ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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エピローグ
エピローグ(1) 鳥翼族、ゴルドア


 戦争が終結して一週間ほどが経った頃、ネサラが俺を訪ねてきた。

 

 当然だが、外交交渉のための公的な訪問である。事前に書簡で連絡して貰っていたので、こちらもほとんど解答を用意した状態で望む。

 

「わざわざすまないなモンテ将軍……いや、ベグニオン帝国宰相殿」

「いえ。大きな問題ですから」

 

 この一週間でまず議題に上がったのが、俺のポストについてだった。神使と元老院で諍いがあったものの、ひとまず宰相に就任することとなった。

 

 ちなみに元老院議長職、副議長職は現在とある事情により空白になっている。俺を元老院議長に据えるという案は根強かったが、そもそも宰相と議長を兼任するという慣例を根付かせるのはまずいと判断して断った。仕事量、仕事の質を担保できないというのもそうだが、議会に影響を与えつつ、神使を通じて国政に直接触れられるというのは少しやれることの範囲が広すぎる。

 

 ちなみに元老院の内情だが、議会自体は副議長が議長を代理して様々な権限を行使できるように作られている。じゃなきゃ副議長でしかないルカンが事実上元老院を率いられないし、宰相兼元老院議長なんていう本来業務に圧殺されそうな肩書のセフェランが各国情勢の調査などと宣って各地を放浪できるはずもないので、当然と言えば当然なのだが。副議長も大きなポストなので、議長は勿論、副議長のポストも議論中ということだ。

 

「そうか。じゃあもう単刀直入に本題に入ろう……セフェランの今後について」

 

 セフェランについては、身柄を一度うちで預かったのち……デインの降伏を受諾してすぐにセリノスに護送された。大陸の中心であるその地に各国の王族を集め、今後の評議を決める予定だった。

 

 書簡によると、当初死刑ということで傾いていた事情が、あの導きの塔の場面にいなかった人物によって覆りつつあるという。俺は原作知識で存じ上げていたから特に動揺もなかったが。

 

「状況としては、あらかたの罪状は引っ張り出した。後はもう殺すか一生閉じ込めとくかの二択みたいなもんだ」

「……そしてその状態で、ロライゼ王が死刑に反対していると」

「勘違いしてほしくはないんだが、別に無罪放免しろって話じゃない。軟禁するなら、傷ついた精神の療養のためにも正の気に満ちたセリノスの森がいいっていう主張だ。期限は定めずに閉じ込めることになる」

 

 セリノス王国の国王ロライゼ。セリノスの大虐殺の際、リュシオンと共にティバーンに助けられたものの、その時の心痛により20年以上昏睡状態にあった。原作のエピローグでは子どもたちの歌により目覚める。

 

 そしてこのロライゼ、原作でエルランが生存した場合、彼はロライゼの強い希望でセリノスの森に隠遁する。要はこの反応は原作通りなのだ。ただロライゼはロライゼで、第二王女リーリアをエルランがアシュナードに引き渡したことで死に至っているため、恨む理由が無いわけではない。

 

「ロライゼ王からすれば、リーリア王女の仇だと聞いていますが」

「そうなんだがな。それでもロライゼ王は『命を奪うべきではない』とさ」

 

 娘を殺されてなおそれが主張できるのは凄い倫理観だと思う。この世界における正の権化がアスタルテであることを考えると、中庸な人間からすれば理解しがたいのも無理はないのかもしれない。

 

「で、ティバーンがこの件について、ロライゼ王の肩を持つ方向に傾いてる」

「……フェニキス王は血の気の多い方という印象でしたが」

 

「本人的にはぶっ殺してしまいにしたいだろうよ。まぁ理由があってな――ティバーンは、フェニキス、キルヴァス、セリノスの鳥翼族国家を統合して、ガリアみたいにしたいって考えがあるみたいだ」

 

 フェニキス、キルヴァス、そしてセリノスの統合。原作のエピローグでしれっと出ていた話だ。テリウスの戦後のお話が極めて書きづらい一因でもあると思う。なんせ規模も影響もデカすぎるのに国名すら明かされないのだ。ティバーンが王、リュシオンが重鎮になり、ネサラが外交官になるくらいしか分からない。

 

「その話、キルヴァスは乗るつもりなんですか?」

「うちの国民にも、鳥翼族って括りじゃ同族にあたる鷹との関係を改善したい奴はかなり多い。フェニキス島やセリノスの森っていう豊かな土地は魅力的でもある」

 

