別働隊の伝令からの報告は、喜ばしいものだった。
「……そうか。思ったより順調か」
報告によると、鷹の民の抵抗は予想していたほどではなく、退去の勧告を出すと素直に近隣の島へと飛んで逃げていくものが多かったという。
フェニキス城を巡る攻防はむしろ逆で、無謀とも言える戦いにやたら前のめりな者が集まっていた。素人ではあったが化身してきたし、騙し討ちをしてでも相手に一矢報いようと向かってきた。
これは推測でしかないが、戦えるものは王城に集うように言われていたんじゃないだろうか。少しでも頭数を揃え、急ごしらえでも組織的に動こうというのは合理的だ。兵力を集中すれば勝てるという前提があればだが。
結果として、その集中した兵力は俺たちが正面から撃破し、兵数を多く割いた焦土化用の部隊はより広範囲に展開できた。判別方法が不明瞭な非戦闘員も原作通り、無闇に殺さず済んだ。良い結果に収まったと言えよう。
「各部隊には、明日の正午までに各自の判断で出港するように伝えてくれ」
「はっ!」
伝令は敬礼し、飛竜に跨って飛び立っていく。
聖竜騎士団。ベグニオン帝国軍に所属する軍団で、文字通り竜騎士で構成されている。政治的には元老院側で、組織的には腐敗しているらしい。
ゲーム上では小悪党みたいなのがクリミアに領空侵犯して叩き落されたり、清廉な竜騎士たちには出奔されたりと、いいイメージは基本的にない。
モンテ将軍が元老院側ということで、ヘッツェルの名を出せば借りれないかなと思い直前に交渉したら、この戦い限りで二騎借りれた。ヘッツェル様々、持つべきものはキラキラのネームプレートだ。ちょうど隊を二つに分けたから、それぞれに振り分けて伝令として用いている。
今のところちゃんと働いているように思う。組織の腐敗とはあまり関係のない新米さんなのだろうか。陸に帰ったら返さないといけないのが少し悲しい。
うーん。どうにか少数でも飛行する正規兵を得られないものか。ラメールもキルヴァスに返さなきゃいけないから、代替の飛行戦力がほしい。聖天馬騎士団というのもあるのだが、あちらは神使派で元老院を蛇蝎のごとく嫌っているので手が出ない。もう一回聖竜騎士団に借りにいこうか……
そんなことを考えつつ、竜騎士を見送って兵たちの下に戻る。
既に日も沈み、兵たちは篝火を囲んでいる。それぞれの隊にはフェニキス城に貯蔵された酒や肉、果物が分配されている。どこかそわそわしているのも無理はない。
正直俺個人としては、食べ物の類は放棄して徹夜でさっさと帰ってもよかったのだが、暗がりの森の中を行軍するのは想定外の出来事を引き起こすリスクもある。夜なので唯一の飛行兵であるラメールの目も利かない。なにより朝から走りっぱなしで、兵士たちの気力もそろそろ限界だ。
というわけで今夜は兵士たちを労り、明日の朝一で帰ることにした。リスクは鷹王が夜闇の中を猛進し、徹夜でフェニキスに到着する可能性だが……そのパターンなら、同伴の一兵卒が限りなく少ないはずだ。鷹の民も夜目は利かないらしいからな。だからそのパターンを引いたなら、クロスボウをいっぱい撃って抵抗しよう。
「みんなよくがんばってくれた!今日はしっかり食べて、気力を回復させてくれ!」
大きな歓声があがった。
「ただし明日朝一、日の出と同時に船へと帰るからな!飲みすぎるなよ!……」
「まぁまぁそう固いこと言わずに、どうぞ〜」
見るとシェリーが俺の分の杯を持ってきていた。とっとと乾杯しろという圧力である。冷静に考えると主の親戚筋のご令嬢に酒を注がせてしまった訳だが、そんな感じがまったくしないんだよな……
「……乾杯!」
