供回りに竜騎士傭兵トラヴィーユを加え、俺たちは夕暮れの河川敷を北上している。
リバン河。今回の主戦場だ。とはいえこの辺りはまだ下流で水深が深いため、獣牙族が渡るには難しい。戦場になるのはもっと上流の方になる。
ラグズの中でも獣牙族は渡河を苦手とする。理由は化身時の頭の位置が、人間形態よりも下に来るためだ。ラグズにとって化身状態とは、いわば武装状態。ベオクなら武装しながらでも渡河出来る水深でも、ラグズは化身を解くか、泳ぐかの二択を強いられる。
ならば揚陸艇でも作ればいいのにというのは、この世界ではベオクの発想で、ラグズはそういった創意工夫を嫌う傾向にある。
だから今回の作戦も、ラグズが渡河できる範囲のみを守備することになるだろう。原作も大体そんな感じだった。
「……冷えるな」
「そうですね」
何気なく呟いた言葉に、隣を歩いていたフォレが返した。
「大将、そろそろ野営の準備始めないんです?これ以上日が沈むと、準備中松明を焚きまくることになりますけど」
後ろを歩くジャンクが言う。確かにいつもなら、松明をケチるために野営の準備を始める頃合いだ。
「あと少しで中央軍と合流できる。夜を徹して行軍し、明日の明けまでに合流する」
「……マジですか」
鷹の民が合流するまでに中央軍と合流するというのは、それだけ難しいものだ。ここに来るまで、兵たちにもかなり無理をさせてきた。それでも予定通り二日きっちり使っての行軍になったのだ。
……もしかしたら、原作のフェニキス攻略別働隊はリバン河の攻防には間に合ってないかもしれない、なんてことも思う。あるいはそもそもフェニキスでタイムオーバーして、多くが殺されていたりしたのかもしれない。だって原作では、俺たちは影も形もなかったのだ。
ここからの戦いは更に激しさを増す。原作で言うと負け戦続きだ。戦列には鷹王にグレイル傭兵団、次代の獅子王。単純な戦力としては、モブの槍武将一人いたところでどうにかなる相手でもない。知恵で戦うより他ないが、その分野にもグレイル傭兵団にはセネリオがいる。
溜め息のひとつも吐きたいが、皆の視線がある。弱音は吐けない。
「モンテ将軍〜!」
正面遠くから声が聞こえてくる。秋の夕暮れに相応しくない、明るくて大きく、爽やかな声色だ。
正面から飛んできたのは、トラヴィーユと借りている聖竜騎士が一人。
「トラヴィーユ。ゼルギウス将軍の回答は?」
「はい!明日未明の合流了解した。到着と同時に休息に入れるよう、野営の準備をさせておく……とのことです!」
言い終えたトラヴィーユは、隣の竜騎士に目配せをする。
「うん、問題ないです」
「よっし!」
ガッツポーズで喜ぶトラヴィーユ。
ほぼ徹夜の行軍で合流するため、合流と同時に休息が取れるようにしてくれないかな〜という考えで、トラヴィーユに初仕事を与えることにした。にしても自分も忙しいだろうに、快く対応してくれるゼルギウスあったけぇ……
ただ流石に一人で行かせる訳にもいかないと、借りていた聖竜騎士団の一人にダメ元で同行を頼んだ。結果としては快く引き受けてくださった訳だが。
「付き合わせてすみませんね」
「いえいえ。素直な後輩ほどかわいいものはありませんよ……はぁ。聖竜騎士団もこういう若手ばかりだったら、天馬騎士団の奴らに馬鹿にされずに済むのになぁ」
期待の若手を取っちゃって悪かったな。その分しっかり仕事してもらうよ。
「トラヴィーユ、伝令の仕事については大体聞けたか?」
「うん!」
「次からは一人での伝令になる。最初は複雑な伝令はさせないが、相手は鳥翼族を使うから伝令中に戦闘を挟む可能性もあるだろう」
「敵と会ったらどうするんだ?」
「振り切れそうなら振り切る。無理なら周囲の味方に擦り付けなさい」
「えっ……?」
「伝令一人が生き残るためなら、十人死んでも構わない場面は少なくない。なぜなら伝令が生き残らないと百人、千人死ぬかもしれないからだ」
「ただ君自身がそれを判断する必要はない。『この内容なら遅れても大丈夫だから、周りを助けてからいこう』だとか、そういったことは考えないこと。伝令がどんな内容であろうと同じ対応をしてくれ」
正義感の強い少年には難しい注文かもしれない。だがつい先日、命令違反によって安定した職を失った彼のどこかに響いてくれれば、彼の成長を促せるかもしれない。
「……わかった」
「よろしい。今後も頼むよ」
「はい!」
トラヴィーユは一旦納得してくれたようだ。一度教えれば完璧、とはならないだろうが、少しずつ積み重ねてくれればいい。