 そもそもキルヴァス王国の前史が、鷹の民との気質の違いを理由にフェニキス島を離れ、空き地だったキルヴァス島に辿り着いたという内容だったはずだ。キルヴァスが貧乏なのはキルヴァス島が空き地のまま放置されるほど貧しい土地だったのが大きい。

 

 豊かな土地は魅力だし、鷹の民との関係改善もしたい。ただその一方で、気質を理由に離れた相手とよりを戻すという動きに国民が耐えられるかどうかか。

 

「あとはまぁ、自惚れてるって訳じゃないんだが。俺がそこの外交を取り仕切った方が鷹の連中も安全かもしれないって思ってな。ベグニオンやデインはまだまだラグズとの火種は絶えないだろう」

 

 元老院は未だに権勢を残しているし、軍にもロンブローゾやノーズを始め、半獣嫌いは大勢いる。デインも大きくは変われまい。そしてフェニキスも、正直俺たちへの憎悪を忘れられるかというとそうでもないだろう。

 

 誰かが操縦しなければ、すぐに険悪になる可能性は十分考えられる。上から押さえつける力として、皇帝サナキは力不足だ。俺がお伺い立てしながら消極的な協調路線に持っていくのが精々だろう。当然それは、ベグニオンにとって不利益なことを相手が言い出さない場合に限る。

 

「……なるほど。事情は分かりました。その件は正式に決まったら、また話す機会を設けましょう」

 

 ティバーンの思惑は分かったが、鳥翼族の新国家は今回の主題ではないからな。

 

「で、さっきの話に戻る訳だが。三国が統合するって段階で、いきなり鷺の民の意見を無視して強行するのはしたくないわけだ。これでごねたのがうちなら俺とアイツが殴り合って決めたかもしれないが、相手が鷺の民じゃそうはいかない……そもそも俺もティバーンもセリノスびいきだしな」

「なのでベグニオンにも、セフェランの死刑に反対の立場を取ってほしいと」

「そういう交渉の場だ……個人的に情をかけてる神使は内心ほっとしているだろうが、元老院が頷かないだろ?」

 

 ネサラの懸念は的中している。今回のセフェランがやってきた悪事については、元老院に知らせが届いていたが……その憤りようったらなかった。あわや死ぬ思いをしたのだから正当な怒りだ。

 

「……今回それを言い出したのは、鷺の民なのですよね?」

「あぁ」

「でしたら一つ、交渉の材料があります」

 

 本当にあの状況から、なんとか交渉材料を引っ張り出した俺の手腕を誰か褒めてほしい。

 

「ラグズ連合との和平の際に提示した、アニムス公ヘッツェルの議員資格および財産の剥奪、政治からの追放といった処罰を取り下げさせていただきたい」

 

 ぶっとネサラが噴き出す。

 

「おいおいマジか、ここにきて私欲か?」

「いや、違うんです。信じてもらえるかはともかく、職権乱用ではないです。キチンと元老院内で議論された内容で、陛下の承認も得ています」

「助命一つのために帝国をひっくり返した男に言われてもな……」

 

 いやまぁそうだけど……俺がネサラの立場でも、私情かな? と思うだろう。ただこれはベグニオンにとって、かなり大きな材料ではあるのだ。

 

「……ヘッツェル様の議員継続については、神使派議員からの陳情が戦後すぐからちょくちょくありました。神使派筆頭であるペルシス公の失墜と、タナス公を中心とした中道派、クルベア公を中心とした右派の台頭があり、神使派にも船頭を出来る大物が必要になったのです」

「アンタが神使派を率いる訳には……いや、もう中立な折衝役で固定か」

「そういうことです。そしてタナス公やクルベア公も、ヘッツェル様の復帰については賛成の意を表明しています」

 

 二人が政治的ライバルになるヘッツェルの復帰を望むのは、あの一週間での穏やかなリーダーシップもそうだが……単純にルカンなき元老院において実務能力が一番高いのが大きい。というか他が低すぎるというのが正しいのだが。

 

 議長職が空いているのもこれが理由だ。もしかしたらヘッツェルを復帰させられるんじゃね? という打算から、一旦空席にしてあるのである。

 

 ネサラは少し悩んだが、頷いた。

 