「「乾杯!!!」」
自分の供回りがいる篝火に戻ると、早速ひとつ空席を見つけた。
「ジャンクは?」
「実験だと言ってました」
だよね。あのタイプは酒の席は勿論だが、頭が回らなくなる酒そのものが嫌いだろう。心情は理解できるし、こちらも強制参加というつもりは毛頭ないので好きにしてもらう。
「……『いちばん甘い果物はどれだ』って、教えたらそれひとつ取って行ったわ」
「ジャンクの奴、甘党だったのか……と、ラメールが教えてあげたのか」
はぁ……とラメールが深い溜息をつく。
「ラグズの鼻なら信用できるとか、なんとかで」
「怖いもの知らずだな……」
苦笑しつつ、用意された自分の席につく。鷹王秘蔵の酒、城の厨房をお借りして焼いた肉や魚、果物の数々。王様の食卓を思わせる絢爛さだが、実際王様の食事だった可能性が高い。
「どれどれ。頂こうか」
さすがに一口も飲まない訳にも行くまい。杯に注がれた酒を一口。そう言えば蒼炎のエピローグに、フェニキスの果実酒の話があったな。味の説明はなかったが、美味いと言っていた。
「……香りはないが強烈に甘い、そして度数が濃い」
例えるならデザートワイン、または甘いリキュール。原材料にとても糖度の高い果実を用いたのだろう。確かにこの猛烈な甘さはこの時代なら贅沢品だ。
「……直接飲むならなにかで割りたいな」
「所詮半獣です、バカ舌仕様ということでしょう」
ふんと鼻を鳴らしながらラメールの方を見るフォレ。ラメールはというと、小馬鹿にしたような表情で迎え撃つ構えだ。
「……むしろニンゲンがバカ舌だから甘いことしか分からないんでしょ」
「なっ……!?」
「というかニンゲンのワインだっけ。あんな下品に香りを強調しないと分かんないの、バカ舌ならぬバカ鼻じゃないの」
「なぁぁーっ!?」
「ガッハッハ!!!これは見事に一本取られましたなあフォレ殿!」
ゼングが上機嫌に高笑いをしながら、ワインボトルに口を付けてガブ飲みしている。フェニキスでガラス瓶は作れないだろうから、たぶん海賊行為の戦利品だろう。ラベルは破かれているが、幾らのボトルなんだろうな……
しかしまぁ、フォレは見事に撃退されたものだ。さすがに押し黙ってしまった。ここまで完璧に返されては、下手なフォローは傷口に塩だろう。そっとしておく。
「ラメールちゃんは飲まないの〜?」
シェリーが持っている樽は、先ほど俺が飲んでいたフェニキス産の強い酒だ。
「要らない」
「あらそう〜?」
そう言いながらシェリーは、手元の杯にあの強い酒を並々注ぎ始める。
「これはラメールちゃんの分〜」
「だから要らないって……」
「と、申しておられるので〜」
そう言ってシェリーは、ラメールの分と言って注いでいた酒を自分で飲み始めた。
「ぷは〜」
「嘘でしょ……」
「まっことベグニオン一の酒カス仕草ですなぁ!」
ホントこの人は……と、そこでふと思った。
このフェニキスの酒は、今後造られないかもしれない。
今日俺たちはフェニキス国を破壊してまわった。その中に酒造施設があれば、再建のためにそれなりの年月がかかるだろう。施設の構造が遺失していたり、俺たちが殺した中に職人がいたら、下手すれば製造法が今日この日に断絶した可能性だってある。
美味い不味いの話ではない。ひとつの文化が死ぬということだ。酒だけではない。戦争とそれによる人の流動は、いくつもの文化習俗を無造作に葬り去る。
「……将軍ってお酒が入ると無口になる方ですか?」
一人アンニュイな気持ちに浸っていたところ、フォレが声をかけてくれた。顔を覗き込み、心配そうにしている。
「……そういう訳でもないんだがな」
