「確かにセフェランなんぞの企みに乗る必要などないわ! そうであろう!」
テルグム公がバルテロメを支持すると、次第にバルテロメの主張に賛同する者たちの声が大きくなっていた。
……そういえばこの人たち、セフェランが裏切り者と化す前から彼の事が大っ嫌いだったわ。
原作の元老院は、天啓が何も知らないルカンに来たこと、ルカンがそのまま兵士を扇動したことがあの正の使徒の挙動に繋がったのかもしれない。原作の流れではルカンも元老院も、憎きセフェランに知らぬ間に協力していたことに、死ぬ間際まで気づかなかったのだ。
対して今回、女神復活はセフェランがやったということが、ほとんど事実として扱われている状況だ。この大きな差異が、元老院の意思決定を根幹から覆すことに説得力はある。
テルグム公が即座に手を挙げてくれたのはありがたい。ここで大物が手を挙げることで、バルテロメ一人の功績にしないことができる。そこら辺の政治的機微は頼りになる。
「し、しかし……天啓は確かに、私の耳に」
一方のヘッツェルは及び腰だ。しょうがないだろう、自分の耳にアスタルテの声が響いたという事実はそれだけ重いのだ。しかもヘッツェルは、最も罪深いのは元老院だと自責の念を抱いた状態である。心的プレッシャーは計り知れない。
「これまで印付きに声を送ってた何かが送る先を変えたか、それこそ正と負? でしたか。なんかこう、対になる存在でもいたのではないですか?」
バルテロメが反論する。なんかこうってなんだよアバウトだなおい。
……しかしバルテロメの言う、偽物の女神理論も実はあながち間違いじゃない。
ベグニオンの教義は長い時をかけて、ベオク有利に歪められているものだ。だからベグニオンで崇めている女神アスタルテと、長い間封印されてきた女神アスタルテが別人だという主張は、そうズレたものではない。
いやでも、本人が復活したって時にそれを跳ね除けられるのは……ひとえにバルテロメが考えなしで、自分たちが神の代理人だという表看板を無垢に信じているから。普通の人なら、先ほどまでの他の議員のように、自分の悪かった部分を思い出して「自分が悪かったんじゃないか」と内省してしまうものだ。
とにかくこの場面に限って言うとバルテロメの強弁は心強い。ほとんどが女神に逆らうことを恐れている状態で説得を試みる必要があったのが、全部吹っ飛んでしまった。
「……」
ヘッツェルは思索を巡らせていたが、やがて観念したように顔を上げる。
「……そうだな。きっとこの声は、女神さまのお声ではないのだろう……なぜならもっとも罪深きは、我々元老院なのだから……」
バルテロメがふんと鼻を鳴らす。
「……ヘッツェル殿が納得したなら、まぁ良いです。それで? モンテ将軍。対策は練っているのですよね?」
めっちゃ無茶振りしてくるなぁ。まぁ原作知識で答えちゃえるからいいけどさ。
「勿論でございますとも、バルテロメ様。デインにて復活したという、声が言う所の邪神にあたる勢力と接触した上で、セフェランを打破する方策を練りましょう」
「……我々が単独で撃破する、とはいかないのですか?」
「もちろん単独で撃破する、それが出来れば最上と存じます。それを前提とした上で、単独で撃破出来るかどうかを見定めるためにも、情報収集は必要です」
「ふんふん……」
バルテロメは素直に頷いていたが、他の議員は顔を引きつらせていた。他の人にはこんなあけすけな喋り方しないからね。『こうでもしないと話が通らないけど、こんなに媚びても気づかない奴』と俺が認識している証である。
「はぁ、モンテ将軍はあの頃と変わらず悠長なところがある……緊急事態ですから、手短に頼みますよ」
「勿論ですとも」
なんか、バルテロメ優しくない……? 当たりの柔らかさがゼルギウスやルベールの比じゃないんだが。
ま、まぁいいや。ちょっと困惑するけど、当たりが強いよりは優しいに越したことはない。ヘッツェルに語り掛ける。
「……ヘッツェル様、デインに向かいましょう。将兵に連絡してまいります」
「……わかった」
ヘッツェルが首を縦に振る。ひとまず向こうの状況を把握して、今後の方針を決めるために最大1時間くらいは現場を離れねばならないだろう。せっかくだから、俺が離れている間に色々とやってもらおうか。