「……確かに、セリノスが言い出したならセリノスが妥協するのは筋だな。この件はそっちの要望を通す方針で、ティバーンとロライゼ王に話を通しておく」

「ありがとうございます。元老院の意思統一については、この件については問題なく行えるでしょう」

「さて、二番目の山場は越えた。クリミア、ゴルドアは大丈夫だろう。ガリアはキレてるが、まぁ口八丁で何とかするとして……あとはデインなんだが、取り付く島が無さすぎるな……」

「デインにはベグニオンから話を通しておきましょうか?」

「なんだ、ツテがあるのか?」

 

「えぇ。あの戦争で知り合った者がデイン王の傍にいます」

 

 

 

 

 天空の覇者 ティバーン

 

 女神の消失後、鳥翼三国は統合を果たし、ティバーンは初代王に選ばれる。とはいえ国内の労働人口の多くは鴉の民であり、争いごとは全く出来ない鷺の民も加えたこの新国家でガリア的な国家運営は望めなかった。ティバーンは国内で発生する数々の問題について、議論による妥協や合意形成を経た政権運営を余儀なくされた。

 

 その様子はモンテから「ベグニオンよりもベグニオンしてる」と評されるほどであったが、ネサラやリュシオンといった重鎮の助けもあり、何とか国家を軌道に乗せることに成功した。その過程で力を至上とする旧来のラグズ的な政治的慣習がほとんど消失したことにより、隣国ベグニオンはおろかデインからも一目置かれるほどの国家にまで成長することになる。

 

 

 闇に舞う翼 ネサラ

 

 ティバーンの新国家に合流し、自身はその外交を取り仕切る立場に収まる。彼がベグニオンに持つ太いパイプは国家運営の大きな助けとなった。しかし増加する一方の外交案件を個人技で解決するのは難しく、ラグズ国家初の官僚組織の構築の必要に迫られる。モンテやユリシーズといったベオクの知識を取り入れつつ、ベオクかぶれといった国内の批判をいなしながらも、外交省を設立する偉業を達成するのだった。

 

 ちなみに私生活では白鷺の王女リアーネを娶り、二児に恵まれた。

 

 

 取り戻した光 エルラン

 

 戦後目覚めたロライゼ王の強い希望により、セリノスの森の奥深くに隠遁する。正の気に満ちたセリノスの森と、そこで耳にする歌は、長きにわたる道程で摩耗した彼の心を癒した。

 

 時折こっそりと訪ねにきていた小太りの男が姿を現さなくなった頃、ロライゼを伴った一団が彼の下にあるものを届けにきた。化身不全の治療薬と銘打たれたそれを服用したが、最初の薬は何の効能も齎さなかった。二度目、三度目を終え、四度目の訪問で届けられた薬を飲んだ時、彼は呪歌を歌うことが出来るようになり、その翼は飛行する能力を取り戻した。

 

 その後の彼は自身を救ってくれた鳥翼国家、そして大陸に住まう人々のために身を粉にして働いた。それから1200年ほどが経ち――導きの塔で女神アスタテューヌが復活したとき。彼は彼女の前で呪歌を歌うのだった。

 

 

 

――ゴルドアー―

 

 

 黒竜王 デギンハンザー

 

 戦後もゴルドア国王として君臨した。デギンハンザーは王族の前で自身がかつて犯したベオクとラグズの婚姻についての嘘、そして印付きの発生と、その差別を黙認してきたことについて謝罪を行う。その後自国に戻り、自国内での親無しおよびベオクと子を為したことで化身能力を失ったラグズの差別を禁じた。

 

 その上で差別を禁止した対象について受け入れをしようとしたものの、そもそもゴルドア自体がこれまで他国との関わりを絶ってきた閉鎖的な国家であるため、移民に対する免疫が全くない。「ゴルドアがこれまで差別されてきた印付きや、化身能力のなくなってしまったラグズを受け容れてくれるそうじゃ」とサナキが嬉々として話したことで事態を察知したモンテが、顔面蒼白になりつつもリワープの杖を用いた速達でこれを諫め、ゴルドアの政治的混沌は回避された。

 

 結局ゴルドアは、化身能力を失ったラグズ女性を一人だけ受け入れる。彼女にとっては数十年ぶりの帰郷であった。

 

 

 

 ゴルドア王宮に似つかわしくない、連続する靴の音。駆け足の人物が吸い込まれた部屋には、既に数人の先客が待っていた。

 

「お産は終わりました。母子ともに無事です」

 

