ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第四十九話 憎悪

『開戦に及び腰だったペレアス王が、とうとう覚悟を決めた』

 

 そんな噂がデインの王都ネヴァサを駆け巡った。発端となったのは、デイン王城の一室に貴族たちが招集されたためである。ネヴァサに住まう民たちにとって、それは"朗報"であった。

 

「暁の巫女を攫って、抵抗する気力を奪おうってことか。ふざけやがって……!」

「これもベグニオンの陰謀なんだ。あいつら、俺たちを一生支配しておきたいからってとんでもないことを考えやがる……」

 

 救国の英雄にして、暁の巫女ミカヤが行方知れずとなった事件について。時のデイン国民の多くが『敵国による謀略』と認識していた。本当に敵国が主導したという証拠がある訳でもないのに、そうした認識が広まった主な原因は二つ。三年にもわたる絶滅政策による被害者意識と、祖国復興からたった数カ月で起こった事件であることだった。

 

 多くの人々は、暁の巫女の仇を討つというペレアスの選択を歓迎したのだった。

 

「また戦かい。ずいぶん短い平和だったね……」

 

 平民の誰かがそう愚痴を口に出せば、即座に周りの者たちは言葉を振りかざした。

 

「でもベグニオンに負けたら、男たちはまた収容所に入れられてしまうよ」

「そんなことになったら今度こそ、デインっていう国が滅びちまう」

「ベグニオン人に情なんてない。奴らはデイン人のことを、同じ人間だなんて思ってないんだ。生き残るには戦って勝つしかない」

 

 そんな勇ましい声が上がる一方で、かつての敗戦の記憶が蘇る市民も少なくなかった。

 

「アイクが来る……アイクが半獣とベグニオンどもを引き連れて、デインを滅茶苦茶にしにくる……」

 

 三年前。エリンシア王女を旗印に、ベグニオンから兵を預かったアイクは破竹の快進撃でデイン国内を平定した。当時デイン国内に駐留していたのは、クリミア侵攻に動員されたアシュナード率いる部隊に比べると練度が不足していた兵たちである。彼らが一掃され、青髪の青年に率いられた赤鎧が王都へと雪崩れ込んできたその時の記憶は、市民たちの間に未だ鮮明に記憶されている。

 

「ねぇかーちゃん。アイクってどんな人なの?」

 

 少年が母に問うと、母は顔をしかめて答えるのだった。

 

「半獣みたいな、恐ろしい悪魔みたいな奴だよ。三年前、王城を守っていた兵隊はみんな、アイクにやられたんだ」

「……お父ちゃんも?」

「あぁ。お父ちゃんを殺したクリミア軍が、またデインに攻めてくるんだよ」

 

「じゃあぼく、兵隊に志願するよ。アイクって悪い奴をぼくの手で殺すんだ!」

 

 少年は屈託のない笑顔で、母に向かってそう宣言するのだった。

 

 

 

 

 ――少しばかり時間が経ち、噂の通りデイン王城にて御前会議が開かれる。衛兵が多く詰める会議室に、領地を治める将軍一同が顔を突き合わせ、今後の軍勢の動き、敵軍への対処を議論していた。

 

 会議はいつにも増して紛糾した。民衆は勇ましい行動を望み、少しでも相手に妥協するような態度を取れば怒りを露にするが、実際問題として兵力の差は覆しがたいものがある。軍上層部においても主戦派が圧倒的多数を占めるが、少数派である和平派・穏健派の主張に対し、希望的観測を数の暴力で押し付けるくらいのことしかできなかった。

 

「こうなってしまった以上、開戦は避けられない。無条件和平など有り得ん」

「暁の巫女が敵に攫われたというのが、少なくとも民の間では事実となりつつある。この状況で敵国に遜るようでは、民は納得しないだろう」

 

 ペレアスは席に着いていたが、肯定も否定もせず、それを黙って聞いているだけだった。彼からすれば、将軍たちの推測ですら生温い。そもそも今の新生デイン王国は、ベグニオンの宰相の陰謀によって無理やり復活させられ、戦争の駒として使われているようなものなのだ。そしてその宰相は今の皇帝の後見人であり、ベグニオンに絶対的な権威を根付かせている。

 

 セフェランがベグニオン-ラグズ連合の和平会談で策を暴かれ、その地位を追われたことはデインにはまだ伝わっていなかった。もっとも伝わったところで、デイン視点から見てサナキが極めて怪しい存在であることは覆しようがない。セフェランは筋金入りの神使派として有名であり、サナキはまだ年若い。セフェランの傀儡と受け取るのが自然な発想である。

