ウムノ収容所。デイン王国のほぼ中心に存在する、国内最大の収容所だ。ベグニオン統治下にて、戦争に加担したデイン兵を収容するために建設されており、3年後にミカヤたち解放軍が立ち上がった時点ですら、国内で最も多くの兵士を収容していた。
デイン国内のほぼ中心に存在すること、そして多くの兵士を収容できるという特性上、連合軍が駐留するのに都合がいい。よって、今回のデイン侵攻では作戦立案当時からこのウムノ収容所の攻略が峠となる予定だった。
そして実際に攻略する場面になって、敵の陣容や布陣も明らかになる。
まずウムノ収容所の構造だが、まず前提としてこの施設は兵を受け容れる施設であり、兵を退ける施設ではない。そもそもが平城であり、要素だけ列挙しても巨大な正門、平坦な内部、防御のための櫓はなく、複数の裏口は決して防衛しやすい構造でない。ぶっちゃけ籠城のための設備としては中の下である。
相手もそれくらいは理解しているのか、ウムノ収容所の正門前には大勢の軍隊が布陣しており、正面には急ごしらえながら木柵や堀などが築かれていた。反面裏口はそこまででもなく、あくまで敵が来たら内部に伝令を送れる程度の人員配置。
とはいえ裏口は軍隊が侵入できるような構造になっていないから、まとまった人数で外で殴り合うよりも、内部に引き込んで戦う方が合理的……というのはあくまで、彼我の兵隊一人一人の力量差を考慮しない場合だ。
という訳で、作戦はいたってシンプル。俺たちが正門前でドンパチやっている間に、アイク率いる精鋭部隊が裏口を突破して内部を攻略する。原作で言う所の、ミカヤたちがこの収容所を解放したときのマップをアイクたちがやるようなもんだ。蹂躙である。
そして我々残された軍隊は、正門に対して攻撃を仕掛けて陽動するのが仕事だ。セネリオはアイクと共に参陣するそうなので、議論の末、陽動部隊の指揮は俺が執ることになった。
消極的な攻勢を行ってアイクたちが片付けるのを待つ、これが中策。消極的に徹すれば、敵に目論見が看破される可能性があるし、そもそもアイクたちの侵入が上手くいかない可能性がある。ちゃんと突破するという意志を、相手に示す必要がある。
ラグズやクリミア勢を盾に攻略する、これは下策。クリミア勢は練度の面でデイン勢に劣り、ラグズは先の大戦で消耗が激しい。
では上策は……
「――ベグニオン勢を先頭に、敵の防衛線を粉砕して正門を貫通する。これが最も上策と考えます」
作戦会議での俺の発言は、どうも他国の将軍からすれば意外だったようだ。今回俺たちベグニオン軍は総指揮権をアイクに譲っている。積極的な戦闘はしないと考えていたのかもしれない。まぁ、ここまででもベグニオンは兵站部隊の拠出、オルリベス大橋や周辺地域の確保、聖竜騎士団を用いた哨戒と既に色々と貢献しているんだけども。
「意図を伺ってもよろしいですかな?」
ユリシーズがそう問いかけた。
「単純にうちの重装歩兵が一番練度が高いのと、司祭との連携にも支障が出ないです。敵も本気だと受け取るでしょうし、正門を正面から破るのが目的だと考えるはずです」
この提案をした理由については、本当にそれだけだ。もっと言うと今のベグニオン軍が、それが可能な内情であるということ。
現在、ベグニオン軍は手勢を二手に分けている。ロンブローゾ率いる補給路確保用の部隊には、元老院派の将校が多く参加している。これはロンブローゾが「神使派なんて率いれるわけないじゃないですか」と匙を投げたからだが、逆に言うと今俺の手元の軍勢は神使派の将軍が多いのである。
神使派は、原作では善玉として扱われていただけあって職業意識は高い部類に入る。今回の行軍が元老院による決定ではなく、神使の号令であることも理由だ。
