アイク率いるクリミア軍は、特に問題なくオルリベス大橋を突破。懸念は戦闘中に橋を落とされることだったが、それもなかった。警戒しながらも対岸へと本陣を移動し、近隣の市街地の制圧に移る。
アイクが如何に一騎当千の英雄であろうと、彼一人で町を制圧することはできない。仮に町に300の家があったとして、彼が一つの家を制圧する間、他の299の家は無警戒状態となる。だから英雄がいようと歩兵は不可欠で、敵国を制圧するには兵数が必要なのである。
そして今回、その兵数役を担うのがベグニオン軍だ。しっかりと近隣を制圧し、オルリベス大橋という補給路を確固としたものにする。重要な役割である。
「――オルリベス大橋の検問設置が完了しました。周辺住民の反抗は限定的です」
伝令の報告を受ける。
「ご苦労。引き続き市街地の制圧に務めてくれ」
「はっ。失礼します」
天幕を去る伝令の背を見送る。ひとまずここまでは滞りなく進められたのは僥倖だ。最悪のパターンはここで初手橋を落とし、再建したかと思ったら市民に武器を持たせて突撃してくる展開だ。跳ね返せるだろうが、間違いなく士気が崩壊する。
デイン方もまだ情報が錯綜しているようだから仕方がないのだろう。ネヴァサまでは割と遠い。俺はリワープの杖で感覚が麻痺してしまっているが、中央との意思疎通は本来それなりに時間がかかるものだ。とはいえこのアドバンテージもいつまでも生きているものではない。油断せずに行こう。
「報告です」
次の伝令が本陣に現れる。定時の連絡ではないが、なんだろうか。
「どうした?」
「王都メリオルからの伝令です。レニング卿が回復したそうで、増援を編成次第、こちらに参陣するとのこと」
あぁ……確か、例の和平会談の時にラフィエル王子が協力を申し出たらしい件か。
原作でレニングは、アスタルテによって世界中のベオクとラグズが石にされた後……リュシオン王子によって、なりそこないの薬の効果を治癒し、最終章で加入する。といっても他の最終章前の参戦メンバーが豪華すぎるため、良くも悪くも騎兵の最上級職でしかない黄金騎将である彼を最終章に連れていくことは……まぁよっぽどクリミア勢が好きな人でもないとないんじゃないか。
とはいえ現状では個人の武力としても、一軍を率いる上での肩書も大きなものになる。かつての王位継承権一位にして、「武勇に並ぶほどなし」と謳われる将軍の復活により、クリミア軍の士気は上がるだろう。戦後は知らないが――
「その話、クリミア軍に別の伝令は送られているか?」
「いえ」
「だったらクリミア軍にも届けてやってくれ。今は街道を進軍しているはずだ」
たぶんこの情報でもっとも喜ぶであろうユリシーズは、現在クリミア軍と共に進軍している。
アイクは総大将――ラグズ連合や、ベグニオン軍も全てを見なければならない立場だ。そうなるとクリミア軍の総まとめはジョフレかユリシーズかの二択になる。で、ジョフレだと貴族の兵や徴兵を全部率いるのは政治的に難しいだろう。クリミアの諸貴族が軍を預けるとなったときに、もっとも合意が取れるのが王国の要として信用されているユリシーズとなるので、必然的に彼が音頭を取ることになる。
……いやしかし、国一番の文官が軍の代表とかたまらんな。戦死したらどうするつもりなんだろうか。
伝令が天幕を去ってから、同席していたロンブローゾが、驚愕の表情を浮かべる。
「……レニング卿。確かに音に聞く勇将ですが、三年前の戦いで死んだはずでは?」
そういえばこの情報は、まだ広まっていないものだったか。遅かれ早かれ公になる内容ではあるが。
「生きていたらしい」
「レニング様といえば、先王の弟で次期国王候補でしたよね?」
フォレも疑問を浮かべている。
「……クリミアは戦後大変かもしれませんね~」
シェリーですらそんなことを口にする。コルクを抜くだけで薬品チックな臭いが漂う、琥珀色の液体が満ちた瓶を片手にである。瓶に直接口を付けて飲んでいた。ここまで来ると素直に感心だ。
それはそうと、絶賛夢心地のシェリーですら先を危ぶむのがクリミアの後継者問題。本来王位を継ぐことがなく、反乱すら起こされたこともあるエリンシア女王と、本来次期国王として見られていたレニング卿。なんでこんなことが起こったかというと、先王ラモンが、次期国王にレニングを定めてからエリンシアをこさえてしまったためである。
やっちまったモンはしょうがねェ……という奴だが、原作である暁のエピローグではキチンとレニングは一騎士としてエリンシアの治世を支え、エリンシアは後世に名を残すとのことである。前作蒼炎の軌跡のエピローグでは、クリミア中興の祖エリンシア女王と救国の英雄アイクの物語がクリミアで最も人気のあるサガとして語り継がれるらしい。たぶんサガの最後に「なんでこの二人引っ付かないんですか?」と聴衆からツッコミを受けるまでが様式美だろう。
ベグニオン貴族としては、やっぱり政争が気になるところだが、原作描写的に、これは意外と何とかなるんじゃないかと思う。
「ただまぁ、エリンシア女王を武力で降ろそうってくらい気概のある貴族がクリミアにいるなら、フェリーレ公の反乱の時に乗っただろう」
「……それは確かに」
理由の大きな部分はこれだ。フェリーレ公の乱のとき、少なくとも原作描写では彼以外の貴族が便乗した様子はなかった。反乱が発生したとき、エリンシアの側近であるルキノは王都に兵を集めたが、下手したら集めた兵が諸侯の指揮下に入り、王都を制圧しても全然おかしくない場面だ。
表向きエリンシアに不満を持っていても、例え自身の地位を賭けてでも、国のためにあの女王を蹴落とさねばならん! と、鼻息荒く戦ったのはフェリーレ公だけということだ。おまけに親女王派で随一の知恵者であるユリシーズが国外に出ている絶好のタイミングでそのザマである。
「ただ、ユリシーズ卿が動けば話は別では?」
ぽっと出てきたロンブローゾの疑問は、原作プレイヤーとしてはかなり新鮮だ。確かに彼の立場だけ考えれば、エリンシアよりレニングを優先してもおかしくない。プレイヤーは人柄が分かってるから、流石にそれはせんやろと言えるが……
「あらそうですね~」
「そ、そうかぁ? フェール伯はあれで女王にも忠誠心を持ってるとは思うが……」
俺がそう言いだすと、三人の視線が一気にこちらへと向いた。
「……な、なにか」
「さて問題です。今我々は、いったい誰を思い浮かべながら喋っていたでしょうか」
三人の視線は明らかに、俺のことを指している。つまりユリシーズ、レニング、エリンシアの関係を、俺、ヘッツェル、サナキに重ね合わせていたってこと?
