ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第四十五話 急転

 デインによるクリミアへの侵攻。ベグニオン、ラグズ連合双方がクリミアに援軍を出した以上、無関係ではいられない。

 

「此度の侵攻において、デイン側は暁の巫女ミカヤ、重臣イズカがクリミアによって攫われたという主張を行なっている」

 

 サナキの言葉に反応したのはティバーンだった。

 

「……イズカ?」

「アンタらは知らないだろうが、三年前、グリトネア塔でなりそこないの研究をしていた男だ」

「俺たちの同胞を、玩具同然に扱った男がデインの重臣をやっていた訳か」

 

 ネサラは三年前、グリトネア塔に潜入した折にイズカの顔を見ていたために彼の行いについても知っていた。ティバーンが組む腕に力が籠る。

 

「これらは事実無根である。それは相違ないか、エリンシア殿」

 

 サナキの問いかけに、エリンシアは微妙な答えを返した。

 

「……暁の巫女の誘拐はしていません。ただ……」

「どうかされたか?」

「臣下のユリシーズが、独断でデイン王国の重鎮であるイズカを攫っていたことが、分かりました」

 

 エリンシアが明かしたクリミア側の明確な落ち度は、特にラグズ連合の君主たちに衝撃を与えた。

 

 イズカが帝国元老院のスパイであることが判明し、デイン国内で重要度が下がっているという事実を知らない彼らには、他国の重鎮を攫ったという字面のインパクトが直接降りかかる。たとえ暁の巫女を誘拐していないのが事実だとして、これ単独で外交問題としては十分。戦争になってもなんらおかしくはない敵対行為であった。

 

「フェール伯ユリシーズ。他国でも名が知れるほどの者ですが、彼はなぜそのような暴挙に?」

 

 セフェランの問いに、エリンシアが答えようとした時だった。脇から現れた兵士が深々と一礼した後、エリンシアに対し耳打ちをする。

 

「女王陛下。ユリシーズ様から、火急の知らせがあるとーー」

「……わかりました」

 

 エリンシアは兵士を下がらせ、円卓を見渡した。

 

「……ユリシーズが、直接皆様に事情を知らせたいそうです。構わないでしょうか」

 

 出席者の中で、異を唱える者はいなかった。間もなく円卓の間に、黒衣の男――ユリシーズが現れる。その額には汗が浮かんでおり、動揺を隠せていなかった。

 

「……この度は私めに、弁明の機会をくださりましたこと、まずは深く感謝いたしましょう」

「御託はいい。さっさと始めてくれ」

 

 ティバーンが促すと、ユリシーズは説明を始めた。

 

「では……まず話は三年前、かの凄惨なる戦争に遡ります。狂王の四駿ベウフォレスと対峙した時に、我輩は確信したのです。かの者こそ我が主君、レニング様に違いないと」

「まさか……あのレニング殿が、アシュナードの配下になっていたというのか?」

 

 先王ラモンとの繋がりで、レニングとも親交のあったカイネギスの疑問を、ユリシーズは否定する。

 

「薬で精神を狂わされていたのです。戦いの後、我が城に連れ帰って治療を施しましたが、精神は一向に回復する気配がなく……手がかりを得たのは、奇しくも我輩がデインに足を踏み入れてすぐのことでした。

 レニング様をこのようにしたのは、イズカなる男の人体実験。そしてそのイズカは、新しきデイン王の側近となっていたのです。我輩は行動を起こし、イズカを拉致してフェール城まで戻ったのです。我が主の治療法を聞き出すために……」

 

 治療法を聞き出すためにイズカを攫ったと説明するユリシーズに対し、エリンシアが問いかけた。

 

「……治療法は見つかったのですか?」

「いえ……イズカを責め、口を割らせようとしていた所で、このような事態になってしまいましたから……」

「そうですか……」

「……そして、ここからは、女王陛下にもお伝え出来ていなかったのですが……」

 

 ユリシーズは突如、体を地に伏した。

 

「……メリオルへ護送中のイズカが、何者かの襲撃を受け! 奪われてしまいました……!!!」

「そんな……!? いったい誰に……」

「分かりませぬ……! 護衛は皆斬り殺され、空になった馬車のみが晒されていたと……!」

 

 ユリシーズの焦燥に満ちた報告に、室内は動揺に包まれる。

 

「……イズカをその場で斬り殺していないということは、犯人はかの者を生きたまま確保したかった。デインの手の者による犯行か……?」

「デインに彼が戻っていれば、それが動かぬ証拠となるでしょう」

 

