ベグニオンモブ将転生   作:野竜先輩

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エピローグ(2) モンテ側近

 その日、フォレは鏡の前で呆然としていた。

 

 鏡に映るのは、煌びやかなドレスに身を纏い、化粧を施した自分の姿である。長く軍属として従軍していたために、自分の貴族らしい姿を見るのは久しぶりだった。

 

「とてもお綺麗ですよ、フォレ様」

 

 フォレに化粧を施した侍女が、そう口にする。

 

「あ、ありがとうございます……」

「そのような……私のような者にお礼など結構でございます。何かございましたらお呼びください」

 

 侍女は丁寧な所作で礼をし、退室する。

 

 フォレは改めて鏡の方を見ながら、眉をひそめた。

 

(はぁ……結局私が出来たのは、真面目に仕事をこなすことくらいでした。でもそんな、誘惑できるような状況一つもなかったように思うんですけど……)

 

 貴族の娘が、人生最大のおめかしをするシチュエーションなど決まっている。

 

 この見合いについて、フォレの父……サルモー公の喜びようは尋常ではなかった。「艱難辛苦を乗り越えて、ついに勝ったぞッ!!!」と歓喜の雄たけびを上げながら居間を飛び跳ね、息も絶え絶えになったかと思えば家中の者とかつてないような規模の宴会を開いて騒ぎ立てる有様だ。しっかりしているはずの母すら、それを咎めずに喜びを共有する様から、よほど良い縁談を得られたのだろうと判断した。

 

 おまけにフォレが相手について聞いても「会えば分かるさ会えば!」とはぐらかされるばかりだ。テンションがおかしいタイミングで聞いたのが良くなかった可能性は高いが、それにしたって浮かれ過ぎである。

 

 流石にこれだけ喜んでいる家族を前に、お慕いしている方がいますなどと言える訳もなかった。

 

 そんな日を越え……今日がお見合い当日。そわそわしながら相手を待っていると――恰好こそ違うが、見慣れた男が現れる。

 

「……モンテ将軍!?」

「久しぶりだな」

 

 相手として現れたのは、彼女が慕う相手であるモンテその人であった。てっきり大貴族のどこかだと思っていたフォレは、予想外の人物の登場に動揺を隠せなかった。

 

「えっ、あっ、あのっ! ど、どうして……!?」

「あれ、サルモー公から聞いてなかったか」

「お、お父様は『行けば分かる』の一点張りで……!」

「……説明するとなると、まず先日の元老院議長指名から話さなきゃいけない」

 

 モンテがそう前置いて話し始める。

 

「先日、ヘッツェル様が元老院議長に指名された。副議長はタナス公だ。それで新生元老院は動き出したわけだが……最初の議題で紛糾した。俺の婚姻相手だ」

 

 戦前から指摘されていた、モンテの婚姻は政治の道具になるということ。

 

 現宰相、それも神使に面と向かって物を申せ、大貴族であるタナス、クルベア、アニムスすべてにコネクションを持ち、他国にまでその名を轟かせる男である。おまけに彼は無私の分配者であるが、同時に人の情を持ち合わせている人間だ。それを引き込むことが出来れば、間違いなく自陣営にとって利益になることは自明である。

 

「実は水面下で、アニムス公のご令嬢……まぁシェリーなんだが。彼女との婚姻案が挙がってたんだが……それはあくまでヘッツェル様が復権しない前提の話だった。今回ヘッツェル様が議長職に座ったことで、いよいよもって俺とアニムス家がある程度距離を取らねばならなくなった訳だ」

「あぁ……元老院議長+宰相となると、裁量権がほとんどセフェラン様ですもんね」

「しかもルカンが機能しない状態の、だ。そんな専横みたいな状態にするのは流石に角が立つ」

 

 この一件について内なるモンテはちゃんと暴れたものの、帝国の安定のためであるとして一旦鳴りを潜めた。とにかくこの問題については、ヘッツェルの力が強くなり過ぎないようにすることが争点である。

 

「という訳で、各派閥が……皇帝陛下も交えて色んな案が出た。神使親衛隊隊長、クルベア家のご令嬢にタナス公の縁戚のご令嬢……公平に、適当に民間人と引っ付ける案が『もったいない』と即座に否決されるくらいには過熱していた。珍案だと皇帝陛下の皇配にしようなんてものもあったな」

 

 モンテが溜息をつく。当事者として、自分の結婚相手を決められることについて、現代人の意識を持つ人間として思う所がなかった訳ではない。ただ最終的には、モンテが『モンテ将軍』として生きていくうえで不可欠だと割り切れる辺りが彼が彼たる所以だった。

 

「そこでサルモー公から一案あってな。『娘のフォレと婚姻させ、自分がアニムス公派閥から抜けて、センペル湖圏との繋がりを強くする』という案だ」

 

 サルモー公爵領はセンペル湖の南端にあり、帝都シエネとセンペル湖の齎す富を接続する重要な領地を治めている。本来アニムス公ではなく、領地が隣接するペルシス公か、ガドゥス公やクルベア公に近い位置にいるのが自然な貴族家だった。

