街道周辺の村落の掌握をロンブローゾ率いる一軍に任せ、ベグニオン中央軍の本隊はアイクたちクリミア軍と共に進軍することとなる。
ここまでのデイン軍の動きはかなり大人しい。国境侵犯をして、一時はメリオルを目指さんとしていた軍とは思えないほど消極的で、規律が保たれている。一度コテンパンにやられて凹んでいる……という希望的観測も可能だが、ルソードの報告にあった、ブラッドが赴任したタイミングで何かがあったのだろう。
……原作のブラッドは、確かにデイン陣営では優秀なプレイヤーユニットだ。ただ特別指揮官として優れているとか、そういう描写は全くなかった。大将に報告を送っていたところから、終始一兵卒というわけではなさそうだが……
何が起こったかは定かでないが、それは重要ではない。大橋をみすみすこちらの手に渡したのだから、何か裏があるとみるのが筋だ。順当に考えれば周辺に伏兵を残しておき、こちらの軍勢が伸び切ったところで橋の奪取を試みるのだろう。
よって必要なのは、周辺に潜むデイン軍の炙り出しだ。
その策をロンブローゾに伝えて一週間ほどが経過した。その間、連合軍はウムノ収容所の目前まで進軍。数度の交戦はあったがいずれも小規模で、散発的だった。
デインが策を仕掛けてくるタイミングがあればこの辺りだろうということで、セネリオに許可を取り、軍が休息を取っている間にリワープの杖を使い、オルリベス大橋に陣取るロンブローゾの下へと飛んだ。
「思うのですが、このリワープの杖は本当に恐るべき兵器ですね」
「そうだな。既存の戦術が通用するのは、この戦いが最後になるだろう」
世間話もほどほどに本題に入る。
「ところで鼠は見つかったか?」
「掌握した18の村落中、6の村落でデイン軍の動きの密告が入りました。連中はどうも森林に潜み、戦力を蓄えていた様子。巡回ルートに組み込んだところ、いくつかの物資集積所が発見できたので差し押さえています」
ゲリラ戦法と唱えれば兵士の腹が膨れる訳じゃないし、空から武器が降ってくる訳でもない。結局のところ補給路は存在するし、維持するのは現地住民の協力ありきになる。
周辺の集落を制圧し、現地住民を取り込む動きは安全圏を広げる上で必要だ。しかしデイン人のベグニオンへの恨みは凄まじい。単なる懐柔策は不可能、かえって住民の一体感を生む結末になる。そのための作戦だ。
「……しかしモンテ将軍。実のところ、最初この作戦を聞いたとき私は、手温すぎると思っていたのですが……よもやここまでの成果を上げるとは思いませんでした」
ロンブローゾが口にするのも無理はない。こっちの世界にはあまり無い概念だ。
俺が作戦会議にて、セネリオに具申したのは『現地住民の分断』。掌握した集落の住民をランダムに『幸運組』と『不幸組』に振り分け、幸運組には十分な食事や酒を与え、不幸組は拷問めいた手法で尋問を行う。その他、各集落を掌握した部隊長に裁量を与え、とにかく徹底的に分断を煽る案を練らせている。
目的は住民たちの団結の阻止だ。愛国心なんて一言で言っても、全員が全員同じ思想を持っているなんていうのは有り得ない。それに対する個々人の感情にはグラデーションが必ず存在する。一見して皆が団結しているように見えるのは、個人は集団という規律の中に属しており、規律を守るというスタンスを多少でも見せなければその集団にいられないからだ。
だから、その集団という枠組みを意図的に破壊する。
「本当は既存の対立構造を組み込んで、もっと徹底的かつ不可逆な対立を作るのが最善なんだが……」
「既存の、というと?」
「なんでもいい。肌の色、髪の色、純血か否か、男と女、思想の幅……本来であれば現地調査をして、仕掛けられそうな題材を選んで、長い時間をかけて扇動し、対立を生み出し、固定化しておく」
その点言えば、今回の幸運組と不幸組なんていうのはかなり生易しい。戦後にこちらから継続的に煽らなければ、その対立も風化するだろう。ベグニオン第二の統治時代の悪い記憶として、両者が共有することも不可能ではないはずだ。当然、時間は多少かかるだろうけど。
ロンブローゾは俺の言葉に、眉を寄せて答えた。
「……それですが、よしんば仕掛けられる側に回ったら、どのように対処するのが適切なのでしょう。我が祖国は、そういった火種には事欠きませんが……」
「実に鋭い質問だ。正直言うと、俺も分からん」
「えっ、モンテ将軍も分からないのですか……!?」
だって俺、令和までの知識しかないんですよ。令和に解決してないどころか、火種が膨らむ一方の問題の解決方法は流石に分からないです。