「なら、お酒弱いんです?」
「いや」
「ならどうぞ。珍しい物がありました」
フォレが差し出したのは、赤ワインのボトルだ。
「これは何処のだ?」
「クリミアのトハです」
「トハか」
蒼炎既プレイヤーだとふふっと笑ってしまう地名だ。
「アシュナードに占拠されていた時代に、強制労働で立ち上げられたブドウ畑を戦後引き継いだようです。今は発展途上ですが、将来は立派な産地になるかもしれません」
当然ながら、原作にそんな描写はない。あるのはトハの港町がデイン軍に占領された後、住民たちがなんらかの労働に就かされたことだけだ。一応、地理は北の方で、海も近いから海運がまともに機能するようになればワイン生産に有利な土地なのかもしれない。
大きな変化で何かが滅びる事もあれば、新しく生まれるものがある……のかもしれない。いや、これは流石に自己弁護がすぎるな。
「……やっぱり、お酒弱いんですか?」
「かもな。程々にしておくよ」
……それでも明日も頑張ろう。この、明るくて愉快な人たちを死なせる訳にはいかない。
飲酒量が少なかったからだろう。清々しい朝だ。
「我らはこれより帰国する!」
「「応!!!」」
流石私兵団とはいえ本職の兵隊たち。ちゃんと適量に収めたな。いやまぁ各部隊の酒の配給量を事前に調整したのも良かったのだろうが……
「う〜ん、気持ちいい朝ですね〜!」
「……なんであんなに飲んだのにケロッとしてるのこの人」
「気にするなラメール殿、この女はいつだってこうなのだ!」
「顔が赤いのは〜生まれつきで〜す」
「いやそんな訳ないでしょ」
酒を酌み交わした一晩を経て、大人組はずいぶんと馴染んだ様子だ。ゼングもシェリーもなんだかんだ割り切り上手だし、ラメールも人付き合いが苦手という訳ではないんだろう。だからこそラグズの同胞を裏切るキルヴァスに、苦々しい思いをしているのだろうが。
後ろでやいのやいのと喋っている大人組。俺の隣にはフォレとジャンクがいた。
「フォレ。ちゃんと休めたか?」
「ばっちりです!」
「ならいい。今日も遅れずついてこい」
「はい!」
フォレはフェニキスの酒こそ避けていたが、昨日そこそこ飲んでいたと思う。貴族の嗜みとして飲み慣れてるのか、それとも単に強いのかケロッとしていた。
そして昨日、ついに酒を一滴も口にしなかったジャンクだが、これまた眠そうに大あくびをしていた。
「ジャンク。昨日何時間寝た」
「あ、はい。ちゃんと四時間寝ました」
「ならいいが……」
「船旅に強行軍、慣れぬことをしましたからね」
「前者はしばらくないが、後者は慣れてくれ」
「分かってますよ、大将」
「……ところで昨日はなにを実験してたんだ?」
「化身後の鷹の強度サンプル取得と速射クロスボウの性能試験をしてました。今までの単発と同じ手間で二連射できます。ちょっと機構を無茶したんで単発の貫通力は落ちましたが。特別矢の通りがいい鳥翼や天馬相手には有効でしょうけど、獣牙相手だと化身前にぶち込むのが関の山でしょう」
……ん?暁の女神のクロスボウって、確か追撃が出ないんじゃなかったか。それが威力減とはいえ、出るようになったと。
「お前本当にクロスボウしか持たないつもりか?」
「当然です。今さら青銅の斧持って野盗ごっこなんてしたくないですよ、僕」
「……その頑なさは賞賛に値する」
まさかこいつ、勇士(戦士の上級職)なのに手斧や鉄の斧すらマトモに扱えないレベルなのか。
ただ実際問題、ゲームシステムに目を瞑れば、弩は中世ヨーロッパの覇権武器だ。騎士の鎧を貫通するその殺傷能力から、時の教皇に禁止を言い渡されるほどである。この世界においてもゲームシステムという神に背き、一念岩をも通すというのなら、是非とも通してみて欲しいと思う。
