会議終了後、クリミアに滞在する首脳陣の下までリワープの杖で飛んで状況を説明した。戦争続行か否か、現場に出ているフェニキス、キルヴァス王も交えて議論するため、サナキ、エリンシア、カイネギス、そしてセリノスの白鷺王族やハタリ女王ニケもデイン入りすることが決まった。
緊急を要する事態であること、運搬する人数が少数であることから、同意を得た上でシェリーにリワープで運搬させることが決定。転移はつつがなく完了し、ウムノ収容所にて王族会議が始まる。
……で、結論が出るまでの間、俺は多少暇が出来る。暇、とは言っても軍の配給管理やオルリベス大橋を管理するロンブローゾとの連絡なんかの通常業務は存在する。ここら辺はフォレと共に片付けていこう。
収容所内に用意した仮の執務室にて、フォレと共に業務の処理に追われる。
「……戦争は終わりそうですか?」
書類に目を落としながら、フォレが問いかけてくる。
「どうだろうな……」
現状、ネヴァサが沈黙を保っているのは変わらない。説得はミカヤに任せることになるが、先の『水源に毒』作戦が採用されるような状況だ。普通でない可能性が高い。もしも成立しなかった場合、ネヴァサの攻略は必要になる。その際にはせめて民間人避難のための人道回廊くらいは設置できないか再度交渉することになるだろう。
……それでもデインの兵力のほとんどが、既に戦闘行為を停止しているのは事実だ。ロンブローゾからの報告では、西方軍のブラッドがミカヤに合流する姿勢を見せているらしい。ミカヤと合流して、そのまま停止してくれるならば一番いい。
戦闘として最大規模のものは、先日のアレで打ち止めだろう。軍勢の規模、最強の切り札である赤竜の集中運用、そしてその前段作戦の周到ぶり。例えもう一戦があったとしても、あれを越える出力はもうデイン軍にはない。不安要素であるミカヤも、今のところ和平の方向で進めてくれている。
フォレ、ゼング……俺の未来視?で見た彼女らの死にざまは、概ね回避できたのかもしれない。
最近はない未来視だが、後は俺が正の使徒になった奴か。もう正直、あれはこちらが介入できる要素が全くないから考えるだけ詮無き事だが。
セフェランがミカヤを見つけて、メダリオンの奪取に成功したらそのまま第四部がスタートする可能性があるが、正直俺が防げることはなにもない。せめて正の使徒として呼び出されないことを祈りつつ、デギンハンザーをデインに引っ張ってきて、アイクたちが勝利する可能性を高めるくらいだ。
「あと少し、頑張りましょう」
俺がちょっとぼんやりしているのが気にかかったか、心配そうにしながらもそう声をかけてくるフォレ。
「そうだな――」
俺がそう言おうとした時だった、扉がノックされる。
「ジャンクです」
「あぁ、入ってきていいい」
許可を出すと、ジャンクが普段通りの様子で入ってくる。フォレがちょっとむっとしていた気がするが、気のせいだろう。
「ジャンク、どうかしたか?」
「時間が空いてるなら世間話でもと」
「まぁ、構わないが」
これまで彼が持ってきた話と言えば、技術に関する話が殆どだった気がする。今回もきっとそうだろう。さて、どんな話題を持ってきたのだろうか。
「そういえば、先の戦いでもなりそこないが出てきたじゃないですか」
「あぁ、出てきたな」
「なりそこないって、投薬であの状態……強制的に化身させて、解除できなくする状態にする訳じゃないですか」
……まさか。
「――印付きとか、ベオクと子どもを作って化身出来なくなったラグズに投与したらどうなるんでしょ」
一つだけ言えるのは、原作プレイヤーとしてその発想はなかった。
イズカのなりそこないに纏わる実験は、作中では悪辣極まるものとして描写され、様々な人物から愚弄と侮蔑を向けられることとなる。当然だ、なりそこないとかいう人権剥奪兵士を作るための非人道的な実験に手を染めるマッドサイエンティスト。外見も醜悪に描かれ、蒼炎の軌跡でなぜこいつを殺せないのかとプレイヤーからは不満の声が上がった。逆にテリウス二部作をプレイして、イズカに同情するような人間はまずいないだろう。
だから俺も、なりそこないの薬の技術の特異性になんて気づかなかった。
ラグズは自身の意志で化身を行う。それは能力の上昇幅を削って長時間化身をする半化身でも同様で、強制的に化身させ、それを維持するなりそこないの薬とは異質な部分だ。だからこそ、その薬の原理を解明すること……あるいはその薬を作るに至った理論を回収することに、意味が生まれてしまう。
「興味本位ですけどね。基礎研究として転用すれば、もしかしたら化身出来ないラグズの治療薬とか作れるかもな〜って思っただけです。あ、僕は薬学は全くの門外漢なので専門の人に投げてください」
興味本位でそんなことを提案するんじゃないよ、本当に……しかしジャンクは以前、オリヴァー邸に押し入った際、ベオクの頭部への射撃許可を求めてきたこともある。こいつ、別に差別主義者でもなんでもなく人間に価値を認めていないのである。
