「俺たちに続け、突破するぞ!」
天幕の向こう、遠くから声が響く。オルリベス大橋を突破するための軍を率いるアイクだ。
「始まったか」
「モンテ将軍。我々は後方で待機でよろしいのですね」
ロンブローゾが改めて確認を取る。オルリベス大橋での戦いは、今回アイクとグレイル傭兵団……まぁプレイアブルご一行の面々を先陣としたクリミア軍が担当する。ベグニオン軍は後詰めだ。戦闘が始まっているのに、ベグニオン諸将を集めて呑気に軍議をしているのもそのためである。
「我々はクリミア軍……グレイル傭兵団がオルリベス大橋を突破したのを見計らい、対岸へと移る。そのあとは近隣の村落を制圧しつつ進軍だ。制圧については各部隊長単位で展開した作業手順を抜かりなく実施してくれ」
ちょうど蒼炎の軌跡時代、ゼルギウスがベグニオン軍を率いてやったような立ち回りだ。あまり俺たちが出しゃばりすぎると自軍の兵の士気に直結するし、戦後にクリミアがデインに対して賠償を求める際にも枷となる。戦後を見据えれば、クリミアがデインに勝ったという形にできるこのやり方がベストだと思う。
この構図……要は主体がクリミア軍でなければいけないと提言したのは当時のセネリオだが、蒼炎時代の彼はかなり政治についても一意見を持って、楽観的なアイクやエリンシアに活を入れるポジションであった。暁に入ってからは鳴りを潜めていたが、政治をやらせてもしっかりこなせる人材だ。
……アイク、セネリオをブレーンにして真面目に政治家に転身してくれないかな。原作の悪党皆殺しエンドならさておき、今の世界には彼の光が必要だと思う。でもテリウスファンボーイとしては、彼には穢れを知らない一本筋の通った青年のままでいてほしい気持ちもあるし、うーん……
「やれやれ。天下のベグニオン中央軍を捕まえて残党狩りとは……いいご身分ですな」
ロンブローゾが軽口を叩くと、何人かの将軍が同調してははっと笑う。任務が始まったら俺がトップダウンで管理するので、平時に緩いのは別にいい。メンツも中道~元老院派でまばらだし、少しずつ横の連帯が取れている気がするのは微笑ましさすらある。いっそ、ちょっと乗ってやるか。
「逆に考えよう。半獣狩りと違って、デイン兵と積極的に戦っても恩賞は出ない」
「それはもっともですが……」
「ただ、敵はデインだ。なりそこないを使ってくる可能性はあるから、そのときは報告してくれ」
にこやかに話してやると、将軍たちの緊張もほぐれた様子だった。でも実際問題、イズカがデインにいるのならばなりそこないの出陣は考えねばならない。本当に少数だが竜麟族が出てくる可能性もある。
とはいえ、俺の言葉がお気に召さないのか。背中に鋭い視線を刺してくるお方が一人。
「……モンテ将軍。その半獣狩りというのは」
サナキが言いかけたので、振り返ることすらせず真顔で止める。軍の総司令官としてここは譲ってはいけない。
「陛下、お気持ちはわかりますが、『それは一線を越えます』。今回の戦では継続しましょう」
「む……」
この場ではもっとも強い語気でサナキを押し留める。あとでサナキには謝罪しにいかなきゃいけないが、そもそも軍には遠征で不満を持たせている上に『ラグズ連合との和平条件』と『兵站のクリミア軍との共同管理』というデカい妥協を二つも飲ませている。これ以上天秤を傾けると、予測不能の挙動をしだす可能性を否定しきれない。
この場にいる将軍たち、そしてサナキでさえも。俺がこの軍を『コントロールできている』と思っている。でも実態は少し違う、正しくは『一線を越えないラインを見極めて、後から辻褄合わせをしている』だけだ。俺が見誤ったらこの軍は呆気なく機能を停止する。
ただ皆が、俺が軍をコントロールできていると思っているから、過激な連中が変な気を起こさないという側面もあり……だからこそ表面上は、容易く盤上を操っているかのような優雅さを崩してはならないのだ。有無を言わせず背中で引っ張れる、アイクやゼルギウスみたいなカリスマがあればな。ないものねだりなんだけどさ。
