神室の過去を聞いた俺は気付けば目から大粒の涙が溢れ、ひくひくと嗚咽も漏れだしていた。
まるで子供のようになく俺。
感情が溢れ出し涙が抑えきれない。
ちくしょう……なんで神室がこんな目に……。
今俺の中に占める思いそれは――
神室の境遇への同情
そして何より自分自身への怒りだ。
知らなかった……神室がこんなにも孤独に悩んでいたなんて。
原作ではスリルと罪悪感を求めていたといいそれゆえに何かしらの闇を抱えていたことは分かっていた。
分かっていた筈なのに……。
俺はそこに切り込むに至らなかった。
彼女の心があんなにもSOSを上げているのを見過ごしてしまったんだ。
息苦しかっただろう……居場所のない日々は。
辛かっただろう……両親から告げられた言葉は。
俺はなんて無能なんだ……。
神室が傷ついているのを放っておくなんて。
しかし、いくら転生者といえどまだ未成年で何の力もない俺ではどこにいるかもわからない神室を見つけて家庭環境を変えることは不可能だとは思う。
だが……それでも何か出来ることがあったのではないかと思わずにはいられなかった。
15年あれば何かできたのではないかと頭の中でもしもが渦巻くのだ。
「ゔわ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙神゙室゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙!!」
「ち、ちょっと何でアンタが泣いてんのよ」
神室が俺の醜態を見て戸惑っている。
男のガチ泣きはそりゃ引くよなぁ。
顔なんてぐしゃぐしゃで、ごめんな見苦しくて……。
ホント情けないやつだよ。
初対面だからカッコよくしたかったのになぁ。
馬鹿だなぁ……俺は……。
今優先すべきは俺の感情の処理より、目の前の神室のことだろうに……。
俺は涙を拭い、両手で自身の頬を叩き強引に気分を切り替える。
切り替えろ、俺の目的は神室を救うこと。
見据えるべきは過去ではなく今と未来だ。
今までは退学から救えばいいとだけ思っていた。
だが、そんな上辺だけでは駄目なんだと理解した。
退学だけではなく神室の心そのものを救わなきゃならないんだ。
だから俺はある提案を持ちかける。
「話は分かった。なぁ、神室――」
「……なによ」
「俺と――
――神室を救うための関係を求めて。
♢
「はぁ? 突然泣き始めたかと思えば次は協力関係って……飛躍しすぎでしょ……あんた頭おかしいんじゃないの?」
「言葉が足りないのは申し訳ないけど頭がおかしいは言い過ぎじゃない?」
神室君のその毒舌……推しからの言葉のナイフは俺が長男じゃなかったら耐えられないほどキツいよ。
まぁ、俺は一人っ子だけどな。
「後、泣いたのは君の境遇と己の無力さを思い知り、涙が止まらなかったんだ」
号泣の理由についてはそう言い訳する。
勿論嘘ではない。
ざっくりまとめるとこれが理由になるから。
だが神室は顔を顰めた。
「……なにそれ同情してるわけ?」
神室がジトリと俺を睨む。
それは他人からの同情は不愉快だと言っているようだった。
だが、そんな目で見られるのは俺から見ればただ可愛いだけなので臆せず話を続ける。
「そういう気持ちがないといえば嘘になる。そんな中自分に何ができるか考えた結果がキミと"協力関係"になることだったんだ。というのも――」
俺は協力関係について説明した。
内容は俺は今日の万引きについて口外せず、神室のクレプトマニアの治療に協力すること。
まぁ治療と言っても万引きに代わる何かで神室の心の穴を埋めるといったものだから医学的なものではない。
まぁ簡単なものでもないが……。
原作の坂柳はその点に関してだけは上手くやったものだ。まぁ、途中で神室を切り捨たからその評価はマイナスだけどな。
対して神室について求めるのは二つ。
俺から要請があれば出来る限り協力すること。これは原作知識も多少交えてこの学校はおかしいことを説明して遠回しに派閥に入るようにお願いした。
そして治療についてはこちらの意見に従うことの2点について話した。
まぁ本来治療については専門家に任せた方がいいんだけど、もう既に盗っちゃってるからなぁ。