 サナキの推理に、セフェランが冷静に賛同を示す。

 

「……しかし妙じゃ。デインはなぜ、イズカが護送されていることを知っていたのか。それほどまでにクリミアの内情を掴みながら、なぜ暁の巫女の誘拐などという噂に踊らされておる……?」

 

 サナキが訝しげに、そう呟いたのを見計らったように。

 

「――考えられる可能性は、デインを外より操っている者がいる。ですな」

 

 ユリシーズの放った声に、先ほどまでの焦燥はなかった。その場ですっと立ち上がると、まずはうやうやしく一礼をしてみせる。

 

「芝居はここまでと致しましょう。皆々様、お見苦しい姿をお見せしたこと、そして一つ嘘を申し上げていたことをお詫びいたします」

「嘘だと……?」

「先ほど我輩は、犯人を分からぬと申し上げました。しかし実際は知っているのです。馬車から離れた場所に、火消しを潜伏させていましたからね。火消しが申すには、『黒い鎧を纏いエタルドを操る騎士』が、それを為したというのです」

 

 それは、名を伏せる意味など無い位に一個人を指し示す特徴であった。

 

「漆黒の騎士……!」

 

 ティバーンが零す。

 

 そもそもラグズ連合の予定では、クリミアの懸案についての対処が決まった後に、機を見て漆黒の騎士=ゼルギウスの疑惑についても、ベグニオン皇帝を交えて話すつもりであった。もっとも彼らが持ちうるのは、それこそライの証言やスクリミルの勘のような、物証としては不確かなものばかり。

 

 それでもこの場には鷺の民がいる。嘘を見抜き、嘘をつけない鷺の民が傍聴する状態での問答は何よりの証明として扱える。

 

「……そもそも我輩がイズカを攫った直後、彼は失踪したということになっていました。それが最近になって、にわかに騒ぎ立てられ始めたのです。なにか裏があると思うのは、ごく自然なこと。

 ……そしてイズカの護送については、我輩は女王陛下に一度申し上げたのみ。ですがこれは、我輩が単身王都に戻り、女王陛下に事の次第を説明するという情報を得さえすれば、あえて盗み聞けるようにしておいたのです。

 これでデインの間者でも引っかかれば、その場で消しても良かったのですが……思わぬ大物が引っかかりましてな。今この時、この瞬間まで泳がせていたのです」

 

 ユリシーズが視線を向けたのは、サナキの傍に控えるセフェランであった。

 

「ベグニオン帝国宰相、セフェラン殿。貴殿が漆黒の騎士――ゼルギウス将軍に指示を出し、イズカを攫った。そうですな?」

 

 セフェランの表情に驚きはなかった。柔らかな笑みを作り、素面で自身の悪事を見破った者に賞賛の言葉を贈る。

 

「……自身の政治生命が危うい局面で、更に罠を仕込む余裕があるとは。賞賛に値します」

「首の皮一枚とはいえ、何もせぬというのも手持無沙汰ですからな。それに我が女王陛下は、一つの失策で部下を切り捨てる冷徹漢……いや、冷徹淑女ではございませぬゆえ」

「セ、セフェラン……! おぬし……!!」

 

 サナキが立ち上がってセフェランを見上げる。しかしサナキが期待するような言葉が、セフェランから返ってくることはない。

 

「なぜじゃ! なぜ、そんなことを……!?」

「デインをけしかけて戦争を起こそうってんだ。三年前、この城で死んだ奴と同じ魂胆だろ」

「メダリオンに封じられた、邪神の復活……」

 

 ネサラ、そしてカイネギスが自身の推測を述べつつ、その場で化身して臨戦態勢に入る。ティバーンも同様だった。

 

「セフェラン、おまえ何者だ? その背中に隠してるものについても、全部吐いてもらおうか」

「……それはまたいずれ。次の機会に」

「次なんてねぇよ……!」

 

 飛び掛かったティバーンの鉤爪は、確かにセフェランを捉えた。しかし彼に傷一つつけることができず、さながら頑強な鋼鉄の塊を殴った時さながらに滑り、逸らされた。

 

「私を傷つけようとしても無駄ですよ」

「女神の加護……!」

「どこまでも狂王と同じという訳か!」

 

 セフェランを睨みつけるラグズの王族たちに向けて、セフェランは淡々と告げる。

 