そして今この話をするということは、そのカギは恐らくネヴァサにあるということ。
「これまで制圧してきた拠点に研究施設はなかった。ならネヴァサにある可能性は十分あるな」
「で、ラグズに見つかったらほぼ間違いなく、彼らは怒りのままに施設を破壊するでしょ」
まぁそういうことだよね。ラグズにとってなりそこない研究は、ラグズの尊厳を蹂躙する行いだ。負の気が増しているのも相まって、もはやラグズ兵は冷静に事態を受け止められる状況にない。イズカの研究施設が見つかった瞬間、それを見境なく破壊する可能性はある。
「でもラグズの化身不能を治療できるなら、得するのはラグズじゃん?」というのは、被害者感情を無視した論理だ。被害者意識を無視して強行すると、そのしこりは未来永劫残るし、何度でも蒸し返される。パワーバランスで黙殺できる期間があっても、人々の人権意識が上向く限り火種は残り続ける。黙殺するという選択肢は、それはそれで国としては良いのかもしれないが、この世界はベオクとラグズの融和が為されない限り、220年後くらいにアスタルテによって滅びるのである。
「でもそんな提案、ラグズの将軍たちは怒るんじゃないですか……?」
フォレが漏らした懸念は間違いないものだった。
「ジャンク、分かってると思うが」
「それくらいは分かりますよ。ただでさえ鷹の民から凄い目で見られるのに、今度喧嘩売ったら裏に連れて行かれて、翌日死体で発見されますって」
ジャンクにはフェニキス島にて、兵隊の死骸を使って矢じりの実験をした前科がある。フェニキス側も、確信とまではいかないまでも「あ、たぶんコイツだな……」と目星をつけるレベルに絞り込みがされているのが現状のようだ。フェニキス島急襲をやった俺の部下で、クロスボウを専門に扱う男だからそりゃ目星は付くんだが。
「やり方もいくつかあると思ってて、例えば研究結果をまとめた書類の押収のみをやるか、薬品や生体も回収するか……あるいはイズカ本人を押さえるか、とか」
ジャンクの提案したやり方は、当然後者ほど効果と危険度が増す。
書類の押収のみならば、ラグズ諸国から「ベグニオンはなりそこないの薬の製法を手に入れるつもりではないか」、と疑われる程度で済む。デメリットは、あのイズカの独善的な性格を鑑みると、すべての情報を紙面に分かりやすく纏めてあるなんて希望的観測は捨てた方がいいこと。多くの情報は資料を読み込み、再構築していく必要があるだろう。
次に薬品や実験体の回収。これはラグズ側の反発を更に強硬に生むことだろう。メリットも、紙面に存在しない情報を逆算で補完するためのものに過ぎない。正直リスクリターンが釣り合わない。
そして最後――イズカ本体を捕らえ、イズカの知り得る情報すべてを絞り出すこと。当然天寿など全うさせる必要はないが、その道中では少なくない非人道的な実験を乗り越えることとなるだろう。ラグズの被害者意識を無視して、ラグズの研究を進めるには最も効率がいい――かもしれない。
「……完全にベグニオンの独断で行うか、クリミアに話を通すかで出来る範囲は変わるだろうな」
ベグニオンとラグズの関係は勿論だが、クリミアに事前に話を通しておかなければ、露見したときにかの国が敵対的態度を取るのは避けられないだろう。とはいえ親ラグズ派のクリミアを引き込めば、イズカ本人の確保のような過激な策を取る余地は消える。上振れを狙うなら、ベグニオン単独での完遂を目指すべきだ。
なによりすべての利権をベグニオンが手に入れたなら、それは国にとって大きな利益を齎すことになる。ラグズ国家にもベオクとの融和の風潮がのしかかる中で、融和のための重要な鍵を独占することが出来るかもしれない。
俺は少しばかり考えて――答える。
「考えておく。忠言ありがとう」
ジャンクが去ってから、フォレがぷんぷんと怒りながら口にした。
「……モンテ将軍。あの、戦争も終わりそうってときに、こんな火種になるようなこと……」
確かにフォレの怒りはもっともだ。戦争が終ろうって時期に、無駄な火種を生み出すような提案である。
だがしかしだ。例えばベオクと子を為し、化身不能状態に陥ったラグズを治療する薬が作れた場合、ベオクとラグズの婚姻を妨げるハードルはとても低くなる。ラグズ社会において、化身できないラグズの肩身の狭さはほとんどあってないようなものになるだろう。
親無しはこれまで、時に特異な力を持ちつつも、ラグズから軽んじられてきた。ラグズの実力主義に反するように見えるが、その実彼らにとっての実力主義は化身能力だ。もし親無しが化身できるようになれば、彼らがラグズ社会で地位を築くことが出来る――かも知れない。
この研究の未来は、印付き、親無しに対する差別を。
……根本から覆せるかもしれない。
◇◇◇