 

 しかし当のサルモー家の目から見て、ルカンは力が強すぎ、ほぼ間違いなく傀儡化を余儀なくされることから提携を避けていた。バルテロメは理屈が通じないところがあり、単体で渡り合えない。そして残るペルシス公セフェランだが……これは逆に神使派に近すぎて、ルカンの不興を買うことを恐れて近づけなかった。

 

 そんな中で、ベグニオン南方という地理的な一致もあり、同じく温厚でルカンに従いつつも、ある程度の勢力を残しているヘッツェル派閥にサルモー家が属していたのはごく自然な選択だっただろう。

 

「俺はある程度中央の情勢が落ち着いたのち、ガドゥス領を拝領することになったから、既存の政治力学に沿った提案だ。センペル湖経済圏を取り仕切るクルベア公が真っ先に賛成し、アニムス公が強くなりすぎない提案としてセリオラ公が賛成した。ヘッツェル様もその提案に乗った時点で大勢が決し……今に至る」

 

 『底抜けの阿呆、軽い神輿、重い一票のバルテロメ』を完全に操った神の一手である。かつて元老院を牛耳ったルカンも使った元老院内の力学を、最高のタイミングで打ってみせる手腕は伊達ではなかった。

 

「……政争! びっくりするくらい政争の話しかありませんでしたね!」

「貴族同士の話だから、基本的に自由意志は介在しえない……こればかりは血筋の定めだし、務めだ」

 

 健全に機能する血の政治の社会において、女同士が男を取り合う正妻戦争など発生しえないのである。代わりに戦争を指導するのは女性の親たちだ。

 

 ともかくフォレとしては万々歳な結果に収まった訳だが、それでも気になることがあった。

 

「どうかしたか?」

「……その、モンテ将軍って女好きなところがあったじゃないですか」

「真顔でなんてこと言うんだ」

「ですから……私なんかでご満足いただけるのか、なんて」

 

「いや。正直君のことは初対面の時から、あんまりまじまじ見てると見惚れそうだなとすら思っていたんだが」

 

 モンテはそう、しれっと言ってのけた。あまりにも当然のように言ってしまうものだから、フォレも時間差で顔を赤くする。

 

「……で、ここからは本当に甲斐性のない話になるんだが……」

「な、なんです?」

「……使える政務官が一人でも欲しい。君の予定がなければすぐにでも仕事に入ってもらえないだろうか」

 

 そして流れるように仕事の話が始まる。本当ならばモンテも、綺麗で可愛く気心の知れた女性との婚姻ともあれば喜ばしいはずなのだが、それを上回るものが彼に降りかかっていた。世界が一週間止まった後、一つの戦争の戦後処理。

 

 それだけでも悲鳴が上がるのだが、それ以上に彼を圧迫したのは国内貴族であった。モンテは今後のベグニオンにてもっとも重要になるコネクションである。問題は、彼がこの半年程度で現れた新興勢力であるということだ。ひっきりなしに貴族が訪れ、モンテもアニムス公という後ろ盾と距離を取らなければならないタイミングであること、そしてコネクションを繋ぐということ自体はモンテからしても旨味のある話であることから断りづらかった。

 

「……婚姻の儀すら挙げないままというのはかなり良くないというのは重々承知なんだが、それにしたって手が足りない……!」

「まさか……降ってきた仕事を全て自分でこなしていたりしませんよね!?」

「……出来る限りだ」

 

 フォレはこぶしを握りながら、すっと立ち上がる。

 

「フォレ?」

「着替えてきます……まったく、モンテ将軍を何だと思ってるんですか……!」

 

 

 

 宰相の門番 フォレ

 

 戦後すぐモンテと婚姻すると共に、彼の下で政務をこなした。貴族の妻が政務官として雇用された上で、一般的な政務官と同等の仕事を割り振られるのは前例のないことであったが、彼女は文句も言わず夫を支えた。特にモンテのスケジュール管理が彼女の管轄になっており、生半可な用事では断られてしまうため彼女の検閲をどう突破するかが、帝国貴族たちの悩みの種となった。そんな多忙な中でもやることはきっちりこなしたらしく、二男三女に恵まれた。

 

 

 酔いどれ神官 シェリー

 

 戦後はアニムス領に戻り、神官として悠々自適の飲酒生活を送る。時折各国の銘酒を持って友人の下を訪ね、世間話に花を咲かせた。本人的には欠けたるところのない、心安らぐ生活に戻ることが出来た。

 

 問題は他国のモンテ将軍を知る人々である。シェリーは戦争中、モンテ将軍の傍らでずっとリワープの杖を振っていた。フォレはモンテの側近として軍の内部の仕事を回していたため、知名度としてはこちらの方が上だったのである。モンテの結婚相手が彼女でなかったことに諸外国の代表たちは驚き、その度にフォレの脳は破壊されるのであった。

 

 

 気ままな鴉 ラメール

 

