ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第五十二話 モンテ案

 前提として、セネリオの策は特に瑕疵があるという訳ではない。士気が低い軍勢が崩壊するよりも早く、最短最速で敵の中枢である王都ネヴァサを陥落させる。しかしネヴァサは城塞都市であり、攻略には兵士が不足している。兵力優勢を得るため、同時並行でベグニオン国境に備えている公爵たちの軍と合流する――というのは筋が通っている。

 

 対してこちらは、奇襲のリスクがある道を安易に通りたくないというメタ的な思考に立脚している。奇襲を回避する努力をすればいいのかもしれないが、如何に気を付けても100%にはならない。運命を変えるという観点では、そこを訪ねること自体を避けるのが賢明だ。だからその進軍路を避けたい。

 

 合理性に対し、こちらは感情で反対しようというのだ。実態を知られていれば鼻で笑われそうだが、こっちの感情も、向こうとは異なる合理性でコーティングしてやればいいのだ。

 

「……理由を聞きましょう」

 

 セネリオがこちらをじっと見ながら、促してくる。

 

「第一に、ベグニオン領に駐在している軍勢はセリオラ・テルグム公爵たちが集めた二線級の兵士や傭兵の類です。そして先ほどの作戦案だと、ネヴァサに向かうには難所であるダルレカを通る必要があります。軍を二手に分けて迎えに行くほどの価値はありません」

 

 これはけっこう誇張した表現だ。確かに練度は低いが、城攻めに使えなくても、城下町の占領くらいには全然使えるだろう。その時点で価値はあるのだから、俺は今嘘をついていることになる。

 

 ただ難地であるダルレカを通る価値があるかについては、俺はあまりないと思う。オルリベス大橋からネヴァサまで一直線に進むなら、ダルレカは攻略しなくていい。地形上の問題が原作でも散々指摘された土地を攻略する手間に見合うかは、兵隊の質の嘘を勘定に入れずとも微妙である。

 

「うーむ。軍師殿、北方軍の弱さは俺たちもよく知るところだ。戦力として数えるのは良くないのではないか?」

 

 スクリミルから予想外の援護射撃が来た。しかも経験則からくる、ちゃんと説得力のある内容だ。正直すごく助かる。

 

「第二にラグズとベオクの進軍速度の差です。先ほどの案ですと、第二軍がネヴァサに到着するまでお待たせすることになるでしょう。その間、補給路となる街道を押さえるのにも兵力を割かねばなりません」

「クリミア軍は知らんが、ベグニオン軍はアンタが率いれば早いだろ。『神速のモンテ』なんて呼ばれてるんだって?」

 

 くそ、今度はネサラから指摘が入った。

 

「……第二軍の進軍速度については、ベグニオン軍のこれまでの行軍速度を考えれば可能と計算しています」

「あれはかなり無理を通しています。リバン河の進軍速度は休息を減らしての強行軍、クリミアの時は聖竜騎士団を輸送に用いました。どちらも敵地でとる作戦ではありません」

 

 進軍速度については、可能かどうかも勿論だが、安全かどうかが最重要だ。ベグニオン領内ならばともかく敵地で休息を減らした強行軍など論外だし、竜騎士を用いた空輸も曲芸が過ぎる。

 

 セネリオは少し考え込んだ後、口を開いた。

 

「……こちらの見込み違いがあったのは分かりました。ちなみに代替案はありますか?」

 

 よし。どうにかここまでは持ってこれたぞ……あとは代案を出すだけだ。

 

「まず、中央街道を進軍するという大枠については私も否定しません。ただ軍は分けず、全軍で進軍しつつ、街道の村々を制圧して補給路を確固としたものにすること。そして進軍目標は直接ネヴァサに定めるのではなく、二段作戦とすることです」

「二段作戦ですか」

「地図をご覧ください」

 

 そういって、皆の視線をデインの地図へと向けさせる。ベグニオン統治時代に各地に建設された収容所まで記載された新しい地図だ。

 

「第一目標はウムノ収容所がいいでしょう。ネヴァサにもほど近く、多くの兵員を収容できます。敵の襲撃にあったとして防衛拠点としても使えるのもいいです」

 

