ティバーンたちがメリオルへと発った翌日。ラグズ連合の軍勢がフェリーレ砦に到着した。彼らの先頭を歩くのはガリアの将スクリミル。鷹王が離脱しているから代わりに率いているのだろう。そして彼の傍に控えているのは、屈強な肉体の青髪の剣士。
あぁ、間違いなくアイクだ。残念なのは部下の目があるから、「目線ありがとうございます!」みたいなノリではいけないこと。節度ある接し方をしなければならないのだが、彼は過度に取り繕うような物言いを嫌う。
それはさておき、まずはラグズ連合の大将だろうスクリミルだ……と思っていたのだが。スクリミルは後方に控え、代わりにアイクがセネリオを伴って俺の前に立つ。
新手の失言対策かな? それとも見学だろうか。まぁ傍で聞いていてくれるならいいか。アイクを大将として話をするとしよう。
「貴殿がアイク将軍か」
「アイクでいい。あんたは?」
おぉ、この竹を割ったような物言い。ついこの前まで貴族社会に浸っていた人間には少し刺激が強い。テリウスファンボーイとしてはアイクにこのノリを貫き通してほしいのだが、それはそれとして爵位は返上して正解だっただろう。
「ベグニオン中央軍のモンテだ。不在のゼルギウス将軍に代わり、ベグニオン軍の総指揮を執っている」
手を差し出すと、アイクはその手を握り返してきた。なんか言葉だけだと固くなっちゃいそうだから握手でもと思ったが、警戒されたりはしなかったな。
「ベグニオンはもうラグズ連合と戦うつもりはないってことでいいんだな?」
「サナキ様は和平を望まれている。和議が拗れなければ、もう戦う必要はないだろう」
過剰に楽観的にも、悲観的にも寄った回答をする必要はないので、ありのままを告げておく。
「我々は捕虜をメリオルに送り届け、そのまま補給を受けるためフラゲルへと帰還する。ラグズ連合には、デルブレー城に退却した敵残党を国境に押し戻すまでをお願いしたい」
「わかった」
これでとりあえず、今伝えるべきことは伝えた。あとはアイクに後事を託して退散するだけだ。そう思っていると、アイクの方から声をかけてきた。
「……今まで敵対していたが、味方になってくれるなら心強い」
「同感だ。次に会ったときは、ゆっくりと話をしたいものだ」
本当ならゼルギウスの話とか、セフェランとメダリオンの話とか、色々と話せたらいいんだが、あいにく今はそういうことを長く話し合える立場にない。相手だって同じだ。お互い口数こそ最低限だが、これまでの双方の関係性を考えれば友好的な交流が出来ていたと思う。
あとは本当に、和平会談が上手くいってくれるかどうかだな。セフェランが何か妨害を吹っかけてこなければ大丈夫だと思うが……
◇◇◇◇◇◇
フェリーレ砦を去っていくベグニオン軍を、アイクはじっと見つめていた。
(あれがモンテ将軍か……)
先ほど会話したベグニオン軍の将。ゼルギウスに代わり、全軍を指揮するモンテ将軍。良くも悪くも無難、アイクから見た彼はそんな印象だった。
アイクたちの知っているモンテ将軍の情報は限られている。リバン河の戦いで頭角を現わし、ソゼ峠での戦いからは恐らく軍の首脳部に入っている。一時バルテロメが総司令官であった時代も、特に影響力を失うことはなく一将官として立ちまわっていた。
逆に言えばそれくらいだった。彼らはまだ、帝都シエネで起きた政変の全容を全く知らない。サナキが権力を握り、キルヴァスと共に和平を求めてきているという結果だけは判明しているが、その過程は他国視点でほとんどブラックボックスになっていた。その中心で動いていたモンテの存在は、未だ国外にはバレていないというのが現状である。
「しかしあれがモンテ将軍か……元老院方の将だというから警戒していたが、割と普通だったな」
後方に控えていたスクリミルがそう呟く。失言対策などではなく、モンテ将軍は元老院側の将軍であるため、ラグズへの差別意識なども考慮してアイクが対応したのだった。ラグズの軍勢を見ても特に態度を変えず、アイクとも淡々と話を進めていたので杞憂に終わったのだが。
アイクたちの下に駆け寄る者の姿があった。王宮騎士団の団長であるジョフレだ。
「アイク! 久しぶりだな」
「ジョフレ。あんたたちはこっちにいたのか」
「王都防衛の準備を整えるまでの足止めだったのだが、ベグニオン軍の助けもあって敵を押し返せた。あとは国境際まで追いやるだけだ」
ジョフレの語った戦況は、アイクたちラグズ連合にもティバーンの口から聞かされていた。
