「――と、いう訳で。ゴルドアが仲介に立つらしい」
補給線の要であるオルリベス大橋を押さえるロンブローゾに、そう報告をする。
昨日、ミカヤから連合軍に対し連絡があった。『ゴルドア王は、自身の友であるエルランが此度の戦乱に強く関わったことを憂慮している』とのことだ。俺の知らぬところでデギンハンザーは、エルランの所業を知ってしまったらしい。
これは……最悪、導きの塔に入ったとしても彼は自らアスタルテの下に出向こうとして、エルランと対峙するのではないだろうか。歴史のifが起こりまくっている気がする。俺の原作改変上等の動きのせいだろう。
ミクロ視点、つまりうちの部下が死なないように立ち回ったという依怙贔屓な判断だったことは否定しがたい。……でもなぁ。流石に軍のほぼすべて、元老院という政治機関のほぼ全て、アスタルテの消滅という信仰の喪失を丸ごと経験するよりは、ベグニオンに住まう民にとって絶対マシだと思うんだよなぁ。
……そんな俺の、内心での葛藤などいざ知らず。ロンブローゾは呆れ顔で嘆息する。
「やれやれ。ようやくこの馬鹿騒ぎも終わりですか」
「そう言うな。少なくとも今回の戦争は幕引きだろうが、その後に一波乱無いとも限らん」
少なくともゴルドアと真正面から事を構えてでもデインを滅亡させたい、という無謀な勢力はいない。キルヴァスは目的のものが取れなかった場合戦後に暗躍するかもしれないが、デインの滅亡までは望まないだろう。
唯一この展開に青息吐息なのはクリミア勢だろうか。エリンシアの権威を維持するため、ユリシーズはデインから「分かりやすい戦果」が必要な状況になっている。まぁクリミア貴族なんて、ルドベックの反乱の際に一緒に立ち上がろうともしなかった腰抜けがほとんどを占めるのだから、無視するなり適時粛清するなりで何とか出来るかもしれないが。
それはそうと、戦争が終わるとなればベグニオンにとっても変化が訪れることは確実だ。
「それにほら、お前は次の総司令がほぼ確実な実績は得られただろう」
ロンブローゾの人事は、本来もっと武功のある者に任せるのが『軍として効率的な配置』だったかもしれない。例として挙げるなら職務に勤勉なルベールや、有力貴族であるクルベア公爵隷下で、主君を救うために尽力するセルゲイなどが挙げられる。
それらを無視してロンブローゾを採用できた経緯として、彼が次期公爵の第一候補という立場の高さを使ったものであるが……その彼が俺の第二の将として、補給線の要である大橋一帯を防衛してみせたこと。これは戦後に大きな価値になる。
ベグニオンの軍事は現状、政治の延長線上にしかない。高位の貴族の私兵は、地位の低い将軍の言うことなど無視する……というか自身の主を無視して不興を買ってはいけないから、自身の主を優先するのだ。
俺も伯爵位で決して地位が滅茶苦茶高いという訳ではないが、リバン河のような難しい戦に参戦して功を立てたり、バルテロメやサナキに諫言して将兵を守ったり、デイン相手に極力『勝ち方に拘った圧勝劇』を演じてみせたり。なんだかんだあって将兵からの信頼は厚くなっている……はずだ。これで恨まれてたらもう仕方ない。
「……本当に政治家に転身されるおつもりなのですね。いや、もはや神使に物申せるのはモンテ将軍しかいないのですが」
俺の言葉に、ロンブローゾはそう返した。
「ベグニオン軍と元老院が全員犬死にでもしない限り、そういう人材はいるだろう。幸い皇帝陛下も、同じ認識でいる」
「……それはまぁ。心強いと言ってよいのですかな」
ロンブローゾは少し元気がない様子でそう告げる。確かにベグニオン軍は複雑怪奇だ。完璧に扱うとなれば部隊長が恩顧にする貴族家の詳細に至るまで脳裏に叩き込んでおかねば、まともに扱うことは難しい。ただ逆に言うと、主家と軍の方針が一致すれば、十分な装備と練度を持った兵隊は動機を持って動く。
戦時はそれでいい、大した難易度じゃない。問題は平時だ。ベグニオン軍は"強大すぎる"。
「……あぁそうだ。ロンブローゾ将軍。君が総司令になったときに真っ先に取り掛かることになる軍縮についてだが、一応確認として――」