 

「このような無謀な戦に、マラドの民を巻き込む訳にはいきません。領地に帰らせて頂きます」

 

 強い語気でそう言い放ち、勢いよく席を立ちあがった褐色肌の女性。マラド領主フリーダである。

 

 デイン王国の北部に広がるマラド領。その大半を乾いた平野が占め、デインにとって決して重要な土地ではない。そうでなければ彼女の父であり、かつて四俊に数えられた勇将ランビーガが、三年前の戦争で中立を貫いたことに説明がつかないだろう。

 

 『ブライス、ガヴェイン、タウロニオ、ランビーガ 【不動の四俊】ある限り、デイン王国は不滅なり』。

 

 アシュナードの先代王に仕えた優れた将を挙げた歌である。そのうちの一つに数えられるランビーガは、先代国王暗殺の噂があるアシュナードに仕えることを拒み、再三の出兵要求を断り続けた。当人は病に倒れたものの、マラド領は結局終戦まで中立を貫くこととなる。その甲斐もあってか、戦後はマラド自治領として、絶滅政策同然の扱いを受けた他地域に比べると多少マシな待遇を受けることになった。

 

 その後、ペレアス王……実質はミカヤが、であったが。彼が旗揚げをした際、最初に解放したのがこのマラド領の収容所テュリンであった。解放軍の将として初めて指揮を執ったミカヤは、この地にて劇的な勝利を収め、テュリンの解放、そしてフリーダの持つマラド騎士団を解放軍に引き入れることに成功。マラドの地を足掛かりとして、各地の攻略に乗り出したのである。

 

 そんな――つまるところ穏健派の最たるにして、ペレアス王の旗揚げを諸侯の中でもっとも長く見てきたフリーダだからこそ、今まさにデイン国民すべてを道連れにしようとするペレアスに対する失望を隠せなかったのだった。

 

「好きにして構わない。きっと敵も、マラドのような僻地には軍を入れたがらないだろう」

 

 ペレアスの言葉に、フリーダは吐き捨てるように告げる。

 

「デイン解放戦では、この方ならばデインに違う道を齎してくれるのかと期待しました。ですが結局は貴方も、狂王の息子ということですね」

「……」

「……失礼します」

 

 毅然とした態度で会議室を後にするフリーダ。その背中を傍観しつつ、狂王の息子と詰られた自身をペレアスは内心で自嘲する。本当にそうであったならば、どれだけ救われただろうか。

 

「……この国家存亡がかかった局面で、なんて言いようだ」

「ランビーガは四駿の恥であったが、その娘ともなるとデイン人の恥だな」

「解放戦にて真っ先に王に味方したから、辛うじてその首が繋がっているような分際で、よくもまぁあんな大口を叩けるものだ」

 

 将軍たちは口々に下世話な言葉を吐いた。これが出来るのも、結局はこの会議にタウロニオが参加していないからである。同じ四俊に数えられ、ランビーガの人柄をよく知る彼がこの場にいたならば、将軍たちもランビーガの悪口など表立って吐かなかったであろう。

 

「……続けてくれ」

 

 ペレアスに促され、将軍の一人が口を開いた。

 

「はっ。敵はラグズ連合にクリミア軍、そしてベグニオン中央軍です。ベグニオン軍は補給のために後退し、ラグズ連合とクリミアの王宮騎士団がオルリベス大橋に集っています」

「先制攻撃を仕掛けましょう。ベグニオン軍がいない今ならば、各個撃破の芽はあります」

 

 将軍たちの提言に対し、ペレアスは疑問を呈した。

 

「……敵の軍を率いているのは、デイン人の仇敵アイク将軍と聞いている。弱点と見るのは早計じゃないか」

「確かに簡単ではありませんが……」

「王よ。やる気を出されるのは大変結構なこと。しかし貴方はまだお若く、戦場を知らぬからそんなことが言えるのです。ここは大人しく、我々の意見を飲んでくださりませぬか」

 

 ペレアスは少しばかり沈黙した後、答えた。

 

「……君たちの意見は分かった。将軍たちの意見を尊重しよう」

 