「……ゼルギウス将軍は不在だったそうだな」
「あぁ。しかし代理のモンテ将軍も優れた将だったのは幸いだった。ベグニオンにあんな名将がいたとは」
そこでアイクの脇に控えていたセネリオが、前に出てジョフレに話しかけた。
「よければ立案された作戦や、戦闘の推移について聞かせてくれませんか?」
「セネリオか。構わない、時間の許す限りだが……」
その後、スクリミルが軍の野営の準備をしている間、ジョフレから戦闘の推移について聞かされたセネリオは、じっくりと思索を巡らせていた。
「……どうだ。セネリオ」
アイクがそう声をかけると、セネリオは口を開く。
「……モンテ将軍は相当やり手のようですね」
「そうだな。あの歩兵を竜騎士で輸送する戦術、あれは敵将も困っただろう」
「いえ。僕はむしろ、その一手のみ懐疑的です」
セネリオにさらっと否定され、低い声を漏らしたジョフレを尻目に、セネリオが自説を展開する。
「そもそもその程度の移動距離なら輸送は不要です。竜騎士を帯同した歩兵の進軍で、十分に側面攻撃が可能でしょう。おまけに間に合うはずもないシューターの配備まで実行しようとした。ここから導きだされる結論は、実際の戦場と兵を用いた戦術の実験でしょう」
セネリオの推理は概ねその通りだった。モンテ将軍の思惑は、飛行兵を大規模に用いた今後のための実験だ。竜騎士で運搬できる兵士数や兵科、輸送したシューターの配備にかかる時間などのデータがあれば、戦場を更に広く見た長距離輸送や、ピストン輸送を計画することも可能になる。
そんな実験をモンテが行った理由は、今後起こりうるデイン侵攻を見据えているためだ。その根底には原作知識があるわけだが、セネリオはそれを知る由もないために、違和感を覚える結果となった。
「モンテ将軍は、総司令官として実権を握った初戦で、実験をしながら勝利したということになります。つまり次の機会を見据えているのではないでしょうか」
「……てっきり彼は、ゼルギウス将軍の代理だと思っていたのだが」
「ジョフレ。その件なんだがゼルギウス将軍は……」
「アイク」
アイクがゼルギウスについての疑惑について話そうとした所で、セネリオの制止が入った。
「その話は、少なくとも和平が成るまでラグズ連合内で押し留めましょう」
「……わかった」
気になる話を直前で遮られたジョフレとしては、思うところがなかった訳でもないが、それでもアイクたちの判断を尊重して話題を変える。
「しかし次を見据えているというのは、どういう意味だ?」
「ゼルギウス将軍が今後も指揮を取れない想定をしている、あるいはゼルギウス将軍が総司令官の地位を失いつつある……いずれにせよ、完全に味方として断定するのは早計かもしれません」
セネリオの中にある幾つかの推論。
神使サナキがゼルギウス=漆黒の騎士であることに気づく、あるいは疑惑を向けているために要職から遠ざけた可能性。これがもっともラグズ連合の思惑と一致するが、サナキがセフェランに信を置く限り、そう起こることではない。むしろセネリオは、思いつく限り最悪のパターンである可能性を最も重く見ていた。
「それにモンテ将軍は元々、元老院方の将軍です。神使の下で軍が一枚岩になっていると断定するには、情報が不足しています」
セネリオの考える最悪のパターン。それは神使サナキが依然として、元老院のお飾りになっている場合だ。そうなると軍勢と王族が分断されたこの状況は最悪である。
(……特に悪意は感じなかったが。分からんもんだな)
一人難しい顔をするセネリオを見ながら、アイクは内心でそう思うのだった。
◇◇◇◇◇◇
王都メリオルにて、セフェランは自室でゼルギウスから報告を聞いていた。ゼルギウスは身を隠しつつ、デイン軍の戦闘を観戦し、その推移を主に伝える。
「……以上が、先日の戦闘結果です」
ゼルギウスの報告を聞き終えたセフェランは、特に顔色を変えることもなく口にする。
「……想定よりデインが脆いですね。ベグニオン軍相手にも、もう少し戦えると踏んでいましたが」
ベグニオン軍と王宮騎士団は兵数でデイン軍を上回っていたものの、ベグニオン軍の士気の低さや各派閥の思惑を考えれば、この勝利が約束されていた訳ではない。
セフェランの当初の予想では、そもそもベグニオン軍がラグズ連合軍よりも後に到着し、共同戦線とは名ばかりにラグズ連合軍の足を引っ張る……くらいに考えていた。彼の知るベグニオン軍は、ゼルギウスが率いなければそのレベルなのだ。