「安心してくれ。君たちが戦う上で損な思いはさせない。仮に損をさせたならば代替案を引っ張ってくる。それが私の仕事だ」
俺の言葉に、元老院派はおろか神使派とされる将ですら安堵の表情を見せていた。神使派と一口に言っても、それはあくまで、政治的に腐敗している元老院と距離を取りたい中間層に近い人も含まれる。だから軍隊に対し、神使が非常識なことを言えば、それを諫めてくれる人間がいるというのは安心感があるのだろう。
この軍が生きていくために、俺は行動で"利"を示し続けるしかない。
――軍議後。サナキの元に一人赴く。当然先の軍議での発言について釈明するためである。親衛隊隊長のシグルーンや副長のタニスといった、親衛隊の面々も同席の下だ。
「そもそも半獣狩りとは、なんという呼称じゃ……」
あれやこれやと喋っていると、サナキがぽろっと零した。
「もちろん差別的な思想はあるでしょうが……最たるは、化身したラグズと戦う勇気への報酬です。対ラグズは化身していないところを攻撃するのがもっとも有効ですが、軍隊全体がそんな状態では、戦うこともままならない」
「……化身が解けるまで他の者に戦わせて、最後だけ自分が持っていくということか」
「そうです」
FEプレイヤーならおなじみのスティールだが、軍全体がそんなものを狙い始めては軍律もへったくれもない。なので化身状態の相手と戦い勝つという、いわゆる損な役割を担ってくれた者は、その実利以上に賞賛されるべきものである。これは差別でもなんでもない。
「……そもそもベオクにとって、敵対するラグズというのは恐ろしいものなのです。同程度の練度であれば、ほぼ間違いなく負けますからね。その恐れは汲み取ってやらねばなりません」
「……武器を持ったベオクとは、なにが違うのじゃ」
「ベオク同士であれば、武器を手放せばその場で戦意の喪失を意思表示することができます。ですがラグズはそうじゃない。彼らはいつでも化身して、武器を持ったベオクよりも強い力で攻撃できます」
思い出されるのはフェニキスでの出来事だ。フェニキス城の制圧時、敵が化身の石を隠し持っていたために最期の最後で乱闘になった。ラメールが看破していなければ被害が出たかもしれない。
そういうことを、戦闘兵はおろか訓練兵や一般人すら平気で行ってくるのがラグズであり、化身というラグズのほとんどが持つ"戦闘能力"の難しさだ。
「……もっと言うと平民も怖いのでしょう。ベオクの民の多くは、ラグズが人を食うとすら思っているくらいです」
「それは、ラグズに対する無理解ではないか? なんとかしてその誤解を解けぬのか」
「シグルーン殿はどう思われますか」
同席している親衛隊隊長に話を振ると、自身の意見を話し始める。
「……今まで出会ってきたラグズの方々がそんな方たちではないことは、間違いないと思いますわ。まずは誤解について広く周知して――」
「……モンテ将軍はそう思っていないようですね」
「……本当は戦後にやるべきなのでしょうが。現状を俯瞰できる方がちょうど陣にいらっしゃられるので、予定を伺ってきます」
軍、そして訪ね人のスケジュールを考えると、ここで済ませておかないと当分先になってしまう。
◇◇◇
当該人物のアポはその日のうちにあっさり取れた。からっとした人柄であるから、特に心配もしていなかったが。天幕には俺とサナキの他、親衛隊のシグルーン、タニス、そしてネサラも呼んだ。
「……皇帝陛下の社会勉強ってところか。俺も参加していいのか?」
ネサラが聞いてくる。
「テリウスのラグズの常識は、ラグズの方に語ってもらった方がいいですから」
「そうか。ま、俺もちょっとは興味がある――幻の国ハタリ。ベオクとラグズ、そんで親無しも仲良く楽しく暮らす理想郷って奴がさ」
