ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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第六十五話 女神アスタルテ

 ベグニオン帝都シエネ。その中心に立つ巨大な塔、『導きの塔』。世界が危機を迎えたとき、そこに女神アスタルテが降臨し、世界を正しく導く。ベグニオンの民ならば誰もが知る女神の領域であり、人が立ち入ってはならない聖域である。

 

 その最上階に、エルランは転移してきた。そしてその場で傅く。

 

「……よくぞ目覚められました。我が女神よ」

 

 エルランの前に立つ女性こそが、彼が二度も戦乱を巻き起こして目覚めさせたかった、正の女神アスタルテである。アスタルテは転移してきたエルランに目をやると、抑揚のない声色で声をかける。

 

「……何があった? 1000年に満ちるまで今しばし時があるように思うたが」

「……あなたが眠りにつかれてより、間もなく780年になります。その間、あなたとの約束が順守され、平和な時が流れたのは全てを搔き集めたところで200年程度にもならぬでしょう」

 

 それはテリウス大陸が歩んできた歴史、ベオクとラグズは常に争い続けてきた。それはエルランが暗躍するずっと以前から変わらない。

 

「あなたがおっしゃった通りでした。ラグズもベオクも……体内に組み込まれている戦いの因子に抗うことはできませんでした……残り220年。お待ちになる必要はありません」

 

 エルランがそう告げる。アスタルテは眉一つ動かさずに、それに応えた。

 

「……それが、そなたのだした結論なのだな?」

「はい」

「では、裁きを下すとしよう」

 

「――その前に、よろしいでしょうか」

 

 アスタルテを制止するエルラン。

 

「申してみよ」

「まず此度の目覚めは……解放の呪歌によるものです。そしてそれは、私が歌ったものではない。女神が眠りにつかれてから、私はオルティナと結婚し、子をなしました。そしてその時、私は力を……呪歌を歌う力を失ったのです」

「……それはまことか」

 

 それは現在の状況、世界に負の気が満ちていないにもかかわらず、アスタルテが復活した状況と矛盾する。

 

「私の力は……私とオルティナの子孫に受け継がれていました。しかしその力が一度は喪われたと思った私は、女神の復活のために……もう一つの復活の条件を満たすため、世界に二度、戦争を起こしました」

 

 エルランはその後、自身が犯してきた罪を女神に告白する。

 

「この世でもっとも罪深きは私です。世界のすべてを裁く前に……まずは、私に裁きを……」

 

「――その必要はない」

 

 エルランの言葉を遮るアスタルテ。

 

 我が耳を疑ったエルランが、動揺を隠せないまま聞き返す。

 

「……女神よ、それはいったい」

「その必要はないといった。そなたは自身に課せられた使命を果たそうとした。ただそれだけのこと」

「しかし……!」

 

 様子がおかしい、エルランははっきりとそう感じた。

 

 その違和感は正しいものだった。負の女神ユンヌと共に、自身の負の心を切り離した直後のアスタルテはまだ負の感情が残っていた。エルランが知るのはその頃のアスタルテだ。そして今現在のアスタルテは、長い年月をかけてひどく歪んだ状態に変わってしまっている。

 

「エルラン。そなたの心を縛り、惑わせるものを……この世界から消滅させよう」

 

 アスタルテはそう宣言し、エルランの制止を振り切り、裁きの準備を始めるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その頃、デイン王城の玉座の間。月明かりに照らされるのは、丸太に縛られたイズカであった。

 

 作戦失敗の責任を取らされたイズカは拘束された。そして彼を中心として、円を描くようにペレアスとルカンが歩きながら、世間話に興じていた。

 

「……しかし驚いたな。まさか連合が、ここまで譲歩してくるとは」

 

 ペレアスの発したそれは、先刻漆黒の騎士から齎された情報についてだった。

 

 連合側はデインがゴルドアに仲介を申し立てての和平交渉を承認。デインの仕掛けた戦争については、その背後にエルランの暗躍があったことを認め、情状酌量の余地ありと和平交渉における譲歩を匂わせている状態だ。

 

 ゴルドアとの交渉については、アムリタの指示の下ミカヤ、漆黒の騎士が行い、協力をこぎつけることに成功した。事後承諾という奴だが、ミカヤは解放軍時代からそういったきらいがあった。ペレアスもそれに慣れていたため、今更それに対して文句を付けることもない。

 

「メダリオンに封じられし負の女神。そしてそれを復活させようと戦争を煽るセフェラン……エルランというそうだな。その影響がよほど大きいと見える」

 

 ルカンが忌々し気に口にした。彼としても、幼きサナキを操るためとはいえ、セフェランを元老院議長に抜擢したことに後悔の念が無かったわけではない。しかし今はそれ以上に、自身を、そして元老院を野望のために利用したエルランに対する怒りがあった。

 

「し、漆黒の騎士……アシュナード王に取り立てられた男が、ゴルドアから行って帰ってくる……? よ、よく殺されなかったものですな……」

「イズカは黙っててくれ」

 

 イズカはうっと声を詰まらせ、黙ってしまう。

 

「しかし……ラグズを滅ぼそうとすると、女神アスタルテが世界を滅ぼすだと……?」

 

 漆黒の騎士から齎されたのは、直近の情報だけではない。デギンハンザーが語った神代の真実についても、デイン王城に齎されていた。

 