「……ちょ、ちょっとお待ちを。今なんとおっしゃられました?」
「君が一番最初に取り掛かるのは軍縮だ。戦争が終わってなお、これだけ大規模な動員を続ける訳にはいかない。将官や下士官を含めた、抜本的な組織改革は必要になる」
俺がそう告げると、ロンブローゾの顔色が一気に悪くなってしまった。
巨大化した兵隊の復員。これは本当に至難の業だ。まして貴族家の次男三男にとって、軍というのは重要な就職先でもあるのだ。
だがそればかりでは国内の金の流れが悪くなる。民間に"教育を受けた人間"の職場を早急に用意しなければならない。俺が言っていたクリミアとの貿易網も、結局は教育を受けた人間を民間に就職させるためという意味合いを持つ。造船は勿論、貿易商、銀行、物流に生産管理。数字を用いねばならない分野は腐るほどある。
計算の精度は、将来的に機械が担保してくれるかもしれない。とすれば人類に必要なのは、目前の事象に対して計算を試みる勇気だ。彼らにはそれを期待する。
ともあれ、俺の企みのためには、大規模な復員を成功させねばならないのだが……
「安心してくれ。貴族社会への根回しはこちらからも援護できる……というか、政権側に話の通る人間が一人でもいないとまともに進まんだろう」
「さ、最大限お願いします……私一人では絶対に無理です……」
「俺一人でも出来ん。最大限頼りにさせてもらおう」
「……あ、あのぉ……」
俺とロンブローゾの会話に割って入ってきたのはノーズ将軍である。
「……ノーズ将軍。どうかしたか」
「そ、その。将軍を復員するということはつまり、その……わ、私のような前科者の居場所はないということでしょうか……」
……いやいや。それはない。
「そんな訳ないだろう。大陸最大の軍全体の兵站を実地で見続けてきた実績は、余人をもって代えがたい」
「待ってください。本当に、本当にノーズ将軍の経験なしに軍団の整理なんて出来ませんからね? 間違っても復員したいだなんて仰らないでくださいよ?」
「そ、そうは申されますがロンブローゾ将軍……!」
俺以上にロンブローゾ将軍が、縋るような眼差しでノーズ将軍に詰め寄る。ノーズ将軍はクリミア国境の片田舎を守っていた田舎武士。対してロンブローゾは、武門の家系に生まれ、次期公爵と持て囃された男である。この二人がここまで親睦を深めたのは、なんだか微笑ましい。
……この人たち、どっちも原作じゃアイクに討ち取られてるんだよなぁ。よくここまで育ってくれたものだ。
「そ、そもそも兵站などというのは、本来将の墓場ではないですか……!」
ノーズ将軍が漏らした言葉は、それまで彼が持っていた意識を発露したものだった。
「それは違う。覚えてないか? 貴殿が最初に兵站構築に携わった日の事を」
「……あ、あの時は。ゼルギウス将軍とモンテ将軍が、共に参加しておりました」
「そうだ。兵站というのは、俺やゼルギウス将軍の時間を奪ってでも計画を練らねばならないんだ」
当然原作では描写されていない内容であり、当時は俺も、ゼルギウスが自ら兵站計画を練っていたのに驚いたのだが。まぁでも、ベグニオン軍にまともに兵站を練れる将軍がいるかと言われると否なので、優秀な人材がやらねばならない仕事だったのである。ソゼ以降はバルテロメというおバカを抱えながらの仕事だ。ゼルギウスの仕事量は相当に及ぶ。
……俺はどれくらい、彼の仕事に貢献できていただろうか。今となっては分からないが。
「地味なのは分かる。前線で命を懸けて戦う兵たちが尊いことも当然だ。しかし彼らが十分に戦える兵站を万全とすることこそが、戦略に影響を与える。戦略は戦術を上回る、とも言うが……双方が別軸に重要なのだから、片方だけが評価されないなどということはあってはならない」
俺の説得に、ノーズ将軍は言葉を返しづらいのか、黙り込んでしまう。少し強弁しすぎたか。フォローが必要だろう。
「……いや。正直言うとだな、罪の意識があるのなら働いて返してくれたほうが元が取れるくらいになってしまっているんだ。貴殿の場合な」
