クローンの君と半分エーテリアスの僕 作:kakerutakeda
彼女が目を覚ますまで、外敵が来なかったのは幸運だった。
「……起きてくれて、よかった」
そう言いながらクラルはテトラのそばに膝をつく、
「昨日少し会話したあとすぐ寝ちゃったから、まだどこか怪我してるのかと」
だがテトラの返答はなかった。
「……テトラ?」
「記録にない。この場所も、あなたも」
4号の瞳が、ゆっくりとクラルを見上げた。
そこには先ほどまでの曖昧な視線ではなく、はっきりとした“警戒”の光が宿っていた。
「あなた、何者?私は4号で、テトラじゃない」
「えっ……?」
「あなたが言ったこと、記憶にない。任務中だったはずの私が、なぜここにいるのかも不明。」
クラルの背筋に、かすかな冷気が走る。
「ま、待ってよ、どうしたの?」
「説明して、しないなら敵とみなす」
「そんな……思い出せないの?」
「“思い出せない”なら思い出すまでは信じない、私は兵士。曖昧な情報では、判断しない」
彼女がゆっくりと身を起こす。その動きには迷いがなかった。
「あなたが敵ではないと、どうして言い切れるの?
任務を妨害された可能性だってある、“警戒対象”に含めるべきよね」
「ちがっ――!」
クラルが言いかけた瞬間、何か鋭いものが風を裂く音が走った。
4号のナイフが、クラルの首元すれすれを通り壁に突き刺さる。
その瞳には、情はなかった。ただ、任務を遂行する“兵士”の眼がそこにあった。
クラルは、声を失ったまま、少女の冷たいまなざしをただ見つめていた。
4号のナイフが、壁からゆっくりと引き抜かれる。
「もしこれ以上邪魔をするなら容赦はしない」
彼女の手にあるその銀刃は、迷いも感情も映さずただ静かに握られていた。
「……任務の記録を探るため、状況確認が必要。まずは記憶に残っている場所を辿る」
4号は、何も言わずにクラルを見つめていた。
まるで、それが“理解できない”ものを見るように。
数秒の沈黙ののち、彼女はふいに背を向ける。
「……私がいた場所に案内して」
「……やめたほうがいいと思う」
「あなたが案内しないなら、自分で探す。」
「ちょっと待って」
「まだ何かあるの?」
「やっぱり、案内するよ、ホロウは危ないから。」
「待って、今ホロウって言った?」
4号の声が、明らかに緊張を帯び始める。
「それってつまり……私たちは、“今もホロウの中”にいるってこと?」
「……うん、そうだよ」
「……ッ!」
4号の表情が強張り、一瞬で背後を警戒するように振り返る。その動きは鋭く、敵の出現を想定しているかのようだった。
「急いで出ないと。長時間滞在すれば侵食を受けて、エーテリアス化のリスクが高まる。こんな場所に長くいたら……!」
「テトラ、待って」
クラルは彼女の腕を軽く掴んだ。その手に力はないが、真剣さが込められている。
「……離して。あなたはこの危険を理解していない。エーテル侵食は、“死よりもなお厄介”な結果をもたらすのよ」
「僕たちは大丈夫なんだ、テトラ」
「なんですって……?」
「ホロウに長くいても、僕は侵食されない。……むしろ、僕の中には“それを抑えるもの”がある」
「……信用できない」
「信じて。嘘は言ってない、だって、君を治すことができたのはこの力のおかげだから、
忘れちゃったみたいだからもう一度言うね。とりあえず案内するから着いてきて。」
彼女をどこで拾ったのか、そしてどんな状態だったのかをクラルは道中で説明した
そしてなぜ治せたのかを
「……もうすぐ、着くよ」
そう言ってクラルが指をさした先。
そこには、瓦礫の山と、崩れたコンテナがいくつも散乱するホロウの一角。
かつて、彼が瀕死のテトラを拾った、あの場所。
「ここで……君を見つけたんだ。重傷だった。君と、もう動かない……他の君に似た子たちがいて」
4号は無言でその場に歩み寄り、瓦礫をじっと見つめた。
やがて、膝をつき、手で地面に触れる。
「……血痕、乾いている。識別番号もない」
「……」
「なぜ、私だけが……?」
クラルはその言葉に返事をしなかった。
ただ、そっと彼女の背を見つめながら、胸の奥にあった言葉を飲み込んだ。
(きっと、彼女は軍に助かる見込みがないと判断されたんだ。)