……かなり否定できない! 少なくとも俺がサナキに忠誠を向けている、外から見た証拠が本当にどこにもない! 客観的に見ると俺の挙動はサナキを傀儡にしようとしてるし、和平会談におけるヘッツェルの処分に不満を持っていても何らおかしくない……!
ヘッツェルの処分だって、最悪ルカンと連座させられていたことを考えれば、地位と財産没収だけで済んだと言えなくもないが、彼の部下であった俺が八面六臂の大活躍をしている中で厳しすぎるという見方もできる。ヘッツェルとは処分が確定してから何度か会いに行ったが、本人は特に未練もないのか、粛々と残務を片付けつつ国内の安定を図ってくれているんだけどな。
いやまぁしかし、忠誠心の証明なんてのは立場と日頃の行いでしかないし、証明が重なれば重なるほど裏切ったときのインパクトが大きくなるという、何のための証明なんだよって代物でしかないが……例えそれが虚構であろうとも、欲する人がいるのは事実なんだよな。
「――失礼します!」
渡りに船とはこのことか。伝令兵が入ってきたため、話はいったん中断となる。
「なにかあったか?」
「このような手紙が発見されました。モンテ将軍へ、と記載されています」
伝令から受け取った手紙を開封する。荒々しいが、それでも読める程度の字で書かれていた。
『この手紙がモンテ将軍の下に届いていることを祈る。
一つ。オルリベスに配備された西方軍では、マイエル将軍に指示を与えていた貴族がいたのだが――どうも殺されたらしい。新しく配属されるブラッドという、解放戦で現れた新顔が西方軍を采配する。
二つ。どうも戦争が始まる前、黒髪の男が貴族や将軍と接触していたらしい。そして戦後には金髪の中年男だ。どちらも転移の杖を使っていたようだ。ベグニオンの関係者だろう。
三つ。アイクの率いる十数騎は相変わらず無法だが、下のクリミア勢は大したことはない。ラグズも知れている。デイン方の戦意はこの敗北では崩れないだろう。
四つ。次報はいずれ。
』
……なんだこの、欲しかった情報がピンポイントで記載されていて、しかもデイン軍の動きは微妙に掴ませない書き方。ほぼ間違いなくこの手紙を書いたのはルソードだ。彼は彼なりに考え、俺を交渉の窓口として信用したと捉えて間違いないだろう。
「……どなたからですか?」
「ルソードだ」
「まぁ。デイン方で戦ってるんですね~」
ここ最近が濃密だったから、彼をデインに返したのもずいぶん昔に感じられるが……きちんと約束を守ったのだから、俺もなるべく窓口として機能すべきだ。とはいえルソードと直接やり取りするのが難しいのが現状だから、こちらも交わす言葉は少なくとも、彼の意向は飲んでやるべきだろう。
「……ルソードさん。どうにか味方に引き込めないでしょうか……」
ルソードを密偵として送り込んでいるなどと伝えていない以上しょうがないのだが、フォレが考え込みながら語る内容はちょっと面白い。でも確かに、あれだけ実力があって、あっさり他国と通じているなんて普通は思わないよなぁ。あの手の剣豪キャラは、なんだかんだ義に篤いのが鉄板だ。
でも逆に言うと、彼はクリミアやラグズ、サナキ相手にまともな講和は出来ないと判断して、俺を頼ってくれているわけだ。もちろんリスクのある行為である。それを体を張ってやっている以上、それは一般に忠義と言われるものとは、別口の忠義でもあるのではないだろうか。
「あっ。私思いつきましたよ~、ルソードさんとやり取りする方法~」
シェリーがドヤ顔でそう語る。ただの酔っ払いであれば、次の句は取るに足らない言葉になるのだが……
「一応聞こうか」
「聖竜騎士団ですよ~。モンテ将軍肝いりの聖竜騎士団が大活躍してれば、たぶんモンテ将軍と連絡できるって思ってくれるんじゃないですか~?」
シェリーの案は思ったよりもしっかりとしたものだった。
「確かに戦場で一目でわかって、しかもモンテ将軍にもっとも近いとなれば赤鎧の竜騎士ですな……」
ロンブローゾも感心を示す。
「その案はアリだな……ちょっと試してみようか」
とはいえ聖竜騎士団は長年の腐敗により、直接戦闘では信用に欠ける軍団になっているという。俺はそれでも兵隊の機動が出来れば十分だろってことで、散々誼を通じて、ルカンという主なき彼らを身請けするまでに至りつつあるが……前線に出すとなると一工夫必要だ。さて、どうしようか。