「とにかくそれが武器だと認識した上で、敵に仕掛けられたらさっさと感知して遮断するしかないんじゃないか」
「まぁ……そうでしょうね……」
「その話は戦後にでもしよう。話は変わるが、集落の掌握にはある程度現地に裁量を与えていたはずだ。現地の将軍はどんな案を出してきた?」
これは純粋に興味があった。対立を生むという目的意識を与えた上で、その出力の品質を見たい。有能そうなのがいたら是非とも取り立てたいしな。
「えぇと……まずラオ将軍は、不幸組に対する幸運組の一切の犯罪行為を合法化。村の治安は一晩で崩壊し、村長が涙ながらに情報を吐きました。セルゲイ将軍は不幸組同士で自己批判を繰り返させ、それを幸運組が見える位置でワインを飲みながら見物するショーという形式を取り、不幸組から情報を出させることに成功しています」
どっちもその道のプロかよ。ベグニオン軍人、才能に満ち溢れている。ヌミダとかいうどうしようもない奴の下に付いたジェルドすら、しくじった部分こそあれ状況判断は適切だったから、この国はもしかしたら凄まじい才能の数々が埋もれているのかもしれない。
「……で、正直この作戦は本当に裏がない可能性もあるので定量的な評価はしがたいのですが……ルベール将軍を始めとして、一部の将軍はあまりこの作戦に気乗りしないらしく、特に案を出したりはせず、最低限に留めている様子です」
「その一部の将軍の傾向は分かるか?」
「一言で言うならゼルギウスシンパですな。あの背信者に憧れ、武人として帝国に仕えることに誇りを持っていた者たちも一定数いますから」
確かにこの腐敗貴族に塗れた国で、ゼルギウスみたいに清廉潔白で無骨な将軍が先頭に立っていたら、それは憧れざるを得ないよなぁ。原作のボスにも、武人肌だったり、元老院を馬鹿にしながらゼルギウスを信奉するベグニオンの将軍がいたはずだ。彼らは……原作的に介入できていない戦線なので死んでると思うが、生きてたら顔くらい見たいな。
ともかく、今回は原作と違い、ベグニオン中央軍が健在なままセフェラン主従の醜態が表に出てしまった。俺が元老院派の諸将を取り込んだこともあり、本来であれば軍内の善玉として機能していたはずの面子が軒並み肩身の狭い思いを強いられている。なんとか策を考えておかないとな。
「……そういう将軍もいてこそのベグニオン軍だ。ノーズ将軍も得意分野で頑張ってくれてるし、多様性だと割り切ろう」
「そこでノーズ将軍の名を出されると困りますな……」
「そうだ。ノーズ将軍は元気にしているか?」
「現在隣の天幕で、絶賛頭を抱えていますよ。クリミアの増援が、最低限の物資しか持っていなかったということが判明してですね」
えぇ……クリミアの増援って、レニング殿が率いてる奴だな。
「具体的な規模は分かるか」
「レニング将軍の部隊ですか? 騎兵中心の1,000ほどです。二日前にここで補給を受け取って、先日発ちましたよ」
あら、入れ違いになっちゃったか。まぁ向こうはリワープの杖でいつでも連絡が取れる訳でもないし、しょうがない。それにレニングは王族であるから、いくら戦力になるとはいえ単騎で送っては恰好が付かないという理屈も分かる。クリミアも懐事情に余裕がある訳ではないし、なにより急な話だ。たぶんレニングが治ったからすぐに送りたかったんだろう。
「そこで、まぁ……提案なのですが。ラオ将軍辺りを使って、周辺から徴収しませんか」
ロンブローゾからの提案は、正直すぐに頷くのは躊躇われる。というのも先ほども出たラオ将軍。俺の記憶が正しければ、原作に登場する敵ボスなのだ。バルテロメがクリミアの領内に侵攻したとき、周辺の村々の略奪を命じられたのが彼であり、その後彼はジョフレ将軍率いるクリミア王宮騎士団に撃破される。
なんで、強引な徴収をさせるなら適任なのだが。
「いったん本部に持ち帰って――」
「……あの印付きの軍師はともかく、アイク将軍は飲みますかね?」
飲まないだろうなぁ。原作では散々な無能を晒したロンブローゾも、人を見る目は養われつつあるらしい。
「いいだろう。俺が方々に頭を下げるから、住民がこの冬を越せるギリギリまで徴収してくれ」
「お任せを」
はぁ、頭を下げる案件がまた一つ増えてしまった。もっとも落ち度はクリミア方にあるとは弁明できるし、なんとかするか。ただしラオ将軍は使わない。
「あぁそうそう。徴収はルベール将軍に指示して、ノーズ将軍と連携してさせてくれ。ラオ将軍はたぶんやりすぎる。ここでデイン人の反発を招くと、せっかくの分断が無意味になるからな」