だがその代わりに、クラルは小さく呟いた。
「助けられるのは君だけだった」
4号は振り返らなかった。
ホロウの風が、その沈黙のあいだを静かに吹き抜けていった。
テトラは、瓦礫の上に立ち尽くしていた。
彼女の視線は、何もない地面に注がれている。
だが、彼女には。
──仲間たちの最期の瞬間を断片的に思い出していた
彼女の肩は、微かに震えている。
「……これだけで、まだ判断できない」
ぽつりと、テトラが呟いた。
「全員が死亡したという確証はない。あなたの説明も曖昧。現場が荒らされている可能性もある。……敵勢力の攪乱かもしれない」
「……テトラ……」
「だから私は、報告しなければならない。上に、連絡をとる必要がある。
“私がまだ生きている”ことを、報告しないと」
彼女の声には、
ただ、少しの焦りがあるだけだった
クラルは思わず、一歩近づいて声をかけた。
「テトラ、それは……やめたほうがいい。多分」
「私は軍の兵士。命令に従い、任務を遂行する存在。“報告”は義務。今この状況を放置することは、明確な違反行為」
「でも……君は、殺されかけたんだ。……覚えてないかもしれないけど、君の体は、あのとき……」
言葉に詰まったクラルの手が、そっと彼女の肩に触れる。
「僕は、君の“仲間たちだったもの”を見た。……腕を失って、動けなくなってた君の隣で。何日も経っても助けが来なかった、それがどういう意味か、考えてみて」
テトラは、クラルの手を振り払った。
「根拠のない憶測を並べないで。……私は行く」
「テトラ!」
彼女は振り返らなかった。
ただ、背筋を伸ばし、あの冷たい声で告げた。
「“私が生きている”という事実を、伝えに。それが、兵士としての責務」
その背が遠ざかっていく。
まるで、影のように、誰のためでもなく、命令の幻を追いかけるように。
クラルはその場に立ち尽くしていた。
彼女の姿が霧に飲まれて消えるまで。
握りしめた拳に、かすかに血がにじんでいた。
◆ 軍司令部・非公開ブリーフィングルーム
ホログラムの映像が、薄暗い会議室にぼんやりと揺れていた。
映し出されているのは、ホロウ内部で確認された一人の少女――4号。
「……これが、例のホロウで確認された映像です」
無表情な士官が報告を続ける。
「識別コード照合の結果、“シルバー小隊・4号”と一致。
すでに処理済みと記録されていたはずの個体です」
重役たちの間に、沈黙が流れる。
「処理ミスか?」
「現場はホロウ内部。通常兵のアクセス不可領域。……だが、痕跡は残されていた。問題は、その“生存理由”だ」
「たまたまでは説明がつかん。そもそも、あの作戦の傷で生き残るようには設計されていないはずだ」
「加えて、彼女は“第三者と行動を共にしている”可能性があります」
その言葉に、室内の空気がわずかに変わった。
「外部との接触……情報流出の可能性があるな」
「現在、彼女は自分の身元と任務内容を一部忘れているものの、軍内部の情報を記憶していると推定されます。
その状態で行動しているなら……小隊の存在、運用技術、作戦データなどが流出するリスクが高い」
「つまり、“野良になったクローン兵”というわけか」
場の誰かが冷笑した。
「再収容して記録を確認するべきでは?」
若い将校がそう進言したが、別の老士官が首を横に振る。
「危険だ。すでに規格外の挙動を示している時点で他のクローンでの“再現性”がない。
異常行動の原因が精神汚染か、ホロウによるものか、外部干渉によるものかも不明……。
このまま“調査対象”として扱えば、逆に我々の情報が彼女に記憶される恐れすらある」
「では……」
「“再処理”が妥当ですね」
最後に声を発したのは、軍医部門の責任者――アン。
白衣の襟元を整えながら、静かに断言する。
「完遂されたプロジェクトの残滓に、これ以上関心を払う意味はない。
生存例が確認された以上、想定外に存在する“記録”の完全抹消が優先。
……対象の排除は“最優先”として実行するべきです」
沈黙ののち、会議は静かに決定を下した。
「“シルバー小隊4号”抹殺対象に指定。」
「回収ではなく、隠蔽を選ぶということか」
「ああ。彼女が“何を知っていて”、今どこに向かっているか……
我々は把握している必要はない、不都合は消せばいいのだ」