 デイン王国、ウムノ収容所。国内に建設された収容所でも最大規模を誇り、多くのデイン兵がここに収容されていた。原作でもミカヤたち解放軍がこの収容所を舞台に戦闘を行い、多くの兵士を解放したことで駐屯軍とのパワーバランスが逆転した。

 

「使節の折、我輩も見て参りましたが……確かにそこらの城よりもよほど壮大でしたな」

 

 デイン解放後、使者としてデインを訪れたユリシーズから証言が入る。

 

「城よりデカい収容所ね……さぞ、大きな金が動いたんだろうな」

 

 ネサラが思わせぶりに口にした言葉は、まるで何かを知っているようで……あっ、そっか。確か原作でヌミダを破滅させられる弱みを握ってるって言ってたな。もしかしてこれか?

 

 情報をうまく回収できれば、ヌミダを上手く操る側に立てる。要らなくなったら捨てることも可能だ。逆にほったらかしにしていると、キルヴァスはヌミダを自由に操ることができる。一応あんなのでも、ヌミダはバルテロメと並んで元老院右派の重鎮である。俺がバルテロメを切り捨てていたら、それこそヌミダが派閥のトップで確定だったから状況は辛うじてマシか?

 

 なんでアイツ、自分じゃ何にもできないのにこんな要石みたいなポジションになってるんだよ……殺して次席の、原作に出てこない有能が現れる方が怖いから軽率に暗殺もしづらいし……

 

 ……ヌミダの件は後だ。まずは作戦の話を進めてしまおう。

 

「ウムノ収容所まで進軍した後は、敵情を窺いながらデイン方の反戦派・中立派を取り込みましょう」

「……ちなみに候補はあるのですか?」

「まずはマラド自治領から当たりましょう。先の戦争でもマラド自治領は中立を貫いていました。今回の戦に大義がなければ、彼らは参戦していないでしょう」

 

 寝返りをした者に対し、不忠だ、信用できないと嫌う者もいるが、自分はあまり悪感情はない。

 

 利がなければ裏切るのは人間ならば当然のことだ。忠誠心なんていうのは自己申告制で、軍団のそれは極刑とプロパガンダが生み出す虚構だ。忠義の人なんていうのは、その人が歴史上の人物となって初めて存在が証明される代物にすぎない。

 

 そう思えば、突然前世に意識を乗っ取られながらも感情を揺さぶり、最終的にヘッツェルを救うところまで持っていった今世のモンテ将軍は立派だが……あれは特例だ。基本的に存在しない前提で動いたほうが『合理的』である。

 

 利がなければ裏切る者たちを駆使して、目標を達成する。それはここまでついてきてくれた兵士も、裏切るデイン兵も、これまで積み上げた信頼の差はあれど、本質はなにも変わらないのだ。

 

「……敵の寝返りを勘定に入れるのは、確実性に欠けると思いますが」

 

 もっとも、本当に裏切ってくれるのかという不確実性はセネリオが言う通り残る。これも想定内だ。

 

「敵が意思統一出来ていないからこそ、付け入る隙はあると思います……なにより今回の戦、ペレアス王が望んで起こしたとは考え難い。セフェランや、デインに逃げ込んだルカン、そしてイズカのような悪意に雁字搦めになっている可能性があります」

「……上手くいけば、ペレアス王やタウロニオ将軍まで引き抜けると?」

「無論状況次第ですがね……ともかくそうして、敵情の確認と引き抜きを実施しつつ、準備が整い次第ネヴァサに向かうというのが私の案です」

 

 これが、セネリオ案に対するモンテ案だ。こちらはセネリオ案に対し、街道をしっかり制圧する安定感と上手く行ったときの上振れ幅で勝り、最終的な攻略速度と確実性で劣る。

 

 辛うじてトレードオフになってるとは思うが、どうだ。

 

「ひとつ質問よろしいでしょうか」

 

 セネリオからの質問だ。

 

「なんでしょうか」

「ウムノ収容所に駐留するために街道を支配する必要があり、そのために街道の村々を制圧する。それは分かるのですが、デイン民衆の反ベグニオン感情や反ラグズ感情は相当なものが予想されます。普通のやり方では達成できなさそうですが、策はありますか?」