「……わ、わかりました。私でお力になれる範囲で、やってみます……」
ノーズ将軍は少し悩みつつだが、首を縦に振ってくれた。
「……首筋に死神の鎌がかかったような心地になりましたよ、私は」
ロンブローゾもそんな言葉を漏らした。
この二人に任せておけば、軍は少なくとも『致命的な過ち』を犯すことはないだろう。
後は彼らが生きやすいように、政治家という立場から彼らを支えねばならない。それは俺の仕事だ。
第二軍との対話から、リワープの杖でウムノ収容所に戻ってきて、開口一番だった。
「た、大変ですモンテ将軍!」
部屋に伝令が雪崩れ込んできた。
「どうした」
「メダリオンが、メダリオンが何者かに奪われたとの報告です!!!」
あっ。これはセフェランがミカヤを見つけましたね、間違いない。
……どうやらもう一波乱は、戦争終結よりも手前にあるようだ。
◇◇◇
モンテが報告を受け取った、その日の夜の事であった。
「……夜分に失礼します」
ミカヤの寝室に転移してきた者――セフェランがそう口にする。
あまりにも唐突な、そして対処のしようがない局面だ。ミカヤとセフェランの力量差は歴然としたものがあり、そもそもミカヤは武器である魔導書すら手元に持っていない状態だった。
そんな状態でミカヤに残された選択肢は、せいぜい対話くらいのものであったのだ。
「あなたは……」
「ペルシス公セフェラン。あるいはエルラン……どちらの名を名乗っても、恐らく分かってもらえるでしょう」
「……あなたが、あの方の言われていた主なのですね?」
「はい」
漆黒の騎士を念頭に置いた会話に、あっさり肯定を示すセフェラン。
「どうして、こんなことをされたんですか」
ミカヤが問いかけると、セフェランが答える。
「……銀の髪の乙女。あなたが生きていると知っていれば……三年前の戦も、此度の戦も……必要なかったのです」
「どういうことですか!?」
ミカヤの問いに対し、セフェランは懐にしまったメダリオンを差し出す。メダリオンを纏う蒼い炎は轟々と燃え盛っていた。
「私の目的は、このメダリオンに封じられている負の女神ユンヌを復活させることでした」
「……負の女神、ユンヌ?」
「えぇ。そのためには、『解放』の呪歌か、世界を覆う戦乱が必要だった」
セフェランが続ける。
「単刀直入に申し上げます。銀の髪の乙女。『解放』の呪歌を歌い、ユンヌを復活させてください」
その言葉に対し、ミカヤに残された回答は少なかった。この場で断ることは即ち、自身の命すら危険に晒すためである。
「……断れば、どうなるというのです」
「その時は何度でも、戦争を煽り……女神の復活を早めるだけです」
「……っ!」
言葉に詰まるミカヤ。そしてそんな彼女の脳裏に、響く声があった。
『――ミカヤ。エルランの言葉を聞いて』
「……ユンヌ?」
ミカヤの口から、ユンヌの名が零れる。彼女にとってのユンヌーー橙色の小鳥は、既に彼女の肩に止まり、メダリオンを訝しげに覗き込んでいた。
「……旋律は私が奏でましょう」
セフェランがそう告げると、メダリオンを前に旋律を奏で始める。
旋律が響くと同時、ミカヤの脳裏には――その旋律に対応する歌詞が再生されるのであった。ミカヤは"メダリオン"から響く声、そして脳裏に湧き出る歌詞に反応し、歌を紡ぎ出す。
――ミカヤがその判断を下した理由。それは今まで彼女を導いていた声が、それを望んだからだった。
「――酷い顔。あなたがそんなに追い詰められるなんて」
ミカヤの口から放たれた――ように見える言葉。
実際のところは、その言葉はミカヤの意思に基づいた言葉ではない。それは"メダリオンに封じられていた邪神"とされる負の女神、ユンヌの言葉だ。
「ねぇエルラン。聞かせて? 人が、どのような世を築いたか。貴方は人をどのように思うのか」
ユンヌの言葉に対し、セフェランは視線を逸らす。
「……女神ユンヌ。私は……」
「エルラン? ねぇ、どうしたの……」
ユンヌが問いかける中、セフェランは転移し、その場から姿を消すのであった。
ちなみに流石に洗脳BAD ENDにはしません。その程度の良識は持っています