一兵卒としての組織的な行動に慣れてきたら、将来的には偵察や哨戒なんかも任せられるようになればいいな。もうそこまで来たらアニムス公に直訴して、私兵団の一員として取り立ててもらおう。俺のポケットマネーも無限じゃない。
あ、そういえばひとつ頼まないといけないことがあったな。
「そうだ、トラヴィーユ。早速伝令を頼めるか」
「お!何々、何でも言ってくれよ!」
「全軍……後続にも行き渡らせてくれ。内容は『今日は徹夜で進軍。中央軍と合流すれば、ゼルギウス将軍が野営地を用意してくれている』だ」
「……」
「なんでもと言ったじゃないか。これも立派な伝令だ」
「……はーい」
トラヴィーユは苦い顔をしながらも、竜を駆った。こういう後続への連絡はゼングに一任していたが、これからはトラヴィーユに任せるか。
……その後、後方から聞こえてきた「あの鬼畜将軍!」みたいな愚痴は無視することとする。軍人なんだから歩け。
川向こうから吹く夜風が、鎧の隙間を縫うように通り抜けていく。すっかり夜も更けた。連日の強行軍の疲れも相まって、小休止を取る回数も増えている。
そんな行軍も終わりが来た。道の先に見える、星明かりとは異なる光。近づくにつれそれが松明であることが分かるようになる。
野営地の入り口に、松明を掲げて立つ人影。
赤い重鎧とマントを纏う、端正な顔立ちをした男。
その姿を視界に収めた兵たちが、行軍の終わりに歓喜の声を上げる。
ベグニオン帝国中央軍、総司令ゼルギウス。ベグニオン軍きっての剣の達人であり、兵からの信望も厚い。
その正体は宰相セフェラン=蒼炎、暁二部作の黒幕であるエルランの腹心。漆黒の騎士という裏の顔を持ち、主人公アイクの父グレイルを手に掛けた仇にして兄弟子でもある。これでもまだ彼の全てではない。属性盛りすぎである。
……さて、ゼルギウスとの合流に成功したので、ここからとうとう大きく原作に影響を与えられるようになった。ここからの頑張り次第で、俺たちの運命は変わる。
ここからが正念場だ。
◇◇◇
黒一色の衣装を纏い、青い髪をオールバックにした男。その背に在る黒翼が、彼が鴉の民であることを物語っている。
鴉王ネサラ。キルヴァスを率いる若き王だ。
「ご苦労だった。ラメール」
ネサラの前にいるのは、任務から戻ってきたラメールだ。
「王よ。フェニキス作戦を主導したモンテ将軍から、伝言を預かっております」
「伝言……?ベグニオンの一将軍が、なんでまた」
「鴉王がなぜニンゲンの味方をするのか、知りたくないかと言っていました」
「……」
「伝言を一つずつそのままお伝えします。一つ目は『血の誓約には抜け道がある』です」
「抜け道ね……」
(そんなものがあれば、先代もここまで苦労はしなかったろうに)
ネサラは内心毒づく。キルヴァスが血の誓約を交わしたのは、キルヴァスの初代国王の代だ。それから先、情報収集には余念がなかった。誓約書を物理的に廃棄するという解除手段は分かったが、そこに至る道筋は未だ見当もつかない。
「二つ目は、『皇帝サナキはマナイルのどこかにいる。詳しくは神使親衛隊の隊長に聞くといい』です」
「そりゃどっかにはいるだろ。マナイルは神使の居住地だ」
(普通はどこかなんて表現にはならない。なんとなく予想は付くが、シグルーンと接触して裏取りすればいいか)
ネサラは結果的に裏切りこそしたが、開戦当初はラグズ連合の内部にいたから、今回のベグニオンとの交渉の難航ぶりについては知っていた。三年前、サナキがセリノスの森で鷺の民に"個人的な謝罪"を行ったことはネサラも聞き及んでいる。
にも拘らず、今回のベグニオンの対応があまりに強硬だったのは、彼も気になっていた点だった。
(ラグズ連合の使者を切ったって辺りから怪しいと思っていたが、元老院は神使を軟禁して戦争を主導してるってことだろう)
(だったら皇帝を助け出し、その下で働けばキルヴァスが元老院の手先になる必要はない。それが抜け道か)
だとすればあまり良い抜け道ではないなと、ネサラは考えた。皇帝に味方して元老院を倒す所まで行けたとして、待っているのは皇帝との主従関係だ。血の誓約が生きている限り、ベグニオンに従属している現状は変わらない。ラグズに融和的とされた、先代神使ミサハの代にすら血の誓約の破棄は叶わなかったのだ。
(……もしこれが真実なら、神使親衛隊を出し抜いて独自に皇帝を救う直前まで進め、戦後の血の誓約の破棄を条件に救出。一番国に利するシナリオはこんなところか?)