クレプトマニアがバレたら今回の万引きの件はバレる可能性が高い。
そしたら神室に処罰が下されるしクラスポイントにも影響がでる。
これだけは絶対ダメなのだ。
だからここは俺が解決するしかない。
素人だけどきちんと勉強してきてるからそこは勘弁願いたい。
「っていう感じなんだけどどう?」
「どうったって……結局アンタが私の弱み握ってるから拒否権ないじゃない」
こちらには神室を脅すネタがある。
それ故に神室側に拒否権はなく一方的なものだと神室は言っているようだ。
だが安心してくれ。
その件はちゃんと考えてある。
というのも――
「動画なら既に"消去"した」
「はぁぁ⁈」
「だから、もう君は無理に従う必要はない。ほらこの通り」
そう言って俺は神室に自身の端末を渡して確認させた。これで動画がないことは確認できたはずだ。
そう、ここに来る時には動画はもう消去していたのだ。
元々俺は神室相手に脅迫なんかしたくなかった。
アレはこの場をセッティングするためのものなのでもう必要ない。
神室を救済するには坂柳を倒す必要がある。
それには神室の力が必要であり、その為に信頼関係を構築するのが必須だ。
原作のように脅せばいうことを聞かせれるだろう。
だが、脅迫なんかで真の信頼関係は築けない。
そんなのただの奴隷だ。
俺は坂柳とは違う。
俺は本当の意味で神室と支え合える関係になりたいのだ。
だから俺は武器である動画を消去した。
これで立場はほぼ対等……いや、こちらが僅かに下か? 一応神室が盗った商品という状況証拠があるが保険としては少し弱いからな。
関係を受け入れるかどうかの判断は神室に委ねられることになる。
有利となる武器を全て捨てて最終判断は神室に任せる。
――これが俺なりの誠意だ。
「脅すような真似はもうしない……だから神室俺に協力してくれないか? 勿論俺も全力で君に尽くすことを約束する。君の万引きでしか満たされない君の心を埋めれるように――」
多少想定とは違うが15年間温めてきた神室への
まぁ、坂柳のセリフも多少引用したが……。
それでも俺の中で精一杯の誠意をこの言葉に込めたつもりだ。
どうか神室に届け――
そう願いながら神室に告げた。
その返答は――
ドクンドクン
ドクンドクン
「――嫌よ」
♢
15年間かけて考えた神室への勧誘。
その結果は――
「――嫌よ」
嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ
神室の否定が頭の中でリフレインする。
一世一代の神室への
――なん……だと。
「……理由を聞いていいかな?」
「理由? そんなの決まってるでしょ? 脅迫したかと思えば人を病人呼ばわりして……はっきり言ってかなり不愉快よ! しかも私のプライベートにズカズカと赤の他人がこれ以上私に踏み込んでこないで!」
嘘……だろ……。
突きつけられる明確な拒絶。
そして僅かに感じる敵意。
それらは確かに俺に向けられていた。
クソ、やはり早すぎたか……。
神室からしたら俺は人の心を暴きかき乱す他人。
まだ会ったばかりかつ初対面で脅迫したのも尾を引いていた。
俺は坂柳と比べてまだ会ったばかりの人間を惹きつけることができるような話術とカリスマはない。
顔もクラスの男子の中だったら平均ぐらいだしな。
そんな初対面の男にこうも踏み込まれては神室もさぞ不快だっただろう。
だからもう少し時間をかけ信頼を得るべきだった。
――俺は焦りすぎたのだ。
後悔するももはや遅い。
「アンタが通報しないなら私が自首するから」
そういって神室はベッドから立ち部屋から出て行こうとする。これ以上は話すことはないと言わんばかりの足取りだ。
どうやら完璧に嫌われてしまったようだ。
もはや聞く耳も持たないだろう。
終わった……。
これでは転生した意味はないではないか。
すまない……衣⚪︎先生。
すまない……前世のお袋、親父、親友、世界中の神室ファンの皆んな。
もはやこれまでだ。
『俺が神室を救う為の教室』完
ご愛読ありがとうございました。
まさこりん先生の次回作にご期待――
――とでも言うと思ったのか!