「このままデインと戦をすれば、メダリオンの炎は呪歌で抑えられる範疇を超えるでしょう。あなた方はデインとの戦を避けなければならない」

 

 セフェランの忠告は決して的外れなものではなかった。メダリオンの青い炎は、ベグニオンとラグズ連合の戦により煌々と燃え上がっている。このまま全国家が戦争へと雪崩れ込めば、邪神の復活という最悪のシナリオに辿り着くのは避けられない。

 

 とはいえ現実問題として、デインが戦争を辞めるかといわれると難しい。デインにはルカンが潜んでおり、イズカも加わった。デイン王は平和を望んでいるが人望がなく、暁の巫女の行方は依然として知れない。

 

 そしてなにより、デインの民が。将兵が。貴族が。ベグニオンを憎悪し、ラグズを憎悪し、クリミアを食らいつくさんという野望を隠さない。

 

「デインの憎しみを克服させられるというのならば、それが次の機会ということにしましょう」

 

 セフェランが取り出したのは転移の粉だった。女神の加護によって守られた彼の行動を遮ることはできず、そのまま転移が発動する。セフェランの身は、光り輝く魔法陣の向こうへと消えた。

 

「……申し訳ございませぬ。我が女王陛下」

 

 ユリシーズはエリンシアに対し、沈痛な面持ちで頭を下げる。

 

「……レニング様の容態回復の情報を得る前に、イズカを失ってしまったこと。この策は……なるべく直前まで、かの者に気取られぬ必要があり、なおかつこの場で皇帝の関与も見通さねばなりませんでした。そのために影武者を用いるなどは出来なかったのです」

「……いいのです。本当につらいのは、叔父様に忠を誓うあなただということは、私が一番よく知っています」

「女王陛下……」

 

「あの……ユリシーズ殿」

 

 ユリシーズに声をかけたのはラフィエルだった。

 

「私は、デイン解放軍にいたときに……イズカ殿とお会いしたことがあります。そしてその折、イズカ殿の薬でなりそこないになりかけていた者を、【再生】の呪歌にて元に戻したことも……」

「!!!」

「……もし、レニング様の容態がそれに近いものでしたら……私が治せるやもしれません。よければ診せていただけますか……?」

「ね、願ってもない申し出でございます……!」

 

 ユリシーズとラフィエルのやり取りを、遠巻きに見つめるサナキ。彼女が辛うじて絶望し、その場に崩れ落ちていないのは、ある程度の覚悟があったからだ。

 

 彼女はこの席についた時点で、漆黒の騎士=ゼルギウスという疑惑や、そこからセフェランに対して疑いが及ぶ可能性を理解していた。とはいえまさかこの場で疑惑が完全証明され、セフェランが自供の果てに逃走するまでに事態の進展が早いとは予想していなかったし、その衝撃は途方も無いのだが。

 

 混沌とした円卓の間に、兵士が報告のために訪れた。

 

「……女王陛下! ベグニオン軍です。どうやら多くの捕虜を帯同している様子……!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 メリオルに帰還して真っ先に受けた報告は、サナキ自身から齎されたものだった。

 

「……という訳で、漆黒の騎士はゼルギウスで、セフェランは彼を用い、デインを戦争に駆り立てていた。信じがたい話じゃが……目を背けたくなるような話じゃが、どうやら現実らしい……」

 

 なるほどねぇ。セフェランが直接動くことを選択したタイミングで、たまたまユリシーズが現行犯を証明してくれたわけか。過去の罪でしょっ引くとなるとイズカの身柄を確保するくらいしか選択肢がないし、もうセフェランの次の動きを現行犯で捕らえるしかないかもと思ってたんだけど、手間が省けたな。ありがとうユリシーズ、流石は王国の要だ……

 

 セフェランが言ってしまうとこんなブービートラップに引っかかった理由として、いくつか考えられるが、そもそも直接動くのがあまり慣れていないというのはありそうだ。

 

 これまでの策謀自体、アシュナードやイズカ、ゼルギウスを使って、自身は比較的安全圏に身を置いていた。サナキに連れられてクリミアまで同行したがために、使える手駒も実力行使用のゼルギウスしかなかったというのも大きいだろう。そもそも彼は鷺の民だし、主従共々あまり器用な人じゃないんじゃないか説はあるが。

 

 本当は拘束できれば一番だったが、公権力から退いてくれたのは大きな一歩だ。あとは目の前の戦を片付けて、それからじっくり対応していこう。

 

 

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