 その言葉は、将軍たちにとって最も待ち望んだ言葉であった。元々非戦派で、権威的にもお飾りの国王がベラベラと口を挟んでも国に利することはない。それが"現実主義的な"主戦派の将軍たちにとって、公然の事実であった。これで王の信認を得た状態で、心置きなく戦に臨める。そう思った矢先のことだった。

 

「――あぁ。それと」

 

 ペレアスは勿体ぶった語り口で、一人の将軍へと視線を向けた。

 

「西方軍のマイエル将軍を丸め込んだのは、君でいいんだね」

「はっ……」

 

 ペレアスは立ち上がると、その将軍の下まで歩き――小包を一つ渡す。将軍は困惑した表情でペレアスを見上げていた。

 

「こ、これは……?」

「なりそこないの薬だよ。ベオク用に調整されていて、死ぬまで正気を失う代わりに戦闘能力を高める効果があるらしい」

「……!?」

「君に国を愛する心があるのならば、これを飲んで、即座に西方軍の一兵士として配属されるように。国を愛し、殉じる気持ちがないのならば……君はデインを貶めるために、今回の侵攻を計画したことになるね」

「な、なな……そんな馬鹿な! そんな話、通るわけが」

「じゃあこの場で死んでくれるかな……ブラッド」

 

 ペレアスは表情を崩さないまま、扉の傍に控えている槍兵――ブラッドに声をかける。

 

 ブラッドはミカヤがいた暁の団に属していた状態で、解放軍に参陣。先に挙げたテュリンでの戦いをはじめ、多くの戦いで槍働きをした男である。ペレアスからすればこの場で数少ない気心の知れた存在だ。

 

「……はっ」

「この場で彼を殺してくれ。彼の地位をそのまま君に授ける」

「……御意」

「そんなバカな、そんな話があるか!? その場で、処刑ですらなく……!?」

 

 彼の次の言葉が紡がれることは、ついぞ無かった。

 

「ご苦労様」

「……」

 

 適当な労いの言葉をブラッドに投げかけ、ペレアスは会議に参加する将軍たちを一瞥する。その眼差しには一筋の光もない。ひたすらに空虚であった。

 

 将たちの知るペレアス王は、良くも悪くも素人だった。戦争の話となれば平和的な解決を模索するし、『国民の願い』に対して真摯でありつつも、ミカヤのように民からの求心力がある訳ではない。宮廷作法や貴族との交渉の進め方一つとってもお粗末であり、アシュナードより前の国王と比較しても劣後するような、そんな人柄であった。

 

「――敗北したデイン人に生きる価値はない。父上であればきっとそういうだろう。それが君たちが信奉するアシュナードという王の哲学であり、僕はその息子だ」

 

 将軍たちからすれば、今回の会談は本来非戦派のペレアスが渋々議会の場を設けたに過ぎないはずだった。それが敗戦の責任を名目に、将の一人をその場で殺害したのである。これまでのすべての目論見を外した将たちは、すっかり黙りこくってしまった。

 

「……ところでブラッド。今後の軍の意向について、一将軍としての君の意見を聞きたい」

 

 ペレアスは下を向いてしまった将たちをつまらなさそうに一瞥した後、ブラッドへと矛先を向ける。話を振られたブラッドは、ぽつぽつと答え始める。

 

「……そもそも侵攻時、ベグニオンに正面から負けて、ラグズ連合にも負けたそうじゃないですか。西方軍による先制攻撃は無意味でしょう」

「そうだね。中央軍との合流は必須事項だ。それでも向こうが連合でかかってきたら敵わないだろうけど」

「……解放軍の時と同じようにやった方が、マシじゃないですか。各地に兵を仕込み、奇襲を繰り返して――」

「いい案だ。せっかくだからあの時みたいに、戦いたがっている民間人にも武器を配ろうか」

「へ、陛下。さすがにそれは……」

 

 制止しようとしたブラッドに対し、ペレアスは粛々と返した。

 

「相手が連合でやってきたとして、ベグニオンはこの戦い、決して大義がある訳じゃない。僕たちデイン人が一人残らず絶滅するまで戦い続けるつもりでやれば、音を上げてくれる可能性だってある」

「陛下……?」

 

「それを民が望むというのならば、僕はデインの王としてそれを命じよう。デインのために」

 

 デインのために。デインという国の、尊厳ある死のために。

 

 ペレアスの言葉に、議場にて異論を唱える者は一人たりともいなかった。

 

 

 

 

 その夜、ペレアスは玉座の間にてぼぉーっと時が過ぎるのを待っていた。イズカから真実を聞かされ、自身の為すべきことを定義したあの日以降、彼が安眠を得る機会はなくなっていた。