 戦後は一度キルヴァスに戻ったが、統合された新国家にいまいち馴染めず、知己の多いベグニオンとキルヴァス島を往来する生活を送った。時折ネサラからモンテへの伝令を頼まれそうになったが、彼女は戦中の苦い記憶から二度とその頼みを引き受けることはなかった。フォレ、シェリーといった貴族子女との奇妙な友誼は、寿命が彼女たちを分かつまで……分かたれてからも続いた。

 

 

 

 

 戦後。モンテ将軍がフェニキス島へと出港したあの港町は、伝説の始まりの地として脚光を浴びた。それに加えて政権中枢でフェニキス島復興計画の実像が形作られていく中で、商機を敏感に察知した商人たちが続々とこの地に集まってきており、かつてないほどの活気に満ちていた。

 

 浮足立つ人々の姿に、少々呆れ気味な男が一人。毛むくじゃらの顎を擦りながら平和な町を進んでいく。

 

 ――目的の工房から突如爆発音が響き渡った。

 

 聞きなれない音に、踏み出す足も自然と早くなる。馬にでも乗れれば、と思いながらも工房の扉を乱暴に開いた。

 

 彼の危惧など露知らず、彼の戦友である男――ジャンクは、筒口から煙を上げる鉄の筒のようなものを手にしながら、なんてことないような表情をしていた。ジャンクは来訪者に気づくと、そのまま声をかけた。

 

「あぁゼングさん。依頼の品ならそこにあるんで、取ってってくれていいですよ」

 

 ジャンクが指さした先には、整備されたボウガンが数丁立てかけられていた。が、ゼングはそれに視線を注ぐことなく問いかける。

 

「なにやらとんでもない音がしたが、一体何事か?」

「新式の……もう弩って見た目でもなくなっちゃったんですがね」

 

 ジャンクが手に持つ鉄筒を持ち上げた。

 

「結局弩の威力は、弦の推進力と弾が浴びる空気の抵抗が詰まりになっちゃったんで、ちょっと行き詰ってたんですよ。で、逆転の発想で推進力に火薬を使って、弾丸を小さくしてみたんですが……」

「あぁ、先ほどのは火薬の爆発音か……」

「これが中々……弾丸と火薬を梱包して、ケツの火薬を発火する……までは決めたんですが、安全に着火する機構をどうするか悩んでまして。売り物にするのは中々難しいかもしれないです。火薬の安定調達や弾丸製作の手間もありますしね……」

 

 このまま語らせると、ジャンクは際限なく話し続けるなと今回の従軍での付き合いで察したゼングは割り込むように問いかけた。

 

「ところでだ。ジャンクよ」

「なんです?」

「それはいったい……誰に撃つのだ?」

 

 数秒の沈黙の末、ジャンクが視線を逸らしながら答える。

 

「……作物を荒らす鹿とか、熊とか……?」

「心にもないことを言いおる……」

「や、ほんとですって……」

 

 

 

 

 

 強面の槍騎将 ゼング

 

 戦後、モンテのガドゥス入りにはついていかず、故郷の港町に戻る。その後はクリミア間を行き交う貿易船の用心棒兼、万が一ラグズ国家に難破した際の折衝役として船に乗ることを生業とした。彼の強面な風貌と、二度の戦場を渡り歩いた実力は、商人たちを大いに安心させた。鳥翼族の海賊行為が収まり、平和になった海を喜んだという。

 

 

 冷静な技術者 ジャンク

 

 戦後、故郷に戻り、これまでの報酬を元手に自分の工房を持つ。彼はシューターの保守やボウガンの製造の傍ら多くの研究をした。その中の試験品に、火薬を推進力として弾薬を撃ち出す飛び道具があった。後にテリウスの歴史を大きく変えるのだが、それは彼が没して百年以上が経ってからであった。

 

 

 幸運な竜騎士 トラヴィーユ

 

 戦後しばらくは皇帝直属という所属の元、モンテやロンブローゾ、ザックといった面々から軍事について学ぶ日々を送りつつ、聖竜騎士団とのコネクション作りに努める。そして20年後、ベグニオン軍全体の軍縮を伴う再構成が概ね形になったタイミングで彼は、念願の聖竜騎士団団長の座を手にした。

 

 その時すでに聖竜騎士団は、元老院派の貴族的、形式的な騎士団から、構成員に庶民を加えた、戦闘能力も有する実戦的な輸送部隊としての役割にシフトしていた。トラヴィーユはそんな組織の長となり、災害支援などで実績を重ねていく。ライバルであった神使親衛隊、聖天馬騎士団が神使の傍を離れない貴族子女の就職先であったことから、ベグニオン国内では『貴族主義的な聖天馬騎士団』と『庶民の味方の聖竜騎士団』といった形で評価が逆転してしまう事態に陥る。

 

 それでもトラヴィーユが団長を務めていた時期は、神使親衛隊隊長との個人的なコネクションで辛うじて均衡を保っていた。部下たちから「貴族主義の聖天馬騎士団におもねる必要などない」と突き上げられても聖天馬騎士団との協調に重きを置いたのは、ひとえに彼を見出した男の生きざまがあったからである。

 

 

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