ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第四十二話 デインの影に潜む者

 デイン王国、王都ネヴァサ。まだ日も昇らぬ時間帯に、街を去ろうとする者たちがいた。

 

 サザ、そしてかつて暁の団として彼と共に戦った剣士エディ、弓使いのレオナルド、暁の団団長のノイス。それに狼のラグズであるオルグだ。

 

 きっかけは数日前、ミカヤが突如として行方を晦ませた後のこと。サザはミカヤの連れていた橙色の小鳥、ユンヌに執拗に絡まれていた。

 

 当初はミカヤがいなくなって寂しがっているだけだろうと相手にしなかったサザだが、次第にユンヌの動きが『自分についてこい』と言いたげに見えたために、他の者に相談した。

 

 その結果がこれだ。デイン王国を解放する以前、義賊団である暁の団としてミカヤやサザと共に戦った者たちは、ユンヌが人を導こうとしているなどという言説を一笑に付すことなく、あれよあれよと遠征の話が決まった。ペレアスから暇を頂き、今日旅立つという流れだ。

 

 出発しようとする団員たちの前に立つ、黒鎧の兵士。名をブラッドという。彼もまたデイン解放軍に暁の団が合流する前から団に所属していたのだが、彼はこの旅には参加しない。

 

「……見送りくらいしかできなくて、悪いな」

 

 ブラッドの言葉のトーンは平坦、悪く言うと無愛想だった。だが付き合いのある者なら、彼なりに同行出来ないことを残念がっていることを察せられるような、そんな一言だった。

 

「ローラやメグも行きたがったんだが、軍での立場もある。世情もきな臭いし、隊を放っておく訳にもいかない」

「見送りだけで十分だ」

 

 ブラッドに言葉を返すサザもまた、愛想のいい方ではない。そのやり取りを一見すると剣呑にも見えるが、お互いきちんと相手のことを慮っている。

 

「そもそも俺たち、けっこう変なことしようとしてるよな」

 

 サザの後方で、剣士のエディがそう呟いた。彼は物事を深く考えることが得意ではなかった。

 

「国が大変な時に、鳥に導かれるままに旅立とうっていうのは確かに酔狂だね」

 

 エディの隣では、レオナルドが彼に同調するような軽口を叩く。

 

「いやいや。ユンヌはミカヤの言うことをよく聞く賢い鳥だった。鳥に導かれてお目当てのものを見つける逸話なんて世界中にあるし、もしかしたらがあるかもしれんぞ」

 

 この中でユンヌの逸話を聞き、一番乗り気だったのが、この中では最年長にあたるノイスだった。歯を見せて陽気に笑う様は、若人たちには呑気に映る。

 

 無論、エディやレオナルド、サザがデイン人として国のため命を賭すというのなら、彼もまた同道しただろう。しかし現実に起こったことは、サザからの酔狂な提案だった。

 

 ならば大人として、彼の成したいことの背を押すことが務めだとノイスは考えたのだった。

 

「ゔぉんっ!」

 

 狼のラグズであるオルグが、返事をするように吠える。彼はデイン解放軍に合流する直前、ハタリの女王ニケから預けられ、以後デインの解放にまつわる多くの戦いに参加してきた。

 

 ラグズ差別の強いデインで、彼が戦い続けられた大きな理由は半化身という技能にある。化身時の能力を半減する代わり、ほぼ一日中化身していられる技能だ。

 

 彼はその能力を活かし、デイン解放戦線ではミカヤに帯同する"犬"として戦闘に参加していた。ミカヤのカリスマもあり、『いくら何でも図体がでかすぎるだろ』などというツッコミは受けなかったが、そのミカヤがいなくなったデイン城に放置するのは危ないという判断だった。

 

「……別に俺一人で行っても、無理してついてこなくてもいい」

 

 サザが暁の団に振り返り、ぶっきらぼうに口にする。彼が憧れとする人物がそれを言ったなら、恐らく他者を納得させえただろう。だが現実として、エディとレオナルドがふふっと笑みを零した。