世界のベオクとラグズが石になってしまい、世界は完全に停止してしまったかのように感じられる。だがしかし、それ以外の動植物、そしてベオクでもラグズでもない印付きは普段通りに生きているのだ。
まずは今回正の使徒として生き残った兵員の数と所属を把握しなければならない。原作通り内地の二線級の兵隊だけが集められたならともかく、今回は明らかにデイン戦線から引っこ抜かれている。人員の把握は必須だ。
シエネでは既に始めているが、生存者の捜索はやった方がいい。この厳しい冬の中、一人ぼっち生き残ったところで、世界の石化が解けるまで生き延びるのは大変だ。そんなに数がいるとは思えないが、各公爵家の城下町くらいはやったほうがいいだろう。
次に火の始末。今回は石化が発生したのが推定深夜から早朝だから少ないかもしれないが、暖炉に火が付いている家があるかもしれない。もしその火が燃え広がったとき、誰も手を付けなければ火は燃え広がる一方だ。世界が元に戻って、安堵しながら自宅を振り向いたら一区画が丸々全焼していたなんてシャレにならない。
ここからは優先順位が下がるが、騎馬や騎竜、家畜の世話なども不可欠だ。冬場だから豚は種豚以外〆られているだろうが、騎馬や騎竜なんてのは通年繁殖されているはずだ。それらが厩舎に繋がれたまま餓死したなんてことになったら、思っている以上の大損害を被る。
そして全てが元に戻った後の作戦計画だ。クリミア・ラグズ連合軍は依然として敵地で石化している。オルリベス大橋を制圧しているベグニオン勢が転移しているので、このままだとデイン市民に退路を制圧されかねない。そもそもクリミア・ラグズ連合軍はベグニオンの輜重隊を使っているため、何にもしなかったら彼らは飢えて死ぬ羽目になってしまう。流石にアスタルテをぶっ飛ばしたら、首脳陣はもう手打ちにしようやという流れになってくれるとは思うが、その意志が下層に行き届くまでラグはある。
原作で語られなかったこれらの問題について、リワープの杖で順次兵隊を転移させて対応していく。
いやホント、他の将軍をしっかり育成しておいてよかったね。
◇◇◇
デインのウムノ収容所。その一室に集っていたのは、フェニキスの主従とネサラ、ニアルチ、そしてラメールであった。
「……ネサラ、お前な……」
ティバーンが呆れた声を上げるのは、彼の傍に縄で括られた三人のベオクの存在だ。デイン王ペレアス、元ガドゥス公ルカン、なりそこないの研究者イズカ。デイン王国を戦争に駆り立てた、表の立役者とされる人物だ。
「お手柄、だろ?」
ネサラがニヤリと笑みを浮かべながら、手に持つ一枚の契約書を揺らめかせる。
「ティ、ティバーン。違うんだ、これはなんというか……」
「……デイン勢の偵察に行くと言われ……いざ目の前にしたら、鴉たちが一斉に襲い掛かった……」
事の次第はこうだ。早朝、異変に気付いたネサラは自分が動かせる人材を搔き集め、ティバーンを説得してヤナフ、ウルキを貸与してもらい、全速力でデインに向かう。デインで石化していなかったペレアスら三人に対し強襲をかけて捕縛し、そのまま連れ帰ったのだ。ルカンが持っていた"血の誓約書"を回収しつつ。
やり方としては滅茶苦茶で、特にルカン、イズカが万全の状態で構えていれば死者が出た可能性も十分にある展開だった。後の信用問題にも繋がってくるが……それほどの手段をもってしても、キルヴァスにとって、"血の誓約"の破棄は悲願だったのだ。
「……俺がついていかなかったのも悪かった。お前らが謝ることじゃない」
フェニキス王の側近であるヤナフとウルキの弁明に対し、ティバーンはそう告げた。少なくとも弁論や交渉という分野において、二人や自分とネサラでは役者が違うことくらい理解していたのだ。
鷹と鴉、フェニキスとキルヴァスの関係性は、かつての裏切りなども含めて複雑怪奇なのだが……それでも互いの同族意識を完全に焼き切るようなことはなかったのだ。ベオクであればそうはいかないだろうが、少なくともラグズは衝突と和解を繰り返しつつも、最後の一線を越えることはそうないのであった。
「……」
鷹王と自身の主の睨み合いを見ながら、滝のような汗を流しつつ沈黙するラメール。一線級の戦闘員ですらない一般ラグズである彼女がなぜ生き残ってしまったのかは謎だったが、少なくとも小市民かつ平和志向の彼女にとって、この場の空気は耐え難いものがあった。
「ラメール殿、お手柄でしたぞ。これでキルヴァスは……救われるのです」