それとクリミア軍やラグズ兵は、もっと有用な使い方があることが分かった。
「王宮騎士、そして獣牙族については我が軍の両翼に展開し、敵陣に紛れている非正規部隊の攻撃に重点を置いてもらいたい」
収容所の正門前に布陣するデイン兵だが、その陣容を確認すると一部が民兵で構成されていることが分かっている。防具の類は最低限、ぽんと鉄の槍や剣を渡されただけの青年や老人が、少なくない人数動員されているのだ。
デイン側の抵抗の意志は強い、と取ることもできる。しかし撤退路もないような場所に民兵を配置してしまっては、いざ軍がパニックを起こしたときに正規兵を巻き込んだ混乱が起こるだろう。そこら辺に考えが至らなかったか、それとも「我が国民は勇敢であるから、混乱など起こさず潔く散ってくれる」とでも思ってるのだろうか。
まぁともあれ、こっちには大規模な精鋭騎兵隊と人より体躯の大きい獣の軍団という、民兵を脅す上でおあつらえの部隊がある。ベグニオンが正面から攻撃し、王宮騎士団やラグズで非正規兵を混乱させる。正門を実際に開ける所まで行けるかは、アイクの手際次第だ。
「……我らに戦士以外を相手せよというのか!」
「スクリミル」
戦士の誇りを大事にする獣牙族の軍団長としてスクリミルは反論するが、すぐにティバーンに諫められる。その様子に、ネサラが嘲笑を零した。
「……やれやれ。未来の獅子王がこのザマじゃ、ガリアは終わりだな」
「なんだと鴉王、貴様……ッ!」
「だからやめろスクリミル、ネサラもだ。挑発するんじゃねぇ」
おいたわしや鷹王、というのは他人事すぎるか。
ちなみにスクリミルのお望み通り、獣牙族を先頭にデイン正規軍に突撃させた場合。ほぼ間違いなくうちの治癒部隊と歩幅が合わないため、彼らは木柵や堀によって衝突力を削がれ、敵の魔術師に黒焦げにされるだろう。そうなると親ラグズ派のサナキやエリンシア、アイクからも大変なお叱りを受けることになる。
だからこれは、向こうが嫌だと思っていてもこうするしかない。恐らくスクリミルも、全く理解していない訳ではないだろう。たぶん。埋め合わせはアイクやセネリオに任せるのが賢明か。
「我が友ジョフレよ。女王の騎士団を率いるそなたは、如何に心得る」
「……先日、デイン軍が我が国に攻め寄せたとき。我々のみではデインの重装兵を突破できなかった。モンテ将軍の指示は的確だ」
彼は原作にて、フェリーレ公の反乱を鎮める際に民兵は極力殺すなという指示を出したこともある。彼も内心は決して穏やかではないだろうが、流石にスクリミルほど実直に噛みついてくることはなかった。
あとはそう、今回敵は防衛戦だ。同じ場所に留まり、こちらを迎え撃つ構えを取っている。
「鴉王。今回以前伝えていたアレを使おうと思います」
「あぁ、あれな。一応部下の連中に訓練はさせておいた」
そういったシチュエーションを見越して、ネサラには事前にとある戦術について話を通していた。テリウスに飛行兵科は数あれど、恐らく鳥翼族がもっとも適しているだろう。
◇◇◇
作戦が決まれば、あとは進むだけだ。デイン軍を正眼に捉え、号令を出す。
「ゆるりと進軍せよ」
赤鎧の重装歩兵たちが、じっくりと前進を始める。柵を破壊し、堀を迂回し、じりじりと彼我の距離を詰めていくベグニオン兵は、敵兵に対してただならぬ圧を与えている様子であった。
それでもデイン軍とて、正規兵は練度も十分。装備も一級品のものがまだ支給されている。このまま衝突して、押し合いになれば戦線は膠着するだろう。一応、両翼の獣牙族や王宮騎士団は極めて順調に戦闘を進めている様子ではあるから、我が方の優勢は変わらないだろうが。
