ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第五話 別離

 船が港に着いたのは、夕刻のことだった。ヘッツェル私兵団、中央軍の部隊を全て下船させているうちに日も沈むだろう。

 

「……せめて隣町くらいまでは進軍したいが、宿の用意が取れんか」

 

 思わずぼやきが出る。ジャンクが口を引きつらせながら「うちの大将、歩いてないと落ち着かないのか……?」などと言っているが、今回は見逃してやろう。落ち着かないのは事実だからな。

 

 ここまではほぼ完璧に成し遂げたといえる。100点満点だ。ただ100点満点ということは、原作を大きく上回ることはないということ。

 

 原作の悲劇を超えて部下たちを生き残らせるため、本当に必要なのはここからの行動だ。考えているチャートをおさらいしよう。

 

 

 

 まずはキルヴァス王ネサラに血の誓約の件を伝える。この件は今夜でいい。なるべく機密性の高い場を用意し、そこでラメールに言伝る。

 

 原作のネサラは、宰相セフェランからこのことについて伝えられる。セフェランは12章……つまり俺が避けたいデインの奇襲マップの後ぐらいにゼルギウスによって牢から解放される。13章を挟み、終章では皇帝にネサラが付き従っていたことから、大体12,13章といったところだろう。

 

 そして今が3部の2章辺り。この時間のブレはとんでもないパラドクスを起こすであろう。懸念点は宰相と比べ、元老院派の一将にすぎない俺の言葉をどう信用させるか。

 

 あるいはそこまで信用されなくともいいのかもしれない。これだけ早くに知ってしまえば、裏取りに時間を割いても原作より早く皇帝の味方についてくれるだろう。

 

 

 

 あとはなるべく早く中央軍に合流したい。

 

 今はゼルギウス率いる中央軍本隊が、北方軍と合流する直前か直後かといったところ。原作のこの後の流れだが、ラグズ連合とベグニオン軍はリバン河を挟んで膠着する。

 

 ベグニオン側がなぜそのままラグズ連合を掃討しないのか。それは北方軍の指揮系統を整えるのに時を要したからだ。北方軍は頭数こそ揃っているが、各貴族の私兵が勝手に戦っている状態だった。ゼルギウスはそれを整え、ベグニオン軍という一つの軍組織にまとめ上げたのである。

 

 一方のラグズ連合は、一度フェニキスに帰還したあと、残る民をガリア王国に預けた鷹王とその軍勢が合流。合流する戦力が心強すぎるだろ。

 

 その後はラグズ連合に与するグレイル傭兵団の軍師セネリオが、フェニキス兵を活かした渡河作戦を敢行。リバン河を渡られ、ベグニオン軍はラグズ連合に手痛い敗北を喫する。

 

 

 

 デッドラインはこのリバン河の攻防だ。それまでに戦列に加わらなければ、ベグニオン軍の主導権を握るなど夢のまた夢である。兵たちは、もっとも苦しい戦いを共に戦わなかった将を認めるまい。

 

 もっともラグズ連合がリバン河を渡河するのには、ティバーン率いるフェニキス軍の合流が不可欠だ。ティバーンの居場所は今日分かったし、原作通りなら彼らは民間人を連れてガリアへ。それからラグズ連合の下に向かうという手順を取る。流石にそれまでには、こちらも合流できる公算だ。

 

 二つ目のデッドライン……ここからは努力目標だが、ベグニオン中央軍がリバン河での作戦策定を行うまでに合流すること。フェニキス侵攻の功を盾に作戦会議に参加し、原作でセネリオが策定した奇襲への対抗案を献策しつつ、よりラグズ連合に与えるダメージを増やす案を出す。この件についてだが、ゼルギウスが北方軍に合流して掌握するまでにタイムラグがあるはず。その間に合流すれば合格なはずだ。

 

 そして三つ目。これが最高なのだが、ゼルギウスが北方軍を全くまとめられていない段階で合流すること。軍が再構成される中でこちらに靡いてくれる貴族を探し、渡河作戦前に影響力を持つ。上二つのやりたい事も達成できるが、流石にこれは、『着いた時にもしそうだったら』くらいであまり期待はしない。

 

 

 

 今後直近の動きはこんなところだろうか。リバン河の攻防以降、ソゼ峠でゼルギウスが獣牙族の総大将スクリミルを一騎討ちで倒すまで、ベグニオン軍は守勢に回る。難しい戦ばかりだが、ここで頑張れば見返りは大きいはずだ。

 

「モンテ将軍、将軍の宿の手配が完了しました」

「わかった」

 

 今夜の宿は少し奮発し、壁の厚い部屋を探させた。

 

 

 

 

 

 夜。呼び出されたラメールが部屋を訪れる。血の誓約について話すためだ。

 

「……」

 

 神妙な面持ちでこちらを見るラメール。

 

「よく来てくれた。今から話すこと、一言一句間違えずに鴉王に伝えてくれ」

「……えぇ。わかってる」

 

「まず一つ目。『血の誓約には抜け道がある』」

「……血の、誓約?」

 

 血の誓約。原作で分かっているのは、術者は誓約を結びたい国の国家元首に、キーとなる誓約書へ血判を押させる。効果は任意で発動、停止でき、相手が治める国家の民を一日目に一人、二日目に二人、百日目に百人とランダムに殺害すること。誓約書を燃やすなり何なりで破棄すれば効果が切れること。

 

 原作では蒼炎の軌跡のデイン王アシュナードが、自身の王位継承権を得るため用いた他、キルヴァスは初代王のときにベグニオン帝国とこれを結ばされ、暁の女神本編では復活したデイン王国の国王ペレアスがルカンに騙され、これを結ばされた。