そんなわけで、俺が選んだのは――すべての情報をクリミア方と共有した上で、紙面の回収を提案することだった。会議室にクリミア方の宰相ユリシーズ、総大将のアイク、そしてラグズの代表として、一番冷静に話を聞いてくれそうなネサラを呼び、事の仔細を伝えた。
「……なるほど。要旨は理解しました」
俺の説明を受けて、ユリシーズがそう言った。
「……一つ言っておくが、俺たちに話を通さずにそれをした場合、俺たちはあんたたちへの信用を失っていた」
アイクの表情は険しいものだ。彼はラグズ寄りの人材であるから、当然の反応だ。しかし書類の回収くらい大丈夫だろって高を括って、独断で回収に向かわなくて良かったな。
「……しかし、なりそこないの研究を基礎研究として転用するですか。どんなに非人道的な人物の発想なのやら」
「だから責任は私が執るのです。ユリシーズ殿」
今回、ジャンクの名前は一切出していない。すべての策が通ったら、ジャンクには然るべき報酬をこちらで与えるつもりだ。責任は俺、栄誉は彼が持てばいい。
「……ちなみに俺を呼んだ理由は?」
俺の話を眺めていたネサラからそんな声が上がる。ちなみに王族会議は、今回は結論が出なかったようで要点を整理して明日に持ち越しという運びのようだ。
「ラグズ側の温度感を知りたかったというのが一番大きなものです」
「ほぉーん? てっきり、ネヴァサ攻城をこれ以上推すなら……って脅しかと思ったがな」
「余計な誤解を与えてしまったのならば謝罪します」
まぁその要素がないとは言えないが。しかしこの情報をクリミアと共有した以上、もし合意が成立すれば、デインと無事に講和が成立したとしても「イズカの研究」については回収の方向に向かうだろう。その意味ではキルヴァスに対する牽制として、ほぼ役に立たないイシューと言っていい。
「しかし難儀な議題ですな……一歩間違えば、ベグニオンがなりそこないの薬の製法を求めているように見える」
「そういうことです。とはいえ箱は開けねば宝箱か、罠かは分からないのですから、どうにか試行出来ないかと思う次第です」
「……この件ですが、クリミアと協同で研究をする方向で話を進められないでしょうか」
流石クリミアの要。俺が欲しい言葉をほとんど完璧な形で投げかけてくれた。
「構いません。先ほどの例え話に当てはめれば、箱を開けて、有用であれば使いたい。それだけのことです。この技術を用いた経済的利益よりも、広範に広まることによる社会の進展を見たい」
「……」
ユリシーズは沈黙を挟んだのち、口を開く。
「……この件について我輩が女王陛下に上奏するにあたり、二つ条件を求めましょう」
「なんでしょう」
「一つ。貴殿が戦後政治家になり、この計画の最高責任者として監督していただきたい。そして二つ目は、研究の内容、経過に問題がないかの透明性を確保するために最善を作ることです。その二つが担保されれば、我輩も信用して事を進められましょう」
……まぁ、それは当然の懸念だ。こちらで答えられる限り、真摯に答えるとしよう。
「この場でお答えできることではありませんが、ガドゥス公、ペルシス公、アムニス公の失脚により政治的空白が出来るため、ある程度政治に精通した異業種の人材が、その穴を埋める必要に迫られる可能性が高いでしょう。第二の透明性の確保ですが、それは当然必要なことです。倫理的な面ではもちろん、資金面でも二ヵ国が協同するのであれば、透明性の確保は不可欠でしょう」
「そうですか……我輩が求める回答はほぼ得られたと言ってよろしいでしょう。ありがとうございます」
よかった、ある程度は伝わったみたいで。
俺が安堵していると、アイクとネサラが話をしていた。
「なぁアイク将軍。ベオクの外交ってこんな感じなのか?」
「……俺に聞くな」
「やれやれ。将来ラグズがこんなのとやりあわないといけないと思うと、頭が痛くなるね……次期ガリア王の副官のライとか言ったか。大丈夫かね」
ライではないが本当にそう。俺の意識はテリウスファンボーイの一般リーマンなんだぞ。なんでそんな平平凡凡が、政治の舞台に立ってこんな大立ち回りしてるんだ。政治に対する知識はこの世界の人々に比べて多いのかもしれないが、それにしたって身の丈に合わないことをやりすぎている。
「……ライは、難しい立ち回りを強いられるんだろうか」
アイクの漏らした言葉は、普段の歯に衣着せぬ物言いと比べると弱々しい印象を受けた。
「だって、あのスクリミル以下、ガリアの獣牙族を操縦しなきゃいけないんだぜ? それはもうジフカ殿……いや、現ガリア王以上のセンスがいるだろうよ」
……いや、俺は別にラグズ国家とは円満な関係を築きたいと思っているけども。それはサナキの願いでもあるし、国内貴族の介入を何とか潜り抜けつつ、段階的な関係改善を計りたいとは思ってるんだけども。そしてそれはユリシーズだって同じはずだ。
「……」
ただそれでも、アイクの沈黙は重苦しかった。彼の友人に迫る苦境に、自身が何か力になれないか、考えているようにも見えた。