ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第五十三話 しっこくハウス

 連合が作戦案を決定した、ちょうどその頃の出来事である。

 

 ミカヤが連れてこられた山小屋には、漆黒の騎士の鎧を纏うゼルギウスが在った。

 

「……」

 

 ミカヤが心配そうに眺めるのも無理はなく、彼はこの山小屋に転移して以降、ぼうっと暖炉の火を眺めるばかりで、何ひとつ言葉を発さなかった。

 

 その脳裏には、先日のやり取りがリフレインしているのだった。

 

 

 

 

 

「調略が表沙汰になった……!?」

 

 セフェランと合流したゼルギウスは、主から衝撃の事実を知らされる。

 

「存外と早くバレたものです。慣れないことをするものではないですね」

 

 その時のセフェランの様子は、ベグニオンを事実上追放されたにしては動揺が少ない。とはいえ彼は元々、旅の賢者としても活動している。貴族としての生活にどっぷりという訳ではないから、家を追い出されようと生活には困らない。

 

「セフェラン様の計画には……」

「これといった支障はありません。彼らは戦争を止められない。女神の復活は時間の問題でしょう」

 

 セフェランが去った後の連合の動きは、彼が想定していた通り……あるいはそれよりも好戦的な選択肢であった。戦場に漂う負の気は強くなっており、このままデインとの戦争に突入すれば女神が復活する可能性は十分にある。デインのベグニオンに対する不信感は根深く、最早セフェラン自身が戦火を煽る必要などない。

 

 セフェランは少し考えるそぶりを見せる。

 

「……しかしゼルギウス。貴方を巻き込んでしまいました」

「構いません。私がお仕えするのは、セフェラン様ただ一人です」

 

 その言葉に対する、セフェランの回答はなかった。セフェランは目を閉じ、考えを巡らせる。

 

 ――彼が本当に、世界の終焉を自分の意志で望んでいるのか。

 

 メダリオンに封じられた負の女神ユンヌが、戦争の負の気によって目覚めるとき。それは正の女神アスタルテが目覚めるときであり、彼女は目覚めると同時に、人間たちに裁きを下す。

 

 八百年前、彼が妻のオルティナや、ソーン、デギンハンザーといった三雄と共に、アスタルテに誓った内容だ。その時はもう目前にまで迫っている。そんな状況になって初めて、自分に付き従ってきた目前の男が、忠節を抜きにして世界の終焉を望んでいるのかが、気になってしまったのだった。

 

「……今後、我々はどのように動きましょう」

 

 沈黙に耐えかねたゼルギウスが、そう質問すると――

 

「私は……この戦争が終わるまで、事態を静観しています」

「でしたら私も――」

 

 ゼルギウスが言葉を続けようとしたところを、セフェランが遮る。

 

「ゼルギウス。貴方は私の傍を離れ、自分が為すべきと思ったことを為してください」

 

 ――セフェランから放たれたそれは、あまりに唐突な宣言であった。

 

 

 

 

 

 転移してくるや否や、呆然とした様子を見せたまま何も語らないゼルギウス。普段から必要最低限以外を語らない男ではあるが、今回はそれとは明らかに様子が違う。厳めしい鎧兜に身を包んでいても、その背中からはまるで捨て犬のような哀愁が漂っていた。

 

「……騎士様? なにか、お悩みなのですか?」

 

 ミカヤが問いかける。

 

「……我ながら情けない話だ。為すべきを為せと命じられ……何をすればいいのかも分からず、ここにいる」

 

 ゼルギウスと主の間に、何かがあったのだと直感したミカヤが、真剣な面持ちで問いかける。

 

「……教えてください、騎士様。貴方の主……セフェラン殿が、わたしを殺そうとした理由を」

 

 少しばかりの沈黙を挟んで、ゼルギウスは答えた。

 

「……そなたを殺した罪をクリミアに擦り付け、両国間で戦を起こすためだ」

「ど、どうしてそのようなことを……!?」

 

「……少し長くなるが、そなたには知る権利がある。私の知る限りを伝えよう」

 

 

 

 

 その言葉通り、ゼルギウスは自分が知りうる限りのことを話し始める。

 

 といっても彼が知っているのは、彼の目標とするメダリオンに封じられた女神の復活、アシュナードに対する干渉、三年前、そして今回の戦争における暗躍くらいである。セフェランが鷺の民であるとか、三雄と共に女神と約束した内容、印付きに纏わる起源など、そういったところまでは知らない。

 

「……これが、私が知っている限りだ」

 

 それでもミカヤにとっては、あまりにも濃密な内容であり……そして特にデインに対して、途轍もない陰謀を巡らせていたことに愕然とする。深く絶望し、顔を青くする。

 

「……どうして? どうして、デインだったの……? わたしたちの戦いは、なんだったの……?」

「……」

「ラグズを差別していたから……? でもそれは……国ごと操られて、沢山の人が苦しめられるほどのことなの……?」

 

「私はあの方の下で、無数の悪事に手を染めた。弁明の余地はない」

 

 ゼルギウスはあえて突き放すような言い方をする。世界はいつまでも争いが絶えず、醜いという主の思想に対する同調がなかったとは言えない。しかしそれ以上に、自身の罪を深く自覚しつつ――それでもなお、主君の傍を離れなかった。離れられなかったという意識がそうさせたのだった。

 

 そしてその心中を、心を読む能力ではなく――同じ経験をした同族であるからこそ。ミカヤは即座に理解することができたのだった。

 

「……怖かったんですよね。初めて自分を認めてくれた人に見限られるのが。ひとりぼっちに戻るのが」

 

 ゼルギウスの驚愕は、兜の向こうからでも容易に察せられるほどのものだった。

 