 

 で、血の誓約の抜け道についてだ。簡潔にまとめると、キルヴァス王国が契約を結んだのはベグニオン帝国であるから、皇帝に従っていれば元老院がキレて発動させようとしても効果を発揮できないという理屈だ。

 

 ただこれ単体だと「で?」なんだよな。帝都での政変の情報がセットで要る。で、政変の話をするなら、抜け道の内容まで教える必要はない。ネサラはたぶん、部下に血の誓約の件は教えていないだろう。ならばここでラメールに聞かせる情報も最低限にした方がいい。

 

「二つ目。『皇帝サナキはマナイルのどこかにいる。詳しくは神使親衛隊の隊長に聞くといい』」

「……マナイルって、神使の住む神殿じゃない」

 

 ラメールのこちらを見る目が鋭くなる。よかった、ラメールは分からないか。正直かなりギリギリというか、単体で聞いてもまさかと思う奴は出そうな表現だが、血の誓約の抜け道という前振りがあればたぶん気付くだろう。

 

 神使親衛隊の隊長、シグルーンは今頃神使の身柄を探っている。仮にネサラが言葉の裏に気づかなかったとしても、馬鹿正直にシグルーンとコンタクトを取れば事の顛末は知れるはずだ。

 

「三つ目……『ラメールはフェニキス戦でよく戦ってくれた。めいいっぱい褒めて上げてほしい』」

「……ふざけないで!」

 

 ラメールはかっかしているが、こちらは至って真面目にラメールを評価しているというメッセージだ。それなら今後もラメールを俺との窓口として使おうか、という発想になるんじゃないかという見立てだ。

 

 鴉の民で直接鷹の民を攻撃しましたという報告とも取れるが、これはまぁ事実の伝達なので、ティバーンに対しての言い訳はご自身で考えてもらうことになる。

 

「以上だ。ふざけているかどうかは、鴉王に伝えてみれば分かるだろう」

「……その血の誓約って」

「それは鴉王に聞いてくれ」

「……」

 

 ラメールは事の全容を理解できず不服そうだ。これで異様に短気だとか、へそを曲げて伝言を伝えないだとかそういうタイプなら、なにかしらフォローもいるだろうが、彼女自身の人柄はこの数日でなんとなく分かっている。たぶん上二つの事は素直に伝えてくれるだろう。あと一つは……まぁ五分五分といったところかな。

 

「話は終わったんで、部屋に戻ってくれていい」

「わたしの部屋なんてないけど」

「えっ、そんな馬鹿な」

「陸に着いたらお役ごめんって話だったのを、あなたが個人的に引き止めただけじゃない」

「……あー」

 

 そういえばこの場にラメールを呼ぶ件は誰にも話していない。それ以前……すなわち転生以前の段取りでは、キルヴァス兵は船の先導をするだけだった。

 

 参ったなと思っていると、ラメールは何でもないような顔で、部屋のベッドに腰かける。そのままごろんと、無防備に横になった。

 

「……うわ。柔らか」

「おいおい……」

「……何?ラグズとベオクで何かある訳でもないでしょ」

 

 この世界において、ベオクとラグズが交わるのは禁忌。女神の怒りに触れる。そう伝えられている。

 

 この言い伝え自体はエルランと、ゴルドア王国の黒竜王デギンハンザーが歪めて伝えたものなのだが、この言い伝えを破った先に『二人が子を成した時、ラグズ側の化身能力が無くなる』という悲劇的な結末が待っているのは純然たる事実だ。

 

 ……とはいえ外見は黒翼の生えた美女。ひどく官能的なシチュエーションには違いない。いやいや待て、よそ様から借りてる人材に邪な感情を抱くんじゃない。

 

「……ベッドは一人で使っていい」

「あら、いいの?」

「大事な伝言を託すんだ。何かあっては困るからな」

「じゃ、お言葉に甘えて」

 

 あっさりしたもので、ラメールは布団をかける。俺も残っていた明かりを消した。

 

「おやすみ」

「……そんなこと言う仲じゃないでしょ」

「そうだな」

 

 言葉を返して、少しばかりの沈黙を挟んで。

 

「……おやすみ」

 

 か細い声が返ってきた。

 

 

 

 

「朝、男女が二人、同じ部屋から。へー。ふーん……?」

 

 翌朝。フォレにお手本のようなジト目を向けられることとなった。公爵家の娘さんを滅多な所に泊めさせられないと、俺と同じ宿を選んだのがミスだった。

 

「ベオクとラグズで妙なこともないだろう」

「へー。でもやる人はやるらしいですから、どうですかねー」

「この渋面ととか絶対ないから」

「将軍のことを馬鹿にしていいとも言ってないんですけどー……?」

 

 さてどうかわしたもんかな。内容をぼかして鴉王への伝言……というのも妙だしな。これがベオク同士ならそれこそヤッてたことにしてもいいんだが……

 

「とりあえず、あなたともこれでお別れね」

「え、そうなんですか」

「もっと喜んでくれてもいいのよ。嫌いな半獣がいなくなって清々するでしょ」

「……」

 

 ラメールがうまく話を逸らしてくれた。しかし不思議なのはフォレの反応だ。驚きとも困惑ともとれる、妙なリアクションをする。

 

「……キルヴァスに帰るんですか?」

「えぇ。じゃあね」

 

 短く言い残し、明るみを帯びてきた早朝の空へとラメールが飛び立っていく。俺とフォレはそれを無言で見送っていた。

 

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