別に本命はアイクたち、内部侵入組なのだから問題はないのだが……何もアイクたちがすべてを片付けるまで待つ必要はない。
――デイン兵の上空から、複数の物体が降り注ぐ。
火花と閃光が、敵陣を包み込んだ。弾けるような音が連鎖し、敵陣が一気に動揺する。
俺がネサラに提案した戦術、それは急降下爆撃だ。
よくFE世界の軍事をファンが語る中で、時折「竜騎士に爆薬を持たせて落とせば最強じゃね?」という言説が上がることがある。アウトレンジから火力をぶつける、『囲んで棒で殴る』の『棒で殴る』という鉄則部分を忠実に再現していると、理論上はそう言える。だが実際に運用するとなれば、幾つかの不具合があるのだ。
一つは竜騎士から爆薬を投下する場合、降下角度に限界があり、最悪水平爆撃の形を取らざるを得ないこと。
竜騎士から爆撃を実施する場合、爆弾は騎竜に積載することとなる。竜騎士が急降下爆撃を実施しようとすれば、まず上空から竜を引き起こし可能な角度で正確に降下させながら、積載した爆弾を切り離し、しかも急降下の勢いが乗った騎竜を操って引き起こさねばならない。相手は飛行機ではなく生き物である。とんでもない神業が不可欠なのは言うまでもない。
そしてそれなら水平爆撃……要は直線状に飛びながら爆弾を投下するという戦術についてだが。竜の速度を伴って落ちる爆薬の軌道を逆算して投下できる凄腕の竜騎士がいるなら、たぶん別の仕事を任せた方がいい。町のどこかに落ちればいいとか、そういう目的であれば採用してもいいと思うが、少なくとも敵部隊ピンポイントに爆弾を落とすには十分な精度は確保できないだろう。
第二に爆弾の威力の問題だ。竜騎士に積載できる爆薬の重量などたかが知れているし、万が一爆弾を投下する所まで行けても、爆薬の精製技術等の問題もあり、現代人がイメージする爆撃のような威力は出ない。
第三に、これは元も子もないのだがそれだけ重い爆弾を抱えた状態で敵飛行兵と鉢合わせたら、一巻の終わりということだ。敵が天馬部隊や竜騎士部隊を使ってくる以上、爆撃部隊を運用したいなら制空権をかなり気にする必要がある。
――こうした事情を抱える訳だが、その点鳥翼族はこの戦術に向いている。
鳥翼族は自分の脳と飛翔する肉体がリンクしているようなものだ。自分の体の使い方は彼らが一番良く分かっている。引き起こしが可能な角度についても、訓練で身に着けることが可能だ。積載量についても、船を持たぬ海賊と呼ばれた彼らであればある程度の積載は可能である。第三に敵軍についてだが、これはうちの天馬騎士団がフリーで動けるから問題ないとまでは言わないが、リスクは低減できている。
あとは爆薬だが、これは有り物で作ったものだから、例え急降下爆撃が出来たとしても周辺を焼き滅ぼせるほどの威力はない。不運にも頭上に落ちてしまったら命はないだろうが。期待する効果は火花を散らし、敵の姿勢を崩すくらいが精々だ。
そしてその期待した効果は、予想以上に敵の動揺を生んだ。非正規兵の動揺と正規兵の動揺は波を打って増幅し合い、遠くから眺めているだけでも十分なほどに感じられるほどだった。
「踏みつぶせ!」
トドメの一撃だ。動揺した敵陣を突き破り、赤鎧が次々と正門前の敵兵を制圧していく。合流した王宮騎士団や獣牙兵が正門をこじ開け、雪崩れ込んでいった。
事はすごく上手くいった……出来すぎなくらいだが。これはむしろ内部のアイクたちが一番驚いているかもしれないな。
◇◇◇
敵の防衛線は完全に崩れ、雪崩れ込んだスクリミルたちや王宮騎士団の戦果を待つのみとなった。本陣に控える将軍たちからは、なんかヤバい奴を見るようなまなざしを向けられていたのだが。