 

「そういうすぐに人を突き放そうとするところ、サザの悪いところだよ」

「水臭いこと言うなよ。暁の団として、デイン解放のために戦った仲だろ?」

 

 ……団長みたいにはいかないなと内心で苦笑するサザだった。

 

「……なら号令は団長に任せようか」

「いいだろ、任された」

 

 サザから号令を任されたノイスは、斧を掲げて宣言する。

 

「暁の団! ミカヤを救うため、出発だ!」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一方デイン王城にて。王城の一室の扉の前で、ペレアス王とその腹心、純白の鎧に身を包む老将タウロニオが静かに佇んでいた。

 

 ペレアスの合図と同時に、タウロニオが体当たりで、強引に扉をこじ開けた。

 

 扉の向こうにいたのは、かつてのベグニオン帝国元老院副議長、ルカンだった。身一つで祖国から逃げてきた彼は、ストレスで目には隈を作り、頬はすっかり痩せこけていた。抱きかかえるようにリワープの杖を握る姿は、齢幾ばくかの老人のようですらあった。

 

「これはこれは……ペレアス殿。いったい何の用ですかな」

 

 気力なく問いかけるルカンに、ペレアスは気丈に応じた。

 

「ベグニオンより急報が届いた。お前が、元老院副議長の座を追われたと」

「……それで?」

「これでもう、わが国を脅かす血の誓約は行使できないはずだ。リワープの杖を捨て、今すぐ降伏せよ」

 

 ギョロリと剥いた目をペレアスに向け、くつくつと笑い始めるルカン。その声に力はなく、観念した人間が発する諦観入り混じったもののようにも受け取れるような笑い声であった。

 

「くっ……くっくっく……」

「何がおかしい!?」

「リワープの杖を恐れるなら、警告なしで暗殺者を仕向ければよいものを。そうせず投降を求めるということは、私に死なれては困るということ」

「……」

「何か聞きたいことがあるのではないか? せっかくだ。この場で答えてやろう」

 

 ひとまずルカンから、逃亡の意志がないことを察したペレアスは、自身が感じていた疑問をルカンにぶつける。

 

「……イズカ、そしてミカヤが攫われた件について。クリミアが犯行を行ったという噂が流れているが、本当はお前たち元老院の仕業じゃないのか?」

「少なくともイズカについては、私が知る限りそんな計画は動いていなかった。そもそも元老院にとって、奴は格好の窓口だったからな。

 ミカヤ……暁の巫女も同様だ。私を追い出したばかりの連中に、そのような大掛かりな策を講じる余力はあるまい」

「あくまでしらを切る気か……」

「なんとでも受け取るがいい……話は終わりか?」

 

 思っていた解答を得られなかったペレアスは、次なる質問をルカンへと投げかける。

 

「イズカはお前たちの手先だと。そう言っていたな」

「あぁ」

「だったら……イズカに僕を探させたのも、母上や旧臣たちと引き合わせたのもお前たちの差し金か?」

 

 ペレアスは、自身が先王アシュナードの実子でないことを自覚している。

 

 アシュナードが子どもを儲けたのは、たった一人。黒竜王デギンハンザーの娘アムリタだった。アムリタは閉鎖的な祖国を嫌い出奔し、そこでアシュナードと出会った。

 

 生まれた子どもは印付きだったと、ペレアスはアムリタやイズカから聞かされた。しかしペレアスが持つ印は、13の時に自ら精霊と契約した"精霊の護符"という似ても似つかぬ代物だったのだ。

 

 自分は貴方がたが言う人物ではない。最初にはっきりと、ペレアス自身の口からそう言えていれば、このような事態にはならなかっただろう。しかし現実として、なあなあに事を進めてきたがために、デインは一度は存続の危機に立たされた。

 

 この策略を組んだのはいったい誰なのか。ペレアスはそれをルカンに求めたのだが、ルカンもまた、セフェランの計略の上で踊っていたにすぎない。

 