 王子クルトナーガが告げる。その隣で――王女アムリタが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「まさか間に合わないとは思いませんでした」

 

 戦後すぐ、アムリタはゴルドアへの入国を許された。彼女が出奔したことが、王子ラジャイオン、そして二人を捜索に向かった赤竜の一隊がデインの毒牙にかかったことは違いない。しかし彼女自身も、元はと言えば父デギンハンザーが女神と交わした約束、そしてベオクとラグズの婚姻についての嘘に振り回された存在である。

 

 アムリタとイナの確執については当然だった。イナは王子ラジャイオンの婚約者であり、お腹には彼との子どもを宿している。一方のアムリタは、ラジャイオンの死因になってしまった存在である。

 

 二人に対し、デギンハンザーは深く頭を下げた。全ての咎は自分にあると。責められるべきは自身だと。

 

 ……その後の二人は、ぎくしゃくしながらも交流を深めた。男所帯なゴルドア王宮にて、女同士で語り合うことも少しずつ増えていった。イナのお産が近づいてきた頃には、二人の関係はおおよそ修復されていたのだった。

 

「……会議中であった故、それを終わらせて」

「はぁ……それ以上仰らないでください。父上」

 

 頭を抱えて嘆息するアムリタ。ただ例え父がどれだけ甲斐性無しであろうと、アシュナード以下ですねとは、脳裏によぎりつつも口にしない程度の良識は、彼女とて持ち合わせていた。

 

「……王」

 

 ベッドで上体を起こすイナが抱える赤ん坊。ひとしきり泣き終えて疲れたのか寝息を立てていた。

 

「……この子が、そなたとラジャイオンの子か」

 

 デギンハンザーはゆっくりと、あるいは恐る恐る手を伸ばし――その手はアムリタに遮られた。

 

「お父上は赤子の抱き方すら忘れてしまったのですか?」

 

 鋭い眼差しでデギンハンザーを睨みつけるアムリタの姿は、すっかり不器用な父と、反抗的な娘のそれであった。クルトナーガが額に汗を流しながら、仲裁に入る。

 

「あ、姉上……」

「クルトの時は出来ていたと思うのだけど?」

「も、もう100年ほど前になりますから」

「こうです、こう」

 

 アムリタがジェスチャーで教え、デギンハンザーはその通りに赤子を抱き上げる。赤ん坊の寝顔を間近に見て、彼の口元が思わず口元が緩んだ。

 

「……ありがとう。息子の、ラジャイオンの生きていた証だ」

「……ありがとうございます。身に余る、お言葉です……」

「……名は……決まっているのか?」

「……ラジャイオンにしようと」

「そ、そうか……」

 

 言葉を交わしていたからか。赤ん坊が目覚め、また大きな声で泣き出した。大陸最強の黒竜王の肩を震わせられるのは、テリウス広しといえどこの赤子くらいのものだろう。

 

「赤子に何か声をかけてやらないのですか?」

 

 アムリタにそう促され、デギンハンザーは今一度子どもに……孫の顔を見る。

 

「……ありがとう、ラジャイオン。この世界に生まれてくれて……ありがとう」

 

 自然と口から零れたのは、心からの感謝だった。

 

 

 

 

 黒竜王子 クルトナーガ

 

 戦後、父デギンハンザーしか知らない事象があまりにも多すぎることに危機感を抱いたクルトナーガは、事あるごとに父王を捕まえては過去の出来事について片端から聞き出した。そんな生活を数十年続け、神代から中世までを網羅する一冊の本を書き上げる。

 

 『デギンハンザー口伝』と名付けられた、テリウス大陸における究極の一次資料の誕生である。神代についてはオルティナやソーンといった三雄と交わした他愛ない会話から性格に至るまでを網羅しているが、中世に差し掛かるにつれ、各国の歴史書と食い違う部分が表出しだす。特にベオク国家において、『デギンハンザー口伝』と既存の歴史書の衝突は問題化し、学会は紛糾。最終的にはベグニオン、デインにおいて『デギンハンザー口伝』を無条件に肯定する歴史家は『黒竜派』と呼ばれ、異端扱いを受けるまでになった。クリミアでもその向きがなかった訳でもなく、一部の事象について既存の歴史書を優先する向きはある。

 

 それでも異なる角度から歴史を書き写したこの書は、遥か未来において大きな価値を持つに至るのであった。

 

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