(それだとシグルーンへの裏取りはしないほうがいい。情報の信憑性がほしいが……)
「あの、王よ。血の誓約とは、一体……」
「あぁそれは、事が済んだら教えてやってもいい。それよりそのモンテ将軍だが、どの元老院議員の子飼いだ?」
「……アニムス公です」
「アニムス公……これまた渦中の奴が来たな」
アニムス公ヘッツェル。ルカン派の元老院ながら穏健派でもあり、サナキや神使派からも一応の信用を得ている男だ。一方高齢であり、20年前にルカンが主導したセリノスの虐殺当時、元老院に籍を置いていた数少ない現役の議員でもある。
(ま、血の誓約について知っているだろう人物ではあるが……)
それとラグズ連合がベグニオンと戦争になった発端の、白鷺王子ラフィエルの命を救ったのも彼だ。救われた経緯などはネサラも当人の口……つまり、種の性質上嘘をつけない鷺の民から聞いている。少なくとも女子どもに慈悲の心を持つ人間であることは間違いない。
(幼い皇帝が謀殺されることを憐れんでいる……あるいは神使派に寝返りを図っている?とはいえ先代神使の暗殺やセリノスでの虐殺にも噛んでる以上、もう助かる命じゃないってくらいは分かっているだろ。なら前者か?ラフィエルの一件があるヘッツェルならあり得ない話じゃない)
「他になにか言ってたか?」
「……『ラメールはフェニキス戦でよく戦ってくれた。めいいっぱい褒めて上げてほしい』。伝言はこれで最後です」
「そうかそうか。ラメール、お前戦闘はあまり得意じゃなかったよな。がんばったじゃないか」
(キルヴァス兵を戦闘にも参戦させたってことか)
この事実により『キルヴァスは直接ラグズ連合に攻撃した訳じゃない』と言い切るのも難しくなった。間接的被害は散々与えたが、直接被害も加えたとなると一段とラグズ連合への出戻りが難しくなる。ラグズ連合が勝利した場合、キルヴァスの戦後の立場も限りなく悪くなるだろうことが予見できた。
(しばらく皇帝探しに精を出すとして、戦争についてはベグニオン寄りの静観だな)
無論最初の想定、つまり皇帝のマナイル軟禁が真実という確証はない。だがそれでも可能性と、その中から国益に繋がる選択肢をあらかじめ考慮しておくことに意義はある。
「ラメールはしばらく待機だ。疲れを癒やしてくれ」
「はい……失礼します」
去っていくラメールの背を見送り、ネサラは思考をまとめた。
(今のところ一番良い展開は……皇帝を拉致している間にベグニオン中央軍が逆転し、ラグズ連合が追いつめられた所で俺が中央軍に皇帝を届ける。一部を除いて皇帝軍と化したベグニオンの一翼として、ラグズ連合と和平交渉。全部元老院のせいにして、ラグズ連合の残存兵も使って元老院共と決着をつける。こんなところか)
それは奇しくも、キルヴァスの行動を除けば暁の女神の本編と相違ない展開なのだった。
ようやく本編に合流できました……
ここまで原作キャラが全然出てこない二次創作にお付き合いくださり、ありがとうございました。
次回からは推敲時間もほしいので隔日更新です。
今後ともよろしくお願いします