 

 セネリオの疑問はもっともだ。デイン国民の感情を考えれば、彼らが素直に言うことを聞く可能性は限りなく低く、抵抗が予想される。彼の速攻案に、街道を強く制圧するとの意図が薄いのはそういった事情もあるのだろう。

 

 俺は考えている案を提示する。それを聞いたセネリオの反応は――

 

「……確かに合理的な手段ではあります」

 

 特に不満はなさそうだった。

 

「……これは少し、いえ。あまりにも非道すぎるのでは……」

 

 反面、それを聞いて暗い反応を示したのは王宮騎士団長のジョフレや、親衛隊隊長のシグルーンといった面々だ。

 

「とはいえ我が友ジョフレよ。これほど効率的な手法はないだろう。それに表面的な人死には、武を以てそれを為すよりもずっと少なく済む」

「……」

 

 ユリシーズに説得され、ジョフレは黙り込んでしまう。いやまぁ、この世界の人には刺激が強い策なのはそうなんだ。なんせこれをやられたら、現代人でも抗えないのだから。

 

「……セネリオ。モンテ将軍の案、どう見る?」

 

 アイクに問われたセネリオは、客観的な分析を述べ始める。

 

「一度地固めをするという意味では、僕の案よりも堅実です。ベグニオン国境の軍が想定より頼りにならない陣容であるというのも信憑性はあります。ただデイン方の寝返りが不確実というのと、例えデインの寝返りが上手くいったところで、どうしてもネヴァサ攻略に取り掛かるのは遅くなります。物資や人員の負担は避けられないかと。それとこちらが調略をかけている間に、敵が意思統一を完了した場合が裏目になりますね」

 

 うーんそうね。どうしてもネヴァサ攻略が、セネリオ案より遅くなるのは否定できない。寝返りが十分でなければ兵士も足りない。そこはカバーできないんだが……

 

「その代わり、もし大物を引き抜くことが出来れば、戦後のデイン統治に有利に働くでしょうな」

 

 ユリシーズがフォローを入れてくる。彼はこの作戦、かなり乗り気なようだ。特に根回しはしていなかった……というよりは根回しする隙もなく会議が始まってしまったんだが、クリミアに利する要素があったのだろう。戦後統治の都合や、あとはエリンシア女王がなるべく民の犠牲を減らすよう注文してあるとか。

 

 ともかく一票あるのはありがたい。あとはラグズ勢の賛同だ。

 

「私の案の方が、戦場にする地域が狭く、敵対するデイン人も少なくなります。死傷者もこちらの方が少なくなるでしょう。戦場の負の気は抑えられるのでは?」

「……メダリオンの邪神か」

 

 ネサラが言う通り、今回の戦は勝ち負けの他に、アスタルテの復活という爆弾まで抱えている。ミカヤが行方不明な状態で、もし負の気の影響でアスタルテが復活したら第四部が始まるまでもなく世界の終わりだ。ベオクとラグズは問答無用で石にされてしまう。

 

 本当はこの戦自体を回避すべき……というか参加しない国を設けたほうが良かったのかもしれないが。そこはもう上できまっちゃったから、どうにもならないんだよな。

 

「そうか、今回の戦はそれも考えねばならんか……」

 

 スクリミルが唸る。

 

「今回の戦場は、ゴルドアを除いたすべての国が参戦することになる。敵対する相手を絞って効果があるかは分からんが、デイン一国全てを相手にするよりは、復活の可能性は低いか」

 

 ティバーンも概ね同意を示してくれた。

 

「……物資が不安でしたら、我輩から再度女王陛下に伺ってみましょう。リワープの杖をお借りしたいのですが」

「それは問題ありません」

 

 ユリシーズからの申し出を承諾したところで、セネリオが口を開いた。

 

「でしたら、モンテ将軍案で進めていきましょう」

 

 特に不服そうという訳でもなく、冷静な様子でそう口にしたセネリオ。他の陣営の不満がない合理的な策が出てきたから、そちらを取るといった感じだろう。

 

 ……ともかくだ。これでベグニオン軍は、原作で奇襲を受けた峡谷に足を踏み入れることがなくなった。歴史が変わったのだ。

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