結果は全く異なっていた。ベグニオン軍はラグズ連合を凌ぐ怒涛の進撃を見せ、連合の到着を待たずにデイン軍を一蹴。捕虜の輸送と補給を名目に、後事をラグズ連合に任せてさっさと撤退を始め、連合と同じ戦場に立つことすらなかった。
「このままデイン軍は国境際に追いやられ、そこで敗戦に近い停戦を飲むことになるでしょう」
ゼルギウスの今後の予想に対し、セフェランは首肯を返した。
「相手はラグズ連合とグレイル傭兵団……必然、そうなるでしょうね。ですがそれでも暁の巫女は返ってこない」
「僭越ながら、行方知れずの乙女と心中する可能性は低いと考えます」
「えぇ。ですが戦争の火種は残る。クリミアが独力でデインに抗えない限り、何度でも戦争は起こるでしょう」
セフェランの脳裏に浮かぶのは、旅の賢者としてデイン軍内に『ミカヤ誘拐』の噂を流布した後の展開。
憎悪で目が眩み、クリミアによる誘拐を根拠もなく信じる市民。手柄を挙げ、さらなる出世のために戦争を望む兵士。弱卒のクリミアを再征服すべしとする主戦論者の貴族や将軍。彼らの暴走が、今回のクリミア侵攻を引き起こした。
アシュナードの18年もの治世によって築かれた、実力主義という一見効率がいいはずのシステムが、セフェランの手によって容易く暴走へと導かれていたのは皮肉であった。
そしてこれこそ、セフェランがイズカに自身の身を晒してまでデインを復興させた理由であった。とはいえ彼本来の計画では、デインの手綱を引くのは元老院であったし、デイン軍首脳部であるミカヤを失ったために軍団として弱体化している。
セフェランにとって予想外のことも少なくないが、逆に彼の予想が当たった部分もあった。
「それに興味深い情報を手に入れました。イズカですが、どうも本当にクリミアにいたようです」
セフェランは以前、イズカの身柄がクリミアにあると消去法的に予測していた。その推理は当たったということになる。
「……ということは、フェール伯が下手人であったと」
「はい。イズカの薬で狂わされた、先王の弟レニングを元に戻すため、独断で犯行に及んだとのことです」
いくらイズカがラグズの命を弄んだ巨悪で、セフェランが送り込んだスパイだったとはいえ、彼は曲がりなりにも新生したデイン王国の重鎮だ。その彼を、王家に何の許可も取らず、独断で誘拐したのは拙速と言えた。この判断には、フェール伯ユリシーズがレニングの筆頭文官であったこと、彼に対する忠誠心があったことが大きかった。
「イズカはフェール伯の居城から、メリオルまで護送されるそうです。クリミア王国としては、イズカだけでも返して譲歩を引き出そうということでしょう」
「……攻め込まれた側が、攻め込んだ側に譲歩をですか。しかしイズカ殿は、先の戦争でラグズから多大な恨みを買っています」
先王アシュナードがクリミアを制圧していた時代。イズカはグリトネア塔にてなりそこないの研究を行っていた。非道な人体実験が行われたグリトネア塔の惨状は、ティバーンやネサラといったラグズ国王や、ライのようなガリア王国の要人にも目撃されている。その実験の責任者となれば、それを無傷でデインに返すなどというクリミアの提案を、全面的に肯定するとは考えづらかった。
セフェランはイズカの扱いについて思案する。イズカはなりそこないという、無二の生物兵器を生産することができる。暁の巫女を欠いたデイン軍にとって、ちょうどいい戦力増強の手札となりうる。その上でデインにイズカがいると分かれば、ラグズ国家からしても参戦のハードルは下がる。
「和平会談の場で、ラグズ王族の前にイズカの存在をチラつかせる。その後、漆黒の騎士が彼を救出したことでラグズ勢の参戦を促しつつ、なりそこないでデイン軍を補強する……という筋書きでいきましょう」
セフェランの案に、ゼルギウスは疑念をぶつける。
「……上手くいくでしょうか。デイン王は、これ以上戦火を広げることを望まないのでは?」
ゼルギウスはデイン解放戦の最中、漆黒の騎士としてペレアスの下で動いていた。そのため彼の人となりについても理解している。決して傑物ではないが、それでも勇気があり、平和を愛する等身大の青年だった。
それはセフェランも理解しているからこそ、セフェランはこの提案をしたのだった。
「……彼はただの青年です。戦争を求める国家を、国民を抑えつけるなど出来ませんよ」