 元老院を牛耳っていた頃の、世界を手中に収めているような全能感に酔いしれていたルカンであれば、世迷言だと一蹴しただろう。しかし28歳にして未来を見通す力を持つ国家元首を、所属する組織に罪が被さることのないよう鉄砲玉としての役割を完璧にこなし、しかもその後に待つ先輩議員との権力闘争の悉くに勝利するような男である。

 

 彼の経歴を文字に起こすと、そうなってしまうのである。そんな男であるから、一度立場を捨て、冷静になってしまえば……実際にそれを見たというデギンハンザーの言葉が、そしてメダリオンに纏わる逸話が嘘ではないことを受け容れることが出来た。

 

 

「しかもそれは初代女王オルティナの発案だと? それではなんだ、ミサハもサナキも、血は争えないということか?」

「血筋ならばしょうがない」

「あなたが言うと悪い冗談になりますが?」

「……この場合は笑い飛ばしてくれた方が救われるかな」

 

 ルカンの口から乾いた笑いが漏れるだけだった。

 

「で、この和議をお受けになるのですか」

「ゴルドア主導、それもここまでエルランの発言力が失墜した状態であれば、考えなくもない。軍の上層部は先の戦争で軒並み空席になったし、後は僕が処刑されればデインは新生できるだろう」

 

 デイン軍の先の戦いでの被害は甚大だった。主にベグニオンの追撃によって、名だたる将のほとんどを失うこととなった。現在ネヴァサに残っているのは二線級の兵士や退役済みの将、下士官。一度戦端が開かれれば蹂躙されることは間違いない。戦意もほとんど喪失しており、最早在りし日の"力を信奉する"軍人は残っていない。

 

 残されたのはミカヤの下まで逃れた残党と、デイン西部から引き揚げてミカヤに合流したブラッド率いる西方軍、ベグニオン国境を守護する守備隊が少々。そしてカウントすべきかは定かではないが、中立を標榜するマラド領の兵くらいである。

 

 この状態で、連合から和平交渉が出てくるのは……辛うじてミカヤ率いる軍勢が戦闘可能な軍集団の体を保っていることもあるが、一番は先にも挙げた負の気の制約である。戦争をこれ以上広げてはならないという教え、そしてそのために長年暗躍する者の存在が、その教えの信憑性を担保していた。

 

 デインにとって、膝を折るには良い頃合いだった。

 

「ただ一つ。神使サナキにだけ不安は残る」

「……まぁ、幼子ですからな。ここまで危険であると風評が広がっても、親代わりの言うことは何でも信じてしまいかねない」

「だからこそ迷っている。アシュナードの息子であり、史上最悪の愚王として僕が処刑されて……ミカヤが後を継げば、少なくともアシュナード治世下の影響は当分表に出て来なくなるはずだ。でもベグニオンは違う。神使サナキがその地位にいる限り、ずっとその危険は付きまとうはずだ……それはクリミアも分かってるだろうに」

 

 ペレアスの口にした危惧については、ユリシーズがラグズ連合とベグニオン帝国の和平会談の場にて、セフェランの企みをその場で看破していなければ、クリミアも同様の疑義を持たざるを得なかった。

 

 あの場で神使サナキが、セフェランから全く情報を得ていない反応を返していなければ、クリミアはベグニオンという国家そのものを信用できず、ベグニオンを味方に引き入れられなければ、此度の戦いでもここまでの圧勝を繰り広げることはできなかった。

 

「ご自身の出自を明かした上で、あなた自身が反セフェラン、反アシュナードを掲げてデインを率いてもよいように思いますが」

「……ばかばかしい。そんな能力は僕にはない」

「能力はなくとも経験はしたでしょう。それに先の血筋の話もある……連合の弱腰に付け込めば、首は私とイズカのみで足るかもしれない」

 

 ルカンのその発言を、ペレアスは意外に思った。

 

「ルカン殿は生きながらえようとは思わないのか」

「私は陰謀関係なしに、元老院の政変で負けた。敗者復活戦に勝つ道筋はデインの勝利くらいだったが、その道も途絶えた以上……私に帰る場所はない」

「その政変が、エルランの陰謀だった可能性は?」

「それはないだろう。政変後、どうやらヘッツェル殿はおろか、あのヌミダすら生きているようだ。事後が穏当すぎる。元老院の誰かが、私の首一つでどうにか許しを得ようと画策したと考えるのが妥当だ」

 

 ルカンが顎に手を当て、考える。

 

「……可能だったのは、ヘッツェル殿かオリヴァーかだろうが。しかしこうも完璧にやられるとはな……」

 

 そう思いを馳せていた、その時だった。

 

 ――窓の向こうから、一筋の光が降り注ごうとしている。

 

「……何の光だ――」

 

 言葉の余韻を消し去るように、光はネヴァサ全土を覆いつくした。

 

 

 

 




モンテ将軍、悪いが君には本業(軍と元老院の介護)に戻ってもらう

次回、正の使徒編


あと原作はゲームで、その一幕が出た段階ではセフェランが黒幕と確定してない状態だったので言ってませんでしたが、流石にエルランは自分が真っ先に裁かれるべきだと進言してるべきだし、アスタルテはそれを知ってエルランを生かしていてほしい……
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