そんなラメールに対し声をかけるのは、キルヴァスの最長老であるニアルチであった。彼もまた老齢でありながら、決死の奇襲に参加した猛者の一人である。
そんな気まずい雰囲気の中、部屋の扉が開く。ルカンを捕らえたと聞いたサナキが、シグルーンを伴って様子を見に来たのだった。
「神使! これはもう焼いちまうぞ? ここで断っても焼くからな!」
ネサラがそう言いながら、手に持つ誓約書をサナキに見せる。
「構わぬ。キルヴァスとは、そういう約束であったからな」
「よし!」
ネサラは手に持った誓約書に慣れた手つきで火をつける。ネサラ、そしてキルヴァスを縛り付けていたそれは、呆気なく灰になって消えていった。
サナキは視線を、縛られたルカンへと向ける。
「無様じゃな。元老院元副議長、ルカンよ」
「これはこれは。女神の声も聴けぬ偽神使ではありませんか」
「……やはり、貴様は全てを知っておるのじゃな」
サナキの反応は、ルカンにとって意外なものだった。
「その反応……」
「ヘッツェルから全て聞いた。私は……神使ではないのじゃな」
「……あぁそうだとも。本当の神使は、銀の髪の乙女だ」
「銀の髪の乙女……? ミカヤ将軍が、そうじゃというのか?」
「そこまでは聞いていなかったか。貴様には姉がいたのだ……先代神使と共に謀殺したはずだったが、どういう訳か生きていた」
「……その話、まことか?」
「仕損じた私が言うのだ。間違いあるまい」
「ま、あんたは神使じゃなくても皇帝陛下だ。モンテ将軍の言うようにな。今後ともよろしく頼むぜ」
手をひらひらと振り、去っていくネサラ。居心地が悪そうな顔をしたラメールと、零れる涙をハンカチで拭うニアルチがついていく。
「……モンテ。アニムス公の私兵を率いる将だったと記憶しているが」
「そなたを追い落としたのは、全てあの男の策じゃ」
ルカンの脳裏に、戦前の記憶がよぎった。
ヘッツェルの傍に付き従っていた渋面の男だ。主に似て温厚で、部下たちの信頼は厚かった。ルカンの目から見て、彼は政治について口出しするようなタイプには見えなかった。
ラグズ連合が攻めてきた際、キルヴァスの血の誓約による裏切りを金銭によるものだと偽り、ゼルギウスに預けた。キルヴァスの血の誓約が彼の主であるセフェランに伝われば、あの清く正しい宰相は間違いなくそれの放棄を提案すると、当時のルカンは考えたのだ。
ゼルギウスはその情報を元に、キルヴァスの裏切りを作戦に組み込んだ『フェニキス島攻略作戦』を立案した。肝心のフェニキス島を攻略する兵力に、中央軍を一部追加したアニムス公の私兵が選ばれたこと。そしてその指揮をモンテが執り行うこと。
……ここまでが、ルカンが知っている戦前のモンテ将軍についてだった。
その後、ソゼ峠で劇的な勝利を挙げたと聞いた時も、ルカンは内心で使えるカードだと思っていた。もちろん政治家などではなく、将軍としてである。ヘッツェルの権力が大きくなるのさえ避けられれば、元老院方の有能な将軍というのは希少だ。逆に言えばその程度の存在で、自身の権力を脅かすなどとは露ほども考えていなかった。
「……私の人を見る目というのは、どうも本当に節穴だったらしいな」
深く溜息をつき自嘲するその姿に、サナキは驚愕する。
「……ペレアス王。この男に何があったのだ? 私の知るルカンではないようじゃ……」
サナキに問われたペレアスは、じっと目を閉じて口を閉ざしていた。
「神使、それから鷹王。今ミカヤ将軍とゴルドア勢がこちらに合流した」
そんな現場に現れたアイクが淡々と告げる。
「……それとミカヤ将軍が、デイン王の身柄を要求している」
「そうか。なら連れてけ」
アイクに促され、素直に立ち上がるペレアス。
「……ルカン殿。最後に聞きたい」
「なにか?」
「血の誓約書はもう一枚あるはずだ。デインと元老院の間に交わされたあれは、どこに?」
ペレアスは、自身と元老院の間に交わされた血の誓約について忘れた訳ではなかった。デインの戦意を削ぐという、自分が為すべきことの妨げにならないから、捨て置いただけだったのである。
「……とうの昔に焼いた。ベグニオンと戦う上で、連中が気づけば利用される可能性があったからな」
「そうか」
ペレアスは振り向くこともせず、アイクに連れられて去っていく。
それと入れ違いになるように、タニス副長が入ってきた。
「サナキ様。モンテ将軍とアニムス公がお越しです」