……考えてみれば俺、けっこう奇策で物事を突破しているように見えるんだろうか。基本的には物量で勝っていること、勝っている物量をつつがなく運用する兵站こそが重要。奇策はスパイスであり、正攻法の負荷を減らすためといった認識でいるのだが。後世でベグニオン軍に嫌な文化が残ったらいやだな、帰ったら一冊回顧録を書かなければならないかも知れない。また仕事が増えた……
俺が陣の外で内心で溜息をついていると、東の空から一騎の竜騎士がこちらへとやってくる。すぐにその騎がトラヴィーユ少年のものだと分かった。そしてその同乗者についても。
「ルソード」
「久しいな、モンテ将軍。大きな情報を拾ってきた。戦争の趨勢はこれで決まるだろう」
ただの傭兵が語るならともかく、ルソードはこれで大局を見る力を持っている。彼がそう言うのならば、そうなのだろう。
「その前に……ひとつ問いたい。将軍は戦後のデインはどう統治されるべきと考えるか」
「俺は別に、耳障りのいい言葉を語り掛けることも可能なのだが」
「分かっているとも。だからこれは私の個人的な質問だ。黙っていてもデインにとって良い未来は訪れないだろうからな」
ルソードの眼差しは真剣だ。なるほど、これはどうしたものか……まぁ、真面目に答えてもいいか。周囲を見渡して、問題がないことを確認してから口を開く。
「……なら俺も個人的な考えを言うか。デインの統治だが、少なくともベグニオンはもうデイン全土を支配下に置くことはないだろう。単純にそんなことが出来る大物がいない。再軍備制限や、一部地域の独立、軍事拠点の接収を前提に独立を認める……くらいが落としどころになるんじゃないか」
あまり過激な統治にすると、今度はミカヤでも制御できなくなってしまうリスクがある。熱狂的な大衆支持に支えられた政権は確かに長持ちするが、問題はその信頼が崩れたときだ。大衆はより先鋭的で純度の高い人物を担ぎ上げるだろう。そうなればいずれ、国民の意志に雁字搦めにされ、自国民の意志だけを無謀に振り回す理性なき政権が誕生する。
そうなったときに重要なのは国力だ。自国の国力がその政権を上回っているのであれば、外交の主導権を常にこちらで握っているようなものだ。エントリークラスの外交官でも簡単にこなせるだろう。反面相手の政権の力が上回っているのであれば、どうにかクリティカルな部分を避けつつ身を切る苦しい展開を強いられる。
……まぁ、その辺はともかくとして。俺個人としては、デインの統治にあまり費用を割くべきではないと考えているということが一番大事なことだ。
ルソードはこの答えに納得したのか、それは定かでないが。
「モンテ将軍。この収容所の南に流れる川から水を汲むべきではない。先日、デイン軍は水源の湖に毒を放った」
ルソードの語った毒、湖、そしてここウムノ収容所。そのキーワードではっと気づくことがあった。
原作のウムノ収容所攻略戦において、デイン解放軍の参謀であるイズカは毒を用いる攻略を提案していた。樽三つで湖を死の水源に変える。飲んでから半日は体に影響を及ぼさず、その後にじわじわと効いてくるというとんでもない毒である。当然湖を水源とする周辺村落は全て巻き添えになる前提の作戦であり、原作ではミカヤが毅然と却下した。
……まさかペレアス治世下で、そんなものが運用されてしまうとは。
「……すぐに全軍に伝達する」
ともかく、先日ならば今から全軍に通達すれば何とかなるはずだ。水の貯蔵は多少あるから、残るはロンブローゾ軍に連絡して調達することになるだろう。
イメージとしては三ターン目くらいに門が開いて味方のラグズや騎兵が毎ターン雪崩れ込んでくる第一部七章。ボスチク出来る気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