「……以前、騎士様はわたしの事を"同じ"だと言っていました。やはりそうなのですね」

 

 ゼルギウスとミカヤは、同じ印付き。その人生は双方とも決して平坦なものではなかった。混血となっているラグズの血にもよるが、印付きは一定の年齢になってからの成長スピードが異なる。そのため同じ場所に留まっていれば、いずれ印付きであることがバレてしまうのだ。そのため多くの印付きは人目に付かないように生き、住む所を定期的に変える。

 

 この時代に、土地や親族の繋がりのない人間などまともな人脈を築けるはずもない。ミカヤもゼルギウスも印付きとして、そうして生きてきた時期があった。だからこそミカヤの言葉はゼルギウスに強く響いたのだった。ゼルギウスは観念したように話し始める。

 

「……ベグニオン帝国軍には、私の事を慕ってくれた者も、戦友と呼んでくれた者もいた。だがそれは……私が漆黒の騎士であり、印付きであることを知らないからに過ぎない」

 

 脳裏によぎるのは、モンテやルベールを始めとした、帝国で知り合った者たち。皆一様にゼルギウスのことを慕っていた――それが、自身の正体を知ったとき、どう反転するのだろうか。

 

「デインにも、私のことを頼りにしてくれた者はいた。しかしそれも……私が印付きで、セフェラン様に送り込まれた密偵ということを知らないからだ」

 

 漆黒の騎士として過ごしていた時も、周囲に壁を作って誰とも接しないようにしていたわけではなかった。彼の武勇を信じ、羨望した者たちだって少なくないのだ。でなければ四俊として、デイン国内で名が知れるような立場になることはなかっただろう。

 

「私の経歴は嘘で固められて……セフェラン様を除いて、誰も本当の私を、知らない」

 

 そこまで言い切って、ゼルギウスは自嘲を零した。ずっと闇の中を歩き、誰にもその本性を知られることはなく、最後は闇に溶けるのみ。自身にあの忌まわしい印さえなければ、あるいは。そんな願いすら自分には余るものだと、彼はそう思っている。

 

「でも、わたしには教えてくれました」

 

 ――漆黒の兜の向こうから、光が差す。

 

 暖炉の前に立った乙女の銀の髪が、灯を反射して煌めいた。

 

「わたしは小屋を出て戦争を止めないといけません。もし"為すべきこと"が決まらないのでしたら、どうか力を貸してください。騎士様」

 

 ミカヤから差し出された右手。普段は手袋にて隠されている印が、右手の甲に刻まれていた。

 

「……私に、手を差し伸べるのか?」

「その代わり、戦争が終わったらセフェラン殿に言ってください。『こんなことはもう止めてください』と。もしそのセフェラン殿が血も涙もない人で、そんな提言一つで貴方を切り捨てるなら……わたしが貴方の居場所になります」

 

 ゼルギウスはその手を胸くらいの高さまで持ち上げ――本当に握ってもよいのか、躊躇いを見せた彼の手を、ミカヤは両の手で捕まえた。

 

(――人の手を握ったのは、いつ以来だろうか)

 

 ゼルギウスは内心でそう思う。

 

(……こんなにも、暖かいものだったか)

 

 手を握り、沈黙のまま見つめあう二人。その静寂を引き裂くように、小屋の外から声が上がった。

 

「――ここか!?」

 

 一瞬驚くミカヤだが、すぐにその声が、よく見知った者たちの声であることに気づく。

 

「待ってろ、今鍵開けを――」

 

 彼女がよく知る――暁の団の皆だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 暁の団の一行――ノイス、サザ、エディ、レオナルド。そしてオルグは、ミカヤが連れていた小鳥ユンヌに導かれるように山を登り、そこで一軒の山小屋を見つける。煙突から煙が上がり、窓から明かりが漏れている様子から、中に人がいることは確定的であった。

 

 扉の前で鍵開けの準備をしていたサザだったが、扉に手を付けようとした矢先、鍵が開錠される。扉を開けて現れたのは、威圧的な漆黒の鎧に身を包んだ男。デインの四俊、漆黒の騎士だった。

 

「……っ!?」

 

 サザは大きく跳躍して、後ろへと下がる。外は一面の雪景色で、吹雪くほどではないが、雪が降っていた。

 

 粉雪混じりの一陣の風が、ゼルギウスの真紅のマントを舞い上げる。その背後から、暁の団の探し人たるミカヤが姿を現した。

 

「サザ!? それに皆も、どうやって……!?」

 

 特に乱暴を振るわれたり、怪我をした様子のないミカヤの様子を一目見て、サザはまず安堵する。

 

「ユンヌが連れてきてくれたんだ」

 

 その言葉と共に、サザの肩に止まっていた橙色の小鳥――ユンヌが飛び立ち、ミカヤの肩に止まった。

 

「ユンヌが……そうなの」

「漆黒の騎士……いや、ゼルギウス! あんた、何考えてるんだ!」

「……問答をしている暇はない」

「ふざけるな!!!」

 

 サザが短剣を構え、飛び掛かろうとするが――その肩は年長者のノイスにがっちりと掴まれる。

 

「待て待てサザ、お前が突っかかっても勝てるわけないだろ」

「ノイス!」

「見た感じ敵意はなさそうだ、まずは言い分を聞こう」

 

 そう言ってノイスは、ゼルギウスに視線を向ける。

 

「私は銀の髪の乙女の指示に従う。それがきっと……今の私が為すべきことなのだろう」

 

 彼の言葉を受け、ミカヤは暁の団の面々に向けて宣言をした。

 

「皆、山を下りましょう」

 

 

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