 

 そんな彼の下を訪れたのは、普段から不健康な生活を送るイズカであった。

 

「王よ。なんだか昨日よりも、顔つきが勇ましくなられましたな」

「なんだい、イズカ」

「なりそこないの量産体制が整いましたぞ。ルカン殿がベグニオン経由で奴隷を買ってくれているお陰ですな」

 

 ペレアスは怪訝な表情を浮かべ、疑問を呈する。

 

「……元奴隷が、薬の投与ひとつで敵軍のラグズと対等に渡り合えるのかい?」

「えぇ。連中はオリウイ草や化身の石などがなければ好きなタイミングで化身できませぬが、なりそこないには無縁ですからな」

「……僕は化身状態同士のぶつかり合いの話をしたつもりだったんだけど」

「そう逸られますな。化身状態同士のぶつかり合いですが、今回用意したなりそこないの薬は身体能力の増強も出来ますゆえ、一兵卒程度であれば遅れを取ることはないでしょう」

「そうか。ちなみに何体くらい用意できているのかな?」

「そうですな……国を取り戻すまで秘匿していた分が500ほど、ルカン殿が100ほど調達してくれております」

 

 軍勢同士の戦いというスケールになれば、決して多い値ではない。しかしラグズという種族は、一度化身してしまえば並大抵のベオクの膂力を大きく上回る。相手が無双の剛の者であるとか、そういう場合を除き……ベオクとラグズ兵の兵力換算は1:2で行うのが自然な計算であった。そう考えると、デインにとっては少なくない戦力を賄える計算になる。

 

「戦列を並べるならともかく、散発的な襲撃には使えそうか」

「まぁ猫や鴉なんかは力も弱いですから、適当に使ってもよろしいでしょうが。赤竜は大事にしたいところですな」

「竜麟族もいるのか……」

「えぇ、前大戦の折に少し縁がありまして……っと。それはそうと陛下」

 

 不思議そうな表情を浮かべるイズカ。彼はこの問いを聞くべきか否か、多少迷った上で、敢えてぶつけることにした。

 

「こうして普通になりそこないの研究をお認めになってくださるのは大変にありがたいのですが、よろしいのですかな? 私は陛下を裏切った身であるというのに、なんというかこれでは……」

「……君の正体を知る前と変わらない。そういうことだね?」

「えぇ、まぁ……あれだけ怒鳴られた後だと、いささか拍子抜けではありますな。私の研究を公衆の前で禁止を命じられたこともありました」

「……あの時はミカヤの目もあったから」

 

 ペレアスはそう弁明する。デイン解放戦の折、サザの友人であるトパックの従者のラグズに対し、イズカがなりそこないの薬を投与したことがあった。その時はラフィエルの【再生】の呪歌にて事なきを得たものの、サザの身内であるミカヤはペレアスの前でイズカを問い詰めた。ペレアスはその場を、「確かにサザのご友人には悪いことをしたが、イズカは軍のためを思ってやったので許してほしい」という、かなりイズカに寄った立場で収めたのだった。

 

 ペレアス自身は、イズカに見いだされるまで市井の人間であった。デインという環境の中で、当たり前のように半獣蔑視の教育を受けてきているのである。

 

「僕は人並み程度に半獣に差別意識を持ってるし、例え陰謀であろうとも、君は王位を届けてくれた人物であることに変わりはない。これからセフェランではなく僕に味方してくれるというのなら、過去は水に流そう」

「……また裏切るやもしれないのに?」

「この半獣との融和でまとまりつつあるテリウスに、君の研究の居場所があると思うなら、好きに裏切ったらいいと思う」

 

 ペレアスは動揺する様子もなくそう言い切ると、おかしく思ったためか。イズカはくつくつと笑い始め、その場をうろうろと歩き始め、ぶつぶつと言葉を紡ぎ始めた。

 

「……くっ、くくっ! ただ気弱なだけの男かと思いきや……どういった風の吹き回しか……! いや、私の才覚が、ただ外見だけでなく王たる素質までも持つ者を無意識に選んでしまったということではないか……やはり私は天才だ……」

 

 一人思索に耽るイズカの奇行を見ながら、ペレアスは思う。

 

 ――もしミカヤが僕と同じ立場だったら、彼女はどうやってこの憎悪の連鎖を切り捨てたのだろうか、と。

 

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