「……慈悲深いことですな。承知いたしました、そのように手配します」
「じゃあ頼んだぞ」
ロンブローゾの承諾を確認して、俺は本隊へとリワープの杖で移動する。
◇◇◇
デイン北方。マラド自治領に近い砦にて、漆黒の鎧を纏う青年――ブラッドが口に手を当てる。
何の因果か、デイン国王の指名により西方軍の指揮を任されたブラッド。彼はまず、西方軍を連合軍に直接ぶつけるのは絶対に不可能だという自論の下、いったん兵を森林や集落に隠し、敵軍が伸び切ったタイミングでオルリベス大橋の奪取を行うという作戦のために兵を動かしていた。
オルリベス大橋を守る将軍が、テリウスにおける一般的なレベルの将軍であれば、この試みは完全に成功しただろう。そのタイミングで橋を落としてしまえば、連合軍は四面楚歌に陥る。戦力で劣るデイン軍が勝利を掴む数少ないシナリオだったが、その目論見はモンテ将軍によって崩されつつあった。
「……これがベグニオン中央軍。ゲリラ戦すらさせてくれないか」
彼の中で思い起こされるのは、ベグニオン駐屯軍との戦いの日々だ。
ブラッドは三年前の戦いには参じておらず、初めての戦争体験がベグニオン駐屯軍との戦いだ。各地の収容所を襲撃し、収容されていた同胞たちを解放し、少しずつ戦力を増やしていく。散発的な襲撃とミカヤが率いる小隊の力が、やがて大局を飲み込む荒波へと変貌する……言ってしまえば少々特殊な戦争経験である。
兵数の利、そして本来協力してくれるはずの同胞たちの分裂により、じりじりと追い詰められていくという今回の戦争とは趣を異とする。更には自身の主君たるペレアスの、家臣たちを前にしたあの振る舞い。それらのことが、なお彼を悩ませた。
「ブラッド殿。我々はどうすれば……」
伝令に声をかけられ、ブラッドは悩むことをいったん止める。
「いったん戦線を下げる。オルリベス大橋の奪取は難しくなるが……」
森林や集落内に巧妙に隠された戦線は、その全容が明らかになれば、まず間違いなく戦史の教書に載るレベルであった。ベグニオンの商家に引き取られた過去を持つ程度しかバックボーンのない彼がこれだけのことを為しえたのは、未来視を用いる奇跡の乙女、ミカヤの采配を一般人の視点で観察していたからである。ミカヤの指揮能力は未来視に頼るものであり、決して理論に基づいたものではない。しかし彼女の采配を、事後に情報を搔き集めて読み解くことで、彼女の采配から"なぜ勝てたのか"という理論を見出すことは可能だ。
そしてそういった努力をブラッドが行ったのは――彼の幼馴染であり、今では軍の神官何人かを率いるローラという少女を守るという動機に基づいていた。
とはいえ彼の渾身の采配も、モンテ将軍により阻止された。物資は最悪放棄するとしても、兵員のこれ以上の損失は避けなければならない。戦線を下げることにより、オルリベス大橋の即時奪取という選択肢は潰えるが――それでも戦闘可能な軍集団を維持することが、この戦争における彼ら西方軍の最低限の義務だ。
そんな時だった。ブラッドの机の正面に、一筋の光が独特の効果音と共に舞い降りる。
「な、なんだ!?」
伝令が驚愕の声を上げる。
光が収まるにつれ、転移してきた人物の姿が明らかになる。白髪一本もない黄金の髪と髭を持つ男である。身なりは黒のローブを身に纏い、ブラッドたちが見たこともない形状をした杖を持っている。
ベグニオンの商家に引き取られた経験のあるブラッドは、彼の顔を見たことがあった。とはいえその時は白い衣を纏い、女神の使徒として横暴に振舞っていた。目の前の男の雰囲気とは異なるが、ともかく風貌に見覚えはあった。
「……ベグニオン人の、貴族だな。見たことがある」
「ご名答。それも過去の話だが」
「ベグニオン貴族が何の用だ」
ブラッドの言葉に、男――ルカンは一枚の紙をブラッドの前に差し出した。
「ペレアス王からの命令書だ。この期日に、敵が掌握している各集落に攻勢を仕掛け、敵を足止めしてほしいと」
ブラッドは書を確かめるが、確かにペレアス王の直筆で書かれていた。
「では、私はこれで」
ブラッドが書状から顔を上げるのと、ルカンがその場を去るのはほぼ同時であった。
西方軍に、オルリベス大橋周辺に滞在するベグニオン軍の足止めを命じる。つまりそれは、中央軍が何かしらの作戦行動を起こすことの証左だ。中央軍がもし連合軍に敗れれば、予備兵力はほとんど残っていない。デインという国の興亡を賭けた一戦であり――その作戦の結果次第で、この国の未来は決まる。
ブラッドはすーっと息を吸い、心を落ち着かせた。
何を書いて、何を書かないかに凄く気を揉んだ回です