは素晴らしい。敵はかなりの名将だ。こんな平原でのぶつかり合いで、いたずらに兵を消費すべきじゃない」

「なるほど。でしたらこの戦いは、最初から我々の勝ちだったと」

 

 ロンブローゾの言葉は恐らく正しい。俺が却下した持久戦をやって、士気が崩壊して負ける以外のルートは正直思いつかない。

 

 理由は簡単で、こちらは数に秀でていた。確かに敵の士気は素晴らしかったが、感情だけで勝てるならば戦場には武器すら要らない。そうじゃないから殺し合うし、殺し合いの効率を良くするために策を練るのだ。

 

「戦いは数だ。数を揃え、囲んで棒で殴る」

「えぇ。貴殿が私に、最初に教えたことです」

 

 そういえばそうだった。あれはソゼ峠での戦勝直後だったか。ロンブローゾと口論になったとき、俺がぽろっと口に出したことだ。あの時はロンブローゾも苦い顔をしていたものだが、今も覚えていたんだな。

 

 あの日、フォドラの暁風ならぬテリウスの木枯らしだな、なんて内心笑ってからというもの。隙を見つけてはロンブローゾを呼びつけて、軍学について叩き込んだ。彼が興味を持ちそうな"数の論理"に沿うような、縦深攻撃の可能性に触れながら……大軍を前線に送るための輜重についてや、機動力の重要性、兵を揃えるための政治的な立ち回りなんかもぶち込み続けた。

 

 なんでそんな手間をかけたかというと……これは俺が教えながら考えたことなんだが、たぶん俺は戦後、女神の裁きを無事に切り抜けた原作シナリオをたどった場合、セフェランの立ち位置にすっぽり俺が収まる可能性があるからだ。

 

 セフェランの現在の役職は宰相兼元老院議長である。えぇ、つまりラスボスが帝国の内政のほぼすべてを握ってるんですね。そしてラスボスが負けた場合、今度はたぶん俺がそこに立つ。だってヘッツェルが引退するんだから、元老院議長の今の候補、オリヴァー、セリオラ公、テルグム公の三択だよ? サナキ様絶対嫌がるよ。

 

 そんなわけで、セフェランにはゼルギウスがいるよねってことで、帝国中央軍を預けるに足る人物を今から育てなければならないのだ。普通に考えればルベールだが、彼が導きの塔でどうなるかもわからんし、ルカンの配下という過去が足を引く可能性がある。

 

 そんなこんなでロンブローゾを鍛えていた訳だが、割と立派な男になって鼻高々といった具合だ。まぁ、昔を思い出すのはほどほどにして、本題に戻ろうか。

 

「強いて言うならベグニオン軍が最強だった。それだけだ。たぶん敵将が俺の立場だったら、これくらいは出来たさ」

 

 逆に俺があのデイン軍を率いて、ベグニオン軍を撃退できるかというとそんなことはない。そんなことができるのは、無能な上司に抑圧されながらも寡兵でドラマティックな逆転劇を演じられる戦記物の主人公くらいだ。俺はそんなに大層な人物じゃない。勝てる軍を勝たせること、それ以上のことはできない。

 

「その最強のベグニオン軍が、最強のまま保たれているのは……数を集めて束ねる努力を払ったのは、いったい誰ですかな」

「……言ってくれるよ。全く」

 

 原作で独断専行して、アイクたち相手に全滅の憂き目にあったのはお前さんだろうに。

 

 ロンブローゾだけじゃない。リバン河では損失を減らすために、正しくないと思いながらもテルグム公に迎合した。ノーズ将軍に退路の確保や兵站の構築役などの役割を与え、北方軍が無駄死にしないよう努めた。バルテロメが赴任してからは、彼の無茶な作戦に将兵が巻き込まれるのを避けるために尽力した。大小の悪事を働いた元老院の多くの議員が許されるよう、神使に働きかけた。

 

 ――俺の戦いは無駄じゃなかった。今ならそう思える。

 

 その結果として。ベグニオン帝国中央軍は、依然として最強だ。

 

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