クローンの君と半分エーテリアスの僕 作:kakerutakeda
「あそこにいるのが、商人だよ」
クラルが指差した先には、ウサギ型のボンプがいた。首元のランプが点滅しており、機械音とともに愛想よく手を振る。
「ボンプね」
「そう、ボンプの商人で、ホロウ外の物資とギアコインを交換してくれるんだ」
テトラは腕を組んで言う。
「でも、ぼったくられそうよ」
「いいから見てなって」
クラルはにこりと笑い、軽やかに歩み寄る。
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「よぉ、クラルくん。今日も無事だったみたいだね」
「おかげさまでね。そっちこそ、商売は順調?」
「まあまあだな。最近ちょっと仕入れが難しくてね、こいつなんかも値上がりしてるんだよ」
ボンプは棚の奥から銀色の小瓶を取り出し、光沢をちらつかせる。
「へぇ、それまた値上がりした?」
「最近流通が減ってねぇ。こっちとしても商売あがったりだよ」
「そっか、それは大変だね。よければ話、聞くよ?」
クラルの声は柔らかいが、その目は鋭い。ボンプが小さくランプを瞬かせる。
「……実はさ、最近軍の奴らの監視が強まっててよ。今まで通りうかうかと商品を入荷することもできねぇのさ」
「軍、ね。確かに最近、パトロールの頻度が増えてる」
クラルは顎に手を当て、少し考えるようにしてから口角を上げた。
「じゃあ、それ僕がなんとかしてあげるからさ。今回は、いつもよりちょっとまけてよ」
「いやいや、クラルくん、それは無理な話だぜ」
「あれれ? そういえばこの前、流通ルートの再構築を手伝ったとき、”また頼む”って言ってた気がするんだけど」
「……ぐぬぬ」
「それに、このまま仕入れが滞ると、軍の検問がますます厳しくなるだろうし。そうなると、ホロウの中の商人としても立場が危うくなるよね?」
ボンプは短い沈黙のあと、機械音をひとつ鳴らした。
「……まったく、クラルくんには敵わねぇな。わかったよ、少しだけ値を下げよう」
「ありがとう。助かるよ」
クラルは穏やかに笑いながらも、もう一押しを忘れない。
「それと、軍のルートに新しい検問区画ができてるみたいだから、キャロットの更新も必要だね。データが欲しいなら、僕の方でも確かめておくよ」
「ほんとに世話の焼ける客だね、まったく」
ボンプは軽くため息をつくようにスピーカーを鳴らし、取引完了の音を鳴らした。
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テトラが横から覗き込む。
「……手慣れてるわね」
「そりゃあ、長く生きてるからね。交渉も生きる術だよ」
クラルは笑って、取引品を袋に詰める。
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商人との取引を終えた帰り道。
瓦礫に囲まれた道を、クラルとテトラは並んで歩いていた。
「……あー、まずいね。」
クラルがふと立ち止まり、霧の向こうを見据える。
「このタイミングは――隠れて。」
「なにが?」
テトラが眉をひそめる間もなく、クラルは彼女の腕を軽く引いた。
二人はすぐそばの岩陰に身を潜める。
次の瞬間、空気が震えた。
周囲のエーテルが歪み、地表を這うように薄青い光が流れ始める。
「……このエーテルの波、まさか……」
霧の奥から、花のような巨大な影が姿を現した。
花弁のような下半身が地を滑り、中心には女性の上半身。
だがその首には頭がなく、代わりに黒い球体が浮かんでいる。
その闇の中では、無数の光が星屑のように瞬いていた。
「……ニネヴェ。」テトラが息をのむ。
「軍でも危険指定されてた……遭遇例はほとんどないはず。」
「うん、まあね。遭遇しちゃったら最後ってポンプが言ってた」
クラルは声を潜め、苦笑を浮かべる。
「このあたりによく出るんだ。……ご近所さんって呼んでる。」
「随分、気軽な呼び方ね。」
「慣れって怖いもんだよ。」
ニネヴェはゆるやかに漂いながら、時折、花弁を開閉する。
その度に空気が震え、微細な砂粒が宙に舞い上がった。
テトラは息を潜めたまま、クラルの横顔を盗み見る。
彼の目は、獲物を見極めるように静かで――どこか冷ややかだった。
それは恐怖ではなく、観察の目。
(……まるで、あれを退ける手順を知ってるみたい)
けれどクラルは何も言わない。
ただ、慎重なふりをしながら時折霧の流れを確認しているだけだった。
やがて、ニネヴェは音もなく遠ざかり、霧の奥へと姿を消す。
「……行ったみたいね。」
「うん。」クラルは立ち上がり、マントを払う。
「ここで動いてたら、面倒なことになってた。」
「“面倒なこと”ね。」テトラの声に皮肉が混じる。
「本当は、あなたなら倒せたんじゃない?」
クラルは苦笑を浮かべて首を横に振る。
「そんな無茶、しないよ。僕は臆病者だし。」
その言葉に、テトラは何かを言いかけたが――
結局、口を閉じた。
(……臆病者? そうは見えない)
二人は静かに瓦礫の道を進み始めた。
霧の向こう、わずかに光るエーテルの残滓だけが、ニネヴェの通った跡を示していた。
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