「私はあくまで、即位した王の側近に調略をかけたに過ぎんが」

「そんな馬鹿な! だったらなぜ……!」

「そもそも元老院にとっては、貴様が立つことなく、永久にデインを統治下に置いておきたかった。貴様が立ちあがったことで、我々が払った犠牲は少なくない」

「……!」

 

 ルカンの口にした言葉はあまりに正論であり、ペレアスは押し黙ってしまう。

 

「貴様を擁立したのはイズカだったのか。しかし妙な話だ。それだけ熱心にデイン解放を支援した男が、あれだけ簡単に国を売るとは」

 

 それまで死んだ目をしていたルカンの眼差しに、わずかに光が戻った。元老院に裏切られ、最後の命脈たる血の誓約も呆気なく破綻し、最早死を待つばかりであった彼の前に、突如としてぶら下げられた謎。

 

「……よくよく考えれば、妙な話は重なるものだ。三年前、アシュナードの討伐のため、あの小生意気な傭兵と王女に軍を貸してやったのは、セフェランから提示された戦後利権あってのこと」

「セフェラン……ペルシス公セフェランか?」

「うむ。あやつの読みでは、クリミアに戦後デインを統治する力は残らない。となればベグニオン側で統治する他ないが、その統治を元老院議員に一任すると約束した」

 

 三年前、ベグニオンは亡命してきたクリミア王女エリンシアの要請に応え、軍を派遣したことがある。一度は神使親衛隊副隊長タニスを筆頭とした、サナキが手なりで動かせる部隊を貸し与えたに過ぎないが、問題は二度目の派遣だ。

 

 二度目の派遣は豪勢な陣容であった。単純な兵数も第一弾よりずっと多く、おまけに中央軍の総司令官ゼルギウスまでもが派遣された。その決め手となったのが、宰相セフェランの説得だった。

 

「……ペルシス公は神使に近く、公正な人物と聞いていますが」

 

 ペレアスの傍に控えるタウロニオが、そう口にする。

 

「そうだ。しかしヌミダの馬鹿が想定外に苛烈な統治を行い、実に3年もの間、セフェランはデインについて沈黙を貫いた。神使の耳にもデインの状況は伝えられていない様子だった」

「……」

「てっきり奴が気づかなかっただけとも思ったが……デインの統治と復活の裏には、何かあるのかもしれん」

 

 いつの間にかルカンの眼差しには生気が戻っていた。権力闘争に明け暮れ、腐敗で身を肥やしてきた男の目ではなく。若年ながら元老院のため、帝国のために策謀を振るっていた頃の輝きを、取り戻しつつあった。

 

「陛下。この男の口車に乗ってはいけません。この男は、デインを破滅させようとしたのですぞ」

「分かっている……」

 

 タウロニオに忠告されたペレアスだが、その内心では自身の即位の黒幕候補として名が挙がった、ペルシス公セフェランの名が、脳裏にこびりついていた。

 

 だがそれでも、今必要なのは民のため、戦争を一刻も早く終わらせることだと思い直したペレアスは、ルカンを睨みつける。

 

「ペレアス殿。これからどうするつもりだ?」

「お前をベグニオンに引き渡し、ラグズ連合との和議に参加する」

「血の誓約が破綻した今、私はもう終わった人間だ。好きにすればいい。ただもし、先に言ったような陰謀が蠢いているのなら、此度和平を結んだ所で次が来るだけだ。

 それに和議にはせめて、暁の巫女の無事が必要ではないか? 国民は納得するまい」

「……だから居場所を教えろと言っている」

「だから本当に知らんと言っているだろう」

 

 押し問答が始まろうとする中、ペレアスの下に一人の兵士が馳せ参じた。

 

「陛下! タウロニオ将軍! 一大事です!!!」

「なにかあったのか」

 

 タウロニオの問いに、兵は焦燥した様子で答えた。

 

「国境部隊がオルリベス大橋を渡り、クリミア王国の国境を侵犯したとの報告が入りました!」

 

 

 

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