「ラグズ連合にいた頃に、直接話さなかったのですか?」
「今からベオクと雌雄を決するってタイミングで話す内容じゃないだろ?」
「……ごもっともです」
そんなことを喋っていると、今回の主役が天幕に現れる。
ハタリの女王ニケ、そしてその王配であるセリノスの第一王子ラフィエル。
「直接顔を合わせるのは初めてだな。ハタリの女王ニケだ」
「わ、私はサナキ=キルシュ=オルティナ。ベグニオン第37代皇帝である」
「そう緊張するな。同じ陣に集う仲間なのだ」
ニケが手を伸ばしたので、サナキもそれを取る。
「それで……これから戦だというタイミングで、私に何か用か?」
「単刀直入に伺いたい。貴国では、ベオクやラグズ、こちらでは印付きと呼ばれている混血の者も、差別なく暮らしているという。いったいどうやって、そのような社会を築いたのだ?」
サナキの質問に対し、ニケが答える。
「……どうやってもなにも、私が即位した時点でそんな話は全くなかった。違うことに対して多少の諍いはあるが、自然はこちらに比べて豊かではないし、助け合って生きていかねばならない風土はあったから、きっとそれが原因なのではないか?」
「なるほど、片側の種族のみで生きていけるからこそ……テリウスでは、お互い奪い合いになったのか……」
うーん、クリティカルな原因ではない気がする。資源が少ないならなおさら、同じ属性で固まって他の属性を追い落とそうとするのが、人間の自然な仕草だ。無論、争い合ってたら砂嵐が来て、争いどころではないという教訓が生まれて不文律化したとか……そういう可能性もなくはないが。
正直、ベオクと印付きはまだわかる。印付きの方が寿命が長くて特殊な能力を持っていたりするくらいで、外見はほぼ同じだし、突然化身とかいう武装状態に移ることもない。ベオクとラグズ、これもまぁ、原作を見る限り個人単位でなら分かり合うことは難しくなさそうだ。
問題はラグズと印付き。テリウスの印付きは『禁忌を起こしたことによる女神の罰』というデギンハンザーやエルランが作った宗教的な烙印はあるものの、それだけでは説明できないことがある。ベオクよりラグズの方が、強く印付きを差別しているという事実だ。
ラグズから印付き――ラグズ側は親無しと呼ぶが、その苦境は作中セネリオの口から語られる。一瞬だけ蔑んだ冷たい眼差しを向け、その後は存在を無視され、まるで最初からそこにいないように扱われるのである。
ベオクも異能力や、成長が遅いことを気味悪がることはするが……ラグズの差別は一段過激だ。その原因は宗教ではなく、ベオクと子を為したラグズは化身能力を失うという現実に即したものなんじゃないかと考えている。
つまりラグズから親無しへの差別は、こっちにおけるデギンハンザーたちの『嘘』がなかったとしても発生したんじゃないか。そんな仮説も成り立つのだ。実際デギンハンザーが嘘をついて、ベオクとラグズの婚姻を禁忌としたのも、ラグズ側の強い拒否反応と、ラグズという種の性質を奪う存在に対する危機感が生まれることを懸念した結果だ。
そんなことを考えているうちに、次はネサラが質問をする。
「ちなみに王ってのは、どうやって決めるんだ? 血か、力か」
「血筋は重要ではない。王となるべき能力がある者を皆が選ぶ」
「こっちで言うところのラグズ式か」
……待てよ。
一つの仮説が脳裏に浮かぶ。もちろん原作には欠片も出ない情報だが、一応の辻褄は合うはずだ。
「……王には、力のある者が……戦いが強い者が選ばれるのですか?」
「それはないな。なぜならそれでは――」
……ニケの口から放たれた言葉は、ほとんどこちらの予想通りだった。
「――ずっとラグズだけが、王についてしまうだろう?」
ベグニオンを舞台としたベオクとラグズの闘争の、その根源とも言える現象を。ニケはその前提知識など持っているはずもないのに、ピシャリと言い当ててみせた。
「……そういうことか」