「いかせるか!」
俺は神室の左脚に部屋からでれないよう縋りついた。
這いつくばりそれはもうみっともない姿で。
「はっちょっと! アンタどこ触って――」
太ももにしがみつかれた神室から上擦った声がきこえるが俺は気にせずにはりついた。
推しから拒絶された?
あぁ、確かに俺は嫌われ拒絶された。
それ相応のことを神室にしたのだからそれは当然だ。
だが――この程度で俺を振り払えると思ったのか?
だとしたら甘いぞ神室真澄。
お前のファンは推しの為に二次元の世界へ転生するほどの熱量を持ってるんだ。
その程度で諦めるか――!
脅しはしないと言ったな?
だが、素直に諦めるとは言ってはいない!
俺と協力関係を結ぶまで帰さんぞ。
「君の心を掻き乱したことは謝る! 本当に申し訳なかった! 今日会ったばかりの俺が何を言っても君には戯言にしか聞こえないかもしれない。だがそれでも聞いて欲しい……。俺は君に同情してしまった、救われて欲しいと思ってしまったんだ」
「……っ、いいから離して! この変態! キモい!」
脚にしがみついた俺を振り払おうとする神室。
だが、そこは男女の力の差で振り払えない。
「いいや離さない! ここで君を離せば君はまた盗みを繰り返し
俺は一度死んで生まれ変わってもまた君を推している上澄みのファンだ。君を思う気持ちは誰にも負けていないと自負している。
君の心に踏み込み荒らしたことは謝る。
殴ってもいい、噛みついてもいい。
俺は全て受け入れる。
でも頼む神室――
「
「いいから離してぇ!!!」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!!」
俺に君を助けさせてくれ。
♢
《神室side》
初めはただの身体目当ての男だと思った。
万引きしたところを撮られて部屋まで連れて来られたら誰でもそう思う。
だが奴は身体ではなく私に万引きをする理由を聞き出しそしてコイツは泣いた。
男の人が泣いてる姿は初めて見た。
まるで子供みたいに泣くんだなとそう思った。
だがぼろぼろと泣いたそいつは私の過去と境遇に同情したからだと言った。
それを聞いた私は
散々人の事情に踏み込んだかと思えば、可哀想で泣きましたですって?
いやそういう風に言っているように思えた。
――偽善者を気取らないで!
私は内心そう激怒した。
たった今さっき会ったやつに私の苦しみが分かるものか――分かってたまるものと。
誰からも必要とされなかった苦しみを……
親から邪魔と言われた子の絶望を……
罪を犯すことでしか満たされない私の虚しさを……幸せに生きてきたであろうコイツに分かる筈がない。
安い同情など気に触るだけなんだ。
――これ以上私の心を荒らさないで!!
「アンタが通報しないなら私が自首するから」
私はやつの取引を断り、自首する為にその場を立ち去ろうとした。
ああ、これで私も本当の犯罪者か……。
お母さん達なんて思うかな……。
怒るかな? それとも悲しむのかな?
――もう一度私を見てくれるかな。
そうしてくれたら嬉しいな。
そう、これで全てが終わる筈だったんだ。
でもアイツは私を諦めなかった。
「いかせるか!」
去ろうとした私を逃がさないと言わんばかりに脚にしがみつき移動を阻んだ。
っていうか普通にセクハラ……いやむしろ痴漢。
さっきまでの話から洞察力に優れ、頭がキレる印象とはかけ離れ泥臭さが滲み出ていた。
男の人の力で掴まれた足は動かせずその場から動けない。
なんとかアイツを太ももから引き剥がすためにもう片方の足で蹴ったり罵倒するも一歩も引かない。
「君の心を掻き乱したことは謝る! 本当に申し訳なかった! 今日会ったばかりの俺が何を言っても君には戯言にしか聞こえないかもしれない。だがそれでも聞いて欲しい……。俺は君に同情してしまった、救われて欲しいと思ってしまったんだ」
「……っ、いいから離して! この変態! キモい!」
なんなのコイツは?
突き放した筈なのに何故かまだ私に付きまとう。
それに救われて欲しいですって?
いくら理由を並べたって万引き犯でしかないのに……
会ったばかりの他人の私にどうして……。
「
――どうしてそこまでするっていうの?