体力の回復を待って発ったおかげで、帰路については正直穏やかなものだった。
船に着いたのがちょうど正午頃。船に乗り込んでいる途中、他の二部隊も戻ってきたので全員で帰ることにした。一緒に連れてきた海賊はもうしばらく粘るとのことだ。
少し肌寒い秋の海風と、甲板のじりじりとした暑さの波状攻撃。重鎧を着ている身としては、後者の方が堪える。デインの黒鎧とかこの倍は暑いんだろうな。
ぼーっと海を眺めていると、遥か遠くの上空を小さな点がひとつ、スライドしていくのが見えた。点がまっすぐ向かう先は、俺たちが先ほどまでいたフェニキス島で間違いない。
「……ラメール。あれって」
往路と同じように、手すりに腰かけて海を見ていたであろうラメールに声をかける。
「あなたの予想は当たってるわ」
「っっ……ぶなぁっ……!」
心臓が止まりそうだった。あの小さな点は状況的に間違いない。本作戦のタイムリミット、鷹王ティバーンその人だ。
◇◇◇
雄大な碧鷹の翼は、新鮮な返り血に塗れていた。先刻まで島に響いていた断末魔の数々は、今はもうひとつも残っていない。
大鷹が化身を解く。
人間形態、という呼称が適切かは定かでないが。彼のそれは鷹の民と比してひときわ体格のいい大男だった。顔や身体に残る無数の古傷が、その男が多くの修羅場を潜り抜けてきたことを物語る。
鷹王ティバーン。フェニキス王国の王にして、同国最強の戦士。
「これで全部だな。しかし……手酷くやられたもんだ」
王は飛び上がり、自分の国の惨状を改めて確認する。
民たちが暮らしていた集落は片端から破壊され、彼らの生活の源である森はあちこちが燃え焦げていた。王の居城たるフェニキス城はいくつもの大穴が空けられ、内部が筒抜けになっている。城の手前には酒や食べ物を食い荒らした後が残っていた。
極めつけは死体だ。殺された鷹の民と、先ほどティバーンが全滅させた海賊たち。そして少数の赤鎧――ベグニオン兵の死体がそのままの姿で投棄されている。
中でも城の近くに遺棄された複数の死体。樹木に縛り付けられ、ありとあらゆる部位に矢を突き刺された鷹の死体の数々はティバーンに、グリトネア砦で目撃したなりそこないの実験を想起させるほどだった。
ティバーンは憤っていた。怒りに身を任せて吠えることも、周囲に当たり散らすこともない。その程度で収まる怒りではないからだ。ただ腕を組みながら、沸々と怒っていた。
「あぁ、ティバーン様……!」
近くの島に逃れていた鷹の民だ。近くの島に逃れていた彼らは、ティバーンの姿を見つけて文字通り飛んできたのだった。
「状況は?」
「……ひどい有様です。城を守ろうとした若者たちは皆殺しにされ、村はことごとく破壊されました。幸い一部のベグニオン兵が、交戦の意志のない女子どもは逃がしましたが……」
「……生き残った奴をまとめろ。ガリアに向かう」
「ははぁっ……!」
これだけ破壊された国を復興させるのには、ベグニオンの本隊との戦いで擦り減った兵隊を全て割いても足りない。人手が足りず、いつまでも復興しない居住地で心の平穏が得られるはずもない。
耐え難きを耐えてこの地に残り続けたとしても、相手は既に地上兵を送り込める状態であることを赤鎧の死体が証明している。つまりいつでも船を接岸できる。喉元にナイフを突き立てられたような状態だ。
復興に取り組めるのは戦後、決着がついてからになる。それまでは一時的にでも国を捨てなくてはならない。
「……許さんぞ。ネサラ、ゼルギウス……!」