ピンと来たらしいネサラが呟く。
遥か昔、ラグズが優勢だった時代があったことは、原作でも僅かに触れられる。その時代、親無したちは汚れた子として弾圧され、私刑によって命を奪われることもあったという。
その時代のことが一段と掘り下げられたのが設定資料集だ。ベグニオン王国初代女王オルティナの次代王には、同じ三雄であるソーンという獣牙族の男が選ばれた。その後どこかのタイミングで、数代続けてラグズが王位に就くという出来事が発生。ラグズ達は増長し、ベオクは能無し。そして――『力ある者が王位に就くべき』という思想を抱くに至る。
『力ある者が王位に就くべき』。これは現代においては能力主義、メリトクラシーというものであり、貴族制よりは平等なのだが、実際には様々な問題が発生する。ピーターの法則は有名だし、例えば性差による肉体・精神構造の違いであったり、親の経済状況や教育環境の違いによる格差の拡大……
現代の話はいったん脇に置いて、ベオクとラグズの話だ。『力ある者が王位に就くべし』とは、一見理にかなっているように見えるメリトクラシーだが、その実は化身能力を有するラグズ側が圧倒的に有利に立てる、不公平な条件だ。ただし一つ例外がある。
「……それならばテリウスにおける混血に対して、ラグズからの差別意識が特に強いことに理由がつきますね」
「テリウスのラグズにとっての化身能力と、ハタリのラグズにとってのそれに、認識の開きがある……?」
そう……『ベオクと子を為して、化身能力を失ったラグズ』は、この恩恵に与れない。それだけではない。弱いラグズにとって、この『力』を基軸に置いた社会は、ひたすら自分の意志をのけ者にする不自由な主義に過ぎないのだ。
作中に登場する人物で、貴族主義に対する批判はあっても、ラグズ側の能力主義に対する批判はほとんど行われない。作中のラグズ達はそれを否定することはなかったし、アイクもそれに近いくらいの立ち位置を取るくらいだ。
いやまぁお話としては、中世舞台で貴族主義に対する能力主義を批判する文脈を、現代人の倫理観からツッコみを入れるのは無粋極まるのだが……ここが現実で、『差別をなんとかしよう』なんていう現代人も尻尾すら掴めていない途方もない目標を掲げるなら、直視しなければいけない問題だ。
ニケは決して作中でのセリフが多い訳でもないが、その中に一つ印象的なエピソードがある。
それは彼女らが、デイン解放軍に力を貸していた時。自身の部下であるオルグをミカヤたちに帯同させるために、彼女はオルグに対し『半化身』を使うように命じた。半化身とは化身による能力の上昇を抑える代わりに、一日中化身していられるというもの。
そしてニケはミカヤに対し、彼を犬として扱うように言うのである。自身の能力に誇りを持っているテリウスのラグズなら、絶対に有り得ない柔軟なやり取りだ。恐らくハタリでは、ラグズがベオクと子を為して化身能力を喪失しても、権利を失うような目に合わないのだろう。
「……もし、このテリウスがハタリのような……皆が暮らせる理想郷になることを目指すというのなら……」
サナキが難しい顔をしながら、そう口にする。少なくとも彼女は、それと向き合おうとしている。
「変わらなければいけないのは、ベオク社会だけではないということです」
俺がそう答えると、サナキは難しい顔をしながらも頷きを返した。
……いやしかし、印付きの差別一つで、とんでもないデカい話になってしまった。今からでも「こっちがハタリみたいになれないのは、デギンハンザーが嘘ついてたのが全部悪いです。ほらみんな仲良くしてねー」で、差別が解消することにしません? ならない? そう……
ハタリの内情についてはベオクとラグズと混血が暮らしていて、資源が少なく、テリウスより栄えていないというくらいしか情報は開示されていないです。なのでここで書いた内容はほとんど作中描写を見ながらの妄想です