「いいから離してぇ!!!」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!!」
それからも私達の格闘は続いた。
何十分たったかずっと押し問答は続いている。
「はぁ……はぁ本当しつこいわよ! 私に構わないで!」
「グスッ……絶対嫌だぁ。君を救いたい……そしてあわよくば協力して欲しい……」
「手伝いならなおさら私にこだわる必要はないでしょ……」
互いに疲れているがどちらも主張を曲げない。
でもここまでくると分かる。
さっきまでは薄っぺらい偽善者だと思っていた。
でもコイツは本当に私を救いたいと心から思っているのが分かる。
理由は単純。
じゃなきゃ、こんな涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら私を引き留めないだろう。
そこで不意にさっき口に出した協力関係の申し出を思い出す。
確か私にこの学園での手伝いをしてほしいという内容だった筈……。
別に私ではなくても出来る内容。
恐らく私からコイツに渡せるものがないから何かしら理由をつけたのだろう。
さっきまでのやり取りでコイツの頭がいいことはわかってるし教室でも愛想が良かった。
私以外で誰か代わりが務まるだろうとそう思った。
だが――
「それは違う!」
コイツはそれを否定した。
そしてコイツは熱く語りかける。
「俺は神室の秘密を――、神室は俺のこの情けない姿を知っている。互いに知られたくない秘密を共有している俺たちは互いの腹を探る必要のない背中を預けられる関係になれる。きっとこの学校ではそれが何よりも価値があるものになる筈だ!」
互いに素を晒したから信用がおけるとコイツは言った。
でもそんなの時間をかければ誰でも……
そんなことを考えた一瞬だった。
早乙女が足から離れ、立ち上がり両手で私の肩を掴む。
早乙女の真剣で熱い眼差しが私の瞳を貫く。
そして――
「神室がいいんだよっ! 神室じゃなきゃ駄目なんだよ!!
「――っ⁈」
早乙女は私に思わず顔が赤くなりそうな言葉を叩きつけた。
――お前じゃなきゃ、駄目だ。
――お前が必要だと
〜〜っ!
ホントにコイツはなんなの⁈
さっきから私をかき乱すような真似をして!
「試しに二学期が始まるまで! 始まるまででいいから! そこから継続するかは神室に任せるから!」
……でも心のどこかで嬉しく思ってしまっている私がいる。
例えお世辞でも誰かから必要とされているのが嬉しかった。けど、コイツが恐らく本心から言っていることくらいは私にも分かる。
こんな感情的な奴が嘘つくとは思えないし。
そう感じるとなんか、さっきまでムキになってたのが馬鹿らしくなってきた。
さっきまでの反骨心が薄れていく……。
はぁ、仕方ないか……。
もう争う気も起きない私は折れることにした。
「ああ、もう分かったわよ。協力するから……」
「――えっ?」
「だから協力してあげる……そう言ったのよ」
「いいのか?」
黙ってて貰えるならそれに越したことはないし、物的証拠である商品もある。
そもそもコイツは動画を消さずに初めから脅迫すれば良かったのにそれを自分から消してこんなになるまでして頼みこんできた。
馬鹿正直にも程がある。
はぁ、僅かでも心が動いた私の負けだわ。
そう思い私は白旗をあげた。
「とりあえず二学期まではあんたに協力してあげるわ」
『
この言葉を思い出すと何故か胸が暖かくなる。
はぁ、私の根負けね。
「あ゙り゙が゙どゔ神゙室゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙――!!」
「いや、いい加減泣き止みなさいよ……」
神室真澄 早乙女派閥 仮加入
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早乙女 守
普段はそんなに泣いたりしないが今回は神室への想いが強すぎて涙脆くなってしまった。
神室に対してズケズケと踏み込んだ印象だが、踏み込まないと神室の心に響かないから難しいところ。
やっぱり最初拒否られた理由は神室の心に踏み込みすぎたのもあるけど、動画を消すのが早かったのもある。
1学期までは持ってた方が良かったな。
でも脅したくないならしょうがないね。
神室 真澄
俺たちの永遠のヒロイン。
脅された時は嫌悪していた。
でも、その後の守くんの情熱の勧誘に僅かに心を動かされた。
誰からも必要とされなかった神室には劇薬だった。
とりあえず二学期までは早乙女の側にいることに。